SF拡張の原理

SF拡張の原理

2009.10.11
XML


今まで毛嫌いしていた「マジック・リアリズム」だが、単に駄作ばかり読んでいたからつまらなく感じていただけということが、本書を読んで分かった。最初に本書を読んでいたら全く印象は違っていただろう。
俺が「マジック・リアリズム」に関してどうしても理解できなかったのは、なぜ執拗な「リアリズム」の手法を持ち込む必要があるのかということだった。文学におけるマジック的要素、幻想というのは、ロマン派的な自己解放であり、因襲的コードから自己を解放することによるカタルシスが主眼である。それなのになぜ、因襲の最たるものである「リアリズム」に縛られなければならないのか。多くのマジックリアリズムに分類される駄作群(例、カルペンティエール、名前は忘れたが「戦時生活」を書いたSF作家など)を読むたびに、せっかくの幻想事象が執拗な写実描写によって退屈なものに変わっているようにしか見えず、「俺にはあわねーな」としか思えなかった。しかしそれは「俺がマジックリアリズムに合わない」のではなく、単に、「幻想事象自体がつまらない」「魅力的な写実的描写力がない」「幻想と写実の混合の仕方が下手糞である」など、もっぱら作者の力量不足に原因があったらしいことが本書との比較で明らかになった。ちなみに、その駄作の中には、マルケス本人の「族長の秋」が真っ先に入る。
他のマジックリアリズムの駄作群とは見違えるように、本書はぐいぐい引き込む魅力を持っている。やはり、発売されてすぐ大反響を呼び世界中に翻訳され、一気に作者をスターダムにのし上げた作品だけに明確な質の違いがある。本書の実質的な主人公と言っていいマコンドという町は、完全な架空の存在であるにもかかわらず、その町での出来事や、登場する人々もどことなく現実離れしている(寓意的設定をされている)にもかかわらず、南米独特の空気感を伴ってリアルに描写されることで、読んでいる最中にはもしかしてこれは実在した町の話ではないかと錯覚してしまうような現実感を生んでいる。そして、読者が脳内でこの町の住人になりきったあたりで、次第に滅びの声が聞こえ始め、住人たちが次々と死に、マコンドという町と最後の登場人物に、衝撃的な終末が訪れると、やっぱりこれは架空の町だったのだという事実に、愕然としてしまうという仕掛けになっている。とにかく、このある意味ボルヘス的な結末は、あまりにも見事であり、そしてその衝撃ゆえに、マコンドという町の持つ魅力や価値が反射的に高まるという効果を生んでいる。そしてその衝撃を高める上で、あくまでも中途の描写にはリアリズムの文体を用いる必要があったのだということが、俺の鈍い頭にもようやく飲み込めた。幻想が幻想でないようななりをしていながらやっぱり幻想だったという事実を見るときの衝撃、これを与えるためにこそ、マジックリアリズムは「リアリズム」を採用せざるを得ないのだ。しかしその課題があまりにも困難でハイレベルでありすぎるがゆえに、マルケス本人を含め大半の作家がほとんどの作品で失敗をしているということなのだろう。本書は、その稀有な成功例であり、何度でも読み直すたびにその不思議な世界に否応なく没入させられるような不思議な空気感を持っている。これを読んだからと言ってマルケスの他の作品まで読もうという気にはならないが、少なくともこの作品だけは特別扱いされていい、そのことだけは素直に認めたいと思う。
9.5/10点。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.10.12 04:08:40
[ホラー・ファンタジー] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

楽天SF

楽天SF

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

コメントに書き込みはありません。

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: