May 29, 2009
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カテゴリ: クラシック音楽
音楽監督・尾高忠明の指揮でモーツァルトの交響曲第41番とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」というプログラム。ソロは首席の石川祐支(チェロ)と廣狩亮(ビオラ)。

キタラのような音響のよいホールでも、すべての席がいい席というわけにはいかない。たいていのホールでいちばん音響がいいのは天井桟敷だが、モーツァルトを天井桟敷でというわけにはいかない。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩のような作品は天井桟敷がベストだが、「ドン・キホーテ」は協奏曲の趣のある曲。ソロを楽しむにはやはり天井桟敷というわけにはいかない。

そこで選んだのは、一階中ほどの席。この選択はベストだった。間接音と直接音のバランスがちょうどよく、音楽を「楽しむ」には最適。周りには高齢者が多かったのはうなずける。

この日最も印象に残ったのは二人の楽員ソリスト。二人とも定期演奏会でソリストとして演奏したことがあるが、特にチェロの石川祐支はソリストとしても立っていける人で、ドヴォルザークやエルガーなどの協奏曲作品をぜひこの人の演奏で聴いてみたいと思った。

尾高忠明のリヒャルト・シュトラウスはもう何度も聴いた。いつも思うのはどこをとってもビューティフルで、安心して聴けるということ。羽目を外したキテレツな音やワルノリした表現を聴きたい部分もあるが、全体に角がなく優しく円満。

モーツァルトも同じだ。12型かそれ以上の大編成なのに、重すぎず軽すぎず、テンポ感が絶妙。フィナーレのフーガ風の部分なども安心して音楽に浸りきることができる。

しかし、どこか予定調和的なハッピーエンドの物語のようで、はっとするスリルや、シベリウスやマーラーやラフマニノフでのような、どうしてもこの指揮者でなくては、というものが見当たらないのも事実。

編成を増強したシュトラウスでは感じなかったが、モーツァルトではバイオリン・セクションの響きの薄さと舌足らずな表現が気になる部分があった。これは、定年退団などによって急速に若返りが進んだせいだろう。



しかしバイオリン・セクションの響きは、これは若い日本の女性奏者が多いせいだと思うが、薄い上にパワーがない。札響はこのところ立て続けにCDを録音し発売しているが、<世界>で勝負するには、ヨーロッパのオーケストラのほとんどがそうであるように、スラブ系の奏者を大量に採用する以外にないと思う。

音楽は実力の世界であり、国籍や民族・性別は関係がない。そうであるなら、外国の優れた奏者をどんどん入れるべきであり、それなくしてこれ以上の発展はない。

金融危機の影響で破たんしたり解散したヨーロッパの<一流>オーケストラもある。腕利きをスカウトするチャンスなのだが、そもそも積極的に外国人を採用しようとしないのは残念だ。





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最終更新日  June 1, 2009 12:01:05 PM
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