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←クリック●秋保工芸の里仙台市太白区秋保町湯元字上原54 〒989-33電話/022-398-2958(秋保工芸の里事業組合)営業時間/店によって異なるが、大体午前9時~午後5時駐車場/無料・100台(大型バス駐車可能)定休日/店によって異なる料金/見学は無料交通/仙台駅西口バスプール8番乗り場から秋保線 秋保温泉湯元下車(約50分)、徒歩20分概要/ 秋保温泉から山沿いに少し登った湯元公園に隣接する工房の村。昭和50年に仙台在住の工人グループが「手工芸の邑」計画を立て、その後秋保町への建設が決まり、63年4月にオープンした。現在、「熊野洞」(仙台たんす)、「香木舎」(茶用道具)、「佐藤こけし屋」「我妻こけし」「玩愚庵こけし」、「江戸独楽」、「埋もれ木」(埋もれ木細工)、「ひらの工芸」(自然木加工)、「染色工房つる」の9工房があり、実際にそこで生活しながら生産活動を行い、伝統工芸の継承に努めている。工房の見学は自由。職人とじかに話し合えるので、オリジナルの作品を注文する場合に、じっくりと要望を聞いてもらうことができる。●東北工芸(玉虫塗)仙台市青葉区上杉3-3-44 〒980電話/022-222-5401見学時間午前10時~12時、午後1時~3時 ※3日前までに予約駐車場/無料・5台(大型バス駐車不可)定休日/日曜日、祝祭日、第2土曜日、年末年始料金/無料交通/地下鉄勾当台公園下車、徒歩10分概要/ 宮城県指定伝統的工芸品「玉虫塗」の製造及び販売をしている。「玉虫塗」は、昭和初期、(有)東北工芸製作所の前身、東北工芸指導所の技師・小岩古明氏によって発明され、昭和36年にはカリフォルニア州の国際デザインコンクールにおいてゴールドメダルアワードを受賞し、海外からも注目されるようになった。また、昭和41年には通産省制定のグッドデザイン賞に輝き、昭和60年に宮城県指定伝統的工芸品の地位を確保した。申し出があれば、工房を見学することができる。1回20名まで。見学時間は約30分。◎玉虫塗の朱肉●平賀こけし店仙台市青葉区作並元木13 〒989-34電話/022-395-2523見学時間/午前8時~午後7時 ※事前予約必要駐車場/無料・2台(大型バス駐車不可)定休日/不定期料金/見学は無料交通/仙台駅西口バスプール10番乗り場から作並深沢山行き 作並温泉下車、徒歩1分。岩松旅館前概要/ 「作並こけし」の伝統を守り続けているこけし店。創業140年。東北のこけしの中でも、子供のおもちゃとしての本来の姿を大事にし、握りやすいように胴の部分が細めにできているのが、作並こけしの特徴。頭部に赤い輪飾りが描かれ、胴が菊模様というのが一般的な柄。観賞用のものには、広い台座が取り付けられ、安定感を与えている。一尺もので、1,500円から。工房で、ロクロをひいてこけしの頭や胴を削り出したり、色づけする様子を見学することができる。見学時間約20分-----●天賞酒造(株)仙台市青葉区八幡3-1-48 〒980 →笹谷のほうへ移転電話/022-221-7666見学時間/1月~3月 午前9時~午後5時 ※予約必要駐車場/なし定休日/日曜・祝日料金/見学は無料交通/仙台駅西口バスプール15番乗り場から国見ヶ丘3丁目・南吉成1丁目行き他 龍宝寺入口下車、徒歩1分概要/ 仙台藩主伊達政宗建立国宝大崎八幡神社の御神酒酒屋として、文化元年(1804)、三代目勘兵衛が創業。当初は「鳩政宗」と称していたのを、明治38年に「天勝政宗」と改名。さらに、明治41年に大正天皇が皇太子として仙台に巡啓された際、お買い上げの栄に浴したことを記念し、「雲上嘉賞 天之美禄」より、「天賞」と改めた。天賞の酒は、厳選された酒造米を用い、敷地内に湧く湧き水(仙台三清水の1つ)を仕込み水として使用し、南部杜氏伝統の寒造りで醸造される。昭和56年には醸造用糖類を全廃、平成元年からは特定名称清酒と称される吟醸・純米・本醸造のみを販売している。毎年、どんと祭が過ぎた頃から3月くらいまで酒蔵見学を受け付けており、杜師の指示で行う一連の作業を間近で見ることができる。2月には酒造を一般開放する日があり、料理と一緒に新酒を味わうことができる。なお、天賞酒造の「天賞苑」は、第4回仙台市都市景観賞〈歴史・文化部門〉を受賞している。●勝山企業(株)酒造部仙台市青葉区上杉2-10-57 〒980電話/022-222-4451見学時間/12月~3月 ※予約必要駐車場/無料・大型車も駐車可能定休日/日曜日、祝祭日、土曜日(月2回)料金/見学は無料交通/地下鉄北四番丁下車、徒歩10分概要/ 元禄時代に創業。安政4年には仙台藩より北五番丁、上杉通り角の屋敷を拝領し、「御酒御用酒屋」として允許された。以来、仙台藩御酒御用酒屋として「勝山」の銘で酒を醸造し、安政6年には仙台東照宮の御神酒の醸造権も得た。昭和57年からは、吟醸酒・純米酒・本醸造酒に限定して醸造している。見学は、仕込みのある冬期だけだが、夏には無料で「出前利き酒会」(5~20人のグループで申し込み。20人以上の場合、1・2班に分けて行う)を行っている。 建物が、第1回仙台市都市景観賞〈歴史・文化部門〉を受賞している。●萩の月・伊達絵巻/株式会社菓匠三全http://www.sanzen.co.jp/hagi/0309/0309hagi.htmlhttp://www.sanzen.co.jp/工場:宮城県柴田郡大河原町大谷字保料前18http://www.sanzen.co.jp/pro/image/sakura.jpg大きい店舗広瀬通り 大町店 tel:022-263-3000仙台市青葉区大町2-14-18 7:00~20:00萩の月を中心とした仙台銘菓、和菓子、ロワイヤルテラッセ/青ざし商品。仙台駅の土産物(食べるものが中心)http://www.k5.dion.ne.jp/~sendai/omiyage/index.htm●鐘崎笹かま館仙台市若林区鶴代町6-65 〒984電話/022-236-3341開館時間/午前10時~午後5時駐車場/無料 第一駐車場:乗用車20台・大型バス6台第二駐車場:大型バス10台休館日/第3月曜日入館料/無料交通/仙台駅西口バスプール4番乗り場から東部工業団地行き 卸町東五丁目北下車その他/みやげ屋として「笹かま館売店」のほか、おおば比呂志・藤城清治・井村隆の作品をもとにつくられたグッズを売っている「笹かま館」グッズコーナーがある。概要/ 「海のメルヘンミュージアム」をキャッチフレーズに、平成元年(1989)にオープンした博物館。1階には「ミニ笹かま工場」があり、製造実演を見学することができる。ボタンを押すと、きちじロボットが出来たての笹かまを取り出してくれる。2階には、特製メガネを通して3Dによる本物そっくりの海の世界を楽しめる「立体映像水族館」、藤城清治氏の影絵による「光と影のメルヘン・シアター」、「親子で作る笹かま工房」などがある。「親子で作る笹かま工房」は予約制で、料金は1組(3名まで)1,000円となっている。(火・木・土・日及び祝日の午前10時と11時に開催)。鐘崎ゆかりの芸術家・おおば比呂志司氏のギャラリーや、井村隆氏作のオブジェ「カラクリン夢飛行・樹」など、一流の芸術作品を鑑賞できるスペースもある。2階の「笹かまホール」は、休憩・昼食・会議など、いろいろな用途に使うことができる。(予約制・80席)●笹生の里仙台市青葉区大町1-2-19 〒980電話/022-222-7052営業時間/蒲鉾処:午前8時30分~午後7時懐石「裏晩翠」:午前11時~午後9時駐車場/無料・7、8台(大型バス2台駐車可能)定休日/蒲鉾処:懐石「裏晩翠」:月曜日料金/見学は無料交通/仙台駅から徒歩20分概要/ 阿部蒲鉾店直営の庭園店舗。庭園を眺めながら、ゆったりとした気分で、本場笹かまぼこの焼き立てを味わうことができる。店内には蒲鉾の製造過程を見学できる「ミニ工場」、阿部蒲鉾店の製品が豊富に揃った「蒲鉾処」、宮城県の特産品を展示・販売している「みやぎお国物産処」、東北地方の素材をつかった懐石料理が賞味できる「懐石 裏晩翠」などがある。お茶事に利用できる「離れ」もある。また、「雪まつり」(1月)、「花見御膳」(4月)、「麦酒庭園(ビアガーデン)」(7、8月)など、季節にそったイベントが催されている。なお、建物が第1回仙台市都市景観賞〈建築・都市緑化部門〉を受賞している。●阿部蒲鉾店泉工場所在地/仙台市泉区明通4-10 〒981-31電話/022-378-4801見学時間/午前9時~午後4時 ※事前予約必要駐車場/無料6、7台(大型バス2台駐車可能)定休日/年中無休 ※4月下旬~5月中旬、7月上旬~9月上旬、11月上旬~1月いっぱいは、見学できない。料金/無料交通/地下鉄泉中央駅から泉パークタウン線 泉パークタウン車庫前下車概要/ 笹蒲鉾の製造工程のうち、見学できるのは「揚げ蒲鉾」の部分。また、全体の流れは、工場内にあるビデオで見ることができる。見学時間は約40分◎チーズボール●牛タン冷凍の牛タン:利久●石橋屋駄菓子資料館仙台市若林区舟丁63 〒984電話/022-222-5415開館時間/午前9時~午後5時駐車場/無料・1台(大型バス駐車可能)休館日/日曜日入園料/無料交通/地下鉄河原町駅下車、すぐ概要/ 仙台駄菓子「石橋屋」の離れを利用して作られた資料館。信仰駄菓子や薬駄菓子、昔の飴売りの模型などが飾られている。雨降りアメ屋、吹きアメ売り、よかよかアメなどの模型には、昔の様子が記録された説明書が添えられていて、興味深い。 付近には土蔵造の商家も残り、仙台市では数少ない城下町の面影を伝える一画となっている。●ずんだ餅・づんだ餅●鳴海屋七夕のミニ版
