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たまたまカレンダー見ていて、そういえば昨年の今日は、京都大学で集中講義をやった、その初日だったんだな、と気がつきまして。 え¨ーーーー。あれからもう1年経ったのか! しかし、あの京都大学での集中講義期間は、思っていた以上に楽しかったなと。 まず、集中講義をやったということ自体、初めての経験だったし、地方に一週間以上泊まり込んで授業に臨むというのも初めて。初めてづくしで楽しかった。 しかも、やっぱり京都大学の学生&大学院生たちが、賢い子たちだったよの~。しかも、彼ら/彼女らの専門がアメリカ文学だから、もう、私としては、直接の後輩を指導しているようなもの。これは、今自分が所属している大学では味わえない醍醐味でしたね。 そして、昨年の今頃の京都は暑かった! じりじりと照り付ける青空の下、日傘男子となってホテルから大学に「通勤」したことが懐かしく思い出されます。 そう、それから、昨年の今日は、第一回目の授業日を終えた後、京大文学部のアメリカ文学専攻の先生方に歓迎会を開いてもらって、楽しい一夜の宴をしたのでありました。あの時も話題百出で楽しかったなあ。 はあ~。 それに比べて、今年はあんまり外に出てないなあ。今日も朝から一日、書斎にこもって仕事だもんなあ。外が暑いのだか寒いのだかすらわかりゃーしない。 まあ、そういう年もありますわな。 でも、またいつか、どこか地方都市にある大学で、集中講義に呼んでくれないかなあ。そう願っていれば、引き寄せの法則が働いて、そのうちに実現するかもね。
September 7, 2026
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このところ、ドラマが面白くて仕方がない。 この夏休み、結構、仕事を一生懸命やっているんだけど、そうなると仕事の合間の休憩時間の過ごし方が問題になる。 で、今はその休憩時間を、ドラマを観ることで過ごしているんだけど、これが今のところ、内容豊富でね! まずね、アマプラで観ることのできるアメリカのドラマで、『リーチャー』のシーズン4を見ているだけど、これがね、なかなか面白いのよ。 『リーチャー』は、映画版ではトム・クルーズが主演だったけど、テレビ・ドラマ版ではアラン・リッチソンという大男が演じていて、これがトム以上にリーチャーっぽい。このドラマはシーズン1からずっと観ているんだけど、シーズン4もドキドキの連続。見ごたえがあります。 そして、もう一つ、『グッド・ドクター』というのもアマプラで観ているんだけど、若く天才的な医師が、自閉症スペクトラムという障害を乗り越えて、医者としてのあるべき道を突き進んでいく物語で、これまた面白い。こちらは見始めたばかりなんだけど、既にシーズン7とか、そのくらいまで進んでいるらしい。そこまで全部観るかどうかは別として、とりあえず今は、この魅力的な医師の冒険を楽しんで応援しているところ。 そして、『VIVANT』ですよ。日曜日の夜のお楽しみ。毎回、「どうなっているんだ?!」と、筋を追うのが精一杯ながら、とにかくめくるめくドラマの進行に一喜一憂しているところ。今日もこの後、こいつを観ようと思っているのですが、果たして今週はどういうことになるのか? ということで、仕事とドラマと、両立させて楽しんでいるワタクシなのでありました、とさ。
September 6, 2026
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愛読しているyomunel さんのブログを見ていたら、上原隆のエッセイを読み直したらやっぱり面白かった、的なことが書いてあって、yomunelさんがいいというのならよほどいい本なのだろうと思って、読む本のリストに入れておいたわけ。 で、たまたま今日、買い物に出たついでに近所のブックオフに立ち寄ったら、上原さんの書いた『雨にぬれても』という文庫本が100円で売っていたので、渡りに舟と買ってみた。 で、読んでみた。 そしたら、面白かった。 今まで生きてきて、上原隆というライターがいる、ということ自体、yomunel さんのブログを読んで初めて知ったのですが、この人のエッセイは、市井の人の身に起こったことを、その人に取材して、それを文章にまとめる形で出来ているのよ。 たとえば長年一緒に働いてきた上司(=社長)が、社の借金を苦に自殺して、その第一発見者になってしまった話とか。なかなか結婚できなくて、結婚相談所でマッチングしてもらって、ちょっといい感じの男性に出会えたんだけど、こちらがその気になったら、相手は別な若い女に興味が移ってしまった、とか。同じく、なかなか結婚できなくて、たまたま知り合ったエジプト人の彼氏ができたのだけど、どうもただ金を巻き上げられているだけな感じがする、でも、まあ、それでもいいか、と思っている、とか。そんな一般人が体験したちょっとした経験をエッセイにまとめているわけ。 どこにでもある、でも、当人にとってはちょっと重い話で、しかし、そういうことって、あるよなあ、と思わせるような話。それを、うまいことエッセイにしている手腕は、なかなかのもの。 なるほど、上原隆とは、そういうライターでしたか・・・。アメリカにボブ・グリーンというエッセイストがいて、その人の書くものにちょっと似ているため、上原さんは「日本のボブ・グリーン」と呼ばれているそうですが、むべなるかな。 それにしても、この手法なら、書く種は尽きないよね。そういう意味では、ライターとして上原さんは、いい鉱脈を掘り当てたと言っていいんだろうな。 とはいえ、取材するにしても、どうやって取材対象を探し出しているのだろう? それを探すのが、まず大変だよね。あと、取材にはものすごく時間をかけておられるようなので、種は尽きないとしても、苦労もまた尽きないらしい。だから、誰にも真似できるものでもないんでしょうな。 ま、今まで全く知らなかった上原隆というライターのことを知ることができたという意味で、この本に出合えたのは、良かったです。これこれ! ↓【中古】 雨にぬれても / 上原 隆 / 幻冬舎 [文庫]【ネコポス発送】
September 5, 2026
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今日は勤務先大学で卒論の中間発表会がありまして。4年生の学生が、卒論執筆の進行状況を報告しつつ、現時点で分かっていること、今後の見通しなどを発表する会なんですけどね。 で、自分のゼミの学生の発表も聞きますが、よそのゼミの学生の発表も聞く機会がある。それはそれで面白いものでありまして。 で、たまたま私とペアになったゼミは、指導教授がジェンダー論系の研究者だったので、おのずとゼミ生たちも、そっち系の卒論テーマを選ぶことが多い。 たとえば性転換して女性となった元男性アスリートが、当該のスポーツで優秀な成績を収めた場合、それをどう評価すべきか、とかね。 で、そんな中、ルッキズムの問題を卒論テーマにした学生がおりまして。 しかし、その学生の卒論中間発表を聴いていて、人種差別、性差別と異なり、顔の美醜に基づく差別ってのは、扱いが難しいなと思いましたね。 たとえば黒人の人が、白人主体の会社へ就職しようとして落とされた、とか、女性が就職の時に不利に扱われたとか、そういうのは人種・性別が差別用のファクターとして使われたというのは、外部の人間にも分かりやすい。 でも、ルッキズムの場合は? これは美醜の基準が線引きしにくいため、そう簡単には決められないよね! 「私は醜いので、就職面接で落とされた」と誰かが言い出した時、それを「確かにそうだ」って、誰が判定できるの? 判定した時点で、その人自身がルッキズムを持っていることを表明することになるじゃん。だから、もし誰かがそういうことを言い出した場合、政治的に正しい答えは、「いや、私はあなたが醜いとは思わないので、それが理由であなたが落とされたとは思えません」でしょう? それ以外、答えようがない。 性差別の場合、「国会議員の男女比を1:1に近づけよう」というのは、目標値としては理解しやすい。でも、ルッキズムの場合は? テレビ局の女子アナウンサーの「美醜比率」を1:1に近づけるって、どうすればいいの? 「はい、あなたは醜要員の採用ね」とか言って誰かを採用するの? 難しいよね! 実際上、そんなことできるわけがない。 だから、その当該学生には、その辺、ルッキズムを卒論テーマにするにしても、それをどう扱えばいいのか、よく考えないと大変だよ、とコメントしておきました。 でも、そういうことも含め、学生の卒論テーマを見ていると、こちらも勉強にはなるな。
September 4, 2026
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今日は中日新聞の記者さんが大学の研究室まで取材に来てくれました~。 もちろん、取材は『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』についてのもの。来月には大学生の就職活動がスタートするので、それに合わせて、学生たるもの、どんな感じの自己啓発本を読めばいいか、的なことについて、色々とコメントを出した、ってな感じ。 まあ、それはいいんです。 良くないのは、取材に伴う写真撮影ね。 もう、私はこれが苦手で。被写体になるって、ほんとしんどいのよ。 だって普通、我々が写真を撮る時と違って、レンズは見ちゃダメなんだもん。あらぬ方向を見るわけよ。それを撮られる。 それ自体、慣れないとすごく難しいのだけど、それだけじゃない。 たとえば「手のフリ」ね。自然にしゃべっているところを写す場合、手のフリが重要になってくる。何か手を動かしたりしているところを撮るんだけど、「ハイ、なんでもいいですけど、何か手を動かしていてください」と言われて手を動かすのって、大変よ。なれないと、ほんと、ぎこちなくなってしまう。 とにかく、そんな感じで500枚くらい、写真を撮られてさ、それでその中から一枚を選ぶのでしょうけど、私の場合、ろくな写真になったことがないというね。 ほんと、申し訳ないですわ。 ということで、新聞・雑誌の取材、ラジオやYouTube の収録は慣れたけど、写真撮影だけはまったく、いつまで経っても慣れないのでした。 だから、モデルさんって、すごいと思うわ。どの角度からとってもベスト、というような被写体術を、完璧にマスターしているんだから。
September 3, 2026
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政府の経済振興策なのか、自治体から一定額の補助金みたいなのがもらえる、というのがあるじゃない? で、私が住んでいるところでは、一人5000円の補助金が出たのよ。ライン登録するともらえる、っていうヤツ。 で、その5000円は、地元のお店で使える、という仕組みね。 さて。 5000円って、案外微妙じゃない? もちろんスーパーで日常の買い物をする時にも使えるんだけど、そうやって使ってしまったら、なんだかいつの間にか無くなった、という感じになっちゃうし、かといって、じゃあ5000円で何を買うんだとなると、すぐには思いつかない。 で。 あれこれ考えた挙句、ひねりだしたのが、「そうだ、鰻を食おう!」だったのであります。最近、鰻も高いからね。 で、家の近くの鰻屋さんに行って、名古屋名物、ひつまぶしを食べたわけ。 それがさ、ひつまぶし自体の値段が4850円よ。それで、それに150円足して、5000円出すと、汁物が肝吸いにグレードアップされると。 おお、渡りに船。じゃあ、肝吸いつけて、5000円じゃストでお願しや~す! っつーことで、市からいただいた5000円を、そっくりそのまま、肝吸い付きひつまぶしに投じたわけ。久々に食べたひつまぶし、超美味かったっす! 降ってわいた5000円の使い道、我ながら、結構グッドアイディアだったのではないでしょうか。
September 2, 2026
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日本で一番アフロの似合う女、稲垣えみ子さんの『買わない生活』を読了しましたので、ちょいと心覚えを。 ってか、この本、買う前からなんか妙だなと思ったのよね。 というのはね、本文を印刷している紙が、なんか変な具合。上から見るとよく分かるんだけど、3種類か4種類の異なった紙質の紙に印刷していることが分かる。 何コレ? まあ、それはおいておいて、中身の話なんだけど、相変わらずえみ子さんの話は面白い。(ちなみに稲垣さんと私はほぼ同世代、しかも彼女は愛知県出身なので、勝手に親しみを込めてえみ子さん呼ばわり) 朝日新聞社の高給取りだったえみ子さんは、しかし、会社内での状況の変化やストレスもあって50歳で社を飛び出してフリー・ライターとなる。まあ、無職になるわけよ。 で、今までは頑張って仕事して、金を稼いで、稼いだ金は自分のためにジャンジャン使う、という価値観で生きてきたわけだけど、なにしろ入るものが入ってこなくなるのだから、自ずと生活を変える必要が出てくるんですな。 で、今まで住んでいたところを出て、築50年の小さなマンションに引っ越し、今まで持っていた大量の服なども全部処分して、質素な生活にはいる。 と、今までの生活と比べて、よっぽどみじめになると思うじゃない? ところがそうではなかったと。 むしろえみ子さんは、そういう耐乏生活を始めたことで、どんどん幸せになっていくの。 まず御馳走三昧の生活から、一汁一菜の生活になったら、健康になっちゃう。服もどんどん処分したら、自分に似合う飛び切りお気に入りの服しか着ない(着れない)生活になる。食べられる野草の存在にも気づく。人から貰い物をするようになり、そのお返しにこちらも何かをあげているうちに、そのサイクルが加速して、とんでもない贅沢な物々交換経済に突入していく。そして近所づきあいも増え、遠い親戚より近くの他人ではないけど、頼れるご近所さんが増えて孤独ではなくなっていく。 今までは、幸せになろうとして金を稼ぎ、しかし、金を稼ぐために幸せを犠牲にするのを厭わない生活だったんだけど、すべてが逆転して、金を稼がなくなったために、幸せを得ていくわけよ。 だから、必要に迫られて耐乏生活しているうちに、資本主義経済の仕組みを打破しちゃったんですな。だから資本主義経済がちらつかせる、「幸せになりたくば、金を稼げ~」という誘惑にはもう魅力を感じなくなっちゃった。一人で革命を起こして、人生の仕組みを変えちゃったのね、えみ子さんは。 そういう一連の経験を綴ったのが、本書『買わない生活』です。これはえみ子流『シン資本論』ですな。 というわけで、この本、すごく面白かったし、参考になることが多かったんだけど、最後まで読んでさらに驚くことが一つ。 なんと、この本を出版するに当たって、えみ子さんは印税を受け取っていないと。 えみ子さんは自分から申し出て、この本の値段から自分の印税分を引き、それで2000円以下の値段にすることに成功しているのね。つまり、えみ子さんはこの本を世に出して、印税を稼いでいるのではなく、ご自身の発見、そして幸福の秘訣を読者に伝えるため、読者がこの本を買いやすいようにしているわけ。 その意味で、金を稼ぐことは、幸せにはつながらない、金と幸福の間にはあまり相関関係がない、というこの本の主張を、えみ子さんは行動によって示しているわけ。 そう思ってこの本の造作を見るとさ、ひょっとして・・・と思うじゃない。つまり、本の値段を下げるために、あちこちで余った紙を再利用しているんじゃない? 多分、そうだよ。だから、本文を印刷してある紙が、何種類にもなっているんだと思う。それに、表紙も一色刷で、すごくシンプルだし。 さすがだ、えみ子。伊達にアフロにしているわけじゃないな。 というわけで、この本を読んで私はますます稲垣えみ子ファンになったのでした、とさ。この本、教授のおすすめ!です。 もっとも、私は自分の書いた本の印税は、がっつりもらうけどね!これこれ! ↓買わない生活 [ 稲垣 えみ子 ]
