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だいたいメシアの意味も知らないで伝道されてしまった人が多いのではないでしょうか。うそも100回いえば本当のように聞こえてくるように、元といわれる人もはっきりどうどうと文はメシアではないと叫べばリハビリもスムーズに進むようです。あいまいに離れている人に原理用語はもう使わないでといったことがある。条件祈祷とか蕩減とか復帰とか地上天国とか、、、。最近のあの協会はお経を唱えるようになったのでぶったまげてしまった。創価学会が朝に夕に唱えているように、真の語父母様 マン慢性といちばんぶったまげているのは聖職者の方たちではないでしょうか。高い志をもって聖職者の道を歩き始めたのにいまさら後には引き返せない恐ろしい道だったと誰が思っていたでしょうか。40歳か50歳になって違う道を探すには酷なこと。ましてやこれから勉強しなければならない子供たちが4人も5人もいる場合はどこから人生やり直したらいいのか考えるのもいやになります。多くの人の人生をもてあそんできた文さん。私はメシアではありませんといえないでしょうか。
December 13, 2010
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統一教会で教会長や氏族メシアや国家メシアとしてがんばっていた人が突然統一協会関係企業の社長や会長になるのはよくある人事だったと思う。韓国人シックの間ではそれを出世したともいっていたしコネがあったからとかもいっていたが。ある人たちの間では羨望のまなざしで見られていました。田舎の素朴な教会で突如韓国では大きな統一グループの社長に文メシアの一言でなるのだ。もちろん左遷されるのも文メシアの一言なのだが。そこで困るのは、生活様式の変化だ。古い田舎の家からソウルの真ん中の高級マンションにすむことになるのですから。変わるのは家だけですか。家具から持ち物すべてがその家にふさわしいものに変わっていくのです。服、車、子供の教育 。それを風味維持費とかいう公費でまかなっていました。韓国のマンション事情の詳しい人ならマンションでもピンからキリまであることをご存知でしょう。外部の出入りの厳しい防犯システム、入り口からエレベーターまで美術館かと思うほど豪華なロビー、どっかの映画で見たような手をたたけば照明がついたり消えたり、カーテンが自動的にしまるような装置。そんな家に引っ越していきました。引越しのお手伝いをするのは内助の功じゃないけれどその社長に連なった部下の奥様たち。そこでもおこぼれに預かることもあったりして、、、。そんな現場を見るとね。はぁーとため息が出るのでした。日本人の献金摂理をこの目で見て、日本を救うため世界のためと泣きながら貢献している人たちを知っているから。会社の体面 大切なんでしょうけど韓国人の良心基準と日本人のそれとはまた違うと思うのでした。他の会社の社長さんたちと生活水準をあわせないといけないからという理由で公費を使える韓国という国。文メシアと婚姻関係をもったシックも同じです。婿だから嫁だからという理由ひとつでその一家が経済的援助を受けて物質的に豊かになっていく例を多く見てきました。だから問題提議もされなかった。教義が矛盾しおかしくても欲と権利とお金が絡まっているので一筋縄ではいきません。韓国の統一教会と日本の統一教会の存在の仕方が違うのです。文メシアが統一教を作りましたがもはやこの人一人だけのものではないのでいろいろな利権がからまってもっと違ったものになってしまったといえるでしょう。純粋に宗教だけではないのです。韓国にいる日本人シックは、言葉で表さなくてもそれを知っているのだと思います。
November 13, 2010
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文メシアが北朝鮮に10億のお米を送ったそうですが、世界を救うと豪語した人にしてはちんけなことをなさっていると思います。もっと根本的な解決を統一教と文メシアに求めるのが世間の目ってもんですよね。これちょっと聞いた話。在韓女性たちが苦労しているのは一般のシックたちも知っているところ。生計が維持できるように協会次元で投資して会社を作ろうという動きがあった。10億ウォン投資してやってみましょう。全国にチェーン店を運営して軌道にのるまで韓国人シックが手伝いながら日本シックを助けようと。韓国でも末端のシックは情に厚く、涙もろいのだ。この計画は足蹴にされた。なーぜー???お金にならないからと。お父様はもっとビックな投資先を願っておられるのです。国が動かせるようなほらベーリング海峡とか日韓トンネルとか、、もっと華々しく世間の目を注目させれるようなそんな企画もっておいでと。企画書を投げ捨てられてしまったのでした。これほんとの話。信じるのも信じないのもあなたしだいだけど。 。
October 29, 2010
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キムカプヨン教区長の説教10月17日37年間信仰生活をしてきましたが個人的にいつも絶対信仰、絶対愛、絶対服従、を教育し誰よりも原理を理解し説明される方として認められてこられた郭チョンファン会長をとても尊敬してきました。しかし真の語父母様の側近として最高の愛を受け最高の位置にいらっしゃったこの方は結果的には堕落した天使長の立場にたってしまった今日の状況を見つめ、いずれのときよりも重い気持ちで兄弟の立場からそしてあの方を尊敬していた立場で、本然の姿に戻ってきてくださることを願いながらいくつかの内容を説明しようと思います。まず原理口論を見れば、天使長が愛の減少感を感じて霊的堕落と肉的堕落に至ったし、仕える霊として創造された天使長ルーシェルが神様の位置からアダムエバを逆主管する立場に立ってしまいました。堕落した人間は堕落性本性を持つようになり神様を中心とした創造本然の四位基台と作ることができないまま、サタンを中心とした地上地獄ができてしまいました。神様の摂理歴史はカインとアベルを中心として反対の経路を通して分立し復帰する歴史でありカイン的な存在はアベル的な存在愛して中保とし従順屈服することを通してサタンを分立し復帰できるのです。このような原理的な基準を中心として見たとき現在統一家に起こっている状況を原理的摂理的観点から正しく理解しなければなりません。誤父母様が2009年3月ヒョンジン様(3男)にすべての公職から手を引いて1年ぐらい父母様と一緒にいることを命令しました。しかし郭会長一家とヒョンジン様はUICという団体をそのまま維持しながらワシントンタイムズをはじめ核心的な摂理で語父母様の指示に背いて統一家の意思を反映しないでいます。GPLCという団体を通して世界各国で大々的にイベントを行い2010世界文化体育大会 前期間には韓国のヒルトンホテルと国会会館で同時間帯にイベントを進めたりしました。それに加えて誤父母様の採決と許可なしでUCIに登録された財産を本人たちが進めるそれぞれの各大会に惜しげもなく使っています。ワシントンタイムズ、イルソン建設、ヨイドの聖地、セントラルシティ、誤父母様の専用機 等は郭会長とヒョンジン様が作った団体ではありません。シックたちの血と汗と涙で作った全てのものを掌握しています。UPF120ヵ国創設及び祖国郷土大会の時のミ言葉を盗用してGPFという名前でずっと活動し続けています。誤父母様はこのような状況を見られて郭会長は堕落した天使長の立場にヒョンジンは堕落したアダムの立場だと話されました。善として創造された天使が本然の位置を離れたのがサタンです。長い間、誤父母様から全ての愛と影響を受けてきた郭会長がヒョンジン様を前に出して摂理を邪魔して間違った道にいっている。原理的に見た時カインはアベルを愛して従順屈服しなければなりませんが、郭会長は誤子女様とお母様まで批判し始めました。誤父母様は2008年4月6日ヒョンジン様(3男)をカインの立場に立てて国進様をアベルの立場に立て2人がひとつになった基台の上に真のお母様を通して真の父にこいと指示されたことがあります。最近ヒョンジン様7(男)世界会長の職責をお与えになりながら誤父母様がイエス様を象徴する国進様と再臨主を象徴するヒョンジン様がひとつになって誤父母様の摂理を完成させなければならないと言われたのは堕落した天使長と堕落したアダムの間違いを誤父母様中心として蕩減復帰しながら摂理を完成させなければならないという意味でした。アベルカインの法則は人間が立てたものではなく天が立てたものです。天の摂理の道を行くことだけが神様の真の愛の中で生きる道です。息子の位置に弟子の位置にもう一度帰って謝罪しなければなりません。全世界統一運動の組織を守るために、今の状況を原理的に摂理的な観点から解釈し真の誤父母様の権威に挑戦するすべての内容を正しく認識して誤父母様を中心とした統一家の伝統を正しく立てようと今この場で話します。天一国は善悪を区別できなければなりません。人情ではなく天情に徹して生きていかなければなりません。中心をしっかりと立てなければなりません。われわれが絶対信仰で守っていけば今日の試練を乗り越えるだけでなく天一国の建設の道もわれわれの力で一足早く成し遂げることができるでしょう。シックのみなさん、正確な観点で神様と真の誤父母様の摂理的な意味と内容を理解し誤父母様に対する絶対的な信仰基準をもって2013年1月13日天一国の建設にために祈祷しましょう。ひとつになることを願いまた戻ってくることを願いながらわれわれは総進軍しなければなりません。ありがとうございます。アージュ。
October 25, 2010
