SF拡張の原理

SF拡張の原理

2009.09.13
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カテゴリ: 文学

伝奇集

俺が本を読み、なかんずく(哲学、理論書の類を別とすると)SFや幻想文学を好むのは、人類の知の統合欲求がむちゃくちゃ強いからである。人間は、対物的権力欲が強い(他人や環境を支配したがる)ものと対概念的権力欲が強い(知識や真理を支配したがる)ものに分類できるが、俺は後者に属する人間である。このため、小学生が牛乳瓶の蓋を集め、政治家が金や名声を集めたがるのと同じように、俺は有史以来の人類が一度でも思いついたか、あるいは将来思いつく可能性のあるすべての発想を知り、かつ、それらのすべてを、自己の脳内の部分として組み込みたいという強烈な渇望がある。それは対物的権力願望人種のごとく対物支配の手段ではなく、俺のような対概念的権力願望人種の場合には、全く逆に対物支配は対概念支配の手段に過ぎず、あくまでも概念支配こそが欲望の直接の目的なのだ。例えば、官僚が地位と名声を支配して快感を覚え、好色男が寝た女の人数をノートにメモして快感を覚え、ヒトラーがドイツ民族を統合しユダヤ人を虐殺して快感を覚えるのと全く同じように、俺の属する人種は、さまざまな知的着想、概念の類を自己の体系下に隷属させ支配することで快感を覚えるのである。そのような観点からすると、俺が単に国内や英米の限られた通俗小説を読むだけで満足できるはずはなく、非英語圏の言語や文学のすべてを自己の体系の中に隷属せしめたいという権力欲求を抱くのは、人間、いな、動物として当然の本能なのだ(∵生物とは、広義における「権力への意志」である)。その一環として、俺はラテンアメリカ文学にちょっかいを出している。ラテンアメリカ(アルゼンチン)文学の隆盛の端緒に位置づけられるボルヘスの作品を読み、自己の体系内に位置付けることの重要性は自明だ。このような観点から、本書「伝奇集」はどうか。知的総合化の達成の観点からして、この本を読むことが高いコストパフォーマンスを達成するためには、この本が中南米文学の特徴を代表する側面を有していることが必要だろう。本書はボルベスの「汚辱の世界史」に次ぐ書籍であり、実質的には最初の短編集である、とされる。しかし実際に読んでみると、普通に短編小説と呼べるものは、終盤に入っている「結末」「南部」の2編ぐらいしかなく、あとはアイデアや夢のメモやあらすじ、ギャグめいた架空書評、架空の書物や建物に関するメタフィクション的論評のようなものばかりだ。確かに数々の奇想には、「マジック」リアリズムの先駆としての意味を認めることができるが、その手法は徹底的な反リアリズムであり、わずかに緻密を装った執拗な擬似論理文体に親リアリズム性を認めうるにすぎない。結局マジック「リアリズム」とは呼べず、むしろこのスタイルは、レムの後期の架空書評やメタフィクション群、あるいはバラードの濃縮小説群との類似性の印象を強く持たせる。実際、レムやバラードなど、20世紀後半の頭脳派シュルレアリストの大半はボルヘスからの影響が相当強いのだろうし、俺としても、本書を一読して、本書は中南米文学という地理的区分の仕方よりも、むしろメタフィクションやシュルレアリスムといった横断的分類における、無国籍的な重要作、代表作として位置づけるのが妥当だろうと感じる。本書は「八岐の園」(1941)「工匠集」(1944)の2部からなり、前者は8編、後者は9編の小編にそれぞれプロローグがついている。そして、前者に含まれるのは大半が架空書評のようなメタフィクションであり、後者のほうがより小説らしいものを多く含んでいる(とはいえ、物語的抑揚には乏しく、あるとしても完全に「あらすじ」である)。
ボルヘスがなぜ当時(特に1941年時点)、このような作品しか書かなかったのか、その理由は「八岐の園」プロローグに明記されている。
「膨大な書物を物すること、数分間で語りつくせるひとつの着想を5百ページにわたって展開するのは、労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。もっとましな方法は、それらの書物がすでに存在すると見せかけて、要約か解説を差しだすことだ」
「より論理的で、より無能で、より怠惰な筆者は、架空の書物にかんするノートを書く道をえらんだ」
ブラボー、といいたい。そう、要約や論評という形をとることで、プロット構成やキャラクター、舞台設定などの肉付けや、読者を楽しませる文章力といった実力のなさを露呈することなく、自己の着想を、より高密度に発射することができるのだ。真に概念支配者たるもの、やはりこれぐらい腹黒くなくては。今後はことあるたびにこの文章を自己弁護に引用させていただくつもりだ。
作品ごとの簡単な論評。
「八岐の園」より
「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」★★★★★は最も有名にして、集中でもベストの作品、かつ最もSFらしい作品だ。ウクバールという架空の国のことが記述された百科事典が発見され、次第にこの架空が現実を侵食していくという話である。改変歴史、量子力学、多元宇宙SFの先駆であり、たとえばメアリ・ジェントルの「アッシュ」のような作品がこの作品を下敷きにしていることは一目瞭然。
「アル・ムターシムを求めて」★★★、「ドン・キホーテの著者、ピエール・メナール」★★★★の2作は架空の書物の書評ものである。いずれも、小説の基本ルールをあえて笑うような奇抜な内容の小説を紹介し論評するスタイルをとっていて、恐らく作者は実際にこういった作品を書いてみたいのだけど「より無能で、より怠惰」であるがゆえにかなわない、そこでアイデアだけを記し論評する形で、表現欲求を満たそうという欲求実現効率の最も高いスタイルをとったのだろう。この2編では、「ドン・キホーテ」を丸々書き写しただけなのに、作者・時代背景が変わることでその意味合いが全く変わるのだと大真面目に力説する後者のふざけた面白さが抜群に際立っている。

