草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2011年04月26日
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ちょっとした謎掛けのようになりますが





自分本位と自分勝手とはどこがどう違うのでしょう?






自分本位の生き方は是認され、誰からも文句のつけようがない。






それに対し、自分勝手に振舞えばたちまちにして周囲から






非難や中傷の嵐が巻き起こるでしょう。そして前回に取り上げた






愛情という結構なもの、誰からも批判されたり後ろ指をさされたり






する筋合いのものではない、本来はですね。所が現実には






世の中にはこれと一見すると矛盾しているような現象が多発している。






これはどうしたことなのでしょうか。勝手な「愛情」や自分本位の














証左ではないか、こんなふうな問題提起を今回は試みてみよう。






そう考えました。世にいうストーカーなるもの、はた迷惑どころか






立派な(?)犯罪行為。これも含めて愛情の発露と呼ぶのであれば






愛情ほど始末に負えない代物もない。ですからストーカーのその対象者






に抱いている感情は「愛情」ではなく「欲望」ないし「支配欲」と






名づけたほうがより相応しい。そして考えてみると世間で「愛情」の






名で呼ばれている物の大半がこの種の誤用ですね。親の子に対する






支配欲・独占欲。夫婦間のパートナーに対する独占欲・支配欲プラス






強烈な嫉妬心、などなど誤用の例は沢山あるようです。人間の持っている






ぬぐい難い「業」のようなものとしてこの様な誤用された「愛・愛情」が






世の中に多数はびこっていますね、なんともはや……。本物と呼ぶのも













でなければならない。とすると現世には真の愛や愛情は存在しないのか?






男女間の惚れたはれたは色欲という欲望に還元できるし、親子の







麗しいはずの情愛も支配欲や独占欲に大半が置き換え可能となれば







人間とはなんとも浅ましい、そして哀れむべき存在ではないか……







少なくともそんなふうに考えてみる必要があるのではないでしょうか?貴方様の














綺麗ごとだけでこの世を渡って行こうとしても無理が生じますが






理想や夢を放棄した生活も味気なく侘しい限りではありますまいか。






如何でしょう?ご意見、ご感想をお寄せ下さい。お待ちしています。














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最終更新日  2011年04月26日 09時48分58秒
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