January 21, 2012
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カテゴリ: クラシック音楽
今年はアメリカの作曲家ジョン・ケージの生誕100年にあたる。昨2011年はクセナキス没後10年だった。

この二人を20世紀の生んだ最も重要な作曲家と考えているが、残念ながら没後10年にちなんだクセナキスのコンサートに遭遇することはなかった。ウィーンでのオレスティア上演は道に迷ってたどりつけなかったし、リトアニアやギリシャでのフェスティバルは気づくのが遅すぎた。

このコンサートはケージ生誕100年と謳ってはいても、ケージ作品は1曲だけで、フェラーリ、カーゲル、フェルドマンの作品を集めた「現代音楽入門講座」といった内容。

そのケージの「クレド・イン・アス」は最初と最後にソロと集団のバレエを伴って二度上演された。そのせいかチケットの売れ行きがよく、売り切れに近い状態だったよう(会場はキタラ小ホール)。

高校生のころLPで聞いたこの曲には驚愕した。クラシックの名曲を荒々しい打楽器の音楽が切り裂く、といったイメージだったのだが、何度か聞くと、そういう部分の音楽が美しく、洒落ていたりして、何とも人を食ったおもしろい音楽だと思ったものである。

特設アンサンブルによる演奏は、見事だが、流麗にすぎたように思う。特に空き缶を鳴らす特徴的な、どこかふざけたようなリズムがあまり浮き出なかったのは残念。このあたり、やはり若い世代の感性には隔たりを感じる。上手すぎてひっかかるものがない。もちろんへたなのは困るが、この曲では特にヘタウマな感じがほしかった。

フェラーリの「偶然的出会い」とフェルドマンの「ヴィオラ・イン・マイ・ライフ」を演奏したコンビ、ヴィオラの甲斐文子とピアノの大須賀かおりはすばらしかった。札幌にもすごい若手が、と思ったら東京の演奏家のよう。

カーゲルの民俗楽器のための「エクゾティカ」は、悪意のあるタイトルのようだ。この曲をヨーロッパやアメリカで演奏したならこの悪意は通じるだろうが、アジアではどうということはない。反ヨーロッパ音楽を志向したカーゲルの真価は、むしろ純粋な西洋楽器による作品の方がわかりやすいのかもしれない。

しかしそれにしても「クレド・イン・アス」を生きている間に聴く機会があるとは思ってもいなかった。空き缶さえコレクトできれば演奏はさほど難しくないと思うし、いまとなってみればほとんど「ポピュラー名曲」といっていい曲だと思うので、中学校や高校の音楽部ではどんどん取り上げてはどうかと思う。





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最終更新日  February 8, 2012 04:56:15 PM
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