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家庭教師に行き、新しい手帳と、1月に行う演奏会に使うプログラム用の紙を買い、練習を多少して帰宅したら、もうこんな時間。あっという間です。 教員採用試験前で、もっともっと勉強しなきゃならにのに、こんな生活ではだめだ。 しかし、教員採用試験へ向けての勉強と音楽の勉強、そのバランスをどのように調整していくか、本当に難しく、悩ませられます。出来れば今は、試験に合格することが一番の目標になっているから、他の物を排除していきたいと思ってします。でも、そうやってエネルギーを集中させると、それはそれで様々な障害がでてくる。そういった、バランス感覚は凄く大切な素質だと思う。 全てのことをそつが無く処理できるようになりたいな。教員名採用試験へ向けての勉強も、音楽も、ゼミも、遊びも、日々の生活も全部を楽しくこなせたらいいのにな~。 よし、頑張ろう!!
2004.11.27
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昨日の夕方から、高校の時からの友人と、室蘭の大学に通っている友人の家に、レンタカーを借りて遊びに行きました。 札幌駅でK君と待ち合わせ、二人でH君の通うH大へと。三人そろっていざ出陣。旅好きのH君がおもむろに荷物の中から取り出したのは、2万もする警察や、時速測定器に反応するレーダー。凄い、GPSもついてる・・・。「なんで、車ももっていない彼が2万もするレーダーを持ってるんだ!?」す、凄いと思いました。彼は月15万も稼ぎながら大学生を送る多忙者。やることも少し変わってる。うん。でも、このレーダーは本当によく働いてくれました。そして、あれが無いとかなり不便だということに後々気づきました。運転は、最近2年くらいつきあっていた彼女と別れたK君。行きは高速道路に乗っていったんですが、また彼がとばすとばす。あれよと160キロ・・・。OH!ブラヴォー、なんと室蘭まで1時間半で着いてしまいした。と思ったら、真後ろから赤色灯をつけたパトカーが猛スピードで現れました・・・。あわててスピードを落とした!もうヒヤヒヤ。パトカーは私達を抜き、右斜線から僕達の走っている左斜線へ・・・。あ・・・もうだめだ・・・。と思ったら、さっさと猛スピードでいなくなってしまいました。あのパトカー、何キロ出していたんだろ。相当なスピードになってたはず。かなりビビッてました。しかし、結局100キロを下回って高速道路を走ることは最後まで無かったな・・・。 室蘭の友人の家に着いてから、友人の得意先の居酒屋へ。室蘭は、焼き鳥にからしをつけて食べるらしいです。これが、かなり美味しい。 そこで、室蘭の友人が彼女できたとか、昔話とか、進路についてとか、世の中のあり方についてとか、多岐に渡る話をしながら、かなり盛り上がりました。本当に彼らと共にいると楽しい。なんというか、やっぱり人を悪く言わないし、言ったとしても、悪意を感じない。そして、自分のもっていない専門的な知識や経験をもっているし、一人一人魅力をもっている。本当に一緒にいて楽しい奴等だ。最近、教師目指している自分が人との交わりを心から楽しんでいないんじゃないのか!?なんて考えていただけに、心から人との関われる自分がそこにいて、嬉しかった。 一次会が終わり、いざ二次会!これまた凄い場所だった。結構狭いお店なんですが、そこにいる人たちは、全員友人の通っている大学の学生。僕の通っている大学とは違って、学生のほとんどが、大学の周辺に住んでいてるからこうやって人が集まるみたい。すごい楽しい空間でした。来ると誰かしら知っている人がいるんだとか。大学の近くにこういった飲み屋さんがあるって素敵。自分の通っている大学の近くにこういったお店があったら結構通っちゃうかもな~。室蘭の大学に通っている以外の僕達3人はよそ者だったんですが、結構話しかけてきてくれる人とかもいて、和やかの雰囲気、マスターもみんなとかなり仲がよいみたいで、学生が悪いことすると笑いながら学生ひっぱたいてました!