戦国ジジイ・りりのブログ

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2015年01月20日
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カテゴリ: 旅日記(近畿)
さて、こちらが坂本ケーブル↓。


叡山1・坂本ケーブル


開設は昭和2年。
2,025mを11分で結ぶという、日本で最長のケーブルだそうな。
そういえば、これってアレだよな・・・と以前したツイートを思い出した。

 【比叡山に特攻基地があったのをご存知?1944年全国のケーブル25線は軍に徴収。
  坂本ケーブルは比叡山頂に戦闘機「桜花」のカタパルトを建設するのに使われた。
  山頂に作ったのは燃料不足を補うため。完成はしたものの、竣工式の前に終戦となり、
  米軍に知られぬようすぐに爆破され軍は撤退したと。】


よくまあ140字(←ツイッターの文字制限数)以内に収めたよなと
自分でも思いますが(笑)、結構衝撃的な事実だったのでね。

このケーブルには途中2つの駅があるんだけど、
これって通常個人でも途中下車できるものなんだろうか・・・
青函トンネルも途中駅はあるけど、普段は下りられないじゃない?

ケーブルは30分おきの発車なので、それまで駅舎の周りをプラプラしていたけど
そろそろ時間となったのでケーブルに乗り込む。


叡山1・坂本ケーブル2


オフシーズンなので乗客は少ない。
外観も良かったけど、内装もクラシカル↓。


叡山1・坂本ケーブル3



この時、わたくしが注視していたのが積雪の状況。
もちろん今回はれっきとした山歩きスタイルで臨んでいるけど、
初めての道でもあるしあまり雪が積もっているようだと道を見失う可能性もあるから、
登山道の状況によっては計画の変更も考慮に入れなければならない。


叡山1・坂本ケーブル4



山中の道の方は何とか大丈夫そうだな・・・

標高176mのケーブル坂本駅から660mのケーブル延暦寺駅まで一気に
高度を上げて、快適なケーブルの旅は終わる。


叡山1・坂本ケーブル6


坂本ケーブルには「縁号」と「福号」がある。
今回わたくしが乗ったのはフクちゃんの方だった。


叡山1・坂本ケーブル5

ケーブル駅を出ると、そこは雪国であった・・・


叡山1・ケーブル延暦寺駅


ああ、やっぱりね。
でもこの程度なら、山中では木々がさえぎってくれるから
登山道は大したことないハズだ。

もしもの時のために登山用の4本爪軽アイゼンも用意してるから、
ある程度の積雪までは対応できる。
登山をやっててホント良かったなあとこーゆー時思う。
つか、登山をやってなかったらわざわざ叡山くんだりまで来て
山歩きをしようなんて思わなかっただろうけど。

駅前からは遠く琵琶湖が見えた↓。


叡山1・ケーブル延暦寺駅前から琵琶湖方面



こちらがケーブル延暦寺駅の駅舎↓。
昭和2年、「叡山中堂駅」として開業して以来の建物で、国の登録有形文化財。


叡山1・ケーブル延暦寺駅2


駅舎のすぐ脇には南の方へ延びる参道が続いている↓。
こちらにも寺があり、時間があればぜひ寄っていきたいんだけど、
今は先を急ぐので見るだけ


叡山1・ケーブル延暦寺駅前2・無動寺へ


さて、まずは中心部を目指す。
道の脇には雪も積もっていたけど、歩く道の方はおおむね雪かきがされていたので
あまり問題はなかった。


叡山1・東塔へ



「比叡山延暦寺」と一般に言われるものの、「延暦寺」という寺はない。
こちら、叡山の全体構成図になります↓。


叡山1・東塔2-4
  (現地看板の地図に若干加筆)

これらすべてを総称して「延暦寺」という。
山上では大きく3つのエリアに分けられ、中心となるのが「東塔」(とうどう)。
少し離れたところに「西塔」(さいとう)、最も山の奥まったところにあるのが
「横川」(よかわ)。

