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病院からいつものよう地下鉄ひと駅分歩いて帰宅途中、ふと前を見た瞬間に、「ドン」という音がして、目の前でオバサンが車に当たって倒れた。直ぐに駆けつけたが、そのオバサンは立ちあがって、「あ、大丈夫ですから」と言った。車から運転していたおばさんが降りてきた。その二人をそこに引きとめて、警察署に「車対人の人身事故です」と110番した。警察署は200mと離れていないところにあるのを知っていたが、なかなか来ない。その間、交差点の横断歩道の真ん中に止まったままの車のために「事故です」と大きな声で交通整理した。運転していたおばさんは「通行の邪魔になっているので、寄せさせてください」とうが、明らかに横断歩道真ん中でぶつかったことを証拠隠滅しようとしているように思えたので、「いえ、そのまま」と交通整理を続けた。その間にも、オバサンは「あ、たいしたことないですから行きます」と、運転おばさんは「あ、では娘が先に行ってますので」というが、私は「いえ、人身事故で、あとで症状が出たりしてお互いに困ることになってはいけないので、警察が来るまでまってください」とその場を仕切った。ぶつけられたオバサンは、小柄な上に、頭から足まで黒やこげ茶の地味な服で、「こんな目立たない色ではあぶないよ」と諭した。その間にも邪魔な車にクラクションを鳴らされたが、「事故ですから」と仕切った。ようやく警察が来て、現場検証が始まった。オバサンは相変わらず「いえ、たいしたことないですから、転んだだけですから」と、運転おばさんは「そう、ブレーキかけて止まったけど、転んだだけで、ぶつかってませんから」と、「え、ドンという音がしてぶつかりましたよ」と私。このおばさん、ぶつかってないという話にまでしようとしている。冷静な交通警察官は、ボンネットの汚れの落ち具合を運転していたおばさんに確認し、「ここ、汚れが落ちているでしょ、ぶつかった跡ですよね」と確認していた。流石。私は、名刺を警察官に渡して、必要があれば連絡をと伝えて帰宅した。どちらのおばさんにもいい教訓になったと思うが。きっと、今頃は、おばさん「たいしたことないのに、変なオヤジに交通事故にされて、ひどい目にあったわ」、オバサン「今日ね、車にぶつかったんだけど、なんともないのに、変なオヤジに引きとめられて、寒空で待たされて、警察にいろいろ聞かれて、疲れたわ」、警察も「一応、人身事故だけど、たいしたことないのに110番されて、遅いとか文句j言われて、疲れたわ」なんて言われてるんじゃないか・・・。所詮、ただのおせっかいなオヤジで悪かったなぁ。
2009年10月29日
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めっきり寒くなり、昨日の札幌は初霜だった。だが、今日は小春日和となり、紅葉を愛でながら円山に登り、そのまま円山動物園に向かった。本当は街方向に歩いて、中華にする予定だったが、何せスタートが遅い、円山を下りるともう昼過ぎで、そのまま動物園に昼を食べに行った。年間パスポートで入場料は気にしない。そのままレトロな食堂に着くと、お目当ては「猿山ラーメン」、800円で野菜もチャーシューも大盛りだ。食堂を出ると、なにやら丁度、キリンの前でイベントだった。なんと、今年、つれあいを亡くしたオスのキリンに熊本からお嫁さんが来たので、命名と歓迎式典だった。名前は「ナナコ」、セブン・イレブンがスポンサーと聞いて、なるほど。楽しい式典に遭遇し、夜のニュースにも出ていたが、私らの姿は映らなかった。幸か不幸か。その後は、チンパンジーのレディを始めとするトニー家を表敬訪問し、白クマツインズのじゃれ合いと泳ぎを堪能した。動物たちの姿は見ていて飽きないな。平和な小春日和だった。帰宅後、日本ハムが楽天に勝ち、日本シリーズを決めていた、なんとメデタイ。
2009年10月24日