笑 女の子も中にはいたんですが、そこにいると男の本性みたいなものが見えてきました。他の席をみていると、やはり女の子の周りに男が集まる。な~んか、下心みえみえ。女の子もそうやってちやほやされて楽しんでのが見える・・・。ふ~む。そんなことを考えてると、男がひつこく女の子を口説いてる。女の子は結構嫌がっているように見えたな~。結局その男は女の子つれてお店から二人で消えていってそれから戻ってこなかったな~。う~ん、雰囲気はいいんだけど、あ~ゆ~のはちょっといただけなかったな~。 そんなこんなで、かなり4人で飲んで酔いながら、友人の自宅へ。帰宅してあっという間に寝てしまいました。そして、目が覚めると、もう次の日の11時!!ガ~ン・・・。それから、4人で中華料理を食べに行って、彼の通う大学の校舎を拝見させてもらいました。大学のキャンパスがどこからどこまでなのか良くわからなかった。ここ校舎と思ったら隣は民家。と思ったら、理髪店が入ってる生協だとか、学食があったり。片や凄く綺麗な講義等と思えば、反対側にはかなり古い校舎が。でも、見ているだけで、わくわくしてしまった。あんなところで、大学生活送ってみたいな~なんて思いました。 帰りは僕も運転しました。何ヶ月ぶりだったんだろ。かなり緊張しました。帰りは一般道。支笏湖の夕焼けを見てゆったりと帰宅しました!本当に楽しかった!! 今度は自分で旅行を計画してみよう!北海道に住んでいながら、北海道の素晴しさを何もしらないんだと思いました。旅行旅行♪おやすみなさい。
2004.11.21
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今日は、体調が優れないため、講義等午前中で帰宅し、家で休養をとっていました。昼から夕方くらいまで寝たら、体調もだいぶよくなったので、それからご飯食べたり、テレビ見たり、少し勉強したりしていました。12時くらいには布団に入ったのですが、昼寝をしたせいなのか、全く眠り込むことができず、こんな時間になってしまいました。 時間がもったいない・・・。ついに寝るのを断念し、今に至るわけです。こんな時、みんなはどんな風に時間を過ごすんだろうな~。滅多にこんなことないからな~。頭がいつもよりさえてしまって、寝ようとしても色々なことが頭をよぎってしまうんだな~。全くなんのために今日休養とったのかわかんなくなってしまいそう。 明日、正確には今日、養護学校の音楽教室を大学の講堂で行います。僕は、その中の合唱と、オペラにでます。合唱は、ヘンデルの「メサイヤ」の中から「ハレルヤ」を歌います。あの有名な曲ですね。伴奏がオーケストラということで、刺激的です。先日のリハーサルがあったのですが、音楽のバランスがいまいちでした。反響板(天反響板とか側板とか、音をはねかえす板)を使用しないため、合唱の音があまり聞こえていませんでした。明日もあのままでやるのだろうか・・・!? オペラは、モーツァルトのドンジョヴァンニの中から10分程度抜粋して歌います。久しぶりにオペラやると、血が騒ぎます。とことんやりたくなる。来年時間があればやりたいな~とか思いながらも教員採用試験のことを考えると、やはりできそうにもない・・・。う~ん、時間欲しいな~。 そんな感じで、明日は8時半大学集合なんです。あと4時間程。寝てしまったら、かえって声がでなさそうな気もします。寝るか、寝まいか・・・。迷いどころです。 養護学校。養護学校。養護学校の生徒さんを対象に音楽教室をするのは今回が初めて。最近、障害児教育について学習する機会が多くて、度々障害児について考えることがあります。障害児教育に留まらず、社会全体における障害児の立場や、あり方といったことを感えることは非常に複雑で難しい。考えれば考えるほど、何かこう遣る瀬無い気持ちになるし、現在の社会の現状に理不尽さを感じてしまう。その問題から目を背けたくなる気持ちもわかりそうになってしまう。 ある障害児教育に関わる先生が「障害児をみて、かわいそうだと思ってはいけません」と仰っていました。