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時間は決められた通りに過ぎていき、大晦日を迎えました。今年も一年が速かった(・・*)(..*)ウ・・ウン 年のせいもあるかもだけど、それだけではないかも・・・・・。IT時代の所為もあるけれど、情報量が多くてニュース放送がついていけない状態ではないのかしら・・・・・。TVでは、今年の重大ニュースなどをやっていた。大事件と呼べるものばかり・・・・・。これらがこの一年にみんな起こったことだなんて・・・・・。私が子供の頃は、大事件は年に幾つも起きなかった。だから、結構記憶に残っている事件も多い。ところが、この頃は凄惨な事件だったり、巧妙な事件だったり、犯罪の質が人間性のかけらも感じられないような後味の悪い事件が多い。ニュースの送り手もなんとか評論家のコメントなんて一緒に放送するから、余計にややこしくなってしまう。あの評論家さんて、大抵マスコミの立場で事件を裁くことが多い。お前さんたちは何者なんだ?と、聞きたくなる。事件の関係者、被害者は、評論家のコメントを聞きたいと思っているんだろうか?視聴者は、評論家の意見によって事件の内容や背景を理解したつもりになる。じゃあ、評論家はいつも正しいのか?・・・・・・( -人-).。oO(・・・・・・) これは一種の情報操作だよね、と思う。災害の現場では、本当の情報が必要である。みんなが心細くなっているときだからこそ、正しい情報が是非とも必要なのだ。情報の錯綜は、人身を迷わせる流言飛語となる。想像が幾人かの人の口を経ていくたびに、だんだん真実になる。この怖さ・・・・・。他人事ではない。(*・Θ・*).。oO(ウ~ン・・・・・・。)○0o。(*・Θ・*) だから、いざという時こそ、難しいことだけれど冷静さが不可欠だと思う。落ち着いて、着実に正しい情報を見極める。ア~~ァ、やっぱり難しそう(´・ω・`;)ハァー・・・皆さん、今年もたくさんたくさん有難うございました。皆さんの新年が暖かく穏やかでありますように(/*´∀`)o(/*´∀`)o 皆さんの2006年が充実した年となられますように(。・ω・)ヾエイ(。・ω・)ヾエイ(。・ω・)ノオー!!!
2005.12.31
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年末年始のTV対策として、毎年TVガイドを買う。で、今年も買ってきてもらった。^^そしたら、NHK衛星第二で古い映画などをゴッソリ放映するという。。。。特に年末は、真夜中に、である。実は、私は夜型で何時までも起きていられる。その分、朝は全くダメで、息子たちも朝の私には全く期待していないのである^^;それではいけないわ!と思い、時間をかけて漸く朝は6時に目覚めるように自分をリセットしたのである。ハア・・・・・・それなのにそれなのに・・・・・・(*・Θ・*).。oO(ウ~ン・・・・・・。)○0o。(*・Θ・*) DVDに録画して、と思うでしょ?ダメなの(o´_`o)ハァ・・・メカニックは全然ダメなのである^^;携帯電話も持たされているけど、着信発信しか出来ない。メールなんて、全然出来ないヽゝ゚ ‐゚νダメナノネ・・・ でも、見過ごせない映画が多い。。。。。今夜は「裸のマハ」、深夜2:30~4:05。明日は、衛星第一で「世界潮流2005・イスラエルはどこへ向かうのか・ホロコースト解放から60年」1:10~3:00、第2でドキュメンタリー「パリ・ルーブル美術館の秘密」2:05~3:35。1月2日は、衛星第二で三船プロ製作の「待ち伏せ」、三船敏郎、石原裕次郎、勝新太郎、萬屋錦之介、浅丘ルリ子出演である。映画館も行かれなかったので、ビデオかDVDだけど見落としもいっぱいある。それに負けずに、私は好奇心満々である。朝型を守り抜くか、夜型に落ち再生を狙うか、凄く深刻に悩んでいる(*-゛-) う゛~ん
2005.12.28
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久し振りに、お買い物に出た。お願いしてあるお供えを取りに行きつつ、今夜はカレーだわ、と夜のお支度を・・・・・。自転車でスイスイと、千葉街道まで出たところで、道が渋滞している。あ、そうかア、明日は28日、実質今日で年内の仕事納めだわ。と納得(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪ 一年は速かったなあ・・・・・。ところが、この渋滞のおかげで、お供えがお店に着いていなかった^^;。仕方がないので、お供えは明日出直して、ソクお供えする手はずを整えて・・・・・。では駅周辺で夕食のお買い物、と思ったら、駐輪場が溢れている。え!?と思い、周りを見回すとみんな忙しなくお買い物袋いっぱいだった。年末の買出しだった。子供達が幼い頃は、日本の文化の伝承のために、おせち料理は蒲鉾以外全部手作りで忙しい年末だった。でも、もういいかな?と黒豆あたりから買って済ませるようになり、今年はもう其々の好きなものを一品づつ作ろうかなあ、と思っていた。だから、私は全然急いでいないので、29日・30日あたりで良いかな、と。それにしても、駐輪場の事態には驚いた。係りのおじさんが困っていた。で、仕方なく帰りがけに近所で済ませることにした。近所の商店街は、がら空きだった(≧◇≦)え~! どこのお店も、お正月用の食材が山盛り、今年も残りわずか。ど~~するんだろう、と他人事ながら心配になる。。。世相もだんだん変わりつつあるのだろうか・・・・・・ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…
2005.12.27
