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私の欲しい愛とは別の形をしていたけれど、彼女は私を愛している。やっとその事実と彼女の愛の形を、認める事ができそうな気がする。苦しめられた事も忘れちゃえば楽になるんだろうなー。忘れちゃって良いのかな。忘れない方が良いのかな。それはよく分からない。
2005年11月04日
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親知らず抜歯後の痛みはひとまず落ち着きました。金曜には抜糸が待っています…。(どうでも良いけど、歯医者さんは抜糸のことを 「ばついと」と言ってました。 抜糸か抜歯か分からなくてややこしいもんな)また痛いのかな…。びくびく。それはさて置き。旦那の実家で子猫が生まれちゃいました。あんまり可愛いので…。はー。たまりません。←猫好き
2005年06月07日
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抜きました。抜かれました。親知らず。痛い痛いとは聞いていたが、本当に痛い…。歯が痛いとか歯茎が痛いとかいうレベルじゃなくて、あごがいてぇ、あごが。手術自体は楽勝でした。麻酔を打つ時が痛いですが、虫歯の治療の時の麻酔と余り変わらない。まず、親知らずの、歯茎から出ている部分を切除!(下の歯の処置をされているはずなのに、 上の歯を削られている感覚がずーっとあって、落ち着かなかった。 何せ、診察台の上げ下げのボタンを押し間違えるような、 ちょっと頼りない感じの先生だったので…。 お医者は、演技でも良いから貫禄があって欲しいです。)その後、歯茎を切開!ひー…!!(>_
2005年06月03日
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『ランチメイト症候群』というのがあるそうだ。ランチメート症候群 昼食のつき合い 苦痛に 現代病かのように書かれているけれど、こんなの元々あったんじゃないかな。と言うのは、私自身が似たような事で悩んだ事があったから。最近では、この間まで勤めていた会社での事。以前は、事務はほぼ全員(10人弱)集まって、一緒にお弁当を広げて昼食を取るのが習慣になっていた。これが私はかなり苦手だった。まず、皆がお昼を食べる時間に合わせるのが面倒。食べたい時・落ち着いて食べられる時に好きに食べたいのだ、私は。「昼休み」の運用がゆるやかな会社だったから、なおさら。その10人程の事務の中でも、私の配属された部署がたまたま一番多忙だった事も理由の1つ。あと、そんなに広い事務所でもなかったから、何人もが集まって食べるのはスペース的にきつかった。お昼ご飯くらいゆったり食べたいじゃない。無理に1つのデスクに肩寄せ合って、押しくら饅頭しそうな狭い思いして食べなくたって…。という訳で、「皆でランチ」が好きじゃなかった私。ある日、ほぼ同時期に入ってきた同じ部署の事務の子に、「本当は自分のデスクで食べたいんだよねー」と言った。その子も私と同じような考えだったので、2人で「そうだよねぇ」って言ってたら、どうもその声が「皆でランチ」グループのボスに聞こえてたようで、次の日からお声が掛からなくなった(笑。少し「あれ、まずかったかな」と思わないでもなかったけれど、本当に1人でお昼を食べたかったので、「良かった。誘われなくなって…」という気持ちの方が大きかった。ただ、もしも私の部署がそこまで忙しい所じゃなかったら、あの会社には居づらくなっていたかもしれない。幸か不幸か、その内私の部署は、お昼ご飯を食べる時間も惜しいくらい更に忙しくなってしまい、「お昼ご飯? 食べる時間があれば儲け物だよ!」ぐらいの勢いで、「皆でランチ」なんてしたくても無理!という状況になっていった。ので、「皆でランチ」に参加していなくても、別に人目も気にならなかったし、忙しい中を頑張っている、という事で社内でも評価されていた…かどうかは実際分からないけれど(苦笑)、「こんだけやってんだから文句は言わせないぞ」というオーラは自分でも出してたと思う。結局…、オフィスでのランチメイトがどうのこうの、っていうのは本気で仕事してれば、そんなに気にする事はない、んじゃないかな。まぁ、世の中には恐ろしいお局様もいるみたいだし、社会人になってまでイジメをするようなアホもおるから、断定できないけれど。今時、「昼ご飯食べる時間も勿体無い」くらい、人件費切り詰めてる会社の方が多いんじゃないんかねー。と、ここまでの話は「悩み」という程の事もない。本当に私が「ランチメイト」で悩んだのは、高校1年生の時の話。あれは結構、当時の私には辛かった。(長くなってきたのでここで一旦休憩です。)
2005年05月31日
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私が傷ついた事は、いい。それは私自身が招いた事だから。ただ、私が思っていた以上に、思いの外、相手を傷付けていた事については、重く受け止めていかないといけないと思う。そうして、私のこれからを、変えていかないといけないと思う。彼女の前からは消えようと思う。それくらい、駄目な事をしてしまったみたいだから。みたい、って言うのは、まだ、自分でもよく分からないから。でも、「みたい」で終わらせるつもりじゃない。ただ、もう、彼女に何かを伝えていく事はできない。「私」が入っていく隙間が、もうないと思うから。
2005年05月30日
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ちょっと息抜き。うちの旦那はゲーマー。ここ数年は、FF(ファイナルファンタジー)をオンラインでやってる。私はRPGって苦手で余り興味もなかったんだけれど、少しは旦那さんと話を合わせないとお互いつまらないし、と思って、旦那さんがゲームしてるそばで「今何やってるのー」とか「これ何」とか「この敵は気持ち悪い」とか茶々を入れて遊んでいる内に、プレイもしていないのに、キャラクターとかイベントとかについて、知識だけは多少ついてきた。で、「オレンジオーレ」。これはFFの中に出てくる飲み物。「オレンジオーレっておいしいのかな?」と旦那としゃべっている内に、「作ってみよう!」と思い立った訳だ。作るって程の事もない。果汁100%のオレンジジュースと牛乳を混ぜるだけ(笑。でもこれが思っていた以上に美味しかったのだ♪最近はまって、しょっちゅう飲んでいる。オーレっていうより「ヨーグルトドリンク」って感じだ。たぶん、柑橘類と牛乳って反応して「とろみ」が出るんだよね。昔、何かで読んで、レモン果汁と牛乳を混ぜた事がある。その時もヨーグルトっぽくなったから、きっと柑橘類の中の成分が牛乳を少し変化させるんだと思う。オレンジオーレの割合は、牛乳1・オレンジ2ぐらいが良い。半々ぐらいだと、ちょっと甘味が足りない気がするかな。見た目も、1対1だとオレンジ色が薄くて、ちょっと色がついた牛乳、って感じだし。オレンジジュースの種類によっては、酸味が強すぎるかもしれないから、そういう時はハチミツとか入れたら良いんじゃないかな。私は酸っぱいの好きだから、そのままで十分だけど。冷たい飲み物だから、ハチミツも溶かすのに時間かかりそうだしなー。とりあえず、超簡単ドリンク、お試しあれ(笑。
2005年05月27日
