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『今日のクラシック音楽』 ベートーベン作曲 弦楽四重奏曲第15番イ短調 OP132ハイドン、モーツアルトの室内楽作品が「サロン風」の域から抜けない音楽であったのが、ベートーベンによって「家庭」「サロン」から見事に抜け出して「劇場型」音楽へと変貌していったと断言してもいいくらいに、ベートーベン(1770-1827)が1798年から1800年までの2年間に書きました初期の6曲(作品18)は、優雅にアンサンブルを奏でたり聴いたりする音楽でなく、もっとインパクトの強い劇的要素を備えた音楽を発表しています。1798年から始まった弦楽四重奏曲は30年以上も書き続けられて、1826年10月に最後の第16番で筆を折っています。 彼が亡くなる5ヶ月前のことです。その最後の第16番の前の第15番が今日の話題曲です。この曲は楽譜出版の都合で第15番となっていますが、実際には第12番の後に書かれた第13番と同時期に書き始められたそうです。何故そうなったのか? 第12番の初演(1825年3月)のあと第13番と共に着手されたのですが、ベートーベンは腸の病に臥してしまい、途中で筆を折ってしまいました(第2楽章まで完成)。 しかし、その病も6月には癒えて快復に向かい、再び作曲にとりかかったのです。 この第15番の第3楽章の楽譜には添え書きがあり、「病癒えた者の神に対する聖なる感謝の歌」と書いてあるそうです。第3楽章は「アダージョ」で書かれており、天国的な崇高な気分に満ちており、ベートーベンの神に対する感謝の表れとして、また精神的な充実が至高の極みに到達する最後期の名作となる音楽が流れています。 結局この第3楽章が全曲の中核を成している音楽となっています。曲は5楽章形式で書かれており、深い精神性をたたえた音楽となって、弦楽四重奏曲としては後の作曲家にも大きな影響を与えている作品です。 前述のように、第3楽章「アダージョ」は崇高な美しさに満ちた音楽で、この曲の白眉と呼んでも過言ではないでしょう。第5楽章「アレグロ・アパッショナート」は、雄渾なスケールと情熱とが混ざり合って、ベートーベンの「喜び」が爆発しているかのようなフィナーレを飾っています。 ここに「自由精神」の世界が力強く開けているかのような音楽が展開しています。この弦楽四重奏曲第15番は1825年の今日(11月7日)、初演されています。愛聴盤1. アルバン・ベルグ弦楽四重奏団(8枚組)(EMIレーベル 5736062 1978年ー1983年録音 海外盤)完璧とも言える見事なアンサンブルには驚かされる、まるでスイス時計のような精緻な表現を聴かせてくれる演奏です。↓アルバン・ベルグ2. ズスケ弦楽四重奏団 後期弦楽四重奏曲集(3枚組) (ドイツ・シャルプラッテン原盤 Berlin Classics BC91632 1975年ー1980年録音 海外盤)「純ドイツ風」演奏の模範のような響きで堅牢・堅固なアンサンブルで、アルバン・ベルグの現代風な知的なアプローチと違った「田舎」を感じる演奏で、ベートーベンが田舎を散策しているような趣きを感じます。 これはアルバン・ベルグの演奏を聴いて感じる素朴さです。↓ズスケ3. ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(8枚組) (タワーレコード オリジナル DB1001-1008 1998年-2000年録音 国内盤)所謂「ウイーン風」という趣きを感じさせる、実に柔らかさと温かみを感じさせるアンサンブルで、上記の2つの団体の演奏を聴いたあとではまるで癒されるような音の空間に誘ってくれる、録音も素晴らしい最新録音盤で、8枚組6,000円は破格の廉価盤です。↓ウイーン紹介盤は2を除いてベートーベンの弦楽四重奏曲全集です。2と3はセット物ですが、アルバン・ベルグは単売もあります。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1870年 誕生 フランツ・レハール(作曲家)1902年 初演 ドビッシー オペラ「ペレアスとメリザンド」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 オオデマリ撮影地 大阪府和泉市すいかずら科 ガマズミ属 開花時期 4月半ば~5月下旬紫陽花を白くしたような花ですが、紫陽花よりはひとまわり小さい。
2007年04月30日
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『今日のクラシック音楽』 アルト・ノラス 「チェロ・カンタービレ」フィンランドの知る人ぞ知るチェリスト、アルト・ノラス。 演奏家というよりも教育者という肩書の方が先行しているチェリスト。 日本の長谷川陽子を育てた人と言ったほうが有名かも知れません。 これまでにも何枚かのディスクをリリースされていましたが、私もCDショップで手に取って観たことはありましたが、実際にかうところまでなかった演奏家。2004年6月にFINLANDレーベルから新譜としてリリースされた「チェロ・カンタービレ」という、チェロ音楽の小品ばかりを録音したディスク。チャィコフスキー (1)アンダンテ・カンタービレ (2)奇想的小品 (3)夜想曲グラズノフ (4)吟遊詩人の歌シベリウス (5)賛歌「わが心の喜び」 (6)祈り「わが心からの」サン=サーンス (7)アレグロ・アパッショナート ロ短調ドヴォルザーク (8)森の静けさフォーレ (9)エレジーブルッフ(10)コル・ニドライの全10曲が収められたCDです。1曲目の「アンダンテ・カンタービレ」を聴いて、まづ驚いたのが録音でした。 とってもアナログ的な音で録音されており、演奏云々よりもそれに度肝を抜かれました。 こんなに柔らかいビロードのような音色に録っているのが不思議でした。 しかし、それはアルト・ノラスの音色の特徴なんでしょう。 聴いていて聴き手はちっとも構えて聴く必要のない、自分を流れくるチェロの音色に身をまかせておればいいのだと、すぐに気が付きます。とても温かい、やわらかく包んでくれるような、親しみのあるチェロの音色。とても繊細に紡ぎだすように弾いている曲もあります。 激しい情熱を込めて弾いている曲もあります。 また「静謐の世界」へと運ばれていくような曲もあります。 人間の声に最も近いといわれる楽器 - チェロ。 それを駆使してアルト・ノラスの夢幻の世界に酔える演奏。「チェロ・カンタービレ」はそんなディスクです。4月27日に旧ソ連出身の巨星ロストロポーヴィッチが亡くなりました。 朗々としたスケールの大きな音色を聴かせてくれた演奏家でした。 アグレッシヴな演奏のロストロポーヴィチに比べてノラスの音色はどこか好々爺といった趣のある演奏でとても温かい音色に包まれています。アルト・ノラスにはまづ「温かさ」を感じ、伸びやかな深いチェロ独特の倍音が「癒し」と「芸術性の香り」を部屋に運んでくれる、映画で例えるならば山田洋次作品か、小津安二郎の作品のような感じを受ける、稀有な1枚です。(FINLANDレーベル ワーナー・クラシックス WPCS11761 2003年6月録音)共演はマルクス・レヒティネン指揮 クオピオ交響楽団です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1784年 初演 モーツアルト ヴァイオリン・ソナタ第40番1789年 初演 ハイドン オラトリオ「天地創造」1879年 誕生 トーマス・ビーチャム(指揮者)1895年 誕生 マルコム・サージェント(指揮者)1936年 誕生 ズービン・メータ(指揮者)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 クローバーどこにでも咲いているごく普通の「クローバー」です。 近所の空き地で撮ってみました。 撮影地 大阪府和泉市 2006年4月25日
2007年04月29日
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ムスティラフ・ロストロポーヴィチの突然の訃報が飛び込んできました。 昨日4月27日モスクワで亡くなったそうです。 享年80歳。 死因は今のところ確認されておらず不明。 大ショックです。 高校2年生の時に音楽の授業で鑑賞したベートーベンのチェロ・ソナタ第3番。 これがロストロポービッチとリヒテルの共演盤でした。 曲を聴くのも初めてで、すっかりこのチェロの有名曲に惚れてしまい、しばらくして同じ演奏のLP盤を買って聴いていました。 それがロストロポーヴィチとの出会いでした。 以来チェロ曲の主だった曲は彼のディスクを買って聴いています。 ドヴォルザーク、シューマン、サン・サーンス、ハイドンなどの協奏曲。 ベートーベンのチェロ・ソナタ全曲、バッハの無伴奏組曲全曲など録音史に残る名盤として讃えられています。ロストロポービッチの演奏は、朗々たる音色とチェロという楽器の性能を存分に活かしたスケール雄大な表現。 そしてテンポを自在に動かして緩急を見事につけて、最強音から最弱音までの音色を色彩豊かに表現する様は圧巻でした。 特に彼のピアニッシモは絶え入るような音色で、とても斬新な表現でした。あまりに表現過多とも聴こえる表現には賛否両論があるほどでした。一芸術家の自由を守るために祖国から厳しい弾圧を受けたことにより、歌手で妻であるヴィジネフスカヤ夫人と共に西側に亡命して以降は、指揮者としても卓越した才能を発揮しています。特に彼のショスタコービチやチャイコフスキーの交響曲などは、重心の低いどっしりと安定した音楽の進行が、聴く者を安心して音楽の中に没頭させる演奏でした。チェロの先人パブロ・カザルスが常に「平和」を唱え、音楽を通して訴えのたのと同じように、チェチェン難民を救う慈善演奏会を開くなど、ロストロポーヴィチもまた「平和」と「自由」を唱えた再現芸術家でした。また一つの時代が終わったような感じがして、今日は気が抜けてしまったような気分におちいっています。ご冥福をお祈り致します。合掌愛聴盤(1) ベートーベン チェロソナタ全集 (ピアノはリヒテル)(Philips原盤 UCCP3453 ユニヴァーサル・ミュージック)(2) バッハ 無伴奏チェロ組曲 全曲(EMI原盤 東芝EMI TOCE59734)(3) ブラームス チェロソナタ集 (ピアノはルドルフ・ゼルキン)(グラモフォン原盤 UCCG5129 ユニヴァーサル・ミュージック)(4) ベートーベン/ブラームス 三重協奏曲 (オイストラフ、リヒテル、カラヤン/ベルリンフィル)(EMIレーベル 5669542 海外盤)(5) ドヴォルザーク/サン=サーンス チェロ協奏曲(EMI原盤 TOCE13081 東芝EMI)カルロ・マリア=ジュリーニ指揮 ロンドンフィルハーモニー管弦楽団との共演(6) ショスタコービチ 交響曲第5番(テルデック原盤 ワーナー・クラシカル WPCS21205)オーケストラは手兵ワシントン・ナショナル管弦楽団
2007年04月28日
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『今日のクラシック音楽』 ムソルグスキー作曲 組曲「展覧会の絵」この曲はクラシック音楽を聴き始めてすぐに聴く機会があり、以来大好きな曲の一つです。 1958年にまだ中学に入学して間もない頃だったと思います。 小学校の恩師に1枚のLP盤をお借りしたのがこの曲でした。 演奏はトスカニーニ指揮 NBC交響楽団でした。 ラヴェル編曲版で華麗な色彩の音色に心を奪われてしまった思い出があります。「ロシア五人組」と呼ばれるロシアの作曲家グループがあります。 ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、パラギレフ、キュイ、ボロディンの五人で、このグループたちによってロシア音楽に新しい息吹を吹き込んでいます。 先人のグリンカのやろうとしたことを継承してロシア民謡、ロシア舞曲など土着の音楽を積極的に取り入れてロシア音楽を創造しようとしたグループでした。モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)はそのグループの中でも特に前衛的な手法で音楽を書いています。 旋律・和声・リズムの用法などで大変独創的な音楽を書いて、ロシア民族の個性を力強く表現しています。 大げさに言えば、それまでの音楽形式を採らずに大胆な方式で書いており、のちにフランス印象派の作曲家たちにも影響を与えたと言われています。ムスルグスキーは42歳という若さで生涯を終えています。 役人という職のまま音楽を書いていたのですが、オペラ「ボリス・ゴドノフ」、交響詩「はげ山の一夜」、そしてピアノ組曲「展覧会の絵」という不朽の名作を書き遺していますが、生涯貧乏生活を余儀なくされて貧困と病苦の中で、アルコールに溺れて悲惨な最期を迎えたと言われています。彼の当時としては斬新と言われた音楽の特徴を顕著に表わしているのが組曲「展覧会の絵」です。 聴けばわかりますように音楽はロマン派の美しい旋律と整った和声などで彩られたものと全く無縁の、おどろおどろしいくらいの強烈なリズム、旋律などが走り回る音楽となっており、当時としては非常に斬新な感覚の曲であったようです。 これがフランス印象派に大きな影響を与えたと言われています。この「展覧会の絵」は、ムソルグスキーと非常に緊密な友好関係であった友人ヴィクトル・ハルトマンへの追悼の想いで書かれた曲です。 ハルトマンは裕福な医者の息子で、建築家でもあり画家でもあった人で、ムスルグスキーを常に励ましていた親友であったそうです。 そのハルトマンが39歳で心臓麻痺によって呆気なく亡くなったことが、ムスルグスキーには相当のショックであったようです。 ハルトマンの死後、彼が描いた絵を展示して追悼展覧会が行われ、ムソルグスキーはそれらの絵を一枚、一枚悲痛な心境で鑑賞したのでしょう。 それがこの曲を書く契機となったようです。組曲形式で書かれており、鑑賞者が絵から絵に移動する様を「プロムナード」というタイトルにして動くさまを描いているのが特徴で、音楽を聴く我々もあたかも1枚、1枚、絵を鑑賞しているかのような感じを受けます。不思議なことにこの「展覧会の絵」は、ムソルグスキーの生前中には一度も公開演奏がなされておらず、彼の死後6年を経てやっとリムスキー=コルサコフの尽力で楽譜出版されたのだそうです。 五人組と言えどもムソルグスキーの死後すぐにはこの曲の発表まであまり尽力をしていなかったそうで、ここにもムソルグスキーの悲惨な境遇を計り知れるものがあります。曲は5曲の「プロムナード」を挟み10曲の小品から構成されています。1) プロムナード2) こびと(グノーム)3) プロムナード4) 古い城5) プロムナード6) テュイルリーの庭7) ブィドロ(牛車) 8) プロムナード9) 殻をつけたままのひよこのバレエ10) ザムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ11)プロムナード12)リモージュの市場 13) カタコンブ(ローマ時代の墳墓)14) 死者たちとともに死せる言葉で 15)にわとりの上に立つバーバ・ヤーガの小屋16)キエフの大門 もちろん実際の絵を見ていませんから、ムソルグスキーの音楽がどのように絵と関連しているかはわかりません。 絵のタイトルで自分ながらに想像したイメージで聴くほかはありませんが、絵の雰囲気はたっぷりと描かれているようです。 特に「古城」「牛車」「殻をつけたひよこ」「サムエル・ゴールデンベルグとシュムイレ」「キエフの大門」などの描写は、絵を見なくても音楽が十全に語っています。「古城」は全曲中最もロマンティックな情感の旋律が、まるで蔦に覆われた中世の古城をくっきりと浮かび上がらせているようです。「牛車」はピアノ低音域を効果的に使って、のろのろと歩く牛が遠くからやってきて目の前を通り過ぎていくような様を見事に描き出しています。フィナーレの「キエフの大門」はいかにも壮麗な門であったろうと想像できるような、まるで大伽藍のような響きと和声によって描かれて、壮大なクライマックスを迎えて全曲を閉じるさまは圧巻です。 巨人の足音のような堂々とした旋律で始まり、宗教的な気分の旋律が表れたあと、寺院の鐘を思わせるような響きとプロムナードの主題によって荘厳に、華麗に音楽が響き渡り、この曲冒頭のテーマが回帰されて、堂々と有機的に曲を結んでいます。愛聴盤(1) エフゲニー・キーシン(ピアノ) (RCAレーベル 090266・38842 2001年7月録音 海外盤)豊かデ美しい音色、きらめくような輝かしさ、どこを取っても素晴らしく琢磨された演奏で、この盤が出るまではポゴレッチをよく聴いていましたが、キーシンを聴く機会が増えました。(2) イリーナ・メジューエワ(ピアノ)少し遅めのゆったりとしたテンポで始まる「プロムナード」からこれは尋常なえんそうではないとわかる。「牛車」の異常な緊張感。おどろおどろしさに包まれた演奏。 キエフの大門での異様な緊張感。 これが女性ピアニストの打鍵かと驚く凄い演奏です。(3) 高橋多佳子(ピアノ) (若林工房 OCVT00036 2006年6月録音)この演奏については昨年の書き日記をご参照下さい。高橋多佳子(4) ウラジミール・ホロヴィッツ(ピアノ)(RCA原盤 ビクター BVCC5147 1951年ニューヨーク・ライブ)高校2年生の時にLP盤を買って以来座右の盤として今も聴き続けているホロヴィッツの名盤。 ラヴェル編曲版をピアノに戻して演奏しているためにより色彩豊かな音楽に変貌しています。 「キエフの大門」だけでもこの盤の価値があります。以上がオリジナルのピアノでの演奏ですが、ラヴェルやストコフスキーなどの管弦楽演奏用に編曲されたのも数多くあります。 なかでもラヴェルの編曲はさすがに「オーケストラの魔術師」と呼ばれるだけあって、見事な編曲を与えており色彩的に華麗に描かれており、まさに決定版とも言うべき編曲で、「古城」などは抒情的な雰囲気をアルト・サキソフォンで吹かせたり、プロムナードをトランペットで吹かせたり、フィナーレの「キエフの大門」では銅鑼まで使って大伽藍建築のような壮絶なクライマックを描いています。愛聴盤(管弦楽編曲)(1) アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団(RCA原盤 ビクター BVCC9930 1953年録音)初めて聴いたこの曲の演奏でもあり、トスカニーニ特有の切れのいいテンポとカンタービレの美しい演奏。(2) ゲオルグ・ショルティ指揮 シカゴ交響楽団(DECCA原盤 ユニヴァーサル・ミュージック UCCD3754 1980年録音)ラヴェル編曲版での色彩的な演奏と言えばこれ。 各曲を明確に表現した華麗なる演奏。(3) セルジュ・チェリビダッケ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー (EMI原盤 東芝EMI TOCE9580 2003年9月ミュンヘン・ライブ録音)オーケストラ盤ではこれが極め付けでしょうか。 テンポをかなり遅くして克明に各曲を掘り起こすかのように描いていて、オーケストラが持たないのではと不安になるぐらいにテンションの高い演奏で、「キエフの大門」などはまるで大伽藍の建築を思わせるような壮大なスケールの演奏に圧倒されます。 オーケストラ盤ではこれ1枚でもいいかな、と思えるほどの豪快な演奏。愛聴盤(その他の編曲版)(1) 松居直美(オルガン)(SONYレーベル SRCR2181 1987年録音)サントリーホールのオルガンを使用して多重録音で吹き込んだ、オルガンでの凄まじい演奏。 荘厳な雰囲気で展覧会の絵がこんな風になるのかと思った演奏。(2) 長谷川陽子(チェロ) (ビクター・レーベル VICC60260 2001年4月録音)チェロとアコーディオンによる変わった編曲版。 チェロの深い音色が意外とあっている演奏で、編曲物としては立派な演奏です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 牡丹またまた牡丹の登場です。 これは昨年堺市大仙公園内にあります日本庭園で撮ったものです。撮影地 大阪府堺市大仙公園内 日本庭園 2006年4月