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私の父は、もう亡くなって久しいけど。。この人の子供に生まれて、大変だったけど、とても嬉しかった^^。まず、一人娘だったので、溺愛といえば、そうなんだけど・・・・・まずまず、言うがままになっていないと大変だった。言うがままなんて、そう出来るわけもない。で、娘としては抜け道を探す。彡,+;。゚ シャランッ♪でも、幼いときは大変だった!!!まず、小学校5年生のとき、母が長期入院をしていたこともあったけど、遠足には付き添ってくれた。ただ、いつも父のルールなので、ジュースやサイダーなどの買い食いは勿論OK!私は、まだマジメだったので、旅の栞どおりにしないといけないと思って、父を無視していると、クラスメイトをたぶらかして、おでんや葛餅などを食べてしまう。それで、みんなに遅れると、タクシーでバスに戻る始末。中学に入って、父は私に美智子皇后に習ってテニスをさせたかった。それで、伊勢丹に行って、とてもオシャレなワンピースのテニス・ウェアなど、一揃い買ってくれた。ところが公立の中学なんて、体操服が普通であった。それで、毎日体操服で練習している私に、「何時、ワンピースを着るのか?」と聞き、学校まで練習を見に来ていた。とうとう一学期をワンピース着ないで過ごしたら、テニス部を辞めさせられた。σl(¨д¨;;)エェ... そして、学校も私立に行かせたかったようだけど、それは母が反対して、高校を制服で選ばれて、私立の女子高に行くことになった。でも、本当に私はオブスなので、制服で父の好みの高校に行ったからといって、けして似合っていたわけではない。。o.゚。(・ェ・。`人)。o.゚。ゴミンネェ 私立の女子高とは、手綱の緩んだような子がたくさんいる。家に帰らない子もいた(∵)・・・・・(→o←)まじぃ!! しかし、私は女子高になじめなくて、シンドかった。それに、門限が夕方6時だったので、クラブ活動もあまり出来なかった。その頃から、教えてくれる人があって、モダン・ジャズを聞くようになった私は、お酒も覚えた。(ノ∀`*)イヤァ照れますナァ ・・・・・勿論、お酒を飲むのは門限前である。私は、お酒が強かった(;`・д・`)ウンウン 門限は、何があっても不動のルールだったけれど、土曜日曜は外出自由であった。なので、日曜日なんてのは大抵どこかで飲んでいた。(;¬∀¬)ハハハ…ところが、どこかユニークだったらしくて、いつもPTAのような人が現れてかわいがっていただくことが出来て、また、守られてもいた。男の人に付け入られないお酒の選び方、とか、遊び人の裏のカオとか、なかなか人生に有意義なことを教えてもらった。例えば、お酒は飲めても飲まなくても、日本酒だったら冷を、ウィスキーだったらロックを、というのである。カクテルなんていう軟派な飲み物は、女のほうから誘ってください、というようなものだ、と。たしかに、冷酒やウィスキーのロックなどをススッテいる女なんて、あまり色っぽくはない(;^△^)ア、ァハハハハハハ 我が侭で、勝手で、周りを振り回しても平然としている父であったけれど、だからこそ、私は既成概念に縛られなかったのだと思う。・:*:・(〃^∪^〃)・* .:・。私もかなりユニークだと言われているけど、父には負ける。子供達は私のユニークさと世間様との釣り合いを考えているところが、私よりもエライ。父は、私が大学を卒業する直前に逝ってしまった。最後まで、門限午後6時は貫き通された^^;。でも、私が嫁入りするなどというトンでもないこと(父が言っていた)は、見せないで済んだ。私が、こよなく愛した父です。o(*^-^*)〇グッo(*^0^*)ノ"バァイ♪
2005.12.26
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昨夜は、クリスマス・ディナーを家で家族で楽しみました。^^今日は、まるでお正月の朝のように、みんなゆっくりしています。。。夕べ、私が眠る頃に男の子達3人が出掛けましたから、楽しんだのでしょう^^。今は、犬3匹が私のベッドの上で日向ぼっこをしています^^。一番小さなヨークシャー・テリアのバビを、昨日カットしました。自己流ですが、犬のカットもだんだん上手になってきました。ま、下手でも、自分には苦情が言えず時間の経つのを待つのみですが・・・・・。カットのあと、バビは私にビビッて、近づきませんでした^^;遠巻きにして、私の手の届く所は走り抜けるの (;¬∀¬)ハハハ…でも3.4時間すると、私に怒っていたはずのバビが、うっかり怒っていたことを忘れて、私に擦り寄りそうになる、で、気が付いて(アアア、いけないわ)と思ったようで、慌ててゲージに走りかえる。もう夜には、すっかり忘れて、いつものように私に懐いて安心している。(。-∀-) ニヒ♪見習いたいなあ・・・・・犬の忘れっぽさ。無邪気さ。どうも私は、嬉しいことや有り難いことを忘れやすくて、嫌なことを忘れにくいァハハ・・(^д^;) 人のほうが、業が深いのかなあ・・・・・あ、私かア・・・・・^^;でも、今日は窓越しのお日さまが暖かくて、気持ちが良いなあ・・・・・。(。・ω・。)ノ~☆'・:*;'・:*'・:*'・:*;'・:*'バイバイ☆
2005.12.25
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先日は、息子Aの誕生に関して書いたけど、今日は息子Bもことです。上のこと下の子は、1歳8ヵ月離れています。この時間の違いは、二人にとってとても大きな違いになっているのだと思います。息子Bを出産してから、私のパニック障害はとても酷くなり、外出はもとより、夫さんが不在時も発作が出て、夫さんはまだ歩き始めた子に、「ママとBを宜しくね」と、言って出掛けたものです。Bは、全く手のかからなかった子で、とても家族思いでした。私の状態が非常に不安定になり、何とかバランスを取ろうと自分の内側に向いているときも、お茶目な顔をして慰めをくれました。でも、お兄ちゃんが一番好きで、仲良しで、親友だったので、Aが保育園を卒業した頃から、あまり保育園に行きたがらなくなり、送り迎えの駅なくなった私のこともあり、保育園を中退してしまいました。小学校に入ってから、苛めまがいのことが彼の環境にあるらしい、と感じていても、Aが小学校に通学している間は、まだまだ何とかなっていました。その頃、Bが、「ママ、OO君は何故、僕が痛かったり辛かったりすることをわざとするんだろう」と、言いました。私は、「誰かを苛めたくなる子は、心の中に冷たい哀しさや寂しさのかたまりがあるんだよ。可哀想だね。」と言って慰めました。担任に相談しましたが、答えは得られず、でした。それがAの卒業後、ヒートアップして、班活動をする遠足や観察などは、何処の班にも入れてもらえなかったようです。Bは、私に知られないように本当に気を使っていたそうです(Aから聞きました)。もし、知っていれば、この私のことです。徹底抗戦していたでしょう。Σ┗|゚д゚* | ナンデヤネン そして、中学校に入学した頃からは、出身小学校の子供達による徹底的な苛めに会っていたらしく、欠席することも多くなり、保健室登校になりました。担任の先生が、保健の先生と相談してくださって、「典型的な苛めによる心的外傷を受けていますが・・・・・」と。小学校の先生、教頭などはなんだったんでしょう。「お母さんの気のせいですよ、苛めなんてありません。」て。いま、彼は高校に進学をせず、フリーターです。年寄りと子供には優しく、アルバイトに励みながら、世の中そう悪いもんじゃない、と感じ始めたようです。高等教育なんて本人が望めば、何時からでも始められます。それよりも、スタッフの一員として必要とされ、たまには人の残業も代わってあげて感謝される生活の中で、人としての在り方を学んでくれれば良いと思っています。うちでは、マッサージの上手な気軽に買い物もしてくれる優しい息子です。私は母親としては失格ですが、人類の一人として良いも悪いも彼等の参考になれればなあ、と思っています。さあ、今夜はビーフシチューです^^。+*:。..:*Вуёヽ(´・c_・)ノヽ(・ω・`)ノВуё*・..。゜+
