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アンソニー様は、押し寿司の型を自分で作ると宣言した次の日に、木材を買って来てしまった。次回、日本訪問の際、購入しようよー、という私の申し出は却下された。写真を見て、さらに自分のアイデアを組み込んだものを作りたいらしい。やれやれ。。。彼に付き合うのは、大変なのだ。というのは、すっごく完璧主義者だから。ちょっとの狂いでも、きーっとなってしまう。自分に腹を立てて怒るのだ。だから、私とニーナは、お手伝いをしながら、隅っこで大人しくしている。日曜日の午後、彼は何時間も、寒い中、外で、丁寧に仕事をしている。木を組み合わせて作るので、かなり時間がかかっているようだ。なんだか、いい感じのが出来上がってきましたぞ。ちょっと、本物と違うのは、南蛮人製ということで、ご愛嬌。しかし、彼の仕事は丁寧だ。今週には、押し寿司が食べられるなーなんて思いながら、空を見上げると、白い物がちらほら。いくら寒いとはいえ、ポルで雪が降るなんて想像していなかったから、誰かが、ゴミでも燃やして、灰が飛んでいるのかと思った。(田舎なのでよくあること。)どんどん、白いものの量が増して来た。雪だった!どうりで寒いはずだ。足がじんじんするし、お腹も痛くなって来た。作業は、切りのいいところで辞めにした。このあたりでは、湿ったボッタリした雪が、かなり降った。もちろん積もる気配はなかったが、、、近所の子ども達は、大騒ぎで庭に出て来た。小さな子供は、雪を掴む仕草を繰り返している。あの子たちは、初めて雪を見たのかもしれない。。。アンソニーは、興奮気味に、実家に電話をかけ、雪が降っていると報告していた。あー、ここにも雪を珍しがる南蛮人がいたのだった。
2006年01月30日
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我々の日本滞在中に、熱海温泉に行った。熱海では、芸者さんの踊りが見られる。(土日のみ)我々、日本人だって、芸者さんの踊りなんて見た事ない人が、ほとんどだ。まして、貧乏外人旅行者なんて、芸者踊りなんて、夢のまた夢。それが、熱海では、1500円程で、見られるので、ラッキーだ。座席は、畳。緑茶と温泉まんじゅう付き。満席だった。内容は、期待以上だった。というのは、私自身、芸者踊りを見た事がなくて、感動したからなのかもしれない。外人用はとバスツアーに採用される予定、というのも納得出来る。東京の料亭で、何人かで芸者を呼んで、大枚をはたくらしい。大満足。そのあと、記念撮影のチャンスも与えてくれる。アンソニーはもちろん、私も両親も混じって、記念撮影。翌日は、富士箱根バスツアーに参加した。箱根の富士と言えば、昔から日本絵になるほど有名だ。集合場所には、かなり多くの観光客が集合していた。お揃いの、バッチを胸につけて、バスに乗り込む。わくわくして来た。こんなバスツアーは、何年ぶりだろう。バスガイドさんは、ベテランのおばちゃん。愉快にバスツアーが始まった。箱根の山を、どんどん上って行く。同時に、雪が見え始める。ロープウエーに行く前に、集合写真。一番前に陣取って、記念撮影。箱根芦ノ湖の遊覧。水族館見学。ついに、富士山に一番近い場所に到着した。バーン!!実は、バスツアーに参加する前に、アンソニーはごねていた。『富士山に、近づけないのなら行きたくない。』私の説明も悪かったのだが、彼は富士山に、足を踏み入れられるとでも思っていたらしい。でも、富士山は、遠くから、様々な景色と一緒に見た方が素敵なのだ。しかし、その雄大な富士を見たとたん、彼は自分の考えが間違いだった事に気が付いたようだ。私に、ごねた事を誤って来た。その後、箱根を下り、様々な温泉地を通り過ぎる。バスガイドさんは、喋りっぱなし。足柄山の金太郎さんの話や,皇族の避暑地、温泉地の説明。息をつく暇もない。私も、つたないポル語で、ガイドさんの説明を聞きながら、アンソニーに説明する。疲れた。喉が渇く。しまいには、ガイドさんが、歌を歌い始めた。すると、アンソニーが、こう私に質問した。『このセニョーラ(バスガイドさんのこと)は、いつ黙るのか?僕は、ゆっくり景色を、堪能したいのだけど、、、』『このセニョーラは、決して静かになる事はありません』と、私。アンソニーは、日本人のプロフェッショナルに、いたく感動した?びっくりしたようだ。ガイドさんの、止めどない案内にも関わらず、バスが、終着点についた時、ほとんどの日本人(バスの後部に座っていた人たち)が曝睡していた様子を『これはすごい!!』と、写真に収めていた、アンソニー様。日本のバスツアーを、十分満喫したご様子。