う~ん、そうおっしゃる意味もわからいわけではないんですが、やはり心の中では「かわいそう」とか、「健常でいられることって幸せなんだな」なんて正直考えてしまいます。 明日来る子ども達は、普段一人で自由に演奏会にいったりすることができない子どもだそうです。言葉を理解できる子は一人しかいないとのこと。養護学校のみなさんに、いつも感じられない何かを感じてもらえるような演奏ができればなと思います。障害、障害・・・。う~ん、難しい問題だ・・・。そういえば、こないだ自閉症についての授業もあったな。確か統計によっても異なるけど1000人に一人は自閉症とか言ってたっけ。結構な数だよな。そして原因不明で、改善はされるものの、健常児のように生活することは生涯不可能だとか。 なのに、社会の体制は全くと言っていいほど、整備されていないとか。自閉症がどんなものなのか広く知られていないため、理解も希薄だとか。うんうん。自分の子どもがなんらかの障害をもって生まれてくるってこともあるんだろうな~。障害をもつ子どもの親って大変なんだろうな・・・。 あ、そうそう、僕介護体験で去年聾学校に実習いったんです。介護実習に行かないと現在は教員免許がもらえないんです。何年か前から始まった制度でまだ出来たばかりの制度のようです。でも本当にいい経験でした。 聾学校というのは、耳が聞こえない子ども達の集まる学校。僕が行った学校は中でも重度の子ども達の集まる学校だったみたいで、補聴器をしても音を聞くことが困難な子ども達ばかりで、手話が会話の手段として頻繁に使われていました。普通の補聴器では聞き取ることが無理ということで、外部からではなく、補聴器そのものを耳の中に埋め込んだ補聴器をつかっている子どもも多く見られました。学校の中は、耳が聞こえないとのことで、非常ベルの変わりに非常ランプが至るところにつけられていました。非常時に赤く点滅します。う~ん、つまり学校以外の建物の中では、この子ども達は、視覚的に訴えるものがなければ、非常時にも何が起きたかわからないんですね。街の中にいたら、それだけでも危険がともないますよね。 あと私達が通う学校と違うところは、「自立」という教科があることです。これは、法規的にいうと児童の「欠陥」を補うための教科だそうです。法令というのは時に冷酷な表現をするんだなと感じたことを今でもこの法令と出会うたびに思います。 養護学校を始め、特殊学校においては宿舎を置くことが義務づけられています。僕が行った聾学校にも宿舎があって、ほとんどの子ども達はそこで暮らします。自宅に帰るのは週末のみ。これにも、社会の問題があります。この特殊学校(盲学校・聾学校・養護学校等)の設置義務は、都道府県となっています。その設置者の都道府県は特殊学校をなぜか、田舎に作ります。大学の授業で、北海道内の特殊学校の設置位置を地図で確認したことがあるんですが、本当に田舎に多く作られています。僕が介護実習で行った知的障害者の施設の館長さんは「政治的な問題ですよ」と嘆いてらっしゃいました。地方に金をとかそんなことらしいです。後にボランティアで、その知的障害者のパーティーのお手伝いにいってきたのですが、事実、そのパーティーには政治家さんの秘書さんとかそういった人たちが沢山きていました。(でも、みんなの前で挨拶したら、とっとと帰っちゃうんですよね・・・)そう、都心部にそういった特殊学校が少ないのです。また、北海道のようなところでは特に、人口の密度が低いために、たとえ特殊学校があっても必然的に学校までの距離が遠くなってしまうのです。中には毎日何時間もかけて通ってくる親もいたそうですが、冬になると道路の状況が悪くどうしても通学することが困難となり、宿舎へ預ける親も多いそうです。障害をかかえているご両親全員が子どもと常に一緒に生活したいとおもっているかはわかりませんが、少なくとも一緒に生活したいのに、することが出来ない現状があるということは大変残念なことです。 自習先の聾学校には、どなたかのご両親が毎日のように自分のお子さんを見にいらしていました。