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以前にTVで、自分の氏名をネットで検索して、とんでもない出生が明らかになっちゃった!という少し怖い実話が紹介されていた。その事を思い出して、自分の氏名で検索をかけてみた……。面白い!!!それほど珍しい名前でもないので、同姓同名の人もいるとは思っていたけれど、ネット上だけでもまぁまぁヒットした。で、その中の何人かは結構それぞれの分野でご活躍のようで、この記事とこの記事は同一人物だな、絶対。と、ヒットしたサイトの中だけでも分かるような人もいらっしゃった。お1人は、看護士さん。お1人は、高校生で、卓球の選手。お1人は、セラピスト。お1人は、職業は分からないけれど、吹奏楽をなさっている。そして、これも職業じゃないけれど、ボランティアサークルのスタッフ。後は、たぶん普通のママさんと、それから、私自身の名前もあった。私以外の同姓同名の方々と、私の間に、共通点もあるような気がする。まず、看護士とセラピストとボランティア。それと私の前職・教員。これは全部、「人の役に立ちたい」と思う人が選ぶ活動や職だ。もちろん何の仕事だって役に立つんだけれど、ビジネスの場合、最終的には利益優先。でも上に挙げた仕事は、利益だけ優先していても駄目なものだと思われる。あと、吹奏楽は私もやっていたし、卓球も好きだ。あらゆる運動がほぼダメな私が、何とかまともにできるスポーツが、スキーと卓球。こうして考えて行くと、やっぱり姓名って多少は運命左右してんのかな!なんか、けっこう『発見』した気分だ…。
2005年05月26日
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久しぶりに本を買った。谷村志穂は元々好きだ。中高生女子を描いた作品が幾つかある。女性らしさを敢えて抑え目にしているのではと感じる文体と、主人公の女の子のみずみずしい感性とがいいバランスで、そこに物語の面白さが加わって、正直暗い話だったけれど、読み始めたら止まらなかったのを覚えている。ところが同じ女性でも、20代30代が主人公になると今一つだ、と私は思っている。作者の主観が入り過ぎるのだろうか。今回の『アイ・アム・ア・ウーマン』は面白かったとは思う。ほぼ一日で一気に読めたのは、「どうなるんだろう」とページを繰らせる巧さがあるからに違いない。が、全編に貫かれる女の駄目さにはうんざりするしかなかった。多分自分の中の「駄目さ」「だらしなさ」を 見せ付けられている気がするからだと思う。幸せでもないのに、一時の楽しみの為だけにずるずる続けてしまう怠惰の中にある自虐的な喜び。そんなものにはもう皆飽々しているように思う。結局そこから脱け出す決定的な答も示されていない。自分で考えろ、って事なのか。だったら何の為にこの小説はあるんだろう…。そう言えば映画の『海猫』を観た友達が、「主人公の女がなぜああしたのかは理解できない。でも引き込まれた」と言っていた。原作を読みたいと思っていたけれど、今回と似たような感想を持つ事になりそうな気がするな。作者は確か結婚していたと思うけれど、『結婚しないかもしれない症候群』でデビューした時から、女性に対する考えは変化しているんだろうか。なんかもっと、新しい女像が読みたい!誰の小説を読んだら良いんだろ。桜井亜美とかは余り世界観好きじゃないしな。ランディも短編集1冊でお腹一杯になった。ばななはどっか行っちゃった…って気がするし、大好きな新井素子は超が付く遅筆だ。あれか、『インストール』とか?それとも山田詠美読んどくしかないのか?まぁ好きな作家・期待する作家は他にもいるにはいるんだけれどね。姫野カオルコとか篠原一とか。…ってここ数年好み変わってないな…。成長してないのか…。
2005年05月25日
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相手が自分より優れているのが気に入らなかったり悔しかったりするなら、相手のテクニックを盗めば良いんだ。これって皆やっている事なんだろうか?私は今日気が付いた。多分今までは優秀な人を「凄い」と見上げるか、自己卑下するかしか、してこなかったからだろう。関係ないけれど私が初めて『卑下』という言葉をリアルに目にしたのは、中一の時の担任との交換日記?だった。1班に1冊ノートが与えられ、ローテーションで日記を書く。一人一人に担任がコメントを付ける。思春期だからか、生徒の書く文章には反抗的・攻撃的な言葉や、ネガティブな言葉もあった。そんな日記に対する、「そんなに自己卑下する事ないんじゃないかな。君には君の良さがあるよ」というある日の返事がなぜか心に残っている。私の日記ではなかったんだけれど。その若い美術教師は余り人気がなかった。ヒョロっとして青白い顔色で、女子には「気持ち悪い」と陰で言われていた。その教師の事を今は悪く思えない。あの先生、意外と良いヤツだったよな…、と未だに思い出す。勉強がちょっと出来たというだけで私を評価する教師は多かったけれど、私の人間性を評価してくれた教師は初めてだった。「○○は優しいなぁ…」言われた時は素直に聞けなかったあの言葉、大人になってから何度も反芻した。「私には絵描きになりたいという夢があります」と私達の元を去って行ったあの先生は、元気にしていらっしゃるだろうか…。話を元に戻す。私はどちらかと言うとプライドが高い。プライドにも色々な種類があると思うけれど。私のプライドは、自分の仕事が見下げられるとカーッと来るタイプで、まぁ余り褒められたもんじゃない。極端な所があって、自分よりいい仕事をする人がそばにいると、たちまちしぼんでしまう。悔しい気持ちより、かなわない、という自信の無さが先に立ってしまう。今までは。そんなだからうまくいかなかったんだろうな。幸い今度は、せっかく築いてきた自信がしぼむ事はないみたいだから、もっと私を育てられるように持って行こうと思っている。気持ちが負けたらそれまでなんだな。何でこんな当たり前の事に気付かなかったんだろ…。自分を大事にする事の重要性が、私にも分かってきたのかな。頑固なだけの自尊ではなく、いつでも真っ直ぐ歩いて行く矜持を、持ちたいと思う。
2005年05月18日
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最近、職場の人間関係がちょっとだけつらい。ちょっとだけ、と言えるのは、もうここに長くはいないつもりだからで、これが長期間続くようだともっと深刻に悩んでいただろう。余り同僚との人間関係で悩んだ事がないので、妙な自信があったのだけれど、要するに今まで人に恵まれていたんだと、改めて実感。久しぶりで忘れていたけれど、たまに凄く私の事を嫌いなんだろうな、という人に出会う。多少協調性はあるから、ついそんな人にも合わせてしまう。合わせても好かれる訳でもないから、今回はそれはしない。でもそれが逆にえらい不安だ。自分を通すのもエネルギーを消耗するんだな。それでも、必要ならば自分を曲げないでいられるだけの芯は育てないといけないから、ちょっとした練習のつもりで意地を張ってみる。でも本当に強い人は、もっと自然にその人らしくいられるんだよね。それはよく分かっているんだけれど…。まぁ今はまだ『強がり』でしかいられない自分を見つめているしかない。まったく未熟だ…。
2005年05月14日
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観てきました。アニメ以外の邦画を劇場で観るなんていつぶりか思い出せない…。この映画も、劇場で観なくてもDVDで良いや、って思っていたんだけれど、余りの手持ち無沙汰に衝動的に観に行ってしまった。観客はえらい少なくて、けっこう話題の新作なんだろうと思うのに、「採算取れるのか…?」と心配になるほど。映画自体はかなり面白かった。隣のお姉さんが時々声に出して笑うもんだから、(大声じゃないけどね)釣られて私も笑い声をあげていた。ふつうは映画館では声は出さない方が良いんだろうけれど、楽しい映画は皆で一緒に笑えば良いじゃんね。悲しい映画は余り好きじゃない。20歳代前半ぐらいは、悲しい内容って知っててあえて観たりもしていたけれど、あれだな、『ダンサーインザダーク』観てからだ。悲しい映画を受け付けなくなった。『ダンサー…』は私の中でワースト1の映画で、もう2度と観たくない。ビョークが主演という事もあってか、かなりあの映画も話題にはなっていたように思う。私は別にビョークが好きって訳じゃなかったけれど、何となく気になる存在ではあったから、誘われたから、っていうのもあって、観に行った。内容は悪くはないんだと思う。ただ、余りにも絶望的で救いがなくて耐えられなかった。たぶん現実にも起こらないとは言えない出来事だと思うんだけれど、だからこそ、映画館では夢を見せてよ!!って物凄く強く思った。多分それ以来、悲しい映画は観ていない。で、『交渉人…』な訳だ。笑いがいっぱいあるし、事件はスリリングだし、犯人以外悪人は出てこないし、感じ悪かった人もだんだん良い味出して「何だ、本当は良い人なんじゃん」ってなるし、ちょっと最後だけ不気味な感じだったけれど、もう、手放しで楽しめて、本当良い気分転換になった。劇場で観なくても十分楽しめるから、特別おすすめはしないけれど、クラシックが絡んでたから音楽も良かったし、近未来的な電車(地下鉄の話なので)が火花飛び散らしながら走ったりして迫力もあるし、劇場で観ても損はしないと思う。サイバーテロっぽい事件だから現代社会を反映してる感じもあって、考えさせられる部分もあり。飽きる事はなかったなー。直前に『踊る…』の「レインボーブリッジを封鎖せよ」をDVDで観てたから、余計楽しめた部分もあったし。1つだけ引っ掛かるとすれば、何でこの季節にクリスマスの話やねん、って事ぐらい(笑。でした。あー、もう全然洗練されていない文章でがっくりだけれど、とりあえずこの話題は遅れて書いても意味ないので、速報!って事で勘弁してよ。(自分に言い訳…)
