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愛用の電卓が使いにくいっていうか、見えない。文字が薄い・・・・・・最近は電卓を持たずに全部スマホで済ます方が多いと思いますがワタシは電卓派です。(笑)餅は餅屋というが、専用機の方が使い勝手は上です。・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、文字が薄いんだよねぇ・・・・この電卓はソーラーパネルが付いているのでソーラーパネルの劣化が原因のような気がするが念のために分解する事にした。すると・・・・・おや?電池が入っているじゃん(笑)ワタシはてっきりソーラー電卓はソーラー発電だけで電卓を動かしてるのと思っていたが電池も入っているんですね。( *´艸`)ま、明るくないとこでも電卓は使うのでそりゃそうだ。なので交換する。文字がくっきりはっきり見やすくなった。ああ、電池を抜いたので消費税の税率が0%に戻っていた。ここは再設定する。以上、電池交換完了。ちなみに、今回交換した電池はCR2032先日修理したノートパソコンのマザーボードのCMOS電池と同じものだ。電卓の電池交換とパソコンの修理電卓の電池交換は簡単でパソコンの修理は難しいと、思っている方もいると思うが実は同じ事をやってるだけで大して変わらないのです。(笑)
2026.09.06
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しんのすけのお気に入りの玩具の電池交換です。がちゃがちゃで手に入れたお寺の鐘撞堂中に電子回路が入っていて鐘を指で触るとごーん!と、厳かな音色が奏でられるのである。もちろん、電池駆動なので電池がなくなると鳴らなくなるのだ。ネジ2本で簡単に裏蓋が開いて電池交換ができるようになっている。電子回路が内蔵されているがちゃがちゃでも蓋が接着されていて電池交換ができない構造の物も多いのだがこいつはなかなか良心的な設計です。よく見たら身分不相応なほど大きなスピーカーが内蔵されています。この大口径スピーカーのおかげで音色が良いのです。電池は百均で簡単に買えるのだがワタシはめんどくさいのでネットで10個単位で買ってます。もはや、百均に行くのがめんどくさいのです。(笑)さて、電池交換自体は簡単なのだがちょっと注意点があります。プラスチック時計の裏蓋なんかも同じなんだけどプラスチックの本体に金属ネジで止めている場合ネジを締めすぎると舐めてしまって(プラスチック部分が砕けてしまう)ネジが効かなくなってしまいます。なので、特にネジの締め付けの際は締め加減に充分気を付ける必要があります。コツとしては、ごく軽い力でネジを締めて、最後のキュッと締めるところを自分の思っているのより軽く締める感じでしょうか?最近は電動ドライバーが安くなって使っている方も多いですがプラスチックに金属ネジを締める場合は使わない方が良いですよ。ってな、訳で電池交換完了です。
2026.09.04
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愛用のノートパソコンが起動しなくなった。なので今回はこいつをなんとかしてみよう。とりあえず、バラす(笑)それにしてもThinkpadは良いねぇ・・・・ちゃんと修理ができる構造になっている。世の家電はこいつを見習って欲しい。こういう症状の場合はマザーボードのCMOS電池がお亡くなりになっている場合が多いのでこいつを交換してみる。電池はCR2032 百均で普通に買えるが今回は横着してAmazonでコネクタ付きを買ってみた。ところが・・・・・コネクタが違う(笑)ちゃんと型番を合わせて買ったはずなのだが・・・・これが中華クオリティーなのか(;´∀`)しょうがないのでコネクタをぶった切って再利用。むりやり半田で付け替える。でけた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、無事起動するようになりましたとさめでたしめでたし。(#^.^#)
2026.09.03
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毎週日曜日のお楽しみ・・・・豊臣兄弟。お楽しみというか惰性で見てるだけのような気がしますが(笑)物語的には本能寺の変で織田信長が退場していよいよ佳境に入ってきます。そして、先週から今週にかけて賤ヶ岳の戦いから北庄城の戦いなど柴田勝家との最終決戦です。めっちゃ、盛り上がるハズのところです。なんだけどねぇ・・・・やっぱり微妙なんですよ。やっぱり根底で主役二人の演技力のなさがずっと尾を引いているというかどうしても秀吉、秀長に見えないんですよねぇ。( ̄▽ ̄;)それに加えてあざとい脚本が多いし史実をあえて捻じ曲げているようなところも多々あってどうにも真剣に見ようという気にならないのであります。もちろん、悪いところばかりじゃなくて良い点もあるのですがちょっと希望を持ち始めたらすぐに落とされる事が続いてだんだんと真剣に見ようという気がなくなってくるんですよ。さて、先週は賤ケ岳の戦い。圧倒的に押してる柴田勝家だったが、前田利家の裏切りで窮地に陥って撤退する流れ。ここは柴田勝家を父親のように慕っている前田利家がどうして裏切るのかが重要なんだけどどうにも脚本が薄っぺらいのです。なので前田利家がただの馬鹿のように見えて何とも辛い。そして、柴田勝家と前田利家との決闘。ここは想像なんだけど柴田勝家と前田利家を決闘させたら盛り上がるんじゃね?という、ゴール地点が設定されて、そこに向かって脚本を書いていったような感じ。何にも知らない方は別だけど多少なりとも知ってる方にはこの展開は違和感しかないと思う。今週はその続き柴田勝家とお市の方が共に自害して果てるのであるがまさかの北庄城天守からの飛び降り・・・・・普通に考えて下の屋根に落ちるがそこは言うまい(笑)それ以前のドラマパートは良かっただけに飛び降りて蝶になりました的なファンタジー展開は頭痛がしてきました。まぁ、「どうする家康」ではお市の方が総大将で戦をやっていたのでそれに比べたら相当マシではありますが・・・・・ってな感じでどうする家康よりは数百倍マシな豊臣兄弟なんですがやっぱり微妙でもやもやするんですよねぇ。もはやNHK大河に期待する方が間違っているのかも。(;´∀`)
2026.09.01
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先週の歴史博物館に続いて今度は科学博物館に行ってきました。・・・・・・・・・・・・・なーんか、めっちゃ久しぶりです。昔はしょっちゅう行ってて常設展示はすでに見飽きてここに来るのは特別展とプラネタリウムが目的でした。(;^ω^)ちなみに今回の特別展はこれ働く乗り物ワンダーランドいやぁ、子供はこういう重機なんが大好きですからねぇ。かくいうワタシも重機は大好きです。ワタシ的にはこういう重機が展示してあったらもうオシッコ漏らしていたかもしれんのですが残念ながらなかったです(笑)代わりに水中ブルドーザーの模型があったのでちょっと感動です。ちなみに水中ブルドーザーはその名の通り水中で活躍する重機ですが当然遠隔操作となります。現在米国では有人月開発が具体的になりつつありそう遠くない未来に月面基地の建設も視野に入っています。そうです。月面に基地を建設するとなると遠隔重機の出番となり、まさにこれからは重機の時代と言えましょう。( ̄▽ ̄;)その他、みんな大好き鉄道や、船、飛行機の展示が多々あり子供たちも大喜びでしたね。まさに、働く乗り物は男のロマンですよ。フライトシミュレーターでも遊べました。最近のフライトシミュレーターって凄いね。パイロットを志す子供も増えるんじゃないかなぁ。・・・・・・・・・・・・・・・続いてはこれ昭和のテレビゲーム機これは特別展ではなくロビー展でした。ファミコンから始まりドリームキャストまで展示されてました。ファミコンと今のゲーム機を比べると性能的には話になりませんがファミコンは最低限のドット(点)数ショボい音源で世界を表現するというなんといいましょうか?全てをそぎ落とした禅の境地を感じるようにも思えるのです。ちなみに初代ドラゴンクエストのゲーム容量が64KBなので今のスマホのカメラ画像1枚(約5MB)の78分の1しかありません。これで当時は夢中になっていましたからね。なんかまたファミコンで遊びたくなりました。携帯ゲームもいろいろありましたね。おまけで、PCの展示もMZ-80にFM-7 さらにX1turbo PC-9801VMなどなどあまりに既見感ありすぎて困っちゃいましたねぇ(笑)懐かし過ぎる。MZ-80Bでゲーム組んでたのは懐かしい思い出です。せっかくなので常設展示もうろうろ微妙に新しい展示も増えてました。以前はハルキゲニアの復元模型が古い学説バージョン(逆さま)しかなかったのですが新しいバージョンが併設されていたのはちょっと嬉しかったです。(´∀`*)ポップラネタリウムは時間の都合でこれを見ました。なんか知りませんが宇宙人が地球を探査するという話らしい。基本的にドタバタコメディなのですが意外と面白かったです。地球にUFOで探査にやってくる高知能の宇宙人なのにやってる事はかなり原始的なのが良かったですね。(笑)個人的には宇宙兄弟とのコラボをぜひ実現してもらいたいところです。そして、最後のお楽しみ売店です。ここには他では売ってない宇宙グッズが売ってるのです。JAXAグッズは定番ですが、今回はKEK(高エネルギー加速器研究機構)のグッズが増えていたのは印象的でしたね。これは猫柄トートバッグなのですがNO CATS NO LIFEの文字が元素記号になっているのですN窒素 O酸素 Caカルシウム Tsテネシン Noノーベリウム Liリチウム Fe鉄なかなか粋ですよねぇ。他にもこんなのも・・・・世界最先端の科学研究所なのにこんなクラッシックなデザインに痺れます。こりゃ反則ですわ。結局、キリがないので宇宙たこ焼きを買って帰りました。ああ、科学博物館って楽しいなぁ・・・・・(*^_^*)
2026.08.31
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やっぱ、夏と言えばプールだよね。日曜日は大洲の市民プールに行ってきました。なぜ、大洲の市民プールなのか?それはズバリ空いているからです。松山近辺のプールってどこも劇混み。まず、駐車場に車を停めるのも大変でプール自体も泳ぐというよりは水に浸かるのが精いっぱいな感じ。人が多すぎるんですよ。そこで大洲の市民プール流れるプールにも関わらず超空いてる。なんか年々空いているような感じ。なので、超自由に泳いで遊べます。空いているのは南予が過疎っているからなのだ。大プールやウォータースライダーはすでに使用禁止になっている。設備が老朽化して修理できないのかもしれない。せめて流水プールだけでも存続して欲しいものだ。で、せっかく南予に来たので宇和町まで足をのばしてみた。歴史博物館。ここもなかなかの展示物があるのだが今回の見どころはこれガチャガチャ展。日本のガチャガチャはもはや文化であり芸術である。いろいろコレクションしている方も多いだろう。日本庭園は庭に自然を再現したようにガチャガチャは自宅の棚にいろんな世界を再現できる。根っ子は同じものだと思う。ちなみにワタシはタイムスリップグリコは大量にコレクションしている。なんか見てるだけでワクワクするよねぇ・・・・ガチャガチャの中身を製造するメーカーはたくさんあるがこういう会社で働いたら楽しいだろうなぁ・・・・(;^ω^)
2026.08.27
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映画ちいかわ 人魚の島のひみつ2度目の鑑賞をしてきました。実はワタシは人生において同じ映画を上映期間中複数回見た事がありません。今回この映画を2回目観に行ったというのはワタシにとって相当に凄い事なのです。正直言うと、最初この映画を舐めてました。どーせ、忖度しているんでしょ?どーせ、子供向けに改変してるんでしょ?どーせ、声優に芸能人を使ってるんでしょ?どーせ、主題歌に適当なアイドル使ってるんでしょ?・・・・・・・・・・・・・・・ところが、全て裏切られました。改変、忖度一切なし、容赦なし、エグイ内容そのまんま他の作品で主役やってる声優をセリフのない役にあてがう鬼畜っぷりさらに、原作では味わえない美しい画像に壮大な音楽原作の行間を埋める映像化これは後から知ったのですが普通、原作漫画の映画化では原作者は映画の許可だけ出して、映画製作にはタッチしないのがほとんどですが原作者のナガノ氏可能な限り映画に関わり総作画監督までやっています。動画の眉毛の角度から口の開き方などの細かい事まで注文を入れたそうです。また、使われる曲の作詞や、声優の選択もナガノ氏が関わっています。なんというか、原作者ナガノ氏の執念を感じたのです。ってな訳で1度目の鑑賞は舐めてかかってきちんと見ていなかったと反省して2度目の鑑賞と相成ったのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鑑賞後・・・・・・・やっぱ、凄かった。映画全編研ぎ澄まされてるというか、一切の無駄がない。やっぱ、この映画凄いわ。一見、二頭身のかわいいキャラばかりなのに内容は現代の日本や世界の縮図です。考えさせられる事ばかりです。ネットでは、この映画に関して何が正しいのか? 誰が悪いのか?との、議論が盛んですが正直、結論など出ません。誰もがそれぞれの正義や正しさがあり、そして、それぞれに罪を持っているからです。見る角度が違えば見える景色も違う。それがこの映画の正体です。ワタシも2度目の鑑賞で1度目に見えなかった物が見えるようになった気がしますがそれでもモヤモヤは収まりません。なので、誰が悪い、何が正しいという考えは一端置いといてもし、ワタシがこの映画の登場人物だったとしたらどういう行動に出たかを考えてみました。もし、ワタシが登場人物のラッコ先生だったとしたらセイレーンが無抵抗になったタイミングでトドメを刺していたような気がします。あのタイミングならやれました。もちろん、主人公のちいかわやハチワレからは非難されるでしょう。ハチワレは失望して弟子を止めるかもしれません。それ以上に、非情な男と責められるかもしれません。セイレーンは確かに被害者ですが、画像からは10名を超える島民を捕食しています。そして、それはさらに増加し、20人や30人になってもおかしくありません。セイレーンはやりすぎました。もし、ワタシがラッコ先生だったらこれ以上の犠牲者を増やさないために、そして、負の連鎖を止めるためにあえて汚れ役を引き受けたような気がします。多分、島二郎などは理解してくれるのではないかと思います。ちいかわ等の子供たちはすぐには無理でもいつか理解してくれる日がくる事を信じて・・・・・まぁ、ぶっちゃけ物語的にはそれをやってしまうと、主役がラッコ先生になってしまうのでああいう、流れになったと推測されます。ってな、具合では妄想してしまいましたが結局、これって世界中はおろか規模の大きさはともかくどこでも起こっている事なんですね。答えのでない問題にどう向き合うか?逃げずに考える・・・・・それが大事です。ちなみに、映画鑑賞のおまけはこれです。いきなり3種類コンプリートしちゃいました。( ̄▽ ̄;)
2026.08.23
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映画ちいかわ 人魚の島のひみついやぁ、凄いですね。興行収入100億を突破しそうな勢いです。たぶん、もう突破しているんじゃないかな?発表されてないだけで・・・・・さて、そんな映画ちいかわですがサントラCD買っちゃいました。いやぁ、アニメ映画のサントラCD買うなんて初めてかもしれない(笑)とにかく名曲ぞろいです。エンディング曲の「机さする」は、もはや哲学ですがオープニング曲の「くつずれ」もなかなかに意味深です。今回はこの「くつずれ」を軽く考察してみたいと思います。「机さする」は悶絶するほどの重い問いを投げかけてくるような哲学ソングですが「くつずれ」は個人的には応援ソングだと思っています。くつずれの歌詞は下記のような感じです。大したことないからさそりゃなんともないけどね空見上げて目ショボるなんかいつもの日じゃないや昨日晴れだっけ雨じゃなかったような写真撮って見返すとなんかすごく良さそなもの食べてるねくつずれが痛くとも痛くとも歩くよ前を向いてネバーギブアップでもやっぱ痛いからさ痛いからさなんかちょっとだけ目ショボる机さするのような難解さは少なく歌詞を聴いただけで情景が浮かぶような感じです。靴擦れで足が痛いけど大した事ないからがんばって歩くよ。昨日の天気が思い出せなくて、スマホの画像ホルダーを見たら昨日おいしそうな物食べたんだな。気丈にふるまって痛くないフリをしていたけどやっぱり痛い。ちょっとだけ涙が出る。・・・・・・・・・・・・・・・・と、こんな感じでしょうか?ちょっと腑に落ちないのが昨日の天気が気になって確認したら食べ物を確認している。ちなみに2番の歌詞は逆で昨日の食事を確認しようとしたら天気を確認してる。の下りです。そもそもですが靴擦れが痛いなら靴を変えれば良いのでは?と、思う方が大半だと思います。でも、この曲はナガノ氏の作詞です。そんな単純な事では決してありません。以下はワタシの個人的な考察になります。まず、くつずれというのは比喩です。くつずれというのは靴が足と合っていなくて痛い。つまり、現代生活に例えると仕事が自分に合っていなくて辛いと、いう感じではないでしょうか?そう考えるとこの曲はものすごくしっくりきます。毎日毎日、会社に行って仕事しているけど嫌な事も多く辛い。今の仕事は自分に合ってないのではといつも考えるでも、耐え切れないほどではない。仕事に追われて自分を見失いかけて昨日の天気や何を食べたのかも覚えていない。確認しようとスマホを見て昨日の事すらも覚えていない事に気づく会社が辛くてしんどくても毎日歩いて仕事に行くよでもふと空を見上げた時にちょっぴり涙が出そうになるいわゆる応援ソングです。ワタシの世代だとZARDの「負けないで」のような感じでしょうか?ちいかわは小さくてかわいいの略ですがその世界は恐ろしく過酷です。ちいかわ世界の住人は大半は働いています。働かないと生きていけないのです。しかもほぼ日雇いです。しかも、日常には命の危険が多くあり殺されたり捕食されたりする事も珍しくありません。さらに、突然変異で怪物に変異する事もあり、その場合は元仲間に〇されます。今現在の日本は豊かですが、多くの方が不安を感じています。それはわかるのですが今の日本で命を危険を感じる事がそれほどあるでしょうか?ゼロではないですがかなり少ないでしょう。ところが、ちいかわの世界では命を失う事は日常茶飯事です。今回の映画でも直接的には描かれませんが多くの方が〇されています。そんな地獄のような世界でたくましく生きているのがちいかわ達です。歌詞にあるくつずれが痛くとも痛くとも歩くよ前を向いてネバーギブアップでもやっぱ痛いからさ痛いからさなんかちょっとだけ目ショボるというのは、いつ何時、〇ぬか、〇されるかわからないけど前を向いて歩くよネバーギブアップでも、やっぱ怖いから怖いからちょっとだけ涙です。と、いう感じです。確かに今の日本は生きづらいですがちいかわの世界や、世界の他の国々では想像を絶する過酷な状況でも強く生きている人がたくさんいます。だから、あなたも負けないで!これがナガノ氏がこの曲に込めた思いであるような気がします。