2007年04月28日
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『今日のクラシック音楽』 アダン作曲 オペラ「闘牛士」フランスのアドルフ・アダン(1803-1856)と言えばロマンティック・バレエの代表作「ジゼル」の音楽で有名な作曲家で、他にはこれといった音楽を聴くこともないのですが、10年ほど前にとても珍しいディスクがリリースされたので早速買って聴いていました。 何とオペラ作品で「闘牛士」というコミック・オペラです。これを韓国生まれのコロラトゥーラ・ソプラノのスミ・ジョーが絶妙な歌声で魅せてくれています。 指揮はオペラやバレエ音楽などで「職人」とも呼べるリチャード・ボニング(ジョン・サザーランドの夫君)、イギリスのウエールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団を振ったCDです。フランス・コミック・オペラのジャンルに入るこのオペラは、2幕物でイタリアのロッシーニのような音楽で約78分の短いオペラですから、マスカー二の「カヴァレリア・ルスティカーナ」と同じくらいの演奏時間です。物語の背景はスペイン・バルセロナ。 時代はアダンの生きた同時代でしょうか。登場人物は3人。 引退した闘牛士ドン・ベルフロール(バリトン)、その妻コラリーヌ(ソプラノ)、コラリーヌに惚れているフルート吹きのトラコラン(テノール)ストーリーは他愛のないものです。第1幕かつてパリの芝居小屋で歌っていたコラリーヌが、同じ芝居小屋にいたフルート吹きのトラコランから想いを寄せられていたが、叔父のバルセロナ長官から呼び戻されていきなり結婚させられる。 暗い教会での結婚式で夫になる男の顔もよくわからない。 式が済んで教会が明るくなると、相手は何と年寄りで引退した酷男の闘牛士。 夫婦仲がうまくいくはずがない。 そこへもってきて、この元闘牛士(ドン・ベルフロール)は大の女好き。 終日家にいない。そこへコラリーヌを忘れられないフルート吹きのトラコランが村へやってきた。 さっそくコラリーヌの家に恋文を投げる。 そんな折、旦那のベルフロールが街中でゴロツキに襲われるが、このフルート吹きトラコランに助けられる。 それでベルフロールの家で酒を飲む。 フルート吹きはこの元闘牛士に首ったけになっているオペラ座ダンサーからの使いで来た、と嘘を言う。 証拠を見せろと言われて、仕方なしにコラリーヌから以前にもらった手紙がダンサーからだと偽って渡してしまいます。元闘牛士が返事を書いている間に、フルート吹きはコラリーヌだけにわかる言葉で気持ちを伝える歌を歌う。 喜ぶコラリーヌ。 手紙を書き終えてまた外出しようとする夫を責めるコラリーヌ。 証拠を握ったら叔父の長官に言いつけると責める。 外へ出る前に手紙を落としてしまう夫。 その手紙を拾うと、何と自分のフルート吹きへの手紙だったから、あわてるコラリーヌ。これは自分の非の証明になると早合点。 夫と妻が相手をなだめる展開になってしまう。 そこへフルート吹きの合図の音が聞こえて夫は出ていく。第2幕(舞台は同じ)その隙にフルート吹きは家に入り、連綿と恋しい気持ちをコラリーヌに訴えています。 また元闘牛士ベルフロールとダンサーの逢引きの秘密もばらしてしまいます。 更に逢引きの様子を二人だけでわかる信号を教えて、不埒な男を困らせる相談をします。逢引きに満足して帰ってきた夫に妻コラリーヌは、責め立てます。 フルート吹きが外から合図の信号でデートの様子を細かく教えることを、そのまま妻から責められて夫は閉口します。 妻に長官の許へ行かれると彼女の持参金までも持っていかれると危惧してなだめにかかり、行状を改めると謝る。妻コラリーヌは、その確証を欲しいと責める。 それを聞いていたフルート吹きは、自分が一緒に住んで目を光らせると申し出ると、持参金をとられる不安がなくなる夫、元恋人同士が一緒に居られる妻コラリーヌとフルート吹き。 3人の思惑が一致して大円団となる、不道徳な結末です。これが荒唐無稽な話のあらすじです。 物語の奇妙さは別にして音楽は実に楽しいものです。親しみやすい旋律に繊細さが、単純化された形式とオペラ構造にして、「歌」の楽しみをたっぷりと味わえるコミック・オペラに仕上がっています。85年から世界の舞台で活躍するようになったスミ・ジョーは、コミック・オペラにぴったりの役柄で、コロラトゥーラの魅力を十分に引き出しています。リハビリ生活の私にはこういう楽しいオペラがとても新鮮で、気分も軽やかになります。 オペラを好きな方にお薦めのディスクです。このCDです。(LONDON原盤 POCL1812 1996年6月録音 廃盤?)このCDはポリグラムからリリースされていましたが、現在はすべてユニヴァーサルへと版権が移行しており、再発売がない限り入手困難なディスクのようです。 ご希望の方はお申し出ください。 CD-Rに焼き付け致します(時間がかかるかも知れませんが)。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1749年 初演 ヘンデル 「王宮の花火の音楽」1867年 初演 グノー オペラ「ロメオとジュリエット」1915年 逝去 アレクサンドル・スクリャービン(作曲家)1928年 初演 ストラヴィンスキー バレエ音楽「ミューズの率いる神のアポロ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 オダマキこれも初夏の代表花の一つで、最近は改良された園芸種も増えているようです。 近所の友人宅の庭で撮らせてもらった写真で、先日の「シャガ」のそばに咲いていました。撮影地 大阪府和泉市 2006年4月
2007年04月27日
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『今日のクラシック音楽』 ショパン作曲 ピアノ協奏曲第1番ホ短調94歳で指揮台に立ったレオポルド・ストコフスキーもいれば、30歳代で亡くなったモーツアルト、ウエーバー、シューベルト、メンデルスゾーンなどのように現在でも人々の心を癒し続けてくれる名作を書き遺した作曲家もいます。 まるで神様のいたずらかと思えるような若死にです。 彼らがせめて20年長く生きてくれていたら、私たちはもっと素晴らしい音楽を聴けたかも知れません。 珠玉のピアノ作品を残したフレデリック・ショパン(1810-1849)も若き命を散らして39歳で肺結核で亡くなっています。「ピアノの詩人」とも呼ばれるショパンは自身ピアノの名手だったそうで、演奏会などにひっぱりだこのようでした。 そんな彼が書いた作品は全てピアノ作品と言っても過言ではないでしょう。 3つのソナタ、24の前奏曲、ボロネーズ集、マズルカ集、ワルツ集、20曲を超える夜想曲集、練習曲集など珠玉のピアノ作品を残しています。そんな彼の作品の中で2曲の協奏曲があります。 この2曲ともが素晴らしい協奏曲なんですが、私の好みからすると第1番の方が聴く機会が多い曲です。 実際はこの第1番は2番目の協奏曲なのですが、楽譜出版の時に2作目より先に出版されたために「第1番」と呼ばれるようになったそうです。芸術家は人並み外れた「感性」を持っているようで、作品を生み出すエネルギーのような火山のマグマのようなふつふつとした情念が沸き起こっているようです。 それらの「感性」の中でも作曲家に多大な影響を与えた「女性」の存在があります。 ベルリオーズの舞台女優への激しい思慕が「幻想交響曲」を生み、ヴェルディの「椿姫」が歌手とのパリへの逃避行で観た演劇「椿姫」に触発されて書かれ、ワーグナーの人妻との不倫の恋が「トリスタンとイゾルデ」を書かせたとも言われています。この「ピアノ協奏曲第1番」もショパンの初恋の女性への思慕から生まれた作品です。 ショパンの生涯を語る時に常に現れる3人の女性がいます。 現在残されているショパンの肖像画を見ても現代流に形容すれば「やさ男」の部類に入る美男子です。 「なよやかな茎の上に青い花をのせた昼顔のようで、そっと手を触れただけではかなく散ってしまいそうだ」と形容したのはフランツ・リストでした。 まさに言い得て妙なる表現です。 それはショパン像のみならず彼の音楽そのものを語っているように感じられます。ショパンの生涯に寄り添う3人の女性がいました。 コンスタンチィア・グラドコフスカ、マリア・ヴォジンスカ、それに最も有名なジョルジョ・サンド。このピアノ協奏曲第1番はそれらの女性の中で、ショパンの初恋の人と言われているコンスタンチア・グラドコフスカという、声楽を勉強していた女性なしに語れない曲です。 恋と言ってもショパンは自分の想いをとうとう打ち明けることなくポーランドを去り、その後二度と祖国の土を踏むことがなかったのです。 ショパンの友人に宛てた手紙に彼女への想いを綴っているそうです。 「僕は悲しいことに、僕の理想の女性を発見した。 僕はまだその人と一言も話していないのだが、この半年の間、僕は心の中で忠実に仕えてきているのだ」と。 まさに青年期に誰もが体験するような恋の想いではないでしょうか。そのグラドコフスカへの想いを綴った曲が2曲のピアノ協奏曲です。 自分の燃え上がる炎のような恋心を音楽にぶつけたのでしょう。 特に第2番の「アダージョ楽章」は明確に彼女への想いだというショパン自筆の手紙に書かれているそうです。「第1番」は作曲順からすると後になるのですが、この曲には「第2番」のような明確なものが残っていません。 しかし、この曲もグラドコフスカへの想いが込められていることは容易に推察できます。 音楽活動をもっと盛んにするためにショパンは祖国ポーランドを離れてパリへ旅立つことを決意して、1830年10月11日にワルシャワで「告別演奏会」を開きました。 その演奏会に花を添えたのがグラドコフスカでした。 彼女はこの演奏会でロッシーニのオペラ「湖上の美人」のカヴァティーナを歌ったそうです。 その演奏会でショパンのピアノで演奏されたのが「ピアノ協奏曲第1番ホ短調 作品11」で、これがこの曲の初演となっています。ピアノの技巧をあますところなく表現しており、そこへ濃厚なロマンの香りを乗せた甘美な旋律が聴く者をうっとりとさせる名作です。 第1楽章の主題などは、こぼれ落ちそうな、したたり落ちそうな濃厚な想いが語られており、ショパンの彼女への想いがこれほどまでかと推測されるほどの、美しい旋律に彩られています。第2楽章「ロマンツェ」などはまるで夜想曲のようで、ショパン自身の言葉によれば「ロマンティックな、静かな、少し憂鬱な気分で書いており、春の美しい月の夜のような、懐かしい思い出を振り返るような感じなんだ。」と。第3楽章はロンド形式で、繊細に、愛らしく、それでいて華やかな情緒もある見事な完結楽章です。この演奏会のあとショパンはフランス・パリへと旅立って、二度と祖国ポーランドの土を踏むことなくパリで39歳の若い命を散らしています。またコンスタンチィア・グラドコフスカは、こうしたショパンの想いを知らずに、この演奏会の2年後にワルシャワの地主と結婚して5人の子供たちに恵まれたのですが、35歳で失明します。 それでも79歳まで長命で1889年に亡くなったそうです。愛聴盤(1) ルービンシュタイン(P) スクロバチェフスキー指揮 ニューロンドン交響楽団 (RCA原盤 BMGジャパン BVCC37446 1961年録音)LP時代に買った初めてこの曲を聴いた演奏。 色々な演奏を聴いたのちに、情緒に流されることなくきれいなピアノタッチで、堂々と弾いている演奏とわかり座右の盤となっており、最近SACD盤で優秀な録音で聴けるようになったの嬉しい。(2) マリア・ジョアン=ピリス(P) クリヌヴ指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団(グラモフォン原盤 ユニヴァーサル・ミュージック POCG10124 1997年録音)女性らしい繊細で美しい音色で弾くピリスの名演。(3) ツィマーマン(ピアノと指揮) ポーランド祝祭管弦楽団(グラモフォン・レーベル 459684 1998年8月録音 海外盤)これまでにないこの曲の解釈と演奏の可能性を引き出した瞠目すべき演奏。 ツィマーマンとコンドラシン指揮のディスクでも聴いているが、彼が自分で思う通りやりたい通りに演奏するために私財を投じて組織したオーケストラを使い、管弦楽パートにもこれまでの指揮者と違う解釈を繰り広げて、強音・弱音のコントラストやディナミークなどやりたいことを全てヤッテいる感じの演奏に加えて、ピアノの斬新な解釈、まさにこぼれ落ちそうなロマンの香り豊かに、美しい音色で弾いた名演盤。 しかし初めてこの曲を聴かれる方は他の演奏盤を聴いてから、これを聴くことを薦めます。 いかにこの演奏がすごいかをわかっていただくために。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1899年 初演 シベリウス 交響曲第1番・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 花水木(ハナミズキ)晩春から初夏にかけて花びらをいっぱいつけて咲いています。 これは開花前の花びらを撮ってみました。 くるくると巻いている花の様子がとても可愛いくて撮ってみました。 昨年4月に大阪市立長居植物園で撮った写真です。花水木(紅) これは白です 撮影地 大阪市立長居植物園 2006年4月21日
2007年04月26日
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『今日の音楽カレンダー』 チャイコフスキー作曲 弦楽セレナーデ ハ長調ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)は不幸な結婚から離婚という彼の生涯で辛い時期を味わってイタリアへ旅立ち、その思い出を書いたのが「イタリア奇想曲」でした。 それから後に書かれた管弦楽作品がこの「弦楽セレナーデハ長調 作品48」でした。 作曲は40歳の時ですから1880年。 有名な大序曲「1812年」と並行して書かれています。 チャイコフスキーの音楽を語る時にいつも言われる音楽の魅力 - 親しみやすい甘く美しい旋律、 スラブ色豊かなメランコリックで、極上の鮮やかな彩りの色彩。 この特徴を最も活かした曲がこの弦楽セレナーデではないでしょうか。 管楽器を1本も使わずに弦楽器編成だけで彼の音楽の魅力を最上の形で語っている、音楽好きを虜にするようなどの部分を切り取っても無駄のない、クラシック音楽を聴く醍醐味を味あわせてくれる最高の音楽の一つだと思います。もう20年くらい前になるでしょうか、ロシア製作の「チャイコフスキー」という映画がありました。 国を挙げての製作だったと覚えていますが、有名なピアノ協奏曲第1番をめぐってニコライ・ルービンシュタインと仲違をした後のチャイコフスキーの苦悩をセリフなしで、ロシアの雪原ばかりの風景にこの「弦楽セレナーデ」をかぶせる描写がありました。 この音楽が実に効果的に使われていて、観る者に音楽と荒涼たる雪の大地で彼の苦悩を見事に語らせていました。放送で聴いてはいましたが、レコード・CDとしてはこの曲を持っていなかったので、映画鑑賞のあとCDショップで見つけたCDをとりあえず買って聴いたことのある曲です。第1楽章冒頭のコラール風のゆるやかなテンポの荘重な雰囲気の序奏が始まると、聴く者はすぐに、はじめに述べた彼の音楽の魅力の世界 - チャイコフスキーの世界 - へと放り出されてしまいます。 スラブ色豊かなメランコリーな(郷愁的な)彩りに満ちた音楽で、私は先に述べた映画の場面 - ロシアの雪の大地を走る「そり」 -を思い出します。第2楽章は演奏会でも単独で演奏される機会の多い「ワルツ」です。 チャイコフスキーが最も愛したと言われるワルツだけあって - 「白鳥の湖」 「くるみ割り人形」 「眠りの森の美女」などで素晴らしいワルツを聴くことができます - 美しく、非常に優美な音楽がヴァイオリン群によって始まります。 ウインナワルツではなく演奏会用のとても優美な、しかもメロディメーカー・チャイコフスキーの美しい旋律にうっとりとするほどの甘美な音楽。 ウイーンのワルツ、フランス・ワルツのようなエレガントな美しさ、そこにスラブ的情感のこもった哀愁あふれる抒情性が見事に一体化した素晴らしいワルツ楽章です。第3楽章「エレジー」 この曲の白眉でしょう。 ラルゲットと指定された楽章で三部形式で書かれており、遅いテンポで深い哀愁に包まれた、甘く美し過ぎるほどの旋律が切な過ぎるほどの情感で迫ってきます。 チャイコフス キーが泣いています。 しかし、決して気品を失うことのない気高さとロシアの哀愁を連綿と歌った名旋律。「エレジー」と名のつく音楽は数多く書かれていますが、これほどに高貴な気品を保ちながら深い哀愁を湛えた「エレジー」はそんなにないのでは、と思うほどの美しく、悲しく、深い哀切に包まれた音楽です。 しばしばこの楽章のみを聴いている時があるほどに、美しさに満ちた「エレジー」です。第4楽章(フィナーレ)は「ロシアの主題による」と書かれており、ロシアの民謡や舞曲を採り交ぜた音楽が「アンダンテ」で描かれており、まさにロシア色満載の旋律にあふれ、ロシア音楽とチャイコフスキー節が融合したこの曲のフィナーレを飾るにふさわしい楽章です。しかし前楽章の「エレジー」と違って快活な感じのロシア色です。 ここに舞曲を置いて「エレジー」との対比をするあたりチャイコフスキーの絶妙の音楽造りに感心します。 そうして楽章終結部の前に第1楽章の序奏主題が再現されて、もう一度哀愁的な気分に戻りこの曲を有機的な統一を果たして全曲を閉じています。愛聴盤 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー (ドイツ・グラモフォン原盤 ユニヴァーサル・ミュージック UCCG7033 1980年録音)「美麗」とも形容できるカラヤン特有の淡麗・豊麗な音楽をベルリンフィルから引き出した素晴らしい演奏で、カラヤン嫌いの私でも文句のつけようない演奏です。 カップリングはドヴォルザークの名曲「弦楽セレナーデ」です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1926年 初演 プッチーニ オペラ「トゥーランドット」1976年 没 アレグサンダー・ブライロフスキー(ピアニスト)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 野苦菜近所の空き家の庭で咲いている、多分「野苦菜」だと思います。 キク科の花でこうしてマクロレンズで覗いてみると気品のある野草花です。 撮影地 大阪府和泉市 2006年4月
2007年04月25日