2005年05月09日
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こんなにも違うのに、そばに居続ける事の喜び。こんなにも違うのに、そばに居続ける事の苦しみ。今味わっているのは、長い、長~いそれの、ほんの一部でしかないんだろうけれど、それを積み重ねた先に確かな手応えを見付ける為に、がんばるんだ。それはあなたを、楽しませる事だったり、温める事だったり、満たす事だったりすると思うから、もっと幸せで優しくて大きい人になりたいと思う。
2005年04月15日
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職場で泣いたのは2度目。1回目は入社して間もない頃の事で、まだボスとの信頼関係ゼロだった。同僚の労が報われていない気がして、あれだけの事をさせておいて礼の一言もないのかよ、と激昂したんだった。2回目の今日は、純粋に自分の為の悔し涙。これ以上ない位気を回して必死に対応して、それをろくに分かろうともせずに対応が悪いと言われた。電話を切った後、体が震えて涙をこらえ切れなかった。腹が立つ事も多いし、悔しいと思う事も多かったけれど、自分の事で泣いたのは初めてだ。人一倍気を使ってきた、ユーザーの対応の事だったからか、今まで積もり積もった悔しさが噴き出したのか分からないけれど、怒り以上に悲しかったんだろう。周りに余り気付かれなかったのが幸いで、誰かに声でも掛けられたらもっと爆発していたと思う。頑張れば頑張っただけ腹が立つ、悔しい、悲しい、情けない。その思いが達成感や自己満足かもしれない喜びを凌駕していく。これは営業事務という職種の特性なのか、会社の特性なのか、分からない。組織の仕組がよく見渡せる場所にいながら、その仕組のまずさに一番巻き込まれる。この無力感に対抗できる術を見い出せないまま、私は脱落する。この努力の先にあるのがお金でしかない、という愕然とした思いから逃れられない。私は他の目的の為に『私』を使いたい。
2005年04月10日
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最近、久しぶりに精神状態がおかしい。やばいなぁ、っていうこの感じ、半年ぶりぐらいか。半年前は、きっかけになる大きな出来事があったので、しょーがないね、って思えるんだけれど、今回のは本当に「おかしい」。悲しい事があった訳でもないのに、外を歩きながらでも、電車に乗っていても、辛くて涙が流れる。私は14歳の頃から、周期は不定だけれど、抑うつ状態を繰り返している。親子関係のせいなんじゃないかとか、男に依存する性質のせいなんじゃないかとか、性格的に鬱になりやすいんじゃないかとか、その時期その時期で色々考えたけれど……、生まれつき脳の働きがおかしいんじゃないのか?どう考えても他の人に比べて精神が不安定すぎる気がする。浮き沈みが激しすぎる、と夫にも言われた。脳内物質が正常に分泌していない感覚もある。何とかやってきているけれど、しんどい……。この脳みそを、何とかしたい。あー、こんな事しか書けないや(苦笑。近況報告って事で。嫌な近況だけど。
2005年03月30日
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1ヶ月も怠けてしまった。少しだけれどカウンタがちゃんと動いているので、見に来て下さっている人がいるのね。ありがとうございます。もうすぐ29歳になる。ずっとやろうと思いながら出来ていなかった事を、この春は始めようと思っている。それは、ヴァイオリン。ピアノを高校までは習っていて、中学高校時代には吹奏楽部だった私は、いつか何か弦楽器もできるようになりたいと思っていて。ギターはどうも手が小さいせいか、練習が非常に苦痛なので、(何度か3日坊主で終わった)ヴァイオリンか三味線なら何とか頑張れそうかな、と何年も前から企んでいたんだけれど、忙しさとか、お金がかかるしとか、色々自分に言い訳して挑戦してこなかった。でも29を目前にして、いい加減あきらめてやるしかないな、と急に思い立った。こんなに何年も思い続けているんだから、やらなかったら一生「やりたい」で終わってしまう。三味線はどうなのか調べなかったけれど、ヴァイオリンならサイレントヴァイオリンがレンタルできて、さらにヤマハはレンタル料を買い取りのお金に当ててくれるそうで、何とかやれそうな気がする。春が来たら、ヴァイオリンケース片手に街を歩くのだ♪
2005年03月03日
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感謝されたい。よく思われたい。認められたい。浅ましい……。見返りを求めない振りをして、排除されない限界線をこざかしく見極め、世辞一つで有頂天だ。――醜く膨れ上がる。お前は何を守りたいのか。ちっぽけな慢心。嘘――自分自身への。代えが利く道具としての居場所。小さいとか大きいとか以前に、見えているのか。それならば。正直に「私は可愛いから、もっと愛して頂戴」とギラギラした目で足元にすり寄ってくるあの猫の方がまともだよ。地獄っていうのはこの世の事を言っているんだろ。
2005年02月03日
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久しぶりにTHE YELLOW MONKEYを聴いている。全てが別れの歌に聞こえて切ないったらありゃしない。吉井が昔、「僕らの歌は全て、ファンと僕らの関係を歌っている」というような事を言っていた。THE YELLOW MONKEYには、セックスを想起させる曲が多いが、吉井はライブのMC等で、ライブをファンとTHE YELLOW MONKEYのセックスに例える事も多かった、と記憶している。(メンバーとの、ではなくて、『THE YELLOW MONKEY』との、というニュアンスだった。当たり前か。)そんな事を思い出しながら聴くと、全ての曲が、彼らからの別れの言葉に聞こえてくる。これが嫌で、解散からこっち、CDを手に取るのがためらわれる。話は変わって。THE YELLOW MONKEYには、セックスを想起させる曲が、本当に、多い。直接的に性的な言葉を使っていないのに、セクシャルな事を想像させられるのが、私は結構好きだ。よそでもよく使われる手法なんだろうか。他のアーティストの曲については余り追究した事がないので良く分からないけれど。私がTHE YELLOW MONKEYを好きになった理由の1つは、そういう叙情のあるエロイズムだった。まぁ私が「これはセックスの歌だー」と思っていても、他の人はそうは思わなかったりもするかもしれない。単に私の脳みそがエロいだけだったりして…(苦笑。吉井の歌い方がエロいだけとか…。CDが一巡りした。『FOUR SEASONS』にしておいて良かった。出かけて来よう。
2004年12月18日