2026.08.21
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このところ、発進の際にちょっと力がないなぁ・・・・・今度の休日に調べてみようかなぁ・・・・などと思っていた我が愛車サンバーですがアイドリング中に突然のエンジン停止。自走不可能となりました。・・・・・・・・・・・・・・・・(◎_◎;)とか、思ったらしばらくしたら何事もなかったようにエンジンがかかった。うーむ、これはアレですね。燃料ポンプが死んだっぽい。( ̄▽ ̄;)とりあえず、最後の力を振り絞って帰宅に成功した。実は燃料ポンプは前に交換している。2024年6月 28万キロの時だ今は35万キロ走っているので、2年間、7万キロもった事になる。新品部品でも10万キロなので中古部品で7万キロもったのは上等だろう。ってな、訳で今回も中古部品をゲットした。地元の解体屋で3000円だった。ヤフオクならもっと安いかもしれないが、地元の解体屋だと不良品なら交換してくれるので安心安全である。しかも、ヤフオクなら早くても2~3日かかるが解体屋なら1時間もあれば手に入るのだ。ってな訳でサクッと交換しよう。サンバーの燃料ポンプは燃料タンクと別になっているので作業性はすこぶる良い。今時のエブリィやハイゼットなら燃料タンクに埋め込まれているので燃料ポンプを交換するには燃料タンクを下ろす必要があり素人にはかなり大変なのだ。あっという間に修理完了。エンジン停止からJAF呼んで帰宅、部品調達して修理完了まで3時間。かなり早いと言えよう(笑)試運転してみたら出足の力強さが戻ってきた。やっぱ、数日前から調子悪かったんだな。違和感を見逃しているとひどい目に遭うという事ですな。┐(´∀`)┌ヤレヤレ
2026.08.20
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土曜日、いろいろな偶然が重なって思いの他仕事が早く終わってしまった。そして、突然思いついて故郷の花火大会を観に行く事にしました。高速道路を飛ばして故郷へ到着。しかし・・・・・有料の駐車場はどこも一杯で車を停められない。あちゃ~ちょっと舐めてかかっていたかぁ・・・・・結局、花火会場からかなり遠いところに停めて歩く羽目になった。まぁ、しょうがないね。(*'ω'*)で、会場に着いたらびっくり。大量の人人人・・・・・・・超過疎の町なのに、この人たちどこから湧いた???普段、これだけ人がいればさぞかし活気があるだろうに。程なくして花火が始まった。スマホのカメラでは何も伝わらないと思うが全国でも屈指の大迫力ではなかろうかと思う。打ち上げ場所と観覧場所が異常に近く視界一杯に広がる花火に腹の底に響く大音響である。また、音が近くの山に反響して何倍にも膨れ上がるのである。実は、故郷の花火大会を観たのは10数年ぶりである。故郷に住んでた時から思っていたが、今でもそう思う。故郷の花火大会は凄まじい。故郷はかなり過疎が進んでいて、町の中心部は更地が目立つ。にも拘わらずこのような盛大な花火大会ができる事に違和感があった。しかし、聞いたところによると故郷の町はふるさと納税の返礼品が大人気で全国から納税が相次いで税収が大幅アップ財政はホクホクなのだそうです。町の中心部は過疎でボロボロなのに、財政は潤っている。なんか釈然としないが事実だそうです。過疎と片付けて諦めるのではなく、何事もやり方の問題なのかもしれない。そういえば、人通りのない商店街の一軒の食堂だけ行列ができていました。
2026.08.17
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前回の続きというか、書きそびれてました。今回のキャンプの準備の際に百均に行ったところキャンプコーナーにマシュマロが売ってたので何の気なしに買っていました。ちなみにパック入りのトウモロコシも買っちゃいました。(笑)キャンプといえば焚火でマシュマロを焼くのが定番のようですが実はワタシはマシュマロがそれほど好きではないのです。なんと言いましょうか・・・・・甘いだけで、食べてもぐにゅっとした食感が好きになれないというか別にマシュマロを食べなくても生きていける!くらいに思ってました。ところが、キャンプの際に恒例の焚火をするのですがマシュマロの事を思い出してマシュマロを焼いてみたという次第です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところが、これがびっくりマシュマロは焼くと別な食べ物になるんですよ。60年以上生きてきて今更知りました(笑)串に刺して焚火で焼いたマシュマロは表面はカリっとして若干の苦みや燻製のような香りが付き中身はドロッとしてジューシーもう何とも言えない美味でした。例えばプリンはカラメル(焦がし砂糖)をかける事によって完成するようにマシュマロも焼く事で完成する感じです。いやぁ、知らんかったなぁ。こんな美味いものがあったなんて・・・・・ちょっと癖になるかもしれん。ちなみに、X(旧twitter)によるとマシュマロにポッキーを刺してそのまま焼いてポッキーもろとも食べるとさらに恐ろしい食べ物に変化するそうです。これもやってみたいなぁ。ネットによると、マシュマロを焼くのは何でも良いそうなのですがなんとなくガスでは美味しく焼けないような気がする。やはり、カリっと焼くには焚火か炭火が必須な気がします。ちなみに一緒に買ったトウモロコシも美味でした。(#^^#)
2026.08.11
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久しぶりの滑川渓谷でのキャンプです。前回行ったのが2021年だったので5年ぶりです。なんと、誰もいない。完全貸し切り状態です。( ̄▽ ̄;)5年前の2021年は空前のキャンプブームの真っ最中でした。キャンプ場の敷地には所狭しとテントが並び中にはモンゴルの遊牧民のテントのような巨大なテントがありました。また、ソロキャンプやってる方も多くいて一人なのに大量の荷物を持ってきて焚火やってました。なんというか、皆同じ事やってるんですよねぇ。( *´艸`)ところが、去年もそうでしたが誰もいなくなってしまいましたねぇ。飽きるの早すぎませんか?さて、気を取り直して貸し切り状態なので、遠慮なくキャンプを楽しみました。この施設は川に隣接していて、そこで川遊びができます。水は綺麗で透明度が高く冷たい。しかし、生き物もたくさんいて魚やタニシ、サワガニ、エビなかなかに賑やかです。もちろん、川の流れに身を任せて浮いてるだけでも楽しい。夜はバーベキューと焚火と花火。焚火をしながら、映画ちいかわの劇中曲「今日の日はさようなら」をスマホで流すと怖くなっちゃいました(笑)そういえば、アウトドア用の手のひら空気ポンプを買ったのですがこれが大活躍でした。手のひらサイズで浮き輪とかの空気を入れるポンプなのですがLED内蔵で照明になったり、炭の火起こしも使えます。 LEDも明るくて雰囲気さえ我慢すればメインランタンに使えますね。めちゃめちゃ荷物が減らせます。また、炭の火起こしも相当楽になります。これ、買って良かったぁ。(*^_^*)翌日はまた川遊びしたりシャボン玉したりお約束のカレーしたりなかなかに自然の中でまったりしたキャンプでした。蚊もいないし、夜は寒いくらいで寝苦しくないしここは前回来た時も夜は寒いくらいだったので地形的なものかもしれません。寒い時は着込めば良いのですが寝苦しいキャンプはなかなかに対処が難しいですからね。やっぱ、なめがわ清流の森は過ごしやすい良いところです。ワタシはキャンプの時はラジオを聴く事が多いのですがご存知のように既存のAMラジオ局がFMに移行して今ではAMはNHKラジオしか聴けません。渓谷とかではFMが入りづらくなかなかに悩ましいですね。これも時代か?
2026.08.10
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映画ちいかわ 人魚の島のひみつ近年の映画では最高傑作ではなかろうかと思っています。ただ、映画公開初週の勢いは急減しているとの話があります。それはそうでしょう。可愛い絵柄からほのぼのとしたアニメを想像していた方は映画を観て愕然としている事でしょう。例えるなら、トトロを観に行ったら火垂るの墓だったという感じでしょうか?なので、ネガティブな印象を持った方が拡散した情報によって映画を見に行く方が減っているのも納得です。しかし、それは最初からわかっていた事です。この手の映画は小さい子供も観る事を考慮に入れて無難で分かりやすい内容にて楽しく終わる。声優にアイドル歌手を入れて話題を盛り上げるなどなどちいかわをドラえもんレベルのコンテンツにしようと思えば多くの忖度は配慮が必要なのです。にも拘わらず、興行収入が減る事がわかっているのに原作のテイストを何の忖度も容赦もなく映画化した関係者の覚悟に拍手を送りたいと思います。金儲けよりも映画の質を優先したクリエイター魂ですね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワタシもこの映画を観てから一週間が経ちますがどうにももやもやが止まりません。映画を観終わって1週間以上も考えさせられる映画はそうはないでしょう。映画自体は原作の通りなのですがエンディング曲にひっかかっています。エンディングの曲は「机さする」作詞はナガノ氏で、この映画のための書き下ろしのようです。ただ、この曲の歌詞が映画とかみ合わないというかしっくりこないのです。歌詞はこんな感じです。外を見るともう明るいよね眠れなかったけどさ頭冴えてるそっと見るとまだ眠たいよねもすこし寝てようかおやすみ例えば鳥 あるいはねこその中で見てるって思うのも自由何があったかべつに聞かないけどね覚えてても忘れそうでさ書いとここわいからあの花瓶いつか買ってさ飾ろうね約束覚えてても忘れそうでさ撮っとここわいからあの場所にいつか行ってさ見つけようね約束今 机さする曲調がほんわかしているので騙されそうになりますがかなり深い意味が隠されていそうです。ところが、前回ブログの「if話、パラレルワールド話」を頭に入れるととたんにこの曲がしっくりくるのです。この曲の描いている情景を思い浮かべると下記のような感じでしょうか?朝になったけど、一晩中眠れなかった。隣には誰かが寝ている。寝ている誰かとは別の誰かが鳥か猫の中からこっち見ている事にする。今は覚えているけど忘れそうなので書いておく、撮っておく花瓶も買って飾ろう、思い出の場所にも行こう、怖いからでも、今は机をさする。あくまで想像上のif話ですが、こんな感じでしょうか?大切な友人達が〇され、親友が怪物化して記憶を失いつつも一応の平和が戻ってる。一晩中眠れなかったのは衝撃的な出来事があったからとなりで寝ているのは記憶を失った親友。〇されていなくなった友達は今は鳥か猫になって見守ってくれていると思う事にする。壊れた思い出の花瓶も買いなおそう、思い出の場所も行ってみよう。怪物化した親友のように自分もいつ怪物化するのかわからない。今は覚えている記憶も記録しておかないといつ消えるかわからない。そう考えると、悲しくて怖くて机をさする事しかできない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、いう状況の方がしっくりきます。曲調も最初は楽し気な曲調なのですが、終盤は物寂しげな悲しい曲調で終わります。これだけでも楽しい曲ではないのは明らかです。ちいかわの原作がXに投稿されはじめたのは2020年1月頃です。(それ以前はただのイラストで、この頃から物語形式になってる)最初はちいかわの日常が描かれてる感じでしたが、かなり早い時期にちいかわが怪物(キメラ)に襲われる話があります。これは親友のハチワレよりも早い登場です。つまり原作者のナガノ氏はちいかわ世界で「突如怪物化して記憶を失くして同族を襲い始める。 怪物化した物は同族によって討伐される」という、かなり重い設定を早い時期に取り入れてることからこの設定はちいかわのある意味肝なのかもしれません。怪物化した者を元に戻す方法はなく討伐されるしかありません。怪物化した者は過去として忘れるしかなく、いつ自分が怪物化するのかもわかりません。しかし、小さくてか弱い生き物が過ぎ去った過去を悲しむのでもなく、まだこない未来におびえるのでもなく今、この瞬間を生きようと戦っているのがちいかわの物語の根底にあるような気がします。
2026.08.03
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映画ちいかわ 人魚の島のひみつ 大ヒット上映中。ひょっとしたら鬼滅の刃をも超えるかもしれないとも言われています。そして、案の定小さなお子さんやその親御さんを地獄に突き落としているようです。映画のラストシーンを観た子供が親御さんに「今のどういう意味?」と、聞いて親御さんの顔が引きつる、帰り道は通夜のようになる事例が多発しているらしい・・・・・まぁ、想定の範囲内ではありますが・・・・・( ̄▽ ̄;)かくいうワタシも映画を見終わってもモヤモヤ感がぬぐえないのでいろいろネットを徘徊していたら面白い記事を見かけました。それは島二郎についてです。島二郎は今回の映画初出のキャラクターでちいかわ達主人公を助けてくれる重要キャラです。島二郎がいなければこの映画は成立しないほどです。その特徴を言うと、強いだけじゃなくて多才、そして恐るべき優しさという感じです。原作で登場した時からこの島二郎の正体について考察がなされていてワタシ的にもかなり納得感があったので紹介します。島二郎の正体は「ポセイドン」というものです。ポセイドンはギリシャ神話の海の神です。兄に冥界の神「ハーデス」、弟に天界の神「ゼウス」つまり二男です。島二郎の二郎から連想されるように二男です。画像はAIに作らせたポセイドン風の島二郎(笑)島二郎の元ネタがポセイドンとするならばその強さや優しさ等納得行きます。もちろん、ポセイドンの能力があればセイレーンなんて敵じゃないような気もしますがそこは神という立場上片方だけに肩入れして一方的に罰しないという感じなのかな?と、思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところが、面白い話があります。今回の「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」には もう一つの話があるというものです。この話の根拠には原作者ナガノ氏のX(旧Twitter)の投稿です。ご存じの通りちいかわはナガノ氏がXで投稿した1ページ漫画が原作です。ちいかわの原作以外にもイラストやナガノ氏の日常を描いた物も多数あります。そして、今回、映画公開前にX上でナガノ氏によるカウントダウンが始まりました。もちろん書き下ろしイラストです。ここで映画を観た方なら違和感を覚えるかもしれません。島二郎のスタイルが違うのです。島二郎は全裸に前掛けというスタイルなのですがイラストの島二郎は島の島民と同じスタイルです。島二郎は島の住民に知られる事なく生活していたという設定なのでこのスタイルは違和感があります。もちろん映画でもこのスタイルはありません。そして、映画にはない島二郎の敗北シーン。あくまで推測になりますがこのシーンはナガノ氏の考案したもう一つのストーリーではないかと思われます。もしくはif話、パラレルワールドと解釈しても良いかもしれません。映画ではちいかわの発案で激辛カレーで敵セイレーンの歌を抑えるという流れで島二郎が前掛けから取り出したキャロライナ・リーパーを加え敵を撃退する描写があります。ちなみにキャロライナ・リーパーはタバスコの数百倍という驚異的な辛さの世界一辛い唐辛子だそうです。ところが、前掛けのない島二郎だと、このキャロライナ・リーパーを出すシーンがなく当然、敵に敗北するという流れになります。