November 25, 2010
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カテゴリ: クラシック音楽
有料のクラシック・コンサートに通い始めて40年。数十年前なのにきのうのことのように覚えている音楽会もあれば、手元に残っている半券を見てもどうしても思い出せないような印象の薄かった音楽会もある。

このコンサートは前者になるだろう。死ぬまで心の財産として残り、人生のどんな難局に際しても自分を支えてくれる支柱のようなものとして残り続けるにちがいない。過去40年のコンサートでも数えるほどしかないが、このコンサートは間違いなくそうなると思う。

実は、オリジナル楽器はあまり好きではない。古楽器オーケストラやアンサンブルがブームになったころいくつか聴いてみたが、典雅な響きではあるものの音が痩せていて貧弱に感じ足が遠のいてしまっていた。録音ではいいものが非常に多い。それで、オリジナル楽器の演奏は「録音で聴くものであってナマで聴くものではない」という思いこみができてしまったのである。

ヴェニス・バロック・オーケストラの、決して力まない、暖かく柔らかい音色のふわっと包み込まれるような響きでアルビノーニの「弦楽と通奏低音のための4声の協奏曲ニ長調」が始まって、その思いこみのおかげでどんなに損をしたかを悟るのには数秒しかかからなかった。まさにこれこそ天上の響きというのであろう。あの豪華なヴェネチアの街の片隅にある質素な教会かどこかで音楽を聴いているような、そんな心地よい錯覚にさえ誘われる。

オリジナル楽器アンサンブルというと鋭角的で攻撃的な演奏が多いが、続くガルッピ「弦楽と通奏低音のための4声の協奏曲」、タルティーニ「弦楽と通奏低音のための4声のソナタ」も、大ホールをまったく意識することがない、普段着のというか日常そのままの演奏。それでも響きが豊かで透徹しているので、2階席でも全く不満がない。ただ、この穏やかな音楽は、創設者のマルコンが同行せず、若手のチェンバロ奏者がマルコンの代役をつとめていたせいも若干はあるかもしれない。

バロック・バイオリンの第一人者、ジュリアーノ・カルミニョーラが登場すると空気が一変。ヴィヴァルディのバイオリン協奏曲「狩り」と「海の嵐」は、即興性に満ちた生き生きとした音楽が弾むように流れ出して度肝を抜かれた。これほど生命力と音の喜びに満ち、しかもどこまでも優雅さ優美さを失わない音楽がこの世にあったのかと嬉しくなった。

しかしそれはまだほんの序の口だった。後半、ヴィヴァルディの最もポピュラーな作品「四季」では、前半のすばらしい演奏さえかすんでしまうほどの、スリリングな興奮と豊かなイメージに彩られた至福の音楽の時間が流れたのである。40分ほどの演奏時間が、わずか数分に感じられたほど。

最もすばらしかったのは「夏」の急速楽章で、その千変万化するパッセージのあとそっと静かに消え入るように終わるあたりではゾクゾクするほどの興奮を味わった。絶世の美女100人とのセックスより、カルミニョーラの「四季」を味わう快楽を選ぶ。

札幌では珍しいスタンディング・オベーションの熱烈な拍手にうながされて、すべてヴィヴァルディ作品によるアンコールを4曲。「夏」の急速楽章がもう一度聴きたい、あれを聴くためなら地球の裏側まで出かけても苦にならない、と思っていたら4曲目に演奏したので2度痺れた。



カルミニョーラはそろそろアラ還といったところか。バイオリニストは加齢による技術の衰えが早い。聴いて(見て)おくのはいまのうちだ。

リュートとチェロ奏者もかなり優れた人のようだった。特にリュートのイヴァーノ・ザネンギの音楽への密着と没頭には圧倒された。

もうひとつ感心したのは、ヴェニスから来たこの集団のかもしだす、特に男性陣の何ともいえないいい雰囲気。ひとりひとりが個性的なのに嫌みがなく、個が集団に埋没することも突出することもない。そうしたひとりひとりのあり方が、音楽にも反映され室内楽の理想が実現されていたと思う。

この世で最も繊細なロック音楽のコンサートに出かけたあとのような清涼感と、オペラティックな濃厚で濃密な歌いまわしの感動の両方が得られたコンサートだった。

30日と12月1日の東京公演に行くことにした。





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最終更新日  November 29, 2010 11:53:33 PM
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