2006.12.30
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.54.7.8N38.14.34.0&ZM=10
2006.12.29
ちょっと前の仙台http://www.sendai-cafe.com/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=422&forum=24&start=0 ●北龍http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.31.5N38.16.36.7&ZM=12 (おとうさんと歩く仙台で紹介しましたので、平成に入る頃に無くなったと思います。店内では、たまごがもみがらの上におかれ、新聞紙でつつまれて販売されていました。すでに、たまごもパック化していました時代ですので、「小沢昭一的」な昭和なつかしみのたまごの売り方でした。せんべいは、小麦粉を焼いたようなもので、現在の北仙台の仙台浅草の中にある小判せんべいに似たようなものです。タイヤキの金属型のような黒光りする四角い金属型に材料をはさみこんで焼いてる姿が、お店の横にあるのぞき窓のようなところから見ることができました。見せるための設営ではなく、おそらく熱を逃がすための小窓だったのだと思います。そばに上杉中学や付属の小中学がありましたから、通学途中に除いている子ども達がいました。●大友http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.23.3N38.16.36.8&ZM=12仙台に数箇所あった大判焼きがありました。他の場所はhttp://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.53.3.6N38.15.34.0&ZM=12http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.51.32.2N38.16.2.1&ZM=12にありました。大友は裏に銭湯があり、夏はアイスクリームなども店内で食べることができました。北仙台についてはhttp://sendaitohoku.web.fc2.com/index.htmのhttp://sendaitohoku.web.fc2.com/kitasendaieki/page010.htmこの昭和4年の駅舎が残っています。銭湯はたしか北仙台から喜多の湯ではなかったでしょうか? ●その駅の前にあったのがトーコーチェーンというスーパーです。1階が食料品2階が衣料電化製品3階にゲームセンターがあり、一時期卓球もできました。オープンのときには、藤子不二雄の怪物君の着ぐるみが来たように記憶しています。なにかチケットをもっていくと、緑色のトルコ石をプレゼントなんてのもやっていたと思います。屋上があり、昭和40年ころにはかなりの展望のできる場所でしたが、その後マンションに囲まれてしまいました。http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.22.6N38.16.41.5&ZM=10北隣にあった郵便局は昭和40年代の記念切手収集ブームの時には開店時間に人が並んでいました。金物屋さんは萱場さんで、けっこう奥行きのあるお店でした。外国の俳優のような感じのオシャレな感じのご主人だったように記憶しています。本屋さんは大野書店と言います。本屋部分の裏にご自宅があったので、小学生は学校に持っていくべきなのに、用意していなかったものを調達するためにまだ開店前の時間にもかかわらず「アラビアのリください」などと、自宅のほうを訪れたりしていました。 仙台浅草はhttp://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.19.5N38.16.38.2&ZM=12この位置に魚や野菜などの市場のようなものがあり、さながら仙台朝市のミニ版というような感じがありました。かま成というかまぼこ屋さんがhttp://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.19.6N38.16.37.9&ZM=12ここにあり、http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.19.6N38.16.38.1&ZM=12向かいのスペースで、扇風機で熱さましをしていました。
2006.12.29
auオフィシャルhttp://www.au.kddi.com/DoCoMoホームhttp://www.nttdocomo.co.jp/musichttp://docomo-music.jp/R&Dhttp://www.nttdocomo.co.jp/corporate/rd/index.htmlNHKプロフェッショナルhttp://www.nhk.or.jp/professional/
2006.12.28
●天賞酒造(株)仙台市青葉区八幡3-1-48 〒980 →笹谷のほうへ移転電話/022-221-7666見学時間/1月~3月 午前9時~午後5時 ※予約必要駐車場/なし定休日/日曜・祝日料金/見学は無料交通/仙台駅西口バスプール15番乗り場から国見ヶ丘3丁目・南吉成1丁目行き他 龍宝寺入口下車、徒歩1分概要/ 仙台藩主伊達政宗建立国宝大崎八幡神社の御神酒酒屋として、文化元年(1804)、三代目勘兵衛が創業。当初は「鳩政宗」と称していたのを、明治38年に「天勝政宗」と改名。さらに、明治41年に大正天皇が皇太子として仙台に巡啓された際、お買い上げの栄に浴したことを記念し、「雲上嘉賞 天之美禄」より、「天賞」と改めた。天賞の酒は、厳選された酒造米を用い、敷地内に湧く湧き水(仙台三清水の1つ)を仕込み水として使用し、南部杜氏伝統の寒造りで醸造される。昭和56年には醸造用糖類を全廃、平成元年からは特定名称清酒と称される吟醸・純米・本醸造のみを販売している。毎年、どんと祭が過ぎた頃から3月くらいまで酒蔵見学を受け付けており、杜師の指示で行う一連の作業を間近で見ることができる。2月には酒造を一般開放する日があり、料理と一緒に新酒を味わうことができる。なお、天賞酒造の「天賞苑」は、第4回仙台市都市景観賞〈歴史・文化部門〉を受賞している。●勝山企業(株)酒造部仙台市青葉区上杉2-10-57 〒980電話/022-222-4451見学時間/12月~3月 ※予約必要駐車場/無料・大型車も駐車可能定休日/日曜日、祝祭日、土曜日(月2回)料金/見学は無料交通/地下鉄北四番丁下車、徒歩10分概要/ 元禄時代に創業。安政4年には仙台藩より北五番丁、上杉通り角の屋敷を拝領し、「御酒御用酒屋」として允許された。以来、仙台藩御酒御用酒屋として「勝山」の銘で酒を醸造し、安政6年には仙台東照宮の御神酒の醸造権も得た。昭和57年からは、吟醸酒・純米酒・本醸造酒に限定して醸造している。見学は、仕込みのある冬期だけだが、夏には無料で「出前利き酒会」(5~20人のグループで申し込み。20人以上の場合、1・2班に分けて行う)を行っている。 建物が、第1回仙台市都市景観賞〈歴史・文化部門〉を受賞している。●鐘崎笹かま館仙台市若林区鶴代町6-65 〒984電話/022-236-3341開館時間/午前10時~午後5時駐車場/無料 第一駐車場:乗用車20台・大型バス6台第二駐車場:大型バス10台休館日/第3月曜日入館料/無料交通/仙台駅西口バスプール4番乗り場から東部工業団地行き 卸町東五丁目北下車その他/みやげ屋として「笹かま館売店」のほか、おおば比呂志・藤城清治・井村隆の作品をもとにつくられたグッズを売っている「笹かま館」グッズコーナーがある。概要/ 「海のメルヘンミュージアム」をキャッチフレーズに、平成元年(1989)にオープンした博物館。