僕が自習観察している教室にもご両親が授業参観しにいらっしゃることがあったのですが、授業をみながらご両親がおもむろに涙を流されているんですよね。僕には印象的な光景でした。きっと、その涙には様々な意味があったのだと思います。僕には理解しきれない涙なんだろうと思います。喜びの涙なのか、悲しさの涙なのか、僕にはそれすらわからなかった。ただ、子どもに対する温かい気持ちだけは間違いなくそこにありました。障害をもつご両親の気持ちははかり知れません。 日本は今、小さな政府を望んでいるようです。大学も独立行政法人化され、育英会も姿を変えました。経済をみても、他の国に負けまい、抜かれまいと、競争し必死になっています。教育の予算も減っていっています。 僕は、小さな政府がいいのか、大きな政府がいいのか、そういったことは専門外なのでどうあるべきということを強くいうことはできません。だけど、政府が大きかろうと小さかろうと、社会的弱者を苦しめるような国にだけはしたくない、してはいけないと思います。たとえどんなに小さい政府であろうと、社会的弱者に手厚い保護ができる国であって欲しいです。う、こんな時間・・・。寝れるかな・・・。ねよねよ・・・。
2004.11.11
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一日たつのが早い・・・。今日もあっという間に終わってしまった・・・。今日は声楽のレッスンがあった。最近発声がだいぶ安定してきたせいもあってか、あのNティーチャーが音楽的なことを色々と指示してくれます。嬉しいんですが、いつもにも増して表情が真剣・・・。歌いづらい・・・今まで真面目に聴いていなかったわけでは決してないんだけど。なんというか、前は音楽の音(声そのもの)を中心に聞かれていたのが、最近は言葉一つ一つのニュアンスだとか、声の扱いだとかそんなことを聴かれている感じです。今日もNティーチャーに沢山注意されました。「君は音楽を作りすぎてる」だって~。言っている意味はよくわかった。「音楽を作りすぎて、自らのいい声を殺してしまっている。もっと声そのもので音楽を作りなさい。声そのものの響きによって音楽の流れが自然と生み出されるのだ。」と。うん。うん。言ってることはよくわかる。結果的に音楽もガラっと変わってびっくり。でも、音楽を考えて作ることは、決して悪いことといいたいわけではないみたいだ。だから、その点について、君はしっかりと音楽を考えて、伝えようとしている。それは素晴らしいと褒められたな~。それが、かなり嬉しかった。つまりは、頭のなかで曲をイメージして作り上げるのはいいんだけど、それはしっかりした発声のポディションの中で、その範囲の中で変化させなきゃならんのだね。難しい・・・。正しい発声に声をのせれば自然と音楽がうまれる、っというのもわからなくもないんだけど、何も考えないでは表情はつかないし、そんなの芸術ではないよね。でも、表情をしっかり考えても、今はまずは正しい発声に音楽をのせることのほうを優先させねばならぬ・・・。その二つの中庸が今の自分には必要なんだろうな。来週はまた新しい曲を持っていくことになってます。シューマンの「献呈」という曲。シューマンの奥さんのクララ・シューマンのためにつくった曲。なんか、シューマンて人は、クララと結婚するあたりの1840年に大量に歌曲を残してて、この年は「歌の年」とも呼ばれているんだと。その時期に作られた曲だけに、また歌詞の内容が凄い。「君は僕の心」「君は僕の魂」「君は僕の至福」「君は僕の住む世界そのもの」これ、12行ある歌詞の最初の2行くらいの歌詞の日本語訳。この先もずっとこんな内容の歌詞がひたすら続きます。まったくお熱い生活をしていらっしゃったんですね、シューマンさん。明日からこんな熱い熱い歌詞を練習するPucciniです。おやすみなさい。
2004.11.04
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