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今日半日で、かなり色黒度がパワーアップしました。最近上腕の皮もむけてキタナイ状態だったのに・・・もっとすごいことになりそう日光に当たり眠すぎなので、写真だけ。 ダーリン 今日のCのベストかな。
2009年01月31日

朝食はホテルじゃなく、近くのCoffee Clubまで歩いていった。私はEgg Benedictを頼み、ダーリンはケーキを頼んだのだけど・・・彼は一口食べて、「これは食べられない」って。触ると明らかに生地が硬い。なので、カウンターに「これは食べられない」と返しに行った。すぐにマネージャがやってきて、「新しいものと交換しましょうか?」と尋ねてきたので、彼はお願いした。持って来てくれたものは「食べられた」そうだが、決して満足いくものではなかったそう。彼曰く、最初のが「2日経ったケーキ」で、次のが「前日の残り物のケーキ」とか。・・・ケーキだけで7ドルチャージしているのだから、それはないだろうウチのエリアではケーキは5ドルから、ケーキセットで5ドルで食べられる処もあるくらいだし。私のEgg Benedict。もともと濃い味付けなのは理解していたのだけど、下のトーストが・・・固くて、脂っこくて・・・これも冷凍のトーストでも解凍したのか?というレベルだった。上のパンにのっている半分の量しか食べられなかった。Coffee Clubは、15年前、初めてオーストラリアに来て大好きだったカフェ。ダーリンと私にとっても、結婚する前、彼の仕事でブリにしょっちゅう来ていた際に必ず行くカフェで、しかもダーリンがプロポーズしてくれたカフェでもある・・・ガッカリしたなぁーーーちなみに、ブリのクィーン・ストリートモール内には3箇所あったと思うけど、ジョージとの角にある店です。これがたまたまこの支店だけであって、全体的な質の低下ではありませぬように・・・クィーン・ストリートモールの裏通り(ホテルの裏口)。これまで何百回もクィーン・ストリート・モールには行ったと思うけど、初めて入ってみた。綺麗でもないけど、何だかこのうらぶれた感じが気に入って撮りました。これは望遠レンズを使って試し撮り。QLDを越えてNSWに入った後です。ゴールド・コーストのゴチャゴチャを抜け、まだ開発が進んでいないエリアに来たのでホッとした・・・やっぱり、うちが一番落ち着きますわ・・・
2009年01月30日

早起きして、Cへのランチを作って、ダーリンがCのお友達のところへ届けている間にシャワーや最終的な荷物をまとめて、9時に出発。今回の旅行には、先日届いた「Pentax FA50mm F1.4」という単焦点レンズのみを携行した。だって、ブリで望遠レンズを購入するつもりなので・・・途中で激しい雨にたたられたりした・・・2時間後には、晴天で蒸し暑いブリスベンへ。今回は、何故か保険会社が宿泊先を手配してくれたのだけど、泊まったのはChifley at Lennonsというクィーン・ストリート内にあるホテル 。本当はベッド全体を入れたかったのだけど、入りきれません。土地が広い豪でも、ホテルのスペースには限度があるか・・・肝心のアポは・・・うーん、???でした。何か先生イラついていたし。ダーリン曰く私の答え方がストレートじゃないからだっていうけど、でも先生ネイティブじゃなく癖があるので、聞き取りつらいのもあったので。1時間近くのアポだったので疲れた・・・その足で、カメラ屋に向かい。。。結局、PentaxDA50-200mmF4-5.6を購入しました。詳細は後日・・・ホテルからの眺め(FA50mm)。写真の中に書いたように、2つ並ぶビルをズームで撮ってみました。新しい望遠レンズで(DA50-200mm)。泊まっていた18階から、下のモールを歩く人を撮ったけど、かなりのズーム力でした。これはサーフィンに期待できそう。そうそう、保険会社の担当者は、何故か私たちの予約を「ハネムーン・パッケージ」で入れており、チェック・インした際に、フロントの人から「(ご結婚)おめでとうございます」と言われてしまった正直に事情を話したら、「折角プランに入っているので・・・」とサービスのシャンペンを付けてくれた。FA50mmで撮って、びっくりした。まず、夕方近い室内だから、フラッシュが勝手に出てくると。がフラッシュナシでいけたこと。それからグラスの写真を撮る際、周りの雑誌などを片付けようか迷ったけど、とりあえず撮ってみたら、シャンペングラス以外がボケて写ったこと(グラス自体も多少ボケているが)。夕食時もカメラを持って出かけたけど、モールの外で撮影しても、フラッシュ不要でも出てくる画像が鮮明だった・・・この明るさには参りました。これが私のカメラに常時つけているレンズになりそう・・・それくらい気に入りました。ブリスベンのクィーン・ストリート・モールホテル内にあるレストランをパチリ。これもフラッシュ不要。
2009年01月29日

宿の件は、朝イチに保険会社に連絡して、お昼には解決しました。バウチャーもファックスで送ってもらい手許にきた・・・後は、安心して行けるかな・・・といきたかったのですが、とんでもない。アポの下準備という作業が残っていました。なかなかヤル気が起こらなくて、手をつけるのがギリギリになってしまった。それから、日々色々な出来事が発生するので・・・今日もダーリンからベランダ作業を手伝ってもらえるかな?と打診があったけど、「今日はもう無理!」とNOした。それでも、洗濯したり、彼にドリンク(コーヒーやすいかジュース)を作ったり・・・としていたら、本格的に始めたのは午後からだったけ?無事に終わり、ある程度荷造りもしたので何とかなるでしょう。というわけで、明日はブリへ一泊となり、金曜日もひょっとしたらバンガロー泊まりになる可能性があるので、ひょっとしたら2日間更新できません。この間、Cは新しいハイスクールへの初日と2日目を独りで通うことになるので悪いなーと。が、口うるさいのがいなくて、ネットも自由に使えるから大喜びだった・・・結局、親友のウチに泊めてもらい、そこから金曜日ハイスクールに一緒に行くので、ますますハッピーだったので、良かった(まあ親よりも友達・・・という年齢だしね)昨日来た新しいレンズ(PENTAX FA50MM F1.4)で撮ったもの。 赤い花が咲いていたので撮ったけど、遠いよね・・・ では、近いのでどうだ!パッションフラワーの実。熟れたのが右側です。ブリスベンには、新しいカメラとレンズを持っていって撮影してきま~す
2009年01月28日
木曜日に、ブリへ行くことを前日書いたと思う。実は私の労災について、怪我の永久的ダメージについて調べるために、専門医へ会いに行く。保険会社より連絡があって、彼らが宿を取るということでお任せしており、1週間ほど前に予約確認書が入った手紙が来たのかな。今日は、ベランダの作業を手伝ったり、それだけじゃなく自分の担当する家事(掃除、洗濯ってやつね♪)に加え、ガーデニングでも忙しかった・・・晩ご飯作る前に、ちょっと一息ついている間に、木曜日のホテルの情報でも印刷しよう・・・と。ホテルのサイトが、予約確認書に載っていないかな・・・と改めて読んでみた。すると、ヘッドレターは木曜日泊と書いてあるけど、実際の予約確認書を見たら、ナント明日宿泊になっている~!!!気がついたのは夕方7時。当然ビジネスは閉まっており・・・一応担当者に吹き込んでおいた。更に、どっちが正しいかホテルに直接電話したら、明日の予約になっているって・・・間違いなんですぅーと言ったものの、ホテルは保険会社が旅行代理店を通して予約しているので、勝手に変更するわけにもいかないし・・・まいった・・・ま、ラリアらしいけどね。
2009年01月27日