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統一教会の結婚観は独特です。祝福は、原理では霊と肉の救いという教えゆえに一般の結婚よりも価値があり、霊的価値も今までのどの宗教よりもありがたく尊いものだと教え込まれています。今、この時代に生きてメシアを受け入れたという証になるのです。だからどんなに教会のためにたくさんの献金をしたり伝道してもそんな条件よりも未婚のときにメシアを受け入れて無条件に従うということが何よりと尊い条件になったのです。蕩減がなくなるとまで言われたのです。蕩減がなく先祖まで救われおまけに生まれた子供は原罪のない子女として生まれイエスと同じ位置で生まれるとまで言いました。この祝福を壊すことは,サタンよりも低い霊界にに行ってメシアである語父母様も救うことができないほど恐ろしいものである。祝福を壊すとは、離婚することなので夫婦の仲がどんなに悪くても心が通じてなくても離婚なんて考えることが罪だ。祝福を受けて壊れると何代にもわたって災いがある。だからどんなに苦しいことがあってもじっと忍耐して乗り越えているのです。こちらでは、新聞やテレビでそんな日本人の嫁がすばらしいと報道されることがよくあります。老いた義理のおとうさんおかあさんによく仕え病気のだんなさんの看病をしながら3人の子供も立派に育てている国際結婚のかがみとして。こんな姿を見て、嫁のきてのない農村の30代40代の男性と祝福を受けさせようと協会の門をたたく人もいます。韓国は儒教の国です。跡取りの男の子がいなくてチェーサができないというのは、自分が嫁として申し訳ない立場なのです。自分が死んでからご先祖様に言い訳ができないので跡取りが生まれるとこれで安心して死ぬことができると喜んでいる人をたくさん見ました。しかし韓国で祝福を受ける韓国人は一般の結婚という価値観から祝福という霊的価値観に転換することもなく祝福を受けているのです。韓国人は霊的の皇族だからお父様をメシアと受け入れさえしたらすべてがオーケーだと韓国人幹部の変な原理観があったのでしょう。すべてを教育していたらノルマに追いつかなかったのでしょう。韓国の女性なら嫁にこなかっただろうなと思われる青年の母親がまず統一教の門をたたいてにわかシックになり、祝福会場に向かいました。6000双から6500双までは8年という空白期間があったので信者のストックがあったけれど3万双36万双にいたっては伝道する期間も短く地方の村まで各教会があったので韓国人であればどんな人間でもいいと簡単な教育を受けてマッチングの会場にベルトコンベアーにのってマッチングされていきました。教会長たちは結婚に問題があればメシアであるお父様がさせるわけがないと、7代まで霊界の見れるメシアが最高の相手を永遠を見て選ぶのだと豪語しました。自分の責任分担さえ果たせば、数を集めたら後は神が責任を持つとかそれぞれが勝手な解釈といいわけでおおくの問題を抱えた祝福家庭が誕生してしまったのです。もちろんここで本人がこの相手とは祝福はむつかしいと断ることのできた人は家庭も持たずに3回も4回も見合いをしたり、離れたりしていきましたが、落ちたとか信仰がないとかというレッテルを張られてひどく傷つけられたのです。それでも家庭を出発して無事に男の子を生んだ人だけが大きな顔をして協会に残っているのです。家庭を出発してみるとそこから考えられない問題が新たに生まれいきました。その問題から目隠しして、数だけ整えている祝福家庭の実態を知っている人は知っているのです。先日韓国で祝福式がありました。外国からも来ていました。はじめから多くのリスクを抱えて結婚をする必要はないと思います。統一教が関心を持つのは祝福を受けるときまでです。家庭を持ってさまざまな難しさに直面したとき実際に助けてくれるのはあんなに反対していた実家の両親たちです。教会はあなたたちが選んだことでその後は自分でやってくださいとつれないものです。外国で夫がなくなったらどうやって暮らしますか。子供に障害があったらどのように教育しますか。子供をたくさん生めといいますがどうやって教育させますか。ご主人さんが長く入院したときどうやって食べていきますか。あなたが障害者になったときどうしますか。このような生きていくうえでありえる危機を誰と相談しますか。私の知っている人のなかでも10人のうち7人は信仰では乗り越えれない問題を抱えています。こんな家庭を量産するような教えが真理だといえるのでしょうか。それともカインの責任分担が果たされていないからですか。
October 22, 2010
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何日も前から周到な準備をしてこの放送をしたようです。ケータイを持っているシックにはすべて小学生から中学生以上文字メールで放送を見るようにと連絡がありました。地方では、放送はなかったそうです。ソウルだけの放送でした。きよみさんの話から始まって日本人が大使館でデモして政府に訴えているのを見て、恥ずかしいなと思ったのは私一人だけではないようです。ますます変な教会、怖い得体の知れないところと韓国でもイメージが悪くなりました。もう一度、今度は日本の親たちを取材したり日本統一教会を取材するともうちょっとはっきりするでしょう。ぜひ日本での霊感商法とは何なのか、どうして300人もの弁護士が関係しているのか、万物復帰のやり方や、伝道のやり方など、紹介し、だから親は危ない教会だと反対しているといってほしいです。そしてこの教会の中では人権などないことを明らかにしていただけるとうれしいです。sbsのサイトでは現役さんが、がんばれsbsと激励の声が届いているそうですが、良識のある韓国人の反応はさめたものです。sbsはお金をもらってあんな放送をしたんですか。無駄な献金地獄の中を生きる狂った愛する娘、親ならどんなにお金を積んでも取り戻そうとするでしょう。すべて教主が作った問題と思いませんか。親がどうしてこんなにもひどく反対するのかそんな理由を放送もしないでどうするんですか。拉致したときは何一つ言葉がなかったのに13年も過ぎていまさらそんな風に騒ぐのかよくわかりません。もうすこし日本の統一教会員がどうやって暮らしてどうやって献金しているのか報道してくれたらよかったのに。どうして脱会させるために全財産を使うことになったのかとかそんなにまでして両親が反対しているのに韓国にお嫁にくることになったのかとか日本の家族はどうしてそんなにも破壊されたのかとかちゃんと追跡して原稿も緻密に書いて放送してください。公衆波放送でこんなにお粗末な放送なんてsbsのコメントにはそんな声と現役信者の声が入り混じって大盛況です。まっsbsの目的が視聴率だったならある程度成功したのではないでしょうか。現役さんたちにはいよいよキリスト教との全面戦争が始まるのよ。私たちの善が今明らかにされるときだからがんばりましょうね。といわれました。わたしはヨスの摂理が終わったら今度はこれに目を向けさせられているのかと気がつかない現役さんの単純さを考えてみました。いつもなにか戦っていないと気がすまない現役さんたち。10月20日前後、韓国のもみじがきれいなんだって、ソラク山とかネージャン山とか見に行って普通の韓国人たちが楽しんでいるような生活でもしましょうよ。と私はカレンダーみて遊びに行く計画を立てました。
October 10, 2010
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ある訓読会でのことです。最後にお父様にあるコンサニムが聞いたそうです。ー最近離れていくシックが多いんですがどうしたらいいんでしょうーお父様曰くーいずれすべての宗教が統一されたとき離れたシックも必ず戻ってくる時が来るから心配しなくてもいいんだよといわれたそうです。ー後で爆笑してしまいました。そんなあいまいなこんな説明で簡単に納得していた過去の自分を見つけて笑ってしまいました。天才的な詐欺師ですわ。
October 2, 2010
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日本人組織から連絡がきたりしても、忙しいからという理由で十分に話さないでいると自然と関係がとうざかって行くものです。月末の伝道の実績万物復帰の実績と話すことは営業のことばかり。いろんな理由をつけて関係を少しずつ整理していくと面倒な報告をしなくてもよくなります。ソウル市内やソウル近郊にすんでいると自然と教会から足が遠のいた人に出会います。お互い日本人だと知っているけど祝福受けたんですかとかどこの教会ですかなんて野暮なことは聞かない。ましてやヨスに行きましたかなんて口にも出さないで普通に話が始まる。そして最後まで統一教会のとの字も出ないまま別れるのだ。当たり障りのない関係で終わるのだがなんか後味が悪いなと思う。あの年齢からすると祝福家庭のようだけどはっきり聞けない。雰囲気からたぶん教会をやめているだろうけどそれも聞けない。仲良くなりたいんだけどどうしたらいいかわからない。元って言う立場も単純じゃない。元でも教会に対して考えていることは千差万別だからだ。年齢とともに世の中が見えてくればくるほど黒と白はっきり分けられないことが多いのだ。それが、もっと複雑にしているのかもしれない。一度信じるということが壊れてしまったから、自分のことを表現することにも恐れがあるし相手の話を聞いて共感することにも恐れがあるのかもしれない。ましてや、私の身内はまだ現役だ。子供たちも半分漬かっているような状況で全面的に否定できない立場だ。まだ教会に残っている人を見ると、夫が韓国統一教会の要職についている人もいる。文の遠い親戚だっている。そんな人たちが友達だったり大切な人だったりするのだ。教会を批判する感度も人によって違う。元といっても深海魚のように潜って知っていても知らん振りして生きている人も多いのだ。声を出さないからといって被害がないわけではない。被害者であることを認めたくもないからだ。統一協問題はいまさらながら面倒で複雑だと思う。私は自然に早くこの教会が壊滅することを願っているが多くの人の利害関係や生活がかかっているので私には時に勇気がないと思う。せめてこれ以上の被害が出ないことを祈るばかりだ。