1階には「ミニ笹かま工場」があり、製造実演を見学することができる。ボタンを押すと、きちじロボットが出来たての笹かまを取り出してくれる。2階には、特製メガネを通して3Dによる本物そっくりの海の世界を楽しめる「立体映像水族館」、藤城清治氏の影絵による「光と影のメルヘン・シアター」、「親子で作る笹かま工房」などがある。「親子で作る笹かま工房」は予約制で、料金は1組(3名まで)1,000円となっている。(火・木・土・日及び祝日の午前10時と11時に開催)。鐘崎ゆかりの芸術家・おおば比呂志司氏のギャラリーや、井村隆氏作のオブジェ「カラクリン夢飛行・樹」など、一流の芸術作品を鑑賞できるスペースもある。2階の「笹かまホール」は、休憩・昼食・会議など、いろいろな用途に使うことができる。(予約制・80席)●笹生の里仙台市青葉区大町1-2-19 〒980電話/022-222-7052営業時間/蒲鉾処:午前8時30分~午後7時懐石「裏晩翠」:午前11時~午後9時駐車場/無料・7、8台(大型バス2台駐車可能)定休日/蒲鉾処:懐石「裏晩翠」:月曜日料金/見学は無料交通/仙台駅から徒歩20分概要/ 阿部蒲鉾店直営の庭園店舗。庭園を眺めながら、ゆったりとした気分で、本場笹かまぼこの焼き立てを味わうことができる。店内には蒲鉾の製造過程を見学できる「ミニ工場」、阿部蒲鉾店の製品が豊富に揃った「蒲鉾処」、宮城県の特産品を展示・販売している「みやぎお国物産処」、東北地方の素材をつかった懐石料理が賞味できる「懐石 裏晩翠」などがある。お茶事に利用できる「離れ」もある。また、「雪まつり」(1月)、「花見御膳」(4月)、「麦酒庭園(ビアガーデン)」(7、8月)など、季節にそったイベントが催されている。なお、建物が第1回仙台市都市景観賞〈建築・都市緑化部門〉を受賞している。●阿部蒲鉾店泉工場仙台市泉区明通4-10 〒981-31電話/022-378-4801見学時間/午前9時~午後4時 ※事前予約必要駐車場/無料6、7台(大型バス2台駐車可能)定休日/年中無休 ※4月下旬~5月中旬、7月上旬~9月上旬、11月上旬~1月いっぱいは、見学できない。料金/無料交通/地下鉄泉中央駅から泉パークタウン線 泉パークタウン車庫前下車概要/ 笹蒲鉾の製造工程のうち、見学できるのは「揚げ蒲鉾」の部分。また、全体の流れは、工場内にあるビデオで見ることができる。見学時間は約40分●ニッカウヰスキー仙台工場仙台市青葉区ニッカ1 〒989-34電話/022-395-2865入場受付/午前8時40分~午後3時30分 ※事前予約必要駐車場/無料・80台(大型バス9台駐車可能)定休日/夏季休暇(8月中旬)、年末年始料金/無料交通/仙山線作並駅下車、タクシーで5分。又は仙台駅西口バスプール10番乗り場から作並温泉行き ニッカ橋下車、すぐその他/ガーデンハウス「赤レンガ」(ジンギスカン、バーベキュー等)「茶屋」(そば、うどん等)営業時間 午前11時~午後3時概要/ 北海道余市に次ぐ、ニッカ第二の原酒工場。昭和44年(1969)操業。ここで育つモルトは、ローランドタイプのソフトでまろやかな味わいが特徴。見学コースでは、伝統的なウィスキー造りの工程に加え、コンピュータ制御など最新の製造過程を順を追って見ることができる。最後の無料試飲コーナーでは、シングルモルト・ウィスキーとアップルワインが出され、子供やドライバーには、ノン・アルコールのドリンクが用意されている。おかわり自由。300坪の建物内には工場の他、物産品コーナーや資料室がある。レンガ造の工場と、周囲の自然の調和が素晴らしい。●キリンビール仙台工場仙台市宮城野区港2-2-1 〒983電話/022-259-2321入場受付/月~金 午前8時30分~12時、午後1時~午後4時 土曜日は事前確認の上、来場 ※毎日午後1時30分からは、予約なしでも見学できる「定期ブルワリーツアー」となっている。 ※予約方法:3ヶ月前~1週間までに電話予約駐車場/無料・10台(大型バス8台駐車可能)定休日/日祝日。月によって土曜休みがある。(不定期なので、事前確認必要)料金/無料交通/仙石線多賀城駅下車、タクシーで約10分。仙台駅から車で約30分概要/ 昭和58年より操業。仕込みからびん詰めまでの工程を歩きながら見学することができる。ラインが動いていない場合は、ビデオをみながら説明を聞く。約30分の見学のあと、無料試飲を楽しめる。ドライバーには、持ち帰りサービスがある。一回の受け入れ人数は、2名から220名まで
2006.12.27
●ワイン「ファシクラ」地酒とワイン 仙台の錦本店仙台市青葉区錦町一丁目2-18 定禅寺HILL-1F http://www.nishikihonten.com/錦本店お勧め飲食店のページ 敬称略・五十音順●Wine Bar R.B国分町・・YABANJINの居場所です●ワインと料理 ICO国分町・・ワイン多数と料理 姉妹店Nico●Ostinato錦 町・・錦本店から徒歩25秒 ランチも有り●Chez Gome国分町・・ブルゴーニュワイン多数と料理●Vin Sola国分町・・フレンチバーベキューとうま安ワイン●びすとろ Jioban国分町・・稲荷小路の小さな店 ワイン100種類以上●Pizza Bar Nico一番町・・石釜で焼く本格ピッツァとワイン●No Border北目町・・ヘルシー料理とリーズナブルワイン ●Le Passage国分町・・ワイン多数と旬料理 ●晴 家国分町・・ショットバー ワイン・地酒も有り●L'essentiel Bar国分町・・ショットバー ワインも有り●Russian Blue一番町・・ここもYABANJINの居場所です錦本店 姉妹店●酒の穴 鳥心錦 町・・全国の地酒多数と炭火焼き鳥●Jizake e Vino 円本 町・・東北の地酒とイタリアワイン●ラシュエット ●ナージュリヴレ・カミヤマ ●プチポワ ●ル・プティ・トゥールー●銀のてらす ●セバーノ ●miwaku ●葡萄蔵 ●ラ・カンティーナ ●kevin ●ハミングバード ●土筆 ●ウッディドロップ ●premier ●8823 ●富貴寿司 ●すけぞう ●地酒と焼酎の居酒屋 笑家●仙台リング ●東北日和 ●yahoo! ●google ●クロネコ探検隊 ●アジア館 ●エンタツ ●淡路島の蔵元『都美人』 ●水谷夫妻のページ
2006.12.27
●ランチランチというと、ふたつの楽しみ方がある。 1時間の息抜き、また、価格を安く設定してあるランチゆえ、お店のチェックができるというところである。 1時間の息抜きというと、基本的には職場の近くでということになる。しかし、ここで内勤であれば自転車を使うと行動範囲は広がる。(自転車の撤去は、12時から13時の間でもやっているので、注意:基本的には公道ではない敷地内に駐輪しているものは、管轄外となっている。第三者の所有者と公道とにまたがっている場合は、駐輪撤去の対象にあえてトラブルをさけるためにしない人もいれば、法的にもめる感じがするがかまわず駐輪撤去のシールを貼る人もいて統一されていない。) また、夜は高いところも、気にせずチェックできるというのは、味や店内の雰囲気や接客態度のほかに、夜のメニューも見せてもらって、サービス料金が入っていないか?いらないお通しがはいっていないか?価格帯やメニュー構成はどうなのかなども見ることができる。 また一方で、仙台の富裕層を狙ってかの、ランチながらも高価な店も大町や片平のほうに増えてきている。 ランチは、多くの割引の対象外になっていることが多いが、余力があるのであればチケットを検索するとまれにランチでも100円~200円引きなどのサービスを見つけることができる。 http://www.k5.dion.ne.jp/~sendai/ ●イルディステーノhttp://sendaimiyagikuidouraku.web.fc2.com/page052.htm ●「miura みうら」 西欧館の裏(南) ●「むなかた」 肴町公園の北西から北へたぶん20歩くらい歩いて、右。●「Au Cochon Blue」http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.16.9N38.15.24.8&ZM=12ここ。--------あと、昼ながらの一部バイキングをとりいれているところもおもしろい。おすすめなのが●リッチフィールドの最上階のホテルバイキング。(ホテルではレオパレスの上でもばいきんぐやってる)●カプリチョーザ サラダとか、ミニピザのようなものが食べ放題になるサービスをしている。これは食べれるよねーというのが●あたぼーら。これは石釜でやいたビザがどんどんでてくる。ブンチョウの南入り口の右側のエーラクビルの1階でもすごくバラエティなバイキングがあったけど、最近店の前でちらしをくばってないような気がする。 ●やすっ!