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今日、10月18日は「新聞配達の日」で、天声人語に母親の新聞配達を手伝う9歳の女の子の話が紹介されていた。実は私も小学6年の時に夕刊だけ、しかも、半年ほど配達をしたことがある。私の友人は小学2年から、朝夕の配達をして家計の足しにしていた。それに触発されたが、朝早くには起きれない、冬は寒くて大変、と半年で終わってしまった。それでも、ご苦労さんとお菓子を分けてくれる親切さ、折り込みチラシの大変さ、何より自分で稼ぐことの大変さなど、貴重な体験をしたことを思い出す。結局、バイト料は当時はやっていたレーシングカーのセットで消え、そのオモチャも半年もせずに卒業したと思う。私の努力と報いは所詮その程度のものだった。昨日は、日本オープンで18歳の石川 遼選手が、7打の追い上げでトップに立っていた。箱根駅伝の予選があり、11校が決まり、歓喜と涙の輪が交差していた。報われない努力もあるけど、努力しなければ報いはないことには間違いないな。
2009年10月18日
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「私の中のあなた」(原題 My sister's keeper)を見た。白血病の姉を救うために、遺伝子操作で、姉と同じ白血球抗原を持つ妹が生まれ、臍帯血やら骨髄やら骨髄移植が行われた。それでも病状が進行し、腎移植が必要となった時に、両親を相手に移植を拒否する裁判を起こした、という実話に基づいたストーリーという。さすが、アメリカ的な話だが、本当に人を救うとはどういう意味か、といういい話で終わっていて、こちらも救われた気持になった。日本未公開だが、「チルドレン・オブ・ホァンシー」というDVDをアマゾンから購入した。日中戦争のさなか、南京に進出した日本軍から逃れるために、黄石(ホァンシー)という町から身寄りのない子供たちを1000キロもの旅を続けて救ったイギリス人ジョージ・ホッグという、こちらも実在の人物をテーマにした映画だ。この映画には、英語、日本語、中国語、広東語が登場するが、広東語以外は、分かる言葉があるので、それも楽しみに購入したものだ。日本軍が悪役だから、日本で受ける映画とは思わないが、よく出来た映画と思う。いずれも事実は小説よりも・・・って話か。本当に人を救うというのは大変なことだと思う。今日、安全管理部長の副院長も専従の安全管理者も出席できないが、病院として参加の望まれる安全管理の研修会に副部長の私が手を挙げて出席することにした。札幌で開かれるから、どうってことないけど、この程度で人を救ったと思うようではたいしたことないな。
2009年10月16日
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歩いて5分の円山球場へ北照x札幌南の決勝戦を見に行った。台風一過で、天気はよくまたしても昼からビールを飲みながらの観戦だ。北海道屈指の進学校の札幌南が勝てば・・・と思ったが、この試合は北照が力を発揮した。それにしてもここまでの札幌南の快進撃はすごいと思う。札幌市内の中学校から、各校トップ10程の生徒しか入れないだろうし、学年の3~4分の一の生徒は医学部に進むという、そんな高校がなんと春の甲子園をかけて決勝戦にいるのだ。残念だったが、明確な目的意識をもってここまで来た彼らはこれからも勉強にも仕事にも力を発揮できるだろう。チアリーダーも元気がよかった・・・。午後1時開始と思って、ま、ちょっと早めに行こうと思ったが、昼12時には、球場のチケット売り場はすでに列が出来ていた。仕方なく、並ぶと、見知らぬオジサンが、「招待券あげる」と私に。先月、札幌ドームでも同じ体験をしたばかりだ。こんなことが2度続けておきる私って、どんな人間に見えているのだろう。
2009年10月12日
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由仁の大塚ファームでスパイススープを楽しんだあと、外に出て散歩した。ふと見ると大塚ファームの玄関にはホップと思われるツタと実がたわわだった。一つまみ味見すると、まさしくビールのほろ苦さを思い出させる味だった。その後、ユンニの湯でモール温泉で癒された。湯上りに、キリンのアルコールゼロの「フリー」を飲んだ。ホップのさわやかな苦みはなかった。ビールとはちょっと違うが、ま、それなりに満足ってとこか。ビールにホップを入れたのは、8世紀のドイツらしい。なぜ、ホップなのかと思ったら、当時、いろんな香辛料を試した中で最もビールにフィットしたのだ。ビール一杯にも何か今の科学に通じるものがあるな。