これがもしも話の分岐点です。敗北した島二郎は捉えられ絶体絶命の大ピンチになると予想されます。ところが、最後に謎のキャラとちいかわが船の上で楽しそうな雰囲気のイラストが投稿されました。原作を知らない方はわからないかもしれませんがこれはハチワレのキメラ化です。ちいかわの世界では住人が突然モンスターと化すキメラ化という現象があります。キメラ化するプロセスははっきりしませんが、意志が関係しているという話もあります。元々、強さにあこがれているハチワレは特にキメラ化するのではという憶測が飛び交っていました。上記は、現実ではなくちいかわの意識内に入り込んだハチワレなのですがキメラ化してその強さに溺れるという描写があります。キメラ化すると強くなるだけではなく、元の心を失うのです。映画上映前のイラストで唐突にこのキメラ化ハチワレが登場したというのはどう考えると良いのでしょうか?映画で島二郎が敗北、捕らわれる。最強の味方を失い絶体絶命。島の住民や主人公側の仲間も〇される。ちいかわの物語を読んでる方ならお分かりでしょうがハチワレが大切にしているものは物じゃありません。それは友達です。もしも、ですが、この別なストーリーで島二郎が敗北して、ハチワレの大切な友達が〇されるという展開が起こったとしたらハチワレは怒りでキメラ化してもおかしくありません。(ドラゴンボールで孫悟空がスーパーサイヤ人に覚醒したように)キメラ化したハチワレにとってセイレーンはもはや敵ではなく文字通り、簡単に殲滅した事でしょう。そして、何事もなく船で島を離れる二人キメラ化したハチワレに元の記憶はなく敵を打倒して楽し気ですがその横にいるちいかわは笑顔ながらも一番大切な友達を失った悲しみで一杯そして、エンディング。映画の劇中、島民と焚火を囲んで「今日の日はさようなら」を歌うシーンがあります。いつまでも 絶えることなく友達でいよう明日の日を夢みて希望の道を空を飛ぶ 鳥のように自由に生きる今日の日はさようならまたあう日まで信じあう よろこびを大切にしよう今日の日はさようならまたあう日までこの歌は映画のキーパーソンである一葉と二葉の事を歌った曲ではあるが同時に、ちいかわとハチワレの事を歌った曲でもある。大切な友達が〇され、怪物になって心を失ってもなお友達でい続ける事ができるのか?と、いう悶絶するほどの重い問いを突き付けてくるのである。・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、いう感じで、ナガノ氏の考えるもう一つの話恐ろしいほとえげつないのであるが原作をよく読んでる方ならこう思うでしょう。あいつならやりかねん。ワタシも同感です。猟奇的に心をえぐってくるのがナガノ氏なのです。恐らくですが、これだけちいかわがヒットして社会現象ともなるとナガノ氏は自分のやりたい放題はできないと思います。(鳥山明氏がドラゴンボールを止めたくても止めれなかったのと同じで 規模が大きくなり過ぎると何万人もの雇用に関わってくるからです。)なので、ハチワレのキメラ化は匂わしても実際はやらないと思います。そこで、ナガノ氏はストレス発散であのようなイラストを投稿してくるのだと思います。そう考えると、映画のラストシーン。ずいぶんと真面で安全で無難な終わり方だったように思います。
2026.07.30
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ひっさしぶりに映画館に行ってきました。タイトルは映画ちいかわ 人魚の島のひみつもう最初に言っておきますがこの映画、近年のアニメ映画では最高傑作ではなかろうかと思います。これ以上、語る事はありません。終わり!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、いうわけにもいかないか・・・(笑)まだ観ていない方も多いと思いますのでなるべくネタバレしない程度に語っていきたいと思います。まず、ちいかわという作品。元々は、ナガノ氏がX(旧twitter)で発表した4コマ漫画です。徐々に人気が出て書籍化、そしてアニメ化もされて最近の大ブームにつながっていきます。ちいかわという言葉は主人公の名前なのですがちいさくて可愛いやつという意味だそうです。最近、ちいかわが大ブームとなっていてスーパーやコンビニ等でちいかわ商品を見ない事がないほどちいかわ商品が溢れていてもはや社会現象と化しているほどです。ただ、原作漫画を読んでいない方や、アニメ作品をちょろっとしか見ていない方はちいかわを、まるでハローキティやミッキーマウスのようなイメージで捉えているフシがあります。ちいかわが可愛いそうです。ただ、これはちいかわを表面的にしか捉えていないとしか言わざるを得ません。ちいかわは基本的に残酷でえげつない物語なのです。この辺は昔のブログにも書きました。「ちいかわ」という闇の深い作品https://plaza.rakuten.co.jp/saisuke/diary/202302220000/そんなちいかわがついに映画なると聞いた時にワタシは非常に複雑な思いでした。なぜなら映画の元になるのは原作の「島編」と呼ばれる話だったのです。この島編は闇の深い原作の中でも屈指のトラウマ級の内容で原作を読んでいた当時でも、さすがにこれはアニメ化できんだろう!と、思っていました。ですので、映画化決定の報に顎が外れそうになったのはワタシだけではないでしょう。この原作がそのまま映画化できるハズがない。映画化したとすれば不都合な部分はカット、もしくは改変されて骨抜きになる事は目に見えていました。アニメ版ちいかわでも、視聴者の配慮のためか飲酒シーンはかなり改変されていました。(最近は解禁になってるっぽい)なので、映画化するなら最低でも【PG12】小学生の観覧には、親又は保護者の助言・指導が必要。できれば【R15+】15歳以上が観覧可能(15歳未満は観覧禁止)が望ましいと思います。しかし、年齢制限をかけると興行収入が減るのは当然なので、多くの配慮と忖度して【 G 】年齢無制限にしてくるという予想でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして、発表された映画観覧年齢制限は【 G 】ああ、終わったな。映画ちいかわは骨抜きにされてただの可愛いアニメ映画になってしまった。本日、映画を見るまでそう思っていました。ところが・・・・・・・ワタシの予想は大きく覆されたのです。ワタシは映画製作スタッフの執念を感じる事になりました。原作漫画の映画化に際に原作者は原作とだけテロップされるのが普通です。つまり、原作者は映画化の許可だけ出して映画製作は丸投げするのがほとんどところが、映画ちいかわはナガノ氏の名前が原作・脚本としてテロップされているのです。これは原作者が映画製作にもかなり関与しているという事です。そして、映画の内容にも驚愕しました。一切の忖度なし!もっというと、一切の容赦がありませんでした。それどころか、映画の大スクリーン、美しい映像、透き通るような歌声等原作漫画では感じられないような臨場感でした。原作のエグいシーンもそのまんまです。普通、こういう絵柄で子供向けのアニメや映画は悪が出てきて、正義の主人公が悪を倒してめでたしめでたしとなる展開が多いのですが映画ちいかわはまるで違います。映画を見ても何が正義で何が悪なのかわからない何が正しくて何が間違っているのかわからない映画の中で正解というものが示されずに見終わってもモヤモヤするのです。こんな映画を小学生とかに見せて良いものか?とても疑問なのですが映画関係者はやっちゃいましたね。多分、映画をみた子供はトラウマになるかもしれません。ただ、多少の配慮はあって、何の知識もない小学生が何も考えずにこの映画を見たら「悪い敵を仲間達で力を合わせて倒した」いわゆる王道映画のように見えるようにつくってあるのでそれだけが救いかもしれません。それでも解る子なら解るでしょう。そして、本当にトラウマになるかもしれません。もしかすると、その小学生が30年後に見直してこの映画は子供の頃に見たらわからなかったけど、30歳過ぎて見たら手の震えが止まらなくなった。と、感じるかもしれません。年齢制限をなくして、子供でもエグいドラマを見せようとしたスタッフは目先の興行収入を減らしてでも、子供の心に刻み込み考える力を付けさせようという大きな心があったのかもしれません。ワタシも還暦を過ぎましたがもし自分がこの映画の登場人物になったとしたらどういう行動をとるだろうかと考えても答えは出ません。ワタシもまたモヤモヤしながら生きていく事になりそうです。主人公のちいかわ原作で登場した時は本当にただの無能でした。力もない、頭も弱い、気も弱い、周りの助けがなければすぐに終わっているキャラクターです。そのちいかわが数々の出来事の中で鍛えられ少しづつ強くなっていくのがこの作品の肝のような気がします。今回の映画の終盤で、ちいかわが真実を知るシーンがあるのですがそれを誰にも告げずに一人で抱え込みます。いわゆる「言わない強さ」です。ちいかわも強くなったあなぁ・・・・・と、映画館で涙を流していた還暦のおっさんでした。(笑)
2026.07.27
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気まぐれで始めた自叙伝シリーズですが子供時代から始まって現在まできたので一応の区切りとなります。やっぱ予想した通り不幸自慢になってしまいました。読んでて楽しくなかった事と思います。謹んでお詫び申し上げます。m(_ _)m結局、ジョニーも不幸に耐え切れずに最終的に宗教に逃げちゃったか?と、思っている方もいらっしゃるかもしれませんので一応弁明しておきます。それは誤解です。いろいろと考えてるうちに仏教っぽい結論になってしまったのは確かですがワタシは別段仏教や他の宗教に感化された訳ではありません。たまたま結論が宗教っぽくなってしまっただけです。ただ、お釈迦様の提唱していた仏教(便宜的に原始仏教と呼ぶ事にします)は物理学と類似性が高いので以前から気になっていました。なので、原始仏教の考え方に感化はされているかもしれません。あんまり自覚はないですが・・・・・ちなみにお釈迦様が原始仏教を提唱したのはインドですが、現在のインドでは仏教はほとんど信仰されていません。現在のインドの宗教はヒンドゥー教なのです。また、日本では仏教が定着しているのは間違いないのですが原始仏教とはだいぶ異なっています。いわば魔改造された仏教です。東南アジアでも仏教は盛んですが、それらも独自進化したもので原始仏教とはだいぶ異なっています。つまり、お釈迦様の発明した原始仏教は廃れてしまって今現在世界でほとんど信仰されていないという事です。お釈迦様の時代から2500年以上経つので、仏教も時代や地域に合わせて独自進化するのも理にかなっているのではありますが原始仏教と現在の仏教がかなり違うので同じ仏教でも同じと考えない方が良いと思います。なんでこんな事になってしまったのでしょうか?それは、原始仏教はあまりに高度で難しく一般の方には難し過ぎて理解しずらく、実践も敷居が高すぎたのだと思います。なので、原始仏教は衰退したのだと思います。お釈迦様の原始仏教は苦しみの原因は煩悩にあるので修行によって煩悩を消し去ると苦しみが消えると、いう理屈です。ところが、煩悩なんか簡単に消せるはずがありません。家も財産も全て捨てて出家して何年も修行する必要があります。一部の高僧なら可能かもしれませんが普通に暮らしている一般人にはあまりにもムチャぶりなのですそこで、いろんな人が色々は考えたんでしょうねぇ。誰でも手軽に救われる方法はないか?そうして、編み出されたのがお経を唱えたら苦しみが消えるとか幸せが訪れるという方法。財産の処分も、家族との離別も、苦しい修行もいりません。ただ、念仏を唱えるだけです。ほとんどハリーポッターの呪文と同じですね。ワタシはどちらかというと理系脳な気がするので原始仏教の方がわかりやすいのですが大多数の方には簡略版呪文系仏教の方がわかりやすいのかもしれません。ちなみに、前述の通りワタシは仏教徒でも何でもないので大いなる事実誤認してるかもしれません。ご容赦下さい。まぁ、結局、本人が幸せならどっちでも良いのですが良くないのは宗教に振り回される事。苦しくて宗教に走る気持ちはわからないでもないですが考える事を止めたときに本当の不幸が始まるような気がします。宗教を参考にしても盲信は危険です。宗教はほどほどに、宗教の使いすぎはあなたの健康を損ないます。(^_^;)
2026.07.25
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子供が倒れて緊急手術して生還してからもう2年が経ちました。何の変化もないまったりとした毎日を暮らしています。あの騒ぎは何だったんだ?と、思えるほど平和な毎日です。ところがワタシ自身はあの日を境に随分変わったような気がしています。あの日とは病院の手術室の待合室の長い夜です。なんというか、生きるのがものすごく楽になったのです。下記は最近のワタシの志向です。まぁ、元々そういう気質はあったのですがそれがより強くなった感じです。●流行に興味がない●スポーツ観戦にも興味がない ●高級車に興味がない、車は動けば良い ●ブランド品に興味がない。 ●家は賃貸が最強。 ●SNSはただの連絡手段。なんか世間一般の動きと真逆を動いているような感じです。変な意味でお金にも興味がなくなりました。普通に生活できれば充分です。普通とは雨漏りしない家で家族揃ってご飯が食べられる事です。もう、それ以上は必要ないです。でも、欲がなくなった訳ではありません。世間一般的に言われているような(外側から与えられるような)事には興味がありませんが自分の内面から湧き出るような事、つまり物欲よりも知識欲が上回っている感じです。知識欲という偉そうに聞こえるかもしれませんがワタシの知識欲なんて大層なものではありません。道路の中央分離帯になんで猫じゃらし(エノコログサ)が生えているのか知りたいとか渋柿は何のために渋いのか?とか、身の回りにあるたわいのない事ばかりです。でも、その疑問を調べて自分なりの結論が出た時にスカッとするというか大げさに言うと快楽を感じるのです。それで幸せを感じるのです。サイン波(正弦波)ってご存じですか?グラフで書くと上記のような感じです。上がったり下がったりするバイオリズムなんかこんな感じです。ワタシは世の中の幸せと不幸はこのサイン波のようなものだと思ってました。人生、良い事もあれば悪い事もあって、ちょうとこのサイン波のように上がったり下がったりするようなイメージを持ってました。ゼロ(0)の横線が普通としましょう。するとゼロより上の部分が幸福、下の部分が不幸です。これだと人生、幸福もあれば不幸もある、最終的にプラスマイナスゼロ。世の中そんなもんだ。不幸があっても耐えてればそのうち終わってまた幸せがくる。ワタシはずっと、そんなイメージを持ってました。でも、今回の事件でワタシは重大な発見をしたのです。横線の位置は自分で変えられるのです。例えば、横線のゼロが普通だとしたら人生で起こる事は半分が幸福、半分が不幸となります。仮に、自分がどこかの国の国王の息子に生まれたとして働かなくても良い、何もしなくて良い、欲しいものは全て手に入るみたいな生活だったとしたらその人にとってプラス1(+1)の横線が普通になります。つまり、人生で起こる事全てが不幸となります。逆に、自分の普通がマイナス1(ー1)にあったらどうでしょう?人生では幸福しか起こらないのです。グラフの横線は閾値(しきい値)と呼べるかもしれません。自分なりの幸せと不幸の境界線です。この線より上が幸せで下が不幸。大事な事は、人によってこの閾値(横線の位置)が違うのです。世の中全ての方は幸せを望んでいると思います。立派な家に住んで、良い会社に勤めて、多額の給料を貰って高級車に乗って、ブランド品に身を包んで、周りの人にちやほやされてこれが幸せだと(一般的には)信じています。でも、それは自分でわざわざサイン波グラフの横線の位置を上げているようなものです。良い会社に勤めて高額な給料もらっていても会社が永遠に繁栄するとは限らないし高級車も古くなって頻繁に買い替えないといけないしブランド品も毎年買わないといけません。今までちやほやしてくれた人は些細な事で悪口を言うかもしれないし結局、幸せどころかビクビクしながら生活しているのではないですか?ならば、しきい値をマイナス1まで下げたらどうでしょうか?大金はいらん、生活できれば充分。車は中古で良い、家は賃貸で充分。服はスーパーので充分。周りの人が何を言おうとまったく気にしない。これができれば人生は楽しくてしかたないような気がします。世の中コスパ、コスパと言いますが当の人間のコスパはどうなのでしょうか?毎日、毎月、毎年、大量のお金がないと幸せを感じないのであれば幸せのコスパが著しく悪いとも言えます。逆に、缶ビール1個と特売の餃子で幸せになれる人は幸せのコスパが著しく低いと言えるでしょう。大量の高級品に囲まれて不安を抱える人もいれば何にもないけど毎日が幸せの人もいる。それが幸せの正体のような気がします。あの日どん底で言われた男は死ねという言葉は男は幸せになろうと思うなという言葉はワタシが幸せという執着を手放すきっかけになりました。ところが、その幸せという執着を手放した途端にワタシは毎日が幸せなのです。朝、水を飲んでも幸せを感じるし昼、そよ風にも幸せを感じるし夕、夕焼けを見たら幸せを感じるのです。幸せは手に入れるものではなく幸せがすでにあるのだと感じるものなんか哲学的になってしまいましたがそれ以上の言葉が見つかりません。幸せを手放すと幸せになれる。これが今回の大事件で手に入ったご褒美でした。
2026.07.23