2006年01月29日
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アンソニーの、初めての日本旅行は、いろいろ面白いことがあった。1年前のことなので、もう忘れかけているが、面白かった事を、数回に分けて、取り上げてみよう。我々が、日本へ到着したのは、朝9時。長旅の疲れと、時差ぼけで、眠かったのだが、そこで寝てはいけない。元気を振り絞って、街に繰り出した。アンソニーは、鼻風邪を引いていたので、タダでくれるポケットティッシュに大喜び。毎回、手を出してもらっていた。あのー、それって、テレクラのティッシュなんですけどー。テレクラの意味は、分かったのだろうか?それから、ユニクロへ。彼は、気に入った物を見付けたようだ。私が、若い店員さんに頼んで、アンソニーは試着室へ。そして私は、そのあたりをフラフラと見ていた。ところが、何やらただならぬ気配がするではないか。お店のお兄さんが、あたふたしている。アンソニー様、土足で、どかどか試着室へ入って行ったのだ。お兄さんは、それを注意する事が出来なかったようだ。私がいけなかったのだ。家に入る時は、靴を脱ぐとは教えたが、試着室のことはすっかり忘れていたのだ。外国って、試着室も土足だものね。アンソニーを呼び出して、靴を脱がせた。お兄さんも、ホッとした表情。。。それが、最初の靴との格闘。その後、いろいろな場所へ行く度に、靴を脱がなくてはいけなかった。庭園の中にある、古い日本家屋や茶室などは、中を自由に見て回れるようになっていたからだ。彼の履いて来た靴は、ひもを結び直すタイプのものだった。毎日、毎日、靴を脱いで、またひもを結び直さなくてはならない。この繰り返し。靴を脱ぐ場面になると、『またかー!ふーっ。』と、ため息まじりのアンソニー。我々日本人は、靴を脱いだり履いたりすることに慣れているが、外人には、やっかいな作業だ。最後に、彼は結論に達したようだ。『次回、日本に来る時は、ひもを結ばなくてもいい靴を履いて来る!』
2006年01月28日
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去年の今頃、我々は、日本にいた。アンソニー様にとっては、初めての日本訪問。さらに、初めての、ヨーロッパ脱出だった。ポルトガルからは、日本への直行便は無いので、ロンドン、フランクフルト、パリなどの大都市で乗り換えなくてはならない。ポルから日本へは、家を出発してから、ほぼ一日がかりと言ってもいいだろう。アンソニーは、飛行機を使って、そんな長旅はした事がない。初めての長旅に、興奮気味だった。同時に、分からない事がいっぱいで、不安だったようだ。私に、こう質問した。『飛行機の中で、着替えるのか?』笑いたい心境だったけど、笑ってはいけない。語学学校で、『一般ポルトガル人は、海外旅行をした事が無い人がほとんどだ』と、習ったからだ。一般ポル人が、海外旅行の経験が無いのは、お金が無いせいもあるのだろう。(もちろん、隣のスペインには訪問した人も多いと思うが、これは隣の県にいくようなもので、本格的な海外旅行とはいえないだろう。)冗談で、『パジャマにでも着替える?』と言い交わして、誰も飛行機の中で着替えない事を説明し、機内でも楽なズボンを、購入する事を提案した。こうして、アンソニーの初めての日本行脚が始まったのだ。あれから1年、月日が経つのは早いものだ。
2006年01月27日
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最近、アンソニーの小鯵さばきに、磨きがかかって来た。→板前アンソニー速いし、きれいなのだ。そんな訳で、食卓に、小鯵寿司が登場する機会が多い。本屋で、ポルトガル語の寿司の本を見付けたので、彼の為に購入。様々な魚のさばき方や、にぎり寿司の作り方などが、詳しく載っている。食い入るようにみるアンソニー。『今度は、これを作ってみる!!』それは、押し寿司だった。『それは、木製の型がないと駄目なのよ。』『それを自分で作るのさ!写真がちゃんと載っているし、もっといい物が出来ると思うんだ。』どうやら、サバを酢でしめて、サバの押し寿司(バッテラ)が作りたいらしい。それから、アンソニーは、木製の型のデザインと、彼独自のアイデアを話し始めた。そりゃあ、大工の祖父の手伝いをしてきた、彼の大工仕事は、プロ並みだとは思うけど、、、押し寿司の型を、自分で作るとは、、、『ねえねえ、次回日本訪問の際に、見てみましょうよ』と、私。でも、アンソニーの意思は固い。やれやれ、どうなることやら。押し寿司が、我が家で食べられるのも、そう遠くはなさそうだ。盛りつけ Byアンソニー