2005.12.23
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元気です☆・*:・゚d(*ゝ∀・*)b・*:・゚☆静かに過ごして、運動不足な体の柔軟体操を、体と呼吸と相談しながら行って、大分コチコチだった背中も柔らかくなり、幾分、過呼吸も楽になりました。でも、外出は自信がないなあ、と思っていたら、「お友達が癌で、栄養療法を伝えたいの」と、35年依頼の友達から電話があって。。。義父が、肺癌になったのは、かれこれ15年前。手術を嫌う義父に勧めたのが、栄養療法で白血病を克服したという若い男性の話。つてを辿って辿って、その人のお母様に話を聞いて、纏まった栄養補助食品を義父が上京するまでの2週間分を送ったことがあった。義父が上京して、都内某所の総合病院の食養内科に入院する頃には、奇跡的にコブシ大の肺癌の影が消えていた。。。いまも義父は、癌は再発していない^^。その体験を目の当たりにしていた友達は、つい癌だという人にその事を伝えたそうだ。私たちは医者ではないので、「これで、癌も克服できます」とは言わないが、体験談と最新の情報は手に入れられる。で、私は家であっちこっちに電話。15年のブランクは、大きかった。それで、友達の友達(癌だという人)と、それから最新の情報を持っている人と、今日会うことになった。夕方くらいになって、少しシンドクなってきたけれど、ガンの人に比べれば、まだまだ健康そのもの。+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。 少なくても、人と人の橋渡しはしなければならない^^。で、誰がいつ出掛けるにしても帰ってくるにしても、食事が出来るように昨日から買い物してきた食材で、餃子を作る。餃子の皮が大きかったので、都合60個の餃子の出来上がり^^。あとは、それぞれが焼けばいいだけ。それと、冬至のかぼちゃの煮付け。で、夕方6時の待ち合わせに行った。出来れば、私も最新情報を聞いてきたかったので、安定剤を飲んでお出かけ。約3時間、喫茶店でお話を伺う。現代の食材事情の貧困さは想像していたけれども、その栄養価の低下具合は想像を絶していた。確かに、お野菜そのものの独特な香りは薄れている。果物も食べやすく品種改良はされてきているけれど、その分栄養価は下がっているそうな^^;。私が子供の頃、食べていたみかんの栄養素を取ろうと思ったら、今はみかん8個を食べなければならないそうな。。。ま、後日さらに詳しい情報の提供を約束して、癌の人の体質の作り直しを提案されて、今日はお開き。でも、帰ってきたら9時半だった^^;。そして、長男君にデカ餃子を5個焼いてもらって、お夕食でした。動けば動けるじゃん、と思いつつも帰ってきたら、それなりに疲れていた。それで今日は、(*+_+)ノネムィ。o○おやすみぃ。o○
2005.12.22
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このところ、久し振りに過呼吸がある。辛いとき、いつも思い出す。母になったときのこと・・・・・長男出産のときのこと。分娩台に2泊2日横になっていて、破水し、子供のいのちを優先させるか、母体のいのちを優先させるか、という事態になったとき、隣の手術台にオペの支度をする金属音がうるさくなってきたとき、生まれて始めて私は私の命を投げ出しても構わない、と思った。生まれるべくして、私の胎内で育ってきた子に、この世の光・空気を吸わせてください、と。私はもう十分に生きたから、命をつなぐことが出来たから、もういいから、と。神様に祈った。そのとき、骨盤が見えない手に持ち上げられるような感覚になって、「先生、生まれそう・・・・」と、言った瞬間に助産婦さんが、「先生、生まれます!!!」と。そんな中で、生まれたのが長男・・・・・。私は十分に生きたから・・・・・そのとき思ったことは本当・・・・・。その瞬間に、何故私に子供が恵まれたのかが、胸にしっくり落ちてきたように思えた。人類の一人としての役割を果たすことが出来た、という安らぎ・・・・・。それまでは、生きていくことに懸命で、それの辿り着く先まで見通していたか、というのは分からなかった。現実は、世の中は、不安定だった。でも、私は子供のお蔭で母になれた。それは、ただただ有り難かった。よくも私の子供として、私を母親にしてくれた、という感謝しかなかった。産褥の時期も、子供の寝顔を見ているだけで満足だったし、幸せだった。ずっと、ずっと幸せだった。いつもいつも、子供に「幸せね、幸せにしてくれて有難う」と、言ってきた。子供が最初に、「ママ」の次に、単語として口にした言葉、「し・あ・わ・せ」嬉しかった。その後、私は酷いパニック発作に悩まされ、十数年を周りに迷惑をかけつづけて過ごすのだけれど・・・・・。私がこの世に生れ落ちて、育まれて、育てていただいたお蔭を、女の役割として、いのちを繋げるものの使命を果たせて、シミジミ有り難かったこと、全てに感謝できる自分を見つけることが出来た喜びを、子供に教えてもらった。いま、私は体がチト辛いけど、このことを思い出すと幸せになる。だから、大丈夫。辛いことは、有り難さを教えてくれる。元気だったときに、もっと感謝できるようになっていればなあ、と、小さな反省も持ちながら、今日も幸せである。アリガトヨーヨー(*≧∇≦)/--------((礼))≧□≦)~☆グハッ〃 ̄∇)ゞアリガトォ
2005.12.20
