こんぱすコーチの全方位日記

2013年09月02日
XML
カテゴリ: 生き方・モラル
唐突ですが、最近、考えていることを一つ。

宗教は、人の生き方を導き、人が幸せになる方法を説いている、
というのは誰しも理解できることです。

でも僕は、世の中のありとあらゆる宗教が、
実は世の中で最も排他的で、最もエゴイズムに満ち溢れていて、
人を不幸に陥れる諸悪の根源のように思えてなりません。

今のさまざまな教えは、すべて「教祖」を名乗る人間が経典を著し、
実践しています。
人間である以上、どうしてもその人の性格に根ざした囚われの意識が働き、


そうでなければ、なぜ歴史的に『宗教戦争』なるものが起きるのでしょう。
本来、人はそれぞれ考え方の異なる別個の存在です。価値観も微妙に違います。
なのに、人は己れの価値観を相手に押し付け、
それに応じないならば容赦せずに排他的行動を働きます。
ここで人間同士のいがみ合いが起きるのです。

人を幸せにするはずの宗教が、皮肉にも人を新たな争いに巻き込むのです。

宗教の始祖である、お釈迦様やイエス・キリストやモハメッドは、
果たしてそういう人間の排他的な精神を是としていたのでしょうか?
そうではないと思います。

お互いの異なる文化、異なる思想、異なる生活様式を理解し、認め合い、
そしてお互いが尊重できるようになる、

なのに、いつの間にか
「自分たちの教えが正しい」
「自分たちの教えがすべてだ」
と曲解し、
「周囲は自分たちの教えにかしづくべきだ」

と押し付けることが平気で行われています。

だから紛争がなくならないのです。

これは国家や政治家のせいではありません。
国を構成する、あるいは政治家を選ぶ、
我々一般市民の心の持ちようの問題です。
決して僕たちは国や政治家に責任転嫁してはいけない。
自分にとってよくないことが起きたとき、
それを「よくない」と思うか、
「よくない様が分かったので、これからは気をつける」と思うか、
どちらかなのです。

前者の考え方で終わっているのが、今の人々の生き方です。
これでは他人に責任を押し付け、自分を正当化するしかない生き方です。
世の中の大多数が同じ発想で生きていたら、
そりゃ話がまとまらず、いがみ合いになるはずです。

僕たちは、目の前で起きたことを現実のものとして
受け止めなければならない。
いくら「あってはならないこと」であっても、
それを現実として認めなければならない。
そして、それがもたらされた原因は
自分の内にあることを理解しなければならない。
さらに、自分と他人とは違う、
ということも承認しなければならない。
自分の価値観を押し付けることは、
紛争の第一歩とわきまえなければならない。

そういう発想を自分のものにできてこそ、
宗教は活きてくるのだと思います。
ただ単に
「祈っていれば良い」
「修行していれば良い」
「勤行していれば良い」
と思っている信者は、
おそらくいつまでたっても
幸せを噛みしめることができないでしょう。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年09月02日 20時26分04秒
コメント(12) | コメントを書く
[生き方・モラル] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

コメント新着

タウンライフアフィリエイト運営事務局@ タウンライフアフィリエイト運営事務局でございます 平素は大変お世話になっております。 タウ…
丘Bar(おかば~る)@ Re:『マッサン』最終回(03/28) 晩酌。という語がずっと頭について離れな…
丘Bar(おかば~る)@ Re:『マッサン』最終回(03/28) 晩酌。という語がずっと頭について離れな…
たかたか@ Re:もし日本の線路が○○だったら…?(02/06) おのれイギリスめが!(笑) 在来線も標準軌…
lr4 @ Re:チョー怖い駅(12/06) 電車でDというゲームでもキャラがホームの…

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: