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私 : ブロック経済 は、 第2次世界大戦の一因 にもなったね。
第2次世界大戦
で疲弊した世界経済を復興するために、無傷の戦勝国アメリカの国務省が「 世界貿易および雇用の拡大に関する提案
」を発表する。
その中で、「 国際貿易憲章International Trade Organization
: ITO
」を設立して関税の大幅な引き下げと 特恵制度
の廃止を目指すことを提案する。
国連加盟各国は、 ITO憲章 にむけて討議を開始し、 48年 に 53カ国 の調印を得て ITO憲章 が成立する。
A氏 :「 自由・無差別・互恵 」の 通商理念 が国際的に産声をあげたんだね。
私
:ところが、「 自由・無差別・互恵
」の総論は賛成だが、各論は反対で、最終的に批准したのは リベリアとオーストラリアの 2カ国
だけ。
提案者の当の アメリカ
も議会の批准を得られなかった。
A 氏 :後の環境の 京都議定書 の批准と似ているね。
私
:しかし、アメリカ政府は、議会工作として、並行して「 関税と貿易に関する一般協定General Agreement on Tariffs and Trade
: GATT
」を用意して、 ITO
を引っ込める代わりに、これを批准させた。
第2次世界大戦
で、ズダズダになった世界の貿易網を復活させないといけないから、 1950年
にアメリカ議会も GATT
を批准。
A氏 :その後はうまくいったのかね。
私
:「 自由・無差別・互恵
」の理念に対抗して、その後、2つの大きな問題が発生した。
1つ目
は、 統合欧州
の出現。
最後は現在の EU
・ユーロ圏
になるね。
A氏 : EU は一種の 囲い込み経済圏 だね。
私 :だから独仏中心の EU に対して、 イギリス は、オーストリア・デンマーク・ノルウエー・ポルトガル・スウェーデン・スイスの 6カ国 を誘って「 エフタ : EFTA:European Free Trade Association 」を結成する。
2つ目
は、日本と欧米諸国との間の 貿易摩擦
だね。
1970年代
は、欧米の 花形産業
が日本の輸出攻勢にやられる。
ドイツのカメラ、スイスの時計、アメリカの繊維・家電・乗用車などがあるね。
欧米諸国はこれに対抗して 雇用問題
もからめ 対日圧力
がはじまり、日本は自主規制をしたり、現地生産をするなりしてきた。
A氏 :今はあまり 貿易摩擦 という言葉が聞かれないね。
私
:今の世界的な産業構造は、かっての日本のように 特定商品の特定品目の完成品を最初から最後まで特定国で一貫して製造
され、 特定相手国の市場
めがけて怒涛のごとく押し寄せるという状況でないね。
今日の製品づくりはすべて 世界的な寄せ木細工
だね。
A 氏 :今は、グローバル化した サプライチェーン の時代だね。
私 :明日は、理想の通商世界を実現するために GATT が辿った長い道を振り返ろう。