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先週の木曜日4月19日は夫婦で奈良県吉野町の吉野山へ桜を見に行ってきました近鉄電車に乗って1時間半余り、吉野駅に到着です何を隠そう、私めは吉野町の隣の下市町出身なのですが、桜のシーズンに吉野山に行くのは生まれて初めてでした8時過ぎに到着すると、駅はまだそんなに人は多くありませんそこからケーブルに乗り、下千本へその後はバスで山の上へ行くという手もあるんですが、せっかく来たんだから、歩いて上ることにしました世界遺産・金峯山寺山門、その奥がこれまた世界遺産金峯山寺蔵王堂です自分の周りも桜、向こうの山も桜、桜、桜です!上千本の世界遺産・水分(みくまり)神社ですこの辺まで歩くと、かなり足がしんどくなってきます(笑)このショットは、吉野山の紹介に使われるので、見覚えのある方も多いかも知れません花矢倉展望台から臨む蔵王堂ですこのあたりまでが上千本僕たちは、奥千本を目指して更に歩きます(意地でもバスなど乗るものか(^^)/)日差しはそんなに強くありませんが、ほんまに暑い、汗ばみながら上ります少し平らになって楽になったかと思うと、また急な上り坂にかかります「なんか、私らの人生みたいやね…」ワイフの言葉が、あながちジョークには聞こえません奥千本、西行庵ですこのあたりまで来ると、まだ桜は咲いていません足を滑らせば、谷底に落ちてしまいそうな険しい道ですさっきのワイフの言葉を思い出し、苦笑しながら歩きましたそのあとまた、数時間の復路計8時間位歩きに歩きました吉野駅まで帰ってくると、ものすごい数の人・人、人そこにさあ~っと風が吹くと、桜吹雪とはよく言ったもので、本物の吹雪の中にいるような花びらのシャワーです厳しい人生を歩ききったら、きっとこのような花吹雪に包まれるのでしょうか?いや、きっとそうでしょういつか行きたい行きたいと思いながら、行ったことの無かった吉野山「どちらの出身ですか?」「吉野です」「吉野山の桜が有名ですね」「はあ、でも見たことがないんです」こんな会話を30年余り繰り返してきました(多分何千回も)今日からは、吉野の桜のダイナミックさや世界遺産について、少しはしゃべられそうな気がしました
2012年04月22日
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ふと、表題のようなことを考えた 生まれなければ、この世に対する自分という存在は、無である プラスでもマイナスでも無い 生まれて来たということは、限りない可能性を秘め、喜びに満ちていると同時に、一生の間、数えきれないくらいの、苦難、別れ、挫折を味わうという事であり、それらに遭遇しない人生なんてあり得ない こんな苦しい思いをするなら、生まれて来ない方が良かったのではないかと思うときもある しかし、苦難にあってこそ、自分の小ささや、醜さ、家族や他人の暖かさを教えられるのだ 50年ばかり生きて来て、確信している事がある 人は、生まれるべくして生まれて来る どうしても、この時代、この場所に、この境遇で生まれる必要があって、今ここにいる それは、会うべき人に会うためであり、遭うべき苦難に遭う為である それらの人に会い、苦難に逢い、やがて気付く 自分は「愛する為に生まれて来たのだ」と 自分は「許す為に生まれて来たのだ」と 自分は「愛されて今ここにいるのだ」と 自分は「許されてここにいるのだ」と 人生って、深い これらの事を気付かせる為に、我々には様々な苦難が準備されている そうであるならば、「よし、かかって来い!」という気持ちで、今日も生きて行きたいものである
2012年04月06日
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