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脳の定期健診を受けいつも通りの薬を貰いに行った。何時もの様に血圧も測ってもらった。165/96だが先生何も言わなかった。これまで退院後は140/90前後なのに。家内が喧嘩をしたせいと後悔していた。喧嘩をすると血圧が上がる。口では勝てないことは解かっているのだが、つい向きになる。 11:00頃家内が、嵐山の紅葉が見ごろだそうだ、の言葉で、行くことにした。我が家は2人ともB型なので計画性がなく行き当たりばったりだ。 嵐山の先にある嵯峨野の紅葉が綺麗だ。嵯峨野にある念仏寺の紅葉は最高である。今日も人、人、ひとの波で嵯峨野は断念して、天竜寺の庭園で紅葉狩りをし、宝巌院の庭を覗き見をして(何処も拝観料を取る)渡月橋へ抜けて帰ってきた。途中立ち寄った所はお土産やの漬物を試食したぐらいである。 食事はおにぎりを持ってた。使ったお金は、往復の電車賃980円(2人)とペットボトルのコーヒー300円。何時もながら何処へ行っても安く上がる。 今日も(今年も)同じ場所(嵐山、念仏寺、清水寺、神峰山寺、鍬山神社)の紅葉の写真を撮った。だから写真を混ぜてしまうといつのものか皆目解からなくなる恐れがある。それでも毎年行くのが楽しみなんだ。 足の具合も良かった。足を上げて前に突き出す(当たり前のことだが・・・)、その際腿から指先まで力を抜いて足を出せるようになれば良いんだが、まだまだ力が入る。特に砂利道は歩きにくい。それ以外は、前に出せるようなってきた。明日も歩こう。そうだ、主治医の女医先生がこれから寒くなるので歩く前に、十分柔軟体操するようにとの事だった。
2005.11.29
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脳梗塞から退院した当時、リハビリに歩いてた近くのお寺(神峰山寺)へ紅葉狩りに行ってきた。当時はお寺の山門まで1時間程かかって登った。途中の山道は舗装はされているが、急な坂道である。 今日は、30分程で登った。退院当時は雪が降っていたのを覚えている。家内によると、ゆっくりゆっくり1歩1歩足を置いていたそうだ。それでも自分としては最高速で歩いたつもりだった。証拠に、雪が降る中でも汗びっしょりだった。家内は寒さでガクガクし途中で車に入っていた。 今日は、歩くのに調子が悪かった。それでもチャント足は前に出て以前の倍の速さで歩いた。 調子が悪いときは、再度いつものルートを歩くことにしている。歩いてみて解かったのは、単純で単に足が上がってなかったことだ。 これまでは、フルサポータをしてたがここ数日は、簡易サポータにした。だから足を上げないと歩きにくいことが理由だった。 それにしても、月曜日に京都の清水寺へ紅葉を見に行ったのに、人を見に行ったようなものだった、紅葉はまだ早かった。今日の近くの山の方がズ~ト綺麗だった。 来年の年賀状の写真が撮れたと思う。毎年年賀状は、2人で撮った写真を使うことにしている。 昨日、ハローワークへ職探しの登録に行ってきた。傷病手当を貰ってると職探しはできないそうだ。担当医に確認するように言われた。自分としては、手当てが終わってからでは職探しが難しいから今から登録して探すのだと説明したのに解かってもらえなかった。でも登録は受け付けてもらえた。
2005.11.26
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今日、家内と共に半年振りに合った友人が「前回会った時は、全く無表情で顔色が悪く、倒れるのではと心配したが、今日見たら顔色も良いし表情も戻ってきた、笑い顔もあり安心した。歩き方も前回は、ほとんど足が上がってなかったが、随分上がるようになってる」と言われ、とても嬉しかった。 それに「直そうとする気迫が感じられる。普通は外に出たがらないのに感心する。奥さんの介護も大変だったでしょう」とも言ってくれた。 どちらの言葉も嬉しい言葉である。家内と2人で涙が流れた。 これまで、リハビリで歩くことが今の自分の仕事と思い、来る日も来る日も歩いた。歩き始めも大分スムーズになってきた。この数週間での歩き方が見違えるほど良くなっているそうだ(家内の言、自分でもそう思う)。 仕事に有り付けそうだ。会社が自分のような身障者手帳を持っている者を雇用するメリットが随分あるそうだ。1年半は給料の半額が補助されることが採用の理由らしい。理由はいずれでも、働ける事が大事だ。 神様、感謝です。まだ私が必要とされています。
2005.11.23
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2年ぶりに家内と清水寺へ行ってきた。我が家は2人ともB型です。朝いつものリハビリコースを歩いていたら、今日は天気が良いね、「そうだ、京都へ行こう」(どっかで聞いたような言葉だが…)と言うことで、途中でリハビリをやめて高槻市駅から阪急電車に乗り四条河原町まで行った。 駅員に道を聞き歩いて、八坂神社、円山公園を抜け一年坂、竹久夢二が駆け落ちして住んだ二年坂を上り、更に長い三年坂を経由して清水寺にたどり着いた。今日は月曜日だから観光客が少ないだろうからゆっくりしか歩けない自分でも大丈夫と思った。だが、何処へ行っても人、人、人だらけだった。考えることは同じなんだ。 紅葉は終わったようだ。そもそも清水寺へ行った理由は、来年の年賀状の写真を撮るためだった。毎年2人揃った写真を年賀状にしてきたので、元気になった自分を見てもらうためにも京都での写真が欲しかった。 帰りの電車に乗る前に、スターバックスで飲んだコーヒーが旨かった。でも良く歩いた、22,000歩歩いた。 今思うと、よく人にぶつからず、歩いたものだ。家内に聞いたら、皆がゆっくり歩いていたからそれに会わせるように自然に歩いてたそうだ。でも自分としては、足を運んでてとてもエネルギーを使った。 ああ~シンド。
2005.11.21
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昨夜無事東京から帰阪した。2週間連続で上京し、打ち合わせを行った。 2社と打ち合わせを行い、1社と来年から契約できそうだ。それも、仕事場は、大阪に事務所を開設するのでそこの連絡事務所を任されそうだ。 いつも話しはあるが実際に契約にいたらず、今回もあまり期待が持てない。先週会った会社と再度打ち合わせを行ったが、資金調達ができず頓挫した。 東京では、手足が不調だった。どうしても、人が多いせいか体が緊張する。それにより、いつもは歩くことができ、腕も下がるのに、足がビコタンするし、腕が上がる。 これって、自分は東京には向いてないのかな?それとも、人混みのせいか?寒さのせいか。 やはり、杖を持っていくべきかとさえ考えた。 でも、今後は当分上京することが無いようだ。 多くは望みません、神様!我々をお救いください。 脳梗塞は我が親友になった。
2005.11.20
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家内が、どうして脳梗塞の人の表情は皆同じなんだろう。どの人見ても、皆無表情で下を向いて歩く。長嶋監督も以前はもっと笑う顔が多かったのに、無表情になっている。リハビリに歩いていると、同じように無表情で下を向いた人達に会うと、家内が「脳梗塞軍団だ」と言います。 私もそうでした。いつも、無表情で怖い顔をしている。もう少し笑顔になれないの?と言われました。近頃は大分笑顔で話せるようになったそうです。 先週東京へ出張した際、1年半ぶりにネクタイをしようとしたら、どのように結んでよいか悩みました。今週は、ノーネクタイで行きます。 今朝から腕が伸びてます。いつもは、曲がって胸の辺りまで来ていた腕が、今朝は初めから伸びていた。伸ばすのに苦労していたが、逆に曲げるときが重くなった。これは良い兆候なのかな?良い方に考えよう~と。 それでは、また帰阪したら書きます。
2005.11.17
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先週2泊3日で東京へ出張した。久しぶりの会社や大勢の人へのプレゼン、自分ではそれ程疲れを感じてなかったが、体は正直だった。 日曜日のリハ歩行はほとんど歩けなかった。足が上がらないし、手は胸の所まで上がったままだった。これは東京でもそうだった。東京では、人混みに緊張したのと歩き始めだったのだろうと自分に言い聞かせていた。でも、そうでもないようだった。肩や腕の筋肉が縮んでいたようだ。リハの先生が伸ばしてくれたら直った。 1年半ほど会社勤めから離れていたせいか、会社の机で仕事をするのは疲れるものだ。 昨日から徐々に歩きも回復してきた。回復すると、それまでの歩き方を忘れる。そして、それ以上に上手く歩くことができる。だが、休んだり椅子に長いこと座ってると、歩き始めが上手くない。 こんなことをしてて本当に回復するのだろうかと、思う日がある。回復とは健常の足と同じぐらいに意識せずに歩けるのだろうか。外見は普通に見えても、自分では必死に足を運んでいる状態のことを言うのだろうか。つまり、いつまで経っても足を運ぶ動作が必要なのかな? 考えると、ど壷にハマり這い上がれなくなる。 神様、教えてください、私の道を!!