2009年10月11日
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体育の日はいつから月曜日になったか、とりあえず、今日も休みでよかった。昨日はメシ付き勉強会の途中で、突然の飲み会の呼び出しがあり、軽くメシとワインを頂いたあと、友人宅へ尻尾を振って赴いた。なんと米国留学したまま研究生活を送っている仲間と17年振りにご対面した。今週、札幌で開かれた国際学会に参加していたのだ。彼は私が米国留学から帰国した時には元気のいい大学院生だった。その後、留学したのだが、私はサンディエゴ近郊にいた彼の元に2ヶ月間ほど下宿して遺伝子研究を習ったことがあった。毎晩、医学研究の夢を語りながら、二人で飲んだ。論文を書くだけじゃだめだ、医学の教科書の一行を変える研究がしたい、そんな話をした。彼の研究はすでに医学の教科書に載っているという。私が果たせなかった夢を既に果たしていることを聞いて羨ましく嬉しく思った。そんな彼もちょっと腹が出てきて幸福太り気味だったが、元気のよさは昔のままだった。聞くと、彼の年齢は45歳となり、私が今の病院に来た時と同じトシになっていた。時間のたつのは早いものだ。そんな感慨に浸りながら旨いワイン、日本酒で盛り上がり、その友人宅で酔いつぶれた。今日、かろうじて復活後、遅い昼食を由仁の大塚ファームで、スパイススープを食べに行った。遠くに雪をまとった夕張岳が今年の冬の訪れを告げていた。また新しいトシを取るために冬が来る。
2009年10月10日
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別にセールを期待している訳ではない、だからと言って、応援グッズを持ち歩くほどの熱心なファンでもない、稲葉ジャンプも座って揺れを感じながら、ビールを飲むことをこの上ない楽しみにしている。先日もさすがに4連敗はないだろうと思って見に行ったら、そうなった。所詮、ビール目当てだ。しかし、今年も日本ハムは進化を示した。石川遼君も見事だが、楽しませてもらっている。昨日は大学の後輩と今年の登山の総決算の準備会の前祝いの・・・で、飲んだ。いろいろあったが彼らもいい経験の一年となった。今日は、当院の研修医の発表会だった。私の指導した研修医も発表したが、素晴らしくいい発表だった。私の指導がなければもっといい発表になっただろうと思えるほどだった。前に向かって着実に進んでいる人たちが羨ましい今日この頃の晩秋。私もこの病院で11年目に入った。まだまだ前に進まねば。
2009年10月06日
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横浜は朝から雨模様だったが、八景島シーパラダイスのイワシの群れが気になり、見に行った。群れは確かに迫力あり、サメが悠然を泳ぐ中、間合いを上手にとって群れる姿が面白かった。そのほかにも、イベントが進化しており、帰りの飛行機の時間を気にしながら楽しんだ。
2009年10月03日
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今日から開幕の癌学会で、私のつたない発表は、今日の発表の最後の順番だった。どうせ身内しかいないだろうと思っていたら、ま、その通りになったが、いい質問をしてくれて、私が言い忘れていたことを思い出させてくれて、ま、身内で盛り上がって、無事終了した。次に控えている中華街の宴会の前に集まってくれていただけのことなんだけどね。そんなことよりも、5時を過ぎると会場内でビールが配られ始めて、私としてはもう飲み始めている人たちが気になって、早く追いつかないという気分で、発表後の撤収もそこそこに一直線にビールを取りに行った。最近の日本の学会も粋なもので、熱い発表や議論の後にビールでクールダウンというアメリカ的な学会も増えてきた。これ自体は歓迎すべき傾向だ。しかし、私の発表を最後にしないでほしい、と思った。ともあれ、その後は中華街に繰り出し、再び熱く盛り上がった。今日もメデタシ。
2009年10月01日
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