SF拡張の原理

SF拡張の原理

2012.04.13
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カテゴリ: 文学
【送料無料】アメリカの鱒釣り

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わたし(俺)
アメリカの鱒釣り:俺の空想の中で?俺に答える鱒釣り師。
<粗筋>
導入(-19)
「アメリカの鱒釣り」の表紙はサンフランシスコのフランクリン像だ。午後5時には教会で貧乏人にサンドイッチが配られる(表紙)。子供の頃俺はアメリカの鱒釣りについて初めて知った。1942年夏。義父が話したのだ。(俺の空想の中で、以下同文)アメリカの鱒釣りは俺に答える、「俺も、夜明けに釣りをする三角帽の男たちは好きだ」と。あるときポートランドで鱒のいそうなクリークを見かけて近寄ってみたら白い階段だった。鱒釣りは言う、「さすがに階段をクリークには変えられねえよ。ま、俺も婆をクリークとまちがえて人違いだって言われたことがあるんだがな」と(木を叩いて1・2)。
兆し(-149)
17年後俺は釣り道具を抱えて蠅を捕っている。廃れた公衆便所に向かって「死ね。俺は川下に行く車を拾いてえだけなんだ」と俺は唸る(赤い唇)。子供の頃クールエイド中毒になった友達がいたが奴はいつも儀式と称してクールエイドを2倍に薄めて振舞っていた(クールエイド中毒者)。鱒釣りとその彼女のマリア・カラスには林檎の砂糖煮、パイの皮、匙一杯のプリン、胡桃ケチャップが相応しい(胡桃ケチャップの一風変わった作り方)。ムアズヴィルでは地下に大量のネズミを見つけた男が撃ち始めたが、ネズミは他のネズミの死骸を食った。俺たちはスチールロッド・ヘッジにいた(グライダー・クリーク)。コブラ百合はバレエのように優雅に昆虫をワナにかける(鱒釣りのためのバレエ)。俺は公園で二人の画家と話す。画家たちは冬を精神病院で過ごそうかと話す(アル中たちのウォルデン池)。トムマーティンクリークで鱒を釣ったがあそこで鱒釣りをするのは俺ぐらいのものだとわかった(トムマーティンクリーク)。墓場の間を流れるクリークでも俺はときどき釣りをする(墓場の鱒釣り)。本屋の主人は俺に抱く女を見つけてきて、俺はその男連れの女とセックスした。その後店主は俺と女の物語を勝手に二つでっち上げて聞かせた(海、海乗り)。ヘイマンクリークの由来となったヘイマンは現地の名物男で、彼が亡くなったら川を昇って来る鱒がいなくなった。あとで鱒を放流してもすぐに死んだそうだ(ヘイマンクリークに鱒が登ってきた最後の年のこと)。釣り仲間で鱒をポルトワインで殺した奴もいる(ポルトワインに寄る鱒死)。ちなみに、俺は例えばバイロン卿をアメリカ鱒釣りと見立てた死体検案書を想像したりもする(アメリカの鱒釣り検死解剖報告)。車で移動中ヒトラーのような羊飼いを見た。眠る羊たちにスターリングラードのメッセージが届いた(メッセージ)。小学校のころ俺たちは背中にアメリカのます釣りと書きあうテロリストになった(アメリカノンます釣りテロリスト)。パードはアメリカのます釣りに手紙で、FBIがます釣り狂を指名手配したと知らせる(FBIとアメリカのます釣り)。ワースウィック温泉には流れ込んだ魚がたくさん死んでいる。そこで女房とセックスした(ワースウィック温泉)。アメリカのます釣りちんちくりんという脚のないアル中もいた。彼を作中に登場させるネルソン・オルグレンに彼を保護するよう頼む手紙は結局出さずじまいだった(ネルソン・オルグレン宛アメリカのます釣りちんちくりんを送ること)。アメリカのます釣りの変装をして夜な夜な殺人をする男もいる。彼は今市長だ(20世紀の市長)。羊まみれのパラダイスクリークでも釣りをした(パラダイス)。以前ミズカマキリ研究をしていたころよく浮浪者を交えてさくろんぼを摘んだ(カリガリ博士の実験室)。ソルトクリークにはコヨーテ退治の青酸カリがしかけられていてナチスのガス室を連想させる(ソルトクリークのコヨーテ)。ある電話ボックスがたくさん並んでいるように見えるクリーク(白い岩がところどころあり、昔見た死んだ白い猫に似ている)で背中にこぶのあるせむしますを釣ったこともある(せむします)。テディ・ルースベルトが作ったチャリス国有林にも行った。モルモン教にいう「霊魂の牢獄」があるらしい。靴下の保証書をなくしてショックだった。赤ん坊が雪を食べたので怖くなってとめた。クリークは釣り禁止とあったのでびびってやめておおいた。モルモン教徒の食堂マダムの話も聞いた。キャンプ場は寂れていた(テディ・ルーズベルト悪ふざけ)。アイダホではフライパンで雑魚をとった(スタンレー盆地ではプディングで勝負)。アメリカのます釣りホテルで友人から208という名の猫を買うぜげん崩れの男と愛人の女に紹介され、何度か訪ねた。猫の名の由来はホテルの部屋番号ではなく、友人を保釈させるために裁判所に行った時の担当部署の番号だった(アメリカのます釣りホテル208号)。リトルレッドフィッシュ湖であった外科医は医者がいやだとぼやき、幻想地平アメリカを目指していた(外科医)。子供の名を思い出すにはキャンプでます釣りがいいといわれたノリスはテントで寝ていたら隣に遭難者の死体を置かれ怒鳴って追い出すと、まもなく下のほうでほかのやつらが同じように怒鳴る声が聞こえた(目下アメリカ全土で大流行のキャンプ熱について一言 ※珍しく普通に面白いコント)。久しぶりにアメリカのます釣りに手紙で「君の友人のフリッツが無罪になったと伝えろとさ」と書くと「そりゃよかった。NYは暑い、風呂で水を浴びると犬や死人が集まってきてうざいからアラスカに行きたい」と返事(本書の表紙への帰還)。
絶頂(-213)