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今日は、寒い!!!!!で、今日は天麩羅の支度をしてあったので、もうお昼間はリラックス状態・・・・・。夕方、TVを見てたら、鼻ピアスの女の子が映っていた。。そこで、ふと疑問が・・・・・。鼻ピアスの人は、クシャミをしたりすると、鼻水がピアス穴から飛び出すんじゃないかって?ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…私は、耳ピアスだけど、耳垢が詰まったことは無い'`ィ(´∀`∩ 唇ピアスの人は、カレーを食べた後、穴にカレー色が残るんじゃないかな(-ω-;)ウーン ?舌にピアスをしている人は、咀嚼していて食べ物が下の裏側に回りこまないか(-ω-;)ウーン ?お臍ピアスの人は、お臍のゴマが入らないか(-ω-;)ウーン ?眉毛ピアスの人は・・・・・・???ダメΣ(ノ∀`*)ペチッ !ドツボにハマってきた。(っ*≧▽≦)つナンデャネン !これが、意識散漫のときの私のクセ・・・・・。何かが引っかかると、そこから疑問がどんどん湧きあがってしまう。ヒソヒソ(☆゚∀゚)ネェネェ(゚∀゚☆)キイタ?そして、お母様に戻る私であった。(* ̄▽ ̄*)/^ばいばい
2005.12.17
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今年のクリスマスは、不思議と家族が揃いそうなので、「それでは、クリスマスらしく鳥のももでも骨付きで焼きますか?」と言っていたところ、「四人だから、一羽焼いちゃえば」と、夫さん。「何となく、甘いものがあってもいいよね、ケーキとか」と息子A。「ピザも食べたいよね」と息子B。あっという間に盛り上がり、本格的な家族パーティーの計画になってしまったσl(¨д¨;;)エェ... ま、彼女がいない息子たちなんだなあ、、、、と思いながら、それがいつまで続くのかもわからないし、良いかなあ、と。どうせなら、にんじんの星型とかブロッコリーの緑にプチ・トマトの実がついたポテトのツリー・サラダも。アルコール無しのシャンパンと普通のシャンパン。地味~~~に過ぎてしまった私のお誕生日もお祝いして、と。そんな話をしていたら、夫さん。「それでは・・・・・」と、キッチンの整理をはじめた。(;^△^)ア、ァハハハハハハ みんなが座るのもそうだけど、大皿が幾つも並ぶ為に、だって。180cmあるカウンターテーブルが、いつもは二人か一人づつのお食事になってしまうので、結構、調味料とかポット、電気鍋やコーヒー・メーカー、乾物などで散らかりやすい。私は3匹の犬とジット見守る。プル((,,´Θ`,,))プル 夫さんはO型。私は、彼の情熱の思うままにしていただこう、と思う。いつも・・・・・。で、すっかり綺麗になったカウンター・・・・・^^。片付けられたものが詰め込まれている三つの引き出し・・・・・^^;。((-ω-。)(。-ω-))フルフル でもついでに、みんなのお夕食の野菜たっぷりスープと餃子を作ってくれて、自分で自画自賛しながら嬉しそうに食べて、ご出勤(◎´▽`)ノシ イッテラッシャーイ♪あとは、食べる人が帰ってくるたびに餃子を焼けばいいのじゃわん((ヾ(o゚∀゚o)ノ☆゚+.ァリガトゥ♪
2005.12.16
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関西の友達から、また電話が入ったヘ(-′д`-)ゝヤレヤレ「具合が悪いの」と言いながら、今日は元気だった私はツイと電話を切れなくて・・・・・。旦那様が退職されてからのストレスが昂じて、自分がひどい状態になったと・・・・・。適応障害だ、と・・・・・。死にたい、と・・・・・。でも、私は前回のことでかなり消耗したので、フンフンと聞き流すつもりだったけど、しまりの無い蛇口みたいにダラダラときりが無く・・・・・。終いには、更年期まで持ち出して・・・・・。「死にたいなら死ねば?ただ、何方様かのお手を煩わせるのだから、寿命ならいざ知らず、手前勝手に死ぬ人なんて、迷惑の固まりだわ!!!」と言ってしまった。更に、「私は悪いけど、ソッチまでお線香上げには行かないからね」と。でも、彼女はめげない。そして、私は自分の放った言葉の毒に心が寒くなった(ノд`@)アイター 怖いことだけど、「本音」である。自分が辛かったとき、家族だけでなく、人と話したかったことがある。思いつく限りの友達に一日一人に電話して、自分が存在することを確認しているようなときがあった.:*~*:._.(寂´・ω・`、)ショボボボーン そのときに思っていた。元気になって、そういう風に必要とされるなら、私は役に立ちたい、と。その人の手を両手で包んで、オデコとオデコをくっつけて、「大丈夫だよ」と言えるようになりたい、と。思い上がっていた。私には、首吊りの足を引っ張るような「酷い」ところがあったんだ。
2005.12.14
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おめでたくも、また一つ歳を取ることが出来た^^。嘗ては、30歳になることが目標だった。その位、生きるのが下手だと思っていた。でも、追い詰められたり、瀬戸際を感じたりすると、どんなに取り乱しても生きてきた。これって、生きる力だと思う。生きることで、生きる力を貰う・・・・・っていう感じ。持久走は大嫌いだったけど・・・・・^^;生きること死ぬことは、人間の選ぶことではない。だから、朝を迎えた気分が、清々しいか、最悪かは、自分の心の在りどころだと思う。今朝は、最悪だったわ、私。休んでいたのに、気分も体も重くて、一日寝たり起きたり・・・・・。心の在りどころが、良くなかったのでしょうねえ・・・・・。生きていること・生きていられることに感謝が足りないのかも・・・・・。でも、あまり難しくは考えないにしよう。自分をややこしくしても仕方が無い。力をいれずに頑張ろう!息子Bのマッサージで少し楽になった体さんを労わってあげよう。
2005.12.13
