September 5, 2015
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カテゴリ: クラシック音楽
ハインツ・ホリガーをきくのは念願、あえていえば悲願だった。

札響の定期演奏会にはじめて出かけたのは第93回(1970年3月)のことだった。中学1年の春休み。その前の月の第92回にはハインツ・ホリガーが、91回にはマルタ・アルゲリッチがソリストとして登場しているがきき損ねた。

前年4月にはオーレル・ニコレ、6月にはアンドレ・ワッツがソリストとして登場しているが、故谷口静司事務局長時代、今では考えられない「大物」が来演していたというのにもったいないことをした。ニコレはとうとうきき損ねた。

45年ぶりの登場はソリスト及び指揮者として。ホリガーは作曲家としても高名だが自作演奏はなかった。

フンメル「序奏、主題と変奏」は4手連弾ピアノ曲を独奏管楽器とオーケストラのために作曲者自身が編曲したものらしい。どうということはない曲だが、ホリガーの音楽性の豊かさ、知的な冴えのようなものはかえってこういう作品の方がよくわかる。テクニックに年齢的な衰えを感じる部分はあったが、「この音楽はこうでなければならない」というホリガーの目指すものがはっきりわかる演奏なので、それが気にならない。華麗なフレーズが続く変奏部分も上滑りしない音楽に、ホリガーの真骨頂をきいた気がする。

フンメルでもかいま見ることのできた思い切りのよい指揮はシューベルト(モーゼル編)アンダンテと交響曲第7番「未完成」ではっきりと確認できた。

この2曲は続けて演奏されたが、ロ短調交響曲の前に同じ調の未完に終わった最後の交響曲の一楽章として構想されたものらしく、晩年の作品ふたつをひとつの音楽のように演奏するというのは、作曲家ホリガーならではの発想だろうし、前半を「ウィーンもの」で固めてウィーン的なものを感じさせたのは秀逸なアイデアだ。

いわゆる「未完成交響曲」がこんなに厳しく凛々しい音楽とは知らなかった、というくらいホリガーの音楽作りは立体的かつ構築的。しっかりとした土台の上をシューベルトの「歌」がやはりあいまいさを残さず歌われていくという感じで、久しぶりにホンモノの音楽を味わうことができた。

バルトーク「管弦楽のための協奏曲」は、やや速めのテンポできびきびと進められていく。ちょっとドライすぎるかなと感じる部分もあるほどだが、第4楽章をやたら甘ったるく演奏したり、フィナーレをスケール雄大に表現しようとしてこける演奏ばかりが目立つ中、スコアそのものから音楽を取り出してくるホリガーの誠実さには感動させられた。






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最終更新日  January 3, 2016 12:42:26 PM
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