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コンテンツが幾つか表示されなくなっているのに気が付いた。登録し直したらすぐ元に戻った。なんで白紙みたいになってたんだろう?最近読んで面白かった本。中坊公平『罪なくして罰せず』『話の聞けない男、地図の読めない女』両方とも古本屋で100円で入手した事を考えると、めちゃくちゃお得だった。こんな面白い本が100円で読めるなんて、ブックオフは、本の価値分かってないと思う。まぁおかげで大節約生活中の私は大助かりだけれど。感想を早く書き上げてしまいたいのに、なかなか進まない。中坊公平氏の方は自伝的なエッセイのような体裁。たぶん私の心を揺さぶった本ベスト10の中に食い込む勢いで、考えさせられた。久しぶりに『社会貢献』という事について思いをめぐらした。『話を聞けない男…』の方は、ヘテロセクシャルの人間は知識として知っておいて絶対に損は無い内容ばかりだった。異性と恋愛したり結婚したりしている人、する予定の人は絶対読むべき本だった。古本屋に流通してくれてて助かった。危うくこんな大事な本を読まずに結婚生活送り続ける事になる所だった。
2004年12月09日
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6日に書いた内容が中途半端なままなのが気にはなりつつ、今日は私が教師をやめた理由を書く。こんな事を書けるようになったのは、私にとってその問題が昇華した、という事なんだろうか…。それともただの自己顕示か。それはさて置き、本題。教師になりたての頃、同じ学年の同じ教科に、目標にできるような、年も近く、身近で、なおかつ教師として尊敬できる女性がいらっしゃった。自分が教師をやめた事に思いを馳せる時、彼女に対してとても恥ずかしい気持ちになる。私の事を買って下さり、応援して下さっていたから。彼女の他にも、私に「がんばれ」と言ってくれた先生は沢山いらっしゃるけれど、誰よりもまず彼女に対して「頑張り続けられなくてごめんなさい」と頭を垂れる気持ちになるのは、最初に私をいちばん近くで面倒見て下さったその方が、いちばん長く私を支えて下さった事にもなるからだ。彼女には「教師魂」みたいなものがあった。私は彼女のその「魂」に触れる度に、心を鷲掴みにされ、彼女のその「教師とはこういうものだ!」という思想に、すっかり染まっていったと思う。彼女の思想の一端を示す言葉の幾つかは、教職からすっかり離れた今でも、私の心に残って消えない。「裏切られるのが仕事。 何度裏切られても諦めない。」「嫌いだと思った生徒は1人もいない。 生徒を嫌いだと思ったら終わり。」「生徒と刺し違える覚悟はできている。」こうして羅列しても、その裏にあるその先生の思いは、うまく伝わらないのかもしれない。要約できるようなものじゃないけれど、あえてその底辺に流れていた心を表現させて貰えるなら、親の、我が子に対する、厳しくて熱い愛情と、酷似している、という気がする。大げさではなく、彼女は、教職に命を賭けていた。そうして、私はそれを追究する事を、たったの3年で放棄した。これらの言葉を彼女から聞いた時には、「おぉ、すげー。 私もこの先生の心意気に負けないようにがんばるぜ。」と、無邪気に燃えていた。すぐに、それがどんなに難しい事なのかを思い知らされる事になったのだけれど…。「嫌いだ」と思わざるを得ない教え子にも出会ってしまったし、「こいつらに殺されたら堪らない」と内心びくびくしながら指導をした。教壇では嘘はつけない。心の柔らかな子供たちには、私の心の中身はバレていたと思う。それでも必死に、自分で自分に嘘をつきながら、闘おうとは試みてみた。もちろん、辛い事ばかりだった訳ではなくて、思い出すだけで嬉し涙が出そうになる出来事もあったし、私を慕ってくれる生徒も沢山いた。けれど、どこまでいっても、生徒より自分の方が可愛い。それが当たり前だと言われるかもしれない。私は、自分で自分を追い詰めたと思う。でも、「教え子と刺し違える覚悟」はどこまでいっても持てそうにない、そこまでの覚悟が持てないなら、私は続けられない、と思ってしまった。思うに。「生徒より自分が可愛いのは当たり前」と思える気楽さか、「たとえ自分の命を奪われても、 生徒の為と自分が信じる教育を貫く」という信念を持ち続けられる強靭さ、どちらかが無ければ、教師でい続ける事は困難だ。私にはどちらも無かった。要するに、中途半端な人間な訳だ。で、『めだか』だ。主人公の「めだか」は、まだまだ中途半端な部類の教師に見える。そこに私はつい、自分を重ねて見ては苛立つのだ。「めだか」の中途半端さより、強さがより感じられるようになった所で、最終回にして欲しい。「めだか」の中に私を見たくない。これは私の逃げなんだろうか。とっくに教職から尻尾巻いて逃げ出した私が、今更、何から逃げているんだろう。教え子の顔がちらつく…。あんた達に恥ずかしくないような生き方、しなきゃならない。お世話になった先生方の期待を裏切った事も申し訳無いと思うが、何より、一段高い所からあいつらを見下ろして打った、生き方がどうとか、努力がどうとか、成長がどうとかいう、私自身の言葉の数々を、裏切るな、私。
2004年12月08日
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めだか、というドラマが私の神経を逆立てる理由が分かった。あれは、かつての私だからだ。理想ばかり高く、能力の無い、若さだけが取り柄の。
2004年12月07日
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付き合い始めてから数えると、夫との付き合いは3年余り。これだけ付き合っていても全然飽き足りるという事がない私に、時々夫もあきれるみたいだ。どうも私はドーパミンの分泌量とか分泌の仕方が人と違うような気がする。昔何かで読んだ話では、ドーパミンっていうのは「異性に惚れる」という感情に大きく作用を及ぼしていて、でもそれは1つの対象に対しては3年くらいしか続かない、というような事だったと思う。私は結構惚れっぽい。そのくせ飽きっぽい、というのはよく聞くような気がするけれど、私は好きになった男に対して「飽きる」という事がない。しかも今の旦那に出会うまで好きになった男性達には、飽きるどころか、「足りる」という事すらなかった。分かりにくい表現だな。もう書き飽きた言葉で、甘ったれているから我ながら嫌だけれど、要するに「もっと愛されたい」とか「愛されていない」っていつも思っていた。今は夫が良くしてくれるので「もっと愛されたい」「愛されていない」とは思わない。でもたぶん、今までの「愛されていない」と思っていた時間が長すぎて、夫の愛をむさぼっている、という気がする。これがまた私の夫という人は不思議な男で、ふつうこれだけ女に寄り掛かられたらうざったいだろうと思うのだけれど、そういう感覚がないらしくて、おかげで私は3年余りもこの人の愛をむさぼり食っている訳だ。私が逆の立場だったら絶対しんどくて放り出してるだろう・・・。こんな関係だから、とても対等とは言い難い。少し、夫と自分の関係について考えてみたい。とか書いている内に、いい加減ご飯を作らなければやばい時間だ・・・。今日はこれまで。
2004年12月06日