ダーリンは2日間の休憩を経て、今日こそ改装中のベランダ、板をある分だけ敷くぞ!と朝から気合が入っていた。が、使っていたドリルの先端がことごとく壊れ、2本目が最後のパーツだったのでハードウエア店へ買い足しに行くことに。ところが、出かけて10分してから彼より電話が。「思い出したけど、今日はオーストラリア・ディだった。お店に電話してもいきなり保留にされるし、携帯からじゃ高いから家からかけてみてくれる?これから戻るけど、万一営業していたらすぐに折り返して。」と。そこで電話すると、確かにいきなり保留扱い。1分くらい待って「しばらくお待ちください」というテープの声、更に待って・・・を三回ほど繰り返して、「現在オープンしておりません。メッセージのある方は伝言を・・・」って、さすがオーストラリア。日本じゃ、「恐れ入りますが、本日は閉店しております」というアナウンスがすぐに聞こえるよね?彼の電話を切ってから間髪いれずお店に電話しているのに、まだ電話につながっている間に、ダーリン戻ってきたくらいだし・・・すごすぎる。ダーリンはがっくり・・・していたら、あっという間に天気が悪化し雨。電気工具を慌ててしまい、木材の雨を避けるのも手伝った。一時激しく降ったけど、15分ほどで止んだ後は・・・蒸し暑さが戻ってきました。実は木曜日にはブリスベンへ行かなくてはならず、火・水で何とか仕上げ、週末は月曜日からビジネスが出来るように家を整備しなくてはいけない。家でやるビジネスはこれが大変・・・夕方、島の店まで買出しに出かけた際にカメラを持って行った。Australia Dayと祝日だったので、このように国旗が。ちなみに左に見えるのは、第一次世界大戦で国のために戦死した、地元出身の兵士を讃えてのオベリスクです。オーストラリアのカントリーらしい。柵の向こうには牛が・・・メイン道路から10mほど入った所。自宅の裏庭のミントとお花。中央から右下にカーブしている花の先頭に、虫が乗っているのだけど、これだと小さすぎて分からない・・・このレンズはマクロがついていないのでしょうがないのですが・・・楽天では、写真のサイズは500KBまで、縦横サイズは最大2000ピクセルまでという制限があるのだ。前のカメラと比べて、落としてもまだまだ鮮明なので本当に驚き!
2009年01月26日

先週の件があったので、早めに出たつもり・・・まあ定刻通り教会着でしたが。その後、警察から連絡ありまへん。こういうもんだから、トラックの運転手も全然懲りないのだろうな~~パスター・エリックの今日のスピーチのテーマはコミュニケーションの大切さで、今回は"Presumption"「推測」についてでした。"Presumption makes judgement"(推測が判断を生む)・・・って、これ、私はCに対して普段もついやってしまうからな・・・寛容でなければいけないのですが。日々気をつけています。あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり(Yes)、否、否(No)、であるべきだ。それ以上出ることは、悪から来るのである。[マタイによる福音書5:37]これもドキッとした。。。日本人の癖として、中々ズバッとストレートにイエスと言えないのよね・・人はすべて、聞くに早く、語るにおそく、怒るにおそくあるべきである。[ヤコブの手紙1:19]今は英語圏で生活しているので、聞くのは早くないけど、瞬間湯沸かし器のように沸点が高い私としては大変なのもある。ただ、これはかなり長年の悪い癖なので、直したい・・・とお祈りしているので、かなり耐性がついたと思う。それに日々の結婚生活で鍛えられているって?!愚かな者は悟ることを喜ばず、ただ自分の意見を言い表すのを喜ぶ。[箴言18:2]「聞く」ということは大切。決して受身な行為ではない。うーん、これはダーリンとの結婚生活でかなり気をつけています。彼は、かなり熱く語るタイプで、熱くなったら中々おしゃべりがとまらないので・・・結婚した頃、「何でそんなことまで話して、私に聞きたいわけ?」と思うことがあり、イライラしたことがある。今は慣れたけど・・・例えば、今回の改修でどうしても彼としては行き詰った作業があって、私に問題点を話してきた。とはいえ、私は大工の専門家でもないので、私に訊かれてもな…とも思ったのだが、私の意見が彼の背中を押すきっかけになったり、自分が思いつくアイディアを彼に言って見ると、それがヒントになったりするのだそうだ。・・・と話はそれたけど、家に帰ってから母親に電話した。全身のガンを調べる検査では、どうやら頚椎へのガン移転があったらしい・・・週明けに詳細を調べるためにMRIを撮るそう。先生曰く、今回の抗がん剤はこの頚椎のガンにも効くものなので、「出来る限りのことはやります」と言われたそうだ。幸いなことに、抗がん剤の治療から3日目だけど、今のところは吐き気もなく普段通り生活が出来ている。自分も加え、教会のメンバーも祈ってくれている。。。Willy Wagtail(セキレイの一種らしい)望遠レンズが欲しいわ~パッションフルーツ。紫に色が変わると食べごろ。
2009年01月25日

今日は湿度もあり、気温も高かった(ちなみに南半球ですので)。33度でした・・・掃除する気にもならなかったので、デジカメをPCに落として編集してみた。付いていたソフトの遣い勝手がわからないので、ちょっとは慣れているPhotoshopで作業した(でも、Photoshopもエキスパートではないのだけどね)。初めて出てくるエディターのワークベンチにびっくりしたけど、それを使うと編集しやすかった。JPEGじゃないからかなぁ?いくつか載せてみます。 ちょっとぼけていたかな?真ん中の花じゃなく、すぐ右下の葉っぱに焦点がいっているような・・・これはバジルの一種です。 肌の質感が気に入っているのだけど、楽天だと500KBまで下げないといけないので分かるかなぁ? 島のウチ。昨日も今日も結局夕立とはならず、良いお天気だった。まだオート機能で試し取りしているところですが、画質にビックリしました。コンデジとは比較できないと思うのですが、これまで、自分が撮りたい・・・と思った質感をカメラが出してくれなくて。コンデジはズーム力に惹かれて買ったのでそれは良かったけど、段々欲が出てきたみたい。
2009年01月24日

母親の抗がん剤治療が今日から始まるので・・・電話しようか迷ったけど、バタバタしているだろうからと今朝携帯へメッセージを送った。この日記を書き始めてからメールをチェックしたら、病院の休憩中に書いたらしい彼女からのメッセージありがとうの返信が届いていたのだった。今晩電話しようか~と迷ったけど、人によっては気分が悪くなる人もいるみたいだから、週末にかけてみることに(母の体調が悪くても、彼女と同居している姉達とゆっくり話ができるしね)。メッセージ送る際も神様にお祈りしたし、今日は思い出すたびに、彼女のことを考えていた。が、島の家の改築も大事な面に来ているので、ダーリンを手伝った。ベランダのデッキの木材を差し替えているのだけど、その木材へオイルを塗りこむ作業。ちょっとはやすりかけも手伝った(手動と電動両方のサンダーを使って)。オーストラリア滞在が長くなるに連れて、色んなことにチャレンジしているのね、あたしってば・・・その他は時間が空いていたら、昨日来たデジイチのマニュアルを読んで、実践も。しかし、まだどうやってパソコンに取り込むか・・・まで読みきれていないので・・・お披露目できません。下の写真は、コンパクトデジタルカメラで撮ったのですよん。このテントウムシが益虫か害虫かは不明。ミントの葉の上にいます(すぐ右に走るのはワケギ)。撮る前には、花の部分にいたけど・・・アブラムシ狙い?やはり草? (その後、借りてきたペスト駆除の本から、これがTransverse Ladybird Beetle - [ラテン名:Coccinella transversalis]で、アブラムシを食べる益虫であることが分かりました。 )
2009年01月23日

もしかしたら、昨日には届いていたかもしれない(結構配達は優秀なのよね)。ひょっとして、ウチまで届けてくれる(某ソニーの例があったので)と期待していたけど。雨が本降りになる前に、歩いて島の店まで確認しに行ったら、来ていました!多少重かったけどなんのその・・・まずはじっくりマニュアルを読もうとしていた・・・加えて、このカメラに使うためにバッテリーも充電し直したら、なかなか充電が終わらない。今晩Cがエックス側に行くので、そのためのバスを予約して見送りも終え、晩御飯も食べた頃にようやく充電が完了!それまでの間に、ひたすらマニュアルを読んでいたけど、段々あまりにも複雑過ぎて???実は、初デジイチ(デジタル一眼レフカメラ)なので、分からない用語が多すぎ!それでも、価格.comで色々調べていたのだけど・・・分からない用語+英語というのもハンディだ・・・オーストラリアで購入したので、英語のマニュアルなのだな(日本語マニュアルのPDFもダウンロードし、併せて読んでいる)。 届いたブツ。ボディと標準レンズ。ボディだけだとレンズがついて来ない・・・という事実にショックだった・・・これから、おベンキョしないとね。
2009年01月22日