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そもそもなんで自分は不幸だと思っていたのか?事実自分は大量のご褒美を受け取っていました。結局のところ、不幸だと思っていたのはワタシが勝手にそう思っていただけでワタシがご褒美だと気づいた瞬間に不幸はご褒美になったのです。つまり不幸は外からやってくるのではなく、自分の頭の中でつくっていたのという事に気がついたのです。例えば雨が降ったとします。ある人は雨を呪い、またある人は雨に歓喜するでしょう。雨が降ったという事実は自然現象としてなんの意味もないのですがそれに意味を付けるのが人間で同じ出来事でもそれが不幸だったり幸福だったりするのです。この世の全ての事には理由などなくその意味を人間が勝手に付けているとすれば・・・・・・悪い意味を付けまくるとこの世は悪い事しか起こらない壮絶な地獄と化します。また、起こる全ての事に良い意味を付けまくるとこの世は良い事しか起こらない楽園と化します。幸福も不幸も天国も地獄も全て頭の中にあったのです。ワタシは別段に仏教徒という理由ではありませんが以前からお釈迦様の言葉には興味がありました。物理学とお釈迦様の言葉に類似性があるからです諸行無常色即是空空即是色因果応報などなど言葉としては知っていてもその深い意味までは腹に落ちていなかったのですがなぜかそれらの意味が実感としてわかるようになりました。自分も幸せになりたい子供に苦労はかけたくないそれらは執着でありその執着を手放した時に苦しみがなくなったのです。そのきっかけが「男は死ね」です。幸せという執着を手放していつでも死ぬ覚悟を持つという意味です。その覚悟を持った時に今まで見えなかった物が見えるようになった気がします。今まで嫌な事ばかりだと思い込んでいた過去もうすでになくこれからどうなるか不安でたまらない未来はまだないそれら全てが存在しない。つまり無い。有るのは今現在のこの瞬間だけ。今、この瞬間にある全ての事に感謝して今を楽しもうという気になったのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうして深い深い闇の底から帰ってたワタシですが気がつくと手術も終わっていました。子供の一命は取り留められましたが、今後手足の麻痺等の障害が出る可能性がありました。しかし、ワタシは子供の命を救ってくれた大勢の方に感謝の気持ちしかありません。それから2年経ち、子供はリハビリを続けています。最初は立つ事もできませんでしたが、徐々に立てるようになり今では多少歩く事ができます。将来不安がないとは言いませんがこれも全てご褒美だと信じて毎日を楽しんでいます。
2026.07.22
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子供の開頭手術は予定時間を大幅に超えても終わりませんでした。順調でない事は容易に想像が付きます。その事がワタシにさらなる時間を与えたように思います。ワタシは更なる闇の深みに沈んで行きました。たぶん、子供は助からない。ワタシには幸せになる権利なんかない。幸せになっちゃいけないんだ。・・・・・・・・・・・そんなどん底ではありましたがふと、ワタシは自分の事しか考えてない事に気が付きました。そうだ、そんな事考えてる場合じゃない。どうすれば良いか考えよう。とはいえ、手術の待合室で待つワタシにできる事はありません。定番の神様に祈る事しかできません。神様、お願いです。子供を助けて下さい。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。もう、ワタシは何もいりません。幸せなんかいりません。一生不幸で良いです。お金がかかるならいくらでも払います。ワタシの命が尽きるその瞬間まで働いてお金は払います。だから、子供を助けて下さい。助けて下さい。助けて下さい。助けて下さい。助けて下さい。助けて下さい。そんな時に、ワタシの頭の中で不謹慎にとある漫画のキャラクターの顔が浮かんだのです。その顔は魁!男塾 の江田島平八氏の顔でした。正直、ワタシはその漫画はちゃんと読んでいません。散髪屋やラーメン屋に置いてあった少年ジャンプを読んだ時についでに読んだ程度です。なんか不良ばかりの高校?が舞台のバトル漫画だったように思います。まともに読んでない漫画でしたが、最終回だけはどこかで読んだ記憶があり妙に覚えていたのです。そして、どん底でワタシが思い出したのはその最終回のワンシーンでした。最終回は、その高校?の卒業式校長?(塾長?)の江田島平八氏が卒業生に語るシーンで語った言葉が男なら死ね!男なら幸せになろうと思うな幸せになるのは女と子供だけでいい。前代未聞の荒唐無稽なこのシーンネットでも滑稽なギャグシーンと扱われているのがほとんどだと思いますがしかし、絶望のどん底でワタシの頭の中で叫んだ江田島平八氏はギャグではありませんでした。男なら幸せになろうと思うな。男なら死ね!と、本気で𠮟咤されたように思えたのです。おそらく大半の方には理解不能だと思いますがワタシは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けたのです。そういえば野生動物の雄は家族を守る為に普通に命を賭けて戦います。そして、命を落とす雄は普通にいます。雄は命を賭けて戦い死ぬのが仕事です。文明に飼いならされた人間は男女平等とか言ってますが、筋肉量の違いは明らかでやはり戦って命を落とすのは男の仕事です。つまり人間も家族を守るために命を賭けて戦え。そのためには幸せとか考えるな!と、いう事なのでしょう。そういえば戦国の時代にも似たような言葉がありました。武士道とは死ぬことと見つけたりこれも意味は同じです。「命を捨てよ」という意味ではなく、「死を常に覚悟することで、保身や損得勘定を捨て、今この瞬間を悔いなく全力で生き抜け」という、武士の覚悟と生の哲学を説いたものです。どん底で江田島平八氏に叱咤されたワタシは頭の中の暗い霧が徐々に晴れてきたような感じでした。しかしそれと同時に、また思考のループで昔の嫌な思い出が蘇ってきました。子供の頃は他人の家に預けられ 子供の頃から自立心が高くなった欲しい物も買ってもらえず ないものは自分で作る素養ができた。 なんでも自分で修理して多方面のスキルが身についた。高校の時はいじめられ家庭も崩壊して両親は離婚してアル中の父親と壮絶な生活を強いられて 恐るべき強メンタルが身に付いた。莫大な借金を背負わされて 合法的に処理する社会の仕組みを学んだ警察には容疑者扱いされて 新しい販路を開拓して売上アップした。生まれた子供には障害があって全てを捨てて故郷を離れて 過疎一直線の故郷を出て自由になれる理由になった。上手く行ってた仕事も駄目になり 収益性の良い仕事に乗り換える理由ができた。あれ?????試練だと思っていた事が全てご褒美になっている。今まで薄々気がついていたがこうやって考えると、ワタシは試練の度に鍛えられてる気がする。それはご褒美と言っても良いレベル。だとすると・・・・・・今回の子供のくも膜下出血。これはワタシの試練ではなく子供に与えられた試練。すなわちそれは子供に与えられたご褒美。親は子供の可愛さのあまり子供が苦労しないように先回りして子供の人生の困難を取り除く事が多いがそれすらもやってはいけない事なのでは?子供自身の不幸は子供自身の幸福。子供が幸福になる権利、すなわち子供が不幸になる権利。子供が不幸になる権利を奪っていはいけない。なんかうまく言葉で説明できませんが試練とか、幸福、不幸、の関係がワタシの頭の中で1本の綺麗な糸として美しく繋がったのです。
2026.07.21
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その時はやってきました。子供が倒れたのです。クモ膜下出血でした。時系列的な事は当時リアルタイムで記事にしたので今回は割愛致します。それまでの日常が一瞬で消滅しました。ワタシは病院の手術室の待合室で何もできずに祈る事しかできませんでした。ワタシは何度も何度も自問自答しました。どうしてこうなった?どうしてこうなった?どうしてこうなった?どうしてこうなった?どうしてこうなった?そうしているうちにワタシの人生で訪れた辛かった事を考え始めていました。なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?ワタシは自問自答しているうちに深い闇の中に落ちて行ったような感じでした。子供の頃は他人の家に預けられ欲しい物も買ってもらえず高校の時はいじめられ家庭も崩壊して両親は離婚してアル中の父親と壮絶な生活を強いられて莫大な借金を背負わされて警察には容疑者扱いされて生まれた子供には障害があって全てを捨てて故郷を離れて上手く行ってた仕事も駄目になりそうして、今、子供が息絶えようとしている・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?なんで自分だけこんな目に遭うんだ?世界の不幸が全て自分に降り掛かって来てるような気になっていました。なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!なんで自分だけ!正直、心が折れていたと思います。ワタシは幸せになれないんだ。なっちゃいけないんだ。ワタシは深い深い闇の底でそう考え始めていたのです。
2026.07.20
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軽貨物のお仕事を始めたワタシですがはっきり言って快適でした。まず、仕入れがいらない。(在庫を持つ必要がない)収入が安定している。天候や為替の変動をあまり気にしなくていい。つまり収入から経費を差し引いた手取りがだいたい思った通りになるのである。多くの方は何を当たり前の事を言ってるんだと、笑うかもしれませんが長年物販をやってきた身から言うとなんでこんなに気楽なんだ!と、踊り出したい気分です。仕入れの事、在庫の事、売り上げの事、経費の事。物販やってると心が休まる暇もありませんが軽貨物はホントに気楽なのです。例えばネットで物販をやっていると資金繰り、運動不足、精神安定とか色々考えないといけませんが軽貨物だと、適度に運動するし、適度に人と会話もあるし、資金繰り等考えなくても良いし一石二鳥どころか、一石五鳥って感じです。まぁ、身体が資本なので、事故だけは気を付けています。収入も多くはありませんが、家族で暮らすには充分で仕事終わって飲むビールが最高にうまいのです。なんかもう、これで良いんじゃね!!!と、いう気になってきました。もはや物販に戻るのがめんどくさくなってきたのです。そうして、つかの間の平和を満喫していたワタシですがついにあの事件がやってきます。
2026.07.13
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夜勤アルバイトにより家族とすれ違ってしまい本末転倒状態になってしまったワタシですがその後も、いろんなアルバイトを経験するようになります。本来ワタシは探索者気質が強いようで知らない事を知る事に喜びを感じるようです。(笑)本業のネット販売は黙々とルーチンワークの繰り返しなのですがアルバイトで資金と運動と好奇心を満たす感じになっていました。そして、やっと本業、アルバイト、家族との時間を絶妙なバランスで保つ事ができるようになった時またもや試練に見舞われます。円安です。ネット販売を始めた頃は1ドル80円程度で結構儲けていたのですがそれが90円、100円となり1ドル120円までくるともう利益がかなり薄くなって何をやっているのかわからなくなります。そうこうしているうちにあっというまに130円を突破150円も見えてきました。そうです。海外からの輸入ビジネスが完全に破綻したのです。理屈から言うと、円安ならば逆をやれば良い。つまり輸出ビジネスをすれば良いのですがそう簡単ではありません。実は、リスク管理の観点で海外サイトでの販売もやっておりましたが梱包等や輸出手続きがあまりにもめんどくさいので輸入1本に絞っていたのです。(輸入の場合は海外の発送会社が全部手続きをやってくれるので楽)そして、ワタシの本業があっけなく消滅してしまいました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・またもや試練の到来です。でも・・・・・・なんというか、ここまで試練が続くとまたか!┐(´∀`)┌ヤレヤレという感想しか沸き上がりません。試練慣れしちゃったというか感覚が麻痺してしまったというかもう黙々と次の手を打つだけの事です。結局、ワタシは会社は放置して個人事業主として軽貨物の運送業を始めました。もちろん会社は放置しているので売り上げはありませんが決算はちゃんとやって税金も払っているのでいつでも再始動は可能です。海外に借りてる倉庫もそのままなのでたまに個人的に欲しい海外製品なんかは買って倉庫に送っておけば簡単に手に入れる事ができるので便利です。そうして始めた軽貨物運送なのですがふと気が付けばビールを運んでいるのです。昔はビールは酒屋が配達する物でしたが、激安酒屋の登場でビールは車で買いに行く物になりビールは重い事に気が付いた顧客は今度はネット通販で買って配達してもらうようになりビールは運送業者が配達しているのです。1周回って元に戻ると言いますが酒屋を辞めたのに気が付いたらビールを運んでいるというこの不思議な巡りあわせ人生の悲哀を感じるというと言いすぎでしょうか・・・・・
2026.07.09
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資金繰りに四苦八苦していたワタシですがさらに深刻な問題に直面します。部屋の一室を会社にしてネット販売をしていると家族以外とは会話がなく、笑う事もあまりなくなり一日中家にいて外出せずにほとんど運動しなくなりました。なんというか、心身ともに壊れてしまう。そんな予感がしたのです。その解決策として、副業でアルバイトをする事にしました。本業のネット販売の業務を圧縮・効率化して空いた時間にアルバイトをする。これで、資金繰り、運動不足、精神安定全てを解決する妙案に思えたのです。まずはコンビニでアルバイトする事にしました。実はワタシはコンビニのシステムに興味があったのです。酒屋時代は自分なりにコンピューターを連動させて効率化を図っていたのですがコンビニのそれは比較にならないほど先進的なシステムです。それを見たかったのです。結果から言うと、コンビニのシステムは素晴らしいものでした。だがしかし、見たくなかったコンビニの闇まで見る事になってしまい華やかなコンビニの裏の世界まで知ってしまいました。結局、半年ほどで辞めてしまいましたが、このコンビニのアルバイトでは良くも悪くも多くの事を知り、個人的にも多くの学びがありました。書くと長くなるので今回は割愛します。そのうち気が向けば書くかもしれません。コンビニの次は某食品工場の夜勤のアルバイトもしました。単純に自給が良かったのです。ここで知り合った方がめちゃくちゃゲームに詳しい方で意気投合して楽しかったですね。最初の目論見どおりアルバイトにより、資金繰り、運動不足、精神安定の問題を解決したかに思えたのですが別の問題が持ち上がってきました。夜勤のアルバイトだと、昼間本業をして、夕方や夜から夜勤アルバイトに行き朝方帰ってきてそのまま昼間で寝て本業を始めるという感じになります。すると、当たり前ではありますが、家族と時間がずれてしまって同じ家に住んでるのに家族とすれ違って何日も会話をしていないという本末転倒な事になっていました。
2026.07.08
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大病院の近くに引っ越して新たな生活が始まりました。それからも子供は何度も入院を繰り返したのですが、さすがに県内最高レベルの大病院です。とても心強かったです。ワタシは地元でやっていた酒屋を廃業しないで引っ越し先に持ってきていました。会社は移転登記して酒免許も移転手続きしました。引っ越し先の部屋の一室がワタシの会社となったのです。とはいえ、店舗はありませんのでネット販売をメインにする事にしたのです。実は引っ越しする1年以上前から店舗の販売を意識的に縮小し代わりにネット販売に舵を切っていたのです。こうすれば引っ越ししても仕事を続けられる作戦でした。具体的には海外から商品を輸入して日本国内でネット販売する感じです。でも、正直苦しかったです。そこそこ売上はつくっていたのですが何というか資金繰りがかなりキツかったです。海外から商品を仕入れても到着まで早くて2週間、遅いと一カ月以上かかりそこから販売して代金回収がもっと後になる。つまり仕入代金が先に出ていって売上代金がなかなか入らないのです。当時、代金回収が一番早かったのがヤフオクだったのでそこを主戦場にしたのですが一方的な決済方法変更でヤフオクも代金回収に時間がかかるようになり売れば売るほど資金が不足するという事態に陥ったのです。これが地元で商売しながら副業でネット販売しているとすれば本業の利益で生活しながら副業の利益を仕入れに回せて更に利益を伸ばす事が出来るのですがネット販売1本だとネット販売で得た利益を生活費に回さざるを得ず、いつまでたっても仕入れが増やせず、上記のように資金回収の遅れも加わって資金繰りに苦労するようになリました。支払い期限ギリギリで入金があって慌てて振込したり延ばせる支払いはギリギリまで延ばしたりもう起きていても寝ていても資金繰りの事ばかり考えていたのです。子供の事、家族の事、そして資金繰りに追われて自分の事を考える暇もなく自分の顔を見る余裕もありませんでした。胃もキリキリ痛く検診で胃潰瘍だと診断されました。そしてある日の事。顔を洗おうと鏡で自分の顔を見た時に愕然としました。いつの間にか黒髪が全て白髪になっていたのです。映画や漫画で一夜にして白髪になるような描写がありますが、まさか自分がそんな事になるとは夢にも思ってませんでした。