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私は基本的に、お化粧が嫌いである。洗顔後に何やら色々つけるのも面倒くさい。私の母は、素顔でいることが無いほど身仕舞いのいい人である。父は、私が高校に入ったお祝いに、スキンケアの一揃いを買ってくれた、でも使い切っていないうちに飽きてしまったm(。≧д≦。)m家から出掛けるのが億劫なのは、眉と口紅を塗るのがいやだから・・・・・。眉は兎も角、口紅は嫌だなあ・・・・。でも、夫さんは私が素顔で出掛けることをダメって言う。私の素顔を「歩く凶器」と言うんだ(*¬ε¬*)もぉ~~!! で、今日は出掛けるので、お化粧をしなくてはならない。何より嫌いなのは、ファンデーションを塗ること、でもこれ基本。素顔が薄らボンヤリしているので、化粧栄えがする、というのか、化粧次第で派手にも何にでもなるんだけど、化粧直しをしないから、あまりややこしいことはしない。現代は、化粧が女性だけのものではなくなっているけれど、それはそれで、どうでもいいけど・・・・・。私がなりたい顔、笑い皺のい~~~っぱいある顔。優しさを感じられる表情。温かみのある表情。そんなことを考えると、やはり素顔が一番かなあ~~って思う^^。若いときは、顔のつくりが気になっていたけれど、歳を取ると表情皺がその人の心映えを表現する、と思う。いま、お金持ちの奥様は「コラーゲン注射」とかで、眉間や目尻の皺を伸ばしているらしい。注射をして皺を伸ばしても、コラーゲンが体内に吸収されてしまうので、毎月打ちつづけなくてはいけないんだってヽ((◎д◎ ))ゝ ひょえぇ~おまけに、注射したときは浮腫んだようになって、丁度いい具合の時期を過ぎると皺が刻まれてくるらしい。大変だねぇ。。。プールに行くと、眉を刺青しているおば様がいらっしゃる。プールではノー・メイクだから、刺青が流行ったんだって・・・・・。深い刺青じゃないから、数年で消えるらしいけど、消え始めると黒や茶色の刺青眉がブルーに変色するらしい、いや、ブルーになっていた。「美を追求」と言えば、聞こえはいいけど「妄執」のような気がする。これは、シミだらけの私の僻みかな(ノд`@)アイター see you again!(*^-')/~☆Bye-Bye♪
2005.12.12
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「ちょい悪おやじ」、あるファッション誌に掲載されているそうで、ちょいと不良っぽい中年男性のファッションを言うらしい。それから、ファッション関係の人によるプロデュースによって変身するおじ様が増えているらしい・・・・・^^。本人が良ければそれでいいと思うけど・・・・・。一時代前の人たちは、全部テーラー・メイドで、既製服は「吊るし」と言っていた。私も小さい頃は、洋服やさんが家にきて、家族みんなの寸法を取り、仮縫いにきて、展示会には家族揃って出掛けたものだった。。。今は、息子も「吊るし」を着ている。夫さんのスーツを作ったのは何時だったろうか?でも仮縫いに付き合った覚えは無いから、既製服だったんだろう、と思う。世の中、便利になったものだ^^。まず、サイズ展開が豊富でなければ、「既成服」を一般化することは出来ない。それだけ、企業に余裕が出来ているのだと感じる。でも、既製服には無い、個人的な体型の微妙な違い、動き方の癖、などが反映されるのがオーダー・メイドである。今、オーダー・メイドになっているのは、生き方かな?今日、友達から電話がかかってきた。名古屋以降、外出らしい外出をしていない私に、明日のお茶のお誘い・・・・・^^。でも、明日はクリニックである。回復の時期は一日一つの予定が好ましい。夫さんが一緒であれば何ていうことも無いけど、一人の動きにはまだ少し、抵抗がある。このくらいが実は丁度いいのかも・・・・・・^^;自分に自信を持ちすぎると、どうも頑張りすぎて参ってしまう傾向がある。自分の標準が、まだ若いとき設定になっているから・・・・・^^;年相応にしないと、気が付いたら「お昼ね」をしていることになる。人と会うのは意外に草臥れるのである(;¬∀¬)ハハハ…明後日は、忘年会が一つ。それも、約束はしていない。みんな私が当てにならないことを承知していてくれる。この状況を作ることに、一年かかった。だから、今は私が意外と動くことがあるとみんな驚く。モウケモノみたいに思ってくれる^^。こまごまと動く人から、動くのが珍しい人への変身である。今の私は、まずは夫さんのために、次は子供達のために。そして。犬達のために・・・・・^^。愛は身の回りから、発揮して、そして広がるものである、と思っている。それが本当かな?と。
2005.12.11
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夫さんとお買い物に行ったとき、夫さんが冷凍の蛸を買っていた。タコヤキには、大きすぎる蛸のぶつ切りで(どうするのかなあ~~~)と思っていたけれど、夫さんが何かを考えていると思ったから、私は何も言わなかった。夫さんは、蛸を袋ごと解凍して「蛸飯」を炊くと言う・・・・・。どうやら今夜は、夫さんがお料理をしたくなったらしい^^。蛸を解凍している間に、夫さんは大根やらニンジンさんの皮を剥いて何やら・・・・・。私は、今取り組んでいる「ハリー・ポッター」シリーズの2巻目に没頭させてもらった☆ウキ(p。・∀・q)(p・∀・。q)ウキ☆軽いストレスの解消は、何より面白いものに熱中するのが一番早い^^。それから、実家のお仏壇のお花を買って実家の母に顔見世に出掛けた。お花は、しゅうめい菊と水仙。母は喜んでくれたけど、実家訪問の頻度がもっと濃いほうがいいのに、とちょっぴりお小言。。。この頃忘れやすくなっているので、一週間も行かなければ、「ずいぶん久し振りじゃないの」と言われてしまう^^;。来週の父の月命日は、たまたま私のお誕生日と一緒。「だから、一緒に行くのよ」と言う。先月の月命日も一緒だったじゃん(;`・д・`)ウンウン 一緒にお茶を飲んで、たわいの無い世間話をして家に帰ってくると、お鍋に野菜がたくさん^^。「煮物にしようと思っていたんだけど、おでんになっちゃった」と、夫さん。「蛸飯は、どうなった?」「ん、今炊いているよ」だってo((*・ω・*))oワオォ~ワオォ~炊き上がった蛸飯は、生姜のみじん切りを入れ忘れたらしく薄っすら生臭いと息子Aは言ったけど、失敗をすることで学んでいくのじゃ!おでんの大根は下茹でがちゃんとしてあったので、お汁が沁みておいしいこと!やっぱり、寒い時期はお鍋が一番!!!おでんは、意外と家の味がするものだけど、うちでは塩味にしたり醤油味にしたりいろいろ・・・・・。でも、お野菜は忘れない^^。お野菜から出る自然の甘味は、ほんのり幸せを感じさせてくれるから+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+さあ、「ハリー・ポッター」は3巻目に突入です^^。o(*^-^*)〇グッo(*^0^*)ノ"バァイ♪
2005.12.10