収束(-217)
エスキモーは氷の中ですごすが氷という言葉を持たない。言語の起源についてワンワン、どんどん、プープー語源説があるが決め手はない。木の上の動物は文明を起こせない。俺はずっとマヨネーズの言葉で終わる本を書きたかった(マヨネーズの章へのプレリュード)。1952年2月3日、母ナンシーが危篤のグッド氏に会いに行ったフローレンスとハーヴにお悔やみをいう手紙の追伸はこうだった。「あげるのを忘れてしまってごめんね、例のマヨネーズ」(マヨネーズの章)。
<分析>
視点 一人称
現実・論理・幻想 幻想
コード・カオス 徹底的にカオス
基調感情、読者の期待と実現 アメリカの大自然と人情への憧憬、ほろ苦く皮肉なユーモア
機軸人物の欲望と行動
俺(ますを釣りたい)→(ひたすらますを釣って歩く)
物語的新奇性
人物間対立性なし。顕在的な葛藤性なし(そもそも心理描写もそれを暗示する描写も少ない)。環境対立性あるもののさほど敵対的でもない(思うようにますが釣れなかったり、いろいろな変な体験をしたりすることはある)。

アメリカ西部の田舎の自然、人情。とぼけたユーモラスで皮肉な文体。所々顔を出す幻想モチーフ。
分析感想
普通の意味での物語性はほぼない。おちのない短いエピソードが脈絡なく時系列にも沿わずにえんえん羅列される(2つほどおちのある話もあるが例外中の例外)。読んでいる質感はほぼ紀行文のそれ。芭蕉のおくの細道とか。ますのモチーフはメルヴィルの白鯨を思い切りスケールダウンしたパロディのようにも見えるし、えんえん釣りをして歩く内容や題名、心理描写を省く簡潔平易な文体はヘミングウェイのパロディに見える。また短いスケッチを重ねる構成はワインズバーグオハイオなども連想させる。いろんなアメリカ文学をハイブリッドさせて自己流に仕上げたポストモダン文学。これが小説なのか詩のようなものなのかは分からないが、見た目の平易さに反しかなりラディカルな実験作なのは確かだ。ただ面白さという観点でいうと、ふつうの物語性を重視する俺としては、物語性がほとんどない以上、正直面白くはない。文学史的な意味に敬意を表して6点がせいいっぱい。
もちろん、(内容は残念だが)文体はとても面白いと思う。ぜひ真似してみたい。





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Last updated  2012.04.14 03:12:21


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