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August 25, 2006
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カテゴリ: 教授の読書日記

「アメリカ大衆小説を読む」キャンペーンを自分勝手に継続中ですが、昨夜、ジョン・オハラ(John O'Hara)の『サマラで会おう』(Appointment in Samarra)を読了しましたー。

これ、アメリカ東部の田舎町Gibbsville というところに住む住民たちの物語なんです。時代設定は1930年のクリスマス。書かれたのが1934年ですから、ほぼ同時代の話。

で、最初のうちはこの町の住人がわらわらと登場し、それぞれ勝手なことをやったり言ったりしているので、ははーん、と思うわけ。アメリカにはこんな感じの「町小説」が多いんです。町の住民のそれぞれの生活を描き、またそういう住民同士の関わり合いを描くことで、その時代の一つの町の生活とその因習を描いていく、みたいな小説が、ね。前に読んだ『ペイトン・プレイス』もそんな感じでしたし。『サマラで会おう』も、そういう小説なんだろうなと。

でも、そのうちに一人の男に焦点が当たってくるんです。ジュリアン・イングリッシュという30歳くらいの男。彼の親父さんは医者で、そのためにジュリアンもこの町のハイソな人々の仲間ではあるんですが、彼自身は家業を継がず、キャデラックのディーラーを経営している。結婚して4年になる妻キャロラインがいますが、子供はなし。

で、物語が動くのは、クリスマス前夜、ジュリアンが町の上流階級の連中で開いているクラブで過ごしていた時に起こるある事件がきっかけとなります。やや深酒をする質のジュリアンが、羽振りのいいビジネスマンであるアイルランド系の男、ハリー・ライリーのおしゃべりにたまりかね、彼にコップに入った酒をいきなりぶっかけてしまうんです。でまたコップに入っていた氷の固まりがハリーの目に当たって、ハリーは目のあたりを黒く腫らしてしまうことに。

ジュリアンがハリーに酒をぶっかけたのは、酔った上での突発的な狼藉ではあるんですが、しかし小説が進むに連れ、それだけではない、ということも分かってくるんですね。というのも、ジュリアンとハリーは、かつてキャロラインをめぐってライバル関係にあったことがあり、結局ジュリアンが彼女を娶ったものの、ジュリアンの心中のどこかに、ハリーとキャロラインの関係を疑うような妄想があるんですな。それが一つ。また前の夏、ディーラーの経営が苦しかったことから、ジュリアンはハリーから相当な額の金を借りているんですが、そういうことも内心面白くなく思っているところがある。ですから、ジュリアンの突発的に見える狼藉も、決して理由がないわけではないんです。

しかし、この「酒ぶっかけ事件」は高いものにつくんですな。何せ小さな町ですから、ジュリアンとハリーの喧嘩はあっという間に町中に知れ渡ってしまいますし、クラブの人たちの中には、酒をぶっかけられたハリーの肩をもって、ジュリアン苛めを始める連中も出てきます。クラブは、もはやジュリアンにとって居心地のいい場所ではなくなってしまうんですね。

また相手も悪かった。ハリーは、一度怒り出したら、そう簡単に人を許す質の人間ではないし、彼が復讐をしようと思えば、いくらでも手段はある。しかもハリーがアイルランド人でカトリックの信仰を持っていることが、事情をより複雑なものにしてしまったんですな。ギブズビルでは、プロテスタントとカトリックの勢力が拮抗しているのですが、カトリックの団結というのは強く、ジュリアンのハリーに対する狼藉を、カトリック世界への挑戦と受け取る人々も多いんです。で、その影響からか、たとえばジュリアンのところからキャデラックを買う予定になっていたとあるカトリック教徒の人が、急にその約束を反故にして、他のディーラーからフォードを買ってしまう、なんてことも起きてくる。

それだけじゃありません。この事件がきっかけで、ジュリアンとキャロラインの夫婦の間にも亀裂が生じてきます。ま、夫が町の住民から「村八分」みたいな状態に置かれるわけですから、キャロラインとしてもつらい立場なわけですよ。



で、そういう不安定な状況の中で、ジュリアンはまた別なパーティーに出席し、そこでも粗相をしてしまうわけ。ヘベレケに酔ったジュリアンは、キャロラインや友人たちの制止も無視し、別なテーブルにいた場末の歌姫に声をかけ、彼女と踊ったり、連れ立って外へ出たりしてしまうんです。ところがこの歌姫というのが、実はギブズビルのギャングの親玉で、この町で酒類の闇販売を一手に引き受けているエド・チャーニーの情婦だったというんですから、事態は非常にまずいことに。自分の女に手を出したということで、エドが激怒しているという噂も伝わってきます。

しかし、そんなことよりももっと悪いのは、妻の目の前で玄人の女といちゃいちゃしたことでしょう。この一事で、彼は妻の友人たちからも総スカンを喰うことになるばかりでなく、キャロラインは実家に戻ってしまいます。

ま、ジュリアンというのは、結局、どこか本質的に自虐的なところがあるのでしょうな。自分が愛しやまない妻や、自分が好きだった友人たちから背を向けられるようなことを、やらずにはいられないようなところがある。そういう自暴自棄なところがあるんですね。事実、その八方塞がりの状況の中で、まだ見知らぬ若い女性をかどわかそうとしてみたりするんです。しかし、そういう状況にも限度があるわけで、酒の力で憂いを晴らそうとしたジュリアンは、泥酔した状態でガレージの車を動かそうとし、一酸化炭素中毒で悲惨な最後を遂げてしまう。