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『今日のクラシック音楽』 パロモ作曲 「アンダルシアの夜想曲」この日記で機会あるごとに書いていますように、私は民族音楽ー純粋な意味でなくクラシック音楽としてーがとても好きな一人です。 チェコのドヴォルザーク・スメタナやロシアの国民楽派の音楽、そしてスペインの土臭さの薫る民族的音楽を特に気に入って聴いています。ドイツ・オーストリアなどヨーロッパの音楽の中心から発信されてきた絶対音楽と比べて、とても聴きやすく音楽と共にそれらの国の風景が心象が目の前に浮かんでくるような、非常に理解しやすい音楽であることが、好きな理由と言えるかも知れません。所有するディスクの中でもこうした「国民楽派」と呼ばれる作曲家の音楽も実に多くあって聴いてきています。 現在求め得るそうした音楽ディスクでは香港を拠点にしたNaxosレーベルが非常に意欲的に録音を重ねています。 メジャーレーベルが手をつけない「スペイン・クラシック」「アメリカン・クラシック」「英国音楽」などと銘打ってシリーズとしてリリースを重ねています。そんなNaxosからうれしい1枚が昨年6月にリリースされました。 「スペイン・クラシック」シリーズの1枚ですが現代スペイン作曲家ロレンツォ・パロモ(1938~)の作品で「アンダルシアの夜想曲」。 名前からしてスペインの香りと風が匂うような作品です。この作品は、現代の名ギター奏者ペペ・ロメロに捧げられたギター協奏曲風の音楽で、、「夜に乾杯」 「星の瞬き」 「マリアルーナの踊り」 「突風」 「コルドバの夜想曲」 「フラメンコの舞台」という副題が付けられた6つの音楽から構成されており、スペイン・アンダルシア地方の夜の印象を独奏ギターとオーケストラによって語られていく音楽で全編スペイン一色の、まさにアンダルシアの土の香りと、そこに住む人々の熱い想い、スペイン・ジプシーを思い起こされる舞曲風音楽を、熱気と風と共に部屋に運んでくれるような音楽です。ギターが随所に奏でられて、ロドリーゴの名作「アランフェス協奏曲」を想い起させる40分ほどの作品です。 現代音楽と言っても「アランフェス協奏曲」と同じような親しみ深い旋律と和声で描かれており、第1曲「夜に乾杯」の始まりからアンダルシアのむせ返るような夜に運び去られるような音楽です。 人々のざわめきが聞こえてくるような情緒ある音楽がスペイン・ギターの調べに乗って描かれています。第2曲「星の瞬き」は、アンダルシアの夜空を染める満天の星が煌くさまを描いており、静謐な情緒が熱気にあふれた大地を冷ますような静かな音楽が絶妙のギターの爪さばきで奏でられています。第3曲「マリアルーナの踊り」は、この作品の白眉で演奏時間も14分ほどの長い曲で、「アランフェス協奏曲」に最も類似した音楽が流れています。 旋律もスペイン土着の音楽そのもので、管弦楽全奏で奏でられる響きは「熱いスペイン」そのものです。 ここはファリャ、グラナドス、ロドリーゴのようなスペイン作曲家がいかにも書きそうな音楽に満ちています。第4曲「突風」は2分ほどの短い間奏曲風ですが、夜の熱気を吹き飛ばすかのような一陣の風となって部屋を吹き渡るかのようです。第5曲「コルドバの夜想曲」は、昼の熱気に包まれたざわめきが治まり、静かな夜を大地を覆うかのような、まさに「夜想曲」の美しさをオーケストラの美しい旋律と静かな刻を刻むかのようなギターとの協演が素晴らしい情緒を醸し出しています。第6曲「フラメンコの舞台」は、スペイン・ジプシーの踊り「フラメンコ」が踊られる描写で、カスタネットのリズムの刻みがスペイン情緒を盛り上げて始まり、長い原色で彩られたスカートを翻しながら踊る女性の踊り手のフラメンコの興奮を伝えてきます。 最後にこの曲を置いてもう一度アンダルシアの夜の興奮を描いて見事に曲を閉じています。在職のころヨーロッパ諸国を訪問した際に、スペインにも足を延ばしてバルセロナ、マドリッドなどを訪問して感じたスペインの地の香りを懐かしんで聴いています。 スペイン音楽、民族音楽、ギター音楽を好きな方には掛け値なしにお勧めの1枚です。 (Naxosレーベル 8.557135 2000年8月録音)この曲を献呈されたペペ・ロメロのギター、スペイン・セビーリャ王立交響楽団、名匠ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスの指揮による純正スペイン人たちの熱い演奏を、1000円というNaxosならではの廉価で求められます。 カップリングはパロモ作曲の「アンダルシアの春」 「青春の思い出」というスペイン歌曲集で、同じくスペインのソプラノ歌手マリア・バーヨによる土着風の歌を楽しめます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1801年 初演 ハイドン オラトリオ「四季」1866年 初演 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番1911年 初演 アルバン・ベルク 弦楽四重奏曲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 シャガ友人の家の庭で椿の木の下で咲いていました。 これも昨年の画像です。撮影地 大阪府和泉市 2006年4月下旬あやめ科 開花時期 4月~5月日陰や、湿地によく生えています。花は朝開いて夕方にしぼんでしまいます。寺院によく植えられているのを見かけます。
2007年04月24日
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『今日のクラシック音楽』 レオポルド・モーツアルト作曲 おもちゃの交響曲昨年生誕250周年を迎えて大ブレークしましたW.A.モーツアルトは、幼少の頃から父と共にオーストリアからパリなどのヨーロッパ各地へと演奏旅行をしていました。 その父親も数は多くはありませんが作曲した「シンフォニア」などの音楽が現在でも残っていて録音もされています。そんな父親レオポルド・モーツアルト(1719-1787)の書き残した音楽で今日最も有名なのが「おもちゃの交響曲」です。この曲は交響曲と言ってもわずか7分ばかりの3楽章の短い曲で、弦楽器による合奏に加えて子供のおもちゃによる演奏も含まれていることからこの名前を付けられています。おもちゃとは、ラッパや太鼓、廻すとガラガラと音の鳴る歯車、鳥の声を出す笛などが使われています。父親モーツアルトは初めからこんな短い、しかもおもちゃを加えた交響曲を書いていたのでしょうか? いえ、そうではなくてこの3楽章の音楽は、実は7楽章構成の「カッサシオン ト長調」という曲の第3、第4、第7楽章がこの交響曲とそっくり同じだそうです。 今ではこの「カッサシオン」の一部というのが定説になっているようです。私が初めてこの曲を聴いたのが1957年(中学2年生)で45回転EP盤に収録されていました。 そのEP盤には明確にハイドン作曲として書かれており、解説も現在だから笑えるのですが、この曲の書かれた経緯は、ハイドンが作曲した3楽章を演奏する時に、茶目っ気のある彼が楽員に持たせたおもちゃを吹かせて出来上がっていて、いかにもいたずら好きのハイドンらしい作品、という解説でした。事実長い間、この曲はハイドンが書いた作品とされていたそうです。 ところが1951年に上述のレオポルド・モーツアルトが書き残した「カッサシオン」の楽譜が発見され、その中の3つの楽章がこの「おもちゃの交響曲」と同じということが判明したそうです。以来、この曲の作曲者はレオポルド・モーツアルトと訂正されています。 ということは、「カッサシオン」から抜け落ちた3つの楽章だけが一人歩きしていたことになります。何故ハイドン作曲が通説になったのかは不明です。 しかし、いかにもハイドンが書きそうな茶目っ気のある音楽であることは間違いありません。 ハイドン作曲という通説がこの曲を現代まで残しているのではないでしょうか?この音楽は愉悦感にあふれた実に楽しく、弦楽合奏といっしょに鳴らされる「おもちゃ」の音がとても可愛らしく合奏に溶け込んでいます。 アレグロ楽章、アンダンテ楽章、プレスト楽章の3つがどれもチャーミングな音楽です。愛聴盤 クルト・レーデル指揮 ミュンヘン・プロアルテ室内合奏団(エラート原盤 ワーナー・クラシック WPCS22108 1972年録音)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1891年 誕生 セルゲイ・プロコフィエフ(作曲家)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 オオイヌノフグリ近所の空き地に咲いている「オオイヌのフグリ」です。 これも昨年の画像ですが今年は地主がきれいに土地を整理したせいか1本も咲かない空き地に変わっていました。 年々住宅地ではこういう現象が起こっていてさびしい限りです。撮影地 大阪府和泉市 2006年4月14日ごまのはぐさ科 クワガタソウ属 開花時期 2月初旬から5月初めまで明治時代にヨーロッパから帰化したそうです。 道端・空き地・公園・畑などに多く生えていて雑草のようですが、群生して咲いている様は実にきれいです。 丸みのある腎臓形の実が犬のフグリに似ていることからこの名前がつけられたそうです。 「犬のフグリ」という別名もありますが、花はこれより少し小さいのをそう呼んでいるそうです。「犬ふぐり 星のまたたく 如くなり」 高浜虚子
2007年04月23日
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ともの『今日の一花』 牡丹今は近くの丘陵や植物園・フラワーセンターなどでは春の花満開で撮影に出かけるのにいい時期なのですが、3月以来ヴォランティア活動の引き継ぎ業務などで撮影もままならず、体もこんな具合ですので撮影にもほとんど行かずという状況で、新しい花画像がなくて昨年の春画像からの掲載です。 もう早咲きの牡丹も開花が終わりこれからは「藤の花」「牡丹」「春バラ」の季節になりました。 今日は昨年撮りました「牡丹」を掲載しておきます。撮影地 大阪市立長居植物園 2006年4月下旬
2007年04月22日
