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曇りのあと雨へという天気予報。朝からこういう曇りだと、ごろごろしていたい。ぬくぬくとふとんの中でしていたい。片づけなんて後回しにしたい。けれど、そういうわけにもいかず、自分に頑張れと言葉がけして動こう。だんしゃってもだんしゃってもものっていうものはある。さてさて、、、、困ったものです。まだまだ未熟ものですな。けれど、よいチャンスだから、めげずにこつこつ続けようっと。
2012.01.21
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みぞれ交じりの寒い朝。春が近づいてくるとこういう天気になってくるのが関東エリア。一歩一歩、春へ。日も長くなってきています。フクイチ方面からの風がもろに関東にくる初めての春。人は知らないうちに、「自分は相手のことを気に入っていないのに、相手には自分を気に入って欲しい」という、心理が働くようです。 どんなに相手に合わせてみても、だれからも好かれることは無理なんですけれども。 大事なのは、自分が自分を好きであるかどうか そのことに向き合っていないから、他者に好いてもらうことで自分はOKだと思い込んでしまう。 相手が好きでいてくれているのは本当の自分ではなくて、実は無理に相手に合わせている仮面付きの自分なのに。 なので、苦しみや不安は増すばかりということになるかも。 他者がどう評価しようが、 よい自己評価「自分は本質的にいい人間である」ということを勇気と愛をもって自分に言い聞かせることで、もっともっと自分を好きになれると思います。自分は自分を好きになることに値する人間であると常々思ってあげることが、ねぎらいになり、励ましになりますよね。人に何を言われても、それはその人がそう思ったことであるということ。自分はそのまま鵜呑みにして、反応してしまうことのないようにそのたびに自分は自分でありそのひとではないと。自分が自分を大切にしなかったら、いったいだれが自分を大切にするのかと。自分をさげすんだりしないことを自己卑下したり、必要以上に罪悪感をもったりするかわりに、その場その場で選択していくことはあ、そうじゃなかった、自分はどんな失敗しても、自分を大切に思うことの練習をしているんだったとめげずに、幼児が倒れても倒れても起き上がるように繰り返し繰り返し自分に言い聞かせてみる。そんなことをやってみています。そうしていると、自分を好いてくれない人がいてもそれはそれでOKということを受け入れられます。受け入れてもさびしくなくてハッピーで暮らしていけます。
2012.01.20
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屋外に出るとうっ寒いという言葉が思わず出るような日々。片づけに勤しんでいます。ものと向き合って捨てる捨てないを即決する練習をしています。自分を責めず、自分に怒らず、淡々と分別しています。私の実家は鎌倉です。今、弟が新築の家を建てて住んでいます。それなので、生まれ育った実家はもう姿がありません。新しい家は私の家ではないんです。そこはもう私の居場所はないんです。私の記憶の中にある、ときどき夢の中にでてくる、そこが私の実家です。なので、弟に保管しておいてということが言えません。今住んでいるところに引っ越した時は、まだ鎌倉に実家がありました。そして時がすぎて、実家はなくなりました。とにかく捨てようと思います。タイムカプセルのようなものが出てきたりして驚いています。そのようなものを捨てないにしても、とにかく、すっきりしたいです。シンプルにシンプルになっていきたいです。今日も片づけというかだんしゃっていきます。すっきりさっぱりへまた一歩。一つ一つのものと向き合って、と同時に自分と向き合ってだんしゃっていきます。
2012.01.15
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だんだん気温が上がるそうですが、冷え込んでますね。引っ越しのためにどんどん捨てることをしていますが、分別するのが結構面倒です。昔はこれがなかったんだと思うとその当時はよかったなあと思ってしまったりします。けれど、処理する方からすれば、環境問題を考えれば、それはとんでもないことをしていたということですか。。。使えるものを捨てるのは、、、つらい。けれど、それもしょうがないですね。今後の行動に反映するしかない。分別したごみを早く捨てたいとそれぞれのごみ出し日が待ち遠しなんて。さっぱりさっぱりするために、日々、ひとつひとつのものと向き合っています。なつかしいものも出てきました。わくわくしていたあのころのもの。それをみると今でもわくわくします。そんな自分にやっぱりわたしは変わらないなあなんて思ったりして。さ、続きを今日も。多くのものを だんしゃっていきましょうか。
2012.01.13