というのでは、稲荷小路のなかの牛タンやさんが500円ランチとかをやっているし、その南がわのところでも、ラーメンがすごく安い。290円とかそういう感じだったと思う。この安いってのは、ブンチョウの飲み屋さんのなかに位置するラーメン居酒屋さんが入り口に案内を持ってお客引きをしていて、それも300円とかすごく安いラーメンをだしていたけど、この数ヶ月は見ていない。でも、安いってので、ここだよなーっていうのが行政の食堂。おもしろいのは、検察庁の1階のところ。入り口で、バッチをもらって食べるんだが、まあ、安め。でも、あんまりへんなカッコしていると、事情聴衆されにきたひとみたいに見えるから背広の方がいい。(だって、まわりは、警官の服装みたいなのが多い) で、仙台駅の東口のなんていったっけ、http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.53.13.4N38.15.28.9&ZM=12 BIVIの上のイオンヤのランチも安くておいしい。あと、同じフロアの ナマスカもナンが食べ放題。食べ放題では1Fのタイランチも安くていい。とくにグリーンカレーが好きならたらふく食べれる。でも、からめなので、ココナッツ?あの、とうめいなぷつぷつのやつなんていうんだっけ、その白いやつを足して食べると辛さが調節できる。 ●あと、ここは穴場でしょうってのがhttp://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.52.47.0N38.15.53.6&ZM=12 ここのイタリア料理。ここのオレンジジュースはおいしいぞ。 ●あとは、思い出したら、書いてみます。http://plaza.rakuten.co.jp/sendaicoaching/ http://sendaitohoku.web.fc2.com/index.htm
2006.12.27
●ラーメンラーメン ラーメン2 ●ランチ シェ・モア仙台市青葉区上杉1丁目8-17上杉21ビル●ターブル フクダ(フランス料理)予約制。ランチは3500円のコース営業時間 昼 11:30~14:00(ラストオーダー) 夜 17:00~21:30(ラストオーダー)定休日 毎週日曜日、第3月曜日住所:青葉区大手町6-16電話:022-716-6818 ●大町近辺に高いランチのお店がある。 ●1006●Le ciel(ル・シエル)ル・シエルランチ(1,050円)仙台市宮城野区榴岡5-12-55 NAViS 1F 営業時間:11:30~24:00 レストランシェフ 二日町店青葉区二日町6-26 VIPビル1F261-4570イル・デスティーノ●空風土(スカイフード)(ウエルコム21)空風土サイト●ピッツェリア・デ・ナプレ青葉区立町26-19-1F TEL022-713-2737水・木・金曜のみランチ営業 12:00-14:00 ●ブラザー軒洋食ランチ:1,000円●アメリカングリル仙台市青葉区一番町二丁目4-11(文化横丁内)●BISTRO JAJAスープバー、食後の飲み物付きで850円 ●レストラン はせくら青葉区支倉町4-27 022-267-1460 月曜休み 夜は材料がなくなり次第閉店 ●イル・ジャルディーノ ●ラ・ルチア?青葉区国分町3丁目8-9 大西ビル2階022-221-0012 ●開拓家 ●La Veranda錦が丘のヒルサイドアウトレット ●Wabito二日町http://ilcuore.exblog.jp/826091/ ○IL CUORE イルクオーレ仙台市青葉区一番町1-15-7221-617111:30~14:00、18:00~22:00水曜 (通年
2006.12.27
仙台 牛タンきすけの牛タンしゃぶしゃぶがある。これは、きすけくらいでは。利久、太助は有名だが。一隆も、おいしい。「伊達の牛タン」で限定定食 芯タンはあなどれない。http://plaza.rakuten.co.jp/tawasi/diary/200611280000/http://www.sinp.jp/tour/japan/sendai/date/date.html●旨味 太助 ●真助●利久 ●ねぎし ●たん焼き一隆●山梨●伊達の牛たん●まるたん●べこ政宗●きすけ ●仙台牛たん本舗 ●福助 ●一福 ●たかせ ●牛たんのせんだい ●佐利 ●太古福 ●雅(まさ) ●牛たんの一仙 ●おやま ●小太郎 ●味工房 ●牛たんべろや ●牛兵衛 ●味楽 ●元太 ●右門 ●牛たん無門 ●萬舌 ●味太助
2006.12.27
味わいというと、、、、飲食より、より仙台らしさにこだわったところか。
2006.12.27
http://www.city.sendai.jp/keizai/kankou/2006年5月14日 仙台国際ハーフマラソン大会2006年5月20~21日 仙台・青葉まつり2006年6月4日 とっておきの音楽祭2006年8月6~8日 仙台七夕まつり2006年8月31日、9月2・3日 仙台カップ国際ユースサッカー大会 2006年9月9~10日 定禅寺ストリートジャズフェスティバル2006年10月7~8日 みちのくYOSAKOIまつり2006年10月7~9日 仙台クラシックフェスティバル2006年12月12~31日 SENDAI光のページェント2007年1月14日 どんと祭(大崎八幡宮)その他http://www.city.sendai.jp/soumu/kouhou/schedule/
2006.12.27
ストリートイベント商店街とかモールとかhttp://www.nhk.or.jp/sendai/top/nhkevent/heartday.htmlあとはジャズフェスとかアートとか動く七夕青葉祭りなど
2006.12.27
祭 り
2006.12.27
http://plaza.rakuten.co.jp/sendailink/diary/200612100002/
2006.12.27
http://plaza.rakuten.co.jp/sendailink/diary/200612110001/埋木(うもれぎ)細工秋保工芸の里 Tel:022-398-2770 家具伊藤けやき細工店 Tel:022-245-0639 (株)島田製作所 Tel:022-227-3201 戸枝木工所 Tel:022-366-0343 宮崎家具製作所 Tel:022-376-2401 工芸家具 欅 Tel:022-271-5234 渡辺家具店 Tel:022-262-7717 こけし朝倉こけし洞 Tel:022-342-5850 有路こけし店 Tel:022-393-2405 (株)こけしのしまぬき Tel:022-223-2370 今野こけし工房 Tel:022-241-5372 平賀こけし店 Tel:022-395-2523 我妻こけし製作所 Tel:022-398-2327 たかはしはしめ工房(創作こけし) Tel:022-222-8606 漆器くり工房 Tel:022-272-5705 漆工(有)長谷部漆工 Tel:022-302-1505 広谷漆工店 Tel:022-271-1035 仙台箪笥欅産業(株) Tel:022-356-6151 仙台箪笥の熊野洞 Tel:022-398-2661 (有)シープ木地呂や Tel:022-303-3055 (株)門間箪笥店 Tel:022-222-7083 (資)渡辺家具店 Tel:022-262-7717 仙台堆朱(有)仙台堆朱製作所 Tel:022-257-0446 仙台張子佐藤だるま店(松川だるま) Tel:022-234-1089 本郷だるま屋(松川だるま) Tel:022-233-5658 仙台平(資)本場仙台平工場 Tel:022-246-3141 染物(有)青山染工場 Tel:022-232-3505 (株)名取屋染工場 Tel:022-392-2490 (株)ほまれや Tel:022-221-6411 染色グループ浅葱会< /a> Tel:0223-22-4376 玉虫塗(有)東北工芸製作所 Tel:022-222-5401 堤人形・堤焼堤人形製造所 Tel:022-275-1133 つつみのおひなっこや Tel:022-233-6409 陶器安養寺窯 Tel:022-233-1007 台ヶ森焼 (七ツ森陶芸体験館) Tel:022-346-2377 (株)堤焼乾馬窯 Tel:022-372-3639 陶房熊野山窯 Tel:022-379-3571 萩筆(有)松泉堂(仙台御筆) Tel:022-293-2759 和紙工芸(株)鳴海屋紙店(七夕) Tel:022-235-2121 和紙人形・愛仙(人形) Tel:022-295-0349 その他工芸品秋保工芸の里 Tel:022-398-2770 あっぷる舎(絵画) Tel:022-392-7059 (株)大橋堂(手づくり万年筆) Tel:022-266-2332 工房オークラ(工芸雑貨) Tel:022-393-2481 (株)昭和紙工(パッケージ) Tel:022-232-1251 スズキデザイン(オリジナル正座折イス) Tel:022-228-7022 瀬川製作所(焼印) Tel:022-229-2911 伊達之連(伊達之都商品) Tel:022-216-3850 NTF日本手づくりネクタイ普及協会(手づくりネクタイ) Tel:022-271-0602 板画照井(板画) Tel:022-225-0964 表装工芸精美堂(表装) Tel:022-222-4452 HIROガラス工房(ガラス細工) Tel:022-294-9066 むかでや(はきもの・祭用品) Tel:022-223-2063 八重樫仙台タンス金具工房(仙台箪笥金具打ち) Tel:022-289-2491 (株)吉田竹材工業所(炭製品) Tel:022-0224-25-2083< /li>