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昨日の電話で、実は私はかなり怒っていたのだ。私は、自分を幸せにしようとしない人を見ると不愉快になるのである。それは誰でも喜怒哀楽あるし、辛い時期、苦しい時期もある。私も重度のパニック障害のために、自殺志向が募ったり、自傷行為に入りそうになったこともあった。精一杯ギリギリのところで踏みとどまれたのは、夫さんのお蔭、子供達のお蔭、それに気付いていない色んな要素、万物のお蔭としか言いようが無い。だから、私はそのお蔭に報いる為にも、物質的なことではなく、豊かで潤いのある幸せな人間にならなければいけない、と思っている。だから、死にたいとか離婚したいとか、自己破滅的な事柄には気持ちが向かない。彼女の心の痛みには、だから、同情できないのであった。自分の考えを行動に現すことによって、どれだけの人が傷つくかを考えようとしない、勝手な人は嫌なのである。彼女のことは旦那様も含めて、夫さんも知っているので話してあった。それが今朝、また彼女から電話がかかってきた。たまたま夫さんが出て、私は留守だと言ってくれた。でも、思いつめ状態の彼女のことだから、電話を留守電にしておいた。ところが、慣れないことはしないほうが良かった。留守電が作動する前に、電話に出てしまったら彼女だったσl(¨д¨;;)エェ... 彼女は、夕べ私が拙くもアドバイスしたことの中の2つ位を実行したらしい。まず、旦那様と話をしたそうだ。会話らしい会話を数年ぶりにした、と言っていた。で、またいろいろ話したかったようだけど、私は頑張って言った。話す相手は旦那様だということ、私はカウンセラーではないということ。解決は自分で探し当てるものだということ。全ての言葉が、自分に返ってくる。正しげなことを言うと、いつも言っている自分が辛くなる。だから、ふざけていることが多いけど、言わなくてはならない羽目になった彼女をチト恨みがましく思ったりして・・・・・。で、彼女はこれからの成り行きも報告したい、と言っていたけど、丁重にお断りした。きっと、耳に入っていないと思うけど(・・*))((*・・)んーんさっさと切りたかった電話をようやく切ることができたのは、15分後ヘ(-′д`-)ゝヤレヤレ.. 夫さんが、労いのお茶を煎れてくれた((ヾ(o゚∀゚o)ノ☆゚+.ァリガトゥ♪
2005.12.09
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今夜ブログを書こうかと思っていたときに、関西のほうにいる友達から電話が入った。ここ十年以上あまり大したお付き合いがあったわけではないのだけど、私に廻ってきたと言うのは、もう廻りに相談できる人がいなくなったからだろう、と思う。「離婚」がらみのことだった・・・・・^^;以前から、自分の周りの現象に不平不満をもちやすい人で、それだけある種コンプレックスがあったのだろうけど、ご主人が退職されて家にずっといらっしゃるようになって、気持ちが不安定になってきて、もうどうしようもないと言うのである。参ったのよ(*・Å・ノ)ノワッケヾ(ヽ・∀・*)ワッカヽ(*´Д`||)ノラーン!!!最近からだの方にも変調が出て、それがずっとご主人がうちにいる所為だと・・・・。で、要するに彼女が私に求めているのは「同意」である。だって、自分の中で決め付けているのが言葉の端々からわかるもの。離婚後の生活のことも、たった一人の息子さんのことも全部ホッポリ投げて楽になりたいだって イイ(・∀・д・)クナイ! 決め付けている人を、ニュートラルに戻すことは実に厳しい。ご主人も知っている人だけど、私的には、これまで良く耐えてこられたね、と彼のほうを誉めてあげたいくらいに、彼女はエキセントリックなのである。とりあえず、ご主人には何も言っていないとの事で、それじゃあ順番が違うでしょう、と(顔を洗って出直しておいで、いやもう来るな、本音)説得して、ご主人と心の中のことこれからのことをゆっくり相談してごらん、と言うことで電話を切った。一時間ほどの彼女からの一方的な電話で、私に味方になれなんて、もうほんと「わっちを馬鹿におしでないよっ!!!」と、啖呵の一つも切りたかったけど、そうも出来ない。でも色々アドバイスめいたことを話したけど、全て打ち返されたヘ(-′д`-)ゝヤレヤレ..人様に影響を与える。それも人生に前向きになるように・・・・・。難しいよね、私のほうが傲慢だったかも(*・Θ・*).。oO(ウ~ン・・・・・・。)○0o。(*・Θ・*)
2005.12.08
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思っていたほど、回復力が無くて、いや落ちていた、と言ったほうがいいのかな?名古屋から帰ってから、殆ど寝ていました。いやあ~~~、よく眠れること眠れること・・・・・^^;。夫さんは、翌日休んでから通常のお仕事へ。でも、やはり草臥れているみたい、もう若くは無いね、お互い・・・・^^;。今回の旅で、何となく一緒にいるだけでも、何気ない言葉のやり取りだけでも、コミュニケートできるんだなあ、と再確認しました OK(*≧ω・)b 一つの言葉が、心の中の思いを引き出してくれるんですね^^。結婚した頃は、お互いの性格が全く違っていることに気が付いていたので、一週間はミーティングしていました。初めから、一週間と決めていたわけではなくて、結果としてそうなったわけですけど・・・・・(;¬∀¬)ハハハ…食べるものでは、彼が一人暮らしが長かったので、家に帰って温かいものは温かく、冷たいものは冷たく準備してあるだけで感動してくれました。やはり、物事への対処の仕方・捉え方・考え方の了解でしたね、時間をかけたのは。やはり個性がありますから、尊重する気持ちを持つことは必要ですが、夫婦という単位になったことで、夫婦としての考え方をしなくてはいけないかな、と思いました。夫さんが、私の地元で暮らしてくれていること自体、私よりの考え方に合わせ易かったんだと思いますが、何より彼に余計な囚われがなかったことが大きかったと思っています。(後に、岩手に行ったときは、彼主導で違和感がありましたが・・・・・)性格が違う分、私たちはよく話をするほうだと思っていますが、この頃は少し「狎れ」が生じていたのかもしれません。お互いが理解できている、という自惚れがあったのかしら?気持ちが何となく、すれ違っているようなときを感じたこともありました。(そのくらい、言わなくても分かるでしょう)と、いう感じで小さな不満が幾つか浮かんだことも・・・・・ゥ─σ(・´ω・`*)─ン… こういうことが、浮かんで消えているうちはいいのだけれど、消えなくなって、積み重なるようになると、シコリになってしまいます。片方が大きな心でいる、何てことは無いはず。だって、誰だって個性がありますから、それに、自分と同じくらいの「我」があって不思議じゃあないでしょ。だから、結婚することになったんだろうなあ、と思っています。で、どうせ一緒にいるなら、楽しく一緒にいたいです、私は・・・・・。一緒にいて辛くなる、夫がうちにいると嫌、定年後を考えると気持ちが暗くなる、なんてひどくないですか?夫さんがうちでリラックスしているのを見ていると、こっちもリラックスできます^^。そのように気持ちを持っていきます。そのための自分の努力が、相手への誠意だと思っています。今回、名古屋に行って確かに草臥れているけど、ずっと楽しかったし、何より共に時間を過ごせたことで、その辺りのことを改めて大事だなあ、と感じました。ずいぶんと生意気なことを書き込みましたが、私の勝手な考えです。何方にも参考にして欲しいとも思っていません^^;。不出来な人間ですから・・・・・。○o。゚+。ヂャァネヽ(●´∇`●)ノマタネ゚+。。o○