2026.07.07
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話は少し戻りますがY氏に学んだワタシのお店は劇的に変わりました。お客さんもどんどん増えて新聞や書籍、ビジネス雑誌に紹介されたりTVから取材を受ける事も増えました。年に一度フランスのボージョレ・ヌーヴォーというワインが発売されるのですがワタシのお店では県内の最大都市(人口50万人)の有名デパートより多く売ってました。ワタシのお店があったのは人口3万人の町です。まさに「頭のおかしいレベル」で売っていました。そんな一見絶好調のワタシのお店でしたがワタシは不安でたまらなかったのです。理由はいくつかあります。まず、酒屋という業種がすでにオワコンというか時代に合わなくなっていたのです。酒屋は元々強力な免許制度に守られており免許制度ありきだったのですが時代の流れで免許制度は撤廃、逆風により全国で廃業が相次いでいたのです。もちろん酒専門店というジャンルもありますが人口の少ない町ではかなり厳しいと言えます。また地元の過疎化も深刻でした。全国の平均を遥かにしのぐ急激な高齢化で全国衰退都市ランキングで上位に君臨していたほどです。半面、若者はどんどん少なくなっていて、その少ない若者のほとんどは高校を卒業後地元を離れて就職するという状態。肌感覚では人口の半分以上が老人という感じです。データーを見ても今後は衰退以外の未来しか見えません、また父親の残した莫大な借金も重荷でした。今後売り上げも利益も減少すると予想される状態では不安でしかありません。そして最後のトドメが子供の医療問題です。正直、この町に留まっていたら子供が死んでしまうかもしれないそんな危機感がありました。1つや2つの荒波であれば乗り越える自信も覚悟もありましたが4つまとめてくるとそれはもうひとつの方角のみを指示しているようにしか思えません。生まれ育った故郷を出る。苦渋の決断でしたが、この頃起こる全ての現象がそちらに向かっていたのです。とはいえ、ワタシのお店は祖父の時代からつづいておりワタシで三代目です。店を閉めるのは簡単な事ではありません。50年以上続いたお店は地元に深い根を下ろしていて店を閉めるのは大木を伐根するようなものだったのです。結局準備に1年以上要しました。50年以上続いたお店も生家も多くのお客さんもお世話になった知人、友人、親戚も全て捨てて故郷を出ていく事にしました。もう情けないやら悲しいやら悔しいやらいろんな感情がぐちゃぐちゃになって訳がわかりませんでした。それでも多くの友人達に手伝ってもらってなんとか成し遂げました。感謝しかありません。引っ越し先はお世話になっていた大病院の近く。医療の問題がなくなる事だけが希望の光だったのです。
2026.07.06
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二人目の子供が生まれました。生まれてしばらく経った頃、家族で公園に行きました。曇り空だったので特に用心はしていなかったのですが子供の皮膚が真っ赤に腫れあがってしまい慌てて病院に駆け込みました。それが新たな試練の始まりだったように思います。二人目の子供には生まれつき障害がありました。免疫が弱く普通の子供なら軽い風邪で済むようなものがいきなり肺炎で生死を彷徨うような感じです。それからというもの子供は何度も何度も入院して生死を彷徨う事になります。地元の病院では処置できず、夜中に高速道路を飛ばして遠くの大病院へ行く事も珍しくありません。子供が入院になれば妻も付き添いで病院に行ってしまうので仕事はワタシ一人でやることになります。とは言っても配達業務も多々あったので一人で店を回す事はできません。急ぎの配達は断って、溜めた配達を店を閉めてから行くような感じになります。お客さんにしてみれば「最近あの店はよく閉まってるなぁ」という印象だったでしょう。ワタシもだんだんヤケクソになってきて近場の配達なら店を閉めずに放置して配達に行ったりしてました。お客さんにしてみれば「お店に行っても誰もいない」と、いう感じだったと思います。地元の医療も本当に不安な状態でした。慢性的な医師不足に加えて頼りになる設備もありません。地元の病院に入院した時の事です。ネブライザーという機械で薬剤を霧状にして口から吸い込むのですがその病院(地元で一番大きな病院です)には子どもの顔に合うアタッチメントがなく紙コップに穴を開けて管を通して使っていました。その薬剤吸入に使った紙コップも使い終わった後洗浄もせずに病室置きっぱなしで何度も再利用してました。また看護師さんが不注意でその紙コップを床に落としたのですが何事もなかったように元に戻して、また薬剤の吸入に使おうとするのです。肺炎で入院して薬剤を吸入するのに、床に落とした紙コップを再利用する事に何の疑問もないのでしょうか?本当に恐ろしくなりました。またこんな事もありました。大晦日に子供が咳をし始めて肺炎の兆しがあったので地元の一番大きな病院に連絡したら「今は診れないので1月4日に来てください」とか言われるのです。死にそうになってるのに4日後に来いだなんて・・・・・速攻で80km離れた大病院に連絡して高速道路を飛ばして走って即日入院となったのは言うまでもありません。その大病院だけが唯一の支えでした。そんな事が何度も続き、ワタシは地元の医療をまったく信用しなくなったのです。ワタシの生まれ育った町ですが父親と壮絶な戦いをしてまで守った店ですがここに居たら子供の命が危ないと感じ始めたのです。
2026.07.04
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Y氏に学んだワタシのお店は劇的に変わりました。お客も増え、ありがとうのメッセージも頻繁にもらうようになりました。その中でも印象的だった話があります。端的に言うと「引きこもりから立ち直った」らしいです。らしいというのは本人の自己申告なので医学知識もなにもないワタシには本当の事はわかりません。・・・・・・・・・・・・・・・・ある日の事です。Aさんがお店にやってきました。海外旅行に行ったのでお土産を持ってきましたとの事です。仲の良いお客さんにお土産を頂くのはたまにあるのですがAさんからお土産を頂くのは若干違和感がありました。ワタシが少々困惑しているとワタシが何も聞かないのにAさんが勝手に語り始めました。Aさんは女子大生なのですが、いろいろあって人間不信になり人と会うのが怖くなって大学を休学し自宅に引きこもりそれから外に出られなくなったそうです。大学にも行けない、外にも出られない、不安でいっぱいだったそうです。そんなAさんの家にワタシの作成したニューズレターが投函されました。ニューズレターというのはワタシの作成したチラシ的な印刷物です。チラシは商品の売り込みに特化しているのですがワタシの作成したニューズレターには商品の売り込みがほとんどなく代わりにワタシの個人的な日記やくだらない話、戯言等が満載でした。ワタシはその戯言満載のニューズウィークをお客に配布していたのですがお客じゃない不特定多数の家庭のポストにも勝手に投函していたのです。Aさんの家に勝手に投函される謎の戯言レターを読んだAさんは次第にワタシに興味を持ち始めお店に行きたいと思うようになったそうです。それでも外出が怖かったので母親同伴でワタシのお店にやってきたそうです。そんな事情などまったく知らないワタシは他のお客さんと同じように接客してました。たぶん。他の方に聞くとワタシの接客方法は独特で最初は商品説明なんですが、次第に脱線して馬鹿話になっていつの間にか人生訓のような感じになって最後に商品に戻る特異な構成らしいです。本人に自覚なし(笑)そんなワタシの戯言にさらされたAさんは「世の中にこんな人がいるんだ」と驚きつつも、人に会うのが少し怖くなくなったそうでそれからは母親抜きで一人でお店に来るようになったそうです。そして、次第に自分を取り戻したAさんは大学を復学。さらには一人で海外旅行に行くようになりその時のお土産を持ってきたという事らしいです。そして、帰り際に「ありがとうございました」と、深々と頭を下げて行きました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・訳がわからないけど事実です。商売は商品を売るだけではない。お客の人生を変える事もあるんだ。そんな事に気がついたワタシでした。
2026.07.01
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ワタシの第二の師匠はとある本の著書でした。世間一般では経営コンサルタント的に見られている方ですがこの方の本質は、人と仕組みを研究する研究者のような感じです。人の考え方や行動を研究していてこれはビジネスに応用できるとそっちで有名になった感じです。当時、商売に行き詰っていたワタシはヒントを求めていろいろな本を読み漁っていましたがこのY氏の著書を読んだ時にこういう考えもあるのかと衝撃を受けたのです。当時ビジネス書は「どうやって商品を売るか?」のような技術的な手法を書いたものが多かったのですがこのY氏は根底から違っていて「人は何を考えどう動くのか?」から始まって「どうすれば商品を欲しくなるのか?」に誘導します。通常のビジネス本が商品に重点を置くのに対してY氏はお客という人に重点を置く手法なのです。本だけでも衝撃的な内容でしたが、Y氏の主催する勉強会のような集まりがあり(もちろん有料)決して安くない金額でしたがワタシは速攻で入会する事にしました。その勉強会には当時1500社ほどの会員が在籍していて各々の試した手法を皆で共有するという仕組みがありました。本だけでは得られない生の情報が手に入るのです。もちろん、1500社といっても大企業から個人事業主まで業種も多種多彩で会で得られた知識が即自分の役に立つという訳ではありませんが自分なりに工夫や改良してそれを試し、結果を会に報告する。するとまた誰かがそれを試して工夫を加えて試し発表するという実に良い循環になっていました。また、年に数回の講演会でY氏の生の声を聴く事も出来たし会員限定のパーティー的なものがあって志を同じくする同志と直接会えるような催しもありました。Y氏の提唱する手法は決して即効性はありませんしかし、極めればそれこそ何でも売る事ができるようなミラクルな力がありました。会に入会したワタシはさっそく黙々と実践し続けました。1年目はほとんど何も変わりませんが2年目あたりから少しづつ変わり始め3年目には相当に変わっていたと思います。また、会の中で知人も増え一生涯の友人にも巡り合えました。そもそも、ワタシ自身突拍子もない事をとりあえずやってみる的な事が多くその突拍子もない実践例がY氏の目に止まり懇意にさせていただく事も増えました。ワタシはY氏の事を師匠と思っていますがワタシが勝手に思っているだけで、一応は主催者と会員の関係です。Y氏の考えを学ぶにつれてお店の売り上げが上がった事は間違いないのですがそれ以上に商売抜きの人間関係も変わりました。Y氏の「人は何を考えどう動くのか?」は何も商売に限った事ではなく日常生活のありとあらゆる事に応用が効くのです。Y氏のおかげで視野が劇的に広くなったような気がします。それまでは自分を中心に100mほどしか見えなくてそれ以上は霧に包まれていたようなイメージですがY氏に学んでからは霧が晴れて水平線まで見通せるようになった感じです。世の中の事がわかったとは言いませんが世の中がどう動いているのかが見えるようになった気がします。正直言うと、Y氏の教えはワタシの細胞レベルまで染み込んでしまってどこまでがワタシの持っていた持論でどこからがY氏に学んだ教えなのかがまったくわからない状態です。融合してしまっています。ワタシが偉そうな事を言っても実はそれはY氏の受け売りなのかもしれません。第一の師匠S氏には人間や人生について大事な事を学びました。第二の師匠Y氏には人間の心や社会の仕組みについて学びました。ワタシの人生を大きく変えた二人の師匠には感謝しても感謝しきれません。必要とした時に師は現れると言いますがワタシの場合もまさに最適なタイミングで表れた師でした。「私には師が現れない」と言ってる方もたまにいらっしゃいますがそれはまだ師が現れるタイミングではないのかもしれません。まだやれる事があるはずです。それをやり切った時に師は現れるような気がします。
2026.06.30
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騙し騙し使っていたDVDレコーダーのリモコンがいよいよダメっぽい。なので今回はこれを修理する。前回ブログのキッチンタイマーと同じでボタンが効かないのだ。まずはサクッと分解する。修理方法も同じだ。基盤とゴムボタンの裏側を溶剤で洗浄する。これで大半の効かないボタンは復活する。・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだけどリモコンの十字ボタンの構造がちょっと違っていた。理由は知らんがここだけゴムボタンじゃなくて基盤埋め込みのスイッチになってる。埋め込みなので同じように洗浄できない。十字ボタンも調子悪いのでここが直せないと痛い・・・(;^ω^)よー--------------く観察してみたらこの十字ボタンだけ何やら透明なシールが貼ってある。剝がしてみると・・・・・なんと埋め込みボタンが取れた。あれ?これだけ???おわん型のパーツが透明シールで貼ってるだけであった。こんなんで良いのか?しかもここだけ別構造にする意味がわからん。まぁ、悩んでもしかたないので基盤とおわん型パーツの裏側を洗浄して元に戻しておいた。ここで動作テストしてみる。皆さん、リモコンはどうやって動いてるか知ってますか?赤外線を使ってるんです。普通、赤外線は目に見えないですが見る方法があるんです。それがこれスマホのカメラで見るです。スマホのカメラは人間の目よりも幅広い波長をとらえる事ができるので目には見えない赤外線もスマホカメラを通すと見えるんですよ。これでリモコンのボタンを押して光るかどうかで動作確認ができるのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・動作確認の結果、洗浄してもダメなボタンが発見された。今度はこれを復活させる。具体的に言うと、ボタンの裏側の電導ゴムがすり減ったりして電気が通らなくなっているのでこれをなんとかすれば良い。昔はアルミホイルを小さく切って張り付けたりしたものだがこれって地味に大変なのだ。ところが、便利な世の中ですね。最近は丸く加工されたアルミシートが売ってるんです。しかも、粘着剤付き。つまり、洗浄しても効かないボタンの裏側にこいつを張り付けるだけである。こんな感じ。動作チェックもばっちりでリモコンは完全に復活しました。めでたしめでたし。余談ですが、ワタシはスマホなど細かいネジがたくさんある物を分解する時は画像のような100均で売ってる薬ケースを使っています。分解した順にケースに入れておけばネジが混じらず紛失する事もありません。修理後に組み立てする時は逆の順のネジを組み込んでいけば良いので超便利です。
2026.06.29
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百均の商品でありながら便利に使わせてもらっているキッチンタイマー。10キー付きで任意の時間がサッと設定できるし、時間計測もできるしこれが百円で買えるなんてもはや脅威でしかありません。そんなキッチンタイマーが不調です。時間がセットできないしセットしても音が鳴らないし・・・・・・・・・・・・・・・・・捨てるか?また同じの百円で買えばいいし・・・・とは、ならんのがワタシの悲しい性であった(笑)とりあえず分解する。ショボッ!!!何にも入ってない。基盤を外して裏返すと出てきた。どうやら基盤の埋め込みチップの中に全てが集約されているようだ。とりあえず、溶剤で基盤とボタンの裏側のゴムを洗浄しておいた。ワタシはIPAなんてお上品な物は持ってないのでホワイトガソリンです。どーだワイルドだろう? (笑)直ったっぽい・・・これでラーメンがつくれる(爆)ちなみに、百均製品を修理するなんて時間と手間の無駄じゃない?と、思う方がいらっしゃると思いますが。100%正しいです。( ̄▽ ̄;)でもね・・・・「修理のススメ」でも書きましたがこんなクダラナイ事の積み重ねが強いメンタルをつくるとしたら・・・・・時間と手間の無駄じゃないかもよ・・・・・( *´艸`)
2026.06.28
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またまた知人にiPhoneの修理を頼まれたのでやってみた。なんだかんだ言って一番難しいのがやっぱり殻割。これが難易度の9割のような気がする。プロはスマホケースの殻割が簡単にできる工具を持ってるようなので今後、このような修理が多くなるなら欲しいかも(笑)液晶側に付いてる各種センサーを外す。今回のスマホはカメラが本体側にあるので微妙に楽かもやっぱりネジは小さい。クシャミ一発で詰みます。(笑)地味に苦手な防水シール貼り。ここで手を抜くとえらい目に遭いそうなので慎重にする。なんやかんやで修理完了。・・・・・・・・・・・・・・今の仕事に飽きたら今度はスマホ修理業でもやろうかな(笑)( ̄▽ ̄;)ちなみに今回の修理に関して知人にお小遣いをもらったのだが子供のゲームソフト代に没収されましたとさ・・・・・
