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私:「 短期決戦+包囲殲滅戦
」論は、列強と国力の競争をするのは「 持たざる国
」の日本には無理だという点では 現実的
だね。
問題は 近代的な兵器
の代わりに「 皇道
」という拠り所を見出したことだね。
天皇に絶対の忠誠
を誓い、国家に命を捧げて、どんな無茶な戦闘行為もいとわない。
「 天皇陛下万歳!」
を兵士に叫ばせて戦闘意欲を高める。
A氏
:「 持たざる国
」の軍隊は国力に見合わない 過度な軍備拡大
をせず、国民に経済的な苦労もさせず、物資不足はできるかぎり精神で補う。
戦争をする時は国力が乏しいから 最短
で終わらせるということか。
私
:「 皇道派
」の理論的中心人物は 小畑敏四郎
将軍
だね。
彼は、 第1次世界大戦
を欧米で見て、日本の国力が列強に比較して、著しく劣っていることを知り、これを補うには 精神戦力
を強調したという。
だから、当時、統一途上の 中国の国民政府
や、 勝てるはずのない米国
に宣戦布告するなど、「 狂気の沙汰
」であった考えていたという。
こういう「 持たざる国
」の弱さを認識した背景で「 統帥綱領
」が書かれた。
しかし、その「 皇道派
」が 1936年
の 2.26事件
で「 統制派
」に敗れた後、「 統帥綱領
」の精神主義だけが残り、その背景にある 欧米に対する恐怖感
は消えたんだね。
小畑将軍 は、 2.26事件 で予備役に編入され、対米戦争には責任を負わず、 戦後の敗戦処理内閣で国務大臣 となるんだが、遅かった復帰だね。
A氏 :「 統制派 」とはどういう考えをもっているんだね。
私
:「 持たざる国
」日本の国力、戦力を列強並みに「 持てる国
」にしようとするのだね。
だから「 統制
」というのは、軍の統制を守るという意味とともに、 統制経済、計画経済的
な意味を持っているね。
A氏 :社会主義的な 国家総動員 だね。
私
:代表的な軍人は 永田鉄山
と 石原莞爾
だね。
永田鉄山
は、 1927年
、 内閣資源局
を作る。
「 持てる国
」に多少なりとも近づけるように努力する。
しかし、具体策はない。
A氏 :しかし、 永田鉄山 は 1935年 、「 皇道派」青年将校 に共感する 相沢三郎 陸軍中佐 に殺害されるね。
私 : 永田鉄山 に対して、本当に「 持たざる国 」が「 持てる国 」に化けられると信じていたのが 石原莞爾 だね。
1928年
、石原は講演で
「将来、 東洋の代表日本
と 西洋の代表アメリカ
は戦争する。
これは 世界最終戦争
で日本は勝たねばならない。
そのためには現実に存在する「 持てる国
」 アメリカ
と「 持たざる国
」 日本
のギャップを埋めないといけない。
そのためには、日本は「 全支那
」を 産業基地
として利用すべきだという。
A氏 :とんでもない構想だが、後の 1932年 に関東軍参謀として、その構想の第一歩の 満州国 を作るね。
私
:彼の構想は、彼の信じる僧侶 田中智学
からの影響だね。
「 八紘一宇
」という言葉は、 田中智学
が生み出した言葉だね。
明日は、その僧侶 田中智学 についてふれよう。