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最近あるカウンセラーのサイトで気になった言葉がある。自己評価が低い人間は頑張りがきかない。というような意味の事だった。ちょうどこの頃私が自分自身に対して感じていた疑問を、この言葉は一気に解きほぐしてくれた気がする。情けない事に私はとても怠け者だ。家族からもそう言われていたし、自分でもそう思う。一時は鬱を病んでいたので、「病気だから仕方ないんだ」と思うしかなかった。でも今の私はどう考えても健康だ。ベックの鬱病診断をやってみても、結果は「大丈夫でっせ」と出る。なのにどうしてこんなに動けないんだ???本当に根っからの怠け者なのか?でも体動かないんですけど!!!と本当に心から、不思議だ!何とかしたい!と思ってネットを旅していたら発見した冒頭の言葉。腑に落ちる、とはこの事だ。何だか体が納得した感覚があった。いつも「あれをしたい」「これを片付けたい」と思いながらだらだらだらだら無為な時間を過ごす。最低限の事はする。例えば手抜き料理(夫は偏食なので売っている惣菜物なんかは受け付けない)、洗い物、洗濯(洗わないと着る物なくなる)…、でも、アイロンがけとか掃除や片付けは絶望的だ。出来ないなら、やらなくてもいーや、と開き直れば楽だし、やらなくても死にはしない。なのに、無為な時間を過ごしながらいつも、「私ってダメ人間だ…」と自分を責め続けている。ならやれば良いのに、体は驚くほど重い。それを持ち上げる力がない。ずっとそれを、仕事がハードで私のエネルギーが人より少ないせいだと思っていた。でも、それだけじゃない、何か私の心の動きはおかしい気がする、と思い始めた。余りにも自分を責め続ける自分に、マゾヒズムに似た異常さを感じたからだ。で、多分それは、私の私自身に対する評価が低すぎるせいだと思う。ちなみに仕事場での私は自分でもよく働くと思う。私が動けなくなるのは家の中だけだ。子供の頃から家では非難される事が多く、外では誉められた記憶しかないくらい優等生だった。私の自己評価が低すぎるのが、生来のものなのか、後天的なものなのかは分からないし、それを知った所で何の役にも立たないだろう。自分の過去に今の自分の種を探し出す事に執心していた時期もあったけれど、今の私にはそんなまどろっこしい事をしている暇はない。するべきなのは、正しく自己を評価して、ちゃんと動けるようになる事だ。今日は少しノルマをこなせた。小さな事から始めよう。大切なのは続ける事だ。
2004年11月24日
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一度しょーもない日記を書いたんだけれど、TVを観ていたらどうしても書きたいネタが出来たので。『メダカ』を観ている。私は短い間だったけれど教壇に立っていた。今でも「教育」に関心があるせいか、学校が舞台のドラマが好きでよく見る。金八もGTOもごくせんも結構ハマった。でもこの『メダカ』ってのだけはどうも頂けない。今日も生徒に自殺されたのがトラウマになってる教員が出てきたけれど、「違うだろうよ、それは」と思った。以前いっしょに働いていた先生に、やっぱり生徒が自殺した人がいて、しかもその生徒はその先生の名前を遺書に残していたらしい。その内容まではもう私も忘れてしまったけれど、「あれは相当キツかった」とおっしゃっていた。生徒が自殺するっていうのは、たぶん教師にとって最悪の結果の内の1つだと思う。でもその先生は決してそれで閉じこもったりする事なく、熱心に指導してらっしゃった。私の知っている先生の中でも、生徒からとても信頼を置かれるタイプの方で。でも『メダカ』に出てくる若い教師たちは何だか余りにも甘すぎて、ストーリーも「そんなにうまくいくかよ」ってい言いたくなるような甘すぎる展開が多いように思う。まぁ全ての回は見ていないから、断言は出来ないけれど。教育の現場って、本当にハードな話ってごろごろしてて。(当然校内暴力もあるし、やっぱり精神を病む子も多いし、最近は性病になる子も多い…)それを解決して乗り越えていこうと思ったら、大げさでなく金八とか鬼塚とかごくせん(名前分からん・・・)とかみたいなパワーがないと難しいと思う。幸い私が教壇に立っていた頃には、ドラマ顔負けな熱くてしかもデキる先生が沢山いて、(しょうもない先生とか頼むからやめてくれって思う先生もいたけれどね)すげー、ってずっと思ってた。私もそれに負けてられない、と気張ってツブれたんだけれどね。まぁ教育界からドロップアップした私に偉そうに言う資格はないか。でも『メダカ』を制作してる人たちは、今の教育現場をまじめに取材したとは思えないな。その点、金八はけっこう時代をつかんでるような気がする。最近の生徒の怖さがよく出てるような・・・。教員をずっと続けている方が観たらどう思われるんだろう。-----------------------------------以下、全然関係の無いしょーもない日記。元々人一倍エネルギーがない私が、働きながら家事もしようと思うと、いきおい手抜き料理のオンパレードになりますが、簡単でおいしい料理もいっぱい発見できまする。そんな手抜きうまうま料理をご紹介。1キャベツを適当に切る。2豚肉の薄切りを適当に切る。3鍋にキャベツ豚肉キャベツ豚肉・・・の順番で重ねる。 煮たらキャベツが減るから鍋いっぱいに詰め込んでOK。4トマトジュースとスープの素(固形のブイヨンでも粉末のでもOK)を入れる。5塩コショウ・酒を振る。6蓋をして煮込む。以上です。超かんたん。おいしい。分量は適当で。私はトマトジュースの代わりにカゴメのトマトソースの缶詰を使いました。そのソースがうまかったのでは、という説もありますが。でも豚肉のだしでおいしいんだと思います。
2004年11月23日
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ブス論で読む源氏物語、というのを読んでいる。これでもか、という位「ブス」という言葉が出てくるのが、ある意味小気味良い程。念の為補足しておくと、筆者はこの言葉を、その時代に醜貌と見られていた容姿を指すのに用いており、蔑称として用いている訳ではない、との事。時代によって美醜の基準が違う、というのはよく知られている事だろうけれど、容姿が醜い事を悪とする価値観が、仏教から始まったとか、「人を外見で判断してはならない」という思想は儒教のものだとか、初めて知る興味深い話が満載。急に話が飛ぶけれど、私は「ブサイク」と言われて育った。全く我が親ながら失敬な話だと思う。まぁ実際地味な顔立ちで、今の旦那さんにも「二重にしたら印象変わるだろうねぇ」などと、暗に「プチ整形してみたら?」的ニュアンスを匂わされた事も…。ブサイク呼ばわりされて育つと、ほんまに自分はブサイクなんだと思ってしまうのが怖い。これではいかんと初めて思ったのは、たぶん新井素子の「ナイトフォーク」という小説を読んだ中学生の頃だったと思う。女子たるもの、例えどんな容姿でも「自分は可愛い」と思わねばならない、とかいうフレーズがあって、妙に説得力があった。大人になって、眼鏡をやめた時期からかな、たまに(本当にたま~にだけれど)、お世辞にせよ「可愛い」とか「きれい」とか、言って頂けるようにもなって、「ブサイク」の呪縛からは解放されたと思う。あとは努力なんだろうな~。いかんせん怠け者なので、毎日きっちりメイクとかしないし、可愛いと言われるよりおもろいと言われる方が喜んでしまう所があって、キレイなお姉さんにはなれなかったけれど。見た目より能力を評価される方が嬉しいと思ってたんだよね。おもろいのも能力の内やと思うし。なんて事をつらつら考えていて思い出すのが、この間TVで見たビューティーコロシアムで。容姿にコンプレックスを持つ女性たちが整形やエステやメイクで大変身する番組。うちで夫とも話したし、同僚とも話したのだけれど、実際には彼女たちは元々そんなにひどい容貌ではないと思うし、整形後も劇的に容貌が変化したようには見えなかった。確かに美人じゃないし、見た目が可愛いとは言えないかもしれない。でも、その辺歩いてる小綺麗なお姉さんたちだって、化粧落としたら似たようなモンやで。絶対。彼女たちが変わったのは、気持ちの部分なんだと思う。何が言いたいかというと、「ブス」「ブサイク」は、言葉と思想によって作られるんじゃないか、って事。「ブサイク」の呪縛にしばられていた事がある(多分今も本当はどこかで縛られてはいると思う)私は、あの番組の女性たちを「ブサイク」にした奴らが憎らしいな、と思う。で、女
2004年11月21日
