June 25, 2014
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カテゴリ: 映画
チョン・ジョン監督特集の2作目は1990年の旧作。朝鮮戦争における山岳パルチザンの悲劇的末路を描いたもの。類似の映画はまったくないと思われる。

最初に結論を書くと、戦争映画として傑出している。この監督は「南宮洞1984」からもわかるとおり、歴史と事実に対してできるだけ誠実かつ忠実であろうという姿勢を強く持っている。そのため、パルチザン=善、米軍に支援された国軍=悪という図式(ステレオタイプ)に陥っていない。パルチザンの否定的側面も併せて描いているし、国軍兵士との前線での歌合戦や戦場でのほのかな恋や牧歌的な日々を描くなど戦争=悲惨という図式にもに陥っていない。

残念なのは、日本帝国主義から解放されたあとの朝鮮の歴史について無知な人には、山岳パルチザン=朝鮮労働党(金日成)という誤解を与えてしまいそうな点だ。

ロシア革命や中国革命のなりゆきを見てもわかるように、それらの革命は単一の政党が行ったわけではない。アナキストから社会民主主義者、サンディカリストまでを含む広範な人民と勢力・組織が行った。ボリシェビキや中国共産党は、革命後に権力を掌握したというだけで、革命の主体は労働者・兵士・農民であった。

革命後、それらの勢力は根こそぎ粛清された。

朝鮮でも同じことが起きた。南朝鮮労働党は金日成の労働党とはもともと無関係。朝鮮戦争を契機に合同したが、その後も独自性を保持した。そのことはこの映画でも描かれているが、描きわけが弱い。映画はいきなり米軍の仁川上陸から始まるが、最初に数分でいいから、南朝鮮労働党の活動やそれに対する弾圧、金日成の労働党との連合のいきさつが描かれていたならと思う。

通信社に勤務していたキム・テの手記(実話)を元に作られたらしい。そのため、実際の戦闘、飢えや疫病との戦い、山岳高地での行軍などすべての細部に強いリアリティがある。南部軍は、八路軍のようには規律が確立していなかったようで、農民から略奪して行軍する姿も描かれる。一方、農婦をレイプした古参兵を銃殺刑(自殺のかたちをとる)に処する規範の高さには「解放軍」の面目がある。

そもそも朝鮮戦争は他の植民地解放戦争と同じで、共産主義者とファシストの戦争であり、ファシストを支援したのがアメリカだった。したがって韓国の政権はアメリカの傀儡であり、その性格の如何にかかわらず、解体・打倒され南北朝鮮は平和的に自主統一されるべきなのだ。つまり、歴史の針をこの映画の始まる前、米軍上陸の前に戻すことが必要だ。

そうするなら、朝鮮半島の正当かつ正統な政権は朝鮮労働党政権であることはあまりにも明白だ。



南部軍=山岳パルチザンは結局、使い捨てにされ中国やロシアと同じようにほとんどの人々が粛清される。映画ではそこまでは描かれず、停戦直前で終わるが、その後の悲劇にも言及があればこの傑作の風格は一段と増したにちがいない。

「南宮洞1985」や他の韓国映画でも感じることだが、日本の芸能人に似た人、あるいは自分の知人に似た風貌の人が出ていることが多い。

韓国の水原という街に行ったとき、4~5歳の子どもが「チョコレート サジュセヨ」と寄ってきた。これが中南米やアフリカだったら何も感じないところだが、日本人とほとんど同じ風貌の子どもが物売りをする姿に胸が痛んだ。

その意味で欧米人がこの映画を観ても感じない、ある種の痛みと共感と嫌悪を、日本人は感じるだろう。

ファシストに肉親を殺されて解放軍に身を投じた人は多い。戦争で言語に絶する艱難辛苦をなめ、停戦後は味方に粛清される。

こんな悲劇を繰り返さないために何が必要か、それをこの映画からはくみ取ることができない。

韓国人に根強い「反共体質」こそが問われなければならないが、チョン監督はそこまで踏み込むことをあえてしなかったのは、朝鮮戦争で死んだすべての人たちを追悼し、この悲劇をもう一度かんがえるきっかけにしてほしいと考えたのだと思う。





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最終更新日  July 2, 2014 02:18:10 PM
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