2006年01月25日
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ポルのドラマは、つまらないものが多いのだけど、ついつい見てしまう。知らない単語や、言い回しなどを知る事が出来るからだ。ドラマの内容は、簡単なもの程、私には理解しやすい。時々、気になるのは、女性が『conquistar』という単語を使う事。英語の『conquer』と同じ意味で、『征服する、獲得する』という意味だ。ポル語では、他に、『愛情を得る』という意味もあるらしい。ドラマの中で、好きな男性がいる場合に、『こちらに振り向かせたい、恋人同士になりたい』という場面で、使われる。しかし、『conquistar』という言葉を使う女性に限って、とても強くて、自信満々。とても『愛情を得る』という、かわいい意味には、思えない。まさしく、男を『征服する』っていう、意気込みが感じられるのだ。ドラマの中では、10代の女の子達も、この単語を使っている。これは、ドラマの中だけの話なのだろうか?もしかして、多くのポルトガル女性には、男を『征服する』野望と自信があるのか?などと、思ってしまう今日この頃なのだ。
2006年01月24日
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ポルでは、1月になると、スーパーのいろいろな物が値上がりしている。新年早々、スーパーで、『ポルでの生活も、楽じゃないのね』と、厳しい現実を見せつけられるのである。そんな中で、オリーブオイルの値段が、高騰していることに気が付いた。去年までは、そんなに高くなかったのに、、、、オリーブオイルが、陳列されている棚の前で、暫くたたずむ私。ふと、去年の秋に見たニュースを思い出した。『オリーブオイルの値段が、30%上昇する』その時は、30%の上昇なんてあり得ないと、あまり気にも留めていなかったのだが、、、詳しい数値は分からないが、いつも買うオリーブオイルのブランドは、20%は値段が上がっていると思われる。ひえー、ニュースは、本当だったのだ。値段の上昇は、オリーブオイルの不作とか、いろいろ原因があるようだ。アンソニー曰く、ポルのオリーブオイルは、作業の手間や品質に比べて、もともとの価格設定が低すぎるのだそうだ。ポルトガルに来て、初めて、オリーブオイルをふんだんに使う料理の面白さに、気が付いた私。オリーブオイルをケチっては、料理もおいしくならないだろう。去年のうちに、もっと買溜めしておくべきだったと、後悔する私なのだ。
2006年01月23日
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海外に住む日本人の中には、電気炊飯器を持っている人も多いと思う。家には無いので、いつも鍋でご飯を炊いていた。両親が、訪ねた時、いつものように鍋で、ご飯を炊き、市販のちらし寿司のもとを利用して、夕飯に出した。どうやら、父には、とてもまずかったようだ。イタリア産のジャポニカ米を使ったのだが、お米の味というより、ご飯の炊き方に問題があったらしい。そんな事を覚えていたのか、父は、ご飯を炊く土鍋を、ドイツに行く母に託してくれた。日本から、母がリュックサックに入れて、運んで来た土鍋は、ドイツから、私のリュックサックに入って、ポルトガルまで来たのだった。実家では、ハイテク電気炊飯器はもう使っていないらしい。もっぱら、この同じ土鍋で、毎回ご飯を炊いているようだ。父ご自慢の土鍋。これが、とてもよくご飯が炊けるのだ。おいしい!どうやら、二重の中蓋に秘密があるようだ。ポルで買う米は、日本の米より水分が少ないのか、この土鍋に添付されていた表示の水分量に従うと、固く炊きあがってしまう。表示より、水を多く入れなければいけない。そのような、試行錯誤が続いたが、今では、ちゃんとおいしく炊けるようになった。ポルでは、日本のように、白米だけを食べる事は無いので、この土鍋を使うときは、もっぱら、おにぎりか寿司を作るときだけ。昨日は、小鯵を買って、アンソニーにさばいてもらった。酢でしめてあるので、今夜は、お寿司の夕べですな。今日も、出番ですよー。宜しくお願いします、土鍋ちゃん。