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言葉が出なくなってから、どれくらい経つのかな。私の言う言葉っていうのは「書く」言葉の事なんだけれど。せめて時々はこうして日記でも書いて、言葉のリハビリをしようと思う。余りにも稚拙になった自分の表現力に失望しながらも、これ以上退化したら、もう私は私の知っている私じゃなくなってしまいそうだ。ここしばらくずっと自分の中で滞り続けていたある事を、やっと告げる事ができた。思いのほか簡単(そう)にそれを受け容れてくれた彼女に感謝する。たぶん今夜彼女は悩むだろう。もう少し自分を追い込んでみたい、なんていう無謀な考えは、脆くも打ち砕けた、って所で。結局自分の弱さを確認しただけだった。得るものはあった。与えたものもあったはず。ただ、不毛なやり取りの繰り返しにうんざりしたし、より良くしようという思いの無い人間の、尻拭いをさせられるのは、もう御免だ。現場で必死に闘ってる人間を舐めるなっての。とにかくもう、「私」を無駄遣いするのはやめだ。
2004年11月08日
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最近すっかり自分を見失ってしまっている。どこに行きたいのか分からなくなっている。会社でも不自由な感じばかりが募るし、家でも、結婚した、というのもあって、自分の思い通りにはいかない。まぁ当然の事だし、夫は私以上にそう思っているんじゃないかと思うけれど。現在の自分ばかり見つめているのは余り生産的じゃないから、私はどうしたいのか、何かにうずもれそうになっている自分の声を、ちゃんと聞いてあげなきゃならないと思う。一つだけ思い出せた事があるから、また生活の中で忘れてしまわない内に書き留めておく。それは、私は「変えたい」という事。環境を、体制を、組織を、人を、私を。色々な事が、より良くなるように、私自身の手で、変えていきたい。
2004年11月05日
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私は仲間が苦労してるのに気が付かなかったり、見て見ぬ振りしてる人間が大嫌いだ。そんなヤツに囲まれて働くのにほとほと嫌気がさしてきた。
2004年09月25日
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同学年の友人が29歳の誕生日を迎えた。何となく、私も「年齢を重ねる」って事について思いを致してみた。「早く30になりたい」ってよく思ってた。雑誌や何かで「30になったら楽になる」とか「なった」とかよく目にしていて、「私も早く楽になりたい」って思ったのが理由だった。でも私ももう28歳だけれど、30になったからって楽になれる訳じゃないって、感じ始めている。私の精神年齢はたぶんまだ28歳になってないから、精神年齢がちゃんと30歳になれたら、楽になるのかもしれないけど。私の精神年齢は、高い部分と低すぎる部分とが入り混じっているのかもしれない。いつもテンションが変わらない夫を見ていると、自分のアンバランスさが改めて感じられる。幸せなんだけれど、時々壊れたように泣き叫んでたりもしているから。いつまでもこのポンコツの脳みそだけは変わらないのか・・・なんてがっくりしたりも。せめて、この自分ともっとうまく付き合っていく努力は、諦めずにやっていこう。昔から好きだった自己分析の実用性を最近ようやく知った今日この頃。
2004年09月02日
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ヤバイ。
2004年07月30日
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しんどい時支えになるのは女友達だったり恋人だったり夫だったりしたけれどもっとしんどかった時を過ごした自分自身も今の私の支えになるんだって初めて知った気がする決して「強くなった」なんて前みたいには思わないけれど
2004年07月29日
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たぶん半年ぶりぐらいで、イエローモンキーを引っ張り出して聴いた。『パンチドランカー』。仕事で疲労困憊している時になんてぴったりなアルバムだ。それはともかく。やっぱり私はモンキスト。アドレナリン出まくり。『球根』聴いたら相変わらず泣きそうになるし。くそ。ソロ活動もいいけど早く復活してくれよ。
2004年06月15日
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ようやく自宅でネットできる環境が整いましたー。仕事と家事で(入籍したです)忙しいから、実家にいてた時のような訳にはいかないかもしれないけれど、できるだけ日記とかコンテンツとか更新していきたいっす!お久しぶりですな方も、初めましてな方も、どうぞよろしくでス。今朝はびびりました。会社からの電話で目が覚めました。思い切り寝坊……。ちょっとショックでしたわ。失敗は仕事で取り返そうと、いつも以上ににこやかにちょこまかと働いてきたですよ。(罪悪感から、とも言う。)おまけに2時間近くも遅刻してきた私に、事務仲間の皆様がなんと結婚祝の品々を……。何だか申し訳ない気持ちでいっぱい。しかも「お返し要らないから!」と固辞され、あぁ、これは身体で返すしかないな、と(笑。ほんま、30近くにもなって寝坊で遅刻はあんまりだ、俺。がんばれ俺。
2004年06月03日
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山田詠美の『A2Z』を読んだ。比較的短い作品という事もあり、一気読みしたが。が、だ。分からなかった。のが正直な所。何だろう。たぶん、私が重度の恋愛中毒(いや、愛情中毒?)だからだろう。精神的に自立した、対等な恋愛をする人には、理解可能な世界なのかもしれない。ひとつ。同時に二人の男を愛せる脳みそを持ち合わせていない。ふたつ。夫にはライバルではいて欲しくない。この辺りが私が理解不能に陥った原因かと。頭の中に棚がひとつしかなくて、しかも心が余りにも脆い私は、たった一人の、私を愛して庇護してくれる存在を必要としている。それに気付いていなかったから、ずいぶん悲しい思いをしたけれど、とりあえず居場所は見付かったみたいだ。怖いのは、守られる生活の中で、私がこの事を忘れたり、私が必要とするものが変わってしまう事。それとも、変化を恐れる私が、変われる自分を殺す事なんだろうか。
2004年05月20日
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携帯電話のメモリを整理していたら、えらい昔に書いた日記が出てきた。ちゃんと完結してるのに何で送信してないんだか…。もう2005年1月だぞ…。――――――――――――――――――――実家に帰って荷物を整理してきた。親もかなり自分の本なんかを整理している所で、手放すのが惜しいような本が古本屋行きを待っていたりした。昔勝手に借りて読んだ『生きるヒント5』が転がっていたから新幹線で読もうと思って持って来た。何気なく開いた章が思いの外響いて、本は読む時の心境によって違う顔を見せるものだというよく言われてきた事実を今さら実感する。内容はアウシュビッツ収容所から生還した医師の体験記の引用に過ぎないけれど、その説得力あるレポートの真実に勇気づけられた。アウシュビッツで自殺したり、反抗して殺されたり、栄養失調で死んだりせずに生き残れたのは身体的に、また精神的に強い人間ではなく些細な美に心を動かすような人間だったそうだ。こっ恥ずかしいけれど、私はめちゃめちゃ感動し易い質で水戸黄門で泣けるくらいだ(笑)。精神力と脳みそは欠陥だらけだけれど、人間に惚れたり命あるものを慈しんだりする柔らかい魂と音楽や言葉を通して伝わる想念を感知したりするアンテナの出来は捨てたもんじゃぁ、ない。その事については自負もあって、そのせいで私の人生が面白いモンになっているのは分かっていた。それが、ただ「生きる」為にも必要な事がある、って今回教えられたのは、ちょっと「うひひ」って感じに嬉しいし本当は子供の頃から「30まで生きられそうにない」と感じ続けていた(思ってたんじゃなくて何となく感じてた)私に免罪符が与えられたような喜びがある。と思ったんだけれども前に1回読んだ時のワシは何も感じなかったのか?何も覚えてないってどうゆう事やねん……。もしかして私って父親と同じでサスペンスドラマ何回でも観られる人(笑)?!