September 1, 2026
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昨日、東京に住む親友のTから電話がありまして。「お前、すごいよ」と。何かと思ったら、先日出したワタクシの本の話。Tは地元の書店を3軒くらい回ったそうなんですが、どこも店頭平積みで、しかもワタクシの本だけ一番上の本の表紙が反り上がっていたと。 つまり、大勢の人が私の本を立ち読みした形跡があると。それが3軒の本屋のどこもそうだった、というわけ。T曰く、「相当、売れてんじゃない?」と。 まあ、立ち読みする人が多いのと、沢山売れる間には若干のずれがあるかもしれないけど、まあ、ちょっと嬉しいですわなあ。Tよ、報告感謝! とはいえ、私はまだリアル書店で自分の新刊を売っているのを見たことがないという。集英社インターナショナル新書って、地方にはあんまり届かないんですかね? 残念。自分の本を、書店で、誰か他人が立ち読みしている場面(あるいはレジに持っていこうとする場面)を見ることこそ、ライター冥利なんだけどね。 さてさて、閑話休題。 没後10年、プリンスの新譜が出ました~!これこれ! ↓Timeless [ プリンス ] 熱狂的プリンスファンとしては、もちろん、いの一番でゲットしましたよ。 で、早速聴いてみたんだけど・・・。 うーん、どうなんだ、これ? プリンスの未発表曲が何百・何千と詰まった「Vault」から掘り出した音源、という割に、既視感ならぬ既聴感たっぷり。Tick Tick Bang とか、I Wonder とか、How Come U Don't Call Me Anymore とか、アレンジは違うにしても、全然未発表曲じゃないじゃん。 こんなんだったら、『Purple and Gold』とか『High+Peace』とか、以前に出た出所のよくわからない二枚組CDの方がよっぽど未発表曲集だったし、選曲のセンスも良かった。 期待して、何年も待たされた挙句、これかよ、っていう・・・。だったら私をVault に入れてくれよ。私がセンスよく選曲して、3枚組CDセットとかで出したるわ。 ということで、こちらの方はいささかガッカリだったのでございます。とはいえ、殿下の作品ではあるから、私は聴きまくるけどね。
August 31, 2026
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保苅実さんが書いた『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本を読んだのですが、とても面白かった!これこれ! ↓ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 (岩波現代文庫 学術380) [ 保苅 実 ] 保苅さんは、歴史学者で、大学院の博士課程の時にオーストリアのアボリジナルの人たちのところに行って、そこで彼らと生活を共にする中でアボリジナルの人たちの歴史観ってどうなっているのか、ということを調査したんですな。で、その結果、わかったことをまとめて博士論文(英文)にし、それをもとに書き上げた日本語版がこの本、ということになる。 で、アボリジナルの人たちの歴史観ってのが、非常に面白いものだったのよ。 彼らの歴史観というのは、ヨーロッパ的な時間概念に囚われてない。むしろ、歴史を地理的に理解しているわけ。つまり、何かが起こった場所がその出来事を記憶していて、今もそこに行けばその歴史を追体験できる、という感覚なんですな。だから、歴史とは時間的に現在から遠く過去にさかのぼることではなく、地理的にその場所に行ってその時の体験を語りつなぐというか、保苅さんの言葉でいえば「メンテナンス」することを指すわけ。 じゃあ、白人(カリヤ)がオーストラリアに来て、そこに住むアボリジナル(グンビン)たちにどう接したか、という歴史を、グンビン側から見るとどうなるか。 アボリジナルの歴史観は地理的だから、歴史は西から東へと進むんですな。過去から未来へ向かうのではなく。で、すべては大地から生まれるとされていて、それらは倫理的な法の下に西から東へ進んで行く。 ところが! そこにイングランドから白人(カリヤ)、それもキーン・ルイス(またの名をジャッキー・バンダマラ)っていうヤツがなんと北からやってきた! 西からじゃなくてね。 まあ、北からやって来ても、礼儀正しければいいんですよ。でもジャッキーのヤツ、オーストラリアに住むグンビン(アボリジナル)に「こんにちわ」の挨拶もなく、「こっちに来て一緒に住んでもいいっすか?」と許可を求めるわけでもなく、いきなり土地を所有し、抵抗するアボリジナルを殺し始めた! もう、グンビンからしたら、わけが分からないわけ。なんなの、こいつ? 法(=倫理)をまるでもってないじゃん! で、グンビンからしたら、邪悪なるジャッキーは法をもってない。つまり大地から生まれていないことになる。じゃあ、ジャッキーは何者かとなった時に、どうやら猿(といってもオーストラリアには猿がいないので、要するに想像上の化け物の意)から生まれた化け物らしい、と判断されたわけ。とにかく、その化け物には法がないから、何をしでかすかまったくわからない。 しかもその邪悪なジャッキーは、老いて死ぬとなった時に、その邪悪な考えを「本」に書いて残し、広めたらしいんですな。で、その悪の化身たるジャッキーを継いでオーストラリアにやってきた第二の邪悪なヤツ、それがキャプテン・クックだったと。 キャプテン・クックはジャッキー直系の猿の化け物だから、これまたオーストラリアにやってきて、何の挨拶もなしにアボリジナルを殺し始め、土地を略奪し、しかもアボリジナルの女たちを捕まえて混血児を創り出した。もう、最悪。 ・・・というのが、アボリジナルから見た白人(カリヤ)による略奪史なわけ。 で、アボリジナルたちは、カリヤが勝手にやって来て、勝手に作った牧場で、アボリジナルたちを酷使するようになったんだけど、そこへアメリカからケネディ大統領がやってきた。で、アボリジナルたちの話を聞いて、そりゃひどい。だったら、あんたら、牧場なんかほったらかして、どこかへ行っちゃえばいい。なにかまずいことがあったら、アメリカがあんたらに味方してやると。 そこでその地方のアボリジナルたちは、ストを決行して牧場を出てしまった。そしてこの事件がきっかけとなって、ついにアボリジナルに、もともと彼らがいた土地の領有権みたいなものが認められるようになったと。これが、アボリジナルサイドからみた、オーストラリアの現代史。 さて、問題は、このアボリジナルの歴史観・倫理観をどう判断するか、ですよ。 西洋的な歴史観から言うと、アボリジナルの世界観・倫理観は間違っている、事実と相違している、ということになる。そもそもケネディ大統領はオーストラリアなんて行ってないしね。だから、馬鹿な連中がほざいている、ということになる。取るに足らんと。 だけど、保苅さんは、そういう立場を批判するわけね。いや、アボリジナルの人たちの歴史観・倫理観は、それはそれで正当なものだろうと。彼らもまた、彼らの立場で白人(イギリス人)のオーストラリア略奪の経緯を、見事に分析しているではないかと。 とはいえ、この保苅さんの立場は、なかなか微妙です。 アボリジナルの人たちの歴史観・倫理観を、完全に認めるという立場を取るとなると、あらゆる民族が創り出す勝手な歴史を容認することになるではないかと。たとえば、ホロコーストはなかった、とか、南京虐殺はなかった、といった歴史修正主義を批判できなくなるのではないか。 しかし、保苅さんは、そうではないと言うわけ。アボリジナルの人たちの歴史認識は、事実と完全に相違しているわけではないと。歴史上になかったことをあった、と言い張っているわけではないし、歴史上になかったことをあったと言っているわけではない。イギリスによるオーストラリアの略奪という、実際にあったことについて言っているのであって、これはいわゆる修正主義ではないと。 しかも、アボリジナルの人たちの、イギリス批判はすごく真っ当なところがある。 たとえば邪悪なるイギリス人は、西と東の明確な大地に図示するアボリジナルたちと違って紙の上に文字を書く。だから、そこに書かれたものには方角がない。だって、紙の上に書いた文字は、紙を180度動かすだけで、さっきまで西だったものが東にもなり得るんだから。だから、イギリス人が決めることは、風に舞う紙切れのように、すぐに変わってしまう。20世紀に入ってから、オーストラリア政府が決めるアボリジニに対する政治的方針が猫の目のようにくるくる変わることを、実に的確に批判しているわけ。 でも、「そうね、アボリジナルの人たちの言っていることも一理あるね。今、時代は多様性の時代だから」などと認めるようなことを言いながら、一方で、「でもそれは正統な歴史の記述にはならんよね」と心の底では思っている、そんなアカデミックな立場も、問題あり、と保苅さんは指摘する。 そうじゃなくて、西洋的、アカデミズム的な、正統な歴史と、アボリジナルの人たちの独自の歴史観とを並列に並べて、その間の溝を意識しながらも双方を行き来する、というか、どちらが上とか、どちらが正しいとか、言うのではなくて、二つの異なる歴史の間に懸け橋をかけ、対話し続ける、そういう余地を維持し続けることが重要なのではないかと、言っているわけよ。 だから、相当、難しいこと、アクロバティックなことをやろうとしているんですよ、保苅実という歴史家は。 ただ単にアボリジナルの人たちの歴史観を聞いてそれを記録し、ただ単に「へえ、そういう風に考えるんだ、未開人の発想って奇天烈で面白いね~」で済ますのが「オーラル・ヒストリー」だとするならば、保苅さんはそのオーラル・ヒストリーと、いわゆるアカデミックな歴史との間に足をかけ、そのギャップに股裂きされながらも、双方が対話を続けるよう促している。そうやってアカデミックな歴史観にゆさぶりをかけているわけ。だからこの本は『ラディカル・オーラル・ヒストリー』なんですな。 ただ、未だこの時点での保苅さんは、正統な、西洋的な、アカデミックな歴史と、アボリジナルのような人たちの歴史との間で対話を続けるということが、実際にはどうすることなのか、その結果、どうなるのか、というところまで明確な答えを持ってない感じがする。対話をしなきゃだめだ、というところまでは保苅さんの言っていることは分かるのだけど、その結果、どうなるのか、ということは明らかになってない。多分、保苅さんもこの先、そのことを考え続ける予定だったのではないかと。 でも、保苅さんには時間がなかった。この本を書いた数日後に、がんで他界したからね。 で、亡くなる前、「一枚の花弁を投げ入れた。あとは爆発を待とう」って言い残したんだって。 その意味で、本書『ラディカル・オーラル・ヒストリー』は、西洋的な、正統な、アカデミックな「歴史」というものに向けて保苅さんが投げつけた挑戦状だったんですな。たとえひとひらの花弁のように頼りないものかもしれないけど、それはある意味、爆弾なんです。それがドッカーンと爆発して、それによってその「歴史」の在り方が少しでも変わるかもしれない。そのことを期待すると。 切ないよね・・・。この才能あふれる若き歴史家が、三十代になったばかりで亡くなったとは。もしもっと長生きしていたら、もっと大きな爆弾を作れたかもしれないのに。 とにかく、保苅実さんが残した、ほとんど唯一といっていいこの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本、必読ですよ。でまた、実際に読んで面白い! 学術書とはとても思えないほど、パノラミックな書き方がされていて、ほとんどサーカスですよ、サーカス。 いやはや。スゴイものを読んでしまいました。これこれ! ↓【3千円以上送料無料】ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践/保苅実
August 30, 2026
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昨晩、レイトショーでガイ・リッチー監督の映画『グレイ・ミッション』を観て来ました。以下、ネタバレ注意ということで。 レイチェルという腕利きの女性がおりまして、彼女の仕事は法の目をかいくぐりながら悪いことをして荒稼ぎしている連中に正当な代償を支払わせること。とはいえ、そういう連中は一筋縄ではいかない。借金を踏み倒すようなことを平気でする。 そこでレイチェルは、元イギリス海兵隊のシド(ヘンリー・カヴィル)と、元アメリカ特殊部隊のブロンコ(ジェイク・ギレンホール)を中心に結集した最強チームを率い、悪いヤツらから取り立てを行うやばい仕事(グレイ・ミッション)を引き受ける。 で、今回もサラザールという悪いヤツの本拠地である、とある島に乗り込み、彼に10億ドルの借金を取り立てに行くんですけど、向こうもおいそれと払うようなヤツではない。さて、レイチェル・シド・ブロンコたちはこのグレイ・ミッションに成功するや否や・・・ …というお話。 で、まあ、ミッションそのものの映像はそれなりに迫力があって手に汗握るんですけど、映画の出来としてどうかというと・・・ うーん、可もなく不可もなし、程度かな・・・。 第一、『ミッション・インポッシブル』におけるIMFのように、政府公認の特殊部隊の話ならいざ知らず、レイチェルという民間人の私設部隊の話だからね。民間人のチームが、いかに悪い奴らとはいえ、相手を殺しまくっていいの? それにそもそもどうしてシドやブロンコらが、レイチェルのためにこんな危ない橋を渡るのか、イマイチわからないなど、つっこみどころ満載。それに、ガイ・リッチー監督の過去作『コードネーム・アンクル』や『オペレーション・フォーチュン』の焼き直し的なところもあるしね。 うーん、どうしたんだガイ・リッチー。早くも焼きが回ったのか? 『スナッチ』を撮った頃の、あのキレはどうした? ということで、この映画、私の中ではガイ・リッチー監督への評価を落とすような感じだったのでした。残念!