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冷え込んで凍えそうな今、この時。それでもそれでも、お日様はいつものように燦燦と照らしてくれてます。ありがたいことです。少しずつ温度が上がる気配。お日様、お天道様、この燦燦と放つ光の明るさと暖かさは無条件の愛以外のなにものでもないといつも思いつつ、感謝しています。大いなる存在の愛なのでしょう。この明るさがなくなったら、、、この暖かさがなくなったら、、、真っ暗になったら、、、、冷え込んだままだったら、、、、毎日太陽が昇るのは当たり前。(当たり前に感謝するって変かしら?)たまには、くもりや雨や雪。それでも太陽は昇っていて、、、雲がいなくなれば、温かく照らしてくれます。どんなにどんなに感謝してもしきれない。太陽の光を浴びていると、愛されているという実感がわいてきますね。わたしはお日様が大好きで、この愛を受け取るのが大好き。自分の体だけでなくて、いろんなところに受け取ります。おふとんに受け取ると、夜でもお日様のエネルギーをチャージできるし。なので、晴れていれば干さないわけにはいかないです。いろいろな乾物だってお日様で乾かしたものはチャージされてますね。洗濯ものだってね、チャージされてます。お日様に充てるだけですからかんたん、シンプルなチャージです。だれもお金を取りません。だれもねたみません。だれでもハッピーになります。自然の中にいると植物や、雲や、風が 癒してくれますね。そこにいるだけでいいんですね。だれでもそれなりに癒されます。自然は人を選んだりしないんですね。樹木がそばにくる人を選んで癒すでしょうか植物がそばに来る人によって癒すのをやめるでしょうか流れている雲がそれを見つめる人を選ぶでしょうかそよぐ風がそれを受ける人を選ぶでしょうかこれも愛でしょうか。大きな愛ですね。当たり前の日常の中に愛がありますね。お日様があって、自然の中にいて、ぼ~としているとだれでも癒されます。だれでもです。素直な気持ちになれれば、誰でも癒されますね。いつか家の裏に畑が作れるようなところに住んでみたいです。土と対話する生活もなかなかよいものと思っています。自然は厳しい顔ももっています。穏やかでないときもあります。それでもそれは一時的です。また穏やかに戻ってきます。鳥がさえずり、花の香りが漂い、光が満ち溢れます。こんな街中でも、それなりの自然があります。花壇に花が咲き、ときおり小鳥がさえずり、明るい光と暖かさと。その中で、癒しを創造してみるのも面白いです。愛はそこにあるのだと思うとそこにあるのです。目を覚まして五感をフル回転させて、感じてみてください。感じるしかないのです、目に見えないものなので。
2012.01.05
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午後はにわか雨の可能性があるらしい。そうだとするなら、今この暖かい光があるうちにいろいろとやらないと。今日、思い出したのは「神との対話」のこと。ちょっと拾ってみました。勇気づけられます。・深く探ってみれば、人間の行動には二つの衝動しかない。 不安か。愛か。・人の思考も行動もすべて、愛か不安か、どちらかを根拠としている。 ほかに動機はない。・自分という存在を創造し、自分が何者であるかを知るためには、自発的な意思による行為を通す ほかはない。無意識に従属していたのでは、不可能だからだ。・人類の聖なる書物のすべてが、-あらゆる宗教的説話や伝統のなかでー 「恐れるなかれ」と、はっきり諭している。これは偶然だろうか?・第一の法則は、あなたがたは 自分が想像する通りになれるし、想像する通りのことができるし、 想像する通りのものを持てるということだ。 第二の法則は、あなた方は恐れ、不安に思うものを引き寄せるということだ。・愛は究極の現実だ。それが唯一であり、すべてだ。 愛を感じるということは神を体験することだ・不安や恐れは愛の対極である。これが第一の両極。 物質的な領域には、二つの在り方しかないと言った。不安と愛である。 不安に根ざした思考が、一つの物質的な場を生む。 愛に根差した思考がもうひとつの場を生む。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~愛だけがあるとき、愛を体験できない。それが普通だから。愛の対極である不安、恐れを感じるからこそ、愛を体験することができる。そう、魂は体験したがっているのだ、いろいろな概念を。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~魂が思いを抱き、精神が創造し、身体が体験する。これで循環は完結する。魂は自らの体験のなかで自分を知る。~~~~~~~~~~~~~~~~~~だから、乗り越えられるはず。だからピンチはチャンスに違いない。今年もいろいろなものとの出会いに 感謝できそう。どんな出会いが待っているのだろうか。
2012.01.04
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三ヶ日が終わり、お重も空になり、お重を片付けました。お正月も終わりか~午前中の早い時間に義父から電話がはいり、義父の姉の入っている老人ホームから義父に電話があってその姉が嘔吐したので、布団を捨てるけれど、よいかどうかという内容だったらしい。そういうことだと、新しい布団がいるということで、どたばた。主人は実家へと出かけて行きました。あわただしい3日の始まり。私は片づけを、ということで、家に残ることになりました。どうも息子二人が実家へかけつけ、府中の叔母のところに3人で出かけるようです。義父は姉の世話をしています。頑固に世話を焼いていますが、焼けるうちは焼いてもらいます。もうそろそろ主人が引き継ぐことになりそうですけれど。義父はその日のその時の気分であれしようこれしよう、あれしてくれないかなので、かなり難しい。うちができる範囲のことなら、いいんですが、実家は車で2時間ほど。近くはないのです。5日と6日に義父は歯医者にいって最後の2本の奥歯を抜歯するそうです。その後入れ歯にするらしい。主人は歯医者に一緒にいってほしいといいます。義父はいや大丈夫といいます。わたしは義父がいやいやといっているので、押せません。困りました。先日の打撲で背中がまだいたくて、ソファーに寝ているらしいのです。主人はそこを見てもらってほしいといいます。けれど、義父は診てもらいたくないといいます。困りました。ぎりぎりまで、わからないのです、、、気分がころっと変わるとじゃあ頼むかなといってくれるんですが。ぎりぎりまでわからないと、こちらの予定も、、、片付けしたいので、困りました。主人の心配をよそに、義父は内心では、おれだってまだまだ元気だ!といいたいのです。必要以上に医者の世話になりたくないのです。(ほんとは必要かもしれないけれど、本人はそう思っていますから)
2012.01.03
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事始めの2日の本日。初夢は思い出せず、、、、、、これ、思い出しました。マザーテレサの言葉です。「あなたの心の中の最良のものを」人は不合理、非理論、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。目的を達しようとする時、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やりとげなさい。善い行いをしても、おそらく次の日には忘れ去られるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。あなたの作り上げたものが、壊されるでしょう。気にすることなく、作り続けなさい。助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい。あなたの中の最良のものを、世に与え続けなさい。蹴り落とされるかもしれません。それでも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。マザーテレサ、、、この方の覚悟と運の強さは人並みではなかったです。だからこそ、今日(こんにち)知らない人がいないほど、慈愛の象徴のように亡くなってもますます尊敬されています。この方も同種療法を知っておられ、活用されていた方の1人でした。なるほど、、、とあの生命力の強さは、そういうことだったんですね。あの逞しさ、生命力の強さともいうべき行動力はどこからきていたのか?ずっと疑問に思っていましたが、このことを知って、合点がいきました。納得です。わたしも、その点で、彼女とのつながりがあるわけです。ふふ、ちょっと光栄かしら。「気にすることなく」の次に省略されている言葉が見えます。「自分を信じ、自分を愛し、」という言葉です。人は不合理、非理論、利己的です。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、人を愛しなさい。あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、善を行いなさい。目的を達しようとする時、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、やりとげなさい。善い行いをしても、おそらく次の日には忘れ去られるでしょう。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、し続けなさい。あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、正直で誠実であり続けなさい。あなたの作り上げたものが、壊されるでしょう。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、作り続けなさい。助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、助け続けなさい。あなたの中の最良のものを、自分を信じ、自分を愛し、世に与え続けなさい。蹴り落とされるかもしれません。それでも気にすることなく、自分を信じ、自分を愛し、最良のものを与え続けなさい。こんな感じです。いかがでしょうか?今年の抱負は、ノートに書き出してみよう。本年は、どんなわたしになりたいか?よき言葉を用いながら、大きなでっかい願望を、事細かにイメージすること。書き出しておくと、(自分だけの秘密としてでも)忘れないですみます。願望実現ノート、、、小さなことから、大きなことまで描いてみましょうか。
2012.01.02
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大晦日の午後1時半すぎにおせち料理にとりかかりまして、、、、去年までは朝から取り掛かっていたので、たいてい6時くらいには出来上がっていました。。。今年はどうなるものか、、、と思いましたが、無事に7時くらいには出来上がりました。最短記録かも!自分にごほうびあげたい!その後としこしそばにとりかかり、9時には外出可能となりました。外出??どこへ??実は、我が家の恒例の年末の参拝がまだだったんです。おせちが出来上がるってから、主人に提案してみることにしていました。主人にどうするか聞いたところ、(三田八幡、小さな稲荷神社、芝神宮、増上寺)「もうこの時間だと、人がでていて、車をちょこっと止められないからな~」という返事。「でも、毎年やってきたからね、、、(1994年以来)遠くからでも、ご挨拶しにいかない?」と私。主人、重い腰をあげました。都内空いておりまして、10時ごろには三田八幡。嵐の前の静けさ状態。そそくさと無事に一年がおわりましたのお礼の参拝。そして来年もよろしくのご挨拶。次に稲荷神社。2社並んでいます。ここは主人の前の実家の近くで、子供時代の思い出の神社。ずっとお世話になっているので、ご挨拶。小さい境内に入るとぷ~~~~んとカレーのにおい。このスパイスはネパールのカレーに違いない。と思いながら、参拝。きっと近くの部屋でお料理中に違いない。うまそうな香だったので、たべた~いと主人と二人で意見が一致。その後芝神宮。こちらに正面参道のはじによせて、車を止めてご挨拶&参拝。境内では、あと1時間ほどで人が出てくるので、準備をしてくださいと放送されていました。そして、増上寺。(うちは浄土宗なので、こちらは本山になります。)東京タワーが後ろにあるので、アベックのメッカ、外人も多し。お寺のまわりもすごい人。境内は歩けないくらい。いつも車をとめるところに車をとめて、大急ぎで参拝。境内は思うようにすすめず、、、警察のアナウンスがきこえてきて、10時半をすぎると、お堂の中にはいるのに、規制がかかるとか。それを聞いて、さらに人をかきわけ身をかわし大急ぎで、本堂に入り、とにかく、ご挨拶。本堂内はお焼香を待つ人で長い行列。お焼香はせずに、おおきなお賽銭入れのプール前まですすみ、なんとか参拝。車に飛んで帰る。そのとき10時半前。12時までには我が家と思いながら、車にゆられていて、居眠り。車がとまったので、どこかと思ったら、息子の守護神社でした。時間は12時をまわった頃。ということは、新年になっていました。もう30mくらいの行列、、、、、、待つの?甘酒のサービスがある、、、ちょっと体を温めるにはよいか、ということで、30分ほどかかって参拝。ということで、次は私の守護神社へ。こちらは、酒かすをちゃんと溶かした甘酒とおでん!(ミニ昆布入り)列を待っていられないので、並ばずに中に入り、正面でなくて、横の方から参拝しました。おおきなたき火で、だるまもどんどん売れて居ました。最後に主人の守護神社へ。こちらも並ばず、横からの参拝。甘酒は酒かすを溶かしたもので酸っぱさもきいていました。あと、つきたての餅入りおしるこ、、、甘かったけど、嬉しかった~お腹いっぱい。だるまはみなさん見て見ぬふりで全然売れていなかった~業者はつらいね~そんなわけで、家にもどったのは2時。充実した時間となりました。それからお風呂に入ってねまして、今朝は8時に起きたけど、水分不足の頭痛、、、まずはお茶、、、という感じです。これからお雑煮をつくり、おせちを食べます。家具屋さんは本日11時からセールだそうで、みにいかなくっちゃ。主人の実家にはいくのかしら???まだ未定。ところで、まだ、毎日一日の始まりにあげる祝詞をあげていません。あげなくちゃ。毎日続けることが大切と思うのです。
2012.01.01
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いろいろある新年 いま ここ を楽しみましょう Happy New Year - Auld Lang Syne by Sissel (Live).wmv 今年も よろしく おねがいします
2012.01.01
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