2004年05月04日
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まぁ結構よく働いてると思う。新年の誓いを破って。やらなきゃ終わらないんだから仕方がない。かなり腹立たしい事(事っつーか人だな)も多いけれど。それでも前の仕事に比べたら遊びみたいなもんだな、と思う。寿命縮んでるな、って感じがなくなった。どんなにキリキリ働いてても、命削ってないからだな。馬鹿な奴らに悪態つきながら絶対あいつらより仕事出来るようになって言い上げてやる、ってイカりながら働く自分が、なかなか新鮮で面白い。そう言えば俺って結構負けず嫌いだったっけ。
2004年01月14日
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帰ってきてました。30日の午前零時頃。昨日、年賀状書きが一段落ついたから、楽天に繋ごうと思ったら、全っ然つながらないんでやんの!数ヶ月ぶりなのに(泣。やっと繋がったけどもう明日戻るし。そんな訳で日記もこんなんだし、御挨拶に廻るのも最小限しかできず。とりあえず、あけましておめでとうございます。今年もよろしく、とうかつには書けない、この更新のまばらさ(苦笑。近況を。11月はボロ雑巾のようにこき使われ毎日ブチ切れ寸前で働いてました。12月は少し落ちついたけど今度は業績悪化で給料ボーナスカット。まぁベンチャーな会社やからしゃーないかな。昔新卒で入った会社を半年でリストラされた私、会社から何されてもびっくりは致しませぬ。イカるけれどね。言うべき所は主張して、やるべき仕事はしっかりやる、ってスタンスで正しく労働したいと思いまするよ。ま、失敗も致しますが。ちゅーか。仕事変えても結局仕事一色だな。「仕事」好きみたいです、私(汗。
2004年01月01日
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久しぶりに小説にはまった。一昨日ふと本屋に立ち寄って以前読んで印象に残っていた作家が実は山本周五郎賞を取っていたのを知り受賞作品を買って帰った。山本周五郎賞は確か吉本ばなながTUGUMIで取った賞だからハズレはないだろうと踏んだのだ。昨日今日と通勤電車の中で人目と乗り過ごしを気にしながらも読み耽り(朝っぱらから人前で読むのにふさわしい本じゃない)今日の帰り、乗り換えの駅に着いた時点で残り数十頁になっていた。後30分で家に着けるけれど、そのうちの半分の時間は徒歩だから続きが読めない。そのたった15分が耐えられなくて、駅ビルのファーストフード店に駆け込んだ。ハンバーガーとコーヒーを手にする間さえもどかしくて、でも閉店まで30分しかないから食べずに読み切るのも無理そうで、(でもお腹も空いてたから食べない訳にもいかなくて 笑)必死に読んでは食べた。こんなに必死に読んだの久しぶりだ。もしかしたら10年ぶりぐらいかも。そして読み終えてすぐ、同じフロアにある本屋にまた駆け込んで同じ作家の文庫を探して全て(4冊)買った。何を読んだか。人に話すのが少しためらわれるけれど。中山可穂の『白い薔薇の淵まで』。そう言えば初めてこの作家の作品を読んだ時も、ココで感想を書いた。少しためらいながら。女性同士の恋愛、というかむしろ性愛を描いたものです。官能的なのにストイックな感じがするのはなぜなんだろう……。あ 昔似たような感じがした事があるな。姫野カオルコの『変奏曲』を読んだ時だ。あれは近親相姦の小説だった……。うーん。そうだった。私は結構アブノーマルな話が好きなんだった。あの特有の張り詰めた感じが、たぶん小説の醍醐味を感じさせてくれる気がするんだな。これが映画だったら私はこんなにはまらない。言葉だけで極まりを感じさせようとする事自体がストイックでエロチックなのかな。性愛を直接描いていなかったとしても。とりあえず、激しい恋愛小説を読みたい人は、是非。今私は、買った4冊の内の1冊はもう読んじゃいました。
2003年12月12日
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忙しい。なかなか。一時は毎日9時から22時まで働いていて、これじゃ続けられないなぁって思ったり。父親に大変だ~って言ったら毎日12時までじゃないなら大した事ないって一蹴された。まぁ拘束時間的には前職以上ですが、精神的には相当楽になっているので何だかんだ言いながら続けてゆくんでしょう。楽、というのも相対的なものだけれど。つまり私にとって今の職の方が軽いという事。ここまで考えた時、私は自分にとって大事だと思う仕事を捨てざるを得ないほど、弱っちい人間なんだな、と思った。大事な仕事には押し潰されて、そんなに大事だと思わない仕事の方が頑張れるなんて何だかね……。とは言え、私にも事務仕事が出来る(食っていける程度には)と分かったのは、大発見。あと、人間修養がまだまだだって事に気付いた(苦笑。大人相手だとこんなにカッとなるのね……。毎日発見しながら生意気な新人OLやってます。
2003年11月26日
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以前仕事で世話をしたり世話になったりした若者からメールが来た。管理していたサイトをメンテナンスしようとして当時私がそのサイトを借りて書いていた日記がまだ残っている事に気付き知らせてくれたのだ。あの頃の夢を私は半ば諦めている。そんな今の私には、少し痛い文章だった。別な夢が出来た私は、あの頃人生の全てだった仕事を捨てた。それはあの頃の私を捨てる事だったのかもしれない。今更そんな事を思う。後悔はないけれど、あの日の私と、それを見ていたあいつらに、恥ずかしくない生き方をしなければ……と思った。
2003年10月01日
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岩波文庫の『倫敦塔・幻影の盾 他五篇』を読んでいる。『琴のそら音』と『一夜』がいい。漱石の長編作品ではかえって見逃してしまう文章の繊細さと優美さを味わえる。これは短編作品では個人的に『夢十夜』の第一夜に次ぐ。随分前に古本屋で何の気なしに買ったまま放っておいた1冊だったけれど、儲けたな。
2003年09月25日
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大切な人と喧嘩をしてしまった。仲直りしたのに悲しくて仕方ない。この人にだけはどこまでも受け入れて貰えるものだと決め付けていた自分の甘さと甘えとを突き付けられたと思う。絶対なんてないんだってことなのだと思う。一心同体だなんて思ってた。本当はこんなにも通じ合わないことがあった。言葉が足りなかったのもある。想像力が足りなかったのもある。たぶん思いやりが足りなかったのもあるんだろう。愛されたいばかりで自分の愛情は形にしていない。たぶん。生活とか文化とか全然違って。けれど1対1で向き合えばそんな壁はないんだって思えたから今まで仲良くやって来られたのにこんな風に余りにも簡単に違う人間だと思わせられたことに傷付いている。価値観が違うのはわかっていて「違う」ことがはっきりするのが怖かった。これから歩く道が本当は違うんじゃないかって思われたり思ったりするのが怖かった。だから見ないようにしていたのかもしれない。逃げていたのかもしれない。2人が違う人間なんだって所からもう1回始めなきゃいけない。違うから、心も体も別々だから一緒にいるには頑張らなきゃいけない。一緒にいたいから頑張らなきゃいけない。特別なことじゃないけれど、自分たちは特別なんじゃないかなんて思っちゃっていたんだ。思い上がってたんだ。今まで通りじゃだめなんだろう。どこに落とし穴があったのかちゃんと探さなきゃ。見つけなきゃ。明日からまた一からやり直し。
2003年09月22日
