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今夜は、急に秋の気配になった。 虫の声、風、空。
下記は 日本数学会の中止のために 幻の ゼロ除算、数学教育 関係の 講演構想になってしまった。
_______________________
第 30 回 工科系数学基礎教育研究会における講演
(2020.3.17) ( タワー・スコラ 3 階 S304 教室) · (12:40~14:40)
日本数学会
2020 年度年会
会場:日本大学理工学部(駿河台キャンパス)
日程:
2020 年
3
月
16
日(月)より
3
月
19
日(木)
アブストラクト : 群馬 大学名誉教授 齋藤三郎
講演題名:
初等教育のカリキュラムの改正案と数学の 研究 教育体制について - 教育原理、 興味を持たせる教育法
要旨:
ゼロ除算、ゼロ除算算法 の導入による 初等 教 育、小学校から理工科系大学学部までのカリキュラム の 改正案を提示したい。 原理と共に具体例で簡潔に述べたい。
次に、 悪化する 理工科系大学学部の数学 研究、 教育体制についての対応について提案する形で、考察を 述べ たい。
最後に 数学 研究、 教育の目標、教育原理について 述べ たい。 - 学力を付けることより、数学が好きになる ような 教育が大事であること。人工知能、計算機の進 化 に対応する数学 研究 教育の在 りよ うについて。
__________________________________
始めに この大事な研究会を 30 回も続けて来られた人たちに、敬意と感謝の気持ちを表したい。
要旨に述べられたような 内容を話したいと思いますが、もちろん、考え方はいろいろあるので、一つの、一面の考え方として、参考にして頂きたい。
まず、数学のカリキュラムの件ですが、誠 世にも奇妙なこと が起きていると思います。 何と この存念は もう 6 年間も続き、どんどん確信が深まるばかりです。
そもそも数学とは何かに関してですが、数学の元は、ユークリッド幾何学と 四則演算の算術 の法則にあると考えられます。 この算術は インドの ブラ ―マグプタによって ゼロの導入と共に西暦 628 年に 確立された。 図形、そして 算術の法則 です。重要で、面白いことには これらは、デカルトの座標系の導入で、統一される。これらの基礎の上に、幾何学、代数学、解析学が発展している と考えられる。 ところが驚くべきことに、両方の基礎には 初めから欠陥が存在していた と考えられる。 無限遠点の考えと、ゼロ除算である。 空間の認識では無限の彼方は どうなっているかという観点が欠けていた。 四則演算においては、割り算における ゼロで割る問題 ゼロ除算問題 である。 ブラ ―マグプタ自身は 初めから と きちんと定義していたが、一般のゼロ除算は 考えなかった。- これは 不可能である と考えたと思われる。 ゼロ除算の歴史は、もっと古く、物理的な意味から、アリストテレスが ゼロ除算は考えるべきではなく、かつ不可能である と述べていて、欧米の文化に大きな影響を与えてきたという。 ギリシャ文化は、ゼロや空、無を嫌う 強い文化を有してきた。他方、インドでは 相当に深い思想をもってきた。
ゼロ除算の結果は:
関数 f(x)/x の原点での値は、 関数 f(x) が原点で微分可能であれば、そこにおける微分係数 f ’ (0) で、微分可能でないときには、 0 とする。特に、
1/0=0/0=z/0= tan(\pi/2) =0
and (z^n)/n = log z for n=0, exp(1/z) =1 for z=0
。
基本的な関数
y=1/x の原点に於ける値は
ゼロである。
無限遠点がゼロで表される。
分数と
ゼロの意味の
新しい発見である。
(クテシビオスとバスカラの例を図で示す)
これらの数学の素人向きの解説は
55
カ月に亘って 次で与えられている:
数学基礎学力研究会公式サイト
楽しい数学
www.mirun.sctv.jp/~suugaku/
数学的な解説論文は 次で公表されている:
viXra:1904.0408 submitted on 2019-04-22 00:32:30,
