SF拡張の原理

SF拡張の原理

2009.09.12
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「アルゼンチン短編集」バベルの図書館20 国書刊行会

その図書館は隣町にある。俺はかぶと虫を拾ってその図書館へ行った。空には月が出ている。図書館はレンガ造りの古い建物で、館長はホルヘ・ルイス・ボルヘスという中国人だ。俺が正面玄関を潜ると、多数の機械蝿が押し寄せ、俺の体を消毒する。消毒が終わり、俺は廊下へ進む。左右に沢山の扉が並んでいる。俺は「アルゼンチン短編集」と題された20号室の扉(左側にあった)を開く。
入ると中央にロッキングチェアがあり、正面に紫色の霧のかかった空間がある。俺はいつものようにチェアに腰を下ろし、その空間を見つめる。9人の顔とともに題名が表示される。「イスール」「烏賊はおのれの墨を選ぶ」「運命の神様はどじなお方」「占拠された家」「駅馬車」「物」「チェスの師匠」「わが身にほんとうに起こったこと」「選ばれし人」。
俺はキーワード「SF」を念ずる。すると、「イスール」「烏賊はおのれの墨を選ぶ」「わが身にほんとうに起こったこと」「選ばれし人」の4つのサムネイルが点灯する。しかし、うまいものは常に最後まで取っておく性癖を持つ俺は、例によってそれらを後回しにし、消灯している5つのサムネイルを先にクリックしていく。9作すべての再生順位を登録すると、俺は没入ボタンをクリックする。
「占拠された家」(コルタサル)に俺は没入する。この監督の作品は、25年前に「石蹴り遊び」という長編を見た。また最近、短編集を見たが、やたら精緻な世界像を構築し、幻想的なモチーフを入れるにもかかわらず、物語的抑揚がほとんどない退屈なものが多かった。本作はどうだろう。俺はある古い家に住む兄妹のうちの兄に転移している。俺も妹も独身のまま中年に差し掛かり、地代や利息などで生活しながらこの古い家に住んでいる。しかし、ある日突然家の半分が正体不明の何者かに占拠され、やがて残り半分も占拠されてしまう。結局俺と妹は、家の外に追い出されてしまった。俺はアホらしくなり没入を中断した。占拠者が何者かという暗示すら全くない。古い家に住む兄妹という得意なキャラクター設定も全く必然性がない。公平に見て凡作だろう。★★1/2
次、マヌエル・ムヒカ・ライネス「駅馬車」。俺は白人中年女になっており、駅馬車に揺られている。俺は独身のまま死んだ妹の財産を相続し、裕福な生活を送っている。しかし、同じ馬車の乗客の中に妹がいるではないか! 駅馬車は転倒事故を起こし、俺はパンパの中央に置き去りにされる。体が金縛りにあって動かない。妹を乗せて馬車は去る。俺の死体を狙う猛禽類の声が聞こえる。あまりのつまらなさに俺は没入を中止した。これまた陳腐な怪談に過ぎない。★★1/2
シルビーナ・オカンボ「物」。俺はカミラ・エルスキーという20歳の娘になっている。俺はローズカットのルビーのついた金のブレスレッドを誰かにもらうがなくしてしまう。それから長い人生のうちに、次々ともらい物などをなくす。ところがある日、なくしたはずのブレスレッドを拾う。それ以来、次々となくしたものを発見し、いつの間にかなくしたものに囲まれている。そして遂に俺は、黄泉の国の人になっている。アホらしい。★★1/2。俺は没入を中止する。
フェデリコ・ペルツァー「チェスの師匠」。俺は町の社交クラブである白髪紳士からチェスを習う。ある日紳士は俺を、「あなたのチェスの腕前はもうほとんど私と同じぐらいだ」とほめた。俺は紳士が町を去る直前に真剣勝負を申込み、ほとんど互角の状況に持ち込んだ。しかし次の一手で、あっさり俺は詰んでいた。俺が紳士に名前を尋ねると、彼は言った、「神」。これはひどい、ひどすぎる。★。金返せと思いつつ、俺は没入を止める。
アルトゥーロ・カンセーラ+ピラール・デ・ルサレータ「運命の神さまはどじなお方」。俺は冴えない鉄道馬車の御者だったが、牛車との衝突事故を起こし、重症を負う。そして手術の失敗で片脚が短くなりビッコ引きになってしまう。その後も俺は(交通手段の発達により、馬車の御者には歴史的、観光的な役割しかなくなり次第に閑職に追いやられつつも)御者を続ける。しかしその後、社内の客の話に耳を奪われて発車に遅れ、慌てて暴走し、再び大事故を起こしてしまう。俺はことの真相に気づく。運命の神ははじめ俺の左脚を折る予定だったが30年前に失敗、その後の衝突事故でも間違えて右脚を折ってしまい、30年後ようやく左足を折るのに成功したのだ、と。表面的なストーリーはくだらないようにも感じたが、体験の間中、俺の脳には歴史の奇妙さ、運命のいたずらに関する歴史哲学的な思弁が絶えず流れ込んでくる。なかなかためになるフィルムだと感じた。★★★1/2.