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『今日のクラシック音楽』 ドビッシー作曲 フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ「春の海 ひねもすのたり のたりかな」 与謝蕪村今日は春の午後などに耳を傾けながらティータイム、珈琲タイムを楽しめる音楽を採り上げました。 クロード・ドビッシー(1862-1918)が書き残しています「フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ」です。 ドビッシーの音楽はとらえどころのない印象を与えるところから、どこか春の風情に似た「のたり のたりかな」と呼べそうな音楽です。ドイツ・オーストリアの代表的な作曲家モーツアルトやベートーベンのようなリズム、和声の響き、構成などを伝統的に受け継いで書かれた音楽と異なって、ドビッシーの作品は印象主義と呼ばれる音楽を確立しています。 物象や芸術作品などから得た印象をそのまま音楽に表現するというそれまでになかった技法で、音楽史に新しい一ページを刻んだドビッシーの作品はどれも色彩豊かな響きと陰影に富んだ音楽が特徴です。「牧神の午後への前奏曲」で印象主義を確立して、その後組曲「春のロンド」や交響詩「海」などの名作を書いたドビッシーには「前奏曲」「ベルガマススク組曲」などのピアノ音楽にも優れた作品を残しています。彼には室内楽にも多くの名品を残しています。 「ヴァイオリンソナタ」「チェロソナタ」、弦楽四重奏曲などがその例です。 私は特に彼の「ヴァイオリン・ソナタ」に魅かれていますが、彼の室内楽作品として「フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ」も美しい音楽の一つです。妻エンマに捧げられたこの曲の魅力は何と言っても楽器の組み合わせのおもしろさだと思います。 フルートの軽妙な音色を支えるハープの響きがピアノように重くならず、繊細で洗練された音楽空間を醸し出して、少し暗い感じのヴィオラが加わることで落ち着きを与えています。3楽章で構成されており、全編に流れているロマンティックな雰囲気・情緒がフランス音楽の洗練された美しさを映し出しています。 まさに春の午後に心を置いてみたくなるロマンの香る室内楽作品です。1917年の今日(4月21日)、この「フルート、ハープ,ヴィオラのためのソナタ」が初演されています。愛聴盤 ランパル(フルート) ラスキーヌ(ハープ) パスキエ(ヴィオラ)(ERATO原盤 ワーナークラシックス WPCS21066 1962年録音)もう40年以上前の録音ですが、これもLP時代から何度も再発売を繰り返しているディスクで、LP時代には擦り切れるほど聴いた演奏・録音です。 現在上記の商品番号でカタログに残っています。価格も1000円という求め安い盤です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』 1891年 初演 ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」1917年 初演 ドビッシー 「フルート、ハープ、ヴィオラのためのソナタ」1918年 初演 プロコフィエフ 交響曲第1番「古典」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 藤の花昨日退院して帰宅しますと向かいのおうちの庭に鉢植えの藤が満開になっていました。 昨年も撮らせてもらったのですが、お見舞いのお礼を言いながら撮らせてもらいました。撮影地 大阪府和泉市 2007年4月20日
2007年04月21日
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今日退院しました。 病名は「脳梗塞」。 言語障害は残っているものの、体に麻痺はありません。 血管のどこかで詰まったのでしょう。 先日掲載しました近所の道端で見つけた「からすのえんどう」の撮影中に異変に気がついて病院へ駆け込んだので、すぐに点滴で洗い流す治療を施されたおかげで、大事にはいたらなかったのが幸いでした。入院後も24時間の点滴を4日間施されたので、体(手指)の「痺れ」は感じなくなりました。 MRI検査も受けましたが大きな詰まりが見られませんでした。点滴は4日で終わり、言語障害のみが残りました。 今日もまだ話しにくい症状は変わりません。 病院はリハビリで治るので退院を勧められて帰ってきました。 ただ血圧は入院時に220/110だったのがあまり下がっていません。 医師は薬服用で低下するので病院では治療もないことから退院しました。 当面は言語障害のリハビリに努めて薬で血圧を下げる治療をする予定です。見舞いに来てもらった近所の人にブログのIDとパスワードを教えて「入院中」の旨を日記に公開しもらいました。 携帯電話からの更新方法がわからなかったので依頼しました。帰宅してブログを開けて驚きました。 こんなに多くの人々からの温かい激励の言葉をいただき感謝の極みです。 ありがとうございました。 一人一人へお礼を申し上げるべきなのですが、退院したばかりなので、この記事にてお礼の言葉に替えさせていただきます。しばらくは音楽記事は休載するかもしれません。 血圧が正常に戻り次第、更新致します。 とりあえず花画像のみの掲載になるかもしれません。入院中は点滴療法のほかにすることもなく、専ら読書に時間を割いていました。 すべて小説で、しかも以前に読んだ本も含めて12冊読みました。 歴史小説、松本清張・高木彬光の推理小説、クラシック音楽書などを病院の近所にある図書館で借りてもらって読みました。文学・小説は人の生き様を如実に書き表したもので、特に動乱の時代を生きた人間の生き様や感性には現代にも通じるメッセージが込められています。 それ故に1000年の昔に書かれた「源氏物語」や「枕草子」が現代でも名作文学として時代を超えて読み継がれているのでしょう。また推理小説は端的に人間のエゴを描いており、そこに罪を憎む刑事が探偵が人間模様の曼陀羅絵図を読者に疑似体験させるような面白みがあります。 美しい物語、純粋な人間の美しい心を描いた小説は他にいくらであります。 しかし、時間を消化する目的で小説を読むなら推理小説が手っとり早いと思い、しかも松本清張の「社会派」と呼ばれている「砂の器」「ゼロの焦点」「棲息分布」は人間のエゴを見事に表現しており、清張独特の筆致によって登場人物としての模擬・疑似体験をしているような時間と空間をさまよっていました。 入院中は音楽とは全く縁がなくて隔絶状態で専ら小説のヴァーチャル空間の世界を楽しんでいました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1813年 初演 ベートーベン 交響曲第7番・第8番1881年 誕生 ニコライ・ミヤスコフスキー(作曲家)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 野芥子先日掲載の「からすのえんどう」の横に咲いていました「野芥子(のげし)」です。 この花は四季を通じて1年中咲いているように思います。 何度も撮った野草花なので今回は撮るつもりではなかったのですが、そこへ「蛾」飛んできて停まったので撮ってみました。 この花を撮り終わってPCに画像保存して、「からすのえんどう」だけを日記に掲載して病院へ行った次第です。 撮影地 大阪府和泉市 2007年4月11日
2007年04月20日
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只今、入院中(脳梗塞で喋れませんでした!!)20日頃、退院予定?お待ちください。
2007年04月14日
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ともの『今日の一花』 からすのえんどうこの花の春になれば道端・田圃・空き地・畑・公園の植え込みなど至る所に見られる極小の花です。 今日は撮りやすい道端に咲いているのを見つけて撮ってみました。撮影地 大阪府和泉市 2007年4月11日豆科 ソラマメ属 開花時期 2月中旬~5月初め 「すずめのえんどう」 というこれより小さいのもあります。
2007年04月11日
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自宅から徒歩3分のところにあります小さな公園。 そこに大きな3本のソメイヨシが植わっています。 樹齢は100年近いでしょう。 毎年美しい花を咲かせています。 「交友会」(老人クラブ)主催の花見の会を桜の木の下で行われています。 今年も美しい花をつけていました。今年は桜を撮るために遠出をすることもなく、町内のこうした身近な桜だけを撮っていました。 近畿・関西には桜の名所がたくさんありますし、私が住んでいる市内や近隣都市にもありますが、とうとう訪れることもなく花は散っていく桜の季節でした。 そうした中で近所の公園で撮ったソメイヨシノです。撮影地 大阪府和泉市 2007年4月06日
2007年04月10日
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『今日のクラシック音楽』 ドビッシー作曲 「牧神の午後への前奏曲」私は古今東西の名画の中で一番好きなのは、フランス印象派のモネやセザンヌなどの絵画です。 そのせいか音楽でも「印象派」のドビッシーを特に気に入っています。 ピアノ作品でも室内楽作品でも好きなのですが、とりわけ管弦楽作品の物象や事象を表現した音の響きに魅せられています。 以前にも交響詩「海」について書きましたが、ドビッシーの魅惑の管弦楽作品となると筆頭に挙げられるのが「牧神の午後への前奏曲」です。誰が「印象派」なる言葉を生みだしたのか諸説あるようですが、現在ではある美術記者が語った言葉によるものとされています。 1847年に開かれたセザンヌ、モネ、マネなどの画家グループの展覧会を鑑賞したこの記者がモネの作品「印象・日の出」という絵に対して「う~ん、これは印象に間違いない。 ぼや~とした、たよりない、下手くそな絵だ」と語り、これが「印象派」という名前をこれら画家グループが使うきっかけとなったようです。ドビッシーはこれら印象派画家の描く、色彩よりも光を重視する手法に共感して、音楽でも物象や事象を旋律重視でなく、目の前にある物から得た印象を和声や音色で表現したいと思い、音楽として具現化したのでした。最初ドビッシーの音楽を聴いた時は、前述の記者の言葉通り「曖昧模糊とした、ふぁ~とした印象のたよりない音楽」として聴こえてきました。 それまでは旋律を求めて聴いていたので、いきなりドビッシーの音楽世界に入り込むのが難しかったというのが本音です。その最初の曲とは「牧神の午後への前奏曲」でした。 LP盤にもう一度針を置いて聴き直すと音楽の響きや音色、ハーモニーに独特の魅力があることがわかり、以来この曲にとりつかれたようになり、有名な交響詩「海」「管弦楽のための映像」や「夜想曲」などの名曲を好んで聴くようになりました。この「牧神への午後への前奏曲」は物象ではなくて、詩人ヴェルレーヌと共に並賞されているマラルメの書いた「牧神の午後」を読んだ感想を音楽に表しています。「物憂い真夏の昼下がり。 森陰にまどろんでいた半人半獣の牧神が夢から覚めて笛を吹く」- この部分をドビッシーは独奏フルートによる絶妙の音色を表現しています。 まどろみの表情を夢幻的・幻想的に表しており、この曲の白眉の部分です。「牧神は夢と現実の間をさまよって遊んでいる。すると目の前ので泉妖精たちが水浴びを始める。 牧神は彼女たちを追い回し始める - 2つ目の主題がこの牧神の妖精への欲望を表現しており、オーボエと弦楽器が牧神の気持ちを見事に美しく表現しています。「彼はやがてヴィーナスを抱擁したような恍惚とした気分に包まれる」ー 3つ目の主題です。 木管と弦楽器で官能的な表情を見事に表現しています。これらの3つの主題によって音楽が展開され「やがて妖精たちの幻影が消え去り、牧神は再び草に横たわりまどろみの世界に戻っていく」- ハープの下降和音がホルンに支えられて曲を閉じていきます。実に巧妙に詩の世界の印象を表現した音楽で、これを5月の初夏の午後などに聴いていますと、こちらもまどろみの世界へと誘われるようです。愛聴盤 カルロ・マリア・ジュリーに指揮 ロイヤル・コンセルトへぼー管弦楽団(SONYクラシカル SICC273 1989-94年録音)交響詩「海」、 「亡き王女のためのパヴァーヌ」などのカップリングです。 緻密に繊細に表現されたジュリーニ晩年の名演。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1846年 誕生 パオロ・トスティ(作曲家)1906年 誕生 アンタル・ドラティ(指揮者)1916年 初演 ファリャ 交響的印象「スペインの庭と夜」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 ツメキリソウ撮影地 大阪府和泉市 2007年4月1日
2007年04月09日
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『今日のクラシック音楽』 メンデルスゾーン作曲 ヴァイオリン協奏曲ホ短調2年7か月もの間クラシック音楽記事を書いて心に残る作品を採り上げてきましたが、フリーページへ過去の記事を整理して気がついたのは、有名曲の欠落でした。 今日の話題曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調もそのうちの一つです。 今日はそれを採り上げてみました。超有名曲ですからクラシック音楽を好きな方は「何を今さら」と思われるかも知れません。 何を書こうかと頭をひねりましたが、結局誰もがご存じのエピソードになってしまいました。メンデルスゾーン(1809~1847)は裕福な銀行家の御曹司としてドイツ北部のハンブルグに生れ、終世お金の心配なしに音楽を続けることが出来た稀有な境遇の人でした。 床をなめるように貧困と闘ったモーツアルトやシューベルトとは雲泥の差があります。そんなメンデルスゾーンから生まれる音楽は明朗・晴朗・流麗・華麗・爽快な音楽が残されています。 彼のどの作品でもピチピチ跳ねるような明るさに包まれており、聴く者を幸せな気分にさせてくれます。第二次世界大戦のヨーロッパでは「ナチス」の横暴が席捲しました。 ユダヤ人嫌いのヒットーの政策は徹底していました。 政界、公務は勿論、一般の民間人にも容赦なく「ユダヤ人狩」を行い、800万人とも1000万人とも言われるユダヤ人虐殺が行われました。音楽家にたいしても迫害が行われ、ユダヤ人作曲家の書いた作品の上演・演奏禁止が行われており、特に3Mと呼ばれたメンデルスゾーン、マイアベーヤ、マーラーの作品には目をつけられて演奏禁止だったそうです。それでも芸術家の間では、このメンデルスゾーンのホ短調のヴァイオリン協奏曲を、作曲家の名前を言わずに、単に「ヴィオリン協奏曲ホ短調」としてプログラムに採り入れて当局の追及を免れていたそうです。いかにヒットラーと言えどもこの名曲の美しい旋律にはどうすることもできなかったのでしょう。メンデルスゾーン29歳の時から草稿が書き始められて、1844年35歳の時に完成したこの協奏曲は、当時メンデルスゾーンが指揮者をしていたライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターであったフェルディナンド・ダヴィッドに捧げられています。 この曲の完成にはダヴィッドの助言が数多く採り入れられているそうです。曲の冒頭2小節のオーケストラ演奏がすむと、すぐにあの優美・流麗な美しい独奏ヴァィリオンが流れてきます。 当時のヴァイオリン協奏曲としては珍しい開始だったそうです。 普通はオーケストラによる長い主題提示があったのちに独奏ヴァィリオンが入ってくるのですが、わずか2小節という斬新な技法がのちの協奏曲に影響を与えたと言われています。音楽は優美・流麗・華麗・夢幻・明朗で親しみやすい美しい旋律が全編に息づいており、まさにロマン派を代表するヴァイオリン協奏曲です。 3楽章形式ですが切れ目なく演奏されるのが特色です。愛聴盤(1) ダヴィッド・オイストラフ(Vn) ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 (米コロンビア原盤 ソニークラシカル 25DC5221 1956年録音)50年程前の古い録音ですが、ここに刻印されたオイストラフの格調高い、美しい音色はいつ聴いてもうっとりさせられます。 これこそが「永遠の名盤」と呼べるオイストラフの遺産です。(2) ナタン・ミルシュテイン(Vn) クラウディオ・アバド指揮 ウイーンフィル(グラモフォン原盤 ユニヴァーサル・ミュージック UCCG5032 1972年録音)素晴らしい美音の持ち主ミルシュティン。 その美音が冴えわたる円熟期の遺産。(3) キョン・チョン・ファ デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 (DECCAレーベル 460976 1981年録音 海外盤)情熱と気迫のヴァイオリン。 キョンとかつての恋人デュトワの共演が繰り広げるロマン派ヴァイオリン協奏曲の極みのような、滴り落ちるロマンの香りがする名演。(4) アンネ・ゾフィー=ムター(Vn) カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー(グラモフォン・レーベル 445515 1980年録音 海外盤)カラヤンの秘蔵っ子時代の、10代で録音した若きムターの奔放な弓さばきとベルリンフィルの豊穣なサウンドがブレンドしたムターの名演。(5) ヒラリー・ハーン(Vn) マレク・ヤノフスキー指揮 オスロー管弦楽団(SONYクラシカル SK89921 2002年録音 海外盤)(6) ナージャ・ソレルノ=ソネンバーグ(Vn) ジェラルド・シュヴァルツ指揮 ニューヨーク室内交響楽団(EMI原盤 東芝EMI TOCE13025 1987年録音)この演奏は万人に向くとは思いませんが、とても好きな演奏なので紹介しておきます。 「異端のヴァイオリニスト」と言われるナージャ。 冒頭の有名な旋律などは弦がかすれて泣きこぼれているような演奏。 とても官能的な表現で、これこそロマンが匂いたつ演奏です。 しかし毒気にあてられたような感のする人もいるかも知れません。 故に万人向けに推薦はできません。(7) 五嶋みどり(Vn) マリス・ヤンソンス指揮 ベルリンフィルハーモニー(SONYクラシカル SICC123 2003年ベルリン・ライブ録音)最も普遍的な名演奏。 ムターの匂いたつ美音、キョン・チョン・ファの熱気を取りまぜたような、クールなメタリックな肌触りの熱気あふれる技巧に汗がほとばしるのを感じさせられる名演。 結局万人向け推薦盤としてこれを選びました。 こんな凄い演奏を一発勝負のコンサート・ライブで出来る五嶋みどりの才能の素晴らしさに脱帽。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1692年 誕生 ジュゼッペ・タルティーニ(作曲家・ヴァイオリニスト)1849年 没 ガエターノ・ドニゼッティ(作曲家)1876年 初演 ポンキエッリ オペラ「ジョコンダ」1880年 初演 ボロディン 交響詩「中央アジアの草原にて」1894年 初演 ブルックナー 交響曲第5番・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 お寺の桜今やソメイヨシノはどこにでも満開の花を咲かせています。 これは町内のお寺の門のそばに咲く樹齢100年の桜(ソメイヨシノ)です。撮影地 大阪府和泉市 2007年4月6日
2007年04月08日