家の裏庭でオーガニック・ガーデンをしております。去年、トマトとピーマンにフルーツバエがついて、折角採れた実を切るたびに、いわゆる蛆が出てきてぎぇえええ・・毛虫は耐えられても、蛆はどんなサイズでも嫌なものだ。で、何か良い駆除剤がないか・・・と思っていた。以前読んだガーデニング雑誌で、フルーツ・フライ用の駆除剤が市場に出回ったことを知って、サイトを訪ねてみた。トップにある、プロダクツから入っていくと、その商品"Econaturalure"という商品にたどり着くと思う。この商品は、たんぱく質でハエをおびき寄せ、含まれるspinosadという自然物質が体内にて消化されることで、ハエが死ぬのだそう。というわけで、すでにトマトが実をつけているので遅いかな・・・と思いつつ、今日初めて試してみた。中を開けると、ドロっとした液で、独特な匂いがする。説明書を読みながら、葉っぱに直接掛けても大丈夫なのでかけてみた。辺りが薬品(あるいはたんぱく質の匂いかな)で強くなった・・・ かけたのが、右側のが主にトマトで左側の大きなのはオクラの葉っぱ。 これは、コンポストから自然発芽したもの・・・何だろう。メロンかすいかじゃないか・・・と推測している。なにが出来るか楽しみ。これにもスプレーしてみた。今収穫の真っ盛りなのがきゅうりなので問題はないのだけど、最近てんとう虫(ナナホシなどのアブラムシを食べてくれる益虫じゃなく、ジュウニマダラテントウというウリ科の植物の葉を食べる)が大繁殖。今日だけで30匹殺しました・・・実は、他の害虫対策にもこのサイトからオイル(エコオイル)を買ったのですが、30度以上を越える際は使用してはいけないって(葉っぱが焼けるようなので)・・・うーん、亜熱帯には意味がなかったかも・・・無駄な買い物だったかなぁ・・・
2009年01月21日
マクレーンで終日過ごす覚悟だったのだけど、バスがいつもより(定刻よりも早く)来て、しかも手を振っても無視された・・・(いつものドライバーじゃなかったからかなぁー)それでバスを乗りそこなったので、ダーリンに途中まで送ってもらうようお願いすることになった。途中から乗れる便には間に合わないので、結局1時間半後に再び家を出た。着いたら、いつものカフェでとりあえず腹ごしらえ・・・と向かった。チャーチのメンバーがカフェへ来ていたので、一緒に同席しておしゃべり。その後、1時と3時のアポをこなした。アポの合間に、地元の図書館にて貸し出しカードを作って本を借りた。借りたのは、オーストラリアの植物に着く害虫や病気の駆除法の本とカメラの入門書みたいなもの。当然英語。マクレーンの図書館の規模が小さいし、何のかんのと調べ物にはネットを利用しているので、あまり必然性を感じなかったのだけど、最近コンピューターばかり見ているのも疲れるので・・・本当は6冊を3週間借りられるそうだけど、英語の本を早く読めるほどの英語力はないし。2冊を3週間で充分ですわ。もうすぐカメラも届く筈なので、もっとカメラのことも勉強したいのと、最近ガーデニングにこっているのだけど、そろそろ害虫が色々気になるので・・・これからじっくり読んでみます。
2009年01月20日
昨晩は中々寝付けず、ようやくウトウトし始めたときに、ダーリンがおもむろに「眠れないの?」って訊いてきた。それで目が覚めたじゃないかぁーー今朝尋ねると、何か声をちょっと出していたようなので、彼はまた悪夢でも見ているのじゃないかと思ったのだそう。夢は・・・なかったと思う。見たかもしれないけど、覚えているものがないからたいしたものではなかったのだろう。ダーリンは朝からアポがあって、再びハイウェイを往復1時間移動することに・・・すごく心配だったので、彼の無事を祈っていた。彼のアポも、私たちの今後を考えると、とても大切なものだったが、上々だったようでホッとした(ちょっと内容は書けないのですが・・・)すんません、まだ昨日の疲れが取れないので、今晩はこの辺で。
2009年01月19日