October 2, 2010
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最近どうやら天海祐希さんのドラマから元気をもらいました。http://www.youtube.com/watch?v=SslIWfXzeAE&feature=relatedこれは幸せのものさし 竹内マリアさんの曲ですね。リハビリしているすべての人と一緒に聞きたいと思います。高校を卒業してすぐカルトにはまってしまった人間は社会に対する適用力がないんです。普通の女の子たちがおしゃれしたり買い物したりするのにもちょっと戸惑ってしまう。これというのも教会でダサい格好ばかりしていたからだと反省。きれいになることに対する考えを抹殺されていたんですね。そんなこと考えてる暇があったら伝道しろ献金しろと思い込んでいたというか、、、。1ヶ月に1万円のおこずかいは、手紙やプレゼントでほとんどなくなっていたし自分で自分のためにお金を使うことにも罪悪感を感じたりして今思うとどうしてあんなに我慢してきたのかしらって思うんです。リハビリのひとつに一緒にショッピングすることをいれたらどうでしょう。自分の似合うスタイルって誰かから認めてもらったりほめてもらわないとわからないんです。やっぱり自分に自信がないんですね。試着してああでもないこうでもないと試してみないとわからないんです。アクセサリーひとつ選ぶのもなんだか照れくさくて、、、。センスのいいスタイリストさんがいてくれるとうれしいですよね。 教会でうつろな目をした子連れでちょっとよれよれの服を着ていたら大抵日本人です。2世の女の子たちはとってもきれいにしているし、どこかのコンサ二ムはきらきらのスーツ着たり毛皮のコートを着たりしているしびっくりするぐらいの大きな指輪やブローチをつけて礼拝に来ているのを見るとあまりにも対照的なので頭がくらくらします。もちろんそんな外的なことで人を判断するなんて私もどうかしていると思いますが、韓国人の笑顔の裏に摂理を支えてきた日本人に対して何の感情もないのを見ると謙虚を美徳としている日本人の麗しさがばかばかしくなってきます。 献金は好きでやっているからとか自分の家庭を顧みずに献金しているなんて思ってもいませんから韓国人は。その献金が莫大な資産になって今は兄弟げんかのもとになっているというではありませんか。巷では3男につくのか7男につくのかとうるさいですが、どちらにもつかないで自然と足が遠のいていく信者の方がもっと多いということを賢明な元さんたちならわかるはずです。献金でもっと大きな悪が生まれて浄財どころかもっと大きな災いが起きる所です.誰かが言ってましたっけ家庭壊滅カルト 統一教会と。なんだか私もだんだん過激になってきたみたい。
September 22, 2010
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1980年代に教会に来た人ならその祝福と価値についてよく理解し条件を立ててその日を待って受けたことでしょう。その後韓日日韓の祝福から日本の事情と韓国の事情がどうやら違うようだと1990年からわかり始めました。それまでは言葉も違う文化も違うので問題があっても一部の信仰がない人だけだと思われていたのです。しかし問題は一部ではなく全体にあったことを今や誰もが知っている事実です。それを知りながら誰もそのことに責任を持ったり口論されないままでいるのです。いつまでもうやむやになってわからないままでよくなるわけでもなく同じことがずっと繰り返されているということなのです。例えば韓日祝福のことです。何も考えずに飛び込んだ6500双とか36万双とか問題が浮上してなかったし対策が打てなかったとしてもあれから10年以上たつ今も交差祝福として日本から祝福を受ける人がいるということに驚いてしまいます。聞いてみると日本国内ではあまりにも韓日の実情について話していないと思ったのです。そしてこうして韓国語がダイレクトにわかってしまうと、都合の悪い部分は日本語に訳されなかったり省いたりあるいはすごくきれいな言葉に変わっていたりして韓国語そのままが日本に伝わらないのだと思いました。そして統一協の教理からして韓国人優位なので誰も待ったをかける幹部がいないことがよくわかりました。恥ずかしい歴史を作ってきた韓日の祝福を一日も早くやめてください。国際祝福を受けて喜んでいる人だけが伝道すればいいでしょう。日本はどうして韓国人の伝道の仕方や信仰の内容に問題定義ができなかったのでしょうか。過去の日本の歴史的な過ちからとか韓国は主の国だからとか根拠のないことを信じさせられていたからですよね。韓国にいる日本人なら1人や2人周りに手がつけれないほど大変な家庭があるのを知っているはず。貧困は貧困を生み、経済の破綻は家庭の破綻へと続き病気や看病でどこにも言うことのできない中で黙々と生きている人も多いのです。ごくわずかな一部の韓国で韓国社会で活躍している人が統一教会を代表しているように話されますが出てくる人はいつも同じ人ですね。10年たっても韓国になじめないんですとか韓国の家族関係が難しくてとかいう話を聞くたびに我慢するしかないんですという統一協信者の話。具体的な解決方法も示せないで活動や献金といった要求ばかりする姿勢にだんだん嫌気が差していることぐらい信仰者なら察してほしいですけどね。
September 21, 2010
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今年もどうやら祝福式があるらしい。韓国教会の中でも伝道に対する関心が高くなっている。5-6月ごろから韓国人の婦人食口を日本の伝道方法を学ばせようと日本のビデオセンターに研修で自腹を切らせて送っている。日本の活動方法を見て実際に現地でペアを組んで実践してそこで神体験をしてきたと証しているのだ。そして学んだそのとおり今度は韓国で展開している。まったく日本でやっていた方法をそのまま韓国でもやっている。伝道対象者を連れて行って賛美の嵐で心を開き相手の悩みを聞き出し味方になる。もちろん今までもある教会が同じようにビデオセンターを作ってやったことはあるがうまくいかなかったのだが。それは報告連絡相談が十分でなかったから天が働くことができなかったと今度は江0川さんを中心に徹底したほうれん草の教育をして始められた。どれだけの成果があったのだろうか。天が働いてたくさんの人が集まったのだろうか。私の目にはそう見えないが、伝道しようと集まる人もお昼代を浮かせたいがために集まったおばちゃんいや失礼コンサ二ムばかりのようです。2回か3回の原理教育を受けてマッチングするなんてありえないと思うのですが、もう日にちも迫ってきているのに伝道された人はいない。家族を規制祝福にとか休んでいるシックの恩赦祝福でもと人数集めに必死だ。伝道するために活動する人もいないし伝道されて祝福を受ける若い人もいないのに大きな包装をして外に見せることが好きな統一教会。日本でまた被害がありませんようにと願うばかりです。本部教会が始まったときは7つの部署に分かれていましたがふたを開けると実際教会に行く人はもっとすくなくなったようです。今は4つに分かれています。以前韓国の活動を支えるのは日本人の女性たちだと言われたことがあります。60人以上集まるはずでしたが実際は20人ぐらいしか集まりませんでした。日本人がどこで誰が管理するのかというのも、もっとあいまいになってしまいました。ヨスの摂理も今は韓国人婦人たちが行っています。韓国人婦人たちが終わったら日本に住んでいる日本人だともささやかれています。どうか賢明な日本人シックは踊らされることなく動いてくださいね。
September 21, 2010
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今日は思い切ってプサンに行ってきた。プログ仲間に会うためだ。家を離れ子供を置くことにためらいながら1人バスに乗る。4時間という自分だけの時間を満喫しながらも自分の殻を飛び出すことの難しさを感じる。外の緑がまぶしくてソウルから家族から夫から出れた心地よさと自分探しの通過点を考える。先立つものとか忙しいとかそんな考えを振るいながらお気に入りのMP3を聞くためにイヤホンを出す。私が私に戻った瞬間だ。ありがたいと思う。一緒におしゃべるできる友達がいて。いっしょに笑える仲間がいて、大切にしたい。バスから迎えてくれる懐かしい顔。2年ぶり。相変わらずだ。私達に必要なのはおいしい昼食よりもおいしいコーヒーよりも自分のことを聞いてくれるこの時間だ。教会の話題になった。笑いがはじける。変な教会って。変な日本語が飛び交う、日本語忘れそう。同じ話題で一緒に笑える。そしてこれからについて話した。旅行に行こう。日本に行こう。コンドで集まろう。エトセトラ。わたしも自分の未来に夢を描く。あれもしてこれもして。あっというまに時間が過ぎる。もう別れる時だ。来年を約束しながら
July 3, 2010