小説の主なストーリーを話せば、以上のようなことになるわけですが、もちろんこの小説には脇筋というのが沢山あって、それもまた面白い。たとえばどんどん悲惨な状況に陥っていくジュリアンを語りながら、彼の子供時代の話とか、キャロラインとの馴れ初めなんかも描かれていますし、またキャロラインの過去というのも描かれます。またジュリアンの親父さん話というのも面白くて、彼は親父さんが銀行の金を横領して自殺してしまうというつらい過去を持っているんです。で、そういう親をもった子供として、後ろ指さされながら苦学して医学の道を修め、奮闘努力して再び町の住民たちの尊敬を勝ち得ることができたんですな。しかし、彼の息子のジュリアンは自分の跡を継ぐこともなく、しかも下らないことで頓死(町ではジュリアンの死を自殺扱いする)してしまうわけで、一体自分の苦労は何だったのか、という思いに耐えなくてはならない。そういうドラマもあるわけですよ。

またこの小説の中で、ジュリアンとキャロライン夫妻の他にもう一組、ルーサーとイルマという夫婦が描かれるんですが、これもなかなか面白い。こちらの夫婦はジュリアンたちとは違って、決して豊かな一家ではないんです。ルーサーに至っては、年齢はジュリアンより10歳も年上なのに、仕事上ではジュリアンの下で、キャデラックのセールスマンをやっている。しかし、彼らはとても堅実で、自分たちの分を弁えながら、波風立てずに暮らしている。で、この夫婦が、いわばジュリアン&キャロライン夫妻と対照をなしているわけ。心の持ちようではこういう生き方だってできたのに、ということなんでしょうな。そして、最後の最後では、なんとなくこのルーサーが出世するような書き方がなされていて、ちょうどシェイクスピアの『ハムレット』みたいに、腐敗したものが去り、健康的なものがあとを継ぐ、という形になっています。典型的な悲劇の終わり方と言いましょうか。

ま、『サマラで会おう』というのは、ざっとこんな感じの小説です。英語ですが、使われている単語は易しいのですが、文体上の特徴というのか、時々構文が取りにくい部分があり、決して読み易いものではありません。ざっと読もうとすると、時々、意味がとれなかったりする。ですが、アレ?と思って2度読みすると、今度は非常によく分かる。不思議な文章ですね。

でも、面白いことは面白いです。さすが、先頃ランダム・ハウスが選んだ「英語で書かれた小説ベスト100」の中で、22位になっただけのことはあります。直前に読んだ『ダヴィンチ・コード』みたいな小説は、一度読んだらもうおしまいですが、『サマラで会おう』は、再読に十分耐えると思います。

残念ながら、ジョン・オハラの作品というのは、現在、ほとんど邦訳がありません。ちょっと前に講談社文庫で、『親友ジョーイ』という作品が「ジョン・オハ」の作品として出ていたようですが、これも既に絶版。もっとも、アメリカにおいてすら、50年、60年前のベストセラーなんて、絶版になっているものが多いですから、仕方がないとは思いますが、これだけの作家の作品が手軽に読めないというのは、残念なことではありますね。ということで、英語に自信のある方が対象になってしまいますが、ジョン・オハラの『サマラで会おう』、教授のおすすめ!です。

あ、一つ言い忘れましたが、この小説のタイトルである『サマラで会おう』というのが何を意味するのか、私には分かりませんでした。サマラなんて地名は出て来ないし、ましてやサマラで会う約束なんて、ぜーんぜん出てきません。これ、何か別に意味があるのでしょうか。ご存じの方、いらっしゃいましたら、ご教示下さい。





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Last updated  August 25, 2006 02:52:57 PM
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タイトルの意味  
alfa147 さん
これについては、Wikipediaの英語版で解説されています。Appointment in Samarraの項目の冒頭で、どうやらサマセット・モームが、昔話を自分なりに書き換えたものを、オハラが読んでタイトルに選んだそうです(その間にドロシー・パーカーも登場)。で、どんなお話かはWikipediaをご覧いただくとして、タイトルによってオハラが言わんとしたことは、主人公ジュリアン・イングリッシュの死は避けがたいものだったのだ、ということでした。その意味で「ジュリアンというのは、結局どこか、本質的に自虐的」というご指摘は、まさに彼の性格を言い当てていると言えましょう。 (August 25, 2006 11:45:44 PM)

Re:タイトルの意味(08/25)  
釈迦楽  さん
alfa147さん

なるほど、タイトルの意味は小説内部ではなく、外部にあったんですね。いやー、勉強になりました。ご教示、有り難うございました。

ところで、alfa147さんは、このペンネームからしてアルフィスタなんでしょうね。私も好きです、アルファ。147もいいですが、145なんかも良かったな。また純粋にスタイリングから言えば、159より、初期156の方が好き。164なんてのも、良かったですなあ。 (August 26, 2006 01:25:30 AM)

Samarra  
作者のオハラ以外はこのタイトルを好まなかった、というのもおもしろいですね。

なんとなく映画「酒とバラの日々」を連想しました。 (August 26, 2006 10:52:15 AM)

Re:Samarra(08/25)  
釈迦楽  さん
Mike23さん

そういえばユダヤ人の間では、「来年、エルサレムで会おう」という挨拶がある(あった)と聞きます。世界中に散っていたユダヤ人が、せめて一生に一度はエルサレムに詣でたい、という願望の顕れだったそうですが、理由が分かってみれば「サマラで会おう」だって、悪いタイトルじゃないと思います。 (August 26, 2006 12:19:59 PM)

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