November 9, 2009
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カテゴリ: 映画
パレートの法則というのがある。人間社会の現象はだいたい8割2割で説明できるという例のあれである。

映画を映画館で観る人の8割は、映画を観ているのではない。画面を眺めストーリーを追っているだけだ。映画体験を、それが駄作であっても自分の人生にフィードバックしようとはしない。鑑賞ではなく消費しているだけであり、この8割は映画を観れば観るほどバカになっていく。まあ、観なくてもバカになっていくので観た方がましだが。

2割は、映画を批評的に観ようとする人たち。実はそういう人はもう少し少なく、日本では5%程度ではないかと感じているが、その5%の人たちにこそ観てほしいのがこの映画。

原作はノルウェーを舞台としたサスペンス小説らしい。映画では北イタリアの小さな村に置きかえられている。

湖のほとりで美しい少女の死体が発見される。若年性認知症の妻を持つ初老の刑事がこの事件を担当することになる。丹念な聞き込みによって少しずつ事件の核心に迫っていく。

派手なアクションも、「刑事コロンボ」ばりのトリックや謎解きもない。この殺人事件の前にはもうひとつの意図せざる殺人事件があるのだが、殺された少女の意味不明な日記の解読を通じて、その事件の真相にも迫っていく。

最も犯人らしくない人物が犯人という、この手のサスペンス映画の王道をいく作品である。しかし、観終わったあとの印象は、優れた不条理文学の読後感に近い。

監督のモライヨーリにとって初の長編というが、画面展開はベテランの味がある。何より印象的なのはセリフで、少しアタマの足りない男の言うことでさえ、意味の含有率が高い。善悪の二元論はここにはなく、もちろん勧善懲悪もない。犯人を逮捕できた刑事が勝利者でも、犯人が敗北者なわけでもない。人生は複雑で、一筋縄ではいかないし、単純な善悪や好悪で括ってしまってはいけない。監督の、こういうメッセージが格調高い映像と抑制されたリズムで静かに、しかし強く伝わってくる。そしてあとに残るのは、最も優しく誠実であるがゆえに殺された少女の、失われてしまった生と性への愛惜の念であり、そうしたことがよくある現実の不条理性への怒りと諦観である。

この映画を付き合い始めの若いカップルに勧める。相手がこの映画のよさを理解できなかったら、8割もしくは95%のバカの側に属するということなので、すぐに別れるべきだ。





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最終更新日  November 13, 2009 12:40:17 PM
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