今日は・・・自分がリカバリするのに半日近かった。書くのにまだ感情的になりそうな気もするけどトライしてみます。明け方、非常に嫌な夢を見た。内容は、悪霊が私の体を乗っ取り、自分の魂が自分の肉体より追い出されて自分自身を高いところから見下ろしている状態になった(遊体離脱てやつ?)。夢だったけどリアル過ぎて怖くて、"In the name of Jesus Christ, for the blood of Jesus Christ!!!(イエス・キリストの御名において、イエス・キリストの血によって!)"と叫んだ途端、フワッと自分の魂が自分の体に戻ったことを感じた、そんな夢だった。しばらくして起きたが、後味が悪い夢で、ダーリンに寄り添って寝直した・・・ら寝過ごしたー豪で生活しているけど、ハッキリと英語でしゃべっている夢を見たのは久しぶり。。。彼と知り合ってからは初めてだと思う。一体あれは何かのメッセージだったのだろう・・・と朝から考えてていた。遅く起きたから、教会へ出かけるのも遅くなった。家を出たのが9時50分で、教会まで20分かかるし間に合わないなーと。とにかく、なるべく早く教会に着けるように、それから、ハイウェイに入る際の安全を神様にお祈りした。島のウチのメイン道路からハイウェイに入る際、遠くにトラック(トレーラー)が見えた。ウチのエリアのハイウェイ(パシフィック・ハイウェイだが)は、乱暴なトラッキィで名高くて。実は私たちがまさに辿るルートで、島の住人がトレーラーとの事故で亡くなっているのだな。ダーリンは車間距離充分と判断し、ハイウェイに入ったが、嫌な予感がしたーーー予感的中で、ダーリンが時速70キロまで上げていた頃に、追いついてきて、(一体時速百何十キロで運転しているのだろう)私たちのバンパーのすぐ後ろにぴったりとくっつけて(英語ではTailgatingという)、しかもでっかい音量のクラクションを鳴らしてきた。ダーリンはナーバスになって、時速を60キロまで下げたら、2度目のクラクション。トレーラーのホーンだから大きくて、自分の体に振動を感じた。と、次の瞬間、信じられないことに。トレーラーは、一車線通行で中央が二重線(Double-lane) を越えて、私たちを追い越し始めた。つまり、対向車線の道路を使って追い越し(勿論交通違反)。もし、対向車が来たら・・・最悪にも、まだトレーラーが追い越し完了する前に、対向車が来るのが見えた(ていうか、シドニーとブリを結ぶ天下のパシフィック・ハイウェイ。来ないほうがおかしい)。更に、このトレーラーがダブルのセミトレーラー(セミトレーラーが2つ連なっている)・・・この状況を理解したとき、(あー、もう駄目だ。。。)と瞬時に頭をよぎった。それでも、ただ神様に祈っていた。セミトレーラーは、対向車とぶつかるよりも、私たちをなぎ倒すことを選択したようで、2台目のボディが私たちの車に近づいているのが見える。私の記憶は恐怖でかなり飛んでいるし、多分秒単位で状況が刻々変っていただろう。ボディがスウィングして私たちの車に更に寄るのが見えた。一方左手にはガードレールが接近しているのが見える(両方の距離は、どちらも1m程度だったと思う)思わず、"In the name of Jesus Christ, for the blood of Jesus Christ!!と今朝の夢そのまま叫んだ。ダーリンは瞬時ハンドルを切り、何とか避けきった。セミトレーラーの運転手は、追い越しを完了した際、私たちの車に向かって中指を突き立ててたそうだ。まず、絶体絶命の危機的状況を免れて、体の力が抜けるのを感じた。その後ようやく、そうだ、私カメラ持っていたじゃないか!と思い出し、「ナンバープレート、撮る?」とダーリンに言ったら、「そりゃあ撮るべきだ。ちょっと待って。もう少ししたら追いつけるから。」と。設定を最大限のピクセルに変更し、トレーラーの姿を撮ろうとしたが、スピードを上げて走っているためバランスが取りにくいのと、さっきの恐怖から体が震えており、中々上手く撮れない。それでも、何枚か撮った。これがちゃんと撮れた分です。世界中に公開してやったぞーーーブリ-シドニーを運転する人は、このナンバーにご注意。同じ運転手が乗っている可能性が高いので。ハイウェイを降りてヤンバへ。教会へ行くつもりだったけど、話し合った結果、警察へ行くことにした。実はダーリンと知り合ってから、こういう事故に何度か遭っているけど、警察の対応は・・・これと似たような事故があった際、ヤンバの警察署に行ったら、無人警察署でボタンを押すと、グラフトンの警察署につながったけど、どうしようもならなかったので。でも現在スクール・ホリディ中だから、その警察署に警官が常駐しているのをダーリンが見ているので、とりあえず行ってみることに。オフィサー(女性)は、結構親身に聞いてくれて、ナンバーからまず無線で追ってみる、後は、恐らく雇われ運転手だから、トレーラーの持ち主に当日の運転手が誰であるかを報告させる・・・というようなことだった。彼女自身も、どういう状況だったのか、現場まで行って見る・・・と。事故の概要を聞いてから、私たちの連絡先を聞いた。教会には大遅刻(10時40分)で着いた。中に入ったら、ようやく張り詰めていた気持ちが緩んだのと、神様の恵みを感じて、涙が止まらなかった。事情を知らない近くの人がティッシュをわざわざ取ってきてくれたのも・・・心の温かさに癒された。また、パスター・エリックのスピーチが心に響いた。「この世の闇に悪態をつかない、むしろ、この世の光となるようにしなさい」って。詩篇37-5を挙げてくれた。「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれを成し遂げる」(口語訳)英語のほうがしっくりくるかな。"Commit your way to the Lord; trust in him and he will do this"今朝の夢は、絶対神様からのメッセージだったと思う。。。そして、ジーザスが私たちのために流してくれた血、その血によって守られたことを感じた。
2009年01月18日
さて、ペア編とアイスダンス編(昨日と続きでベスト10にしてあります。あ、でもオーダーは順位ではありませんので)6. ナタリヤ・ミシュクテノクand アルトゥール・ドミトリエフ91年世界選手権LP リスト「愛の夢」 (Mischutenok & Dmitriev - 1991 Worlds LP"Liebestraum")これはペア・プログラムの中で最高峰だと思っております。このレベルを越えるプログラムに、お目にかかっていない・・・とはいえ私にはフィギュア鑑賞歴がブランクがあり、トリノから再び見始めたのですが、これほどまで心を動かされるものはない。独創性、レベルの高さ(勿論、現在怜奈選手のスロー3Aや川口悠子選手のスロー4回転は知っておりますが、つなぎとか二人のユニゾンがこのレベルまでは・・・)彼らの91年世界選手権EXもお勧めです。EXなのに、高レベルなプログラム。デススパイラルからスロー・ジャンプになんて、現役のペアでやる人いる???ところでミシュクテノクとドミトリエフのコーチが、川口&スミルノフのコーチだったのね~(タマラ・モスクヴィナ)。川口悠子選手のインタビューで、彼女が モスクヴィナコーチに師事をお願いするきっかけに挙げていたペアが、最近の方たちだったようで知らずにいた。久しぶりにオリンピックのミシュクテノクとドミトリエフのビデオを観た際に、キスクラに「モスクヴィナだー!!」とビックリ。川口悠子選手もかなり柔軟性があるようなので、ミシュクテノク達のような独創性のあるプログラムを期待しています!(今年のフリーは素敵なプロらしいのですが、なかなかお目にかかれない・・・)7. エカテリーナ・ゴルデーワand セルゲイ・グリンコフ94年オリンピックFS ベートーベン「月光」 (Gordeeva & Grinkov (RUS) - 1994 Lilllehammer, Pairs' Free Skate Beethoven's"Moonlight Sonata" )彼らは91年のオリンピック・ゴールド・メダリスト。その後プロに転向したけど、プロ転向者もオリンピック参加可能・・・となった、リレハンメル・オリンピックに復帰。ぺトレンコ、カート、ヴィット、ミシュ&ドミ、トービル&ディーン、そしてゴルデーワ&グリンコフと多くのプロが参加した中で、唯一彼らがプロから転向組みで金メダルを獲得したケース。私はミシュ&ドミのファンだったので、結果としては残念だった。ただ、ミシュ&ドミのプログラムがイマイチ好きじゃなかったのもある。「愛の夢」のようなプロだったら、ミシュ&ドミが優勝間違いなし。でも、このゴルデーワ&グリンコフのプロは素晴らしかった。これが貼られたページではファンが未だにどっちが良かった・・・という論議をしているけど、このプログラムは、テクニカル的にはミシュ&ドミに比べると弱かったかもしれない。でも、夫婦でしか出せない「あ・うん」さ・・・これが勝因だったと思う。それにしても、この1年半後グリンコフは練習中に倒れ帰らぬ人となる・・・ようつべが出現した際は、当然グリンコフがこの世にいなくなった後で、ゴルデーワもイリヤ・クーリック夫人となっており、このプロを改めて見ると。。。何だか悲劇を感じられるものに見えてくるからなーーー8. マリナ・クリモワandand セルゲイ・ポノマレンコ 92年オリンピックFD J.S.バッハ"Air"その他 (Klimova & Ponomarenko 1992 Olympic FD)さてここからはアイスダンス。以前もアップしたプロですが、今回はトービル&ディーンのディーンのコメント付きのもので。ビデオの紹介にもありますが、ディーンは当時、フランス代表のデュシネ兄妹のイザベルと結婚し、かつ彼らのプログラムの振り付けもしていた筈。興味深いコメントが聞けるかな・・・と思ったのですが、割と公平なコメントだったので好感度高し。というか、彼も脱帽するプログラムだったのでしょう。日本のアナがソビエトのアイスダンスのカップル3組はは同じコーチが担当している・・・ということを以前聞いていた。でも、自分の記憶も曖昧になって、誰?と思ったのですがデュボアだったと思い出した。この中継でクリモア&ポノマレコがタラソワの元に行った・・・と言っているので。それでデュボア・コーチが、彼らを「裏切り者!」と呼んだとか・・・そういうのを雑誌で読んだ記憶がある(「スポーツ・アイ」で。今はもうないのかな?インターネットもない時代だから、フィギュア・スケートの情報としてはこの雑誌のみが頼りだったからな…)。9. マイア・ウソワand アレクサンドル・ズーリン92年スケート・アメリカ FD "Blues for Klook" (Usova & Zhulin 1992 Skate America FD)かなり好きなカップルでした。パガニーニのプログラム、「四季」のプログラム、EXの「枯葉」や「パリの世界」など、こう、夫婦でなければ出せない濃厚な雰囲気が・・・なのに夫婦としては続かずに、しかも週刊誌或いはメロドラマのような結末が待っていたので、かーなーり残念でした。その後のパートナー交換自体も・・・(詳しくはこれとこれをご覧あれ。しかし、2番目のビデオ、タラソワがウソワ&プラトフのコーチだったのね。こうやってみると、彼女は色んなものを越えてきているなぁーーーとおもた)ウソワはしばらくタラソワを手伝っていて荒川静香選手の2004年の世界選手権では一緒にキスクラにいて(かつプラトフもいたのよね・・・)それを目にしたとき、豪華すぎる・・・とクラクラした思い出が。彼らがプロになった後は追っていなかったので。ウソワは荒川選手を彼女の愛称である「しーちゃん」と呼んで可愛がっていたとか。ズーリンは去年度は村主文枝選手のコーチだったらしい。もう2度と再結成とかないに等しいカップルなのよね・・・彼らしか出せない個性があったのに・・・勿体ないなーーー10. パーシャ・グリシュクand エフゲニー・プラトフ92年オリンピックFD (Oksana "Pasha" Grishuk & Platov)まあ前述のカップルとゴタゴタあったのですが。。。それは置いておいて、このときはオリンピック4位。シニアに上がったばかりかな。再びディーンのコメント付きのものを選んだのですが、彼もグリシュクの技術の高さを評価している。その2年後に彼らとリレハンメル・オリンピックで闘ったことになるけど、ディーンたちは勝てなかったのよね・・・幕張の世界選手権(リレハンメル後)、グリシュク&プラトフの演技(オリンピック金を取った同じ演技)を生で観たけど、他の選手と比べると格が全然違いましたわ。写真が残っていたら、いつか掲載しますね(でも一眼レフとかじゃないので、画質は期待しないでください。)で、オリンピックで金を取ったプロじゃなく、このプロを選んだのは・・・見ていただくと分かるけど、実はこのプロは日本のアーティスト「クライズラー&カンパニー」の曲を使用してたから。フィギュア・スケートの世界は、今は多少は変わったかも知れないけど、断然欧米の文化中心。そんな中、クラッシックとは言え、ロシアのチームが日本のアーティストの作品を選んで、しかも日本で開催される大会ではなくて、フランスでのオリンピックのプロとして使用していたのが、かなり衝撃だったのを覚えているーーーそういう時代になったのだなーーと。。。その後、しばらく○BSの世界選手権のテーマにも使われていたと思う。幕張での世界選手権で、旧ソ連のカップルがオリジナル・ダンスで「別れても好きな人」を使ってダンスしていたのが、開催地を意識しての例。でも何の足しにもならず、観客も引いていたし、自分の周りでは失笑もあった(日本人は優しいから、爆笑はしなかったけど)。まあーあれで真剣に踊られても選曲は大切だなーーーグリシュク&プラトフが、ちゃんと曲の特徴をつかんで表現しているのが素晴らしい。一度観ておくことをお勧めします。そうそう、何で「トービル&ディーン」がないのか?と疑問に思われたかもしれません。お勧めしたかったプロがようつべで探せなかったので・・・まだ伊藤みどり選手がプロになる前の「世界プロ選手権」(1990年?)のフリーダンスが今のところ探せなくて・・・もちろん「ボレロ」も良かったけど、私の中では、これがピカイチなので。
2009年01月17日
昨日10万回に到達したようですが、亜熱帯らしく夕立(晩御飯を食べた後)、雷に停電・・・一旦セーフ・モードで立ち上げ正しくシャット・ダウンした後も、雷がひどいので昨日の更新は諦めました。さて、四大陸までしばらくあり、フィギュアの禁断症状が始まっている方(いわずもがな自分)もいるかもしれませんので、私のお気に入りな選手orプログラムのご紹介しましょう。1.伊藤みどり 92 NHK杯「ジェラシー」 (Midori Ito 1992 Jalousie Espana Cani)このショートはアルベール・ビル・オリンピックの数ヶ月前のもの。このプロはNHK杯の演技が最高だった。コンビネーションは3A+2Tという、浅田真央選手が今シーズン成功させるまでは女子では彼女のみ(彼女が初)競技会で成功させていたのでは・・・?(ハーディングがいたかも・・・??)彼女は、「普通に滑れば金メダル」という周囲からのプレッシャーから、練習にも来なくなったらしい(山田コーチが10年くらいたった後、今だから言える・・・とインタビューで話していた)オリンピックではルッツ+2Tのコンビに変えて転倒。。。次のフリーでの女子での史上初オリンピック3A成功を成し遂げたのはご存知だと思う。このプロはジャンプのみならず、この曲の解釈、表現力とも最高・・・日本での試合だったからなのかしら?トリプル・アクセルのたっかいこと。。。是非是非チェックしてください。2.オクサナ・バイウル 94 オリンピックSP「白鳥の湖」より (Oksana Baiul (SP, 1994 Olympics)とにかく、これを観た時の衝撃度は・・・ここまでバレエの表現を持ち込んだ選手はいないと思う。これも、小さいときからの不遇(このとき16歳だったのだけど、彼女が生まれてすぐ父親が去り、母親も10代前半で失った。ぺトレンコの提案もあり、コーチ(ズミエフスカヤ)が引き取って指導した)の中、スケートに精進していたからだと思う。フリーの公式練習中に、選手にぶつけられて2針縫う怪我をして、ドーピング違反を避けるため決められた痛み止めを注射して、見事金メダル・・・という本当におとぎ話を地で行くようなお話し。あまりに若いうちの成功、その後移住したアメリカでの生活で色々あったようで(2008年の演技を見た際、別の意味でビックリしたがーーー)それでも、この演技は色あせることがないのだけど。ところで、彼女のドーナツ・スピンが私が目にした初めての物だったのだけど、私の記憶があっていれば、当時の報道で「彼女はチェルノブイリ原発があったウクライナの出身で、原発の影響により背骨が1つ足りない。そのために、あの脅威な柔軟性を得てスピンを可能にした」というのを目にしたのだけど、本当だったのだろうか?彼女の演技は、92オリンピックEXもお勧めです「瀕死の白鳥」彼女は、オリンピックの後、幕張で行われた世界選手権に来なかったのよね・・・彼女見たさにチケットを購入したので残念だった。その代わり佐藤有香選手の素晴らしい演技を目にしたけど。3.浅田真央 タラソワ4部作「ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジー 」by ナイジェル・へス 2007-2008シーズン 「ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト」 byショパン 2007-2008 EX「仮面舞踏会(Masquerade)よりワルツ」by ハチャトゥリアン(Aram Ilich Khachaturian)」2008-2009シーズン FP「ポル・ウナ・カベーサ」(Por una Cabeza by Carlos Gardel and Alfredo Le Pera)-フリアン・プラサ タンゴ音楽「パジャドーラ」(Payadora by Julian Plaza) 2008-2009 EX浅田選手のプログラムは、探すのは簡単だと思うのでリンクは載せませんでした。作年度のSP(いわゆる「ラヴェンダー・・・」)を観てからファンになった人も多いのじゃないかな?と思いますが、私もそのクチでした。このプロを見た際、一つ頭を抜け出た感じがしました。ノクターンも素晴らしかったけど、このプロは芸術的に飛躍したと思います。ジャンプだけじゃない、ステップも・・・というかステップだけでも素晴らしい。彼女は、ジャンプ力が落ちても、将来アイスダンスの選手として活躍できるのじゃないか?と。それにしても、ジャンプもすごいだけじゃなく、表現力、長い手足、ビジュアルも文句なく・・・フィギュア・スケートは採点競技だから、単にジャンプが出来るだけじゃ済まない世界なので・・・本当にご両親に感謝しないといけないですわね。で、タラソワがコーチに就任となった今シーズン、最初に出てきたのが「ポル・ウナ・カベーサ」。これもかなり衝撃的だった。これはEXじゃ勿体無いと思うくらい、彼女に合っている。。。来年のSPになっていたりして?!「仮面舞踏会」は賛否両論があるけど、あれだけのジャンプに、あれだけの終盤ステップ…もし、彼女が普通にプログラムを組んだら「ポル・ウナ・カベーサ」のレベルですぐに滑られたと思う。一体浅田選手が、シーズン後半でどれだけ完成度をあげるかすごく楽しみ。(でもでも、実はこの中にノクターンも入れたいのだけど・・・)4.織田信成 2006スケート・アメリカ SP「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」 (Nobunari Oda SA 2006 SP"Fly Me to the Moon")私は、決して織田選手だけのファンではないのですが・・・でも、このプログラムあるいは今シーズンのSP「仮面舞踏会」どちらも好きです。ま、ひょっとしたら、解説のカート・ブラウニングとディック・ボタンのコメントが嬉しくって取り上げたのかもしれない。ディックなんて織田選手のジャンプを蜂蜜や糖液に例えて、とても滑らかだと大激賞です(そのコメで笑っているカートもいい!これがいつか訳してみたい放送なのだな)。5.カート・ブラウニング 91 世界選手権 EX「チャーリー・ブラウン」 (Kurt Browning 1991 World Championships gala - Charlie Brown)カート、大好きでした・・・で、彼の現役時代のプロを思い返して・・・一番印象に残っているのが、このチャーリー・ブラウン(スヌーピーの飼い主)のEX。考えたら、フィギュアスケートって、結構真面目というかシリアスな演目が多くて、なかなかコミカルなものを目にしないーーー海外の選手ではあるか。だから、織田選手は日本では貴重な存在だと思う(最近はシリアスが多くて残念だけど、EXなどで見せて欲しいな)。もう20年近く前のだけど、カートの演技でまだ覚えているのはこれだけなので、よっぽど印象があったのでしょう。このとき滑った「ジャニ・ギター」のシリアスなのも良かったので、演技の幅が広いのは表現者としては強いですね。明日は、ペア編とアイスダンス編
2009年01月16日