マヌエル・ペイロワ「わが身にほんとうに起こったこと」。俺は友人の事務所を出た後、街角で同じ男の現在の姿、前日の姿、翌日の姿を立て続けに見る、という驚くべき体験をする。俺は自分の絶対記憶能力をフルに用い、毎日同じ場所でその男を観察し、確信を抱く。そして、この男を通じて、自分の亡母などの姿をよみがえらせることを思い立ち、男の協力を仰ぐため尾行して依頼するが、にべもなく断られる。それ以来、俺は二度とあの男に会うことはなかったのである。着想はよいのだがオチがつまらないと思った。★★★。
カサレス「烏賊はおのれの墨を選ぶ」。題名はエミリ・ディキンスンの有名な詩のもじりか。俺はある村で教師をしていたが、教え子のドン・フアンから、義父に言われたから教科書をかしてほしいといわれ貸してやる。やがて、それを要求していたのが地球を救いにやってきたエイリアンなのだといわれる。しかし俺たちは中を覗くことを拒否し、ドン・タデイートという男に様子を見るように依頼、結局、「そいつは死んでしまった」と言われる。ビジャロエルという男が俺に言う。「ドン・フアンはね、人間とは限られた存在であるという法則に従って生きるほうを選んだんだ。私はその勇気を讃えたいね。われわれは二人とも、ここに思いきって入ってみようとさえしなかったんだから」。俺は言った。「もう遅いですね」。さすが「モレルの発明」「脱獄計画」という名作SFを書いているカサレスだけあって、正真正銘のエイリアンSFであり、かつ、アンチSF、文明批評SFにもなっている。★★★★。
レオポルド・ルゴーネス「イスール」。俺は、「サルとは何らかの理由で話すことをやめてしまったヒトである」という信念のもと、サーカスの競売でイスールというサルを買い、言語を教え始める。しかしサルはなかなか言葉を覚えず、とうとうぶちきれた俺はサルを虐待してしまう。サルは衰弱し、いまわの際にとうとう言葉を話す、「ご主人様、水を、ご主人様、私のご主人・・・」。そう、サルたちはヒトの暴虐に倦み、拒否の意思表示として自ら言葉を棄て、下等な動物のように振舞うようになったのだった・・・。衝撃的な傑作だと思った。1906年という最も古い年代のこの作品がいちばんすごい! 『奇妙な力』という短編作品集に入っているそうだ。反進化もの、言語もの、動物学ものとしても出色の奇想傑作SFだと思う。★★★★★。俺はこの作品のコピーをとり、自作コレクションに加えることにした。この監督はこの図書館に『塩の像』という専用の部屋がある。今度行ってみようと思った。





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Last updated  2009.09.12 23:01:52
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