2006.12.27

観光http://www.stcb.or.jp/財団法人 仙台観光コンベンション協会せんだい旅日和は、魅力満載の観光情報サイトです。仙台の観光情報。http://www.sentabi.jp/mp0000v.php
2006.12.27
http://www.sendaicity.ne.jp/livecamera.htmlhttp://www.tohoku.ns-sol.co.jp/#
2006.12.27
http://navi-s.com/yokochyo/masaoka.htmlhttp://navi-s.com/yokochyo/index.html懐かしい仙台の「横丁」。[仙台駅前編] ├仙台朝市└仙台銀座::::::::::::::::::::::: [中央通り編]├ジャンジャン横丁├名掛丁センター街├政岡通り└谷風通り::::::::::::::::::::::: [一番町編] ├文化横丁├壱弐参横丁├東一横丁├東一センター街├稲荷小路└虎屋横丁::::::::::::::::::::::: [その他]├本町二丁目界隈├仙台浅草└長町二番街
2006.12.27
■その他■ 阿部次郎「三太郎の日記」を書いた人の碑があります。 5月の青葉祭りの前の日にこの広場で仙台薪能というのをやっています。
2006.12.27
■魯迅 の石碑■ 近代になってからの魯迅の石碑です。昭和39年に市民の手で立てられた魯迅の碑です。日中友好だとかそういうことが言われる前にこのようなものを作って、このように仙台が結び付き友好を大切にしているということで、最近国際センターそのほか中国からの留学の人もとても多いんですけど、こういう架け橋があります。 片平に下宿先があって、医学部で学んでいるときに革命に根ざしたというそういう立場の人です。非常にたばこが好きだったということでこういうレリーフになっています。中国から来ると必ずここに花束を供えるということですから建国の父のような魯迅を日本で大切にしてくれるというのをむこうでも非常にありがたく思っているようです。
2006.12.27
■支倉常長 レリーフ■ 「支倉常長はローマに行きましたが、帰国したら鎖国になってキリシタン弾圧の時代になっていた。」 支倉常長がバチカンに行ってローマ法王に謁見したときのことをレリーフにしたものです。この絵そのものは支倉常長が行っているとき当時ヨーロッパで印刷されて、本の挿絵になっているものなんですけど、日本人としてセビリアを初めて訪れたのが支倉常長一行なんですね。その一行が2年がかりでヨーロッパに渡って、さらに、2年間かけてなんとか政宗が使いの目的にしたものを、メキシコと貿易をさせてくれということと、仙台領内に教会を立てたいので宣教師を派遣してくれというそういう外交を展開するわけなんです。ですけれども、キリシタンの弾圧だとか鎖国ということで挫折してしまう。これは、目的が達せなかったものですから今までの評価では30年前に行った九州の少年使節のほうが非常にはなやかだったものですから高い評価があったんですけど、最近、歴史学がとくにローマ側の研究が進んで、むしろ支倉常長たちのほうが「大の大人が明確な意志を持って、その時点時点でたくみな外交を展開し対処しながら行ったということで再評価しようということでヨーロッパのほうから出てきています。
2006.12.27
かやのもり■わき水 の■ところここは清水門という門が建っていて仙台城内の名水としてみんなで楽しんで飲んでいたものですが、今は保健所の命令でエロモナス菌が出るという立て札が条例で一応立てられています。ここに「かやのもり」という酒屋が政宗の時代にわざわざ京都からきて仙台ではじめての酒の生産を始めて、政宗が愛用したということです。ですから、酒造組合で仙台の酒屋の発祥の地ということで石碑をたててます。そのあとに、「おおはし茶屋」の上の方に2ヶ所ほど酒屋ができて仙台城下町の酒屋はその3ヶ所でまかなっていたということになります。あとになって、つぶれてしまったようですね。明治以降は無くなってしまいました。■かやのもりの碑■ 「ぶどう酒」とあります。ぶどう酒は途中報告と言うことでシニョロという宣教師が仙台に来るんですがそのときぶどう酒を持ってきて政宗にふるまったという記録があります。 支倉常長が一緒に出かけていくセバスチャンビスカイノというスペインの大使が来ましたときに、彼らが「我らの流儀で肉をやいて食べさせた」とありますので、そうすると、ステーキ(肉はおそらく鹿)を政宗は、このお城で食べたということで日本ではごく最初のものだろうということになります。 仙台藩で一番最初に牛肉を食べたということになりますと、政宗以降になります。 ビスカイノはたとえばロンドン製の最上級のビロードを一巻進上していて、今黒いビロードのじんばおりがありますので、おそらくそうして手にはいったものを政宗が愛用していたということがわかります。ですから、はるばる海に渡ってきたものがあります。今は支倉常長が「行った」ことばかりとりあげられていますけれど、それに呼応して導入して取り入れた文化がたくさんあります。ぶどう酒のこともありますし、造船とか鉄砲を作るとか大砲を打ってみるとかそういった内容が、この事業は失敗するんですけど、広がりを持った事業であるということがわかると思います。 ここから登ると天守台に登るところの途中のところに出ます。ここの石垣は野積みの石垣と言って正面ほど立派じゃないんですけど、昔からあるものです。
2006.12.27
■政宗 の銅像■ これは、政宗の銅像の一部です。天守台にあるやつは馬にちゃんと乗っていますけど、これはその前の戦前に昭和10年に青年団が作ったやつで、昭和20年近くなってきて戦争が激しくなったときに供出をされて、その腹から下は馬も溶かされて砲弾かなにかになってしまったもので、政宗公も御出陣ということになったんですけれど、藩祖公といえど免れなかったということです。この上だけの部分がたまたま塩釜の漁港にゴロンと転がっていたのを仙台の人が買い戻して青葉神社に納めていた物です。ですから、初代の政宗の銅像になります。 天守台のは高くてよく見えませんが、ここからみると、風貌がよくわかります。 これは普通の銅像のように中は空洞になっています。政宗の騎馬像に似た、皇居前の楠正重の騎馬像はなかまでびっしりと銅の像ですね。
2006.12.27
■林子平 のレリーフの銅像■ 亡くなって200年目の林子平のレリーフの銅像です。昔は子平町っていう名前はなくて、はんこ町の一部にあったんですが、日本の三奇人と呼ばれた人です。 つまり、江戸時代の中で早く開国をして海の備えをちゃんとやるべきだって主張した人です。
2006.12.27
■本丸■博物館の広場で 本丸なんですけれど、この平らなあたりが三の丸というところです。その昔は、本丸、二の丸ができてそのあと三の丸というんですけど、本丸だけの政宗の時代にはここには池があって茶室のようなのがあって上が政治をやったり軍事的なことを行う場所に対して、ここは風流の場所であったそんな考え方がされています。 たとえば、金で作ったキセルなんかがでてきたり、茶道具のための古い水差しとかですね、古い茶碗などがこの博物館を新しく建てるときに発掘したんですけど、そこから風流や芸能のためのものがたくさん出てきています。 馬の骨なんかもたくさんでてきたんですけど、それは後の時代に馬小屋があったり、倉庫があったりした時代のなごりだと思いますけれど。 仙台城内での芸能的なことも結構行われて、お正月の行事の中にたくさんあります。たとえば、「七草連歌」というのがあって、和歌をみんなで連ねていくのとか、能楽堂がお城の中にあって大広間から障子を開ければそこでお能楽が行われるとか。 伊達政宗も能には長じていて、政宗が太鼓をたたく、たまのすけが舞を舞って、こじゅうろうが謡曲をうたったという記録もあります。 あとは、獅子踊りなんかもやったり、お茶なんかも、雪が溶けたときには戦国時代ですから暴れ回っているんですが、米沢という土地(本拠地)は雪がふりつもって、その中でお茶をやってました。だから、猛々しいだけでなくて、精神的な教養・文化的な教養ももったというのが伊達政宗たちであったと考えられます。 そういう教養的な文化的なところが三の丸でした。
