November 7, 2004
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カテゴリ: 読書日記
沢木耕太郎は、もちろん有名人のことも書くが、無名の人のことを書くときひときわ冴える。それは、彼がノンフィクションライターには珍しく詩人の感性を持っているからだと思う。

2002年11月に89歳で亡くなった実父のことを書いた本。入院から帰宅して亡くなるまでの2ヶ月ちょっとくらいの日々に何を感じ考えたかが素直に綴られている。

まるで1本の奥ゆきある映画を見たかのような印象が残る。単なる介護日記ではなく、いちばんよく知っているようで実は知らない最も身近な無名な人である自分の父のこと、自分史を含めて家族のことが、まさにそのことを語るにふさわしい回想や記憶を参照しつつ語られていくからだ。

回想や記憶を参照しても、強引なこじつけや解釈はせず、謎や疑問はそのままゴロンと投げ出される。沢木は、いちばん身近な「無名の人」であるはずの自分の父についてさえ、いかに知らないことが多いかに気づく過程を書いたと言ってもいいが、読者は、人が人を「理解」することの困難さに思い至って痛切な思いを味わうことになっていく。

この1点において、沢木は自分の身内を描きながらある普遍性を獲得したと思う。

感傷を排し抑制された筆致で書かれた「無名な人の静かな人生のドラマ」を読みすすんでその世界に入り込んだ読者は、死んだ父のヒゲを剃ったときの沢木の激情を、沢木本人のように、あるいはそれ以上に追体験することになる。

これが文学が行なう奇跡のひとつでなくて、なんだろう。







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最終更新日  November 7, 2004 03:45:14 PM
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