April 11, 2009
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カテゴリ: クラシック音楽
行ったコンサートのチラシやプログラムをとっておくことはない。そんなことをしていたら長い間には部屋が埋まってしまう。メモ代わりにチケットの半券を取っておく人は多いが、そういうこともずいぶん前にやめてしまった。

しかし、このコンサートのチラシとプログラムは、いつも目に入る場所に貼っておこう。いつも思い出し、自堕落に流れがちな自分の生活と精神を律するよすがにしよう。

目を閉じて聴いていたら、80歳の演奏家の演奏と思う人は誰もいないだろう。たいていの人は壮年期、絶頂期の演奏家の演奏と思うに違いない。約30年ぶりに聴いて、わずかに発音ミスが増えたと感じたが、加齢のせいではなく、ちょっとしたコンディションの問題だろう。

ペーター=ルーカス・グラーフこそ、現存する世界最高の音楽家の一人である。彼に比肩しうる演奏家というと、バイオリンの安永徹、チェロのスティーブン・イッサーリスやマリオ・ブルネロやエルッキ・ラウティオやアルト・ノラス、ビオラのユーリ・バシュメット、指揮のハンス=マルティン・シュナイト、あと誰がいるだろうか?

23歳の愛娘との共演による「80歳記念リサイタル」は、バッハのフルート・ソナタホ長調で始まった。確実なアタックと柔らかい音色で、楷書なのに流麗で柔和でよく歌う奇跡のようなバッハが紡がれていく。その精神性の高いごまかしのない音楽は、音楽に酔うというより、心地よい音色で聴き手の知性が呼び覚まされていくような、極上の快楽に満ちている。

2曲目はライネッケのソナタ「水の精」。この曲はフルーティストにとっての、ブラームスのバイオリンやチェロのためのソナタのような存在。非常に高度が技術が要求され、また体力を必要とする曲だが、一点のあいまいさもない確信に満ちた演奏。きりっと冷えた辛口の白ワインを思わせた。

グラーフの年齢を感じさせるとすれば、20分の休憩だろうか。

その休憩のあとは、シューマンの3つのロマンス。これはフルートという楽器が姿を消し、ただひたすらにシューマンの音楽だけが浮かび上がってくるような演奏で、極上の無言歌を聴いているようだった。

メーンはボヘミアの作曲家マルティヌーのソナタ第1番。これは長大なだけでなく、多彩なキャラクターが散りばめられた作品。彼のレパートリーとしては珍しい方に属すると思うが、そのキャラクターの描き分けが絶妙で、しかも全体としての統一を損なうことがない。全力投球の演奏でも、知的にコントロールされていてどこか余裕があり、洒脱でありながら気品に満ちている。



アンコールはドビュッシーの「春」、バッハのハ長調のソナタの第一楽章、ゴーベールのマドリガルなど5曲も。

何の疲れも見せず、一瞬の弛緩もない正味100分。どれだけの節制や自己研磨が必要かを思うと、気絶しそうになる。

翌日、札幌フルート協会主催のマスタークラスでは、4時間にわたる公開レッスンを行った。容姿はたしかに老人のそれだが、レッスンの様子は、演奏と同じで壮年期とまったく変わらない。教育者としては、30年前よりもはるかに進歩したと感じた。

つたない中にも芸があるとか、枯淡の境地を想像したりしていたが、その「期待」はまったく裏切られた。

80歳の「壮年」フルーティストに何万語を費やしても賛辞は足りない。                





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最終更新日  April 16, 2009 05:43:33 PM
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