2006.12.27
■大坂■ 前は紺地に金の日の丸のデザインでしたけど、その旗を作って朝鮮に攻めいったということで、侵略の印ということで国際交流センターにはぐあい悪いんでないかということでに九曜になっています。九曜だって、源頼朝が奥州征伐のときに使ったもんだから、へんなんですが。
2006.12.27
■サンエス 前 ■ 碑に書いてありますが、三沢初子という伊達騒動のときの政岡のモデルになった人の弟が新しく家をおこして重臣になった三沢家の屋敷跡です。 ここから下が重臣の屋敷があって、がけを降りたとこには職人あるいは御小人(おこびと)衆というのが住んでいたところです。 西公園側に伊達式部だとか伊達安芸(あき)だとかの屋敷ががけぞいに道路があって川の方をむかって建っていました。重臣たちの屋敷でしたから、政宗みずから「大名小路」と呼んでいました。(片平丁参照)
2006.12.27
■ 藤 坂 で ■ ここが、仙台七坂のうちの藤坂です。他の坂は「大坂、扇坂、新坂、石名坂、元貞坂、茂一ヶ坂」です。 こうして、藤棚がある、これはあとのものですが。ここに神社があって、珍しくて知る人が少ないんですけれど七夕の織姫を祀った神社です。この先の評定河原球場のあるあたりに昔は仙台平という織物の工場がありましてその中に祀られたものなんですが、仙台平が衰えて今は一つだけになってしまいましたけど、移転する際に神社だけが残ってここで織り姫の神社として祀られました。仙台平自体はその前は西公園のプールのあるあたりとかで「小松やえもん」っていうのが江戸時代の中ごろに技術を導入して仙台の特産品として育て上げたものです。ユニークな神社です。 この近辺で「塩瀬饅頭」というのが40年くらい前まであったんですが、もともとは江戸時代のなかごろに「明石屋(あかしや)」というお菓子職人が江戸にいって、秘伝なんですが岩出山の酒(さか)饅頭とならんで、こちらはふくらかしこを使って、その甘さが2年間も持つというので評判だったんです。もともとは伊達騒動の亀千代が1663年に第4代の殿様綱村になった翌年に、「ご内意」で江戸の日本橋御用菓子司の塩瀬なにがしに参って、塩瀬饅頭の作り方を伝授されてくるんですね。 それが秘伝で、なんなのかはあんまり残っていないようなんですが、どうやら柿の甘さを秘伝として使ったんではないかということなんです。 仙台藩はこれに厚い保護をして、特権階級に限定すんですが、仙台を代表する名物として江戸城にも送られましたし、あとは、京都のお公家さんにも送ったというその「塩瀬饅頭」がつくられたのがここです。 それまで仙台にはれっきとした菓子屋はなかったので、仙台の菓子屋のはじまりでもあるわけです。 最初、秘伝を覚えて来るというときには血判書を自分の血で書いて「藩主にしかさしあげません」という手にいれたということですが、そのあとにはだんだん広がっていって、仙台を代表する饅頭屋さんということになりました。 味噌とか醤油も今仙台二高のあるあたりに「御塩噌蔵(ごえんそぐら)」というのがありまして、塩と味噌をたくわえておく場所がありまして、とくに醤油は江戸時代の半ばぐらいまでに始まっているようですが、味噌は朝鮮にわたったとき政宗の率いる伊達衆が使った味噌が、他の藩がもってきた味噌はすぐにだめになったんですけど、非常に長持ちして味がよかったと江戸後半の記録しかないんですけど、そういったところから有名になった仙台味噌がこの職人町の一角で作られたり穀町とか広がって行きますけど、お城自体の「ごえんそぐら」川内大工町近辺にあったものです。
2006.12.27
■松の井屋敷の門跡の前で■ 近年取り壊されましたが松の井屋敷の門がここに建っていました。松の井屋敷は幕末のとき明治維新に対していろんな会談をやったところです。 仙台藩がどちらにつくかとか、密議謀議をやったところです。屋敷があったんですが、今はマンションになってしまっています。 この後ろに馬上蛎崎神社といって「ゴトー」 という馬を祀ったところがあります。
2006.12.27
■片平町 小学校前■ 片平町小学校、これは仙台ではごく初期の一番目二番目くらいの学校で、そのまえには「りんけいどう」という寺小屋みたいなみんなで学ぶ塾があって、それが母体になって小学校になったものです。今でも、「おかせんじん」という人が書いた額がこの片平町小学校に残っています。片平というのは片方が「平」=がけであるということです。 このそばには魯迅が住んでいて魯迅故居というところもあり、文化・学問の香りのする地域になっています。
2006.12.27
■裁判所前で■ 裁判所がもとは赤煉瓦で立て直したんですが、これがよく言われるのは、原田甲斐の屋敷跡だったんで、伊達騒動寛文事件のときには反逆人だということで、そこの地面も3尺土まで掘り下げて全部とっぱらってしまったという事件のあったところです。 長男も次男もざんざいにあった。いろいろ芝居になっていろんな解釈があるわけですが、歴史的にみるとどうも伊達騒動まではわりに仙台人っていうのは自分の意志で行動できたんですけども、それ以降はまとまりがよくなってしまって一つの檻の中に入ったような封建制度の中で四苦八苦するようになったようです。その分岐点にあるような建物であったといってもいいのかもしれません。だいたい1650年くらいまでは、非常に自由な時代っていうか、本来の伊達な身振り伊達な格好伊達な行動ってことは自分の意志で行動したということなんですが。その伊達さというのが我々がもっと思い起こすべきことかも知れません。
2006.12.27
■評定河原橋で■ 旧暦の5月の25日に政宗は亡くなるんですが、その前に江戸に出かける政宗が、経ケ峰のほととぎすの声を聴きながら「ここの場所が一番いいから」自分の墓地にしてくれと決めた上で出かけて行った。そのおたまやのある町です。その前に染師町という染めをする職人が住んでいたところなんですが、あとでそのおたまやができるので移転していまの染師町のほうに移っています。 ですから、青葉山と並んで、ここから行くと愛宕山まで続いて行くんですが、さらに大年寺山という丘から仙台を見おろせるという場所になっています。 評定河原橋はもともとはなくて、かちで歩いた所です。この長町にいく広瀬橋なんかも江戸時代の後半になってやっとできるようなとこで、川自体が守り、戦に関わるということがその当時から考えられていることで、めったには橋は作れませんでした。
2006.12.27
■■■■■■■■■■■■琵琶首新丁■■■■■■■■■■■■評定所、今で言えば検察庁のような所がありました。その評定所は、明治以降早川牧場になりました。その西の道は元禄以前に延長されて花壇に至りました。その道と川前を結ぶために元禄7年10数軒の屋敷の並ぶ琵琶首新丁が開かれました。幕末にはお城と御作事方に出仕の人が住みました。
2006.12.27
■■■■■■■■■■■■花壇川前丁(かだんかわまえちょう)■■■■■■■■■■■■広瀬川の渓流の前の町です。開府当時橋をかけて政宗は花壇を訪れました。橋が流れた後は川に面した花壇川前を通りました。その後、寛文のころは政宗に殉死した石田氏の子孫や里見重勝なども住みました。花壇もその跡にできた堂形も流された幕末には川前は御小人が住みました。戦後、土井晩翠も数年疎開していました。
2006.12.27
■■■■■■■■■■■■琵琶首丁■■■■■■■■■■■■ 琵琶の形に広瀬川が流れ、その広瀬川に三方を囲まれた地形からそう呼びます。現在「花壇」とよぶ地域と重なりますが、正確には琵琶首丁は首のところ、つまり北側のことを示します。片平丁から段丘下に下る所が藤ヶ崎です。 琵琶首丁はこの段丘の下を弓なりに大橋の東渡り口まで至ります。昔は御小人と職人の町でした。町の南に藩の花壇がありました。花壇には薬草の薬倉もありました。 もうすこし先の評定河原は犯罪だとか処刑だとか血生臭いところなんですが、ここはたいへん平和な自然をめでるための場所だったようです。 この対岸には、チョウゲンボウ(はやぶさの一種)・ヤマセミとかが住んでいます。左手に行くと天竜閣があって、たぬきが出ることでも有名ですけど、ここから先が政宗公のおたまやのある経が峰になります。わりとうっそうとしたところです。 この一帯は戦前は昭和11年から、動物園があったところです。戦後一時期三居沢に、そのあと八木山に移るんですが、戦災が厳しくなるまで動物園があったんですけれど、昭和20年の3月くらいにどうも危ないと言うことで動物達を殺してしまったいろんな物語にもなるところです。 戦前は昔はシャケが登っていて、堰をつくってみんなが取ったというところです。あゆなんかもいやになるほど取れたというところです。 向い(西の方)では苗を育てるために仙台市の公園課が使っています。
