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私
:米軍は 1週間にわたる徹底的な艦砲射撃、空爆
の効果で、 2、3日
で戦闘は終わるだろうと予測していた。
しかし、米軍が上陸すると、 日本軍は組織的な反撃
をしたので、米軍はかなりの犠牲者を出す。
サイパン島
も グアム島
も1ヶ月たらずで 玉砕
しているが、戦法を変えた ペリリュー島の日本軍の攻撃
で、米軍は多くの死傷者を出す。
この本では、約220頁にわたり、戦いの詳細を描いている。
最後は、洞窟を利用した ゲリラ戦
となるが、 弾薬・食料
ともに尽きてきた。
特に 飲料水は雨水中心
なので、 水不足
に悩まされる。
米軍は戦車、 火炎放射器
などを使い、洞窟や壕を虱潰しに攻撃する。
日本軍の夜襲
を警戒し、 照明弾
を頻繁に打ち上げ続けて昼のようにしたので、夜襲でも日本軍はかなりの損害を出すようになる。
かくして、米軍が、「 作戦終了 」宣言をしたのは 11月27日午前7時 であった。
A氏 :米軍が上陸してから、 2ヶ月半 、 74日 の戦闘だね。
私 :日米両軍の死傷者数は次のようだ。
| 戦死 |
戦傷 |
計 |
|
|---|---|---|---|
| 日本軍 |
10,022 |
446 |
10,468 |
| 米軍 |
1,618 |
6,832 |
8,450 |
A氏 : 死傷者数合計 の値は近いが、 戦死者 の数がまったく違うね。
私
:日本兵は、負傷しても、同僚の迷惑になったり、捕虜になることを恐れたりして、 自決
することが多い。
反対に米軍は、 病院船
がいる。
日本軍には手当する病院はない。
傷口からウジ虫が湧いてもそのままだ。
そして、米軍は負傷者の交代要員がすぐに補充される。 日本軍は多少の負傷でも動ければ戦わなくてはならない。
しかし、「 作戦終了
」後に、まだ、壕には 80名
ほどの日本兵がいた。
12月末
、米軍は小さな洞窟や壕に潜んでいる 日本兵の大掃討作戦
を開始する。
日本兵にはもう弾薬もほとんどないし、食料もなくなってきていた。
これで日本兵は 40名
ほどに減る。
しかし、自然の力はすごいもので、 ジャングルが回復
する。
これは生存者には都合がよかった。
残った 三十数名 の日本兵は、数名ごとのグループに分かれ、洞窟や湿地帯に潜む。
A氏
: 潜伏生活
の始まりだね。
問題は食料と衣服だね。
私
:これが全部、米軍のものを盗んだんだね。
人によっては、5年分も溜め込んだという。
銃も日本のものは故障したので、 米軍の自動小銃
を盗み、短く改造して持つようになる。
兵士にはいろいろ器用な人がいるから、 将棋や花札
を作り、これが娯楽になる。
中に、ストーリーテラーがいて、恋愛物語などを作成し披露する。
夜、米軍が 映画鑑賞
をすると米軍服で紛れ込み、映画も見たという。
もっとも英語はわからなかったが、ニュース映画で日本が出るのが見られた。
A氏 :そのうちに、日本が負けたことを知らなかったのかね。
私
:こうして潜んでいれば、いつかは日本軍が迎えに来ると思っていた。
戦陣訓
の「 虜囚のはずかしめを受けず
」で降伏するつもりはないし、 米軍は鬼畜
だから降伏すれば殺されると思っている。
日本の敗戦の 昭和20年の8月 も過ぎ、 昭和21年 も過ぎ、潜伏生活は続く。
A氏 :どうして見つかったのかね。
私
: 昭和22年3月
、 日本兵の2人
がパパイヤをとりに丸腰で出かけたら、ばったり、 米軍パトロール
に出会い捕まる。
悲鳴を聞いた戦友たちが発砲して助けだす。
しかし、これでかなりの数の日本兵がいることがバレル。
米軍は急遽、 海兵隊 をグアム島から派遣する。
これから後のことは明日にしよう。