マクレーンまで久しぶりにバスを使って行った。これまで、コンセッションを使って往復料金が5ドル70セント。今日は20ドル紙幣しかないから悪いナーと思いながら乗り込んだ。運転手さんが、「最近料金システムが変わったの(女性ドライバー)。コンセッションなら2ドル50セントで一日オーケーなの」って。ビックリ!Cがバスを使っているが、そんなことは聞いていなかったし。・・・別の場所に行くと料金が上がるのか確かめなかった...恐らく、コンセッション・カードだけの対象なのかしら・・・確かに、ウチのエリアは1社のみで独占状態・・・のためか、ブリスベンなどに比べると、料金が’高すぎると思ってはいた。行政指導でも入ったのかしら?マクレーンでの用事を済ませ、そしてうっかり学期休み中はバスのスケジュールが変わることを忘れていた・・・2時半近くまでマクレーンで時間を過ごせない!と思いダーリンにピックアップをお願いした。これもバス料金が安くなったから。。。そうじゃなかったら、せっかく払ったから・・・と待っていたかも。彼には来てもらったので、カフェでアイス・コーヒーと寿司をご馳走した。戻ったら、家の改装が進んでいる・・・ 新しい外の壁を入れているところ。島のウチは外側は木材じゃなくハーディ・プランクという素材を使っている。安いけど、メンテがほぼ不要(まあ掃除くらい)。(ダーリンが釘を売っているのが、新しいエリア。古いのは床と平行だから違いが分かるよね?これに、後日ペンキを塗る)バイロンのウチは木材の壁だったのだけど、ダーリンが2年に1度オイルを塗ってというお手入れが大変だったのと、木材高いしねーーー買い換えられません。ヴェランダに敷く床用の木材を買って、高さに言葉を失ったので・・・素材は高いし、人を雇うとお金もかさむし。。。オーストラリア。ダーリンの腕に頑張ってもらいましょう。
2009年01月15日
円高なのは知っておりましたが、こちらに住んでいるから、関係ないか・・・と思ったら、今日その恩恵を受けました。実は少し前から、デジタル一眼レフカメラが欲しかったのね。2年半前にコニカ・ミノルタ製のコンパクトデジカメ(というほどコンパクトじゃないけど)を購入して利用していた。最初のデジカメ(カシオ)と比べると格段のズームに感嘆して、サーフィン写真などを撮り始めた。最初はそれで満足していたけど、どんどん欲が出てきて・・・それからこの機種頼りにならないことが多くて。決定的だったのが日本行きの旅行で戻ってきてからガッカリしたのね。。。前回の日本行きの際の購入も考えていたのだけど、カメラを見る時間すらなくて・・・「さくらや」にダッシュして、ダーリン用の小物とバッテリーを見ただけ(所要時間15分)オーストラリアって、日本製のカメラの売っている機種が限られているから(ニコン、キャノン)もちろんこちらの感覚でも高いなぁ・・・と思っていたので手が出せず。ところが、先日珍しくオリンパスのデジタルカメラが699ドルで売られてるのを見たので調べだした。日本のサイトで見ると、このカメラが3万以下で売られているのを知った。あ、つまり円高のため・・・?と思い、これならますますデジタル一眼レフカメラを買おうっと・・・それから、あちこちネット・サーフィンをして、結論から言うとPENTAX K200Dのレンズキットを買いました。カメラとレンズだけで698ドルというと、おおっと思うのだけど日本円では41,500円(ちなみに日本でだと最安値で51,700円。。。一万円安い!)これにバッグと5年保障をつけて送料込み905ドル・・・で、一瞬クラクラする値段なのだけど、日本円に換算すると54,000円。。。ニコスを使って買いました。早くブツが来ないかな・・・楽しみ!
2009年01月14日