2006.12.27
■銭形不動■(川前不動) けっこう御利益があるというお不動さんで、左側のお不動さんが普通のお不動さんと違うものですから、西洋流で、キリストをまねたんでないかと、あとの話ですが、キリシタンを守っているんだとかいわれてます。 この銭形不動は、政宗が仙台藩のお金である仙台通宝を鋳造するときに現われて、その型を教えたという言い伝えがあります。ですから、銭形不動といいます。 夏、熱くなると3mほどの白い大蛇が住んでいて、それを見るといいことがあると言われています。生け垣に住んでいて、十年来巣くっています。(浅野のおばあちゃんの言うには1mくらいなもの) このお不動さんと藤坂の織り姫の神社とがここの地域の守神様になっています。■涼しい木陰の台■ 鳥の声。馬に乗った政宗が見えます。10年前には、ふくろうが住んでいて、NHKの全国中継したようなところです。 その先の展望台からは景色がよくて、花火は川の面に映る花火が絶景の所です。 六角の家はすてきですね。画家の仕事部屋ってかんじもします。前に東北大学の先生が住んでいたところらしいです。戦前からある建物です。■花壇 ■ ■ ■竜の口が見えてきます。ここらへんが「花壇」というところで、ここに花畑がありました。政宗の時代には屋根付きの花壇橋というのをつくりました(お不動さんのもうすこし先に)。花壇橋は一回流されてしまうとなかなか修復されないで政宗以降はそのまま架けられませんでした。 花壇の一角に薬倉があり、だから、薬草園みたいなのもあったようです。その薬倉の隣に「しみずどうかん」という仙台藩の茶道の師匠の家がありまして住んでいました。 さらに、栗林があってやっぱりその実くだものを食べるというのが楽しみとして政宗にもこの地をめでたところです。 ここは、仙台城に頻繁に勤務しなければならなかった「組士」がこの花壇、琵琶首(琵琶の首みたいになっているから)に住んでいました。
2006.12.27
この近辺には、庚申の石碑、あずま家を持っている家、南欧のように花を飾った家があります。 向かいに広がる追廻住宅はもともとは野原で戦後の焼け跡の時期にかってにバラックを建て始めたと言われているところですが、最近は新築の家も出てきて、また、銭湯があったのですがなくなってしまいました。戦後を思いだして、粋な重役が「おおはし茶屋」のおこあをおべんとうに食べたところです。
2006.12.27
その先■ 切り立ったがけのところが、展望台のところになります。 あと、「ゴトー」(正式名:五島、他に「ゴトハカ」とも呼んだ)という馬が、政宗の愛馬が政宗が亡くなった日に自分も殉死したという、あるいは老齢になって政宗のおともができなくなったから飛び降りたんだという2つの説がありますが、あそこから飛び降りて「ゴトー」という愛馬が死んでしまった。そこの下に神社がつくられたんですが、その馬の神さまっていうのがジフテリアの神様だっていうのでそれが良寛院公園の所に移されています。飛び降りればたいてい馬でもだめでしょう。古い地図には「人馬かなわず」と書いてあります。人も馬も登ることはできないし、落ちてしまえば死んでしまうという場所です。
2006.12.27
■川ぞいで■ 非常に清流で全国的にも鮎の釣れる川として有名なんですが、かつては鱒淵.賢淵など淵のあるところは水泳の場所でした。この川はよく言われるのは、お城を攻められた際に大橋を切り取ってしまって、上流の堰で水をためておいてで、攻め込まれようとした場合にはその堰を切って大水を流そうという内容を抱えた川です。 橋の脇からちょっと坂になって斜めに降りている場所がありますけれど、これは舟を登らせてくるところです。
2006.12.27
■大橋前■■ ■ この橋は昭和13年にコンクリート製として建てたものです。その前は明治25年になって鉄橋で作った橋が有名です。 そのあとは第二師団なんかはこの橋を使ったわけなんですけれど、その前が慶長5年に始まりました城作りの最初の事業としてこの川を渡らないことには普請とか建築ができませんから、いろんな思いを込めて作られた橋です。 その橋の欄干の所に銅製のぎぼしがあって、そこに「こさいそうえつ」という政宗の養育・教育係、成人になると文化担当のブレーンになる人が詠んだ「かすいせんねん」仙台は永遠に栄えるんだという文章を彫り込んで橋の出発点の所につくりました。 これはなんどか流されて、かけかえられるんですけれど、長町の方の土の中から一つ戦前に発見されて、その文がありました。(斉藤報恩会蔵になっている) つまり、仙台城を政宗が作ったときには、京都(長安城と洛陽城をまねて作った)に行くことを上洛といいますけれど、「東の国の洛陽(中国のぶんおうが作った)をここにつくるんだ」ということだったようです。 これは 「みちのくの国王」という意識が支倉常長がヨーロッパに持って行った手紙を見ても出ているのですが、東北を自立した世界として独立の意識を持ってこのお城を作って行ったようです。
2006.12.27
■殉教の碑■ここのガリバリオ神父以下キリシタンの殉教の碑というのがあります。政宗の時代も後半に入って来ると、日本国全体がキリシタンの禁教し弾圧しあるいは鎖国ということにむかっていって、仙台藩自身は支倉常長を欧州に派遣しといいうことをやってはいるんですけれど、次第に全国的ななりゆき(趨勢)に押されてこういう殉教してくる人が次から次と出て来るという。この神父達が(イエズス会系統だったと思いますけれど)殉教するのはちょうど支倉常長が帰ってきてこれも説がいろいろあるんですけれども、2年後に亡くなったと。で、その支倉常長が亡くなった次の年にこの殉教がまず行われた。 で、仙台藩の中では殉教の一番最初になります。それまでは、どういうわけか、支倉常長を送ったということもありますし、支倉常長を送った目的の中に西洋と手を結んでなんか新しいことをやりたい、天下を狙いたいっていうかいろんな内容が隠されているとは思うんですけれど、そのことが挫折をして、で、生き証人の本人がそれでも生きている間は、偶然なのかもしれませんけれど、亡くなった1年後にこの広瀬川で、旧暦の1月一番の厳寒のときに、今でも寒い時期にここを通ると氷が張ったりしますけれど、その氷の張っているところを、氷を割ってなんどもつけてですね。 これは殺そうっていうんではなくて、棄教させるという、キリスト教をやっぱり仏教に変えてくれというものだったようです。昔は人間の人材というのは重要ということがありまして、そう簡単には殺すわけにはいかないんですね。 自分達の力にしたいということもありますんで、そういうまどろっこい処刑を執行するんですが、キリシタンのほうでは教えを捨てないということでお互いのせめぎあいがあって、結果として非常に残酷なことになるんですが、その処刑の仕方の一つとしての氷つけの刑。あとは、よく火あぶりになって、とろ火で焼いてという記録、あるいはさかさ吊りにしてなんていう記録がよくあるんですがこれも、その今我々が考えるとなんて残酷なことをしたのかと言うんですが、当時の役人あるいは藩が、当時の記録を読みますと、火あぶりにしていっぺんにばーっと燃やしてしまうと、改心をしたというか(藩側から見てですが)ひきもどそうという時間がないんだということなんですね。 そこで、じわじわ焼いてそこでキリシタンの教えを捨てて元の所に戻ってくれればたいへんありがたいというかそういう意志が強くあったようです。 この殉教の後ですね、ヨーロッパでは日本殉教の成果?という殉教のことを書いた本がでるんですけれど、ここに東北の殉教の代表例として出ている。それが、この神父達とキリシタン5名の亡くなった事件です。そういうことも、この大橋を基準にしてこの下のキリシタン評定所、今で言えば検察庁のような所が評定河原にできまして、あとになって、地名になりました。 この処刑したさいにキリシタンというのはいつでもまた生き返るということで、五体をばらばらに切り刻んで川に流したと、それをキリシタン達が米ヶ袋の先あたりで拾い集めてもとの体に戻して弔ったという記録もあります。 飽くまで、仙台の藩側が残酷なことをとりおこなっているっていうんではなくて、やっぱりこちら側の文化、日本側の仙台側の仏教を中心にした文化と、これから新しく入ろうとしてくる西洋のキリスト教という文化の2つの激突というのはあるいは政治的な意味もあっての悲劇なんで、あんまり単なる処刑・殉教だけではとらえられない深い意味があるんじゃないかと思います。 遠藤周作が書いているんですが、九州であとになって隠れキリシタンがけっこうたくさん残ったのはその地域全体が全部みんなキリシタンになったもんだから、それを処刑してしまうと生産をするための力が無くなったんで、これは地域全体を黙認をしたんだというそういう傾向があちらは強いわけです。 ところが、こちらは、それほど多くの人が信仰をしなかったものですから、結果的に抹殺することになったけれど。お互い人間は貴い・重要なんだというせめぎあいだったと考えていいんではないかと思います。