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戎橋に落っこちそうな位ひしめき合うファンの映像を眺めて「あほやな~」(注:ここではホメ言葉もしくは愛情表現)と笑ったけれど今岡の真っ赤な目を見てめちゃくちゃもらい泣きした私も結構あほの仲間なんかな(笑
2003年09月15日
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ちょっと叱られたりたまに当たられたり時に優しくされたり一緒に喜んだり締め切りに追われてくたくたになったり上司のいない隙にゆっくりおやつ食べたり何だかOLっぽい毎日送ってんじゃん私!って感じですなまぼちぼち
2003年09月11日
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愛し得なかった君を今なお夢見る通じ合う事などなかった君を夢の中君は優し過ぎて目覚めた私はその度戸惑う幻想の中の君にではなく在りもしない君の優しさをどこまでも探している自分自身に温もりは手に入れたがいまだ渇きは癒えず届かぬ場所に囚われ続けるこのあさましい己の愚かさを笑えよ欲深さ故に苦しむがいいいつまでも
2003年09月02日
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「愛を、傷のように深く心の中に感じた。 同時に、この傷は、 これをえぐるために、与えられたのではなく、 花となり、光り輝かなければならないことを、 彼は感じた。」(ヘッセ『シッダールタ』新潮社文庫)大学時代に『デミアン』を読んだ。中身はすっかり忘れたけれど、私の内面にすごく響いた事だけは覚えている。たぶんヘッセで一番有名な『車輪の下』は、抜粋しか読んだ事がないけれど、どうやら私はヘッセが好きみたいだ。
2003年09月01日
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実家に帰ってきた。盆休みなので。入社日から1度も私的なインターネットはしていなくて、ようやく皆さまの書き込みを拝見できた。ご無沙汰しまくり。今日は5時間かけて帰ってきたのでちょっと疲れた。また明日訪問させて貰います。
2003年08月14日
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転職して2週間 なかなか忙しい毎日です仕事ぶりはプラスマイナス0かな と自分では思う未経験だし種類と量が膨大なので単純な事でも覚えるのに時間がかかる失敗もあるけれど親切に教えて下さる方々と暖かく接して下さる方々のおかげでへこむ前にまた仕事と人間と自分への愛情を思い出させて貰えるそんな毎日ですここでしばらく勉強させて頂いて仕事の進め方を鍛えてもう1度挑戦したい事があるなんて性懲りもなく考えたりして土曜の朝日新聞に付いてくるbe新聞というのがあって先週の特集が良かったあるヘッドハンターの方のインタビュー記事なんだけれど『回り道に見えても、そのつまづきこそが、その人にとって付加価値に転化する場合もある』とそんな意味のある転機を自分で作ってみたいそんなこんなで元気です
2003年08月06日
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引越した。5回目だし実家を出て1人暮らしをするのだから部屋を引き払う訳じゃなし、楽勝やろ! と思っていたが甘かった(笑。考えてみれば賃貸とは言え住居の契約を全く1人でするのは初めてで、(最初の就職の時は親が部屋を決めたのだ……)かかる労力もお金も不安感も初めて経験するものだったんだな。そりゃ疲れるわ。でもここ3日ほどめっちゃ爽やかな天気だったのは大助かり。日当たりとか治安とかかなり心配していたけれど、いざ来てみれば日当たりもまずまず、南向きじゃないせいでかえって涼しい感じでなかなか過ごし易そう。安全面は、女の1人暮らしだし都会に出てきたのだから、どうしたって怖い。徒歩をなるべく避けるべく原付購入で対処するつもり。1つだけ欠点を挙げるなら、眼下に広がる墓場(笑。寺に面しているのだ!今もそこから鐘の音が響いてくる……。……風流?まぁ仏教徒やし、いっか(笑。後はまだTVもPCもオーディオもないから静か過ぎってことかな。TVとPCはしばらくなくても良いかと思っているけれど、音楽は聴きたいし阪神戦もせめてラジオでくらいはチェックしたい。明日はコンポ買いに行こう♪新聞も頼まなきゃ。あぁもうこんな時間だ。1人だと時間の流れが分からなくなるな……。特にここ2ヶ月はすっかり家事手伝いが身について、家族の生活に合わせていたもんな。さ! 風呂入って、今夜は何もない部屋のど真ん中で寝るぞ(笑。何だか、小学生の頃野外研修で雨降って、キャンプ中止になって体育館に寝袋持ち込んで寝たのを思い出す(笑。(全学年250人が体育館に雑魚寝。なかなか壮大な光景じゃない?)こんなのもたまには良いかも?
2003年07月17日
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今日は雨が降っていなかったので家族を車で送らねばならない事もなく、思いっきり昼まで寝ていた。しかも2日連続で指令を受けていた夕食作り業務からも解放され(父不在のため昨日作ったカレーを食べる事が許された)、午後は引越準備に集中。何だか気分もだんだん良くなってきて、今夜は元気。やっぱり微妙に疲れが溜まっていたのかな。こんな風にちょっとした事ですぐ調子を崩してしまうポンコツっぷり(汗。新生活が始まっても気を付けないと……。明日は結婚する友達の為のお祝を買いに出かける。楽しみ楽しみ♪楽しみと言えば。さっき『金スマ』観ていたらものすごい劇的なリフォームが紹介されていて、久しぶりの1人暮しがこれまた楽しみになってきた。どんなインテリアにしようかな♪♪
2003年07月11日
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引越と入社の準備の為バタバタしている。たぶん今度は何十年もこの土地を離れる事になるんだろうな、と思うと名残惜しい。ここは大して大きくもない地方都市で、たぶん何の変哲もない所なんだけれど、程よく便利で程よく田舎で、ものすごく過ごしやすかった。これから私が移り住む場所は、私にとっては大都会。就職活動と部屋探しのために改めて歩き回ってみると、何て人間が多くて、何て自然がなくて、何てストレス溜まりそうな場所なんだ……と実感。いや、私5年前にはそこに住んでいた筈なんだけれど(汗。とは言え、たった4年とはいえ目いっぱい働いてしがらみも増えた故郷を離れて再出発出来る事には、解放感も、期待もあって、余計に故郷の空気がおいしく感じられているんだろう。内定の知らせを受けた時ほどの嬉しさは薄れて、疲労と不安で少~しエネルギー切れかけだけれど(早!!、(それには、最近の凶悪事件に対する恐怖感も影響しているような気がする。 まったく、日米のプロ野球ニュースくらいしか、嬉しいニュースがない……。)向こうで楽しい事いっぱい待ってるから、とりあえずもう少し引越準備がんばれよ、私(笑。----------------------------------------------------------------------------------昨日から急に調子が悪い。何となく身体が重くて、心も重い。就職決まって、彼氏の傍にも行ける事になって、うまくいかない母親とも離れられて、今絶頂の筈なんだけれどなぁ……。結局、私はこの調子の波から逃れられないのかな?どうしてこんなに浮き沈みが激しいんだろうなぁ。やっぱり祖母譲りの真性鬱病患者なのかなぁ。
2003年07月10日
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