November 11, 2009
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カテゴリ: クラシック音楽
大野和士を初めて聴いたのは東京フィルを率いての札幌公演。1990年代前半のことで、だから彼は30代のはじめだったと思う。その緻密で非の打ちどころのない演奏の記憶はいまも鮮明で、すごい指揮者が現れたものだと思った。

次に聴いたのはその数年後、札響定期に客演したときである。札響が低迷していた時期でもあって、駄馬に名騎手といった趣きでオーケストラの状態に左右される指揮者の悲哀を痛切に感じたものだった。

いつか一流のオーケストラで大野和士を聴いてみたい、それ以来ずっとそう思い続けてきたが、12年ぶりの来日となるリヨン国立歌劇場管弦楽団との<来日>公演でやっとその願いがかなった。

来日ツァー最終日の会場、横浜みなとみらいホールは7割の入り。ハイカラな文化で知られる横浜だが、音楽ファンの感度はかなり鈍い土地柄のようだ。一方、このホールは駅からかなり歩かせられるという立地はともかく、音響に不満な点はなく席によるバラツキも少ない優れたホールのよう。

一曲目は偶然、前日のトゥールーズキャピタル管弦楽団と同じドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」。

前日の演奏にも魅了されたが、上には上があるものである。前日とは比較にならないほど精妙な表現で夢の中をたゆたうような音楽が紡がれていく。ピアニッシモはどこまでも繊細で、耳で聴くというより、眠りから覚める直前に聴こえた天上の音楽のように意識下の意識に働きかけてくるかのよう。

これほど精妙なドビュッシーを作り出せる指揮者は大野和士以外にいるだろうか。小澤征爾やケント・ナガノにも不可能ではないだろうか。

次はストラヴィンスキーの「火の鳥」だが、後半に演奏されたプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」と同じで、よく演奏される組曲や全曲ではなく、ストーリーに即さない音楽の部分を省いた「大野版」とでもいうべき選曲によるもの。しかもプログラム全体はバレエのため、あるいはバレエに使われる音楽を集めてある。

このあたりが大野と他の凡百の指揮者を分ける分水嶺。才能におぼれず、常に研究と思索を怠らない姿勢が、作品そのものへと深く踏み込んでいく結果を生む。



しかし、大野の音楽に批評は成立しない。端的に言えば、ケチのつけようがないのだ。バランス、テンポ、ダイナミズム、アーティキュレーションやフレージング、すべてが完璧かつ自然で、絶賛以外の言葉が見つからない。

そしてそのニュアンスはあまりに精妙かつ緻密で変幻自在なので、これはとてもじゃないが録音マイクには入らないと感じてしまう。

オーケストラについては多少の批評の余地がある。オペラ座のオーケストラのせいか、クライマックスの迫力が不足し、見た目の熱演のほどには音が出ていない。常にノーブルな美音で、特に金管は決して他を圧倒するような大きな音を出さない。

打楽器はかなり強調されたところもあったので、これは指揮者の意思がかなり入っていると思うが、ノリで演奏してしまう、というところがまったくないのは一回性のオーケストラ・コンサートとして物足りなく感じる人もいるかもしれない。

このあたりが、大野のコンサートがいつも必ずしもソールドアウトになるわけではない理由のひとつかもしれない。

アンコールは2曲。フォーレの「パバーヌ」とベルリオーズの劇音楽「ファウストの劫罰」から「ラデツキー行進曲」。

フォーレは再びドビュッシーのような水彩画の世界が描かれたが、「ラデツキー」を聴いていて、大野の音楽にたった一つだけ批評の成立する余地を見つけた。

ピアニストの中村紘子が、名演奏の条件として、理性と感情がせめぎあうぎりぎりのバランスがとれていること、その上にさらにマリア・カラスのような狂気を感じさせること、というのをあげていたことがある。

「ラデツキー行進曲」に限らずベルリオーズの音楽とは狂気の爆発そのものである。小澤征爾のベルリオーズは実演で3曲聴いたことがあるが、1989年のボストン交響楽団との来日公演のアンコールで演奏されたのがこの「ラデツキー」だった。

あの演奏は、たしかに狂気を感じさせるものだった。鳥肌がたち、目の前に「非日常」が現れた。

一方、大野の演奏は、理性と感情のバランスは完璧なものの、こうした「狂気」にまでは至っていない。






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最終更新日  November 12, 2009 08:47:26 AM
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