August 29, 2026
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昨日は道場の日で、久しぶりに道場で汗を流してきたのですが、道場仲間の中に、私が8月初旬に出した『自己啓発本を1000冊読んでわかったこと』という本を読んで下さった方が既に何人もいらっしゃいまして。自己啓発本を1000冊読んでわかったこと [ 尾崎 俊介 ] 嬉しいねえ。大学の同僚なんか一人も読んでくれないけれど、道場仲間は読んでくれるんだよね。ありがたいよね。 ま、それはいいんだけど、そこで口々に言われたのは、「釈迦楽さんの今度の本、最初の章がちょっと難しかったけれど、そこから先はすいすい読めてとても面白かった」という感想でした。 この感想、私には非常に興味深くてですね・・・。 というのは、実は拙著を読んだ我が姉も、まったく同じことを言っていたから。姉も「最初がちょっと難しかったけど、あとはすごく面白かった」という感想を聞かせてくれたのよ。 で、これは私からしたらビックリでありまして。 この本を書いている方としては、「最初は簡単に読めるだろうけど、後半はちょっと難しいかな」と思っていたから。 逆なんだ・・・。 どういうことかと申しますと、この本の最初の方は、歴史のことを書いているのよ。つまり、事実関係を書いている。事実なんだから、読んだ通りに理解するしかないじゃん? で、後半の方は、ニューソート系のぶっとんだ自己啓発思想のことが書いてある。これはかなりクセ強の思想だから、賛同できる人と賛同できない人が真っ二つに分かれるだろう、と思っていたの。だから、前半はスラスラ読めて、後半になって「ん? 著者が変なことを言い出したぞ?」という感じになるだろうと。 そしたら、そうではなかったと。逆だったと。 へえ~。そうなんだ。読者はこう読むだろう、という著者の予想は、必ずしも当たらないんだ・・・。 もう、ビックリよ。 まあ、でも、あのぶっとんだ自己啓発思想が、そんなにスラスラ読んでもらえるなら、そりゃ、その方がこちらとしてはありがたい。そこにこそ、私の強い思いがあるわけだからね。 ということで、自分が書いた本を、人は実際にどう読むのか、ということが分かって、ちょっと面白かったのでした。さて、皆さんはどう思います? ぜひ拙著をお買い上げの上、感想を聞かせてください。これこれ! ↓<全品15倍 ※8/24~27限定 要エントリー>自己啓発本を1000冊読んでわかったこと/尾崎俊介
August 28, 2026
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なんか、地球規模でヤバイことが起こっているんすかね? 今朝、ニュースで北陸の豪雨のニュースを知ったのですが、さらにネパールでも大規模な土石流があったもよう。氷河が解けた、というのだけど、やはり温暖化の影響なのでしょう。被害にあわれた方にはお見舞いを申し上げます。またネパールの土石流も、一人でも多くの方が救出されますよう、お祈りしております。 さて、出版社の方から連絡があり、拙著が『週刊新潮』で取り上げられた、ということだったので、近くの本屋さんまで行って最新号を一部買って来ました。そんなに大きな扱いではないけれど、取り上げてもらえるのはありがたい。 自己啓発本、あるいはその解説書が、書評などに取り上げられることって、ほぼ、ないのよ。それだけに、ほんと、ありがたいですわ。『週刊新潮』さん、ありがとう! これに続いて、他の週刊誌・新聞等でも取り上げてくれるといいんだけど。まあ、あまり期待せず、ノンビリ待つことにしましょうかね。 さて、昨日から保苅実さんの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という本を読んでいるのだけど、これがね、聞きしに勝る名著でね。 正真正銘、すごい学術書なんだけど、その書き方がユニーク。もう、世間話でもしているような感じで書いていて、それがものすごく分かりやすく、しかも内容的には深い。 この書き方。これは勉強になりますわ。っていうか、これを学ばないでどうする?って感じ。アメリカ文学の研究者も、保苅実に学ぶことが沢山ある。 しかし、世間の人は、どのくらい保苅さんのことを知っているのだろうか。早くして亡くなったので、あまり沢山、本はないのだけど。 この本も、『ラディカル・オーラル・ヒストリー』というと、しかも岩波現代文庫だと、手に取る人が限られちゃうんじゃないかな? もっと親しみやすいタイトルにするというアイディアはなかったのだろうか。 まあ、しかし、この本を読むべき人は、もう読んでいるのかもね。私が遅かっただけで。 とにかく、この本が面白くて仕方がない。最後まで読んだら、また感想を書こうかな。これこれ! ↓ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 (岩波現代文庫 学術380) [ 保苅 実 ]
August 27, 2026
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私にとってはショッキングな訃報が入ってきました。エッセイストの玉村豊男さんが亡くなられたとのこと。享年80。がんだったそうです。 私はどういうわけか、玉村さんの書くエッセイが好きで。家をリノベーションし、家じゅうに散らばっていた本を全部書斎に集めたんですが、その際、あちこちから玉村さんのエッセイ本が出てきて、「え、俺、こんなに玉村さんの本持ってたの?」と、我ながら驚いたくらい。 何で私は、玉村さんのエッセイが好きか、というと、彼が絵を描く人だから。 たとえば岡本太郎とか、池田満寿夫とか、あるいはヘンリー・ミラーとかもそうなんだけど、絵を描く人のエッセイって、大概、いいものが多い。それはやっぱり、画家ならではの視点ということもあるだろうし、眼力ということもあるかも知れないんだけど、一般論としてそうなのよ。 で、玉村さんも絵を描く人だからね。彼のお父さんは超有名な画家だったしね。 そんなことから玉村さんのエッセイを読み始めたら、やっぱり面白くて、次々に読むものだから、家の中に彼の本がたまって行ったんですな。 しかも、彼は後半生に入って軽井沢の方でワイナリーを作ったでしょ。そこもまた、私にはたまらない魅力に映ったんですよね。 というのは、私自身、軽井沢とか八ヶ岳とか、そういう山の避暑地に対するあこがれがあって、そういうところに別荘でも買って引きこもりたいという願望があるから。その自分自身の願望を、玉村さんはワイナリーの経営という形で実現しちゃったんだから、私としては玉村さんに対して「先輩!」っていう感じになってくるわけよ。 さらにさらに、玉村さんは芦ノ湖のほとりにご自身の絵を展示するギャラリー兼カフェを作られて。私も箱根は大好きなドライブ先なので、このカフェ・ギャラリーには何度も足を運んだものですわ。そこで、それこそエッセイを買ったり、画集を買ったりね。 そういうことも含め、私は「玉村豊男ワールド」に、すごく惹かれるものがあるのよ。だから、そのワールドの主である玉村さんには、一読者としてとっても親しみがある。その玉村さんが亡くなられたと聞いて、すごいショック・・・。 でも、考えて見ればいい生涯だったんじゃないかな。学生時代にフランスに留学したことをきっかけに、そこでの経験を元に書いた『パリ 旅の雑学ノート』シリーズが売れてエッセイストとなり、そこからは外国や外国文化についての本を書いたり、絵を描いたり、田舎に引っ越してワイナリーを作ったり、それらすべての経験を活かしてまた本を書いたり、ということを繰り返して生きて来られたわけで、もう、ライターとして最高の生涯。80歳で亡くなるというのは、今日的な基準からすると少し早いけど、早世というほどではないからね。好きなことだけをして、嫌いなことはしないで、80年間、人生をたっぷり楽しんだんだものね。素晴らしい人生だ。 この先、玉村さんの新作エッセイはもう読めないけど、まだまだ読んでいないエッセイがあるはずだし、一度読んだものを読み返すのも楽しい。そんな楽しみを私にくれた玉村さんのご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。【中古】 アルマジロ私想録 / 玉村 豊男 / 新潮社 [単行本]【ネコポス発送】晴耕雨読ときどきワイン (中公文庫) [ 玉村豊男 ]【中古】 パリのカフェをつくった人々 中公文庫/玉村豊男(著者)【中古】 種まく人 ヴィラデスト物語 新潮文庫/玉村豊男(著者)絵を描く日常 [ 玉村豊男 ]
August 25, 2026
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飯島浩樹という人の書いた『アボリジナル・メッセージ』という本を読んだので、ちょっと心覚えを。これこれ ↓アボリジナル・メッセージ [ 飯島浩樹 ] と言っても、別に書くこたぁないんだ。 とりあえずオーストラリアのアボリジナル・ピープルとその思想について調べたいと思っているので、その系統のタイトルのついた本を片っ端から注文し、その結果、この本も手に入ったわけなんだけど、読んでみたらワタクシに必要な情報は一つもなかった。 飯島さんという方は、オーストラリアに縁のあるジャーナリストで、向こうへの滞在期間も長く、時折、アボリジナルにインタビューなんかもしていらっしゃるようだけど、元々研究者じゃないし、学問的に価値のある本を書ける人ではなかったのね。ただなんとなく、アボリジナルってこんな感じ、というアバウトなことを書き、アボリジナルの人からちょっと小耳にはさんだ彼らの伝統的思考法を紹介する、という程度のものでした。 この本、それでも1600円+税なんだけど、同じ本といい、値段が付けられるとはいえ、価値のあるものとそうでないものの差というのは大きいな! でもいいの。こういう本があってもいい。これを面白いと思う人だっているんだからね。それに、こういうのも含めて、数を読むことで、アボリジナルに対する概念というのはすこしずつ蓄積されていくのだから、私にとってすら、まったく意味がないわけじゃない。 しかし、立て続けに二冊、アボリジナル関連本を読んだので、助走はここまでで終わり。そろそろ本格的なヤツを読もうかな。 本格的なヤツというのは、保苅実の『ラディカル・オーラル・ヒストリー』。これは1750円+税で、今日読んだ『アボリジナル・メッセージ』とほぼ同じ値段だけど、価値は全然違う。保苅実はすごいよ。 というわけで、この先、若くして亡くなった俊英・保苅実の傑作を楽しみながら読んで行こうと思っております。これこれ! ↓ラディカル・オーラル・ヒストリー オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践 (岩波現代文庫 学術380) [ 保苅 実 ]
August 25, 2026
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上橋菜穂子さんが書かれた『隣のアボリジニ』っつー本を読了しましたので、ちょいと心覚えをつけておきましょう。 いったい何ゆえにこの本を読んだかと申しますと、アボリジニの人たちの間にあるという「ドリームタイム」という自己啓発思想のことを調べたかったものだから、その前調査として、そもそもアボリジニってどんな感じかな?という基礎知識を頭にいれておきたかったから。 で、この本なんですけど、これ読んだら、オーストラリアのアボリジニ政策も、けっこうえぐいなと。 アメリカの場合、人種差別といえばまず黒人問題になっちゃうんだけど、それと並行して(並行して、って表現も変だけど)ネイティブ・アメリカン問題がある。要するにインディアン問題。もともと北アメリカ大陸に住んでいた彼らを、後から来た白人たちが蹂躙して追い払っちゃったというね。だからオーストラリアのアボリジニ問題は、アメリカで言えばネイティブ・アメリカン問題に相当するわけよ。 でまあ、問題の本質としては近いんだけど、ちょっと違うのは、ネイティブ・アメリカンと違って、アボリジニは性格が穏やかというところ。武器を持って侵略者の白人を襲うとか、そういうことがないのよ。むしろ、牧童としてこき使われたりしちゃう。ほとんど無給で。そういう意味では、アメリカの黒人奴隷問題と似ているところもあるんですな。 自分で書いていてなるほどと思ったんだけど、そうなのよ、オーストラリアのアボリジニ問題は、アメリカの黒人奴隷問題とネイティブ・アメリカン問題を足して二で割ったところがあるんですな。 で、かつてアメリカが黒人市民を二等市民としていいように扱ったように、オーストラリアにおいて白人たちはアボリジニを二等市民として扱ったのよ。で、このことがその後の問題を大きくすることになると。 たとえばアメリカのインディアンのある種の部族のように、あまりにも誇り高くて、自分たちの文化に固執し、白人がその気なら、彼らと対決、場合によっちゃあ玉砕もやむなし、という感じではなく、白人文化の中に、ある程度は組み込まれてしまうわけね、アボリジニの場合は。 だから対決も中途半端なまま、だらだらと白人文化に順応させられてしまうと。 その結果、アボリジニは自分たちの文化を失うんですわ。 しかも近年になって白人側がかつての自分たちのふるまいを反省し、アボリジニ優遇政策を始めるんだけど、それは端的に言えば、補助金を彼らに与える、という形をとる。そうなると、アボリジニはその補助金をもらうや、すぐに酒やドラッグに変え、暴力事件や何かを引き起こす。他にやることがないからね。 で、アボリジニたちは白人の住む町のすぐそばに住んでいるから、白人たちはそうした自堕落なアボリジニの生活ぶりを見ちゃうわけ。すると、当然、白人側にも不満が出る。あいつら、俺たちの税金で食ってくるくせに、なんだよ、と。 これが、「隣のアボリジニ」の、現状なわけね。それを、上橋さんは、文化人類学者として観察し、記録したんです。 まあ、上橋さんが関わったのは、オーストラリア西部の、ごく一部のアボリジニの話で、もちろんオーストラリア奥地には、これとはまた別種のアボリジニがいたりするんだけど、とにかく、これが現状のオーストラリアにおけるアボリジニ問題の一端に触れていることは確か。そして、その解決法がおいそれとは見つからないだろうな、ということもよく分かる。 たとえば、アボリジニたちは自分たちの文化を失ったとはいえ、生きていくために、親戚間の連帯は強い。特に冠婚葬祭は重要なイベントなのよ。で、そういうアボリジニが、白人的な意味でのオフィスワーカーになったとしても、重要な会議を前にして「自分の祖父の親父さんの前の奥さんのいとこの子が死んだので、今週は一週間、葬儀で休みます」みたいな話になって、会社を休んじゃったりするとなると、もう、勤め人としては失格でしょ。 だから、アボリジニは、白人社会の中ではやっぱり暮らせないわけ。じゃ、どうすればいいの?っていう。まあ、この問題の闇は深いね。 とまあ、そんな現状がよく分かる本ではありました。 ドリームタイムの話は一つも出て来なかったけど、まあ、アボリジニ問題が深い闇だ、というのが分かったんだから、勉強にはなりました。 それにしても、人種問題とか文化間の争いには、これという解決のめどがないな。悲しいけど、それが現実だね。これこれ! ↓隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫) [ 上橋菜穂子 ]
August 24, 2026
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とある必要があって、とある絵本をね、翻訳してみたのよ。私が。 で、絵本なんて32ページくらいなものだから、訳そうと思えばすぐに訳せるわなあ・・・。 で、とりあえずちゃちゃっと訳して、その訳したものを数人の人に見せたのだけど・・・。 非常に驚いたことに、すごく評判が悪かったの。訳文がなってないと。 え¨ーーーーーー! マジですか・・・。 だってさ、わし、素人ちゃうで。プロやで。プロの文章書きやで。何度も言うけど、日本エッセイスト・クラブ賞とっとるんやで。その点では、岸恵子と同じやで。 そういう文章のプロがひねり出した訳文が、まるでなってないと・・・。 もうね、ビックリよ。 つまりね、絵本のような世界において、通常の文、つまり大人が読むような文を書いても、そぐわないのね。子どもの世界にすんなり入っていけるような、まあ、詩的な文? そういうものが要求されていたわけよ。 確かに、絵本の訳者って、詩人とかが多いもんなあ。谷川俊太郎とか、そういう連中が訳したりするわけであって。 なるほど! 絵本なんてすぐに訳せると思ったのが大間違いであったか・・・。 いやはや。ビックリですわ。日本語って難しいね。 でも、それが分かっただけでも、絵本を訳した甲斐があったというもの。訳さなかったら、そのことが分からなかったんだからね。 日々是勉強ですな。
August 23, 2026