What Was Division by Zero?; Division by Zero Calculus and New World
カリキュラムの変更内容は:
割り算の意味を、繰り返し減法、除算で指導する。 基本的な関数 y=1/x の原点に於ける値は ゼロである。 ゼロ除算とゼロ除算算法の導入、無限遠点とゼロ点が接していること、リーマン球面に対して、ホーントーラスの導入、多くの応用;(ゼロ除算算法の定義とホーントーラスの図)
ゼロ除算算法の数学とは:
要するに 分母がゼロである ところで、あるいは 所謂 極と言って 孤立特異点を持つ解析関数で、あるいは ローラン展開で、今まで考えなかった、分母がゼロや極、あるいは孤立特異点 その点で、意味のある値が 定義されていた ということです。
これらは、ユークリッド幾何学、解析幾何学、微積分学、線形代数学、微分方程式、複素解析学に広範な影響を与える。現在、 1000 件を超える所見、具体例を持っていること。 我々は 初等数学には 基本的な欠陥がある と述べている。
初等数学は 相当に変更されるべきである と考える。ゼロ 除算は 数学者ばかりではなく 人類の、世界史の恥である と 考えられる 。
次に数学界の在りようについて: 社会を向いていない、数学の研究に注意が向き過ぎではないだろうか。社会的には スポーツ界ほどの影響も 世界に 影響していない。その他 いろいろなマスメデアから見ると 数学界の存在が 小さすぎるのではないだろうか。 数学を享受する文化の面から 見直す必要があるのではないだろうか。
人工知能を備えた計算機の発展は 数学をより 楽しむ、文化としての面が強まるのではないだろうか。利用する立場で 数学のある役割はどんどん減少すると思われる。研究の面でも、教育の面でも大きな変化が起きると考えられる。
数学を学んで、研究して、楽しい、役立ったと思える教育、研究を目指したい。
数学のための数学の精神が 強すぎではないだろうか。 共に楽しむ文化としての 数学を志向したい。
そのためには、数学の楽しい面を強調するような教育、数学を楽しむような教育を目指す。 学力は強くなくても 数学好きな生徒、学生を育てたい。
興味を持たせる教育法 とは、活用できない学力を付けることではなくて、時間の余裕を与え 考えて本質を理解するような教育である。- 形式的な問題が解けるようにする訓練が多すぎるではないだろうか。特に数学で競争意識を駆り立てたり、能力を数学で評価するような世相は数学嫌いな生徒を世に出しているものと反省させられる。数学の知識や技術より、数学の心を大事に。競争より共感。個性の尊重。真智への愛。
社会的には、数学の基盤が弱くなっていると考えられる。 原理は、社会的に数学の良さ、数学者の良さを 示す必要がある、社会貢献は 高級大学でなければ 当然考える必要がある。ただ数学の研究だけでは 社会に受け入れられないのでは。 研究に走りすぎで、社会貢献に目をつぶっているように 社会的には 数学者はみなされているのではないだろうか。また、数学者が、尊敬されるような存在にならなければならないが、数学の研究の厳しさのために 逆に 数学者は 変わった人たちの集団と見なされているのではないだろうか。
社会を向いた数学を志向したい。もちろん、これは高級研究機関の在りようとは違う、多くの大学の在りようを 述べている。 -- ただ神の意志に従って 真理の追究を行なう人たちの存在も 尊く、素晴らしい。
最後に 工科系基礎教育についての藤本一郎 氏たちの取り組みに感銘し、教育の在り方について 下記の声明を素に言及したい:
再生核研究所声明 535 (2020.1.18): 工科系数学基礎教育についての考察 - 藤本一郎氏たちの取り組みと理念について
再生核研究所は退官に当たって 社会貢献の一貫として より良い社会を築くために いろいろ多様な意見を表明して来た。 教育については当然大事であるから声明も多い:
再生核研究所声明 187: 工科系における数学教育について
再生核研究所声明 327: 数学教育についての提案
再生核研究所声明 436 : 数学教育の原理 ― 省察と改善
再生核研究所声明 459: 数学者の反省、数学教育の反省
再生核研究所声明 485: 算数、数学の教育は 大丈夫でしょうか