2006年01月20日
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外国に住んでいると、日本の食品を、とてもありがたく感じる事が多い。特に、ポルでは、日本食材は、中華食材店の片隅に陳列されているのみで、とても高価なのだ。日本からのお土産で、食料品をもらい、嬉しくて、いつ食べようかなーなんて思いながら、戸棚の奥深くにしまい込む。で、忘れてしまう事も多い。気が付いた時には、賞味期限ギリギリだったり、ちょっとオーバーしていたり、、、でも、『これは日本製品だから大丈夫』とか、『乾燥品だから大丈夫』とか、勝手な言い訳、または暗示をかけて、食べる。賞味期限に関しては、かなり寛容になって来た私。しかし、中華食材店では、賞味期限をしっかりチェックしないといけない。時々、賞味期限切れの食品を、平気で売っているからだ。今日、発見したのが、もともと製品(中国製)に記してある賞味期限の上に、新たなシールを貼って、賞味期限を延長させてある商品。げげっ!!輸入した商品には、輸入元、原材料、賞味期限などを、ポル語で書いたシールを貼らなくてはいけない様なのだが、このシールの賞味期限(今年の6月)より、ずーっと前に(去年の6月)、もともとの製品の賞味期限が終わっていたのだ。恐い!こんなもの食べられない!医療事情はよくないので、自分の身は自分で守らなければ。。賞味期限に寛容になれるのは、日本から持ち込んだ、日本製品だけかもしれない。よかったー、気が付いて。これは、サバイバルゲームの罠なのかもしれない。。今日も無事だ。
2006年01月18日
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先日、とある昼食会が、日本食レストランであった。思っていたよりも、大勢の人が集まっていて、その半数以上が、ポルトガル人だった。そこに来ていたポルトガル人達は、親日家ぞろいで、中には、7回日本へ行った人もいた。ポルトガルでも、日本食ブームのようで、ちょっとお金を持っている人や、学がある人のなかでは、日本食を食べる事が、『上品』なことのようだ。皆さん、日本食は何回か食べた事があるようで、お箸を使って、上手に食べていた。が、ひとり、お箸を使えないポル女性がいた。周りの日本人達で、使い方を教えたが、どうもうまくいかなかったようだ。すると、ポル人ウエイターが、やってきて、輪ゴムをポケットから取り出して、お箸に細工をし始めた。出来たのが、これ。輪ゴムを2個使い、その間には、割り箸の袋を折り畳んで、挟んである。(これは、家で、再現したもの)お箸を挟む(力を入れる)と、ものがつかめ、力を抜くと、お箸が離れる。そう、これは、即席ピンセットなのだ。なるほどねええーー。これなら、お箸初心者の外人さんでも、上手に、日本料理が食べられる訳だ。相手に、恥をかかせないですむ。いいアイデアだ。お勉強になりました。次回、日本食ホームパーティーで、お箸初心者を招く時は、輪ゴムを用意しておかねば。。。
2006年01月16日
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Skypeにしてから、日本の実家へ電話をかける機会がぐっと増えた。それまでは、安い国際電話テレカを使っていたが、やはり長電話は無理。テレカで、電話をかけても、料金を気にしているので、込み入った話は出来ない。具合が悪くても、泣き言を言うと、それなりに料金がかさむので、『大丈夫』と嘘をついていた。しかも、国際電話のテレカは、リスボンや大きな街でしか売っていないのが、ネックだった。Skypeは、IP電話。Skype同士だと、チャットはもちろんだが、世界中タダで喋れる。一般の電話にもかける事ができて、すごく安いのだ。日本へ、一般電話にかけると、1分3円程。安いので、つい長話をしてしまう。面白いのは、彼が、ポル国内の実家に、Skypeを使って電話するのも、ほぼ同料金(3円弱)。日本と長電話をしても、文句は言われない。