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韓国世界日報2010年5月15日の2面の記事です。日本世界日報の記事を翻訳したものかと思って調べましたがなかったので日本語に直して見ました。韓国に日本の霊感商法についての報道はまったくないのに拉致監禁には声を上げてするので韓国人食口は日本の法務省や警察がおかしいと考えています。メシアが入国できないことにも納得できないようです。日本と韓国の友好どころかこの団体はますますお互いの国を理解できない国にしているようです。外側から見ると韓国から来た宗教なので統一教会ほど韓国と日本が仲良くやっている団体はないと見えるのではないでしょうか。その中身は信仰観の違いからまったく理解できない国になっています。秋元司議員、警察、法務省 手ぬるい対応指摘当局法に従って厳正に対処、、、例外的捜査検討日本の国会で特定宗教人についての深刻さを指摘し政府次元の対策を促す声が提議されました。日本自民党秋元司参議院は14日日本の最高責任者である中井 洽公安議員長と千葉景子法務省が参席する中,開かれた参議院決算委員会で親子または親戚間で宗教が違うと拉致監禁して改宗をさせようとする事件が頻繁に起こっているにもかかわらず警察がちゃんと対処していません、どんなに親子関係であっても拉致監禁は、基本的人権を侵害する犯罪でありだけにはじめの段階から徹底的に介入しなければならないと明らかにした。秋元議員は特に警察の手ぬるい対応のせいで米国の国会議員から日本は宗教の自由がないのではないかと言う抗議の手紙を受け海外に滞在している同胞から拉致監禁が恐ろしくて故郷に帰れないという陳情が相次いでいるという、といいながら日本の政府が深刻さに気づいて対策を立てることを催促した。中井公安委員長はこれに対して拉致監禁申告が入ったケースはどんなに親子や親戚だとはいえ両方の主張をちゃんと聞いて例外なく法的な根拠にのっとって厳正に対処しますと答えた。秋元議員はまた拉致監禁被害者たちが<法務省傘下>人権擁護国に申告しても1年以上経った事件なら調査しておらず1年経ってもまだ該当被害者たちは深刻な後遺症を患っており徹底的な調査をして人権侵害を明らかにしなければならないと強調した。千葉法務省は発生後1年以上立った事件の場合は証拠確保や立証が難しく調査ができないケースがある。しかし拉致監禁の問題のように時間が経っても変わらず被害者たちが深刻な危険を感じている事案なら申告がある場合例外的に調査する法案を検討しますといいました。日本の国会で強制改宗拉致監禁の問題を扱われるようになったのは2000年4月20日自民党檜田仁衆議院が衆議院決算委員会で警察の手ぬるい対応を指摘してから10年ぶりにことだ。日本強制改宗拉致監禁被害者の集まりの関係者は公安委員長が国会で警察の厳正な対処方針を明らかにしただけあってこれからその発言が現場でちゃんと実現され信仰の自由が確立されることを願います。世界キリスト教神霊教会<統一教>は1960年代から日本に発生し始めた統一教員に対しての被害が4月現在まで4300件に達すると明らかにした。
May 15, 2010
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聖書の御言葉を中心に私たちを自由にしてくださる神様という主題お話してみましょう。<略>聖書の話をしながら結末は文サンのみ言葉で締めくくられています。食口のみなさま!祝福を受けて決して堕落したことがなかったということ自体が罪人ではないということを意味するのではありません。私たちすべてが罪人です。従ってほかの人が犯した罪を見て裁くのは愚かなことです。神様の完璧さの前に誰も自ら完璧だと言うことができない事実を覚えておかなければなりません。先週私は真のお父様に祝福家庭の2世が原罪がないという理由だけで天国に入ることができるのかどうか伺いました。真のお父様はそうではないと答えられました。原罪がないという理由だけで決して天国に入ることはできないのです。真実な心で悔い改め謙遜な気持ちで神様と真の語父母様の前に出て行かなければなりません。罪人であることを告白してはじめ信仰の出発だということができます。ここで7男も自分も小さいころ学校にいきたくなくてうそをついたこともあるしキャンデーがほしくて盗んだこともあります。友達に嫉妬したこともあるしとても傲慢でした。私も罪びとです。というので自分の耳を疑いました。???祝福を受けて血統転換されたら善の子女を生むので2世は原罪がないのです。という教えはなんだったんでしょうか。この2世はイエスキリストと同じ位置なのですときいたことがあるのですが、、、。<続き>語父母様は罪を憎んでも罪人を抱え許してくださいました。語父母様の許しは罪を犯してもいいという天国行無料チケットではなく神様の愛であり慈悲であり贈り物なのです。真の語父母様は私たちのような罪人を許してくださり救ってくださるために7死復活8段完成の道を歩いてくださったのです。このような犠牲の土台の上に私たちは永世を得て神様の前に 出て行けるようになったのです。ルカの福音書7章にでてくる女人は自ら罪人だと知っていたしそれがどんな意味を持っていたかよく知っていました。社会から非難を受け捨てられた女人ですがイエスさまがこの女人の心を知っていました。自分の罪を知って許しを切実な心の基準をしっていたので救いの道が開かれたのです。<略>来週語父母様がこの世で一番退廃的で罪悪があふれてい都市であるラスベガスで世界的なレベルでの昇華行事がの開催されます。語父母様はラスベガスのすべての罪人に向かって死の真なる意味と昇華の意味を宣布されるでしょう。私たちが真の信仰者なら真の語父母様の教えを通して私たち自身の生き方を振り返るべきです。自分自身の偽った姿を考えないで他の人ばかり裁いていなかったのか、心から真の語父母様に似た人生を歩んできたのか反省しなければなりません。祝福を通して血統転換の条件だけで永世を得ることはできません。天の摂理のために献身しなければなりません。真の語父母様を宣布し明かさなければなりません。昇華の瞬間まで信仰者として真実な人生を生きなければならないのです。最後に統一昇華祝祭、大会で真の語父母様が話された御言葉の一説を訓読して説教をおわります。人類の先祖が堕落によって神様と父子関係が断絶されたこの世界で真の父母としてレバレントムーンの結婚祝福と昇華祝福なしでは永世のその世界を保障されないと心に刻んでおきなさい。今の時代は天の天暦を宣布した時代です。深刻な時代です。65億人類の永世が責任をおう天任をもってこられたレバレントムーンの教えに従わないと生き残ることができない時が来たのです。80年代に原理を聞いてきた私には、原理が変わってしまったのかあるいは韓国の原理と日本の原理が違うのだろうかと思うのです。原理口論は完璧でないのなら完璧な原理口論が書かれてその言葉にのっとって7男さんの言葉がなければならないのではと思うのです。過去の文さんの御言葉集をひっぱりだしてうそのかずかずを数え上げるのはどうでしょうか。あれだけ祝福の価値と意義を声たからかに講義していた人も統一教の原罪がないという意味をもう一度この7男の言葉を聴いてやり直してほしいと思いましたけど。この後教会現状についての報告会がありました。献金がいくらあってそれをどうやって使ってどれだけ残ったかという報告です。礼拝の出席率が23パーセントで献金の大半は人件費に使われ十分の一献金もちゃんと集まっていないんだなと思いました。献金は集まっても残るものがなくてこれからどうやって財団はやっていくのかなとひとごとのように考えていました。韓国の財団や企業体の縮小はこれからも続くでしょう。リストラが行われてもお給料がもらえなくても御旨という名目で企業体を守り続けてきましたがにっちもさっちも行かなくなる日が近いと思いました。
May 11, 2010
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じゃあ韓国人の反応はどうなのだろうか。カリスマを発揮しているのははっきり言ってお父様のお言葉だけだ。国進サンの言葉を心に刻んで協力しようとするのは若い純粋な学生ぐらいだろう。あの説教を聴いて恵みが有ったと感じる人はどれくらいいるのだろうか。心が震えるほど感動し生きる力になるのが礼拝ってものじゃないのかと思うがここではただ集まってお話を聞くところだ。中心者の指示を受けるところになってしまっているのかもしれない。韓国人幹部のこころには2世の力ではおよばないようだ。親の心でとも言うのだろうか、前に立つ3男4男には、前に立ってくれるだけでご立派だという考えである。説教がうまい下手、原理を理解しているしていないに関係なく親の七光りで踊りを踊らされているのが客観的な見方と言うものだろう。前列を占めているご立派そうな幹部たちの頭の中をどう理解すればいいのかわからない。教会の外の情報はうその資料とは。どこがどういう風にうそなのか公表してほしいものです。カメレオンのように言うことが違ってくるのはここに長くいるひとみんなが知っているとおりです。最後にはあほらしくて関係を持つことも関心ももてなくなるんですね。
May 3, 2010
