草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2011年01月20日
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何か大テーマを掲げて



大上段から切り下ろすような印象を、あるいはお受けになったかも



知れませんが、私・草加の爺の意図は




そういう所にはありません。ただ、日頃から漠然とではありますが



気にかかっていた問題を、皆さんとご一緒に



考えてみたい。きっと誰もが一度は真剣に考えてみる




だけの値打ちのあるとても大切なことだから、と思うのです。



高校以上の所謂「高等教育」は本当に必要なのだろうか?



という本当に素朴な疑問なのですが。今回は







「そもそも義務教育を含めた学校教育は本当に必要なのか」




という具合にテーマを絞り込んでみましょうか。




勿論、わたしは必要ないという立場を鮮明にして論を



進めるつもりです。一言申し添えておきますと



わたしは教育という営みを否定しているわけではありませんで




真の教育が大切だからこそ、現行の義務教育に始まる



公教育全体のあり方に大いなる不満を持っている、或いは現行の制度そのものを



全否定したいのです。これは「暴論」でありましょうが、



より良い公教育の在り方に向けて、そのあり方を根本から考え直す必要だけは




ありそうです。現に機能不全に陥って様々な問題が日々続出して



いるのですから。現行制度を前提とし、それに飽くまでも








つまりは「病膏肓にいる」状態にまで、手の施しようもない



状態に現在の公教育が捻じ曲がってしまっている。そうした



厳しい現状認識がまずもって第一になされなければならない。



わたしはそう主張したいのですが、如何でしょうか?



ここまで書いてきましたら、例によって外野のほうから







問題が大きすぎて手の出しようがないではないか ― という



尤もと一見思われる呟きが聞こえてきました。いいえ、わたしの




下心ではいつものように、一人の市民としてこの人生を如何に




豊かに楽しく過ごすか、という一点に最大の関心があるわけで




天下国家を見下ろしての大論を展開するようなところには



少しも色気など持ってはおりませんよ。どんな問題にせよ



自分の問題として主体的に捉えて対処するポジィティブな姿勢が



大切です。受身であったり、やむなく行動をとらされている




と言う風な「被害者意識」から発想し行動に移すのは、何時の場合でも




碌な結果をもたらさないものと、肝に銘ずるべきでしょう。




わたしも、直ちに現行制度の抜本見直しが実現できるとは




ユメユメ考えてはおりません。しかし、意識の持ち方如何では



たとえ多くの重大な欠陥を抱えた制度であっても、よりよく受け止めて利用する道は



色々とある筈だと、単純に提言したいだけであります。



そして、自分は公教育にに何を一番に期待しているのかを



もう一度だけ問い直してみてはいかがかと、余計なお世話と知りつつも



提案したいのです、それだけです。楽をして人より多い収入を得たい。




それがもし本音なら、楽は人生の豊かさや楽しさを齎しはしませんよ




と、老婆心ながらお教えしたい。真の教育は人生をより豊かに




したがって、味わい深いものにして、生きるに値する正しい生き方を




懇切丁寧に示してくれますが、お金が目的のそれは便利さだけが




取り柄で、他には建設的な何物をも与えてはくれないでしょう。




人間不信と孤独と「殺人」と、拝金主義の恩恵は底が見えすぎていますが




あなたはそれで満足なのでしょうか……。満足であるなら




私ごときが何をか言わんや、でありますが。







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最終更新日  2011年01月20日 15時06分51秒
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