戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年01月21日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
天海の石碑から道なりに進むと、東塔の入口がある↓。


叡山1・東塔1


ここで拝観料を払って、いざ叡山の中心部、東塔へ。
観光のメインエリアには各所に案内図も置いてある↓。


叡山1・東塔3


ただね、こーゆーとこって道がすごくわかりにくいんだよね
わたくしはのっけから位置関係を把握するのに時間がかかった。
とりあえずメシが待っているので、延暦寺会館を目指す。

歩き始めると、延暦寺のロゴ入りの消防車があった↓。


叡山1・東塔6


おお~、山上に消防車を常備しとるのか!
いざという時、歴史的建造物を守るために日夜待機しとるのだな。

さて、わかりにくいながらも主要な堂宇をスルーして辿り着いたのがこちら↓。


叡山1・東塔7・延暦寺会館


これが延暦寺会館。
ここは宿坊も兼ねていて、泊まることができます。
ここに泊まれればベストでしたが、冬季は宿泊はやっていないので
仕方なくランチだけ予約したとゆー訳です。

受付で名前を言うと、2Fのレストランに上がるように言われた。
内部はかなり綺麗な作りで、部屋に入るとわたくしの昼ごはんの準備ができていた。


叡山1・比叡御膳





叡山1・東塔8・延暦寺会館から


確か「ゆばどんぶり」みたいなメニューがあって、
ゆば好きなわたくしはそれにしたかったんだけど、
オフシーズンのためかメニューが限られていて、「比叡御膳」なるものを頼んだ。
もちろん精進料理です。


お姉さんに「お飲み物は」と聞かれたのでコーヒーがあるか聞いたら、
それは1Fの喫茶室に行かないとダメらしい。
でオレンジジュースを頼んだら、出てきたのは昔なつかしい
小ビンのリボンシトロンだった

うっわ~、これってまだ現役だったんだ。
こんなの何年も飲んでないぞ・・・
今どきこれが活躍するのって、法事ぐらいじゃ・・・

て、ここで今や叡山も霊園経営に乗り出してることを思い出した。
そっか、延暦寺会館では法事の後のお食事会なんかもやってるのかもしれないな・・・

思いがけないリボンシトロンの登場に動揺したけど、
食事は美味しかったッス。
人も少なくて静かだったしね。
あ~、ここ泊まりたかったなあ・・・

1Fには売店がある。
あまり荷物が増えるのも困るけど、ここにはもう寄らないだろうから物色。
結構本の類があったので数冊買う。
あとお香を物色したんだけど、ちょっとオドロキの品があった。


東叡香


結局買わなかったので現物の写真はありませんが、
上のお香は寛永寺で買ったものです。
パッケージがこれとそっくりの品が叡山にあったんですよ。

まさか匂いも同じか!?と思って見本をかいでみたのですが、
いつ開封したものなのかほとんど匂いはわからなかった
が、寛永寺の東叡香とよく似た香りのような気がしました。

現在の寛永寺と叡山が仲良くタイアップしてお香を開発するとも思えん・・・
が、外見も中身もそっくりなんて偶然とも思えん・・・
まさかどちらかが真似っこした訳でもないでしょうが、
三山のお仲間がよく似たお香を出していることがかなりオドロキでした。
ちなみに、日光輪王寺も数種類お香を出しているものの、
日光にはこれと類似するお香はありません。


買い物を済ませて外に出る。
延暦寺会館の前には小さなお堂やら石碑やらある。


叡山1・延暦寺会館



叡山1・延暦寺会館2


↑ちょっとこのセンス、いただけない・・・
「天上天下唯我独尊」かと思った。

あとこんなのも↓。


叡山1・延暦寺会館3


アハハハ・・・
しかし、「足利-比叡山完歩記念」てあるぞ。
栃木から叡山まで歩いたのか?


さて、東塔は3つのエリアの中でも中心的な存在であり、
観光客が最も集う場所。
が、明日も下りはケーブルを使うからここへまた来るし、
今日と明日の空き時間でぽつぽつ東塔の堂宇を見ようかと思っているので、
まずは遠い場所から攻めることにする。

で、延暦寺会館の脇の道を下ろうと向かったら、
まばらに溶けた雪が凍っていて大変なことになっていた。
凍っていない場所を探しつつ脇の手すりにもつかまりながらゆっくり坂を下りる。
こーゆー時、舗装路は始末が悪い。

最初の凍った小さな坂をちまちま下りると、ふっかりと雪が積もっていた↓。


叡山1・円仁廟へ


中途半端に雪が溶けた道よりも、こーゆー方が逆に歩きやすい。
少し歩くともう雪はほとんどなかった。


叡山1・円仁廟へ2


さらに少し歩くと、お堂が見えてきた↓。
ここまでが舗装路。


叡山1・円仁廟へ3



叡山1・円仁廟へ4・聖尊院堂


お堂へ寄る前に、舗装路の先っぽへ行ってみた。
かなり急な斜面↓。


叡山1・円仁廟へ5・聖尊院堂


同じ場所から道の先を見たところ↓。
明日は自分で登ってくるから、たぶんここへ出るんだろうな。


叡山1・円仁廟へ6・聖尊院堂


ではお堂へ向かいます。


叡山1・円仁廟へ7・聖尊院堂


この場所は赤マルのところにあたる↓。


叡山1・東塔4-2


叡山1・円仁廟へ8・聖尊院堂



叡山1・円仁廟へ16・聖尊院堂


古びたお堂は一見素木造りのようだけど、かすかに彩色が残っている。
かつては朱も鮮やかなお堂だったのだろう。
お堂の真ん前にでーんと1本灯篭が立つのは古い形式のものなんだってね。

宝形造りのようだけど、屋根の真上にはプチ大棟みたいなものが乗っていて、
変わった造りをしている。

中には摩耗してかなり古そうな石仏が一体↓。


叡山1・円仁廟へ9・聖尊院堂


ここは聖尊院堂という。
が、「亀堂」という名の方が通りがいいかもしれない。
亀の由来はお堂のすぐそばにある大きな石碑にある↓。


叡山1・円仁廟へ10・聖尊院堂


事前の調べではここの情報は持っていなかったので、
亀堂がどーのというより現地では別の視点で嬉々として写真を撮った。


叡山1・円仁廟へ12・聖尊院堂



叡山1・円仁廟へ13・聖尊院堂


何に喜んだかって、 寛永寺にある了翁さんの石碑 にそっくりでしょお~!

【薬樹院之碑】というタイトルのこの碑は、織田軍による元亀の法難のあと、
叡山の復興に努めた全宗さんを称えたものなんだそうな。

碑文の全文を読めるほど現地では写真は撮ってこなかったんだけど、
一部読める部分には「放火僧侶逃亡」とかそれっぽい文字が刻まれている。

織田信長氏による叡山の焼き打ちは有名な話ですが、
わたくしは一般に言われているほどの凄惨なものではなかっただろうと思うので、
たぶん本シリーズでは自分から触れることはないと思います。

が、全宗って・・・まさか、施薬院全宗のこと!?
でウィキペディアを見てみたところ、

 【元々比叡山菜樹院の住持であったが、織田信長による比叡山焼き討ちの後、
  還俗して曲直瀬道三に入門し、漢方医学を極める。(中略)荒廃した比叡山の
  再興にも尽力した。】

とあった。
そうなのか、全宗は叡山の僧だったのか!
知らなかった・・・
あ~、碑文の全文、写真に撮っておけばよかった


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最終更新日  2015年01月21日 23時34分33秒


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