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2月に天福宮に首都圏の教会が統合された。時間がたてばたつほどこの教会の信者離れが進んでいる。5回に分けて行われていた礼拝が今は3回だ。7男の説教もこれといった内容もなく語父母様がメシアだ。王の中の王と人間讃歌に拍車がかかっているに過ぎない。統一教会の跡を継ぐだろうという言われている2人の人物。7男と4男、日本の霊感商法に関する話を韓国人統一教会信徒の前で話した内容を紹介しようと思う。これは礼拝で話されて1週間おくれて字になって御言葉として紹介される。少し長くなるが関係者の方のなにかの役に立てればと思うのでここで簡単に翻訳して載せます。文国進さんの説教です。1年前日本の教会の責任を任されて日本に行ったとき、教会はあまりにも深刻な状況にたたされていました。日本の政府は教会の宗教法人を抹消しようとし、教会は社会的にひどい迫害を受けていました。商法上違反行為をしたという理由で警察の調査をうけ拘束される食口もいました。なぜ日本の統一教会は迫害を受けているのでしょうか。その理由が何でしょうか。それは矛盾していますが日本の食口が誠実に信仰生活をしているからです。摂理のために生き犠牲の道を歩んでいるから迫害を受けているのです。日本の食口たちは自分自身の生活を考えません。深い心情と信仰でただただ全体摂理のために私自身をささげますと決心した方たちなのです。このような基準にあるから日本の食口たちに霊界の役事が起こっています。私は70以上の教会を訪問しました。食口たちに会いこんなに教会に献身する理由がなんですかと聞きました。多くの食口たちがこう答えました。先祖が霊的に現れて教会のために献金し、献身しなさいというからですと。しかし日本の政府がこんな目に見えない世界、霊界の霊的役事を理解できないしこのような霊感商法は商法上の不法行為であるとして食口を拘束したのです。彼らたちは食口が真の語父母様と摂理のために献身するのは異常だと言う目で見ているのです。韓国人である真の父母を日本の天皇よりもっとあがめていることが理解できないでいるのです。反対派の活動は統一教が日本宣教歴史以来,神を否定する共産党と全面的に戦った歴史、そして統一教を異端と決めて迫害したキリスト教の偏見に満ちた宗教利己主義とつながっています。日本でのキリスト教の成果が取るに足りない状態なので統一教の基盤が拡大されていくのを警戒した日本国内のキリスト教牧師は統一教に反感をもっている共産主義系列の弁護士と連結して食口たちの家族を説得し不法拉致監禁及び強制改宗活動をはじめました。今まで40年間、なんと4300件の食口の拉致監禁事件が発生しました。拉致された食口たちは人権を犯されました。性暴力に合った女性もいるし12年5ヶ月の拉致監禁を受けた後藤さんのような方もいます。生命と同じででもある信仰に対してその反対と迫害に勝てないで自殺をした食口もいます。不法拉致された状況で起こった自殺は自殺ではなく殺人です。拉致監禁で人権を侵害された食口は政府に心からこの事件について訴えました。しかし政府当局はこの事件を正式に起訴しませんでした。反面、日本の統一教会が行った霊感商法という商法上の違法行為を調査するのになんと1万名の人員が動員されたのです。不法拉致監禁は商法上違法行為と比較にならないぐらい重大な事件です。しかし日本の政府はこれについては無関心に一貫しています。これは明白な宗教弾圧です。今まで43年間私たちは宗教人として我慢に我慢を重ね反対し迫害する彼らたちを暖かく包んでいこうとしてきました。しかし彼らたちは決して反省しませんでした。かえって言論を通して統一教の悪いイメージを植え付け、ますますひどく迫害しました。これ以上我慢できません。私たちは起き上がって不義と戦わなければなりません。善なる戦いが始まると教会に対する言論の態度が変わり始めました。反対派のうそじゃなく私たちの真実が報道されはじめたのです。UN人権委員会に日本での不法拉致監禁と宗教弾圧に対して提訴ししました。UN人権委員会はこれは処理しなければならない案件として正式に登録し日本大使を通して日本政府に統一教食口に対して人権弾圧に注意しなさいと通報をしたそうです。アメリカでも現職上下議員30名ばかりと会い不法拉致の実態に関して詳しく説明しました。彼らは特後藤さんの事例に深く関心を示しました。在米日本大使にも統一教拉致監禁は宗教弾圧だと指摘したそうです。アメリカ国会聴聞会に日本統一教食口不法拉致監禁問題が上程される可能性が高いそうです。韓国でも不法拉致監禁問題に対し意義が提議され具体的な活動を展開しています。何日か前に日本大使館に日本統一教食口不法拉致監禁事件について解決を求める韓国国民の署名を伝達しました。また拉致監禁パンフレットを作って配って宗教の自由を支持する署名を受けています。日本の教会は50万部以上を配ったしこれから後50万部を配る予定です。アメリカでもこのような活動を準備しています。韓国に住んでいる日本食口のなかで拉致されたことがある300名あまりの食口の被害者陳述書を作りました。日本でも後60部つくられ300部がもっと作られる予定です。このような内容を持って私たちは日本で宗教迫害と人権蹂躙問題に対して正式に問題を提議します。 みなさん、ネットで統一教について検索してみてください。教会に対して批判のうその資料が見つかるはずです。このような資料は一般の人たちが真の語父母様につなげることを阻むものです。そしてもし私たちの子供たち2世がこのような資料を見たらと考えてみてください。あまりにも大きな衝撃を受けるでしょう。実際に2世たちに対する被害は目にあまるものがあります。不法拉致監禁は被害にあった方たちだけの問題ではありません。統一家全体の戦いです。統一家のためわたしたちみんなが一緒に力をあわせ戦わなければなりません。真の語父母様は人類の再臨のメシアです。統一教の信仰に自信と誇りを持ちましょう。みんながひとつになって統一教食口の不法拉致監禁と強制改宗の不当さと戦いましょう。統一教信仰の自由と食口の人権回復のために善なる戦いに食口全員が積極的に協力して賛同してくださることを願います。
May 3, 2010
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いよいよこちらでも夏休みが始まりました。けれど夏休みとは名ばかりで、2学期の学習の先取りから英語の補修と学校で毎日のように何らかの学習があります。私の子供の通っている学校では、さまざまなカリキュラムが組まれています。まずコンピューター低学年から高学年まで12ぐらいコースがあります。エクセル、ワード、資格試験準備など夏休みの間1週間ぐらい休みがありますが毎日学校で教えてくれます。教室は冷房が効いているので家にいるよりは涼しいといえるでしょう。もちろん家が授業料を負担します。1週間3回4週で9万ウォンです。英語も力を入れている科目のひとつです。区で家庭の教育費を負担するため5,6年生対象の集中授業は、毎日3時間の強行軍です。文法、リベート、読解、聞き取り作文と外国人の先生と韓国人の先生とのぺアで管理してくれます。それ以外に科学キャンプという1週間に1度実験をしたり観察をしたりする授業。どれも外部から優秀な先生を招いて子供の個性を引き出すというのですが、子ども自身が考えて試してみて感動するというよりも、上からの目線で教えてあげて知識を注入する一方的なやり方です。まっ、ないよりましかと、一日中テレビにパソコンに釘付けになるよりはと思うので送るつもりです。幸い韓国では母親が外国人の場合、子供の学習能力が低いということが問題になっていてそれに対して政府次元でいろいろな助けがあります。学校で主催するこのような講義には優先して送れること、そして費用も年間一人当たり40万ウオン補助してくれます。今ソウルでは学校を最新設備を備えた英語を学びパソコンを学ぶのにいい環境作りに力を入れています。国際結婚すなわち2重に言葉を苦労しなくても習えると錯覚している人が多いと思います。言葉というのはそんなに単純なものではありません。苦労しなくてもすらすら使いこなせる人もいるのでしょうが、どこまでも母国語で書いたり読んだり使いこなせてこそ思考も育つというものです。そしてそんな環境が必要です。日本にいったり、きたりたびたびできるとか、1年の半分ぐらいは日本ですむとか。母親が日本との関係を切って祝福を受けて韓国で育っている子供たちは、日本語がぜんぜん話せないという子供が多いです。簡単な挨拶程度はできますが。それ以上となると。私は時々文が交差祝福がすばらしいとか自動的に世界がひとつになるとかそんな話を聞くたびにうそばっかしと思っています。言葉の華々しさの裏にある真実をこの人は語っていないと思うばかりです。国際結婚をしていないでそれを勧める地区長や協会長も同じです。真の家庭ごっこをして幸せそうに見える家庭とその実は違うことを私は知ってからどの幹部の家庭も本当かしらと疑うようになってしまいました。話がそれてしまいました。夏休みどの家庭もお子さんとの忘れられない思い出が作られることを祈りながら。
July 23, 2009
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さあこれからの韓国統一教会を引っ張っていくヒョンジンさんの言葉からこれからの統一教会の方向を見て見ます。教会は本当にシック様を愛さなければなりません。<教会は神様を愛するところではなかったのか>私たちのシックを光り輝く存在に作り変えなければなりません。統一協会シック様は真の語父母様の顔です。どんな統一教会のシック様がこの世の人たちからあの人は統一協に通っているが本当にすばらしいという言葉を言われることがまさしく語父母様を高めることなのです。真の父母様の子女として世の中の人々の前に誇らしいシックになってこそ何百倍何千倍の栄光をささげる方たちです。お父様は民心はすなわち天心だとおっしゃられました。シック様には聖霊が共にあります。私が家庭訪問をして、コンサ二ム、チャンロ二ムにあって話をすると聖霊を感じることができます。2世に祝福を受けさせ3代祝福家庭を成し遂げられたシック様はとても大切です。このような祝福家庭を大切にしこの方たちの尊い姿をこの世の前に誇ることができたらこの世は新しい視角で統一協を見ることでしょう。シック皆さん統一協会は過去54年間急発展してきました。今では社会も私たちを注目しています。それが再び私たちの教会に向かう健全な圧力になると思います。私はこのような健全な圧力がすきです。簡単な例を挙げてみると圧力釜は本当においしいご飯を炊き上げます。社会は今、私たち世界平和統一家庭連合がどのように進んでいくのか見ています。社会の視線を受けている私たちみんなこれからもっともっと真の語父母様を光り輝く存在におつくりしなければなりません。そのためには何よりも先立って教会の中に愛があふれなければなりません。牧師として私がしなければならないことはまさにそのことです。ヒョンジンさんを世界統一教会 壇会長としその奥様であるイヨナさんが祝辞長その下に実力を認められた副会長<教区長>教会業務全般を担当する方。