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Ryu-chan6708

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2012.10.21
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]

:日本軍の将校が、第1次世界大戦で、欧州戦を総括した報告によると、大戦前には ドイツ陸軍もフランス陸軍 極端な歩兵の肉弾主義 に支配されていたという。
 フランス軍は特にひどかったという。

A氏 :欧州のほうが 近代的 なはずなのにね。

:なぜ、 フランス陸軍 がそのような兵士の 精神主義 に陥ったかというと、日本の 日露戦争 の影響だという。
日本兵の旺盛な攻撃精神 に対する憧憬が、極大化し、フランス軍に影響を与えたという。
  ドイツ陸軍もロシア陸軍も同様。

A氏 第1次世界大戦前半 で色濃く見られた 肉弾戦的傾向 は、 日露戦争の日本軍をモデル にしたものか。

:欧州の各国軍も 大戦後半 では、火力の運用が勝敗を分けるという 近代戦の当然の事実 を認めるようになる。
  日本軍のほうは、その半年前に、 青島 で実施していたことだ。

  肉弾の時代はもう終わった。
  日本陸軍の攻撃精神も過去の遺物となった。
  勝つためには、 科学力と生産力 の追求あるのみだと、日本軍は欧州戦争の観察でまとめているという。
大正時代の日本軍中枢 は健全な思考をもっていたのだね。

A氏 :それなのに、どうして、 第2次世界大戦 へと向かう歴史の中で、 神がかった精神主義 日本軍の主流 になってしまったのかね。

:そこまでには、紆余曲折がある。
  まず、第1次世界大戦の タンネンベルク会戦 にふれよう。
  これは、 13万人 ドイツ軍 が、 50万人 ロシア軍 を破る会戦だね。
優れた指揮官の勇気と決断 、それに 心服する兵隊 がいれば、劣勢兵力でも包囲殲滅できるという教訓を与えたね。
  この「 タンネンベルク神話 」が大正末期から日本陸軍にどんどんはこびり始める。

A氏 :科学力と生産力による 近代化戦争論 はどこに消えたのかね。

:それは、背景に次のような考えがある。

 「近代戦争に日本が勝つためには、 欧米諸国なみの経済力、生産力 を持たないといけない。
  しかし、日本の現状レベルは低いし、追いつこうとしても、相手も工業化をすすめるだろから、きわめてむずかしいし、国力を一挙に高めるのは無理だ。
  一流国の軍隊と 正面から物量作戦 を行うのは想像しても恐ろしい」

A氏 :近代戦が物量戦であることを理解すればするほど、物量を「持たない」日本軍は安全保障をどうするかという難問に直面するわけだね。

:そこで、 タンネンベルク会戦 のように劣勢兵力でも、大きな相手に勝った事例が持ち込まれたわけだね。
  「持たざる国」の 身の丈にあった戦争 を重視する考えが主流になる。

A氏 :関ヶ原よりも桶狭間か。

:「短 期決戦+包囲殲滅戦 」論を日本陸軍の教義にすべしとなる。
 「持たざる国」の軍隊に 勝利の心地よい幻想 を与えるものだね。

 日本陸軍には、 ドイツ陸軍の上級指揮官用のアニュアル を参考にして、 1921(大正10)年 に作った「 統帥綱領 」がある。
  これが「 短期決戦+包囲殲滅戦」論 をもとに 1928年 に改訂される。
  改訂の内容でまず驚くのは「 兵站 」の削除だという。
  そして敗戦までそのままであったという。

A氏 短期決戦 だから「 兵站 」は不要だというわけか。
  日本軍の「 兵站 」の 弱さの原点 はここにあったのか。

太平洋戦争 山本五十六 大将 が「 2年までは持たせます 」と言ったが、 4年の長期戦 になった。
  だから、後半は「 兵站 」問題で前線の兵士に 餓死者 が多数出るね。
  太平洋戦争で 日本兵の死者の 7割 餓死者 だというね。

:明日は、軍部の「 皇道派 」と「 統制派 」の対立についてふれよう。






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Last updated  2012.10.21 18:34:24
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