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『今日のクラシック音楽』 ベートーベン作曲 交響曲第3番変ホ長調 「英雄」ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーベン(1770-1827)の伝記を読みますと、必ずと言っていいほど出てくるエピソードがあります。 ベートーベンの友人が尋ねた質問。 「あなたはこれまでに(まだ第九が書かれていない時期)書いた作品で、どの曲が一番好きでしょうか?」 ベートーベンは躊躇なく答えたそうです。 「そりゃあ、第3番の交響曲です」当時のベートーベンの交響曲で絶大な人気を誇っていた第5番「運命」ではなく、不評であった第3番を挙げたことにこの友人は「どうして?」と訝ったそうです。この第3番が発表されるまでは、交響曲の演奏時間はせいぜい30分間くらいの長さでした。 ところが第3番は50分を超す長大な曲なので、長さ故に評判は芳しくなかったそうです。 それに強烈な人間の「個」を表現している音楽で、それまでの「古典派サロン風」音楽とかなり違ったものなので、当時はそれも不評の理由だったかも知れません。第1番・第2番とは表現されている音楽が変わっています。 彼の9曲の交響曲を発表順に聴いていけばよくわかります。 第3番から劇的に音楽世界が変わっています。 貴族の「サロン」から脱出した人間の尊厳まで表現した、それもかなり激しく主張されています。この第3番をきっかけに、のちに「傑作の森」と呼ばれる真のベートーベン音楽の「強い主張」の表れと言っても過言でない、それまでの作品と決別するかのような交響曲となっています。ベートーベンはあの有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を1802年に書いています。 第3番「英雄」の完成が1804年です。この第3番が書かれる少なくとも2年前にはベートーベンは、自分の耳の病(難聴)に気が付いていて音楽家としての致命的な病に苦悩していたのでしょう。 それを苦にしての「遺書」でした。 一度は書いた絶望の淵の「遺書」からベートーベンは不屈の耐えしのぶ・逆境に打ち勝つ精神力で不死鳥のように蘇ったのです。与えられた運命に負けず、その運命を打ち破る最大限の努力をすることの大切さ・そこから抜け出た時の苦悩から歓喜へという強い精神力を音楽で表現する、ベートーベン特有の「人間性」を表現した音楽の最初の曲がこの第3番ではないでしょうか。それゆえに友人の質問に「第3番です!」と答えたのだと思います。この第3番以降、彼は150曲ほどの音楽を書いていますが、前述のように「苦悩から歓喜へ」の図式は変わることはありませんでした。 ベートーベンの音楽表現の根幹を成す思想として表現され続けています。 まさにこの「英雄」交響曲がその出発点であったのかも知れません。第1楽章冒頭の主和音の2度の叩きつけるような音が、ベートーベン自身が「遺書」と決別する明確な意思の表れであり、前向きに「耳の病」と闘う決意の表れであり、古典派の「サロン風」音楽から強烈な「主張」の表れで、その強烈さが芸術作品へと高めていくという「ロマン派音楽」への橋渡しで、まさにドイツロマン派音楽への扉を開ける主和音であると、昨日何度も聴いているうちに感じたことでした。その主和音によって扉が叩かれ、続いて現れる雄大な旋律の第1主題によってベートーベンの強固な尊厳さえ感じられる意思を感じます。 この旋律の情感は以後のベートーベン音楽の雄渾・壮大なスケール、どっしりとした、びくともしない安定感のある、そこに身を寄せてもしっかりと支えてくれる、旋律の始まりではないでしょうか。約15分間の長さの雄大・壮大なスケールの第1楽章が全曲の白眉だと感じています。 昔からこの楽章だけをよく聴いていました。続く第2楽章は前例のない「アダージョ・アッサイ」の葬送行進曲となっています。 ここにもベートーベンの天才的な技法の巧みを感じます。 連綿と嘆き悲しむような曲想が主題を奏するオーボエによって見事に表現されています。 しかしこの主旋律にはのちのチャイコフスキー音楽のような寂寥感をあまり感じません。 深い沈みこむような旋律と曲想なのにとても「心静かな」情感を感じます。 うがった感じ方ですが、ベートーベン自身が「耳の病」と立ち向かう前の「心の静けさ」ではないかと思えます。第3楽章「スケルツォ」で特筆すべきは3本のホルンによる3重奏は圧巻です。 楽器の晴朗性を見事に活かした「スケルツォ」の名品です。第4楽章の「変奏」は灼熱化したフル・オーケストラによる全奏で始まります。 バレエ音樂「プロメテウスの創造物」というベートーベンの作品から主題を採り、それを7つの変装でつないだ圧倒的な音楽で、ここにきてベートーベンがどんな困難にも負けずに立ち向かうという強い精神力の表れが具体化した音楽表現だと思います。この曲はフランスのナポレオンに捧げるつもりで書かれていたのが、彼が皇帝に就いたと知って「俗物ナポレオン」を罵って、楽譜表紙に「ある英雄の思い出のために」と書き直したという有名なエピソードから離れて聴いてみた感想を綴ってみました。1805年の今日(4月7日)、交響曲第3番「英雄」がベートーベン自身の指揮でウイーンで初演されています。愛聴盤(1) フルトヴェングラー指揮 ウイーンフィルハーモニー(EMIレーベル 5858212 1952年録音 海外盤)まさに「不滅の名盤」「人類の遺産」とも大げさに表現できる輝きに満ちた生命力と熱気に満ちた音楽を隅々まで感じられる演奏です。(2) ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 ウイーフィルハーモニー (DECCA原盤 ユニヴァーサル・クラシック UCCD7053 1965年録音)ウイーンフィル最初のベートーベンの交響曲ステレオ録音。 まろやかな・柔和な・温かい・しなやかなサウンドを十全に引き出した、イッセルシュテットの至芸が冴える、フルトヴェンングラー盤と対極をなす、晴朗な実に柔らかい演奏が魅力のディスク。(3) ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 (SONYレーベル SRCR2308 1959年録音)これほど「歌心」にあふれたベートーベン演奏を聴いたことがありません。 どのフレーズにも「歌」があって、厳しい音楽の中に温かい熱気を盛り込むワルター特有の表現に脱帽。(4) シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 (RCA原盤 BMGジャパン JMCXR0019 1957年録音)ミュンシュ特有の直截的な表現が見事に表現されていて、熱気のこもった灼熱の「英雄」が聴ける演奏。 高度のリマスターでよみがえった優秀録音で50年前の名演奏を味わえるディスク。 欠点は3,450円という高価。 廉価盤でもリリースされていますが、音質は多少落ちます。(5) ピエール・モントー指揮 ウイーンフィルハーモニー(DECCA原盤 ユニヴァーサル・ミュージック UCCD3379 1962年録音)フランスの指揮者でありながら、ドイツ音楽、ロシア音楽でも出色の演奏を残しているモントー。 このベートーベンでも骨太で熱気にあふれた直截的な表現でベートーベンの音楽を熱く語った演奏。(6) 朝比奈 隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団(日本ビクター VDC5528 1977年東京ライブ録音)1977年10月6日東京文化会館に於ける演奏会でのライブ録音。 朝比奈の骨太・朴訥で重厚でテンポの遅い表現がドイツ風音楽の極みのように伝わってくる、どこを切り取っても生命力あふれる表現の素晴らしい演奏。 どっしりと腰を落ち着けた安定感のある音楽運びが絶妙に生きている、まさにベートーベン音楽表現の極みのような演奏。 これが30年前にすでに日本で演奏されていたとは信じられないくらいの、この曲の最もドイツ的名演奏。 初版LPがリリースされて聴いたあとはまるで虚脱状態になった録音による朝比奈 隆との初めての出会いでした。 オーケストラの技巧はお世辞にもいいとは言えませんが、それを凌駕する朝比奈の気迫が上回る演奏で、このコンビで何度も実演を大阪で聴きましたが、残念ながらこの時の演奏のすごさを超える生舞台を経験していません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『今日の音楽カレンダー』1786年 初演 モーツアルト ピアノ協奏曲第24番1805年 初演 ベートーベン 交響曲第3番「英雄」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ともの『今日の一花』 レンゲ草今ではほとんど田圃や畑で見ることが少なくなりました。 この撮影場所でもびっしりと絨毯のように咲いてはいなくて、散在するような感じで咲いていました。撮影地 大阪府和泉市 2007年4月1日
2007年04月07日
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しばらく中断していましたブログを再開します。 中断の間は毎日小説を1冊読む生活でした。 その間まったく音楽を聴くこともありませんでした。 ブログでは専らフリーページの整理をおこなっっていましたが、改めて自分のライブラリーに比べて書き足りていないことを痛感したのと、昨日小説を読み終えてベートーベンの交響曲第3番「英雄」を久しぶりに聴いたのが再開のきっかけでした。 フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、モントー、イッセルシュテット、クレンペラー、朝比奈 隆の録音盤を聴いているうちに猛烈に記事を書きたいという気持ちになってきました。 午後から聴き始めて、途中夕飯、友人との近所の居酒屋での「呑み会」をはさんで日付が変わる午前5時まで聴いていました。ようやく記事を書こうとという気持ちになりました。 中断当初は2~3ヵ月は休むかなと思っていましたが、「英雄」を聴いているうちに書きたいことが見えてきたのがきっかけです。毎日の更新は難しいかも知れませんが、とりあえず続けていく気になりました。今日はそのベートーベンの第3番の交響曲の初演日にちなんで、またブログ再開のきっかけになった「英雄」を採り上げて書こうと思っています。 のちほど掲載致します。どうぞよろしくお願い申し上げます。
2007年04月07日
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