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Oct 26, 2004
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カテゴリ: カテゴリ未分類
*今日の日記はメンタル系です。苦手な方、暗示にかかりやすい方は読まないでください。

『青が散る』は宮本輝の長編小説。もうひとつ、この日記に登場する『春の嵐』はヘルマン・ヘッセの小説です。


この二つのタイトルの始め一文字をとると「青春」になるのか、
そう思うとなんだか可笑しかった。


<*以下ネタバレあり>





なんだか無性に読みたくなった。それが、宮本輝の小説だというのは覚えていたが、どの小説かまでは覚えていなかった。


私が診療内科に通いはじめた頃のことだったと思う。
ある日、妹がこんなことを言った。

「精神異常は遺伝するっていう説があってね、そのことを知って発狂した人の話を読んだことがある」



浪人生の頃から、私には、ある日突然無性に本が読みたくなることがある。
そうなると、数冊の文庫本を買い込んで、2,3日家に篭って朝から晩まで本ばかり読むのだ。

1年程前にその波が来た時、私は妹の部屋から宮本輝の本を数冊拝借した。(数年前、妹に『星々の悲しみ』を勧められて以来、宮本輝の小説が好きになったからだ。)

そしてその中に、妹が先日語ったエピソードとそっくりな部分を見つけたのである。

私はここ数日、理由のない不安に襲われていた。母の布団に潜り込んで、それをどう説明すればいいのか悩んだ。

「具合の悪い状態なんて、いつまでも続くわけないんだから。そういうのは、いつかはちゃんと治るんだから。」
母はそう言った。

私の堪え難いまでの「漠然とした不安」の中には、「一生このままだったらどうしよう」という思いが含まれていたのだ。

今の私は果てしなく無気力である。やる気がないので、希望もない。
かつて思い描いた夢は、苦戦の末に希望とは遠いところに落ち着いた就職と、なさけない現状を思うと、手の届かない遥か彼方へと消えていった。

なさけない現状を心の不調のせいにするのは己の弱さだと思いつつも、「いつかは治るんだ、そうすれば私はここから脱することができるのだ」、そう思いでもしなければ砕けそうな自分がいる。



卒業して、就職するまでには、月に一度の通院とも、パキシルとも、おさらばできると思っていた。


「お母さんはどれくらいかかったの?」


母ははじめ、私が診療内科に通うことに反対だった。
「遊びに来たの?」
20年以上前、診察を受けに来た母に、ある診療内科の医者はそんなことを言ったそうだ。



「看護学校を辞めるころから…結婚したころにはもう良かったから……5年くらいかな」

母の知り合いに頭痛持ちの人がいるという。毎日薬を飲まなければならないくらい、酷いのだそうだ。明るくて、元気で、とてもそんな風には見えない。みんな、何かしらあるのよ。それでも頑張っている人はいるのよ。
母はそう言った。

あと4年もこんな状態が続くのだろうか…

私にとっては、頭痛だとか動悸だとか吐き気だとかより、突然襲ってくる不安と無気力のほうが、堪え難いことなのだ。
私の場合、気力が充実しているときは、風邪は気合いで治ったし、ある程度の頭痛なら薬なしでも我慢できるのだから。


そん


「安斎克己」 (AM 06:09)


そんなことを考えていたら、宮本輝のあの小説が無性に読みたくなったのだ。


妹の部屋に行き、部屋にあった宮本輝の小説を全て持って来た。タイトルを見て、中をパラパラとめくって行くうちに、自分の探していたのは『青が散る』だと気付いた。





安斎克己はこの小説の登場人物である。


この小説は主人公の椎名燎平が新設大学の門をくぐるところから始まる。その大学にテニス部を作ろうとする学生、金子に誘われ、燎平もテニス部に関わることになる。



安斎は関西ジュニアのチャンピオンという経歴を持ちながら、テニスの強い大学ではなく、その新設大学に入学していた。
彼はテニスを辞めていた。



彼がテニスを辞めた理由を要約すると、以下のようである。


貴金属店を経営していた彼の祖父は46歳の時重い精神病になり、数年後カミソリで手首を切って死んだ。彼の父は入り婿で、学生時代テニスの選手であった。彼は克己が小学生の頃から、テニスの英才教育をはじめた。

彼が高校一年の時、一番上の兄がノイローゼを患い、その後首を吊った。二年後の夏、二番目の兄が自殺か事故か判らない形で海に浮いていた。


彼は図書館に行き、精神病理の本を読みあさる。そして、その病気の遺伝の確率が非常に高いことを知る。


その二ヶ月後の試合中「発狂する」という不安が彼を襲った。それは死ぬことより恐ろしいことに思われた。





彼は燎平達と出会ってから一度入院する。退院後、金子と燎平に強引に誘われ、安斎は再びテニスをはじめる。ブランクがあったものの、彼は徐々に調子を上げていく。しかし、ある日試合中に再発するのだ。
その後彼は自宅で療養する。燎平にアドバイスをしたりしている。
しかしある日、ノートの切れ端に「こわい」と書き残し、自分の部屋で首を吊るのだ。