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とある必要があって、ショーン川上の『英語力の核心』という本を読んだのだけど、この本、めちゃくちゃいいよ。英語教則本として、レベルが高い!これこれ! ↓英語力の核心 [ ショーン 川上 ] まず言っておかなければならないのは、この本は英語初心者向けではない、ということ。中級者向け、いや、上級者向けかな。英語は相当、自在にしゃべれる、というレベルの人向け。 ん? 英語が既にしゃべれるのに、なぜこの本が必要なの? それはなぜかと言いますと、英語がしゃべれる(talk)ということと、英語が通じる(speak)ということは別だから。 英語が相当しゃべれる人でも、いざ、ビジネスの場でそれを使おうとしても、全然相手に通じないということがある。それは、日本人の発想で、まず状況の説明をし、そういう説明をすれば、こちらの立場は大体わかるでしょ?という前提でしゃべってしまうから。「高コンテクスト文化」に属する日本では通用しても、言葉でハッキリ言わなければ何も通じない世界、すなわち「低コンテクスト文化」に属する国際ビジネスの世界では、こういう日本人発想の英語はまったく通じないのね。 だから、重要なのは、「結論→理由→具体例→結論の確認」という英語のスピーチの原則に則ってしゃべること。もちろん、それ以前の問題として、伝えるべき内容、すなわちコンテンツをしっかり保持していることも大事なんだけどね。 では、実際問題として、どういう風に練習したら、こういう「通じる英語」がしゃべれるようになるのか。その点についても、この本はしっかり、具体的に解説しております。 特に第7章で、AIやデジタルツールを使った英語独習法なんか、ものすごく有用よ。 そして、この本がいいなと思うことの一つが、非母国語として英語を学ぶことのメリットを、ショーンKがちゃんと解説してくれているところ。 英語を外国語としてしゃべるとなると、当然、母国語話者と比べて語彙力で負ける。しかし、その分、シンプルな語彙とシンプルな文法、そして短文中心の発話になるからこそ、誤解の少ない発言ができると。で、ビジネスの世界で重要なのは、相互に誤解がないようにすることなのだから、むしろ外国語として発話するたどたどしい英語こそ、ビジネス英語としては、ネイティブの英語より優れているのだと。 おお、ショーンKよ、よくぞ言ってくれた!って感じじゃない? 大体、ワタクシはもとから、ショーンKの大ファンなんだよね。この本を読んで、やっぱりショーンKの実力にあらためて感心してしまった。彼は、只者ではないな。 ということで、ワタクシもこの本を読んで、もっと英語の勉強がしたい!と思っちゃった。『英語力の核心』、教授の熱烈おすすめ!です。これこれ! ↓英語力の核心[音声DL付]~「なぜ伝わらないのか?」を根本から解決する~ 単行本 / ショーン川上 (著)
August 22, 2026
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研究室のエアコンが壊れまして・・・。 っていうか、エアコン本体が壊れたんじゃなくて、リモコンが壊れたのね。床に落としたら、息絶えたようで・・・。 で、エアコンがつきっぱなしでオフにすることができなくなっちゃった。仕方なく、天井にあるコンセントを苦労して引っこ抜いて、どうにか消すことはできましたが。 だけど、このままでは都合が悪い。 で、同僚に相談したら、エアコンのリモコンなんて、汎用品があるはずだから、それを買えばいいんだよと。 実際、アマゾンで探したら、あっさり見つかりました。私が使っているエアコンのリモコンというよりは、そのエアコンに対応する、サードパーティー製の汎用品。980円くらいで、ごく安いもの。 で、それを買ってみて、実際に研究室のエアコンに向けてスイッチを押してみたら、何の問題もなく使えました。良かった~! ま、それはいいんだけど。 気になったのは、アマゾンでそれを買った時のこと。もうね、レビューの数が千の位まで行ってたのよ。 ン? ということは、1000人以上の人が、そのエアコンのリモコンを壊してしまって、アマゾンで汎用品を買って、救われた、ってこと? エアコンのリモコンって、そんな頻度で壊れるものなのか?? っていうか、ひょっとして、エアコンのリモコンとは、ひょっとしてランニングコストなの? プリンターにおけるインク、アナログカメラにおけるフィルム、ライターにおけるガス(or オイル)みたいな? 世の中には、分からないことがいっぱいあるね。
August 21, 2026
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今朝、朝食を食べている時、義兄、すなわち私の姉の配偶者から面白い話を聞きまして。 義兄は生物学者なのですが、最近、同僚の研究者から「朝、寝起きですぐに歯を磨くといいよ!」と教えられたと。 生物学的見地からしますと、睡眠から目覚めた人間の口の中にはとんでもない数の菌が発生しているんですと。で、その中には人間に対して悪さをするものもある。 だから、寝起きでまず何はともあれ、この菌を一掃することが重要であると。 歯磨きと言っても、べつに歯磨き剤を使わなくてもいいんですって。とにかく、ブラッシングして、何度か口を漱ぐ。それだけで、効果は絶大なんだとか。 で、義兄もそう言われて、このところ、朝歯磨きを実践しているのだけれども、そうしたら以前と比べて大分体調がいいと。その効果は、確かに驚くほどのものだったんですって。 なるほど、朝食の後に歯を磨くのではなく(もちろん、そうしてもいいけど)、その前に、起きた途端にとりあえず歯を磨けばいいのか! 私もそこそこ健康オタクなので、そうと聞いたら実践あるのみ。明日からは寝起き一発目にシャカシャカと歯を磨くことにします。 さて、今日は午前中に父母の墓参りをしてきました。お盆の時に忙しくて行けなかったもので。昨日、ラジオ番組に出たよ、なんて自慢話もしてきました。 そして、その後、夕食をご馳走になってから、名古屋の自宅に戻ることにします。 ということで、明日からはまた名古屋からのお気楽日記。どうぞお楽しみに!
August 20, 2026
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はーい、今日の午前中、浜松町の文化放送に行き、ラジオの生放送に出演してきました~! 出演したのは、武田砂鉄さんの番組「ラジオマガジン」だったのですが、25分のトーク番組で、基本、武田さんと私の二人でトークするという内容。 で、私は武田砂鉄さんのことは、御著書でしか知らなかったのですが、実際にお会いしてみて、びっくりしたことが二つ。 まず、彼は背が高い! 182センチくらいあるんじゃないだろうか。 あとね、声が、抜群に、いい。 低音で、滑らかで、まさにラジオにうってつけの魅惑のヴォイス。すごいわ。彼がラジオ番組を幾つも抱えているのも無理ないわ。 生放送なので、私自身は、まだ自分が出た放送を聴いてないのだけど、しゃべっていると25分何てあっという間だからね。え、もう終わったの?って感じでした。 まあね。でも、初めて生放送の番組に出たのは、いい人生経験でした。面白かった! 本当は、もうちょっと、武田砂鉄さんと色々話がしたかったけど、まあ、いつかそういう機会もあるでしょう。 ちなみに、この番組の、明日のゲストはラッパーのダース・レイダーさんらしいんだけど、私はダースさんとは顔見知りなの。前に一度、一緒にトークショーやったから。 どうせだったら、またいつか、ダースさんともつるんで仕事が出来たらいいな。
August 19, 2026
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さて、私は明日、文化放送の「武田砂鉄のラジオマガジン」という番組に生出演する予定。私の出番は10時からだそうです。 一昨年はNHKラジオ、昨年はTBSラジオの番組に出ましたが、どちらも収録でした。なので、生出演というのは初めての経験。 ということで、砂鉄さんと何を話せばいいのか。色々、想定問答をしているところ。最近出した自著も、改めて読み直したりして。そりゃ、そうですよね。砂鉄さんから、自著のことを聞かれて、しどろもどろだったらみっともない! さて、明日は早くから浜松町にある文化放送のスタジオ入りなので、今日は早めに寝なくては。 では、文化放送に、いい意味での爪痕を残せるよう、頑張ります! 暇な人は、聴いてね!!これこれ! ↓武田砂鉄 ラジオマガジン
August 18, 2026
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浅井晶子さんが書かれた『ポルトガル限界集落日記』という本を読んだのですが、これが最近のめっけもので。非常に面白い本でした。これこれ! ↓ポルトガル限界集落日記 [ 浅井 晶子 ] 浅井さんというのは、主としてドイツ文学の翻訳家で、ご主人もドイツ人。で、ベルリンに長く暮らしておられたのですが、ある事情で10年くらい前にポルトガルの田舎に別荘を買うことになり、その後、コロナ禍の頃のドイツ社会の混乱に嫌気がさしたこともあって、いっそベルリンのアパートを引き払って、こっちに移住しちゃおうか、ということになったと。 で、二人が移り住んだのが、ポルトガルの山奥の限界集落。かつては200人くらい居た村も、今や常住している人がたった10人しかいないという。 で、そこに引っ越して、ポルトガルの小村の暮らしが始まったわけですが、実際に暮らしてみると、ヨーロッパ北部のドイツと、ヨーロッパ南部のポルトガルでは、生活のリズムから何から、まったく異なるものだったんですな。 もちろん、どちらにもいいところ、悪いところがあるのですが、ポルトガルの小村の暮らし、そしてそこでの人々との交流は、なかなか面白いものだった。 ポルトガルというと、ヨーロッパの中では、失礼ながら、後進国というか、最貧国的なイメージがある。たしかに収入とか、そういう点を比べれば、ドイツとかイギリスとかフランスにはとてもかなわない。しかし、何しろ各家が広大な土地を持ち、そこにオリーブやブドウやオレンジや、その他ありとあらゆる畑の作物があり、様々な家畜がいて、ほとんど自給自足できる。そういうところで、少なくなってしまったとはいえ、土地の人々は、力強く生きているわけよ。 で、ドイツ人・日本人カップルという「よそ者」とはいえ、そういう地元の人々の仲間としてある程度受け入れられていくに従って、段々、そういう暮らしが楽しく、豊かなものに見えてくる。 そういう、実地の異文化体験を面白く語ったのが、この本ということになります。 しかも、著者が文学の翻訳家だからということもあるのでしょうが、ドイツとポルトガル、あるいは、ポルトガルとそのほかのヨーロッパ各国の文化的違いを見抜き、それを文章として表現するのが上手い! ほのぼのとしたポルトガルの小村での暮らしを綴りながら、そこにディープな社会批判とかもちゃんとある。人間というものに対する深い洞察も、とっても深い。 そういうのを読んでいると、ポルトガルって、いいところだなあ、という気がしてきます。火宅の人、檀一雄がポルトガルに長く滞在していたのも、分かる気がするなあ。 この本を読んだのは、最近、ポルトガルという国に興味がわいてきたからなんだけど、この本を読んでますます、この国に行ってみたいという気がしてきました。 とりあえず、ポルトガル語を少しでもかじって、挨拶くらいできるようにして、いつか自分でも行ってみようかな!
August 17, 2026
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昨日・今日と、少し原稿書きをしていました。 この原稿、実は今年の5月に8割がた書き上げていたものなのですが、その後、色々忙しくなってきて、しばらく中断していたの。 でね、この「中断原稿」ってのには、二種類あるのよ。 ある程度書き上げて、その後、しばらくの間放置していた中断原稿。これを、中断の後に執筆再開しようとするじゃない? その時、しばらくぶりに読み返してみて、「あー、ダメだこりゃ」って思う時と、「むむ? この原稿、案外、様になってるんじゃね?」って思う時がある。 最初に書いている時は、相応の熱量があるので、ばーっと書いちゃうんだけど、一度、中断し、その熱が冷めた状態でもう一度読み直すと、その原稿が本来持っていたポテンシャルが露わになるのよ。 で、今回の書きかけ原稿は、後者だったの! ウフ! ラッキー! ということで、今回、「行けるんじゃね?」だったことで、モチベーションは爆上がり。かくして昨日・今日と元の原稿を読み直して、随所に手直しを入れたり、書き足りないところを補ったり、さらにはまだ書いてなかった分を書き足したりしていたんですけど、現在のところ、極めて順調。非常に面白い原稿になりつつあります。 ただ・・・。 今回の原稿は、その前に出す本の成否に依存するところがあるんですよね。だから、前に出す本がぽしゃっちゃうと、この原稿も出版する価値が無くなっちゃうの。 だから、この本の一つ前に出す本には、何としても成功してもらわねば・・・。 逆に、それが成功すれば、今書いている本も売れるはず。 というわけで、色々、成り行き頼みのところがあるわけですが、まあ、それも運命なんでね。どちらも上手く行くことを祈るしかないな。
August 15, 2026
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アガサ・クリスティーの有名なミステリー、『そして誰もいなくなった』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 アメリカ文学、ないし英米文学の研究者で、本作を読んだことがない、ということ自体、どうかしてるぜ!状態なのですが、ワタクシの場合、読書傾向に著しいアンバランスがありまして、今日に至るまで、この本を読んだことがなかったんですわ。 で、読んでみた。 まあ、あまりにも有名な作品ですから、読んだことのある人は多いでしょうが、ワタクシ同様、読んだことがないという人もいるでしょうから、以下、ネタバレ注意ということで。 オーウェン夫妻という謎の人物からの招待により、イギリスのとある孤島に8人の人物が集められるんですな。ところが、肝心の招待主であるオーウェン夫妻は不在。召使が2人、客の面倒を見ることになるのですが、初日の夜、なぜ彼らがこの島に集められたかが、仕込まれたレコードによって明らかにされる。 それによると、召使も含めてこの島にいる10人が10人、何らかの形で人を殺めた人物らしいと。それも、法の裁きをまぬかれたものばかり。で、この島で彼ら全員が、相応に裁かれるのだと。 そして実際、一人、また一人と、客の誰かが殺されていく。その殺害の進行に従って、客同士、互いに疑心暗鬼となり、パニックに陥っていく。 そして結局、この島に招かれた10人全員が、正義の裁きを受けることになるのですが、では一体誰が彼らを殺害したのか? というお話。 なるほど、タイトルだけは良く知っていた、『そして誰もいなくなった』というのは、こういう話だったのね~! まあ、サスペンスはあるし、面白かったです。そりゃ、面白いからこそ、その名声を今に伝えている作品なわけで。でも、想像していた以上に、軽みのある話でしたね。なにせ10人の人が死ぬのだから、もっと深刻な、重々しい話なのかと思っていた。これなら、確かに、読者の誰もが探偵となって、誰が怪しいかを推理したくなるというもの。これこれ! ↓そして誰もいなくなった And Then There Were None [ アガサ・クリスティ ] アガサ・クリスティーって、こういう感じか・・・。 実はこれまた有名な『オリエント急行』も読んだことがないワタクシ。そのうちにまた、折が会ったら読んで見ようかな。
August 14, 2026
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今日は小学校時代からの親友Tと会って話をしてきました~! 最近は、相模大野とか町田で会って、飯を食いながら、というパターンが多かったのですが、今日は趣向を変えまして、Tに新百合ヶ丘まで出てきてもらい、そこから私のクルマで、彼の家のある小田急相模原へ向かってドライブしつつ、途中でどこか店を見つけて昼飯を食う、という算段。 で、最初はどこかファミレスで、と思ったのですが、道すがらにファミレスがあまりなかったので、結局、コメダに立ち寄って、そこでハンバーガーとコーヒーを楽しみつつ、2時間くらい駄弁った次第。 50年以上の付き合いなので、なにか特別なことを話すというよりも、互いの近況や、最近読んだ本のことなんかをだらだらとしゃべって感じ。 で、コメダでしゃべった時も面白かったのですが、それ以上に、クルマでドライブしながら話すというのがとても良かった。 いやあ、クルマに乗って友達と話をするってのは、やっぱ、いいよね! 最近、あまりそういうことがなかったので、余計そう思っちゃった。 若い頃なんて、クルマを持っていること自体が誇りじゃないけど、そんな感じで、お互いの自慢のクルマに乗って、あてもなくドライブする、なんてことがあったじゃない、昭和の時代には。それでお気に入りの曲を自分なりに編集したカセットとか聴いたりして。そういうのを思い出しましたよ。 Tも私も、段々、引退の時が近づいてきて、また学生時代に戻りつつある、ということなのかもね。 というわけで、今日はなかなかいい感じで旧友との邂逅を楽しむことができたのでした。今日も、いいい日だ!