その下に8人の副教会長、英語圏のシックのために、聖書フォーラム、青年会長、成和学生牧会、日曜学校牧会そしてそれを支える12人のスタッフたち。日曜日の礼拝は5部に分かれます。おいおい天一国シック日本シック中心の礼拝もある。土曜日 クリスチャン統一の礼拝、天一国英語圏シックの礼拝、天一国成和学生礼拝水曜日 地域別シック中心礼拝、英語圏シック中心礼拝、青年大学シック中心礼拝早天礼拝 毎日ヒョンジンさんは牧師のためにこう話ました。真の語父母様の牧会伝統の相続を受けて成長を願うならまず牧師様たちがシックたちを愛さなければなりません。もっと低い位置に下りてシックたちに侍らなくてはなりません。シックたちを真の父母様の前に立派な親孝行な娘息子を作りたいと思ったらまずシックたちに侍らなければなりません。 統一協本部教会ガイドブックから抜粋このようなまともなことを言うので今から2世たちの支持を受け希望の星と古参シックからも認められつつある姿です。さあ4000名にも膨れ上がったシックの管理がこれからの課題です。神様とは遠く離れた実に人間的なコミュニティが出来上がってシックによる教会がどんな姿になるか楽しみです。職場も教会も統一協となると本当のことが言えなくなる体制です。実は日本式集金の典型的な姿が見え始めています。日本人には関係ないですが韓国人を夫に持った日本人には見える人には見えるはずです。借金地獄にノイローゼ破産、文一族だけが生き残れるこの統一王国で早く目を覚ましてください。いや目を覚ましていながら適当に教会と付き合っている人が大半でしたね。
June 29, 2009
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いよいよ来月から新しい体制で韓国統一教会が変わる。それにあたって説明会があった。チョンパトンにあった本部協会のその近くの区、市が合流するのだ。4000名の信徒がそこで礼拝をする予定だ。名前も変わる。世界本部統一教会だ。そのビジョンと意味は、世界宗教人とともに神様と真の誤父母様に侍り讃える第3イスラエル聖殿を実現していくこと。世界宗教人と共に、宗教間の平和とひとつになることを通して共同体を完成すること。宗教人と共に真の愛を中心とした祝福による生き方を通して分け合う精神を実践すること。世界宗教人が一緒に愛と平和、そして許しの文化を伝えること。摂理的意味は、エルサレムに建設された第1聖殿は蘇生期的意味の聖殿で、第2聖殿は長生期的意味の聖殿です。これから建築される天福宮は完成期意味を持った聖殿です。第1聖殿と第2聖殿はメシアが待っている新婦の役割をする象徴ですが、天福宮は第3アダムとしてメシア救世主真父母の使命を実際におつかえする聖殿であり神様と真父母様に直接役事する生きた聖殿です。第1,2次聖殿は律法と厳粛な儀式だけ存在する聖殿だったなら、天福宮は天の天法に応じて真の家庭のために教育と文化が創造される神様が臨在される聖殿です。すべての宗教人は神様と真の父母を中心に銃的に繋がって統一家の一員になり新しいエルサレムとして世界平和統一の出発点、天一国の中心になることでしょう。 統一協本部教会ガイドブックより抜粋いつも信者の目先を別なほうに向けさせるため父親と同じやり方だ。摂理が変わるたびにいかにも大躍進を遂げているようないいまわしそれに乗せられる現役信者さんたち。もちろん今でも残っている現役信者は韓国で教会の牧会をやってきたり、重要な位置にいた幹部が多いわけだが、その大半は信仰を育ててきたというより原理を自分の都合よく解釈してきた人たちだ。何年か前にブラジルの希望農園にエデンの園を作るといってなかったでしょうか。信者はみんなここに移住するとかしないとか沸き立ってなかったですか。あの摂理はどこで消えてしまったんでしょう。ヒョンジンさんの話によるとこのたびの日本の様子はすでに語父母様は察知して対策を立ててこられたというのです。そのため国進さまを中心として韓国の企業体を立て直してこられたそうです。過去、韓国統一グループには100億もの赤字があったが今は黒字になっていること。かえって困難に立ち向かっている日本統一教会に25億の援助をしたこと。今まで力になってくれた日本の教会のために韓国の信者がひとつになってこの摂理を支えていこうとか。自称希望のメッセージで韓国信者の心をつかもうとしています。天福宮の一家庭あたり1200万ウォンの献金を求めていることなど。残っていると骨までしゃぶられそうな勢いですが、人のいい末端信者は、内部の情報しか耳に入りません。思考停止人間が多いのも韓国人の特徴です。選挙で傷ついた心を癒すことなく過去のことはくさいものにふたをするようの本当のことが伝わってきません。私が白々しくへぇ100億もの借金を日本人の献金で返したの?と聞くと、そんなことはいってないじゃないか。上からの話はそのままどうして素直に聞けないんだといわれてしまいました。100億もの借金をどうやったんだろうかとか、まだ借金が残っているんだろうかとか考えるのが普通と思うのですが、思考停止していると疑問がもてなくなるようです。思考停止していることも認めません。考えるということを放棄してしまった人に原理を聞くとなってしまうようですね。恐ろしいことです。
June 28, 2009
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なんといっても健康です。体の弱い人、病弱な人、薬をのまなければならない外国人に対する風あたりは強いです。自分の健康は健康なとき守らなければなりません。歯が丈夫な人歯並びがきれいな人は回りから喜ばれます。二重まぶたであること、整形しなくてもいいと喜ばれます。 どんなことにも負けない精神力少々のことには挫けない強さと前向きでいられるずうずうしさも必要です。 誰とでも仲良くできる社交性外国で新しい人間関係を作っていかなければなりません。自分から声をかけなければ、友達はできないのです。夫以外に自分のことを考えてくれる人間関係が必須うなのです。どうか統一教会よ。個人の適正というものを考えて国際結婚を勧めてほしい。祝福を受けようと思っている2世よ。国際祝福を甘く見てはいけない。同じ原理口論を読んでいるからといってあなたが持っている価値観とまったく同じ価値観を持っているとは限らないのだから。文鮮明さんよあんたの家庭から外国人の嫁さんお婿さんをもらってくださいませ。そして一緒に暮らして3代が喜ぶ家庭見せてくださいよ。鶴子さんがどのように母の位置を勝利するのか教えていただきたいのですが。
May 13, 2009
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統一協会の万物復帰の歴史はいつから始まったのでしょうか。私は信仰の訓練という名目で数々の行商をやりました。そしてその行商はただの行商ではなく万民を救うための救いの条件をを立てるためのものでした。今思うと何でこんなばかばかしい教えを信じていたのかあきれてしまうのですがその当時は真剣そのものでした。朝早く任地におろされてからすることは祈りから始まり、断られても断られても人間的に判断しないで、<人間的というのはこんな高い商品は売れるはずがないとか、何度も同じような人がかったから無理だとか。>最後の1軒まで精誠を尽くすことでした。売るものはいろいろありましたが、学生だった私は主に珍味を売りました。タッパに試食用の6種類ぐらいの珍味を入れて1袋1キロぐらいの馬鹿でかいものでしたが旅行用のかばんに詰めて肩に担いで出発したものです。暑くても寒くても風が吹いても雨が降っても雪が降っても薄暗い空けたばかりの時間にマイクロから降りて一人で勇ましくたずねていったものです。決しておいしいとはいえない珍味を天のものだと信じて、初めて行く町、初めて会う人に、あなたがこの珍味を買わなければならないと命がけで熱心に語ったものです。たかが珍味にこんなに熱心になるなんて相手は多分びびって買ってくれたり、同情して必要もないのに買ってくれたりしてくれたのだと思います。世は闇だと思っていたのにこの万物復帰で世の中捨てたものじゃないなと感動もしたものです。私が思っているよりもいい人が本当に多かったし時にはあがっていきなさいとお食事をご馳走になったり、ジュースや水をくれた人もいて恐縮しました。今もこの万物復帰は祝福2世に受け継がれているのでしょうか。韓国では修練会の一環として形としてやっていました。靴下とかハンカチとかキーホールダーでしたけど。今この万物復帰は信仰の訓練と言われながらいいように私は利用されていたのだと思いました。そしてこの万物復帰は多くの危険と背中合わせに行われていたと。特に外国での万物復帰は、無知なことをいいことに身の安全について何の教育もなく行われていたということです。公式的には何の情報も与えずにただ気をつけるようにという言葉ばかり。アメリカでは、花売りをして殺された人もいたというのに内部では知らされないでうわさが飛び交うばかりでした。殺された人がどんなところでどうして一人で売っていたのかそのアベルに対する責任について話されたことがあったのか。韓国では狭い入り組んだ路地を配達していて、強0されたり暴0にあったりしてもその被害を訴えて弁償してくれるところもない。おまけに強0されたのは女が悪いと言わんばかりに祝福を無効にされるとか。一歩間違えれば命を落としかねないことをしていた。そんな危険なことも神が守るとあの文さんは言ったのではなかったのか。自分の息子が交通事故にあったときは信者の責任だと全体が祈祷をしたが、マイクロの運転をして大事故で入院していた人たちのために自らが足を運んで祈ったことがあるのだろうかと思った。そんな人を真の父母と呼んでいたとは、苦労して育てた親の立場になれば、監禁してでも説得したくなる団体に私は所属していたのだ。もちろん私も親になって、実績がなければB街と呼ばれるところで万物復帰をしなければならないようなこんなところに娘を送りたいとは思いません。あぶないじゃないですか。こんな事実があっても真の父母を自称するこの人はいったい誰なんでしょうか。