2006.12.27
■本丸の図面前■ 長沼の用水の水は追廻(おいまわし)の裏っかわを通って広瀬川に流れこむってことです。この場所は元々は、博物館が新しくなるっていうんで造ったエントランスで、本来はそこにたててある 馬を軍馬、とくに馬のための家畜忠魂碑というのが建てられていた場所です。 この裏かわが、馬屋があったり馬場があったりその三の丸の所は城から馬に乗って出かけるっ際にまず準備の運動をやったというそういったところがあるもんですから、そういったことがあって、満州事変に参加して死んで行った馬達を慰める碑とかが、(奥のはちょっと違うんですけれど)それぞれが建っている場所です。 「仙台城はどうして天守閣がないんですか」ってよく聞かれるんですが、この奥、竜の口のほうへ行きますとよく分かります。下からみると92、3mあって、あえて高い建物はいらない。そこで「おかけづくり」という展望台のような、清水寺の清水の舞台のようなものがあったんで、そこから眺められたし、もう一つは大広間聚落第の建築ですね、大広間の建築が流行していた時期なんで、その流行をとりいれて政宗がやったと。仙台城が山城だっていうのはこれから広瀬川の向い側から見ると、わかってくるかと思います。 隅櫓のあるわきが大手門です。今はまっすぐ入っていますけれど、昔は右手に折れて鍵型に入っていました。あそこに番所があって、ちゃんと見張りの者がいて入るものをちゃんとチェックしていた。そこから、左手に登って行って天守台に上がって行くわけですね。天守台の左手の角がちょうど丑寅の角ということになりますが、登って行きますとちょうど鳥居のあるところが入口になっています。 このように青葉が繁れる土地ということで、昔から仙人も住んでいるんだということであがめられていた場所でもあります。「千体仏」千個の仏を祀ることがあるんですけれど、その仏を作ったという伝説のあるのが慈覚大師という天台宗の高僧で、そこから「せんたい」「せんだい」それから「仙台」というのに変わったと言われています。
2006.12.27
五色沼前 この大手門の前の図面では(1950年代の図面)堀になっていますけれど朝から夕方まで五色(ごしき)色に変わるということです。あるいは、小判がうまってんでねぇかっていろいろ言われるところです。欲しい人は潜ってくれていいんですけど。 要するに自然のうつろいで微妙に変化するということで、たいへん美しい沼なんだっていうことです。 それから、この沼の後ろ側に行くと、長沼というのがあります。 長い沼でこれ、長堀になっていますけれど、そもそもは、本丸がそこにあって、これは本丸を守るための堀なんですよね。で、二の丸ができてしまうと正面が後ろになりますけれど、ここの出来たときにはあちらの本丸を防御しようという立場でいますので、まず大手門だけはこっちむきですけれども、あとは、全部本丸を防御するような形になっています。 今、鯉をはなったりしています。 大手門を造るということで、じゃあその代わりの道路をどうしようかということで話がありまして。これは20年前考えられたことなんですけれど、昭和41年の計画道路というのがそのときは景観なんかを考えないで八木山から入ったトンネルがちょうど隅櫓の下あたりにでっかい穴をあけてここに道路が出てくるというそういう計画がつくられて市議会もそれを承認したという経緯があるんです。それは、現代の行政側でそれはあまりにも非常識なことだというんで撤回いたしましたけれど、やっぱりそのときどきの人間が気を付けておかないとそういうことも周辺的なあるいは将来的なことも考えないでやみくもに道路を造ってしまうということもあります。 戦後は進駐軍がいまして、そのころは日本軍が使った第二師団というのがありました。これがほとんど使われてました。第二師団が入ったときから進駐軍のときまで、今はどうどうと正面を通って入っていきますけれど、その後ろのほうから天守台に登られて本来は軍事的な意味あいが強いお城ですけれど、また時代によってそういう変遷があるんだということですね。建物はほとんど壊れてしまいましたのでそういったことを覚えているのはこういった沼だとかこの自然の環境ではないかということです。 この土手などは政宗の時代から造られていたんですけれど、樹木自体はどの程度年齢があるかそれぞれが異なっていますが、仙台城の大手門の前でそれぞれこれから町中へ出ていこうという一番の起点になったところです。
2006.12.27
青葉城(祉)周辺を歩いてみます。ここでは青葉城周辺を郷土史的な見方を含めて歩いてみます。大手門 まず歴史的なこと言いますと西暦のちょうど1600年の12月25日に、政宗以下伊達衆が仙台城を造ろうということで、ま、この地に拠点を構えて、始めたところなんです。 ちょうど、右手の前方のほうにもともとは大手門があったということです。これが、現在大手門自体は当初造られたものなのか、あるいは、秀吉から与えられた備前名古屋熊本の名古屋城の、(文録の役で朝鮮に出兵する際に使われたお城ですけれども)、そこの大手門をもらったという伝承が強かったんですけど、最近の調査では本丸に入るところの門とまったくおんなじ造りだということがわかって、あるいはこれはまったく仙台藩自身が造ったんではないかというところで関心を呼んでいるところです。さらに、これ大手門を復元させようということでいろいろ商工会議所とかそのほかいろいろ動いているんですが、ご承知のようにこんな車が通るんで、歴史的な環境を復元してもなかなか生かすことができない。で、当初通りの大手門を造ってしまうと、車が通れないんだということで、今ちょっと困ってます。第二の案として出てきたのが、青葉城の伊達政宗の像がありますね、あの角「丑寅の櫓」というのがあるんです。あそこですと3層の櫓が建っていて、普通のお城に比べてみれば、だいたい普通のお城が天守閣ぐらいの高さがあったんで、新幹線からも見えるし、町の中からほとんど見えるだろうというので、それ「丑寅の櫓」に変えようという動きが強くなっています。で、ちょうどそれをやれば、石垣が崩れそうだっていうところもいっきに直さざるをえないものですから、そういう動きのあるところです。 ★ 大手門 戦災で焼けた。大手門跡の北に、 大手門があったころのレリーフがあります。 当時は大手門まえでポーズして写真を撮るのがおおはやりでした。
2006.12.27
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2006.12.27

Sendai's Xmas Eve02:13 The last Eve in Sendai Tags: Sendai Japan Eve ChristmasAdded: 9 months ago in Category: People
2006.12.27
http://micos-sa.jwa.or.jp/tohoku/sendaishi_romen/
2006.12.26

より DVDをパソコンモニターで早送りにして再生したものをデジカメの動画で撮影しております。動画コンテンツや写真についての問い合わせは東北カラーエージェンシーのほうへhttp://www.tcanet.co.jp/index.html1 2 3 4 5 6 7 8 次へ> http://www.youtube.com/watch?v=1NuS0M1j2SI 七夕 芭蕉の辻 日米野球 大手門 瑞宝殿? 八木山 中央通り軍行進 飛行機 (愛国) 躑躅ケ岡 汽車 仙台駅 軍 軍艦 ------http://www.youtube.com/watch?v=Ay2DaYssW4I軍艦/仙台駅/仮装行列(名掛丁)/犬/X橋/仙台駅/青葉祭り/花電車/海岸の光景最新メンテナンス情報←【クリック】仙台なつかしクラブ├ 回想法で脳体操(初級編)├ 仙台駅/仙台時空回遊【ENTER】├ 北仙台駅/仙台時空回遊【ENTER】├ 芭蕉の辻/仙台時空回遊【ENTER】├ 仙台最古の動画【ENTER】MAIN HOME「仙台の達人」へは↓←クリック
2006.12.25

仙台最古の立体写真【クリックで拡大】
2006.12.25
仙台 歴史
2006.12.25
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