August 13, 2026
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今日は家内が、家内の大学時代の親友と町田で会うというので、私も付き合ってきました。 でも、ただ会食するだけでは面白くない。なにせ我が家は今、古着ブームですからね。 っつーことで、町田にある古着の名店、JAM Clothing さんに初見参! 町田もね、私は子供の頃から親しんだ町ではありますが、昔と今では大違い。昔あったものがなくなり、昔なかったものが色々ある。で、JAM Clothing もその一つ。 で、ざっと見て回ったんですけど、家内が可愛いアロハシャツを発見。でも、ちょっと値段が高すぎた。 このお店は、もちろん、高品質の由緒正しき古着が沢山あるのですが、その分、プライス・レンジも高めで、お手頃のものは少ないので、我々のねらい目とはちょっと違うかなと。 で、このお店で目の保養だけした後、さらに周辺にある数軒の古着屋を回って、ショッピングの楽しみを堪能した次第。家内はアクセサリー(ブレスレット)とFILAのパーカーを、私はちょっと古めのJ Crew の長袖シャツをゲットして大満足。 そして、これは昔から変わらぬ老舗喫茶店「カフェ・グレ」で一服した後、家内の親友とエスニック(ネパール料理)を食べに、町田駅の北側にあるお店へ。 その家内の親友は、私もよく知っている人なんですが、実際に会うのは十年ぶりくらいかな? で、エスニック料理をつつき、お酒も飲みながら、久闊を叙した次第。 というわけで、今日は午後から大分遊んでしまいましたが、まあ、ずっと仕事ばかりしていたんですから、実家にいる時くらい遊ばないとね。 ま、実は明日も遊ぶ予定なんですけど。
August 12, 2026
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昨日の夜、実家に戻りまして、今日は実家で過ごす一日目。 とはいえ、今日は特にすることもなかったので、姉とおしゃべりしたり、ノンビリ過ごした次第。 あと、これは前から姉に頼まれていたんですけど、包丁の切れ味が落ちたということで、今日は姉の愛用の包丁を2本、砥ぎました。 このブログでも何回か書きましたが、私は包丁砥ぎの特技があるのよ。 包丁が砥げる男になりたいというのが、幼い頃からのワタクシの願望でありまして。ある時、実家にあった砥石を使って、YouTube 動画を見よう見まねで砥いでみたら、案外、上手に砥げたんですわ。 以来、包丁砥ぎが趣味のような感じになって、家内の包丁を砥ぐようになり、それを何度も繰り返すうちに、腕前も上がってきた。 っつーことで、今日も立ちどころに姉の包丁を2本、砥ぎ上げたというわけ。 で、あとで夕飯の支度の時に、ワタクシが砥いだその包丁を姉が使ったのですが、まあ切れ味がいいということで、感心されてしまった。 包丁ってのは、片面を砥いで、最後に反対側の面をすーっと砥石の上を滑らせるようにして返しを取るのがコツなんですけど、そうして砥ぎ上げた包丁の刃を指で触ると、独特の触り心地がありましてね。それで上手に砥げたかどうかが分かる。最近は、もう、一発でその域に持っていきますからね。 それに、短い時間ですけど、包丁を砥いでいると、本当に心が休まるのよ~。 ということで、今日は包丁も砥げたし、姉にも喜ばれたし、暇な一日にしては上出来だったのでした。
August 11, 2026
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今日、私はお盆休みで帰省しようと思っておりまして。 で、その準備を昨日からしているのですが、ここでノートパソコンに異常発生。 実家でパソコンが使えないとやばいので、一応、作動確認をしたところ、ワードが使えない状態であることが判明。オフィス365を使っているのですが、「権限がない」みたいな表示が出てしまう。 前にも一回、こういうことがあったんだよなあ・・・。その時は、大学のICTセンターに持ち込んで解決してもらったんだけど、こういう肝心な時にこういうことが起こると、ホント、げんなりする。 そもそもこのノートパソコン、富士通のなんだけど、買った時からトラブル続きで、そもそもバッテリーが壊れていて充電ができなかった。それで新品の時からバッテリーを交換せざるを得なかったんだけど、その後もトラブル続きで。 で、どうしようかと思ったのですが、今は大学自体がお盆休みで、ICTセンターに寄って直してもらうこともできない。 それで、このノートパソコンを買う前に使っていたマイクロソフトのサーフィスを引っ張り出してきて、電源を入れてみたら、こちらはまだ使えることが判明。 ただ、このサーフィスは画面がちょっと小さいんだよね・・・。老眼には辛い。だから14型画面の富士通のノートパソコンを買ったのに・・・。 だけど、最新型のノートパソコンが使えなくなって、旧式のノートパソコンに頼る、というこのシチュエーションが、なんだか映画『アポロ13』みたいな感じで、ちょっと面白いといえば面白い。 旧式とはいえ、とりあえずの役に立ってくれるマイクロソフト・サーフィス。なんだかお前が頼もしくなってきたぜ! ということで、今日ワタクシは、この旧型サーフィスを抱えて、実家に戻ろうと思います。明日からはまた東京からのお気楽日記、どうぞお楽しみに!
August 10, 2026
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先日、寿美花代さんが亡くなられたなあと思っていたら、今日は小川真由美さんの訃報が。 寿美さんといえば、高島忠夫さんと一緒に司会をされていた『ごちそうさま』という番組が懐かしい。 というのは、当時、我が家の食卓のメニューがマンネリ化しているのではないかという意見が姉や私から出されたもので、母が改善に乗り出し、その時、我が家の食卓改善の参考書となったのが、『ごちそうさま』の本だったのよ。 『ごちそうさま』は、毎回、芸能人をゲストに招き、そのゲストの得意料理をその場で作る、というのが売りでありまして、そのメニューを本にしたものが出ていたのね。我が家ではそれを買った、というわけ。 で、実際、この本の影響は絶大で、我が家の食事メニューは大幅にグレードアップされたのでした。その本、まだ実家にあるもんね。 だから、高島忠夫・寿美花代という芸能界きってのおしどり夫婦と我が家は、実は深い絆があったのよね~。 そして、小川真由美さん。 もう覚えている人も少ないかもしれないけど、昔、『アイフル大作戦』というテレビドラマがありましてね。たしか、『キイハンター』の後番組だったと思いますが。 で、『キイハンター』がシリアス&お色気系だったのに対し、『アイフル大作戦』はコミカル&お色気系、だったんですな。で、その番組を締める探偵学校のトップを演じたのが小川真由美さんだった。 ま、確かに子供が見るには、ちょっと色っぽ過ぎたかな・・・。でも、そういう情の深そうな女性を、いたいけな少年だったワタクシは小川さんを通じて知ったのであります。 寿美さんも小川さんも、昭和を彩るスター女優さんたちでしたが、そういう方々が亡くなると、ほんと、昭和が遠くなりますなあ・・・。 というわけで、お二人のご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。
August 9, 2026
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ハルノ宵子さんが書かれた『隆明だもの』を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。これこれ! ↓隆明だもの [ ハルノ宵子 ] この本、高橋源一郎さんの『ぼくたちはどう老いるか』の中で言及されていたので、ちょっと興味を持って買ってあったんです。ここで「隆明」と言っているのは、もちろん吉本隆明のことね。 で、実際に読んでみたのですが・・・ まあ、面白くなくはない・・・んですが、期待したほどではなかったかな。 私は、著名な文人の身内(特に女性)が書いたその人の伝記的思い出本が好きで、この本にも期待していたわけよ。この本にも、生前の吉本隆明、それも信奉者ではなく身内が見た実像が描かれているのだろうなと。 で、実際、そういう部分がなくもない。でもね、少なすぎる。 その代わり、隆明の奥さん、すなわちハルノ宵子さんのお母様の話が出てくるのですが、この人が相当、扱いの大変な人だったらしい。 となると、どんな女傑だったのかと思うじゃない? でも、「恐ろしい人だった」とは何度も書いてあるのだけど、どう恐ろしいのかがあまり書いてない。 吉本隆明がかつて、自分の家族について(奥さんについて?)何かエッセイのようなものを書いて公開したところ、この奥さんが激怒して、一家離散になりかけた、みたいなことが書いてあるのだけど、じゃあ、その件の文章というのがどこに発表された(収録された)なんというエッセイで、その中にはどういうことが書いてあって、それに対して奥さんがどう怒ったのか、というところは書いてない。 つまり、ほのめかすだけで、肝心なところが書いてないのよ、この本には。 この一件だけでなく、この本の中にはそういうところが沢山ある。具体的なことが書いてないので、どういうことなのかが今一つ分からない。吉本さんと共産党の関係とか、吉本さんとオウム真理教の関係とか、チラッとほのめかされるのだけど、どういうことなのかよくわからない。 で、この本の後半に、ハルノ宵子さんと妹の吉本ばななさんの対談が載っているのだけど、この対談もあまり具体的なことが書いてないから、今一つ、盛り上がらないのよ。 しかも、この対談の前後に、吉本ばななさんが、ハルノ宵子さんを批判するような文章を書いて、それが斯界をざわつかせた、みたいなことがチラッと書いてあるのだけど、その実態もよくわからない。 だからね、この本を読んでも、吉本隆明のことがよりよく分かるようになるというより、むしろ吉本一家のメンバー同士の関係性に謎が生じるばかりなのよね。 一言で言って、隔靴掻痒。痒い所に触れて、余計痒くしておいて、しかも掻かせないという。最後の章で、菅原則生なる人物が聞き手となって、ハルノ宵子さんにインタビューしている章も、まったくよく分からなかった。 ということで、ワタクシ的には、今一つの本でしたね。教授のおすすめ!は、なーしーよ。 あ、あと、ハルノ宵子さんと吉本ばななさんの対談の中で、吉本ばななさんが中学とか高校あたりの頃、男性にもてて、男友だちが引きも切らず、家に帰るよりそのボーイフレンドの家に入り浸っていた、というようなことが書いてあるんだけど、それはちょっと意外でしたね。そういう感じの人だったの?