パントリーの掃除に終日費やしていたら、風邪ひいた?喉が痛い。ちょっと涼しい気候だったのに、半ズボンで作業していたのがいけなかったのかしら?なので早く休むので手短に。自家製きゅうりとマンゴーの写真。昨日撮った写真だけど、一日で成長するのが早くて今日初きゅうりを食しました。太陽に当たっているだけあって、中まで緑色でおいしかった。マンゴーは風で飛ばされたみたいで、地面に落ちていた。樹液が果実をだいなしにするので、本当は収穫したらすぐに反対にして樹液の逆流を防ぐのだけど、勝手に落ちちゃったからなーーー先に収穫したのが樹液で痛み、成熟する前だったけどこれも今日食べた。やっぱり熟れてからじゃないと美味しくない・・・けど食べられた。新しい木を植えるの、確定?(高過ぎて届かないから上手く収穫できないのね)
2009年01月13日
昨晩、疲れていたのでサイトの更新は短くした・・・元旦に母親へ連絡した際の懸案事項。その後、連絡がなかったので嫌な予感がしたので、電話するのに気が進まなかった。でも、しないと落ちつかないので連絡した。やっぱりというか、悪い予感は当たって乳がんと診断されたそう。しかもリンパ節への転移があったそう・・・最初の話を聞いた時は、どうやら乳がんはまぬがれないだろうとは覚悟していた。でも、リンパ節への転移という段階という結果には、本人から直接話を聞いていたが、何て返したら・・・来週には、他の部位への転移がないかを調べるPET検査、そして早速化学治療の1クルーが始まるそうです・・・さすがに本人の前では冷静に振舞ったけど、姉とかわって話していると、自分が傍にすぐにいてあげられない悔しさで、涙となって、姉に母親のサポートやフォローをお願いした。本当は今すぐにでも駆けつけたい・・・検査次第によっては行かなきゃ!と。しかし、私も自身の労災の件が架橋に入ってくるので、1月を越えないとどうもならないのだけど・・・電話を切ってから、ダーリンと話していたのだけど、ちょうど一年前に亡くなったリズについて話してくれた。彼女も、同じ状況(乳がんでリンパ節への転移)で手術+化学療法を受けて10年生きた。しかも、途中段階での医者の誤診(検査結果を正しく診断できず・・・医療ミスものだと思う)がなければ、今でも大丈夫だったって。(他の医師が指摘してくれた際は、それから2・3年後だったので手遅れだった・・・)それを聞いて、少し心が落ち着いた。今は全身(乳房以外の部位)への転移がないことを祈っております。。。
2009年01月12日

本文は明日にでも。A BJ CDarlingそして、ローカルの子
2009年01月11日
金曜日バイロンでお泊りで、今朝ジーニーのアポへ出発。実はクリスマスの頃から、半年前に捻挫した足首の痛みが消えたのね・・・激痛じゃないものの常に痛みはあった。が、なるべく気にしないようにしてた。なので、痛みが取れたのに気づくのに3日くらいかかって・・・「あれ?痛くない」って分かってから、しばらくエキサイトしていたな。神様、ハレルヤ!と感謝していた。彼女にも報告したけど、マッサージすると、まだ完璧に治っていないよう。なので、再び足首にサポートするように勧められた。。。ちょっとガッカリしたけど、癖になってほしくないから、ケアしないとね。で、最近フィジオに話した足がつる話、彼女曰く汗をかくことでマグネシウムとカルシウムも流れるから、それで不足になって足がつるのでは?と。それから膝頭の痛みには、やはり膝用のパッドを勧められました。はー、何だか、椎間板ヘルニアになって、色々体にガタがきているのがなんとも・・・ヘルニア前は膝をつこうが、スクワットしようが何の問題もなかったのに・・・いまじゃ、スクワットは腰を痛めるわ、膝をつくと膝頭が痛むし・・・だって、加齢のせい・・・というのには、ちょっと早いと思うのですが・・・・・・と愚痴ってしまった。マッサージは足と、腰から上がかなりきていたので、辛かったけど腰辺りは状態は良かった。新しい椅子が良かったのかも。
2009年01月10日

