オバかの耳はロバの耳 

2015/09/09
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上からの続き

■5.サークルの10人のうちの4人が内ゲバで殺された

 大方の学生が学生運動に見切りをつけて「ノンポリ化」する一方、残った過激派学生はますます先鋭化し、内ゲバ(過激派派閥間の内部抗争)で殺し合いまでするようになっていった。

 昭和48(1978)年に東京大学経済学部に入った池田信夫氏は、社会科学研究会の部長を務めた。この会は、60年安保の時に歴史学研究会とともに、過激派学生の拠点となり、合わせて100人以上の部員がいたらしいが、池田氏の頃は10人くらいに減っていた。その10人のうちの4人が、内ゲバで殺されたという。

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 今でも記憶に残っているのは、梅田順彦という学生だ。まじめな学生で、サークルに入ってきたときは「経済学部で過渡期経済論をやりたい」といっていた。・・・それがしばらくすると、黒田寛一や梯(かけはし)明秀などの革マル派の教祖の本から引用した話を呪文のように繰り返して「中核を打倒することが革命の第一歩だ」などというようになった。

 そのうち梅田はサークルに出てこなくなり、生協の前でアジ演説をやり始めた。「こんな所にいたら危ないぞ」といったら、「大丈夫だよ。みんなの見ている前が一番安全なんだ」と笑っていたが、1975年十月、衆人環視のなかで数人に取り囲まれて鉄パイプでなぐられた。

頭蓋骨折で、即死だった。おびただしい血が食堂前まで広がって一帯が立入禁止になった。革労協が犯行声明を出したが、犯人は不明だった。

 党派に入って1年もたたない彼が、東大にいなかった革労協に殺されたのは、その直前に静岡で革マルが革労協の活動家を殺害した報復だった。誰でもよかったのだ。[7,位置No.111]


 こうして全国で100名以上の学生が内ゲバで殺されたという。[8] 中国の「文化大革命」や「天安門広場」と同様の虐殺が、小規模ながら日本でも起きていたのである。


■6.「体制側に転向した裏切り者」

 過激派の内ゲバなどで世間から愛想をつかされた戦後左翼は、公害反対運動に活路を求めた。公害は資本主義のもたらす「矛盾」であり、公害病患者がプロレタリアートに代わる「非抑圧者」という同工異曲の構図である。

 反公害運動の草分けの一人が中西準子だった。参議院議員まで務めた共産党員の子として生まれ、マルクス主義の影響を受けた中西は、東大の助手時代に反公害運動に身を投じ、23年間も助手生活を余儀なくされた。

 しかし、中西は反対だけでは何も変わらないと気づき、それまでの流域下水道に代わって、小規模下水道を提案する。汚水をきれいな水に混ぜて処理する流域下水道に対して、汚水だけを分けて処理する方がコストが安いので、全国の市町村が中西の提案を受け入れた。

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 純粋な「汚染ゼロ」の心情論理を主張した人々は何も変えられなかったが、汚染のリスクを最小化した中西は日本の下水道を変え、環境を改善したのだ。[8,1737]
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 反公害運動を進める戦後左翼は中西を「体制側に転向した裏切り者」と呼んだ。彼らが真に公害問題の解決を願っていたのなら、それに貢献した中西に感謝・評価するはずである。

 それを逆に「体制側に転向した裏切り者」と悪罵を投げつけるのは、彼らの狙いが公害問題の解決ではなく、公害問題を利用して「体制側」を転覆させることだからだ。公害問題という「矛盾」を改善することは「体制側」を延命させる裏切り行為となる。公害の被害者の人権などはどうでもよいのである。

 同じ事が近年の反原発運動にも言えよう。原発をなくして、電気代が上がろうと、火力発電による環境汚染が進もうと構わない。原発に代わる代替エネルギーの現実的な提案もしようともしない。「反原発」とは単なる「反体制」の幟(のぼり)に過ぎない。




 このように戦後左翼はもう半世紀も前から挫折し、堕落してきたのだが、その残党は、まだあちこちにしぶとく生き残っている。

 たとえば、民主党政権で首相を務めた菅直人は、かつて学生運動の中心人物であり、大変なアジテーターだった。数百人規模の学生を扇動してデモを始めるが、本人は4列目にいて、前の3列までが警察に捕まる間に消えてしまう。だから、菅は「第4列の男」と呼ばれた。[d]

 そんな人物が、その後、市民運動を経由して、民主党に入り、首相まで務めた。菅は「議会制民主主義は期限を切った、あるレベルの独裁を認めること」と発言しているが、衣の下から戦後左翼の鎧が見える。

 その菅政権で官房長官を務めた仙谷由人は東大時代に全共闘の活動家だった。安田講堂占拠の際も弁当運びなどをしていたようだ。仙谷も「自衛隊は暴力装置」などとお里が知られる発言をしている。

 以上のように、戦後左翼の系譜を辿ってみると、一貫して法と民主主義、人権を無視して、暴力によって権力を握ろうと闘争を続けてきたのが正体であることが判る。彼らが権力を握れば、天安門での中国共産党のように、民主化を求める青年たちを戦車で轢き殺すだろう。



 安倍首相の進める安保法制改革は、そんな事態を防ぐための戦いだ。だからこそ、彼らは安倍首相に悪罵を投げつけるのである。

(文責:伊勢雅臣)





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Last updated  2015/09/10 01:33:38 AM
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