 小説は基本的にフィクションである。
 だが、小説家達は小説を書くにあたり、何らかの下調べをしたり自分が過去に見聞きした話を元にしたりしているのではなかろうか。




 作中の安斎の台詞にこんなものがある。

「とにかく、お袋に逢いとうて逢いとうて……。それ以来、その変な病気が治りかけてくると、必ずお袋に、ただもうひたすら逢いたいと思うようになってしもた」

(燎平には、その言葉の底に、何かとてつもない哀しい意味が含まれていたように思えたと書かれている)


 これを読んだとき、私にも思いあたる節があった。 

 私は子供の頃からほとんどホームシックにかかったことなどなかったが、心を病んで以来、ときおり母に抱き着くようになったのである…



 また、こんな台詞もある。
「俺も、泣きたいくらい、夏子が好きや。こんな病気がなかったら、俺は絶対に夏子を自分のものにしてみせるんや。(略)そやけど、もうあかん」





 心の病が登場する小説は多い。それらの全てが事実に基づいているわけではないだろう。しかし、読んでいてひやっとすることがあることも事実だ。『ノルウェーの森』の登場人物の自殺した姉と自分に類似点を見つけ、恐くなったことがある。安斎が高三のとき、図書館で知った内容は、事実に基づくものなのだろうか。ならば、私のこんな状況も、あと数年続くのだろうか……


『車輪の下』の結末と『春の嵐』 (PM 06:30)
(*『車輪の下』『春の嵐』共にヘッセの小説。この日記の中で、初っ端から結末をばらしてしまうのでご注意くださいm(__)m)

私が『車輪の下』を初めて読んだのがいつだったのかは忘れたが、初めて読んだ時からあの結末はハッピーエンドに思えてならなかった。それは、私がその頃ひそかな自殺願望を抱いていたことも少なからず関係あるに違いないのだが、私はこう、考えたのである。 彼はほろ酔い加減でほのかな恋心に心踊らせながら、マヌケとも哀れとも思われる事故で命を落とした。彼は、「良い気分」のときに、自分でもそれと気付く間もなく死んでしまったのだ。私はまず、その点--彼が自決に対する自責の念とも、迫り来る死への恐怖も感じることなく逝った点--において羨ましいと思った。彼はあの時点では自殺願望など全く抱いてなかったように思われたが、生きていればそのうち酷く苦しむことになるだろうと感じた。私は自分が自堕落になる前の小学生くらいの時分に死んでしまっていれば、この苦しみを味わうことも、親を苦しめることもなかったのに…と思ったことがある。死ぬときに「いい人生だった」と思えるのが「幸福な生であり人生」なのではなかろうか、そう感じたことがある。すると、益々彼の死が理想的なものの様に感じられた。
 しかし、私のそのような印象は、ヘッセの意図したところから外れているに違いないと思った。『車輪の下』の主人公はヘッセ自身の少年期と被るところがあり、あの物語はヘッセ自身に対する戒めであり、若者達に対する「車輪の下じきになるな」という警鐘だったのではないか、と思ったのだ。(残念ながら、私がこの本に出会ったのは「車輪の下敷き」になった後であった。)であるとするなら、あの結末は主人公に対する罰でなくてはならないのである。

 数年のちに『春の嵐』に出会い、やっぱりあれはひとつのハッピーエンドだという気がした。
 そう感じたことは覚えていたが、そう感じた理由は忘れてしまった。『青が散る』を読み返す前、私はこんな理由で『春の嵐』を読み返していた。この小説は大好きで、何度も繰り返し読んでいるのに、この「理由」だけはいつも忘れてしまうのだ…
(余談:クーンの恋心と彼のオペラが創りあげられていく様、ゲルトルートとムオトの恋愛の部分がたまらなく好きだ。。)

 問題の箇所は、かなり最後の方だった。
[彼をあわれむ気にはなれなかった。彼の死は生よりらくだったのだ]




 ただ、この本は死への憧れをむやみに煽ったりはしない。その理由が、ようやく分かった。この本のラストは次のようである。
[ムオトの言ったことは正しい。人は年をとると、青年時代より満足している。だが、それだからといって、私は青年時代をとがめようとは思わない。なぜなら、青春はすべての夢の中で輝かしい歌のようにひびいて来、青春が現実であったときよりも、いまは一段と清純な調子で響くのだから。]

4年なんてもしかしたらあっと言う間かもしれない。「年取ると時間が経つのがはやいよね~」そう先日友人にぼやいていたのは、他でもない自分。
数年前、自分の自殺を阻止するために「奨学金と親に出してもらった学費を返すまでは死なない」と決めた。昔から、自殺するなら、自分が生きていた痕跡を全て消して、はじめからこの世に存在しなかったかのように去りたい、と思っていた。すると、借金を残すわけには行かないのである。その当たり前の決意は、親がさほどうるさく取り立てるはずもない学費までを「借金」





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Last updated  Nov 14, 2004 04:27:43 PM


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