金曜日分をアップしようと作業していたら、直接打ち込んでいたのがパー・・・やっぱりやるんじゃなかった(普段はテキストに書いてからコピ&ペしている)。もうガッカリしたので、金曜日分はこれでやめます。言いたかったのは; 渋滞のバイロン
2009年01月09日

午前中は、マクレーンへアポがあって出かけた。私はフィジオのアポがあったのだけど、ダーリンはベランダ用と外壁用の素材を買うべく、木材屋、中古木材屋・・・と忙しくしていた。ここの所、 起きると、こむら返りがひどくて。フィジオにどーしてなのか尋ねてみると、生活習慣を聞かれた。昨日家の掃除をしたことを言うと、次回からは、掃除を一度のするのじゃなくて、2度に分けてからやってみたら?と勧められた・・・はぁーー戻ってから、彼は2時間ほど作業していた。 私は、来客があったので、ディナーの準備に忙しかった。教会のメンバーをディナーに招いたのだ。結構和食系でまとめてみたが(いんげんのゴマよごし、鶏肉の肉じゃが風など)、チャレンジ精神があったので、大丈夫だったよう・話を聞くと、またダーリンと似たような境遇、(シングル・ファーザーで子供達が母親から離れて暮らすようになった・・・)、それから日本人女性に興味があるんだそう。そういう話題でも盛り上がった。
2009年01月08日

ベランダの改修作業はまだまだ続くのだけど、作業中に発覚した手抜き工事(接地処理がちゃんとされていなかった・・・どんだけ手抜きするんだ、前のオーナー!)に加えて、その他、外側の壁に進む前に外した電灯を再度つなげる・・・などで電気技師を呼ぶことに。1年ほど前にも電気技師を呼んだけど、実はその際にショックなことを言われていた。この家の不満の一つでもあった、玄関口の脇にある電気ボックス。ブレーカーが収められている大きな醜い箱で、しかも取り付け場所も玄関の脇という見苦しいのみならず、家族全員が頭をぶつけた経験あり。学童を運営する上でも危険で、現在はすぐ下に靴バスケットを置いて、ボックスの下に人が立てないようにしていた。これをガレージ脇に移動させたくて、見積もりを取ろうとした。前回来た人が言うには、電気ボックスを移動させると、電気会社を立会いで工事となる。で、ウチの敷地にある電柱が見た目も結構ボロい木なので、それを私たち負担で新しい物と交換しろ・・・と電気会社から言われるに決まっている。電柱を交換すると、その費用が5千ドル・・・加えて電気ボックスを移動する工事代のコストを合わせると、7千5百ドル以上(最悪1万ドル・・・)そんなわけで、その話は立ち消えになった。今回は別の人に頼むことにした。で、本日来てくれた人に、ダーリンがその話をしたら電柱を確認してくれた。それによるとシリアル・ナンバーが打たれて、それは電気会社の所有であること、かつ、彼らでちゃんと検査もしていることを教えてくれた。つまり、電柱を交換する事態になったとしても、それは電気会社の責任であり、私たちは、恐らく100~200ドル負担すればいいだけの話なんだとさ。ということで、この電気ボックスの交換は、見積もりとしては3千ドルだそうで。(あ、これ他の費用も入っていたかも・・・)こういうのも、オーストラリアって知識のある・なしの差が歴然としているというか・・・2ndオピニオンを取るのは大切だし、地元の人から評判の良い人を見つけるのが大事だわ!今日来た人は、もう60代は越えていたような・・・昔ながらの朴訥としたカントリーの人って(こういうときは、True-blueオージーともいえるか)。何ていうのだろう、金儲けばかりに走らず、相手のことを考えられる人で、こういう人を見つけないと!そうそうこの電気技師が、犬を連れてきた。オージーの職人さんって結構仕事場に犬を連れて行く人が多い。工具が盗まれることを防ぐため、番犬として連れているのかな。。。 ベンがいなくなって、2ヶ月ぶりのワンコがいる島のウチ。。。お名前、マック君もボール遊びが好きだそうで、ベンのボールを引っ張りでして遊んだら、メチャクチャ喜んでいた。やっぱり、犬のいる生活はいいなぁーーーまだベンがいなくなったことの悲しみや、最後を看取った・・・ということを自分の中で後悔はしていなけど、後になってしんどいものもあったので、すぐに犬を飼おう!とはまだまだ思えない。。。でも、その内やっぱり犬を再び飼いたいねーってダーリンと後で話した。今日は、窓を入れる際に外した電灯が再び入り、壊れた電気ソケットも交換、電灯が4つのスイッチを2つに増設、そして肝心の接地(アース)をちゃんと正しく設置してもらったので一安心だわ。
2009年01月07日

ダーリンってば、ベランダの改修作業を始める前に、「また波が高くなった・・・」からビーチ。2時間ほどで帰って来たので、ハローを言いに玄関へ行ったら騒々しい声が。玄関と反対側にある木にフィンチがいるようで、かしましい。普段はわりと臆病なタイプだと思うのだけど、ダーリンが近寄っても逃げることもなかったので、チャンス!とカメラを急いで掴んで撮影。 Red-browed Finch (赤まゆフィンチってか?目の上に赤い線がまゆげと見るのね・・・)が来ていた。彼らは、北はクィーンズランド州の北端ケープ・ヨークから、SA州のカンガルー島までに分布している(一部WA州パース近郊にも移入したらしいが、内陸地にはいない)。ウチの周囲で住んでいるらしいが、何せちょこまか動くのと小さい(スズメより小さい)ので、中々写真ではねーーー セミの抜け殻が下方にあるの、わかるかな?今日はラッキーだった。それにしても、1羽2羽どころの声じゃないので、その方向に目を凝らしていると、 フィンチが集団でいました。残念ながら、逆光写真となった。そこで、フラッシュをつけて撮影してみたら、 手前にいたのは、Brown Honeyeaterだった。これも島のウチでは良く見かけるタイプ。違う種類で緊張があったようではなく、共存していたので、良かった。一時期、オカメインコとか飼いたいな・・・と思ったことがあったのだけど、自然のフィンチ、インコ類、カワセミ類がごく普通に島のウチでは目にすることができるので・・・今のところは、現状のままでいいかな。
2009年01月06日
以前の日記全日本の記事で書いた解説の人、思い出しました。それはいつもお邪魔しているこのフィギュアスケートYoutubeのサイトから。たまたま、織田選手の『世界選手権2006 ショート演技』の英語版は観た事があったが、日本語版は初めてだったので観てみることに。そーしたら、解説者の名前で「ハッ!」となり、声を聞いて確信した!Wikiでチェックすると、「フィギュアスケート審判兼解説者。現役引退後は審判に転身、1968年より国際審判。2005年で審判(ISU(国際スケート連盟)レフェリー)を引退したが、現在もISUの判定役員評定委員(OACメンバー)を務めている。ちなみに、杉田はTBSの元社員でもあり、同局でフィギュアスケート中継の制作を担当。平松純子とともに解説も担当していた。現在はJ SPORTSで解説を務めており、その暖かい人柄と頭の回転の速さをうかがわせる語り口で知られている。長年に渡り国際大会のジャッジを務めた経験から、選手の長所、短所、個性、技術的な癖などを的確に指摘、特に「ジャッジはこういうところを見ている」という専門家の視点から技術的なポイントを分かりやすく解説する解説者としてフィギュアスケートファンに広く好感を持たれている。」なるほどー!これまで知らなかったことも新たに知ったし、杉田さんの解説がどうして素晴らしいのか改めて分かった。勉強になりました!もし機会があったら、この織田選手の時の実況を聞いて欲しい・・・すごーく、洞察が鋭くて、でも本当に暖かい目で見ているのが分かる。コーチが誰であるか、作品を振付けたのは誰か・・・もちゃんと把握して(あんまりそういうことを某○ジの解説では言わないからな・・・某アナが暴走して、違う情報もしゃべっちゃっているし)。これこそが、解説としてあるべき姿だと思う!あーいっそのこと、○BSでの世界フィギュアで、多田さんと杉田さんの黄金コンビに戻して欲しい!!!(あの当時も不満はあったけど、今のに比べたら、大したことではないような気がしている・・・少なくとも、タレントを使ってうんぬんはなかった・・・)。
2009年01月05日
朝、友達のところへ泊まっていたCより連絡があって、教会に行かずにサーフィンへ行っても良いかって?聞くと波が高くなったらしく、ダーリンまでもサーフィンへ行こうかなって。ここのところ、ろくな波が来なかったので、ずーっと波が良くなるのを待っていたからって…まぁ、サーファーとはこういうものなので・・・私だけサービスに参加した。ワーシップの後、パスター・へレンガ健康に問題がある人、手を挙げて・・・と言われた。かなりの人が手を挙げた。ヘレンは、周りの人たち同士が互いに触り祈りなさい・・・と皆でお祈りをした。私自身も手を挙げたが、自分の母親のことを考えていた。私の母親はクリスチャンではない。でも、聖書でこんな話がある。(イエスがカペナウムにはいられると、ひとりの百人隊長がみもとに来て、懇願して、言った。「主よ、私のしもべが中風やみで、家で寝ていて、ひどく苦しんでおります。」イエスは彼に言われた。「行って、治してあげよう。」しかし、百人隊長は答えて言った「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは治りますから。と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私自身の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け。』と言えば行きますし、別の者に『来い。』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ。』と言えば、そのとおりにいたします。」イエスは、これを聞いて驚かれて、ついて来た人たちにこう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。私はイスラエルのうちのだれも、このような信仰を見たことがありません。・・それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、しもべはいやされた。)[マタイ8:5-10, 13](新改訳) 私も、百人隊長と同じように、母親が癒されることを信じている。そして今回が彼女にとって、神様に近づく機会になったら・・・とも祈った。ダーリン、せっかくの良いサービスを逃して残念・・・と思ったけど、最近のサーフィンの中では、多少はまともな波に乗れたようで、満足していたので、彼もハッピーだった。
2009年01月04日