再生核研究所声明 486: 学校の授業を受けながら,「数学なんて勉強して,いったい何の役に立つのだろう」と思った人もいるのではないでしょうか。
今回、藤本氏たちの 数学基礎教育についての 取り組みの全貌を見て、感銘を受け 現状の数学基礎教育の在りように存念が湧いてきたので 意見表明したい。 藤本氏たちの取り組みの理念は
「数学通信」第 18 巻第 2 号( 2013 年 8 月)掲載
工学系数学基礎教育改善についての現状報告 ― 新しい Calculus 教科書作成に向けて ―
工学系数学基礎教育研究会世話人 金沢工業大学数理教育研究センター 藤本一郎
に詳しく述べられ、それは
スタンダード微分積分 I - III
Standard Calculus I - III
として現れてきた。
これは日本の工科系数学基礎教育の 標準教科書として 提起され、内容は 微積分学、常微分方程式、ベクトル解析の部分を 大局的に詳しく、丁寧に述べ、アメリカ流の教科書風に 3 冊で 1000 ページに及ぶ大作と成っていて、日本では見られない特徴ある本となっている。 特徴はさらに、論理が工科系テキストとは言え、いわゆる エプシロンーデルタ論法や積分可能性なども詳しく触れ、 記述が高校生にも十分わかるように 丁寧に述べられ、 例や図版が美しく 工科系を思わせる題材が多い。
まず、理念に関する所見である。 特に大学法人化後、工科系の数学は 工学部の共通講座の衰退と人員削減、業務の増大などで 基礎教育がどんどん衰退している現状の下で、数学の基礎教育のレベルを国際水準にしたいという存念で いわば理想の在りようを志向されている。 そのような高邁な理念を戦場に例えれば 現状は 既に戦線離脱、各教員は研究、その他の業務で追われ、研究、教育どころではない、薄い教育を消化しているような現状が見られるのではないだろうか。 これらの教科は いわば必須の標準教科とされていることもあって 出版される教科書は膨大、しかし粗製、乱雑の様が見えて 教科書として恥ずかしい状態である と見られる。
このような世相の中、 新しい理念での総合的な教科書の出現に 今まで取り組んで来た教育に対する反省とともに 新しいあるべき方向として 大きな希望を抱かせてくれる。
講義時間の倍増を 要望されているが そのような対応には国や大学の政策が必要であり、 簡単ではない。 そこで、 藤本氏自身が話されているように:
アメリカの場合は、 半分は教科書が教えてくれているようなものですので、教師はコーチのような役割で、楽です。殆どが教科書に盛られていますので、追加で用意する必要がありません。
研究と業務に お忙しい先生方、教科書の考え方を変えて、 学生には十分な教科書を与え、自分で幾らでも将来に渡って利用でき、 学べる本を与え、示し、講義では 要点を絞って 楽しいところを楽しく講義するような考え方が良いのではないだろうか。 一律に 同じような学力を付けさせる必要はなく、 教科書の利用は 学生それぞれで 良いのではないだろうか。
現実にどうしても必要なものとは何かを考えて、大いに強弱を付けての学修が現実的で 対応を柔軟にするのが良いのではないだろううか。 次を参照:
再生核研究所声明 525 (2019.12.24): 偉大な数学教育者 恩師 梅沢敏夫先生 - 数学教育の精神
人工知能を備えた計算機の発展は 数学をより 楽しむ、文化としての面が強められるのではないだろうか。利用する立場で 数学の役割は どんどん減少すると思われる。 研究の面でも、教育の面でも。
数学を学んで、研究して、楽しい、役立ったと思える教育、研究を目指したい。
そのためには、教材から 数学の楽しい面を強調するような教育、数学を楽しむような教育を目指す。 学力は強くなくても 数学好きな生徒、学生を育てたい。
興味を持たせる教育法 とは、活用できない学力を付けることではなくて、時間の余裕を与え 考えて本質を理解するような教育である。- 形式的な問題が解けるようにする訓練が多すぎるではないだろうか。
良い標準の本が有れば、安心。 必要に応じて学ぶ、それを先生は楽しく 応援する。
良い本が有れば、精神的にも安定して、教育環境をよくするのではないだろうか。
以 上