2005.11.16
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昨日2泊3日の東京出張から帰った。3年ぶりの池袋だった。怖かった。若者の街と乗換え駅のため、もの凄い人込みだった。携帯電話でメールしながら歩く若者、友達と話しながら歩く女学生達。東京に住んでいた時や病気になる前なら、なんとも無い光景で、問題なく避けられたものが恐怖だった。 東京にいても落ち着かなかった。35年程住んだ東京なのに、どうもしっくりしない。3年しか住んでいないこの地が心地よいのは何故だろう。 泊まりで上京したのは初めてだ。いつもは、暫らく歩くと普通に歩けたが、今回は歩く距離が短かったので上手く歩けるところを見せられなかった。 パソコンでのプレゼン、始まるまで言葉が上手く出るだろうか、など心配したが、取り越し苦労だった。後できいたら、全然問題なかったそうだ。 別件で今週末再度上京することになった。 仕事に有り付けそうだ。神様に感謝です。
2005.11.13
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本日まで、米国と電話でのやり取りを毎日2時間ほどして、企画書をまとめた。久しぶりに仕事をしたような気分だ。 この企画書が通り、代理店権を獲得できると東京に復帰できる。 明日の午後から上京することになった。 今まで、東京でもう一度暮したいが夢だったが、毎日のリハの散歩道を見直すと、とても良い所だと実感している。こんなに自然に近く、都会に近い所なんてない。大阪と京都の中間だもの。 自分は、秋田の山の中から出て来た。これまでいろんな所で生活をした。今の場所が一番なような気がする。 急な坂道も大分上手く下りられるようになった。ヒザやモモの筋肉が付いてきたからだと思う。随分時間が掛かるようだ。赤ちゃんのヨチヨチ歩きと同じだ。子供が歩き出すのも時間がかかる。やはり3才ぐらいでしっかり歩く。だから中風3年と言うのかな。 とり合えず、明日からあの池袋で3日間奮闘してこよう。
2005.11.09
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今度の金曜と土曜日に東京へ出張することになった。 米国の会社から画期的なパソコン用無線端末を輸入販売する会社から、代理店交渉や日本語化を頼まれたからである。1週間程前から毎日電話とE-mailで米国とやり取りしてきた。内容が煮詰まってきたので、上京し打ち合わせする予定だ。 都合がつけば、米国への出張もしなければならない。 東京の会社と契約できそうだ。もう一度東京で活躍できるかな・・・ やりがいがあるが、不安もある。1年以上会社勤めから離れていること、人が多い東京で歩けるだろうか?と考えると不安だらけになる。 でも、自分にとっては最後のチャンスである。年齢とこの体。 つよしのママさんの励まし言葉であるケセラセラで行こうと。 昨日、散歩していたら、キリスト教を布教している宣教師と話す機会があった。彼曰く、教会に行く必要はない。聖書を読んでキリストを信じることだけで良いそうだ。 神様、有難うございます。 感謝です。これからもお守りください。
2005.11.06
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今朝、いつものように歩行リハに出かけようと我が家を一歩踏み出した。いつもなら暫らくは硬いのに今朝は何か違った。このようなことは前にもあったが今日は何かが違う。ヒザから下が自然に出る。嬉しくなり歩き廻った。 休むとその後暫らく調子悪かったのが、数歩で戻る。 嬉しかった。この感覚を待っていた。つい涙が流れた。 ヒザの不安定も大分解消されてきた。でもこれからがいつも通り長いだろう。チョット良くなると次の日には、元に戻り、落込む。この繰り返しでチョコットづつ良くなるのだろう。 中風3年でほぼ回復と言うそうだから、まだ2年以上ある。 焦らずじっくり行こう。神様がくださった命を大事にしたい。 もし、神様が私を必要としてくださるのなら。
2005.11.03
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