2026.06.27
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新たな試練の到来である。順調だった商売も徐々に陰りが出始めた。当時の酒屋は強固な免許制度に守られて既存の酒屋の近くには新しい店は出店できない仕組みがあった。お客は余程の事がない限り近くの酒屋でしか酒を買えなかったので例え店主がアル中であってもそこそこ売上があったのである。映画館の中の売店のようなものであるところが、国による酒免許制度の見直しがあり人口基準や距離基準が順次撤廃される事になり既存の酒屋の近くでも新しい酒免許が下りるようになったのである。ワタシのお店の近くでもスーパーやコンビニに酒免許が下りて酒の販売を開始しはじめた。既存の酒屋でも安売りに走る店が出始め激安酒屋がもてはやされたのもこの頃である。今まで定価販売が当たり前だった酒の値段が崩れ始め至る所で酒を売るようになった。この影響を受けないハズがなく、ワタシのお店の売上も陰りが見え始めたのである。それまでのワタシは勢いで売っていた事もありこの酒免許の規制緩和という大波を乗り越える術を持ってなかった。当時、日本酒のブームのようなものがあり幻の酒といわれるような物は値段に関係なく売れるような感じではあったがそれらの酒は仕入れる事はできなかった。それ以外の酒は値下げしないと売れないような状態だった。そもそも、酒、塩、タバコ等は法律による規制で守られていたのだが反面、極端に利益率が悪いのであった。ビールなんかは定価で売っても利益率が18%ほどしかなく値引きして売ろうものならあっという間に利益が削らられて何をやっているのかわからない状態であった。想像ではあるが激安店はビール1ケース(5-6000円程度)の利益が100円くらいだったのではなかろうか?値引きして売るのは駄目かと言って、定価販売できるような商品は手に入らない。八方塞がりの中でワタシは活路を求めて色々な本を読み漁った。その時に書店で手にしたのがY氏の本であった。結論から言うと、Y氏はワタシの2人目の師匠となった。
2026.06.27
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長年に渡る父親の確執と、警察に犯人扱いされた怒りが警察署に営業に行くという暴挙に出てしまったワタシですがそれをきっかけに売上が上がってしまいました。実は、この話には続きがあります。数年も後の話です。知人のK氏は飲食店を営んでいたのですがボヤを出してしまいお店が焼けてしまいました。ワタシはK氏のお店の後片付けを手伝う事にしました。焼けた物、使えなくなった物を片っ端から車に積んで処理センターを何度も往復しました。なんとか後片付けは終わったのですが問題はこれからです。厨房設備は無事でしたが店内は焼けてしまいとても営業できる状態ではありません。それまでK氏のお店は経営的にギリギリだったそうでお店を再建する余裕などなかったのです。そこでワタシはK氏にお弁当をつくる 事を提案しました。シンプルな事です。お客が来ないならこちらから持って行けば良い。お弁当の配達です。厨房設備は無事なので容器さえ買えば作れるはずです。早速、ワタシはチラシを作成。商工会の輪転機を使わせてもらって1000枚ほど印刷しました。そのチラシを近隣にバラ撒いたのです。ここでワタシは警察署へ営業に行った事を思い出していました。●警察署に営業に行くヤツはいない。●警察官は忙しくてきちんと昼食を取れないかもしれない。●安価でボリュームのある弁当を配達すれば売れるのでは?と、思って真っ先に最寄りの警察署に突撃しました。(ちなみにワタシが昔突撃したのとは違う警察署です)すると・・・・・チラシを配り始めて1時間も経ってないのにK氏のお店の電話が鳴り止まなくなったのです。こちらが想定していたよりはるかにたくさんの注文が舞い込みました。調子に乗ったワタシは火事の時に迷惑をかけたであろう消防署にも突撃。厚顔無恥とはこの事ですがなんと消防署からも注文が殺到しました。それからもチラシを撒き続けたワタシですがK氏からもう止めてくれと言われたのでしぶしぶチラシの配布を中止。弁当の作成、弁当箱の手配、配達等全てが追いつかなくなったのです。その後、K氏のお店は急激に回復どころか以前よりも遥かに売上を上げるようになり従業員を入れ数年後には複数店舗を出すようになりました。そもそもこの話はワタシに訪れた試練が発端になっていますが結果的にワタシ自身やK氏までもが多大な恩恵を受けられました。試練を乗り越えるとご褒美があると言われますがこの経験はワタシのその後の人生に大きな影響を与える事になります。
2026.06.26
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父親が亡くなって数年・・・・・何もかも全てが変わりました。お店の売上も上がり商売は順調。結婚して子供も生まれました。正直、父親と暮らしている時は結婚なんて全く考えられませんでした。基地外と一緒に暮らして平気な女性など世界中探しても一人もいないでしょう。ましてや子供なんて想像すらしていませんでした。・・・・・・・・・幸せなんですよ。幸せのハズなんです。・・・・・・・・・・・でも、気が晴れないというか喉に小骨が刺さっているというか・・・・原因ははっきりしています。父親への思いがずっと引きずったままなのです。父親がアル中になったのは本人の心の弱さが原因なのは間違いありません。聞いた話によると父親は4人姉弟の末っ子。姉3人なので男は父親一人もともと気が弱く人付き合いが得意ではなかった父親はとても商売に向いてなかったのですが無理やり酒屋を継がされたそうです。そういう時代だったそうです。気が弱く人付き合いが苦手な父親の生存戦略はシンプルでした。人に対してひたすらペコペコして絶対に逆らわない。自分というモノがなく全て他人に合わせるといった感じでとにかく敵をつくらず憐れみを誘うような生き方だったのです。当たり前ですが、そんな事は長く続きません。父親は酒に溺れて病院に通うようになったそうです。父親と母親の馴れ初めは聞いてませんが家族ができると次第に父親の裏の顔が現れて絶対に逆らわない家族にだけ対して暴言や暴力をふるうようになりました。母親は私たち兄弟を連れて何度も家出をしたものです。そんな事なので、家族も父親を避けてなるべく関わらないようなりました。すると父親はますます酒に逃げて酔って暴言暴力に走ります。全て悪循環でした。その成れの果てに肝硬変になり最終的に浴室で吐血して逝ってしまったのです。もう、完全に自業自得としか言いようがありません。ワタシも母親に次ぐ被害者なので父親が亡くなってもしばらくは冷めた気持ちでいましたがなんというかモヤモヤが消えないというかモヤモヤが年々大きくなるのです。そうなんです。ワタシの喉に刺さっている小骨は「父親を殴った事」なのです。たとえ基地外であっても実の父親。父親がいなかったらワタシは存在していません。師であるS氏にも「父親を恨むな」と言われていたのに父親が酒に溺れるのは寂しいからなんだとわかっていたのにワタシは自分を抑えられなかったのです。父親を殴ってから父は借りてきた猫のように大人しくなりました。その時からずっと罪悪感に苛まれていたのです。悪いことをした謝ろうとずっと思っていたのです。でも、謝るタイミングがなかったというか謝れなかったのです。父親が急に大人しくなったのは力関係が逆転したというよりは実の息子に殴られたという事実が父親の心を完全に壊したのでしょう。壊したというか、心が◯んだのかもしれません。つまり父親は浴室で◯んだのではなく、それ以前に心が◯んでいたのです。つまり、ワタシが◯したようなものです。これがワタシの喉に刺さっている小骨の正体です。ワタシは父親に謝りたかった。でも、謝る前に逝ってしまった。小骨はずっと喉に刺さったままです。・・・・・・・・・・・・・・・・そこでワタシは父親に手紙を書く事にしました。ずっと持っていた思いと謝罪の気持ち。全て残らず文字にしました。そして、墓参りに行った時に、墓の前で読み上げて燃やしました。父親に届いたかどうかは分かりませんがワタシの小骨の痛みは少し和らぎました。でも、こんな事でワタシの罪が許されるとは思っていませんワタシはこの痛みを抱えたまま墓まで持っていきます。一生苦しむのがワタシの罪だからです。
2026.06.25
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父親の葬儀やなんかかんやで怒涛の日々を乗り越えたワタシですが落ち着いて考える余裕ができた頃警察に容疑者として疑われた事が無性に腹立だしく思えてきて腹の虫が治まりません。なにか警察に復讐したくなったのです。そして、ワタシの考えた復讐方法はチラシを持って警察に営業に行く(合法的に刑事の財布からお金を巻き上げる)と、いうものでした。さっそく、ワタシはチラシの束を抱えて警察署に突撃しました。そして、刑事課に堂々と入り、先日疑われた刑事さんを見つけてこう言いました。「先日はお世話になりました」そして、満面の笑顔を浮かべて商品をセールスしたのです。ワタシ的には不法侵入で逮捕してみやがれ!どうせネタになる・・・・・くらいに思っていましたが刑事さんは苦笑いするだけでお咎めなしでした。調子に乗ったワタシは一般人は絶対に入らないような警察署のありとあらゆる部屋を訪問して営業していきました。結果的に刑事さんは商品を買ってくれませんでしたが同じ警察署内の交通安全協会の職員さんが面白がって買ってくれました。交通安全協会は警察の建物内にありますが警察とは別組織でワタシが容疑者として疑われていたなんて事は一切知りません。普通に営業の結果として買ってくれました。こうやって、復讐に成功したワタシですが当たり前の事実に気がついたのです。それは、警察署で営業するヤツはいない。まぁ、普通はしませんよねぇ(笑)こうしてワタシの復讐は終わったのですがそれに味をしめたワタシは次々と普通誰も行かない場所に営業をかけていきます。消防署、税務署、裁判所などなど・・・・・民間企業でも大手になると個人的に伝手がないと入りにくいものですが警察署で営業したワタシにとっては赤子の手をひねるようなものでした。当時は池田小学校事件の前でしたので学校という学校も勝手に入り込んで職員室で営業していました。そんな事をしているうちにお店の売上がどんどん上がっていったのです。お客もどんどん増えていきました。よく自己啓発本とかで幸福は試練のあとにやってくるとか試練を乗り越えたら幸福が待っているとか、当時、父親との争いでいろんな本を読んで耐えていたワタシでしたが上記の言葉は絵空事としか思えずそんな訳あるかい!!!!と、信じていませんでしたがアル中父親との長い戦いや警察に疑われた事全ての試練が今、お店の売上アップという事実に変わっていました。試練を乗り越えると幸せとは言わないがご褒美があると、腹の底で理解したワタシでした。
2026.06.24
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父親との立場が逆転したワタシはある程度まともな生活ができるようになっていました。父親はというと昼頃まで寝ていて、起きたら酒飲んで、夕方頃になったら出ていき、夜中に帰ってきて寝るような感じです。どこかスナックかどこかで飲んでるようでした。ワタシ的には父親と顔を合わす時間帯が短いので楽でした。そんな、一見平和な生活が続いていましたがその日は突然にやってきました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・朝、普通に起きてトイレに行くと浴室の電気が点いていました。父親が朝まで飲んでいて朝風呂に入るのは普通の事だったのでまた朝風呂に入っているのだろうと気にもとめませんでした。それから1時間経っても父親は風呂からでてきません。なんぼなんでもおかしいと思い浴室のドアを開けてみると恐ろしい光景を目撃する事になります。父親は真っ赤に染まった浴室の中で沈んでいたのです。なぜか蛇口からお湯がちょろちょろ出ていて父親の身体は茹でダコのように真っ赤そまり頭はお湯の中に没しています。いかん!慌てて父親を引き出そうとすると真っ赤に染まった皮膚がズルリと剥けたのです。もう、ダメやん!と、思いながらも救急車を呼び父親は運ばれて行きました。運の悪い事にその日は地元商店街一斉のセールの日でお店にはお客さんがどんどんやってきます。父親がすでに●んでる事は明らかなので弟に病院に行かせてワタシはお店を続ける事にしました。今後はワタシの力で生きていけないのは確定しているので救う術のない父親よりも将来を取ったのです。父親の自業自得だと冷めた目で見ていたのもありました。その後、消防から父親の状態が「変●」だと判断され警察に通報されました。なんとか商売で忙しくしている事で正気を保とうとしているワタシに次の試練が襲いかかります。ワタシは警察から完全に容疑者扱いされていたのです。父親が◯なっているのに黙々と仕事を続けていたのも疑われた要因になったようです。事情聴取か取り調べかよくわかりませんがワタシは警察に延々と同じ事を質問されてブチギレそうになってました。後で聞いた事ですが、警察は同じ質問をして返答が変わらないか見ているそうです。咄嗟についた嘘は一貫してないのでバレるとか。そんな怒涛の一日でしたが父親の◯体が帰ってきたのでは夕方でした。検視の結果、事件性はないの事で警察はさっさと帰っていきました。永遠に続くと思われた地獄がある日突然終わったのです。人生でここまで追い詰められ無我夢中で乗り越えた経験はその後の人生で何が起こってもあの時よりはマシだな。と、思えるほどになっていました。
2026.06.23
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父親の異常な言動は日に日に酷くなりました。ある日の事、父親は泣きながら喚いていました。何を言っているかわかりませんが要約すると「自分は何もしてないのに太陽が槍を飛ばしてくるんだ」と、泣きながら訴えるのです。太陽の直射日光が槍に見えて自分に刺さったように思ってるようです。ワタシはここまで来たかと、背筋が寒くなりました。父親の言動には波があり、落ち着いている時はまともに見えますが酷い時は上記のような奇行に走ります。正直、夜中に刃物でも振り回しかねないのでワタシは就寝時は部屋の鍵をかけて、枕元に鉄パイプを置いていました。本当の話です。それからも父親との対立は続き日常的に喧嘩をしてました。ワタシは普通に仕事して普通に生活したいだけでした。そんなある日の事、ついに事件が起こります。詳細は言えませんがワタシの精神が限界を超えたのです。ワタシは大声を張り上げながら父親の顔面を拳で殴ったのです。何度も何度も父親は顔面が血まみれになりながら部屋を出ていきました。まさに、「やっちまった」と、いう感じです。ワタシは直後から罪悪感に苛まれました。基地外とは言え、父親に手をかけてしまったのです。図らずもこの事件から生活が一変します。父親が家の中でも借りてきた猫のように大人しくなったのです。力関係が逆転したというのが正解です。ワタシはある程度普通に生活ができるようになりました。お店のお金も持ち出せないようしました。ただ、酒だけは売るほどあるので父親が酒を飲むのを防ぐ事はできず飲酒量はさらに増えていったような気がします。そして、ある日の事父親との地獄のような生活は突然に終わりを迎えます。
2026.06.22
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地獄のどん底に落ちたワタシはどんどん病んでおりました。おそらく大勢の方に愚痴っていたと思います。「なんで家を出ていかないんだ?」と、思うかもしれませんが一応ワタシは給料をもらっていて母親に仕送りしていたのです。出ていかない理由はそれだけでした。そんなある日の事、友人から合わせたい人が居ると持ちかけられました。その方は某酒蔵の営業部長のS氏です。ちなみに商売上の関わりは一切なかった方です。「酒の売り込みか?」みたいに想像していたのですがまったく違いました。会うや否や「なんだその暗い顔は!」と叱咤されました。ワタシが事の次第を打ち明けるとS氏は涙を流しながら話を聞いてくれてその上で「いいか、父親を恨んではいけない。父親が居なかったらお前もいない。だから感謝はしても絶対に恨んではいけない」と、言われ「何があっても前を向いて歩け!後ろは向くな!ネガティブな感情は捨ててしまえ!」S氏とは長々話しましたが上記の言葉が全てです。ワタシが驚いたのはS氏の言葉ではなくS氏が涙を流した事です。取引先でもなんでもない初対面の赤の他人の為に涙を流す人がいるんだ!それ以降、ワタシはS氏とやりとりを続け次第にS氏の事を師と仰ぐようになりました。S氏から具合的にこうすれば良いみたいなアドバイスは一切なく父親の狂った行為は相変わらずでしたが、地元の友人の助けもあってワタシはなんとか精神崩壊せずに耐え続けいました。今、家を出ていったら涙を流してくれたS氏に申し訳がない。その思いがワタシに力を貸してくれていたような気がします。
2026.06.21