2005.12.07
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名古屋港は、小雨だった。輸出用の自動車かなあ・・・・・港には一杯並んでいた。私は、小雨が嫌いではない。小雨に煙る港、全体がモノトーンでなんかいい感じでしょ?でも、寒かった ( ̄▽ ̄;)アハハ… 自販機の温かいお茶って、有り難かったなあ ( ´・ω・`)_且~~ イカガ? 埋立地というのは海岸線が不自然だけど、広い公園もあって日曜の昼間だけど、雨の所為で誰も居なくて、夫さんと二人だけだった・・・・・。お土産の「ういろう」を買いに、港近くのジャスコに・・・・・。周りはみんな名古屋弁である^^。親が子供をたしなめるのも、若い子同士が話すのも、店員さんも、皆である^^。いつの間にか、夫さんも伝染している☆★☆(*≧ω≦*)☆★☆ 私は、母が愛知県出身だったから素地には名古屋弁が懐かしいけど、夫さんは岩手県の人、ずいぶん簡単だなあ・・・・・(o^皿^)\ニパッ♪ 日も暮れかけたのか雨の所為なのか、午後4時近くになって帰途につくことに・・・・・。国道23号線で名古屋港から出る。東名に乗るか一号線で行くか、夫さんに聞いたら、「国道のほうが、土地の匂いがあっていいんじゃない?」と、言う。そかそか、それこそ旅だわね、と納得(・o・)ゞ了解! ところが、愛知県である。車社会の土地柄と日曜日の夕方だけに、車が一杯。渋滞気味なのに、相変わらず国道沿いのレストランやお食事どころは車が並んでいる(;´∀`)・・・うわぁ・・・愛知県さえ抜ければ、静岡県はバイパスばかりでビュンビュンである。それまでは車窓の景色や町の様子を見ながら進む^^。途中で、トイレ休憩にコンビニに入る。おでんだぁ~~~、早速二人分買う。そしたら「芥子とお味噌はどうしますか?」だって「皆さんはどうしているんですか」と聞くと「お味噌は皆さんつけられます」だって、w( ̄△ ̄;)wおおっ!こういうことが楽しいのである^^。おでんのお汁はお味噌の分控えてあったのか、薄味で私好み^^。静岡に近くなるとトラックがだんだん増えてきた。バイパスは、みんな80キロから100キロ出している、一般道なのに。こっちの人は飛ばすなあ~~ャバィョ!!o((´・д・`〃≡〃´・д・`))oァタフタ 路肩に駐車して、休憩を取っているトラックさんもいる。バイパスも2車線のところは、中央分離帯も無いので、あまりスピードを出して向かってこられると、怖い^^;夫さんは、運転に集中しているので、私も大人しくしている。でも、体が何となく緊張してしまう(゚Д゚;∬アワワ・・・ときどき、道の駅やコンビニで休憩しながらマイ・ペースで進む・・・・・。(ノ∀・)。・。ぁのネ…。前日のドライブでお腹にガスがたまっていた私は、トイレ休憩のたびに各所で「おなら」を落としてきていた。o.゚。(・ェ・。`人)。o.゚。ゴミンネェ 山部(?)とかいう道の駅で「天麩羅そば」を二人で食べた頃には、私も夫さんもお疲れ気味になっていたので、清水から東名高速に入る。中央分離帯もあって、安心して運転できるようになってから、夫さんが「結構、さっきのバイパスは怖かったよねえ」と言った、私だけではなかったんだ(*゚∀゚)*。_。)*゚∀゚)*。_。)ウンウンさすがに、高速道路である。ビュッビュンで「富士・海老名・横浜・・・・」と、通り過ぎていく。町並みの変化や土地柄を窺うことは出来ないけれど、一直線に帰れる^^。首都高速も渋滞無く、江戸川を渡ってすぐがマイ・タウン。日付が変わっていたけれど、無事帰ってくることが出来ました。私は、やっぱり夫さんが一番信頼できて、好きなんだなあ、と思う((^┰^))ゞ テヘヘ 二日間を二人だけで過ごすことが出来て、いつもは話せないことなども話せて、より親密になれた気がする。こういう時間が持てたことに感謝☆゚.+゚o(>ДД
2005.12.06
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前に、東北に行ったときもラブホテルに泊まったことがあるけれど、その時に驚いたのである。本当にバッグ一つで泊まれるほどに、アメニティーが充実しているのである^^。夫さんもさすがに疲れが見え、私も草臥れていたので、熱田氏の駅前にあったラブホテルの「全室ラドン温泉」という言葉に反応してしまい、ビニール・カーテンの中に・・・・・^^。考えてみれば「ラドン温泉」て健康ランドなどにあるヤツ?そういう年頃になったのかも^^。通り過ぎてきた「料理 小りん」を「ふりん」と読み間違え、「失礼じゃんネエ。不倫はダメだわ」とo(`ω´*)oプンスカプンスカ!! している私を「いつもの事だ( ̄▽ ̄;)アハハ…」と、いなしていた夫さん。夫さんは私が前に、「おこと教室」を「おとこ教室」と読み間違え、「何を教えてくれるんだろう、行ってみたい^^」と言っていたほうが恥ずかしかったそうだ^^;。泊まることにしたホテルでは、駐車場係りのオジサンがいて、「ワシが駐車場所に置いておくから、入ってちょ」と言われ、「宜しくお願いしま~~す」と言い、フロントへ^^。フロントでは、可愛いリボンのかかった小さなプレゼントを貰い、「主人のはないの?」と、言ったら、「アハハ、どうぞ」とゲット!エレベーターの中では「この前(東北のとき)も言ったけど、こういう所は人目を忍ぶ人たちが来る所なんだから、愛想良くなくていいの」と夫さんに言われる。アノネ・・・(ノ゚ー゚(; ̄□ ̄)ナヌッ?マア、仕方がないわ、性格だから・・・・・^^;。部屋に入ると、冷蔵庫にウェルカムドリンクの缶ビールがヾ(@⌒▽⌒@)ノワーイで、ラドン温泉をバスに入れる♪♪♪大きめのお風呂は、手足をウ~~~~ンと伸ばしてゆったり入れる。早速、運転でお疲れの夫さんに入っていただく^^。