ありがたい機能は、一度に5人まで、同時に喋れること。まだ、5人には、挑戦した事がないが、3人ならよくある。実家の母と、姉と私。最初は、私から母と姉に、電話をかけたはずなのに、母と姉がどうしてつながっているのか、混乱していたようだ。それで、3人の井戸端会議が始まるのだ。私たちは、もう一つ、いい活用法を発見した。クリスマスにドイツで、母と待ち合わせをした時、父は、日本に一人だった。心配なので、電話をしたいが、時差もあり、我々のドイツでの活動時間には、父に電話をかけられなかった。しかも、ホテルから電話をかけると、とても高い。そこで、Skypeの登場。最初は、アンソニーがドイツの、私のいる部屋へ電話をする。同時に、アンソニーが、日本の実家へ電話をする。父が電話に出ると、私と父が喋る事が出来る。アンソニーは、会話は全く分からないので、黙って聞くのみ。昔の電話交換手の役目だ。未だに、どうして3人で電話が出来るのか、よく分からない両親。彼らに、パソコンがあったら、Skypeでただで、何時間でも喋れるのに。。。Skypeのお陰で、前よりも、日本の両親、友達との距離が縮まったような気がする。それまでは、陸の孤島に住んでいるような気分だった。また週末がやってきた。母と姉に電話して、井戸端会議でもするかー。やはり、声を聞くと安心するものだ。
2006年01月13日
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最近、この辺りで、猫の姿をよく見るようになった。私の車のボンネットにも、足跡が、、、新しく引っ越して来た家で、猫を飼っているようだ。それと、隣の家でも、野良猫に餌付けを始めたのが原因だ。どうやら、猫の恋の季節がやって来たらしい。なにやら騒がしい。ニーナは、猫が嫌い。彼らの怪しげな行動に、興奮気味だ。ポルトガル語で、猫がみゃーみゃー鳴く事を『miar』というらしい。知らなかった。滞在3年半にして、初めて知った単語。今まで、猫とは無縁だったから、知る機会がなかったのかも、、、ふうーん、『miar』か。その通りって感じ。猫の行動と、単語の音がぴったりだ。普段は、新しい単語が頭に入ってこない私でも、これは納得。すんなり、覚えられた。
2006年01月12日
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写真は、12月に、ドイツのニュールンベルグで見付けたかつら屋さん。目が釘付けになってしまった。グリーンのアイシャドウがすごい。こんな化粧をしているドイツ人女性に会った事はないぞ。10年以上前に、大学卒業旅行で、初めて、ドイツに行ったときのことを思い出した。小さな街は、早く商店が閉まる。真っ暗な中で、通りで、一件だけ、ショーウインドウの照明を付けている店を発見した。好奇心旺盛の我々は、誘蛾灯のように吸い込まれて行った。かつら屋さんだった。その後のドイツ生活で、ドイツ人女性の多くが、髪の毛が細くて、コシがないと悩んでいる事を知った。髪の毛に悩む知人は、髪の毛を強くする?薬を飲んでいた。シャンプーだって、ボリュームをアップする商品も多い。髪の毛の多い日本人が使ったら、爆発してしまうかも。。。私は、恐くて、この手のシャンプーは使った事がない。かつら屋さんって多いのかな?実際、こんなに、はっきりと分かるかつらを付けているドイツ人女性に会ったことはない。踊りに行ったり、パーティーで変身するには、いいかもしれないけど、、、ショーウインドウの前で、しばし眺める私なのであった。
2006年01月11日
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ポルトガルで、professorというと、一般的には、学校の先生の事だ。女の先生の場合は、professora。ところが、先生に呼びかける時は、professorとは呼ばない。うやうやしく、『Senhor doutor』となのだ。略して『ソトール』となる。どういう風に、綴るのか分からない。女性では、『Senhora doutora』、略して『ソトーラ』となる。ドラマでは、よく使われている。医者の場合も、同じ。先生という立場には、この敬称が使われるようだ。そういえば、弁護士も一緒だ。近くの薬局の女主人は、従業員に、『doutora』と呼ばれている。女主人は、薬学部を卒業した人らしい。