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43分のなかに盛りだくさん
特に保元平治の乱は登場人物が多くて辟易としていた部分がナルホド化
大船から太宰府で小舟に載せ替えて京都まで運んでいた
交易品を大船のまま水深の深い神戸(福原)まで運べるようにした。大阪湾は不適
「平清盛 早すぎた革新」~平氏政権誕生のとき~
「治承3年(1179)11月20日/清盛、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉、院政を停止」
今から800年前、港町神戸の基礎を築いた男が平清盛だ。傲慢な男として語り継がれる清盛。しかしその実像は、鎌倉・室町・江戸と七百年に及ぶ武士の時代に先鞭をつけた変革者だった。 清盛は、瀬戸内海の水軍と協定を結び、航路の整備を断行。日宋貿易などの貿易立国を目指した。さらに、朝廷内部に次々と親族を送り込み政治の実権を握る。しかし対峙していた源頼朝との争乱の中、熱病で死す。
*2004年1月21日 NHK総合テレビで放送
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