August 8, 2026
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さあて、いよいよ拙著の発売が今日から始まります。皆さん、買ってね!これこれ! ↓自己啓発本を1000冊読んでわかったこと [ 尾崎 俊介 ] この本は、もちろん、「自己啓発本」の叡知というのはスゴイよ、ということをお伝えするために書いた本なんですけど、世の中には自己啓発本に対するアンチ、というのがものすごく大勢いらっしゃいましてね。 だから、こういう自己啓発本賛美の本を出すと、ものすごい批判が来る。本当に自己啓発本っていうのは、世に憎まれる文学ジャンルなのよ。 だってさ、もう昨日の時点で、アンチの投稿があったもんね。「1000冊読まないと分からないような自己啓発本の知恵なんて、まったくあほらしい」と。 でも、このアンチの投稿って、そもそもこの本を読まないうちに投稿しているわけだよね。だって、この本、今日から発売なんだから。 わかるでしょ。自己啓発本のアンチって、そもそも読まないで批判するのよ。 まあ、世の中の全員を満足させる本なんて書けないからね。 それにしても、「1000冊読まないと、自己啓発本って分からないのか。それなら、そんなもの、読む価値ない」という批判のスタンスは、ちょっと面白いなと。面白いというのは、反駁する価値がある、という意味ですが。 じゃあ、そもそも自己啓発本を1000冊読むって、どういうことなのか。 たとえば、ある若者が、歴史のある大手の会社に新入社員として入ったとするじゃない? その新入社員が、1年間、その会社に勤めたとして、その大会社のことが把握できると思う? できないよね! 新入社員の一年目なんて、あたふたして日々の課題をこなすだけで終わっちゃうんじゃない? 2年目になると、どうだろう。かつての新入社員にも「後輩」ができるわけだ。そして少しは心の余裕もできる。 3年目はどうか。3年目ともなると、さすがに少しは会社のことが分かってくるでしょう。どういう部署があって、そこにどういう上司がいて、どの上司は付き合いやすいが、どの上司はちょっと苦手か、なんてことも薄々わかってくる。時には、二つ下の後輩の面倒も見させられるようなことも出てきて、少しは会社に貢献できるようにもなってくる。 入社3年目って、そんな感じじゃない? じゃあ、入社3年目って、入社何日目よ。1000日目じゃない。 大手の会社に入社して、3年・1000日くらい経ったら、少しは右と左の区別がつくようになる。そんなもんじゃない? 自己啓発本の研究もそうなんだって。1000冊くらい読むと、大体、この文学ジャンルはこんな感じだな、というのがわかってくる。だから、入社3年目の社員が人に対して「うちの会社って、こんな感じ」と言えるようになるのと同じように、私も一般読者に「自己啓発本の世界って、だいたいこんな感じ」と言えるようになる。 「自己啓発本を1000冊読んでわかったこと」というのは、そういう意味よ。 ま、私は、面白いと思ってこの研究をはじめ、続けているわけで、他人にどう批判されようが眼中にないんですけど、「1000冊読んでわかったこと」というのは、そういう意味だ、ということは、ここに伝えておきたいものですな。
August 7, 2026
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かつてプロレスの一時代を築いた名レスラー、ドリー・ファンク・ジュニアが亡くなりました。享年85。 私がプロレスに夢中だったのは、10歳から12歳くらいの頃だから、今から半世紀前ということになりますが、その頃、NWAという当時最も権威のあったプロレス団体でヘビー級チャンピオンだったのがこの人。 その頃既に頭髪が少し寂しくなっていたドリー・ファンク・ジュニアですが、その分、どことなく知的な雰囲気があり、大学教授がプロレスのリングに立っているような、独特のカッコ良さがありました。 でまた、彼の必殺技がすごかった。 プロレスは、基本的に立ち技中心で、寝技、それも相手の足を攻める技というのはそんなにあるわけではありません。 ただ、そんな中でも足技の必殺技というのが二つあって、一つは覆面レスラー、ザ・デストロイヤーの「足四の字固め」、もう一つがドリー・ファンク・ジュニアの「スピニング・トゥ・ホールド」だったのよ。どちらも、「この技が出たら、もう相手はギブアップするしかない」という、まさに必殺技でね。 で、四の字固めの方は、素人にも真似ができる。物理的に足をへし折るような技だからね。 一方、スピニング・トゥ・ホールドの方は、素人が相手にかけても、相手は全然痛がらない。「ん? こんなんで本当に効くのか?」という感じなんだけど、ドリー・ファンクがかけると、相手の大の大男が大げさな仕草で「やめてくれ~!」みたいな感じになるので、そこには何かコツがあるのでしょう。 だから、スピニング・トゥ・ホールドは、謎の多い技なのよ。だからそれを巧みに操るドリー・ファンクは、やっぱりエライ、ということになると。 ドリー・ファンク・ジュニアにはテリー・ファンクという弟がいて、彼はテキサス流のストロング・スタイルのプロレスをする人で、日本ではこの人の方が人気があったかもしれませんが、私は何と言っても玄人好きのするドリー・ファンク・ジュニア一択でしたね。 それにしても、昔のプロレスには、それぞれのレスラーに必殺技があって楽しかった。ザ・デストロイヤーの「足四の字固め」、ドリー・ファンク・ジュニアの「スピニング・トゥ・ホールド」もそうだけど、フリッツ・フォン・エリックの「アイアン・クロー」とか、ルー・テーズの「バック・ドロップ」、ビル・ロビンソンの「スープレックス」、ブルーノ・サンマルチノの『カナディアン・バック・ブレーカー」、ドン・レオ・ジョナサンの「エアプレン・スピン」、ミル・マスカラスの『フライング・クロス・チョップ」、ボボ・ブラジルの「頭突き」とかね。もちろん力道山の「空手チョップ」、ジャイアント馬場の「ヤシの実割り」、アントニオ猪木の「卍固め」もあった。フレッド・ブラッシーの「噛みつき」とかも、あれは技なのか?というのはあるにせよ、そういうのもあった。 当時のプロレス界こそ、「みんな違って、みんないい」だよね! そんな懐かしいプロレス界で一時代を築いた名レスラー、ドリー・ファンク・ジュニアのご冥福を、幼き日のプロレス・ファンとして、お祈りしたいと思います。合掌。
August 6, 2026
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今日は夕方から、科の先生方が集まって、前期終了のお疲れ様会をやってきました~! 今日の会場となったお店は、風来坊。そう、名古屋では超有名な手羽先のお店でございます。 名古屋というと、手羽先の有名なお店が二つあって、一つは風来坊、一つは世界の山ちゃん。どちらにも固定ファンがいて、どちらが上かは決着がつかないのですが、山ちゃんの方がコショウが効いたスパイシー系、対する風来坊はやや味付けが甘目って感じ。 私はどちらかというと・・・風来坊派かな。いや、わかんない。山ちゃんは山ちゃんで美味しいので。 で、科の先生方で集まって、この種の飲み会をやると、最初はアレなんですけど、途中から必ず仕事の話が入ってきて、大学当局に対する不満、不届きな学生に対する不満、〇〇に対する不満、××に対する不満・・・が噴出してしまう。 まあ、そういうのを飲み会でわーっと言い合って、それでガス抜きして、ストレスを発散する、というのも、飲み会の趣旨ではあるので、それはそれでいいっちゃー、いいんですが、私はもっとポジティブな意味での仕事の話、今どういう研究をしているのか、とか、そういう話の方がしたいなあ。 っつーことで、盛り上がっている話に半分耳を傾けながら、私は食べる方に意識を集中。 で、今日は風来坊なので、当然メインは手羽先のから揚げなんですけど、手羽先の食べ方にはコツがありまして。 で、どこかで「こう食べると、簡単にペロっと食べられるよ」的なことを言われたような気がするのですが、たまにしか食べないので、忘れちゃった。 で、どうにかして自分でコツを編み出そうと思い、試行錯誤を重ねること数回。 そしたら、正統なやり方かどうかは分からないけど、自分なりに上手に骨を外して食べる食べ方をマスターしてしまった。 ま、口で(文章で)説明するのは難しいので、ここでは割愛しますが、最初に先端の部分をパカッと取ってしまうのよ。そうすると後は簡単で、骨だけするっと抜ける。 まあ、多分、動画が上がっていると思うので、知りたい人は是非。 というわけで、とりあえず今週で授業は終わったし、明日から夏休み! ようやく、2カ月の自由時間を手に入れたワタクシなのでありました、とさ。
August 5, 2026
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非常勤で大学にいらしている先輩同僚、アニキことK教授と話をしていたら、鯱城学園の話題になりまして。 鯱城学園ってご存じ? 私も初めて聞く名前なんですが、どうやらお年寄りが入る学校らしい。 ん? なーそれ? って思うでしょ? でも、そうなの。学校なの。ちゃんと入学式もあるし、運動会もあるし、卒業式もある。クラブ活動もあるらしい。 まあ、老人向けの、カルチャーセンターなんでしょうけど、形式的にはちゃんと学校としての体を取っているところが、面白いといえば面白い。名古屋市の支援を受けているのかな? で、アニキは、70歳を過ぎたらここに「入学」することを目論んでいるらしい。まあ、ボケ防止で、新しいことを勉強するおつもりなのでしょうが。 いやあ、しかし、アニキもスゴイなあ。私とは発想がまったく違う。 私なんざ、学校なんてもうこりごりだよ~! なにせ、小学校から大学・大学院を経て大学に勤めて、ずーっと学校にいたんだもん。もう飽きたよ! なんで晩年になって、さらにまた別の学校に行く必要があるの?! 私だったら、もっと別なことやりたいな。和菓子屋とか。黒豆煮るの上手いし。 とにかく、この世に老人のための学校、鯱城学園というものが存在するということを知ったのは、ちょっと面白い経験でしたね。この世には、まだまだ知らないものがあるんだな。
August 4, 2026
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例によって、埋もれていた書棚から発掘した「昔、なぜか買った積読本」を、ぽつりぽつりと繙いておりまして、今日は川本三郎さんの『フィールド・オブ・イノセンス』という本をチラ読みしておりました。 で、読んでいる内に、何だかすごく懐かしいような、遠い青春時代を思い出すような気になりまして。 なんて言うんだろう、すごく懐かしいアメリカ文学論だったのよ。文学論なのかなあ、文学的エッセイというべきか。 論文ではないのだけど、アメリカ文学の本質と思しきものを、色々な作家の色々な作品、あるいは映画とか、流行歌とか、文学のサポートになるようなものも含めて言及しつつ、抽出していくスタイル。 それで、タイトルにも表れているように、アメリカ文学の本質は「無垢なるものへの執着」だ、というような話になっていく。 うーん、私がサリンジャーの作品に夢中になっていた頃、この本を読んでいたら、ものすごく興奮して、大いに発奮させられたかもね。 だけど、今、こういう感じのアメリカ文学論って、ないよね! いや、それを言ったら、どのような意味においてもアメリカ文学論って、存在してないけどさ。 あ、私の自己啓発本論を除いて、ね。 それにしても、アメリカ文学の本質は無垢なるものへの執着だ、なんて、そんなことを言ってしまうこの熱い時代が懐かしい。 トランプ大統領のアメリカを見ていて、とてもそんな話にはなっていかないもんね。 ほんと、ひと昔前のアメリカ文学論って、それこそ、イノセントだったなあ・・・。いい時代だった。 しかし、そういう時代が終わった今、どうしたら今の時代のアメリカ文学論ができるのか。それを考えないといけないんだろうね。
August 3, 2026
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版画家の山本容子さんが書いた自叙伝、『マイ・ストーリー』を読了しましたので、ちょっと心覚えをつけておきましょう。 リノベーションした家の書斎で、ものすごい量の書棚を作ったせいで、今まで本の山に埋もれてその存在を忘れてしまっていた本に再会することが増えた今日この頃なんですけど、この本もそんな一冊。っていうか、いつどこで買ったのかも忘れていたっていうね。最後のページに、大田区の古本屋のシールが貼ってあったんだけど、まったく記憶がない。 とにかく、その古本屋で、この本を買ったんでしょうな。 どうして買ったのかは忘れましたけど、山本容子さんの版画の画風が好きなので買ったことは確か。池田満寿夫もそうだけど、画家は文章が上手いことが多いしね。 で、読んでみてびっくりしたのは、山本さんの男性遍歴。 まあ、男性遍歴なんていうと、なんだかみだらな感じがするけど、およそそういうみだらさとはまったく縁のない、実に爽やかな遍歴なのよ。 最初は美術大学での尊敬する先輩との結婚。しかし、ストイックなまでに芸術至上主義的な先輩と、作品が売れ始めてしまった容子さんの間に段々感覚のずれが生じてきて破綻。 お次は著名な美術評論家でニ十歳以上年上の中原祐介氏との恋愛。これは中原氏に妻子がいたことから、世間的には不倫になっちゃうんだけど、メンター的な美術評論家とそのプロテジェ的なアーティストの恋で、互いに高め合う性質のものだったから実りの多い関係だったらしい。でも、結局、容子さんがさらに本格的に売れちゃったこともあって、二人の関係に齟齬が生じてしまった。 三番目はテレビ・ディレクターとの結婚。これはまったく業種が異なる、しかし作品を生むという点では同業の人とのもので、これもそれなりに実りがあったようですが、本書はこのお相手と別れることになったという報告で締めくくられている。 なかなかのものでしょ? それぞれにロマンティックなところがあり、それぞれに打算的なところもあり。容子さんというのは、ある意味、恋多き人なんだけど、いわゆる通常の結婚生活はできない人と見た。だから、結婚なんかしないで、自由恋愛していた方がいい人ですな。それで楽しく、互いに益するところがあるなら、全然いいのだからね。 しかし、一つ、容子さんのこれまでの人生で特筆すべきは、売れちゃった、ということだよね。 それは、商業主義的だから、という意味ではなくて、彼女の中にウィリアム・モリス的に、良い芸術は多くの人に所有され、楽しまれなければならぬ、という確信があるから。 油絵じゃなくて、版画を選んだ時点で、そうだもんね。版画は複製できるからね。それに、たとえば挿絵とか、本の表紙を作って、本と言う媒体に載せて世間に自分の作品を広めることも、容子さんは心の底からやりたいのだから。 それを、「芸術として純粋じゃない」と批判するのはおかど違いなんだよな。いいじゃない、アーティストとしての本人がそれをやりたいと言ってやっているのだから。私は断然、容子さん擁護派だわ。 それに、そういう容子さんの行き方・生き方は、私自身の信念にも通じるところがあるしね。 私も、学者として「売れたい」と、心の底から思っているからね。つまらない研究書なんか、書く気ないもん。面白い本、売れる本しか、わしは書かないよ。それで学会からはつまはじきされているけれど、そんなもん痛くも痒くもないぜ! っつーことで、山本容子さんのこの本、私にはとっても面白い本だったのでした。教授のおすすめ!よ。これこれ! ↓【中古】 マイ・ストーリー 新潮文庫/山本容子【著】
August 2, 2026
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菊地大樹という人が書いた『すごいジャーナリング』という本を読みましたので、心覚えをつけておきましょう。 この本は、「ジャーナリング」の効能を説明している本なんですけど、そもそもジャーナリングって、分かります? 分からないよね? 私もこの本を読むまで知らなかったもん。 ジャーナリングというのは、日記をつける作業にちょっと近いけど、本質的には日記とは大分違う。 日記ってのは、なんだかんだ言って、澄ました顔をしているよね? 人に見せない、自分だけの記録だとはいえ、実際にはきれいごとが書いてあったりする。 ジャーナリングってのは、そうじゃなくて、心の中のモヤモヤをノートの上に全部ぶちまけること。 だから、むしろ否定的な感情とか、人の悪口とか、やっかんでいる自分の思いとか、恨み事とか、そういうのをぶちまけるわけよ。 それは、ある意味、心の中の汚いゴミを排出する作業だから、そのこと自体、ストレス解消にはなるよね。 だけど、それだけじゃないの。 ジャーナリングで否定的なことを書いたとしても、そこには本音が隠れていたりする。 なぜ、自分はある人、あることに対して、そんなに否定的な感情を抱くのか。そこをきちんとつきつめて考えていくと、自分はこういう人間で、こういう価値観を持っていて、こういう風に生きていきたいと思っているんだな、というのが分かってくる。 そうやって、心の中のモヤモヤを、モヤモヤのままで終わらせず、自分の本音、自分の理想、自分の強みとは何かを考えるネタにする。それがジャーナリングの核心なんですな。 だから、とにかくジャーナリングを続け、自分と対話をしていけば、自分を自分に理解できるものに変えていくことができるし、自分がどういう方向に動きたいと思っているかも、見えてくるようになると。 つまり、ジャーナリングとは、人生の羅針盤を作る行為に他ならないのよね。 そういうことが、この本を読んでいるとよく分かる。 自己啓発思想の観点からいうと、この本が言っていることは、引き寄せの法則です。自分の望みを、曖昧な形ではなく、明確なものとして日々拳拳服膺することで、それを実現に近づけるという。 だから、この本は「強く願えば、すべて実現する」という引き寄せ系自己啓発本なのね。 だけど、そこに「紙の上に書き出す」という行為を挟むことによって、誰もが疑いなく実行できる一つの行動パターンに落とし込んでいる。そこがこの本のうまいところというか、目の付け所がいいところなのよ。 実際、この本を読んでいると、「自分もジャーナリング、やってみようかな」という気になるもんね! そして本当にやって見たら、多分、いい結果は出ると思います。 ということで、本書『すごいジャーナリング』は、新手の引き寄せ系自己啓発本として、かなりいい線を行っている本なのでありました。教授のおすすめ!よ。これこれ! ↓すごいジャーナリング うまくいっている人は紙に何を書いているのか? [ 菊地 大樹 ]
August 1, 2026
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ライターとして一番嬉しい瞬間は、新著見本が届けられる時! 先ほど、その嬉しい瞬間が訪れました!! 今年の春休みに必死こいて書いていた、その原稿がこうして形になるというのは、実に嬉しいものでございますよ。 実際の発売は1週間後の8月7日。お近くに本屋さんがありましたら、ぜひ、立ち読みしてやってください。もちろん、買ったっていいんですよ! もう遠慮なく、何冊でも! ちなみに、帯に描かれている白髪のおっさん、これはひょっとしてワタクシ?! まあ、似ていなくもないかな・・・。 まあ、とにかく、本が出るっちゅーのは嬉しい。 這えば立て、立てば歩めの親心、じゃないですけど、こうして見本が出ると、次は「書店の店頭に並べ」、そしてその次は「売れろ!」と思います。 関連して、ラジオ番組への出演が決まっていますが、今後しばらくは自分なりに販促しなくちゃね。
July 31, 2026
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セカンドカーとして家内が愛用しているスズキ・スイフトの車検が近づいてきたので、今日は大学に出勤する前にあさイチでディーラーに入庫してきました。 車検で愛車を入庫するとなると、お楽しみは代車よ。 事前に予約した際、「代車は軽自動車しか用意できないけど、それでいいか?」と言われたのですが、私は軽自動車にも興味津々なので、「全然OK」と答えて置いたのですが、果たして今日の代車は何? もしハスラーだったら、超嬉しい。ラパンでもいい。ジムニーだったら最高! でも、まさかそれはないだろうな・・・。 と思って楽しみに向かったのですが、渡されたのはワゴンRでした。 うーん、背高の軽自動車は興味ないなあ・・・。初代のワゴンRは、デザインが圧倒的に秀逸だったけど、代を経るほどに平凡なクルマになっちゃったしなあ。 で、オーディオレス、ダサダサの足踏み式サイドブレーキの素のワゴンRを運転したんですけど、まあ、最近の軽はよく走るね! 少なくとも一般道を走っている限り、何の不満もないじゃん。 そして、背高ワゴンだけに、車内の広さたるや。法的には4人乗りだけど、実質的には5人乗りのスイフト以上に広いわ。 ということで、期待したアレではなかったけれど、今日明日の足として、ワゴンRを楽しむことにしましょう。 ところで、今回車検をお願いして驚いたことが一つありまして。 それは、ディーラーにも、エンジンオイルがない、ということ。中東情勢の悪化で、エンジンオイルが調達できないと。だから、今回の車検でもオイルは替えられませんと言われちゃった。 まあ、半年前に行なった半年点検の時に替えているから、今回は別にいいけどね。 それにしても、中東が咳をすると、日本が風邪をひくというのは本当なんだね。まさかこんなところで、自分に被害が及ぶとは思わなかった。 我が家内の愛車のためにも、一日も早く中東情勢が落ち着くことを願うしかないですな。
July 30, 2026
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一昨年だったか、右肩が60肩になり、ほぼ1年近く、七転八倒の苦しみを味わいまして。 あまりにも痛かったので、これが「60肩」などという生易しいものであるはずがないと、3つくらいの病院を回って診てもらったのですが、結局、レントゲンを撮っても、MRIを取っても、肩そのものには異常なし。結局、これが60肩というものであって、時が解決するほかない、との結論を得、実際にそうだったというね。 で、その忌まわしい記憶も冷めやらぬうちに、ですよ。今度は左肩が痛くなりまして。 さすがに一昨年の経験があるので、これはジタバタしても無駄だと分かっているのよ。だからジタバタはしてないんだけど、痛いことには変わりがない。 利き手じゃない分、一昨年よりは楽だけどね。それにしても、ズキーン!と痛みが走る度に、QOLはダダ下がりだよ! またまたこの先1年近く、痛い思いをしなくちゃいけないのかと思うと、嫌になりますなあ。 ほんと、歳をとっていいことなんか、一つもないね! 一っつも!!
