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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]
私
:日本軍の将校が、第1次世界大戦で、欧州戦を総括した報告によると、大戦前には ドイツ陸軍もフランス陸軍
も 極端な歩兵の肉弾主義
に支配されていたという。
フランス軍は特にひどかったという。
A氏 :欧州のほうが 近代的 なはずなのにね。
私
:なぜ、 フランス陸軍
がそのような兵士の 精神主義
に陥ったかというと、日本の 日露戦争
の影響だという。
日本兵の旺盛な攻撃精神
に対する憧憬が、極大化し、フランス軍に影響を与えたという。
ドイツ陸軍もロシア陸軍も同様。
A氏 : 第1次世界大戦前半 で色濃く見られた 肉弾戦的傾向 は、 日露戦争の日本軍をモデル にしたものか。
私
:欧州の各国軍も 大戦後半
では、火力の運用が勝敗を分けるという 近代戦の当然の事実
を認めるようになる。
日本軍のほうは、その半年前に、 青島
で実施していたことだ。
肉弾の時代はもう終わった。
日本陸軍の攻撃精神も過去の遺物となった。
勝つためには、 科学力と生産力
の追求あるのみだと、日本軍は欧州戦争の観察でまとめているという。
大正時代の日本軍中枢
は健全な思考をもっていたのだね。
A氏 :それなのに、どうして、 第2次世界大戦 へと向かう歴史の中で、 神がかった精神主義 が 日本軍の主流 になってしまったのかね。
私
:そこまでには、紆余曲折がある。
まず、第1次世界大戦の タンネンベルク会戦
にふれよう。
これは、 13万人
の ドイツ軍
が、 50万人
の ロシア軍
を破る会戦だね。
優れた指揮官の勇気と決断
、それに 心服する兵隊
がいれば、劣勢兵力でも包囲殲滅できるという教訓を与えたね。
この「 タンネンベルク神話
」が大正末期から日本陸軍にどんどんはこびり始める。
A氏 :科学力と生産力による 近代化戦争論 はどこに消えたのかね。
私 :それは、背景に次のような考えがある。
「近代戦争に日本が勝つためには、 欧米諸国なみの経済力、生産力
を持たないといけない。
しかし、日本の現状レベルは低いし、追いつこうとしても、相手も工業化をすすめるだろから、きわめてむずかしいし、国力を一挙に高めるのは無理だ。
一流国の軍隊と 正面から物量作戦
を行うのは想像しても恐ろしい」
A氏 :近代戦が物量戦であることを理解すればするほど、物量を「持たない」日本軍は安全保障をどうするかという難問に直面するわけだね。
私
:そこで、 タンネンベルク会戦
のように劣勢兵力でも、大きな相手に勝った事例が持ち込まれたわけだね。
「持たざる国」の 身の丈にあった戦争
を重視する考えが主流になる。
A氏 :関ヶ原よりも桶狭間か。
私
:「短 期決戦+包囲殲滅戦
」論を日本陸軍の教義にすべしとなる。
「持たざる国」の軍隊に 勝利の心地よい幻想
を与えるものだね。
日本陸軍には、 ドイツ陸軍の上級指揮官用のアニュアル
を参考にして、 1921(大正10)年
に作った「 統帥綱領
」がある。
これが「 短期決戦+包囲殲滅戦」論
をもとに 1928年
に改訂される。
改訂の内容でまず驚くのは「 兵站
」の削除だという。
そして敗戦までそのままであったという。
A氏
: 短期決戦
だから「 兵站
」は不要だというわけか。
日本軍の「 兵站
」の 弱さの原点
はここにあったのか。
太平洋戦争
で 山本五十六
大将
が「 2年までは持たせます
」と言ったが、 4年の長期戦
になった。
だから、後半は「 兵站
」問題で前線の兵士に 餓死者
が多数出るね。
太平洋戦争で 日本兵の死者の 7割
は 餓死者
だというね。
私 :明日は、軍部の「 皇道派 」と「 統制派 」の対立についてふれよう。