地図でピンクの星印がケーブル延暦寺駅。
ここから稜線を回り込んで東塔に至る。
歩き出すと叡山の歴史の解説版が現われた。

 【比叡山

  世の中に山てふ山は多かれど 山とは比叡の御山をぞいふ  慈鎮和尚

  この山は伝教大師最澄上人によって開かれた仏教修練の山岳道場で一千百数十年の
  歴史をもつ天台宗総本山延暦寺の山で鎮護国家の霊場として、また日本仏教文化の
  母体をなす山である。約2,400ヘクタール(2,400余町歩)にわたる境内には
  東塔、西塔、横川の三塔と谷々合わせ16谷あり林間に堂塔伽藍を配し、延暦寺境内
  として史跡に指定されている。境内には国宝根本中堂および10棟の重要文化財、
  県指定建造物のほか、多数の国宝、重要文化財指定の美術工芸品がある。

  見渡す緑の山林の一木一草には、伝教大師の精神が浸みわたり人々の心のふるさとに
  なっている。鳥類もまたこの山をふるさととして繁殖し、留鳥候鳥数えて70数種に
  及び、鳥類繁殖地として天然記念物に指定されている。現在山上、山下に100余の
  寺院があり、永い歴史は数々の史実をいまに伝えている。「煙雨比叡の樹林」として
  「琵琶湖八景」の一つに挙げられ琵琶湖と共に国定公園に指定されている。】
  (現地解説板より。漢数字は戦国ジジイが変換)


では、東塔へ向かいます。


叡山1・東塔へ3



叡山1・東塔へ4


叡山には一度だけ来たことがある。
高校の修学旅行の時だった。

今から思うと公立の割に自由な校風というか結構独特な学校で、
修学旅行もこんな真冬の時期だった。

団体様だから当然バスで山内に入ったのでこちら側の道を歩くのは初めてだけど、
大昔ということもあり、おぼろげな記憶しかない。
確か座禅体験もしたような・・・

が、ひとつだけ鮮明に覚えていることがある。
真冬の清冽な空気と大寺の厳粛な雰囲気に触れて、
多感なわたくしは

「このままここで出家してえ~!!」

と思ったのだ。
今でも人界のわずらわしさに接すると

「山で炭でも焼いていたい・・・」

とよく考えるけど、遁世願望は昔からだったんだな
ま、当時は当時なりに感動したようですが、
今のわたくしは叡山で何を感じるのでしょう・・・

歩く道々には石積みや石仏も現れる。


叡山1・東塔へ5



叡山1・東塔へ6


このクソ寒いのに、雪だるまを作る物好きもいた↓。
てか、雪だるまなら積むのは2段までにしとけや!


叡山1・東塔へ7


しばらく歩くと、第3駐車場に出る。
ここにいきなりお目当てがあった↓。


叡山1・東塔へ10・天海僧坊跡


場所はこちら↓。
赤い■の場所にあります。


叡山1・東塔4-1


いやあ~、細かいスポットの位置まで教えてくれる訪問記ってのは
なかなかなくて、場所がよくわからなかったんだよね。
目立つ場所にあってよかった。

この石碑はずいぶんと新しい。
それもそのはず、碑の側面には「天海大僧正三百五十回忌法要記念」とある。
平成5年の建立ってことだな。

「日本仏教の母胎」ともいわれる叡山では日本仏教各派の祖師たちを数多く輩出し、
叡山にとどまった中にも高僧は多い。
そういう中で、叡山における天海の評価はあまり高くないように感じる。
寛永寺の堂塔整備を一旦置いてまで叡山の復興に努めたんだけどね。

現地でお寺の関係者と話をした中で、三山のうちの仲間からは
あまり寛永寺は良く思われてないのかな・・・と思う場面があった。
結局、日光輪王寺と叡山は同じ時期の創建で寛永寺よりもずっと長い歴史を持っている。
それを、新参者の天海と寛永寺が実権を奪ったような形になったので、
よく思われてはいないのかもしれない、という印象を受けた。

もちろん、現在の日光では天海を復興の恩人として扱っているし、
叡山でも表立って天海を悪く言うことはしていない。
でも、わたくしはそう感じる場面があった。
天海が悪いというよりも、大寺のプライドみたいなものを感じたのだ。

ので、こうして天海のための法要が叡山で行われて
僧坊跡の史跡整備もされているのを見て少しほっとした。


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最終更新日  2015年01月20日 23時08分04秒


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