May 7, 2009
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子供たちは怖い話が好きだ。本当かもうそかもしれない話を本当らしく話すので面白がるし怖がる無邪気なものだ。しかしこの手の話が好きな大人もかなりいるのだ。信じても信じなくても害もない証拠もない一人だけ確信している妙な世界だ。私がこの協会をきたときこの手の話より理論的な話の展開、法則に基づいた理論だと目に見えない霊界を実証することができると話していた。だから原理原則だと。それに引っかかって、私は霊界はあるかもしれないから必ずあると変わっていった。霊界の話となると講師や先輩家庭の話は事実のように聞こえたしましてや自称メシアが話す霊界は100パーセント信じた。原理口論にも書いてあるではないか。神の啓示を持って現れなければならないとか、幾十星霜を有史以来誰一人として想像にも及ばなかった蒼茫たる無形世界をさまよって云々と 大げさなんだよね。この書き出しから,謙虚を美徳とする日本人には自信あふれるさまがほら吹きだとは考えもできなかったのだから。霊界に通じていても、占い師に頼ったり、目の前の人の犯罪暦とかはわからないのは後で実証済みです。塩の柱を作りながら泣いている神様はモーセに現れて十戒を送って契約を結んだ神様なのか。光り輝く中からイエスと現れた御父母は、本当に御父母なのか。御父母に使命を与えたといわれるイエス様は2000年前ガラリヤに現れて奇跡を起こしたイエスさまなのか。その証拠を見せてほしい。証拠がない以上は、いたずらに信じないほうが賢明だといえるだろう。霊界だとか夢というのは、約束したり話してもそれを本当だともうそだとも証拠を取ることができない。科学が発達したこの時代でも人間の理解を超える出来事が多いのも事実だが、いたずらに信じて自分の人生をかけるほどの価値があるとも思えなくなった。価値があると思える人がやっぱり霊感商法やチョンピョンで多くの金を献金してしまうのでしょう。思い込みと愚かさゆえに。そして愚かでもいいとそこの安住している人間を見る。先日協会で証会があった。2世、有名幹部の息子、弁護士、もうこれだけで古くから協会にいる韓国シックはその人の話を無条件に受け入れる準備が出来上がってしまっていた。なんせ韓国人は肩書きに弱い。その人の口から出る証はアメリカでカルトの何たるかを知って心理操作の仕方を知っている人だ。泣かせ高揚させ少しばかりの本音を言って同情を誘い聴衆とひとつになる。ブラボー2世。これからのターゲットは純粋な2世たちだ。大衆と融合しながら原理はどんどん変質していくだろう。平和や真の愛という名のもとに真理とは離れたところで文さんが亡くなってからのことを考えて組織がどんどん変わっている。そしてこの財団を利用しようと虎視眈々と狙っている群れもいるのだと思いました。
April 24, 2009
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日本の霊感商法がマスコミで多くの人に知られその違法性がはっきりしたため内部でも反省する声が広がっているようです。それとともに、その協会の中で原理の間違いや目が覚める人が増えてくるのではないかと期待するものです。その一方お隣の韓国の動きはどうでしょう。日本のこのような動きは一部の幹部たちには知られますが、ほとんどは知らん顔です。一般の信者は国内の韓国より外国の日本やアメリカで摂理が進んでアボ二ムは認められている。2世たちの世代交代。摂理の中心は韓国で。一般出版社の自叙伝。世界中から肩書きを持った人が招待され集まってくるので、それらしく見えるのです。伝道は進んでいないというのに華やかな自称メシアの宣伝。かえって対外的には華やかです。ヨスの海洋開発、ヨイドの世界宣教部の建設、世界日報社の移転、平和統一正殿の建設いったいどれだけプロジェクトが進んでいるのか数えられないほどです。私はこれらはこれから日本からの献金は難しいので、韓国国内の信者向けの内部の目蔵ましではないかと思っています。今回在韓日本人を対象に行われた献金案内の公文には、今までにない取立てでした。世界平和統一正殿大福宮となずけられた建築献金は、2013年1月13日まで新しいエルサレム信仰の祖国の大韓民国に建てられなければならないといわれています。神様が望まれた第3エルサレム正殿として世界すべての宗教の中心聖地として、人類と世界の前に超宗教的な和解と平和のビジョンを実現して見せるそうです。信じている人にとれば献金の額がどれだけでも喜びなのでやっていただいたらいいと思うのですが、この献金を出すために証というものを聞くとばかばかしいものがあまりにも多いので日本の方にも知っていたほうがいいと思って文を書くことにしました。まず目標は1家庭あたり1200万ウォン日本円では90万円ぐらいでしょうか。もちろんこの数字は韓国でも普通のサラリーマンの月給5ヶ月分ぐらいにに当たります。しかしこの額を勝利したと田舎で苦労しているはずであろう女性たちが壇上の前で嬉々と時には涙を浮かべながら御旨のために霊界が動いたとか、天が準備したとか証をするのです。その大半は、日本にいる両親に韓国の苦しい生活状況を話し、時には夫が失業したり、孫が病気になったりしたともっともらしい話を作って、年老いた親に頼っているのです。親もなけなしの大切なものをわが子が孫がという思いで、送るのではないでしょうか。良心の呵責もなく堂々と話されるその場では、献金のためにはどんな方法を使っても美化されてしまうおかしな世界だと思いました。日本の指導者が来てからは、目標額と期日が決められ、献金0にならにように1万ウォンでも出さねばならないのです。そのために1日に数十回の文字メールが送られてくるのです。夫に秘密で献金したいという人のために特別に口座番号も設けられています。韓国でもこのような額の多い献金は夫婦が一緒に意見が一致して捧げる家庭はまれだと思われます。ここだけの話ですが、日韓の家庭で韓国人の奥様に献金の話をしたところ、する必要がないとおもいますのでといわれました。後でご主人さんの日本人に話すと苦笑しながらポケットマネーで20万ウォンを出してくださいましたが。後でばれて夫婦喧嘩が起こりませんようにと祈りましたよ。真家庭を作りましょうという、うたい文句で韓国で伝道しているくせにこんな夫婦喧嘩の原因を協会が作っちゃってどうするんでしょう。泥沼 そんなことば私の脳裏を掠めました。半身不随になった女性の献金をよくやったと献金を受け取る幹部はあなたの体をまず直してからなんて言葉は出ないのです。外国で病気になることほど心細く悲しいことはないのに。親が子を思う真心さえ利用して献金を要求するのは社会的に批判されないだろうかと思うのです。どうぞ協会のリーダーと呼ばれる6000双、6500双の良識を持って韓国に定着しているかたがたにお願いしたいと思いました。責任分担をやれば後はどうなって知らないという変な韓国のリーダーのまねをしないで。外国に来たという意味では頼れるのも同じ日本人同士だけです。本当のお姉さんなら血のつながった姉ならという見方なら、いくら上の命令だからといっても何がその人にとって必要なことかわかるはずです。良心を失った指導でみんなが底なしの泥沼にリーダーもそれに続く人もはまり込んでいく群れを見ているようでした。
April 20, 2009
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祝福を断ってはいけない。断るとそのたびに蕩減が重くなるから。メシアから指名された相手を断ることは、死ぬよりも恐ろしいことだった。相手はどんな人でも受け入れなければならない。命よりも大切な愛をメシアにささげることによって蕩減がはれるのだから。こんな教えゆえに、相手を受け入れることしか許されてなかった日本人婦人とマッチングを受けた韓国人男性。日本人の大半の女性たちは死をも覚悟して日本をあとにしたのではなかったかと思う。一方韓国側では、まことのすばらしい家庭を作るための結婚セミナーで人が集められた。従順な妻、愛嬌あふれる日本女性と結婚できると多くの結婚できない田舎の男性が集まってきた。純潔と愛あふれる家庭をキャッチフレーズににわか信者になった青年たち。その中には病気もちで家族さえもてあましているような人、精神病を患っている人、働けない人もいたのだ。そんな人たちもなぜ祝福を受けることができたのか。それは牧会者として人を生かすという姿勢よりも、祝福候補者を輩出して実績をあげれば上から認められるからだ。メシアを受け入れれば選民という考えもあったかもしれない。もし祝福にふさわしくなければアボニムが全部見通すことができるので受けれないだろう。メシアの力を信じすぎていた協会長達。結婚したい人は誰でも会場に送ったのだ。しかしその尻拭いは、もちろん本人が受け持たなければならないのだった。言葉の壁、文化の壁で現状を十分に把握できなかった本人が受け持つにはあまりにも重すぎる現実。自分の娘、息子を結婚させたいと思う人でなかったら推薦すべきではなかったのにそんな良心も持ち合わせてはいなかった。韓国にいる日本人の中では自分が選んだ道なので現状を考えることも拒否している人がいかに多いか。だから時間がたてばたつほど手のつけようがないほど生活も心も困窮していく。まだ泣いたり、怒ったり、悲しんだり嘆いたりできるのは、回復し慰められ明日に希望を託すことができる。人が行き着く絶望の端にあるのは無表情、無感覚だ。悲しみも怒りもどこか遠くにおいてきたみたいに明日どうしたらいいかも考えられない人びとが祝福を通して量産されている事実。上からの指示がなくては、笑うことも話すこともできず心が凍ってしまった人。そう私はそんな目をした人をテレビで見たことがある。北朝鮮で暮らしている人たちだ。自分の生活に疑問を持つことなく黙々と上の命令で動いている。子供を抱えながら先にご主人に先立たれ心配しているご両親が日本で待っているというのに韓国で暮らすことに固執している人。引きこもりのご主人と年取った義理のお母さんと障害者の弟さんのために生計を立てている人。子供が大きくなってしまって、思うように日本に帰れない人。どれも信仰だけで答えは出ない。外国人の女性ができることも限られている。大きな宮殿は立てても、本当に助けを必要とする人には知らん振りしているこの団体にまことの愛なんてないことに早く気がついてほしいものです。いや気づいても、きづいていないふりしないと、もう生きることもできないほどです。