「バビロンのくじ」★★★1/2は、くじを重要視するバビロンのある国家がくじに対する民意の変遷によってどんどん異常な社会システムへと逸脱してゆく様を素描する、シミュレーション的なSF作品である。着想は面白いがやはり素描だけなので、今ひとつ物足りない。これなどは実際に長めの小説として肉付けして書いたほうが面白いだろう。
「ハーバート・クエインの作品の検討」★★★★1/2は架空書物の書評ものだが、第1章から第2、第3章へとストーリーが「過去へ」遡りながら「分岐して」行く小説という着想が抜群に面白い。面白すぎて、実際に書いてみたくなるほどだが、誰も実際に書いた人がいないようだし、やはり難しいのだろうなと思う。
「バベルの図書館」★★★1/2はこれまた有名作品だが、やはり今読むとそれほどインパクトはない。あらゆる文字の組み合わせの書物をすべて所蔵する巨大な図書館という着想はたしかに書物狂の理想郷だが、ここまでディテールを追究するとただの偏執狂にしか見えずついていけない。ただ、言語表現一般に対する比喩的な論評だと考えて読むとなかなか面白い。
「八岐の園」★★★★は唯一、物語らしい体裁をなしているものの、「ヨーロッパ大戦史」の一部の引用という形態においてであり、やはりメタフィクション構成である。表面的な筋は、ある追い詰められたスパイが殺人によって情報を味方に伝える話だが、本作の読みどころはむしろ、中国学者との「分岐して行く未来」に関する文学論議の部分にある。この議論とストーリーがかみ合ったきれいな作品。ただ、簡潔すぎるがゆえにやや難解で読みづらいのが難点といえば難点。
「工匠集」より
「記憶の人フネス」★★★★★は「不眠の長々しい暗喩」だそうだが、そんな執筆動機とは無関係に、「超絶的な絶対記憶能力を有するがゆえに、抽象的思考能力を有しない」という逆説が最高に面白い名作。
「刀の形」★★★★は珍しくちゃんと物語になっている。頬に傷のある男がその傷の由来を物語る。とはいえちゃんとどんでん返しがあり、結果的に「信頼できない語り手」物になっているのが一筋縄で行かない。
「裏切り者と英雄のテーマ」★★★1/2はある着想のあらすじを記したもの。歴史上の出来事や文学作品をなぞるような「事実」が次々と起こる中で自らの暗殺を「演出」した劇作家の話。フィクションが現実を改変するというテーマの一ヴァリエーションといえるが、いささか簡潔に過ぎるかも。
「死とコンパス」★★★1/2は幾何学的シンメトリーを有する「見立て殺人」に巻き込まれいつしか刑事側もそれを演じ始める話で、やはりフィクションが現実を支配するパターン。作者はこのテーマが相当お好きなようだ。
「隠れた奇跡」★★★★は、死刑判決を受けた男が執行の直前、時間を停止させ、1年掛けて自作の戯曲を脳内で完成させる話。プリーストの某短編と似た着想で、作者にしては珍しく読みやすい。
「ユダについての3つの解釈」★★★は題名どおりの内容で、キリスト教に興味のない俺にはイマイチつまらない。

「フェニックス宗」★★★は架空の宗教の論評だが、新味には乏しい。
「南部」★★★も普通小説。不注意で敗血症になった男が療養先へ行く途中で言いがかりをつけられ命の危険にさらされる話で、作者の自伝的要素(眼のケガ)があるそうだが、やはり物語として中途半端で今ひとつ。






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Last updated  2009.09.14 00:21:33


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