先日の日記の続きのようだが、ここでは、高校を卒業する人は少ないので、大学なんかを卒業すると、グーンと格が上がるようだ。医者でもないのに、『doutora』って呼ばれちゃうんだから。看護士は、『enfermeiro』。呼びかける時には、『Senhor enfermeiro』。看護婦では『Senhora enfermeira』。このSenhorやSenhoraが付くと、妙によそよそしくなってしまうと思うのは、私だけかな?医者は、ちょっとお高いところにいるので、患者と医者の間の橋渡し役として、『看護士さん!!』って、気軽に話しかけたいところなのだが、、、医者の『Senhor doutor』と同様に、看護士『Senhor enfermeiro』も遠い存在に思えてしまう。。これは、去年の入院中に思った事。もうひとつ。大学の学生が、教員を『professor』と呼ぶ事ができるのは、その教員が、博士号『doutramento』を持っている場合だけらしい。なんか、ややこしいのである。。。
2006年01月09日
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先日、面白い記事を見つけた。『ポルトガル人の雇用主で、高校卒業以上の学歴があるのは、全体の雇用主の四分の一のみ』つまり、工場、会社、店、事務所などを持っていて、使用人を使っている人(雇用主)の4分の3は、高校を卒業していないということだ。ほとんどの雇用主は、高校中退か、中卒か、または、それ以下か。。。これは、過去に、ポルトガルが、いかに教育に力を入れてこなかったか、と言う事をあからさまにしていると思う。高校卒、大学卒だから、偉いと言う訳ではないが、この統計結果は、他のヨーロッパ諸国と比べても、お粗末な結果のようだ。お隣のスペインは、高校卒業以上の雇用主は、全体の50%らしい。ヨーロッパ全体では、雇用主の71%が、高校卒業以上の学歴を持っている。ちなみに、雇い主が、大卒の資格を持つのは、ポルで11%、スペインで27%、ヨーロッパ全体で29%。学歴社会の日本とは反対に、学歴が無くても、雇用主になれるというのは、いいことかもしれない。しかし、教育者アンソニーは、それでは、世界と戦えないから駄目なのだと言う。たしかに、中国製品などに押されて、いろいろな工場などが倒産している現在の状況をみると、ワールドワイドに考える頭を持った雇用主が必要なのだろう。もうすぐ、ポルトガル大統領選挙がある。一人の立候補者を指差し、『再選を目指すこの人は、在職中に、教育に全くお金を使わなかったから、ポルの教育が駄目になった』と指摘する。以前は、大差なかった隣国スペインが、経済的にも大きく発展し、ポルを引き離したのは、スペインが教育に力をいれたからだそうだ。そういえば、最低月収も、スペインは700ユーロに対し、ポルは400ユーロに手が届かない。やはり、国を変えるのは、教育なのだろうか。次期大統領は、教育にお金を使うのだろうか?乞うご期待。
2006年01月06日
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アンソニーが、役所に、書類を貰いに行くというので、付いて行った。雑居ビルの、ワンフロアーに、様々な書類を申請する窓口があった。その他、2つの窓口があった。『結婚課』とでも、訳すのだろうか?もう一つは、『離婚課』。『結婚課』の方は,ガラガラだった。まあ、時期も悪いのだろうけど、、、6月の結婚シーズンになったら、混み合うのだろうか?それに比べて、『離婚課』は、大賑わいだった。小さな受付に、6組のカップルがひしめき合っていた。新年早々、離婚の手続きをする人が、こんな田舎にたくさんいるのかー。そう言えば、去年のニュースで、『離婚をするカップルが増える一方で、結婚を申請するカップルが激減している』と言っていたけど、それを目の当たりにしたという感じだ。アンソニーが、『あの窓口で、離婚の手続きに来るカップルは、まだいい方だよ。裁判沙汰になって、離婚手続きが長引いているカップルも、多いのだから。。。』なるほど。そういえば、あそこにいたカップルたちは、険悪なムードではなかった。弁護士などが、必要のない、円満解決の離婚なのだそうだ。ふうーーん。片田舎で、現在の、ポルトガル婚姻離婚事情を垣間みたようだ。
2006年01月05日