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両親の離婚が決定し父親側に付く事にしたワタシですがあらためて実家の酒屋に帰って仕事を手伝うようになると目を覆う現実に直面する事になります。酒屋と言えどお店なのですが店に商品がないのです。本当ですよ。厳密に言うと多少は置いてますが値札等いっさいありません。じゃ、お客が来たらどうするかというとお客が欲しいものを聞いて倉庫から出すような感じでした。値段は聞かれたら言う感じでした。当時、酒屋は免許制度というものに守られていました。人口基準と距離基準。人口○〇人に対して酒屋は●件まで既存の酒屋の半径××m以内は新規免許は出さないと、いう風に既存の酒屋の近くに新しい酒屋は出店できないという規制があり映画館の中の売店のように酒が欲しい人はよほどの事がなければ近くの酒屋で買うしか選択の余地がなかったのです。店主がアル中で酒浸りでも店がどんなに汚くて散らかっててもある程度の売り上げと利益が出るという恐ろしい状態でした。数年の間実家から出て外の空気を吸っていたワタシは実家の酒屋の現実を見せられて言葉も出ませんでした。しかし、まだ20歳そこそこでエネルギーに満ち溢れていたワタシです。店を徹底的に作り直す決心をしました。どうせ父親は酒を飲んでるだけで何もしません。勝手にやる事にしました。とりあえず、掃除しないと始まりません。何日も何日も掃除して、大量のゴミを何度も捨てて掃いて、拭いて、磨いて・・・・・汚い什器は捨てて木製の什器を手作りしたり商品を並べて綺麗なプライスカードをわかりやすいPOPで店を埋め尽くしました。そうして、ようやくお店と呼べるような状態になりお客さんからも「見違えるほど綺麗になったね」と褒めてもらえるようになりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところが、父親はこれが気に入らないようでした。ワタシが勝手にお店を綺麗にしてお客さんに好評な事が父親は威厳が失われたようにとったようです。まったく酔っ払いの理論は理解不能です。父親は手は貸さない、金は出さないが口は出す!というふうに訳の分からない謎理論を展開してケチをつけまくります。それだけなら大したことないのですがお店のおつまみコーナーのつまみを食い尽くす。レジのお金を持って飲みに行く飲みに行った後、ワタシは寝てしまっている夜中に帰ってきてお店のシャッターを開けて商品の酒を持ち出してまた飲みに行く夜中に誰もいないお店のシャッター開けっ放しです。夜中にふと何の気なしに目を覚ましたワタシがお店のシャッターが全開になっているのを見て絶句したのは1度や2度ではありません。また例によって父親がなぜか酔っ払い呼び寄せて営業中に店で大勢の酒盛りが繰り広げられたりするのです。当時、家庭用カラオケマシンが流行っていたのですがそれを手に入れた父親が酔っ払いを呼び込んで大音量で歌いまくるのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正直言うと、父親の気持ちはわからんでもありませんでした。母と離婚して姉弟も家を出て、ワタシは戻ったもののまともに相手しません。近所の人からはアル中と認識されていたので誰も相手にしません。つまり父親は寂しかったのです。その寂しさからさらに酒に溺れ、酔っ払いを集めて騒ぐ事で憂さを晴らしていたのでしょう。わかっていたんです。わかっていたけどワタシには地獄の日々でした。さらに、どうしてそうなったのかは知りませんが父親は韓国に入り浸るようになります。店のお金を握りしめて1週間ほど韓国に行くようになりました。韓流ブームが起こるよりもはるかに前の事です。物価も当時日本の1/16くらいだったように思います。父親は韓国では訳の分からない偽ブランド商品を大量に買ってました。グッチとかエルメス、シャネルの偽物です。素人のワタシが見ても造りの悪い粗悪品でした。それを日本に帰って近所の方に配るのです。韓国では大金(物価1/16ですから)をばらまく日本人としてちやほやされ地元では大量のお土産をばらまく事で一時的にちやほやされそれに気をよくした父親はさらに韓国に入り浸るようになります。もちろん、お店の現金を持ち出して行くのです。ワタシにはそれを止める術はありませんでした。アル中とはいえ店の代表取締役社長であり世帯主であり実際に店を回しているのはワタシでしたがワタシには法的には何の権限もなかったのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・当たり前ですが、こんな事してると現金が足りなくなります。現金がなくなったら父親は借金を繰り返すようになりました。当時はお店のあった場所の地価は結構高くてそれを担保にお金は借りられました。ワタシはなんとかお店を繁盛させようと努力したのですが父親が全てをぶち壊し、店のお金を持ち出して散財し借金がどんどん増えていったのです。もう、ワタシの精神も限界を迎えようとしていました。
2026.06.20
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某3流大学に進学したワタシはアパートで一人暮らしを始めました。アル中の父親から離れてもう怒鳴ったりされない事そして、自分の城を持った事また新しい友人に囲まれてまさに生まれ変わったような気分でした。もともと勉強したくて進学した訳ではありませんので勉強なんてやらずにバイトに明け暮れていました。それまでは自転車小僧だったワタシですがアパートが急な坂の上にあった事から原付バイクに乗り始めそれ以降バイクにのめり込む事になります。400ccのバイクを手に入れ峠道を爆走したり荷物を山のように積んで旅したりしました。当初自転車小僧だったワタシはバイクに対して懐疑的だったのですがあっという間にバイク小僧と化していました。そんな充実した日々を送っていたワタシですがある日突然現実が襲いかかります。両親が離婚する事になりました正直言ってかなりショックでした。もちろん、酒を飲んで暴れる父親に対して母親が可哀想でたまらないので早く離婚した方が良いとずうっと思ってはいたのですがいざ、実際に法的に離婚という事になると天変地異で全てが崩れ去るような恐怖に襲われたのです。それと同時にワタシは父親と母親どちらに付くか選択を迫られます。絶対に父親に付くのは嫌でしたが母親に付くのも問題がありました。母親は家を出てたのは良いですが収入がありません。ワタシの姉弟は母親と一緒に家を出ましたがワタシまで母親について行くと経済的に破綻する事が目に見えていたのです。当時の酒屋は免許制度に守られていて店主がアル中でもそこそこの売上と利益があるという恐ろしい世界でした。アル中の父親は嫌だが父親に付いて酒屋をすれば母親を経済的に支える事が出来るのではないか?苦渋の決断でしたがワタシは大学から実家の酒屋に戻る事になったのです。
2026.06.19
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ワタシが高校生の頃になると父親のアル中がかなり酷くなってきました。気に入らない事があると怒鳴る。何かあったら全て家族のせいにして大騒ぎするなんてのは普通の事です。実家は酒屋ですので文字通り酒は売るほどあるので酒を隠すなんて事もできません。また、類は友を呼ぶなんて言いますが夕方になると仕事帰りの酔っ払いが集まってきて父親を交えてお店の中で酒盛りを始めます。もうこうなったら普通のお客さんは誰も来なくなります。夜、お店を閉める時間になると父親はお店に来た酔っ払いを家に上がらせて飲み会の続きが始まります。ワタシの実家はまさに地獄絵図と化していました。高校生になると将来の進路について考えなければいけませんが父親はワタシが高校を卒業したら即、店を手伝わせると考えていたようです。その当時は長男が家業を継ぐというのはごくごく普通の事でしたがワタシにはそれは地獄の入口にしか思えなかったのです。将来の進路を悩んでいると母はこう言いました。どこでも良いから進学してこの家を出なさい。あなたはここに居てはいけない。母の言葉に励まされてワタシは三流大学を受験して家を出る事になります。ほとんど家出同然でしたが、家を出る前に父親に一言「行ってくる」と、言いましたが父親は布団から出ず何も言いませんでした。そして、ワタシは一時的にではありますが自由の身となったのです。
2026.06.18
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ワタシの前半生でも本当は語りたくない黒歴史です。正直に言いますがワタシが物心ついた時には父親はすでに酒浸りでした。朝起きるとまるでコーヒーを飲むようにカップ酒を飲んでいました。ワタシが幼い時は他所の家の事情なんてわかりませんのでそれが普通なんだと思っていました。朝、起きたら酒飲んでそのまま仕事してバイクや車も運転してました。もちろん、酒の臭いをさせながらお店で接客もしてました。不思議ですがなぜか飲酒運転で検挙されないのです。本人が酒飲んでるという意識がないのか車を運転してもこそこそしないので怪しまれないのでしょう。(夜にこそこそと裏道を走ると捕まるという話を聞いた事があります。)うちの父親はなんか変だぞ! と、思い始めたのがワタシが中学生の頃高校生の頃にはだいぶおかしくなってきてました。父親は昼間、商売しているときは借りてきた猫のように大人しくお客にはいつもオドオド・ペコペコしていました。それが夜になると豹変して家族に対して、怒ったり怒鳴ったり傍若無人の振る舞いをするのです。機嫌よく飲んでたかと思うと、急に昔の嫌な事を思い出して急に家族に対して怒り出すなんて日常茶飯時でした。時には暴力をふるう時もありました。冷静に父親の事を分析すると、父親は基本的に気が弱くて自分というものがありません。そこで酒に逃げて絶対に抵抗しない家族にだけ怒鳴り当たり散らすという感じでした。ワタシはそんな父親が大嫌いで嫌な事、困った事から逃げてると父親みたいな人間になる。絶対にこんな大人にはなりたくないと心に誓いました。何があっても逃げないという今のワタシの基本姿勢はこの父親の影響を強く受けています。父親がアル中で家庭崩壊したのは事実ですが反面教師としてワタシの人生を支えてくれていたという事に気づくのはずっと後の事です。
2026.06.17
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なんだかんだ言いつつも観ています。豊臣兄弟。ずー-----------と、もやもやしていたのですがここ最近の展開はさすがに辛くてしんどかったです。なんといいましょうか?大河ドラマというのは史実が基本にあって史実だけだと年表になってしまうのでその行間を膨らませるのがドラマの面白さであるはずなのですがどうする家康あたりから映像にインパクトがあれば史実なんてどうでもいいという開き直った感がありました。豊臣兄弟はどうする家康ほどではないにしろ史実軽視でオリジナル要素に尺をとるという嫌な展開が続いておりああ、どうする家康の二の舞か・・・・と、半ばあきらめかけておりました。そして、今回 第23回は「さらば半兵衛」タイトル通り竹中半兵衛の死を描く回です。史実というか通説では黒田(小寺)官兵衛が敵に寝返ったと勘違いした織田信長が人質である官兵衛の息子を●すように命令するが余名わずかの竹中半兵衛の機転で官兵衛の息子を救ったという感じ。なんだけどまた、いつものように史実はさらっとスルーするか、大幅改変してとって付けたようなお涙頂戴シーンに尺をさいてさぁ、みんなここは泣くところですよぉ!みたいな感じになるかと思ったのですが今回だけは良い意味で裏切られました。史実の枠組みは守りつつ実は竹中半兵衛は本当に人質を●そうとしていて人質を守ろうとする人達との頭脳合戦を繰り広げます。そこに秀長の子の誕生(番組オリジナル要素)を絡めて思いもよらない方向に話が進みますが結局は通説通り竹中半兵衛が人質をかくまう結果になる。一旦通説の逆張りを張りながら元に戻すというちょっとハラハラ展開。そして、偽の人質の首を織田信長に差し出すのですがこの辺のやりとりの演技が素晴らしかった。以下は画面にでてこないワタシの推測(妄想)です。●織田信長 人質の子供を●せと命令したけど、ホントはそんな事やりたくないんだよね。 でも、ここで示しを付けないと裏切者がどんどん増えるからしかたないよねぇ 竹中半兵衛!お前ならわかるだろ!俺の気持ち!●竹中半兵衛 もちろんです。これは偽の人質の首ですが私が勝手にやった事です。 これは本物という事にしておいて下さい。●織田信長 さすが天才軍師じゃ、ご苦労だった。●竹中半兵衛 どういたしまして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実際のシーンは以下のような感じです。竹中半兵衛が首桶に入った首を差し出す。それをのぞき込む織田信長そして、「損な役回り大義であった」とねぎらうと、たったこれだけなのですが小栗旬と、菅田将暉の圧倒的な演技力、セリフじゃなくて表情だけで上記のワタシの妄想のようなやり取りが伝わってくるのです。いやぁ、この2人凄いわ!その後、竹中半兵衛の死が描かれるのですが菅田将暉さん、ホントに痩せてるんですよ。死の間際みたいに。特殊メイクでここまでできるのかな?ひょっとして役作りで本当に痩せたのかも。いやはや、頭が下がります。ほんと、凄い役者さんです。ってな感じで今回は正直、面白かったです。23回目にしてようやく本気をだしてきたか?なんだ、やればできるじゃないか。諦めかけていたんですが、ちょっと希望がでてきましたね。頼みますよ!頑張れ! 豊臣兄弟
2026.06.14
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高校時代の頃、実はいじめを受けていました。きっかけはささいな事だったと思います。いじめと言っても巷で騒がれているような悪質なものではなく●物を隠す●無視する●背中から蹴る●不意に足をひっかける●数人で押さえつけるなどなど、金銭要求や暴力行為まではいきませんが当時はそれなりに辛い状態でした。ワタシは明確な反撃をしなかったのでいじめはどんどんエスカレートしてきて加担する人数が増えていきました。そうなるとクラスの中でこいつはいじめても良いみたいな変な雰囲気ができてくるのです。ワタシが反撃しなかったのには理由があります。反撃するとおそらく結構な殴り合いになります。そうなると、双方停学処分になるでしょう。今はどうか知りませんが、昭和の当時でも部活動の部員が停学になると部活動全部が自粛され最悪、大会の出場辞退なんて事にもなります。卓球下手で部に貢献していないワタシが停学処分によって部に迷惑をかける訳にはいかない。それだけの理由で反撃しませんでした。正直言うと、反撃しようと思えばできました。当時のワタシは前回の記事で書いたようにそこそこ強靭な筋肉を持ってました。また、趣味で自転車で走り回って何度か死にそうな目にも遭っていたのでメンタル的にも「少々の事ではめげない精神力」が身についていたのです。いじめをしていた人は多かったのですが中心人物は3人程度だったので勝てないにしても相手の顔面にパンチを入れて鼻血と歯の本を折るくらいの自信はありました。もちろん、いじめが暴力行為にまで発展していたらワタシは迷わず反撃していたと思います。いじめが暴力行為までいかない陰湿なレベルだったのはおそらくですが外観から分かるワタシの筋肉でしょう。また、高校の体育の授業では柔道があったのですが実はワタシは柔道が強かったのです。特に寝技には自信があって負ける気はしませんでした。(じゃぁ何で卓球部なんだという突っ込みを自分でしています)ワタシ自身3年間いじめを受けていたのでそれなりに知見を得る事ができました。●いじめはほんのささいなきっかけで始める●最初のいじめをスルーすると徐々にエスカレードする●いじめは基本的に放置では終わらないいじめが放置では終わらないというのは簡単に言うといじめは娯楽だからです。いじめを行う方は楽しくてたまらないので辞める理由はありません。徐々にエスカレートするのももっと楽しみたいからです。またいじめを行う中心人物は少なくても雰囲気が周りに伝染します。大雑把な感じとしていじめをする人がクラスで10%、しない人が10%、どちらでもない人が80%ってな感じです。最初は10%の人のいじめを受けるのですが、いじめがエスカレートするとどちらでもない80%の人も雰囲気の飲まれて積極的ではないにしろいじめに加担しはじめます。こうなったらかなり辛い状態になります。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃぁ、どうすればいじめを辞めさせる事ができるのでしょうか?ワタシの個人的な意見では戦うのが手っ取り早いです。いじめを受けたそのタイミングで一人で良いです。顔面にパンチを入れて反撃します。相手は鼻血くらい出るでしょう。いじめ組に加勢が入って1人対3人になるとこちらが一方的にやられるでしょう。でも、それで良いです。一人で良いので相手の顔面にパンチを入れたという事実は揺るぎません。おそらく十中八九その後いじめは収まると思います。もちろん暴力行為を推奨している訳ではありませんがそもそもいじめをしてくる輩は頭が弱いので言葉ではどうにもならないのです。学校でいじめを受けた場合、卒業まで我慢すればいじめは終わると、考えるかもしれません。確かに終わります。でも、社会で出てもいじめはどこにでも転がっている事に気が付きます。そうなんですよ。いじめから逃げてもいじめは次々とあらわれます。いじめの根底にあるのは人間の本能なのでいくら綺麗事を並べても結局いじめはなくなりません。ではいじめにはどう対処するべきでしょうか?最初のきっかけが一番重要です。いじめはほんの些細な事からはじまります。その時に明確に反撃しておけばいじめの芽を摘む事ができます。いじめのきっかけはほんの些細な事なのでいきなり顔面パンチで流血は不要です。演技で良いのでブチ切れて大声を張り上げる程度で充分です。これだけで大半のいじめは収まります。要は威嚇ですね。今回はいじめの話になりましたがいじめを受けた時にワタシを支えてくれたのが筋肉と精神力です。筋肉があると、いざというときは反撃できるという自信が持てます。自分の中で反撃するしないの選択の余地が生まれます。筋肉がないと反撃するという発想がなくなり、いじめを受け続ける事になります。そうなんですよ。筋肉の有無で精神力が変わってくるんです。筋肉は絶対裏切らないと、いうのは本当に名言だと思います。結局高校3年間いじめを受けていたワタシですが今にして思うと、いじめはワタシにさらなる強靭な精神力を与えてくれたような気がします。厳しいトレーニングによる筋肉といじめによる精神力。この2つがワタシが中高生の頃に手に入れた宝物です。