膝頭の痛みは一晩で治まった、ハレルヤ!神様ありがとう。さて、家の改装の件は次の段階へ。これが写真。クローズ・アップしたの。モデル(=C)付き。 次はベランダの改修。表面の板を全面取り替える・・・ので剥がしているところ。で、表面用の新しい木材を買ったら、ナント600ドルしたって・・・それでもストックが足りなかったので、全部買うともうちょっとかかるらしい・・・ガクブル!オーストラリアって、何でもめちゃくちゃ高くなっているわ!しかも板を剥がす作業の過程で、下の組んである木材(写真で見える横木)もボロボロであることが発覚・・・これも、前のオーナーがベランダへ当たる雨の対策をしておらず、雨ざらしになる状態だったので、腐食が激しかったのだけど・・・(Cの帽子のつば左下がかなりひどい部分)。ダーリンは、知り合いの大工さんからプロのアドバイスをもらうべく連絡したら、彼が夕方立ち寄ってくれた。しかも、現在彼が購入した家を島のウチの近所(・・・実は隣の島といえば島!ま、どちらも中州だけどね)大改築中で、古い家から剥がした板が余っているから・・・と安く譲ってもらった。木材が中古ですら高いご時勢、これには大助かりだった!でもさ、築100年はする家からの木材なんだけど、大丈夫なのかなぁーと心配になった。がダーリン曰く、雨に晒されなければオッケーなんだって。確かに、100年前の板なのに雨にさらされた20年前の板に比べると、状態は遥かに良かった(売っているものみたい)しかし、ダーリン的には最初は表面だけ直せば良いと思っていたのが、組んである枠まで直さなきゃいけなくなったので、追加の作業が増えてショックだったみたい。。。しかも、子供達がも戻ってくる1月末までには仕上げないといけないしな・・・でもどうせなら、板にペンキを塗って更に腐りにくくして、長持ちするように改修する!と意気込んでいた。
2009年01月03日

午前中、人から頼まれたリサーチでずーっとPCを触っていた。お昼を食べたら、もうPCは沢山!となったので、ガーデニングした。種を蒔いたオクラを移植しなくてはいけなかったので、その作業。ヘルニアが発生して以来、この数年はあまりガーデニングには積極的ではなかった。でもベンがいなくなって、何か心を埋める行為がしたいという気になって・・・Cが私たちと一緒に住む割合が長くなっても、もう14歳だから手間はかかる部分はあっても、たかが知れている。彼も親よりは友達や女の子・・・に関心が行く年だし。 移植したオクラは左手前。他に見えるオクラは1ヶ月早いもの。 ズーム・アップした写真。ここには、オクラ、いんげん、ピーマン、トマト・・・それから、勝手に生えてきた恐らくスイカ(あるいは瓜類・・・メロンとか)が育っている。我が家のは完全オーガニック。堆肥は、残り物の野菜からなので自家製だし。で、野菜の種が堆肥の中にあるため、自分達で種を蒔いていないのに、あちこちから芽が生えてくる。 買って植えたバジルのすぐ左にある双葉はきゅうり。既に別の場所では成長したものが、花を咲かせている。しかし、ぽこぽこあちこちから芽が出ているけど、どれが実をつけるまで成長するかなーーー 奥に見える大きな葉は「ルバーブ」というもので、ジャムにしたり、煮詰めてアップル・クランブルに入れる。その根元から出ているのは、スイカ(あるいは瓜類)らしい。手前には、以前植えていたルッコラが、花を咲かせ種が落ちたのがどうやら生えてきた模様。去年まであまりこんなことがなかったのだけど、今年は多い。それも、引っ越して3年たって、ようやく土壌が豊かになった証拠かな?12月17日の日記で掲載したマンゴーのその後。 右側のが、ちょっと傷というかマークが同じなので分かると思う・・・半月前に比べると、たわわ度が違っているよね?右側のはもう自然に熟成できるというので収穫しました。。。島のウチの初マンゴー。さて、味の方はどうかな?この味によって、今後のマンゴー木の運命は決まるのだ!今日の作業は、オクラの一部とズッキーを移植、刈った芝を野菜の周りにベッドのように敷いたり・・・。それから、先月、豪のお店で「水菜(ミズナ)」の種を発見したので購入。その種も蒔いた。その後、他の作業が終わったダーリンが来てくれ、畑を耕してくれたので(腰痛持ちには無理な作業・・・)、全てのオクラが移植できた。なんのかんのと結局3時間も外にいたなぁ。今日は曇りがちで、いつ雨になってもおかしくない気候。暑くもなく、寒くもなかったので、外にいるのが気持ち良かった。しかし、膝をついていたのが長かったせいか、あとで膝頭が痛くて・・・消炎剤飲んだ。一晩で治りますように!
2009年01月02日
2009年になる前にPCの前でのんびりしていたら遠くから花火の音が・・・年明けとなったので、DVD観ていたダーリンのところへ行って、"Happy New Year"のキス。一眠りし、急いでもいなかったので朝寝坊してから実家へ電話。10時に連絡しても、日本は8時なのでちょうど良かった・・・母親と話してから、姉と話した。金沢は雪だってさ。こちらは暑くて、自ら冷房かけよう!とダーリンに提案したくらい。お互い、逆の立場が羨ましいなぁーーーって。近況を軽くいう話が、ちょっとニュースがあって・・・2時間の長電話になった。まず、いとこの母親が最近亡くなったそう。その方は、私の叔父と離婚したので、もう25年は会っていない。彼らが離婚して以来、私はいとこ達と会えなくなった・・・彼らと会ったのは祖父の葬式だけ。私にとっては、大人の事情でこういうことがあるのだ・・・ということを初めて気づかされた出来事だった。で、その叔父は実は2年前に亡くなっているので・・・いとこたちは、10代で両親が離婚で離れ離れになり、しかも30代でどちらも亡くしたことになり・・・彼らの気持ちを思うと、何とも・・・それから、母親に体調の面で心配なこともあるらしく・・・組織検査の結果待ちなのだとか。神様、どうか悪い結果ではありませんように・・・
2009年01月01日
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