私は早速、缶ビールにTVニュース^^。夫さんの後で、ふやけそうになるまでお風呂を堪能。フロントで貰ったプレゼントには、圧縮されたヘチマ、美容液のパックシートなどが入っていて、せっかく夫さんの分も貰ったのだから、二人でパックしましょう、と言ったけど、「二重にしたら、ウンときれえになるかもよ」と、逃げる。押さえつけてまで、パックするだけの元気はなかったので、一人で一人前をしてみる。夫さんは早速ベッドに行ったけど、私には「お決まり」がある。で、おつまみをフロントに頼むと、「明日のモーニングは?」と聞かれ、よく分からないけど「9時に」と、お願いする。飲み物は、ジャック・ダニエルの水割り^^、これで私の一日が終わるのである+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。で、「明日のモーニング」とは朝食のことであった ヾ(@⌒▽⌒@)ノワーイ! しかも、お部屋にはコーヒー・メーカーが・・・・・・^^。朝はたっぷりコーヒーを飲みたい私には、嬉しいサービスだった^^。トーストとゆで卵とジャム、ミニ・サラダの食事を終えて、チェックアウト^^。駐車場に行くと、昨日と違うオジサンが、「習志野ナンバーかぁ、懐かしいなあ」と。「千葉からきたの?」と、聞いてくる。「ハイな」と答える私。「昔、ずいぶんゴルフに行ったのよ。・・・・・カントリーとか*****カントリーとか」と、懐かしそうに言う。「ずいぶん、リッチだったのねえ」と。名立たるカントリー・クラブでゴルフに興じていた人が、今はラブ・ホテルの駐車場係りかぁ・・・・・職業に貴賎の別は無いけれど、人生を考えさせられる一瞬でした^^;。これから、私たちは名古屋港へ・・・・・。
2005.12.05
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出発したのは、12月3日の午後一時頃、首都高速を抜けて、東名を富士裾野まで行きました。富士山が関東から見るとなだらかに美しいのに、裾野辺りまで来ると北斎の書いた浮世絵のようにシャープになって、その表情の変わることに感動^^。出掛けに、菊正宗を2合ばかし引っ掛けてきた私は実にご機嫌で、70年代ポップなどを歌ったり、夫さんにサンドウィッチを差し出したりと気配り妻でした。富士裾野から国道1号線に・・・・・。静岡県は1号線に多くのバイパスを設けてくれてあり、殆ど高速状態。ビュンビュンと車さんは張り切って東海道下り線を走っていきます^^。「田子の浦」に差し掛かると、窓を閉めても多数の煙突から吹き上がっている煙の匂いが立ち込めてくるの、臭かった。そんな中にも住宅が多数あって、高度経済成長の頃の景色なのかなあ、と感じ入ります。とてものことに、万葉の頃を想起させるものではなくて、それが残念でした。浜名湖を過ぎる頃には、とっぷりと日も暮れていて、湖畔の明かりが美しかった。主人が就職で千葉県に来た頃からの友達付き合い、夫さんに歳を聞いたら「47」だって。24年も付き合っているんだなあ・・・・・^^。ご夫婦としては20年。結婚て、ずいぶん持つものだなあ・・・・・と感心しきり、けど、夫さんによればひたすら彼の忍耐のなせる業だそうで、^^;でも、それだけ忍耐しても一緒にいたい女なんだわ、私って(。-∀-) ニヒ♪静岡県を抜けて愛知県に入った途端、国道一号線は一般道になったの。日曜日の夕食時、沿道のレストランは駐車場に車が溢れ、お店には人が溢れ・・・・・。私たちは、車の中でお握りを頬張り、コンビニでトイレを済ます旅です。でも、お弁当作りすぎたのかしらん?考えてみれば、遠出なんて今頃のことなんだから、お弁当なんて作らずとも、何処でも食事は出来るのだけど・・・・・多分、そのほうが安上がりなんでしょうけど・・・・・。ドライブ=お弁当は、私の頭の中でセットなのである^^;。豊橋市から安城市、岡崎市辺りで夜9時頃かなあ・・・・・。お宿も決めていない旅です、でもそろそろ、車を降りてお風呂に入りたいなあ~。夫さんに、どうするのか聞いたら、「ラブホテルにしましょう」とのこと。ところが、国道からあまり外れたくないらしいので、頃合のホテルが見つからない^^;。そうこうするうちに、熱田市に・・・・・エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?次はラブホテル編に・・・・ヾ(*'-'*)マタネー♪
2005.12.05
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今、サンドウィッチを作り終えたところです。このあと、お握りと卵焼きです。実は、ドキドキして朝早く起きてしまったの。自宅で待機組みの息子達は、食材沢山の冷蔵庫を見てニンマリ^^。でも、お弁当も3分の2は彼等用である。そ、息子達はお弁当大好きなのである。で、今日は、お昼頃から東海道を行くだけ行くらしい・・・・・^^;帰りは明日のことみたい、だ!ドキドキ(*´Д`*)==心臓ガ飛ビ出チャウーー!! 夫さんとお気楽デートだ、と何度も何度も言い聞かせている^^;
2005.12.03
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このところ、夫さんの仕事は忙しかったので「車で遠出」の練習をしていない^^;それで明日、東海道を行って見ることにした。パニック障害には、行動療法が必要である。けど、さっぱりやっていなかったのに、いきなり東海道は如何なものか?不安である、とっても。ところが、我が心優しい(?)家族の面々は、私に「テーマ」を与えてくれた。「お弁当」である。夫さんと私が食べる分。息子二人が食べる分。で、「最近、サンドウィッチを作ってないね。サンドウィッチにしようか?」夫さんと息子Aが賛成。「でも、お握りと卵焼きも捨てがたい」と、息子B。手間は、お握りのほうが楽である。で、悩んでいたら、夫さんが一言。「両方にしよう!」だって!!!サンドウィッチは「レタス・ハム・チーズ」と「レタス・卵」。お握りは、鮭・たらこ・梅干と卵焼き・胡瓜の漬物。あ~あ、これじゃあ出発まで精一杯になりそう・・・・・。本音は、平気そうにしているだけで(ヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ ~~)なのである^^;。果てサテ、何処まで行くのだろうか、お弁当2種類も持って?!
2005.12.02
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