July 29, 2026
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研究室で使っている電気ポットがぶっ壊れまして・・・。 研究室でお茶を淹れる時に使っているティファールの電気ポットなんですが、お湯を沸かす度、どこからかお湯が漏れるようになってしまった。 まあ、4,5年は使っているとはいえ、同時期に買って共同研究室で使っている方は、まだ普通に使えているので、なんで壊れたのかなと。 で、よくよく観察すると、ほら、電気ポットって、中の水の量が見えるように、お腹のところが透けているじゃない? あのプラスチック部分にひびが入って、そこが割れちゃたの。 ではなぜひびが入ったのか。おそらく、窓際に置いてあるから。 コンセントの場所の都合上、研究室の電気ポットは窓際に置かざるを得ないのよね。それで、ブラインドを開けていると、直射日光が電気ポットに降り注ぐ。 その直射日光が、プラスチックを劣化させ、崩壊させちゃったらしいのよ。一方、共同研に置いてある同型のポットは、これまたコンセントの都合上、窓から遠いところにあるので、直射日光を喰らわないため、プラスチックの劣化が起こらなかったのでありましょう。 しかし、そう考えると、すごいよね。直射日光。っていうか、紫外線。 それと同じものを、我々人間も、外にいる限り、浴びているんだからなあ。そりゃ、ヤバイわけだ。 やっぱり、アレだね。日傘男子になるしかないな。
July 28, 2026
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昨日、かつてのゼミ生であるMさんがお嬢さんを連れて我が家に遊びに来てくれました~。 でまたこのお嬢さん(Kちゃん)がカワユイのよ~! 7歳でこの4月に小学校に入ったばかり。丁度、乳歯が永久歯に生え変わる時期で、前歯が抜けているのだけど、それがまたカワユイ! もうダメだ。目の中に入れても痛くないとはこのこと。 Kちゃんと遊ぶのはこれで3度目かな? ちなみに、私とKちゃんは文通もしているので(?!)、実際に会った回数より親しいの。 Mさんが私の家内とおしゃべりをしている間、私はKちゃんと遊んでいたんですが、クッションでドッジボールみたいなことをしたり、「すみっこぐらし」のぬいぐるみ(Kちゃんは「すみっこぐらし」のコレクターで、すでに12体くらい持っている)を使って、彼らが学校のプールで泳いだり、バス旅行をしたり、新婚旅行(?!)をする体で、その都度物語を紡ぎながら遊んだり、算数の問題を出し合ったり(Kちゃんは頭がいいので、小学校1年生でもう九九ができる――ただし、9の段は苦手)、まあ、色々なことをしました。 子どもの空想力の面白さ、そして笑い声の屈託のなさ。心が洗われるわ~。 私自身、実は人間ではなく、妖精なので、人間の子供と遊ぶのはすごく得意。人間の子供は、半分、妖精だからね。 可愛らしくて、頭が良くて、性格も良くて、スタイルも良くて、もうこれ以上望むものがないだろうと思うKちゃんですが、お母さんのMさんによると、4月5月は結構手を焼いたとのこと。 子どもにとって、幼稚園から小学校へ上がるというのは、その環境の激変に対応するまで、かなりストレスがたまることのようで、さしものいい子のKちゃんも、学校から家に帰ってくるとすごく不機嫌だったのだそうで。 私から見れば天使のようなKちゃんも、お母さんからすると、時々、小悪魔になるのね。まあ、そりゃそうだよね。いつもいい子だったら、親は苦労しないのであって。その苦労をしてくれるからこそ、親はありがたいのであってね。 まあ、でもMさんはよくやっていますよ。たとえば食事の時は、決して遊ばせないもんね。ながら食事は絶対にさせない。それでいて、Kちゃんが全巻読破をもくろむ『怪傑ゾロリ』の本を、いちいち図書館に予約して借りに行ってあげたり、Kちゃんの子どもらしい望みはできる限り叶えてあげているし、その辺の手綱の引き加減というか、締めるところは締める、甘えさせるところは甘えさせるといった攻守のバランスが素晴らしい。 まあ、なんと言ってもMさんは私の弟子だからね。できた人ですよ。 っつーことで、昨日の日曜日は、MさんやKちゃんに会えて、とてもいい週末だったのであります。 下の写真は、前にMさんとKちゃんが遊びに来た時、私とKちゃんでお絵描き遊びをしたんだけど、その時二人で描いた絵を、Mさんがコップに印刷してくれたの~! もう、家宝にします。どの絵がKちゃんが描いたもので、どの絵が釈迦楽画伯の描いた絵かは、皆さんの想像にお任せします。
July 27, 2026
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永松茂久さんの書かれた『読まない人に、本を売れ。』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 永松茂久さんって、『人は話し方が9割』を書いた人。あの本、令和時代で一番売れた本だそうですが、本書は、永松さんがたこ焼き屋さんをやっていた時から、『人は話し方が9割』を書くまでのヒストリーを中心に、ライティングの極意・・・というか、出版に限らず、あらゆるビジネスの極意的なものを語り尽くした本。 この本を読んでいて驚くのは、永松さんという人の人たらしぶり。 永松さんは、最初、スーパーの片隅でたこ焼きを売る店からビジネスを始めるのですが、それが手一杯になってしまって、一緒にやっていた仲間も「もうやめる」みたいな流れになってきたので、もっとワクワクするような職場にせねばと考えて、多額の借金をして、たこ焼き専門レストランを作ってしまうと。 そんなでっかい箱を作ってしまって、たこ焼き商売でやっていけるのかとおもいきや、徹底したサービスぶりで店は大繁盛。たこ焼き屋なのに結婚式の会場にもされるほどの大賑わいになると。 で、店を披露宴会場として貸し出し、結婚式を盛り上げていたら、新婦の叔父さんに永松さんは気に入られてしまうと。で、その叔父さんがたまたま出版社の社長か何かで、その人から何か書いて見ろといわれるわけね。 で、そうかと思って永松さんは初めて本を書いてみた。それであっという間に書き上げて、その叔父さんのところに持っていったら、その叔父さんは病気になって既に会社を辞めていた。 で、ガーン!となるのですが、永松さんってのは人に可愛がられる人なのか、あれこれやっている間に他の出版社にもコネができ、また、例の斎藤一人さんに妙に気に入られて、齋藤さんから色々アドバイスをもらうわけね。 で、齋藤さんから教わった人生のノウハウを本にしたら、売れましたと。 で、その辺りから永松さんは本を書く仕事を、たこ焼きレストランの仕事と並行して行うようになるんですな。 で、そうやっているうちに、ますます人たらしぶりを発揮し、永松さんの周りには、彼を助けようと骨を折ってくれる出版社の人たちが押し寄せてきて、ついにあの『人は話し方が9割』の出版に至ると。 ってな感じで、この本は永松さんのライターとしての異常な快進撃が綴られている本なんですけど、私もライターの端くれとして、読んでいてすごく面白い、というか、ワクワクしてくる。 結局、永松さんは、齋藤一人さんをはじめ、色々な人からやたらに気に入られて、そういう人たちのアドバイスをじゃんじゃんもらえる人なんですな。で、それをまたとても素直に受け入れていく度量もある。 そういう中で、永松さんは、自分が書きたい本ではなく、人が読みたい本を書く、という大方針を立てるわけ。またその大方針を立てた段階で、彼はライターとして大化けする。 しかも本を出した後も、永松さんを日本一のライターにしようと、必死で頑張る出版社の人たちのサポートも受け、実際に日本一のライターになっちゃったというね。 やっぱり、人に可愛がられるというのが重要なのね。人柄ですな。そりゃそうだよね。だって、出版事業ってのは、書くのも、作るのも、売るのも、読まれるのも、全部人間なんだもの。どの段階においても、人に可愛がられないと、ダメだよね。 いや、それを言ったら、出版以外のすべてのビジネスもそうか。心根のところで、謙虚じゃないとね。 さて、この本を読んだ後で、自分を振り返ると、さあ、どうだろう。私は、謙虚な、人に可愛がられる物書きであると、胸を張って言えるかどうか。 そこを考えちゃうよね。 というわけで、この本、私には大いに楽しめたし、勉強にもなったのでした。いい本ですよ。これこれ! ↓読まない人に、本を売れ。 売れない時代に大ヒットを生み出す秘密 [ 永松茂久 ]
July 26, 2026
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今、豊田市美術館で開催されている「アンドリュー・ワイエス展」を見てきました。 アンドリュー・ワイエスのことを知ったのは、高校の時、英語の授業の副読本か何かであの有名な「クリスティーナの世界」のことを読んだのがきっかけでしたかね。それ以来、独特の画風のアメリカ画家として、身近なところで展覧会があれば行く、という感じで接してきたかな。 で、今回、まさに身近な美術館で展覧会があるということで、早速行って来た次第。 今回は、「クリスティーナの世界」は来ていませんでしたが、いかにもワイエスらしい水彩画は、相当量見ることができたので、その点では大満足。 だ・け・ど・・・。 うーん、どうなんだろう。日本人はワイエスが大好きな国民で、今回の展覧会でも多くのお客さんが入っていましたけど、私自身に関して言えば、そこまで好きな画家ではないかな。確かに、あのアメリカ北東部の荒涼とした風景の感じーーいわば、「水彩のブラマンク」みたいな――は好きではあるけれど、自分でお金を出してこの人の絵を買うかと言われたら、買わないかも。 私の感覚で言うと、ワイエスは少し、実際の実力以上に評価されているのではないだろうか。 それれに加え、今回展示を見ながら、それぞれの絵に付されている解説を読んで思ったのだけど、ワイエスって相当面倒くさい人だったんじゃないかなと 代表作「クリスティーナの世界」もそうですが、ワイエスはご近所に住む人とか、そういうのをモデルにしちゃうわけですよ。 だから、彼が家の近所に住んでいたりすると、大変よ。だって、「絵を描きにきました~」とか言って来ちゃうんだもん。いくらノンビリした時代の、ノンビリした田舎の話だとはいえですよ、朝も早よから他人に家の中にずかずか入ってこられるのって、ちょっと剣呑じゃない? だってこっちはまだ起きてないっつーのに、勝手に他人の家の中に入ってきて、ベッドで寝ている奥さんのあられもない姿とか、絵に描いちゃうんだよ! いくらなんでもコンプライアーンス!っていう感じがするわ。 もし当時、私がヤツの近所に住んでいたとしたら、ヤツが勝手に家に入ってくるのは断るな。親しき中にも礼儀ありだろうっつって。 あと、近所の奥さんだかを描いた一連の絵があって、それはマネージャーでもあった奥さんにも隠していたそうですが、それは完全に怪しい。 というわけで、今回の展示見て確信したんだけど、もう、今後はワイエス展は見に行かなくてもいいかな。彼は私の cup of tea ではないですわ。これこれ! ↓アンドリュー・ワイエス展
July 25, 2026
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8月7日に新著が出るのですが、それに合わせてなのか、何なのか、またまたラジオ番組に出演することになりました~! 今まで「FM愛知」「NHKラジオ」「TBSラジオ」に出たことがありますが、今度は「文化放送」。武田砂鉄さんの番組らしい。『紋切型社会』『「いきり」の構造』の著者である砂鉄さんとおしゃべりができるなんて最高じゃん! そういえば、一昨日、大学に行く途中、例によって例のごとく、白山神社に立ち寄ってお賽銭奮発して、メディア露出できますように、ってお願いしておいたんだった。やばいな白山神社のパワー。 っつーことで、なんかちょっとまたまたやる気が出てきたぞ! 週末も、仕事、頑張るしかねーな!
July 24, 2026
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米原万里さんの書かれた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 有名な本だし、米原さんもライターとして有名なんだけど、なんか今まで彼女の本を途中まで読んでは断念し、途中まで読んでは挫折し、ということを繰り返しておりまして。でも、この本くらいはとりあえず最後まで読むか、と思って頑張って読んでみた。 そうしたら、割とあっさり読めちゃった。今まで挫折していたのは、一体何だったのかね? さて、本書の内容ですが、米原さんは、御父上様が共産党の偉いさんだった関係で、彼女が小学校高学年から中学校まで、チェコのプラハに滞在していたんですな。で、そこで地元チェコの学校に入るのではなく、ソビエト共産党肝煎りのロシア語学校に入り、ロシア語で勉強をするわけ。 そこには、同じような事情で各国の共産党から派遣された人の子弟が通っている。米原さんはそこで世界各国出身の子供たちと学校生活を共にすることになると。 だから、ある意味、みんな外国人なので、日本から行った米原さんも、外国人として差別されることはないのね。もちろんアジア人として差別されることはたまにあったようですが、そこまでひどくはない。 で、米原さん自身は中学2年くらいの時に日本に帰ることになるのですが、クラスメートも同じで、それぞれのお国の事情で、学年の途中で帰国の途につくこともある。つまり、同窓とはいえ、バラバラになるわけね。 そうして、1990年代の初頭にソ連が崩壊すると。もうそうなると、クラスメートがどうなったかなんて、分からないよね。 で、それから三十年くらい経って、米原さんはかつてのクラスメートで特に仲の良かったリッツァ、アーニャ、ヤスミンカという3人に会うため、様々な伝手をたどって彼女たちの現住所を探し出し、ドイツ、イギリス、セルビアに出向くんです。で、そこで彼女たちに会い、中学時代からその時まで彼女らに何があったのかを聞き出す。 ま、この本は、そういう、かつてのクラスメートたちに何十年かぶりで再会する、ということをテーマにしたエッセイ集であると。 だから、3つのストーリーとも、二つのフェーズがあるわけ。プラハ時代の彼女たちがどんな子だったかというフェーズと、それからその子たちがどういう暮らしをしてきたかというフェーズ。 で、そこに彼女たちが経験せざるを得なかったソ連、及び東欧諸国の暗部が関わってくる。そこが、共産主義諸国の怖いところでね。 共産主義というと体裁はいいけど、結局人間の作るものだから、腐敗が起こる。共産党幹部とその家族は、一般庶民とはくらべものにならないようなぜいたくな暮らしができる一方、ちょっとした主義・主張の違いが生じるとすぐに裏切者扱いになって、とんでもない冷遇が待っていたりする。それは国と国との関係もそうで、ソ連の忠実な衛星国であるうちはいいけれど、チェコのように自由思想を取り入れようとすると、「プラハの春」みたいな感じで、ソ連の軍隊が蹂躙しにやってきたりする。 でまた、東欧諸国の民族的な問題もあって、ユーゴスラビアみたいに国自体が四散するようなことになったりもするし、チャウシェスク政権下のルーマニアみたいに自由のない国もある。 そういう政治的なあれこれに、米原さんの元同窓たちも否応なく巻き込まれ、翻弄されていくのね。またそういう状況の変化の中で、彼女たちは必死に対処していくわけだけど、その対処の仕方に、やっぱり、その人なりの個性が反映してくる。 だからこの本は、単に「懐かしい友達に会ってきました~!」というインスタ的な単純な本ではなく、社会と人間の格闘の成り行きの本なのよ。となると、当然、同窓生の嫌な面も見なくてはならないケースもある。 でもそういう嫌な面も含めての友達だから。それに、向こうには向こうの言い分だってあるだろうしね。向こうから見たら、日本でのうのうと暮らしている米原さんになんか言われたくない、ということだってあるに違いない。 そういう意味では、シビアな本よ。 ということで、ついにこの本を読み終えることができたけど、読んだら面白かったです。これこれ! ↓<7/19 ~26限定 全品15倍 要エントリー>嘘つきアーニャの真っ赤な真実/米原万里
July 23, 2026
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編集者・評論家・タレントの山田五郎さんが亡くなりました。享年67。 この人を最初に見たのはいつだったか。『タモリ倶楽部』の「おしり評論家」としてだったか・・・。もちろん、この番組の中でも面白いことをおっしゃるのですが、その言葉の端々に知性を感じさせるところがあって、一層、「この人、何者?」感を強めたのを記憶しています。 その後、この人が上智大学出のインテリで、講談社の情報誌にして時代の最先端を行っていた『ホットドッグ・プレス』の編集に関わったほか、西洋絵画や機械式時計など、様々な分野のマニアックな通人として、活躍されたのは誰もが知る通り。 私には「上智大学出のライターって、面白い人が多い」という持論があって、菊地成孔なんかもそうなんだけど、山田五郎さんもまさにその一人。 YouTube の自身の番組で、絵画についての蘊蓄を語っておられるのを私も時々見ていたのですが、つい最近、その番組内で「食べられないし、歩けないし、煙草も吸えないし、もうダメ」とおっしゃっていて、これは本当にお悪いのかなと思っていたのですが、やっぱりダメでしたか。 昨日、岡田林太郎さんの『憶えている』という本を読んで、癌を病むことの意味、みたいなものを考えていたので、今日、また一人、癌に倒れた山田五郎さんの訃報を聞いて、うーん、と唸ってしまった次第。 67歳、知的ライターとして、まだまだ健筆をふるっていただきたかったですが、その山田さんが死の直前まで頑張って刊行された最新刊『光の西洋絵画史』(創元社)、私も是非買って、異能のタレント・山田五郎さんのことを偲びたいと思います。合掌。
July 22, 2026
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岡田林太郎さんの『憶えている』という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 岡田さんは1978年生まれですから、私より15歳ほど年少ということになる。彼は早稲田を出て、出版社に16年ほど勤めた後、2018年にひとり出版社「みずき書林」を起ち上げます。40歳にして独立した、ということですな。 で、ちょっぴりの不安と大いなる夢を抱えて、自分が本当に出版したいと思う本を書肆として手掛ける、そういう船出をするわけ。ところが・・・ ところが2021年の8月に腸閉塞で緊急入院することになる。そして大腸を大きく切除するのですが、そこでがんが見つかるんです。それだけではない。がんは胃にもあり、すでにステージ4でした。 40代、働き盛りであり、まさに自分の天職を始めたばかりのところで、岡田さんは自分の先がどうやらそれほど長くないことを知るわけ。 それ以前、岡田さんは日記(ブログ)をずっと続けていたのですが、がんが見つかって余命いくばくもないことがわかってから、つまり死期を悟った時点で、そういった視点からもう一度その日記を読み直す、というか、書き直す、という作業を始めます。 ここがこの本の面白い・・・と言っては不謹慎ですが、面白いところ。岡田さんの日記は、がん告知を境にして、二重構造になっていくわけ。すなわち、自分が死ぬとは知らなかった時に書いた文章を、死ぬことを悟った目でもう一度読み直し、検討し、ある意味では書き直す作業をしていく。過去の文章と現在の文章が二重らせんのようになって、同時進行していく。 果たして、こういう形の「日記」が、これまでにあったかどうか。 とにかく、そういう形で、死期を悟った岡田さんは、過去と現在を行き来しながら、確実に一歩一歩死に近づいていく自分を俯瞰するんです。 これは苦しい。書いている方はもっと苦しいだろうけれども、読んでいる方も苦しい。 でまた、悪いことに・・・いや、良いことに、なのかな?・・・がんの進行というのは、一直線ではないわけ。もうだめかと思えるほど悪化したあと、不思議と体調が良くなって、仕事に復帰できるほどに回復したりする。しかし、そうやって患者に「ひょっとして」と寛解の夢を見させた後でまた悪化する。その繰り返し。 でも、患者は、というか、岡田さんは、「やっぱりダメなんだろう」という絶望から完全に逃れることができない。死は、突き付けられた現実であり続けるわけ。 そういう中で、岡田さんは残された人生の時間を、出来る限り充実させようと頑張る。「自分は不運ではあるけれど、不幸ではない」と言い切るところまで。 岡田林太郎さんは、2023年7月3日、だから今から3年程前に、45歳の若さで永眠されたそうです。 いやはや、苦しい読書でした。 苦しいというのは、この本を読みながら、「もし自分だったら」と考えてしまうから。 もし晴天の霹靂で、「はい、あなたはステージ4のがんです」って言われたら、俺はどうする? と、そんなふうに考えちゃいますからね。 まあ、私は自己啓発思想の研究者ですから、思想的には準備OKよ。この世のことはすべて一夜の夢、自分は神の懐から一度も離れたことがないので、私を脅かすものは何一つないと思っているからね。 でも、それは健康体の今だからそう確信できるので、実際に医者から死刑判決をくらったら、分かんないよね! やっぱり、絶望したり、気が弱くなったり、醜態をさらすかもしれない。 がんは、死ぬまでに準備期間があるからいい病気だ、なんていう人がいるけれど、やっぱり、その準備期間は辛いのではないかと、思いますなあ。 まあ、望むらくは、私の父や母がそうであったように、穏やかな老衰で死にたいもんですな。 でも、とにかく、メメント・モリですよ。この本、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓憶えている 40代でがんになったひとり出版社の1908日 [ 岡田 林太郎 ]
July 21, 2026
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いやはや、1カ月以上にわたって楽しんできたサッカー・ワールドカップ、終わっちゃいましたね・・・。 ハイライトで決勝の様子を知りましたが、あのメッシ率いるアルゼンチンですら、スペインの堅い守りを崩せず、まともなシュートができなかったとのこと。点差は1-0でしたが、実際にはその点差以上の力の差があったのかもね。 それでも、アルゼンチンが最後の最後で1点入れて、1-1のPK戦に持ち込めば、あるいは・・・ということも可能性としてはあったものの、数少ないチャンスをものにできなかった。メッシファンとしては、ちょっと残念でした。 でもまあ、この夏最初のイベントとして、十分、サッカーを堪能しました。日本代表も、リーグ戦の時はなかなかいい線行っていたしね。 っていうか、逆に、これだけ楽しんでしまうと、それが急になくなってしまうのが寂しい限り。 いや、待て。来週から『VIVANT』が始まるか・・・。 サッカーW杯ロスによる空白は、『VIVANT』で埋めるとしましょうかね。
July 20, 2026
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オフコースの名曲「眠れぬ夜」、あれ、もう発表されてから50年が経過したんだってさ。半世紀だよ、半世紀。これこれ! ↓オフコース「眠れぬ夜」 それにしても、今時の歌と違って、ちゃんと意味のある歌詞がある歌って、いいよね~。半世紀の時の経過に耐えるもんな。 ところで、オフコースと言えば、私にはある仮説がありましてね。あれは中高一貫進学系男子校の歌なのではないかっていう。 というのは、私が高校の時に在籍した、横浜にある某中高一貫進学系男子校で、オフコースって、すごく人気があったのよ。 それもね、ただ人気があるのではなく、オフコースの感性が、その男子校の中に息づいていたという方が正しい。 ちなみに、もともとオフコースのメンバーは、横浜にある某中高一貫進学系男子校の出身でしょ。それを知った時、なるほどな、やっぱり・・・と思いましたもん。 じゃあ、中高一貫男子校、それも進学系で知的な生徒が多い学校で、なぜオフコースなのか。 私は、小学校・中学校まで、男女共学の超お金持ち私立学校に在籍していたのよ。で、高校からその男子校に行ったわけ。 それで驚いたのは、クラスメートの知的男子たちが、やたらに女の子にもてたがっていた、という事実。ほとんど、飢えている、と言ってもいいほど。まあ、思春期だからね。 ところが、共学の私立一貫校で中学まで育った私には、「女の子にもてたい」という感覚がなかったんですな。もちろん私にもクラスの中に好きな女の子はいましたが、「(不特定多数の女の子に)もてたい」という風に思ったことはないのよ。だから「なんでそんなに女の子にもてたいのか」というのが全然分からなかった。 だけど、男子校でしばらく暮らしてみて、何となく、その理由が私にも分かるようになりました。 中学時代からずっと男子校で育ってきたクラスメートの連中は、要するに、同世代の女の子の何たるかを知らないわけ。しかも、進学校だから、勉強が忙しくて、あるいは真面目で引っ込み思案な子が多いので、わざわざ他校の女の子に手を出す、というような大胆なことはできない。 となると、彼らの頭の中にある女の子というのは、平凡パンチのグラビアに出てくるような子になってくるし、その言動も、空想をたくましくするほかないわけよ。 で、そうやって頭の中の空想だけで、彼らは女の子たちと付き合っているわけね。しかも、その空想欲はものすごく強い。 で、その空想の中で、彼らは理想の女の子たちと付き合い、そして、いつか別れを経験する。だって、彼らの空想の中では、「付き合っていた女の子と別れ話をする」というのが、ロマンス的な意味で最大の山場なんだもん。 で、生身の女の子と付き合ったこともないエリート男子校生のたくましい空想の中で、ある日、女の子と別れ話になる。 その時、彼らの頭の中で鳴り響く音楽は何? オフコースでしょう。 そう思って、「眠れぬ夜」とか「さよなら」とか、聴いてみ。最高だから。 っていうか、そもそも「目の前にひざまずいてすべてを忘れてほしいと涙流」したりする女の子なんて、現実には存在しません。いるわけないじゃん、そんなの。そういう女の子は、中3の時点で高1の教科書をほぼさらっている中高一貫進学系男子校の生徒の頭の中にしか住んでないのよ。 だからオフコースって、中高一貫進学系男子校の歌なのよね。 このからくりが理解できると、オフコースの感性って、本当によく分かるよ。 ということで、「眠れぬ夜」を懐かしく聴きながら、遠い高校生時代のことを思い出していた今日のワタクシなのでありました、とさ。
July 19, 2026
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