2026.06.13
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中高生の頃といえばやはり勉強と部活動。勉強の方は学校の成績でいうと100人中80位くらいでしたね。(笑)なぜか理科だけは90点以下は取った事がない感じですが他の教科は酷いものでした。理由ははっきりしてます。興味がなかったのです。今は歴史大好きなワタシですが、学校の歴史の勉強は年号と人名を覚えるだけでぜんぜん面白くなかったのです。歴史の時間に大河ドラマのビデオを流してくれてたらめっちゃ勉強していたと思います。(当時はそんな機材は一般的ではありませんでしたが)勉強はまるっきりダメだったワタシですが部活動は頑張っていたと思います。中学入学当時仲の良かった友人に誘われて卓球部に入部しました。実はワタシは球技は苦手でなんかダメなんですよ。野球なんかも苦手です。(笑)どうも向いてないみたいです。(;´∀`)ただ、当時はあまり深く考えてなくて友人に誘われるまま入部。ところが、友人はすぐに辞めてしまってワタシはハシゴを外された状態でしたが部活で新しい友人も増えた事もあってそのままずるずると卓球部に在籍し続けてしました。卓球というのは卓球台でプレイする訳ですが1台の卓球台に2人しかプレイできません。卓球台が3台あってもプレイできるのは6人。例えば部員が20人いたら14人はプレーできないのです。で、そのプレイできない時間は素振りとかトレーニングをする訳ですが球技の下手なワタシはトレーニングばっかりしていました。(笑)腹筋、腕立て伏せ、背筋、スクワット、鉄アレイ田舎の学校ですので裏山の山道のランニングはかなりキツかったです。続いて高校でもなぜか卓球部に入部したワタシですが下手なのは相変わらずでした。今、考えるとワタシの性格が悪い方向に作用していたと思います。スポーツなんかは特にですが基本が大事です。セオリーというのがあって初心者は徹底的に基本練習をするべきです。基本ができて伸び悩むようになって初めて自分なりの工夫をするべきです。ところが、部活ではワタシの悪い癖がでちゃったんですね。基本を知らないのに最初から自分なりの工夫をしちゃうんですよ。もちろんセオリーから外れてるので上手くいくはずがありません。上達しないし、当然勝てません。上達しないのでさらなる工夫を重ねていき、どんどんセオリーから外れていくのです。結局、6年間卓球をやったのですがからっきしダメで練習でもほとんど勝てず試合にはほとんど出してもらませんでした。じゃぁ、6年間の部活動は無駄だったのかというとそうではなく6年間のトレーニングで自分で言うのはなんですがかなりの筋肉質の体になってました。腹筋なんかはチョコレート板のようにボコボコになってました。筋肉は裏切らないと、言ってた方がいらっしゃいましたが100%同意します。筋肉って何もしない状態(例えば寝てても)エネルギーを消費します。エネルギーを消費すると熱が出ます。熱が出ると体温が上がります、体温が上がると免疫が上がります。筋肉が多いと、病気しにくいし、怪我してもすぐ治る。たくさん食べても太りにくい身体になるのです。まさに良いことづくめ。部活の時に身に着けた筋肉って学校を卒業して部活を辞めると減りそうな気がしますが意外と減らないのですよ。社会人になっても歩く、走る、物を持ち上げる等々筋肉って使いますので増えこそしませんが急激にも減らない感じです。現在、還暦を過ぎたワタシですが3階くらいの移動なら階段を1段飛ばしで駆け上がりますしお腹もそこそこ固いです。病気もほとんどしませんしインフルエンザにかかってもタミフル飲みません。全ては筋肉のおかげです。(*^^*)表面的には努力してもまったく報われなかった部活動ですが一生涯ワタシを助けてくれる強靭な筋肉が手に入っていたという事に気が付くのは中年過ぎてからの事です。また努力の方向を間違えるとどれだけ頑張っても報われないという事を身に染みて理解できたのも良い経験だったと思います。
2026.06.12
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小学生の頃は段ボールで遊んでいたワタシでしたがどうにもならない事がありました。それは自転車です。同級生達は自転車を買ってもらって学校から帰ったら自転車に乗って遊びに行ってました。ワタシも自転車が欲しくて親にねだったものですが結局買ってもらえませんでした。今にして思えば、経済的に買えなかったのではなく、自転車なんか買い与えたら飛び出してどこに行くやらわからない。そんな危機感もあったのかもしれません。(笑)当時、フラッシャー自転車というのが大流行していました。自転車に電子式のウインカー(方向指示器)が搭載されていてしかも、電子音が鳴り、流れるように光が移動したりまさに、未来の自転車だったのです。また5段変速ギアや当時のスーパーカーブームの流れでリトラクタブルライトなんてのもありました。そんな最新型の自転車を乗り回す友達を垂涎の眼差しで見ることしかできなかったのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところが、中学生のなった頃に転機が訪れます。親がどこからか自転車をもらってきたのです。自転車 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!と、なったのは言うまでもありません。自転車を手に入れたワタシはあっちうろうろ、こっちうろうろ。それまで抑圧されていた反動が一気に爆発したのかもしれません。日曜日は1日かけて50~60㎞は走っていたんじゃなかろうか(笑)ワタシのもらった自転車は古い物でしたが10段変速+ドロップハンドルというどちらかというと高校生もしくは大人用の自転車でしたがワタシはそれがとても気に入っていました。同級生達は前述のフラッシャー自転車に乗っていましたがワタシ的にはそれがとても子供っぽく見えるようになってしまいました。その影響か?最近の高級車等に装備されている流れるように動くLEDのウインカーを見るとちょっと小っ恥ずかしく思っちゃいます(笑)高校生くらいになるとだんだん自転車に物足りなさを感じるようになり自分でパーツを買ってきて改造するようになりました。最終的には元のパーツはフレームとホイールのリムだけという有様でフレームも自分好みに塗装していました。また休みを利用して泊まり込みで遠出するようになり四国1周したり、北海道1周もしてました。最初はユースホステルに泊まったりしてましたが、寝袋を手に入れてからは公園とかで寝るようになってましたね。公園で寝てたら野良猫がやってきて寝袋の中に潜り込み朝まで一緒に寝たりしてました。野生動物と一緒に寝るなんてなかなかできるものじゃないですよね。(笑)北海道では地震による鉄道の運休によりスケジュールがめちゃめちゃになったり集中豪雨で予定の道路が通れなくなったりしました。四国1周の時は高知で台風の直撃を受けたりとにかくトラブル続きでしたね。台風の直撃を受けた時は自転車もろとも吹き飛ばされて「あれ? 死ぬかも???」と、何度か思いました。(笑)それでも旅は苦しくも楽しかったのですが今では良い思い出です。ワタシのアウトドア好きの素地はこの頃に始まったように思います。学校の野外活動か何かでテントで寝た事はありますが当時はテントなんて子供が買えるような物じゃなかったし個人でテントを持つなんて発想もありませんでした。寝袋があればどこでも寝られる。それだけの思い込みで実際に自転車で旅をしていたのです。子供の頃に芽生えた物の中身や仕組みを知りたい、分解したい。あこがれの自転車に思い切り乗って知らない世界に行ってみたいそんなワタシの鬱憤を満足させてくれたのが自転車でありそして、アウトドアへの素地というかできたのもこの頃だったように思います。自分でルートを決めて実際に行ってみる予定通りに行く事は少なくてたいていトラブルに見舞われる。当然スマホもなければ頼れる人もいない己の頭と力だけでなんとかしなければならないどうにもならなければ現地の赤の他人に聞いたり教えてもらったりした。やってみるとなんとかなるものです。そんなのがワタシが中高生の頃から始めた旅でした。その反動か?今時の観光地を巡ってお土産を買いまくるような旅行はどうにも性に合わないのです。(笑)自転車の旅の途中で何度か死を感じた事はワタシのメンタルに多大な影響を与えていてその後、高校でいじめを受けた時に思わぬ形で役に立つ事となります。
2026.06.11
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ワタシの小学生の頃はいわゆる高度経済成長期というのでしょうか?世の中に大量の物が溢れ出した頃です。それまで子供は自然の物や身の回りの物で遊ぶというのが基本ですがだんだんと魅力的な玩具が世に出回るようになってきてて同級生の友達はいろんな玩具を買ってもらっていました。で、ワタシはというと、親は基本仕事で忙しく、子供は放置だったので玩具的な物はあまり買ってもらった記憶がありません。そこでワタシはお店に大量にあった段ボールで遊んでいました。段ボールだけはたくさんあったし、ハサミやセロテープもいつでも使えました。大きな段ボールは窓を開けて秘密基地をつくったり小さな段ボールは広げて板にしてパーツを切り出していろんなモノをつくっていました。当時は仮面ライダーとかが大人気だったので返信ベルトやマスクが欲しくて自分で作っていました。しかも、被るだけでは面白くないので、マスクの目の部分に豆電球を仕込んで光るようにしたり、マスクの内側の頭頂部にスイッチ的なモノを仕込んでマスクを被ると目が光る的なギミックも実現していました。正直、今でも段ボールの束を見たらワクワクします。(笑)今のワタシは●無い物はつくる。●周りにある物でなんとかしてみる●上手くいっても失敗しても改良を加えてみるという、感覚を持っていますがそれらは小学生時代の段ボール遊びから培われたような気がします。もし、ワタシの親が簡単に子供に玩具を買い与えるような事をしていれば上記のようなワタシの感覚は培われずにワタシの人生は違ったモノになってたような気がします。子供の欲しい物を買い与えるのは今では当たり前ですが子供の中に眠っている色々な可能性を潰しているかもしれないというのは頭の中に入れていた方が良いかもしれません。
2026.06.10
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それではぼちぼち始めていきましょう。忘れてしまっていたり記憶違いもあるかと思いますがご了承下さい。ワタシが生まれたのは田舎の小さな酒屋でした。3人兄弟で両親共働きという構成はこの時代はごくごく普通の事です。昭和のこの頃、まして田舎では営業時間や定休日という考え方もあまりなくお店は朝から夜まで閉店後でも電話が鳴れば配達に行く、休みは正月元旦のみと、いう感じで当然子供は基本放置という感じでした。ワタシは一人でじっとできない子供だったらしくちょっと目を離すといなくなるために常にお店の店内で紐に繋がれていたそうです。さすがにこの時代でも子供を紐で繋ぐというのはあまりなかったようでお客さんか近所の方が可哀想に思って紐を解くとすぐにいなくなって大騒ぎになったそうです。そんな事があったせいか、ワタシは日中は知人の老夫婦宅に預けられる事になりました。前々回のブログと内容が被りますが、その老人宅には子供の玩具的な物は何一つなかったのですが、ワタシはその家にあった壊れた目覚まし時計が気に入ってその老人宅に行くのがとても楽しみでした。ワタシが4〜5才の頃だと思うのですが、その目覚まし時計の事は今でも覚えています。その目覚まし時計は逆さにすると中身の機械(モジュール)が取り出せて壊れていましたがゼンマイを巻くと中のたくさんの歯車が動き始め、それを見るのが楽しくていつまででも遊んでいたそうです。ワタシは今でこそ家電から車、パソコン、スマホに至るまで分解・修理したりしますが、物には外から見えない中身があってそれを見たいというワタシの基本的な性癖はこの頃の経験が元になっているのは間違いありません。繋がれてた紐を解いて脱走を手助けして下さった方がいなければワタシの性格も人生もまた別なモノになってたような気がします。いやはや、人生ってのはホント楽しいものです。(笑)
2026.06.09
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皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?ワタシがこのブログを始めたのが2004年4月なのでもうこのブログは22年も続いている事になります。いやぁ、我ながらビックリですね。元々ブログを始める気はなかったのですが、当時流行り始めた友人のブログを見ようとしてたら知らない間にアカウント登録してしまって気がつけば自分のブログがでてきていました。せっかくできたので日記的に戯言を書き込んでみたり忘備録的な使い方をしているうちに今に至ります。まさか、これほど続くとは本人が一番びっくりしています。気がつけば私自身も還暦を過ぎて豊臣秀吉の没した年齢を超えてしまっています。つまり、ワタシ自身に何が起こってもおかしくない年齢になってしまった訳です。そんな事を考えてると、今までは前ばかり向いてきたワタシですが、今までの過去を振り返り文字に書き起こしてみたくなりました。そこで、今後は不定期ではありますが自分の自叙伝的な物を言う書いてみようかと思い立ったであります。正直、結構波乱万丈の人生だったと思うし、ブログには書いてこなかったネガティブな事も多々ありました。それらを振り返りつつ自分の人生を書き綴ってみたいと思います。大して面白くないと思いますが生暖かい目で読んで下さると幸いです。(;´∀`)
2026.06.08
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続きです。自分で修理する人はメンタルが強いその記事を要約すると以下のような感じです。現在は物が壊れたら買い替えるか専門家に頼むかのどちらかである。修理するより買い替えた方が安い事もあり時間的にも早く非常に合理的でるそこをあえて自分で修理する人は少数派である。ところが、自分で修理する人はメンタルが強い。らしいそれはなぜか???多くの方は外的要因で幸せを感じてします。例えば●SNSで「いいね」をもらった●高級な持ち物や高級な服、りっぱな家や高級車を所有して周りの人にすごいねと思われる●流行に乗り遅れないまた、●応援している野球チームが勝ったなんてのも外的要因です。簡単に言うと心エンジンの燃料を外から入れている感じです。燃料をガンガン入れている時は問題ありませんが燃料がなくなったらたちまち不幸になります。●推しの野球チームが負けた●SNSで「いいね」をもらえない●周りに変に思われた●家計が苦しくなって最新型を買えない些細な事で幸福感がなくなり挫折します。これがいわゆるメンタルが弱いという事です。自分の感じている幸せが外からまかせだとこんな事になります。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これに対して内的要因で幸せを感じる人がいます。つまり心エンジンの燃料が自分の中から勝手に湧いてくるのです。こういう方は他人の目や言動を気にしません。他人が何をしようが何を言おうが関係なく自分は幸せなのです。具体的に言うと長年の下積み生活を経て大成功したような方です。このような成功体験を持っている方は自分に自信があり大抵の事には動じません。それが心の平穏の元になっています。ところが、そんな簡単にはイチロー選手のようになれません。ここでやっと話は修理に戻ります。今のご時世、自分で物を分解して修理する事は金額的にも時間的にも非常に不合理ではあります。ところが、自分で分解・修理すると何が起こるか脳の中に成功体験として脳内ホルモンが分泌されます。自分の中に何かを成し遂げたという自信が付きます。一つ一つの修理体験ではそれほどの効果はないかもしれませんがそういう体験が積み重なると大量の自信につながります。実のところ、今のご時世、成功体験を得るのはなかなかに難しいです。仕事で頑張ったとしても結果が出るのは半年、1年先だったり目に見える形で成功が見えないのです。ところが、分解修理はシンプルです。壊れた物が直るか直らないか結果がダイレクトに現れます。つまり、成功体験を積み重ねるのに日用品の修理はとても適しているのです。そうして積み上げた成功体験は強いメンタルを生み出すというものです。自分で修理するというと貧乏くさいだの、変わり者だのと言われそうですが他人の目や言動が気にならなくなる鉄のメンタルが手に入るとしたらどうですか?自分の一生が変わるかもしれませんよ。ますは、百均で買って壊れた物なんかを分解してみる事をおすすめします。えっ?ワタシ???ワタシはメンタルがどうのこうのではくただの変なおぢさんです(笑)(*^_^*)
2026.06.02
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