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私:この本はこのブログの「 現在・図書館予約状況・その1 」で次のように書評を引用してふれている。
「現在の日本には、つぎのような見方が行き渡っている。
それは、 日露戦争までの日本人
は、 合理的・現実的・普遍志向的
であったのに、以後、日本人は 非合理的・非現実的・反普遍的
となってしまった。
ゆえに、日露戦争までの日本人のあり方を参照すべきである、というものだ。
本書は、そのような 司馬遼太郎的史観
をくつがえすものである」
たしかに、その点は参考になったね。 文章も同じことがダブって書いてあるが読みやすい。
ところで、君は 第1次世界大戦のときの日本 はどのような戦闘をしたか知っているかね。
A氏
:たしか、中国の 青島
のドイツ軍
を攻めて、これを簡単に落とすだけだったのではないかね。
楽勝だったのではないかね。
戦争はヨーロッパが中心で、日本は直接関与していないしね。
私
:ところが、著者 片山杜秀
氏は、この第1次世界大戦で日本軍が行動した内容を重視している。
それは青島攻撃の方法だね。
A氏 :歴史の教科書では 1914年 、第1次世界大戦が勃発し、日本は 日英同盟 の関係から、連合国側に加わり、ドイツの東アジアの根拠地、 中国の山東半島の青島攻撃 に乗り出すんだね。
私
:派遣軍の総司令官に 神尾光臣
中将が任命される。
日清・日露の両戦役に参加しており、日露戦争のハイライトの 旅順要塞攻略戦
の現場を知っている。
だから、 青島
はドイツが手がけた 要塞都市
といっても、日露戦争時の旅順に比べれば防備は甘く、守備隊も数千人規模。
神尾中将
は電光石火、獅子奮迅の猛突撃でたちまち、青島を陥落させるに違いないという国民の期待は高まった。
ところが、同じ 要塞戦略戦
でも日露戦争の旅順の壮絶な戦いとまったく違ったんだね。
実に慎重に攻撃している。
そして、 日露戦争
のときのように、歩兵が突撃し、砲兵が支援する戦争でなく、砲兵の火力でほとんどかたをつけ、歩兵は後始末にいくだけという戦争だね。
A氏
:近代戦パターンだね。
青島の砲撃中心の攻撃は日露戦争後の 日本陸軍の近代化の実験場
になったわけか。
私
:日本軍の大砲は大小合わせて、133門だという。
これだけ揃えて総攻撃。
8日目
に、ドイツ軍は降伏する。
近代戦は兵隊の精神主義でなく、 物量戦
でしかあり得ないという点で日本は新しい戦争をしたことになる。
半年かかった日露戦争の 旅順戦
で発射した弾薬量は 4000トン
。
これに対して、 たった数日の青島戦
では、その4割の 1600トン
。
日露戦争
のときは、そんな物量がなかったから、歩兵の肉弾戦をせざるを得なかった。
A氏
:なるほど、 青島攻撃
は、日本の戦争に対する見方を大きく変えたんだね。
その意味では、日本にとって重要な戦いだね。
私 :明日は、第1次世界大戦でヨーロッパの戦い方から日本軍が学んだことにふれよう。