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ブログをお休みしていた間に本当に色々と巻き起こった。プライベートはもちろんのこと、ビジネスでは弁護士に相談するようなトラブルも…プライベートの諸々は自力で乗り越えられることが大半だが、ビジネスに関してはなかなかそうもいかない。専門家のアドバイスも必要となってくる。判断をひとつ間違えると取り返しのつかないことになる。一つ一つ大切に築き上げてきたものを一瞬で奪われたり、失ったりすることが起こりうる。信頼の上に成り立っている関係者にも第三者の介入により迷惑をかけたりする。営業妨害、いやがらせ、脅迫…落ち込んでいる暇などない。これでもかぁ~これでもかぁ~とどんどん追い込んでくる。次から次へと巧みに揺さぶりをかけてこようが、大きく深呼吸して冷静沈着に行動しなくてはならない。何をすべきか、何をしないべきかをしっかりと考える。相手のペースに巻き込まれ、ひるんだりしたら一瞬にして負けてしまう。 ビジネスの世界には女性も男性もないのかも知れないが、男性の経営者には決してこんな攻め方をしてこなかっただろう。悔しさをばねに乗り越えなくてはならなかったこの1ヶ月半。ビジネス上では、卑劣な手を使われ男性に追い込まれたことは今まで一度も無かったから最初はまさかと思った。もちろんプライベートでもなかったですが…(笑)私は本当に甘かった…前向きに捉えれば、なかなかできない経験をさせてもらったといえる。身内の不幸が重なり、仕事も年間で一番ピークの時期でもあったので、精神的にはかなり辛かったが乗り越えることができた。これからも経験したことの無いようなトラブルが起こるに違いない。でも、それをばねにしていく自信が少しついた気がする。経営者である以上は覚悟を持って前進していかなくてはならない。私のブログのタイトルのように、「キラッと輝く、魅力、才力、女力!!」で行かなくては。う~ん、魅力はどの程度アップしたかしら⇒???う~ん、才力も⇒???う~ん、女力のアップはまだまだ努力が必要みたい(笑)では、では、っと…自然体で私らしく行くことにしようっと…シンシアスタイルでね!シンシア ⇒ 誠実な、真実の、純粋な、心から…スタイル ⇒ 私の生き方キラッと輝く本物の光が見えてきたみたい☆ -------------------------------------------------------------------◆ご報告! シンシアスタイル代表 飯田ようこの”世界おもてなしシリーズ”第一弾として「世界初、3色のタンドリーソース」”の商品化が5月下旬に決まりました! 30種類以上の世界の料理を簡単に作ることができる、カラダに優しく、スタイリッシュなソースです。◆ シンシアスタイル株式会社 http://www.sincere-style.com/◆ 「食と生活をデザインする」 http://www.sincere-style.com/yokoiida/◆ 私小説--東洋経済新報社より発売中! 「ひきラザ」http://www.sincere-style.com/sstyle/shop/book.html 書評 http://www.sincere-style.com/sstyle/shop/v_hikiraza.html◆ プレス http://www.sincere-style.com/press/index.html◆ 無料会員制シンシア倶楽部」運営(登録者数2000名) http://sincere-style.com/sstyle/club/club.html-------------------------------------------------------------------
2008年01月25日
私が尊敬する女性は89歳で他界した祖母である。11月後半~12月前半、祖母の看病に娘のレイナと一緒に東京と千葉を何度か行き来した。容態が急変したと実家から電話が入るたびにタクシーで病院に駆けつけた。苦楽を共にした祖父がこの世を去ったころから、祖母は口癖のようによく言っていた...レイナが保育児の時、「小学校に上がるまで長生きしたいなぁ~」小学生の時、「中学に上がるまで長生きしたいなぁ~」中学生の時、「高校に上がるまでは長生きしたいなぁ~」と...そして、去年の一月、レイナの成人式の写真を見て涙を流しながら「まさかレイナの成人式まで長生きできると夢にも思ってもいなかった」と...「私が結婚するまで長生きしてね」と娘。「いや、レイナに赤ちゃんが出来るまでは長生きしてもらわなくっちゃ」と私。「ちょっとまったぁ!赤ちゃんが出きるってことは、ママはおばあちゃんになっちゃうってことだぁ~」と三人で大笑いしたことが、昨日のことのように懐かしい...祖母は人前ではいつも笑顔、家族にですら一度も涙を見せたことがない辛抱強い女性であった。私と娘が実家に帰ると「よく来たね、疲れただろう、おなかもすいているだろう」と、いつも嬉しそうにご飯の支度をしてくれた。今から28年も前の話になるが...私が単身でアメリカの高校に留学する時に祖母はポツリと言った。「ようこはどんな大人になるのかね」「ようこはいろんな所に行けて、なりたいものになれるんだろうね。ようこは本当にいい時代に生まれたね」と...私は祖母に聞いた...「おばあちゃんが15歳の時はどうだったの?」「何になりたかった?」祖母は...「私はね、家族の生活を助けるために商家に奉公に出ていたよ」「学校に行きたかったなぁ~」と...私は本当にいい時代に生まれたと、恵まれた家庭に育ったと、涙があふれてきた。「ばあちゃんの分までしっかり勉強して、たくさんの経験を積んで、世界にはばたくんだよ、いいねっ、ようこ」と...父も母も仕事で忙しく、夜遅くまで働いていたから相談事といえばいつも祖母だった。友達のこと、勉強のこと、留学のこと、帰国後の進路のこと、初めてのアルバイトのこと、好きになった男性のこと、結婚のこと、妊娠のこと、病気のこと、離婚のこと、仕事のこと...真っ先に祖母に相談して、どうやって父や母に話したらいいのかアドバイスをよくもらった。私にとって心の支えでもあった...娘のレイナも祖母を慕っていた...祖母がいたから今の私が存在する...私がうつ病の末期になり社会復帰は無理だと医師に見放された時も、家族の中で唯一祖母だけは不安な顔ひとつも見せずに「レイナの面倒はばあちゃんが見るから、ようこは何も考えずに好きなときに寝て好きなときに食べて、一生ばあちゃんと暮らしてもいいんだからね」「心配することは何一つないんだから、ばあちゃんより先に死んだりしたら絶対にだめだよ」と強く優しく笑顔で接してくれた。祖母はどんなことがあろうとも、動じることなくいつも明るく大らかな人だった...私が想像を絶するような苦労をしてきているはずなのに、何一つわがままも不平不満も言わず、自分のことは二の次、いつも家族や周りの人々の幸せだけを案じている気丈な祖母だった...一緒に年越しをしたかった。私の手作りのおせちを食べて欲しかった。温泉めぐりも一緒にしたかった。思い出をもっともっと作りたかった...89年間の祖母の人生はどうだったんだろう....試練を乗り越え偉業をなしえた女性、尊敬される女性は世の中にはたくさんいるだろう。だが私にとって、苦しくても辛くても気丈に振る舞い笑顔を絶やさなかった祖母は尊敬に値する最高の女性である。祖母から学んだことは娘へと伝えて行きたいと思う。
2008年01月24日
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