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そうか、今年は戌年なのか。他の人のブログや、日本からの年賀状で、気が付いた。そういうことに、疎くなっている私。ということで、犬の写真を載せてみよう。名前は、ルナ。アルゼンチンドッグのメス。生後一ヶ月半。アンソニーの弟の子供が飼い始めた。クリスマスプレゼントだったようだ。ルナは、お姉さんのところにいる、リッツの妹だそうだ。実は、リッツは、耳が全く聞こえない犬だったのだ。周りの世界に無関心だったのも、呼んでも反応しなかったのも、そのせいだったのだ。それを知ったブリーダーが、ルナと交換してあげると言ったようだが、家族はリッツを溺愛しはじめていたので、その申し出を断った。もし、リッツを返したら、間違いなく殺される事が分かっていたからだ。そんな訳で、ルナは、クリスマスプレゼントとして、サントス家にやって来た。無料のクリスマスプレゼントだったけど、後で莫大な飼育費がかかること間違い無し。夏には、子犬だったリッツは、50キロを超えた。大人の男性でも、制御出来ない程、力強い。顔と頭の容積は、私の2倍はある。はっきりいって、恐いのだ。しかも、まだ成長するらしい。恐ろしい限りだ。ルナは、メスだから、リッツ程大きくはならないけど、先が思いやられる。かなりのお転婆だ。皆の足や靴を咬みまくっている。放置してあるサンダルは、もう履けない。お母さんのソファーも、ぼろぼろになっている。しかし、こんな愛らしい姿を見ると、ばしばしお尻を叩く訳にもいかない。前日の暖炉の灰を取った後に、入り込んで、白い毛が、灰色になっている。暖かさが残っているのだろう。毎日、同じ事をしているらしい。ニーナは、あまり他の犬と交わった事がなく、孤独を愛する犬だと思う。自分のスペースがないと、非常にナーバスになる。なのに、クリスマスは、リッツとルナと、過ごすハメになって、大迷惑だったようだ。ニーナは、ルナには、躾を与えていた。リッツには、徒競走仲間として、指導を加えていた。(ボールを投げても、ニーナは、リッツの2倍以上の速さで走り、リッツは追いつけない。ニーナの凛々しい姿に感心。)お疲れ様でした、ニーナ。今度は、あの子達、もっと大きくなっているね。おばちゃん犬、ニーナは、またお世話を焼かなくてはいけないね。動物園状態のお母さんの家で、それぞれの犬を見て思った事は、小さい時から親元を離され、独りぼっちでやって来たけど、それぞれいい家庭に恵まれているなーということ。リッツは、障害があるが、お姉さん夫婦に、溺愛されている。もし、他の飼い主だったら?そういう意味では、リッツは、幸運の持ち主かもしれない。ルナは、下に兄弟の欲しい甥っ子に、かわいがられている。ニーナは、知的さと優雅な姿で、アンソニーの寵愛を受けている。これら3匹に幸せを!!
2006年01月03日
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元日にすること。前年度のカレンダーを見ながら、今年度のカレンダーに、誕生日などを書き込むこと。ポルトガルに来てから、毎年同じTASCHENのカレンダーを購入している。今年で、4つ目になる。最初は、たまたま購入したのだが、写真がきれいなだけではなく、日本の祝日も記入されており、日本の行事などを忘れがちな私にとっては、すごく便利なものだった。それから、気に入って、毎年買い続けているのだ。ここのカレンダーが、年末手に入らないと、年が越せないような気分になるから、不思議だ。よくよく調べてみると、29カ国の祝日が記入されている、インターナショナルなカレンダーなのだ。オーストリア、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、スイス、コロンビア、ドイツ、デンマーク、スペイン、フランス、フィンランド、イタリア、イスラエル、アイルランド、日本、ルクセンブルグ、メキシコ、ノルウェー、オランダ、ニュージーランド、ポルトガル、アルゼンチン、チリ、韓国、スウェーデン、イギリス、アメリカ、南アフリカ。すごい!!今年買ったのは、これ。家族や友達の誕生日などを書き込んだカレンダーを、キッチンの壁にかけて、2006年が始まった。
2006年01月01日
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