March 31, 2009
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祝福というのは、ただの結婚ではない。文鮮明を再臨のメシアとして受け入れ霊肉ともに救われるための宗教的儀式だ。条件的であっても、原罪をぬぐうために全人類が受けねばならない儀式だ。私はこの価値観を捨てた。人間の罪の根が淫行ではないからだ。聖書に記述されていない部分を想像して天倫の秘密を明らかにしたと大ほらをついて多くの人を惑わしてきた原理には人を生かし、癒す力もなければすでに生命がそこに宿っていない。祝福を否定することは、自分の人生すべてを否定することだと譲ろうとしない彼と前面衝突が始まりました。あれは1月1日の神の日のこと。今年この行事はチョンピョンではなく所属協会で行われることになった。今まで私は周りの目をごまかすため、形だけ協会に日曜日彼と出かけてきた。せっかくの週末を信仰のことで争いたくなかったし、第一子供たちを前にけんかする姿を見せたくなかった。私の心とは反対にただ流されるまでの時間でした。彼の立場上、私が落ちたなんてありえない話。振りをするほうが楽だった。黙って座っていれば誰にも何も言われることなく静かに自分も回りもごまかせたから。でもこの神の日はそうできなかった。祭壇の前で敬礼をしなければならなかったのだ。私はうろたえ迷った。ついこの間まで、平気でできていたことができなくなっていたからだ。ここで礼拝しているのは創造主ではないという括弧とした確信。哀しくそして抑えることのできない怒り。アーメンの代わりにアージュということもイエス様の名ではなく祝福家庭の自分の名で祈ることもわたしには、恐ろしくて罪の上塗りをするようでできない。もう後には引けない。愚かな鳩のように何の知恵もなく祝福を受けて喜んでいたあのころに戻ることはできない。私は取り返しのつかない道に進もうとしているのだろうか。これから起こるであろう彼との関係を思うと心は重くなるばかりだ。しかし今ぶつからなければ、ことはもっと難しくなるだろう。いずれ子供たちともぶつかるはずだ。原理の呪縛から彼を解く事が永遠の命を得ることが神の真理に対する愛だと私の魂が叫んでいる。
March 24, 2009
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わたしの中では、はっきりと原理とおさらばできても祝福を受けた夫婦の目指す方向はそれぞれ違うだろう。目覚める時期も、その内容もそしてそれによってとる行動も。原理の間違いにきづいても、私は一人ではないからだ。わたしの考えだけで、ことを大きくすることもできない。結婚した以上、わたしには、夫があり、こどもがいて、そして主人の兄弟たち、そんな関係を持ちながら生きているのだ。その関係は、義務でもあり責任でもあり、愛でもあるのだ。統一教会の信仰がなくなれば離婚しかないと思う人。信仰はなくても子供のために家庭生活はきちんとやることが大人として責任ある態度だと思う人。信仰においても相手に対しても深入りしないで適当にあきらめるのも一つの考えだろう。どれが正しいという答えはない。そしてすぐ答えが出るものでもない。すでにわたしは人生というマラソンコースで原理を選んでここまで歩んできた。原理を選ばなければ、もっと違った人生が待っていたかもしれないという懐疑的な考えよりこのことを通して、神様と関係がもてたことにわたしは感謝している。聖書という読み物がわたしに与えた影響に感謝している。そしてわたしのこれからの人生は、彼を目覚めさせるためにかかわっていかなければならないと思い始めています。福音を伝えるためにまずわたしが癒されながら、心変わりしたわたしを恨む彼を理解することからはじめようと思いました。
March 23, 2009
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昨日ソウルは雪が降りました。急にマイナス11度まで下がってびっくりしました。マイナス10度まで下がるとハンガンが凍ります。凍った氷の上ですずめが歩いているのを見て、改めて寒いところなんだと思いました。マフラー手ぶくろがないと冷え切って痛いんです。そのなかで、暖かいオンドルはとてもありがたいです。部屋の中に薄い毛布を敷いて中に入るとほかほかしてもうそこから出たくないくらいです。コタツの文化よりもオンドルの文化に慣れてしまって子供たちとみかんをほおばりながらおしゃべりしていると心まであったかくなります。子供たちは私たちの葛藤を客観的によくみています。大好きなお父さんとお母さんが何だか仲が悪くなるのはどうやら宗教的見解の違いのようだと。私は自分の葛藤が始まったときから子供たちに道徳的なことは教えても宗教的なことはできるだけ何もいわないですごしてきました。私の一言で先入観をもたないようにと。しかし子供たちは、統一教がどんなところか、チャンプモが誰なのかとか聖書とか友達との付き合いの中で悟っていきました。異端とかそんな言葉を友達や友達の親から聞くようになったのです。クリスチャンが多い国なので子供同士で日曜学校に誘ったり誘われたりしながらしらずしらず自分の環境が他の友達とは少し違うことを感じ取っていました。なによりもお母さんが日本人だということ。そして祝福家庭だいうこと。子どもたちにとって親が統一教の祝福を通してあって結婚したこと。これは私が目覚めても目覚めなくてもつきまとってくる言葉なのです。私は子供のお母さんたちと一緒にいても何かしっくりできないいごこちのわるさをかんじてしまいます。表面上は付き合い仲良くできても、何か最後のところで本音で付き合えない悲しさを感じてしまいます。さぁ子供たちの言葉を拾ってみましょうか。一番感受性の強い子が7歳のときに語った言葉には笑わされました。お父さんは統一教でお母さんはクリスチャンなんだよね。どうしてそう思うの。おとうさんはチャンプモニムの前で敬礼するしチャンプモニムの名前でお祈りしてるからとお母さんはチャンソンガ賛美歌をよく歌ってるし。またもう一人の子は、お父さんと会ってときめいたなんてうそだよ。言葉も通じなくどうして恋愛したなんていういうのという始末。どちら側にもつかず、というかどちらにもつけないか。強気で生きていても時には後悔ともいえない妙な気持ちになるのは隠し切れません。そう私はいまさらながら原理を通過せずにはイエス様の十字架の救いにも創造主にも理解ができなかったと思う。信仰でイエスを私の救い主として受け入れることはできなかったと時に自分自身がとてもおろかだと思うことも多いのです。適当に生きればいいものを三乗の垂訓といわれる御言葉の中で悲しんでいる人はなぐさめられるであろうという聖句がある。韓国語ではここはただ悲しいだけではないのだ。哀痛する人だ。あぁわたしのことだと。慰められるであろうと力づよくイエスさまの言葉は私に語っているのだった。
December 8, 2008
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韓国では、教会が統合、吸収されていままであった地域に統一教会がなくなっています。それぞれの教会には信者がいなくなって、これ幸いにと教会と縁が切れてしまった人が大勢います。当然行く場所のなくなった信者は、どこにも所属しない人、近くの長老会教会に行く人、分派に行く人とさまざまです。霊的浮浪者になった魂はよりどころをなくしてフラフラ。霊的障害者といえばいいのでしょうか、神様も人も信じたくても信じれないそんな人を量産しているように思います。それでも教会につながらなくては不安な人は、ソウルの本部教会に足を運ぶようです。誰がいるのかわからないのでうるさい干渉もなく信仰できるという理由で。私は先日また行ってきました。あんまり私が統一教会がいやだというので旦那は少々ノイローゼ気味です。廃人なってしまわないかと思うほどの苦しみ方です。ほかのどんなことでも譲歩はできるけれどその一点は触れてくれるなと尋常でないその様子は普通の生活にも支障になるぐらいです。認識を変えるということは幅広い情報と寛容が必要です。自分で自分の情報を制限して、考える幅を切り捨てているので彼自身の自発的な意思でその枠を取り除くしかないのですが、そばでそれを無理やりこじ開けると副作用が大きいような気がします。一休みしながら折れたふりをしました。彼にとって、私の心はどうあれ、統一教会の礼拝に行くという事実の方が大切なのです。ヨンジンさんのこの日の礼拝は、カトリックの礼拝を混ぜた奇妙なものでした。仏教と瞑想とちぐはぐなつぎはぎだらけのこの礼拝が宗教の統一を図った形だというにはあまりにもおかしな光景でした。アブラハムスゴンというものを頭にかぶせてアージュという姿を見てキリスト教とは、もう誰も思わないことでしょう。正直言って韓国人の6000双のコンサニムにこんな礼拝について意見を求めたら、わたしも空が好きさんと同じ意見よでも何か意味があるかもしれないんだから黙ってついていくしかないわよね、とのことです。信仰という魔法にかかったかわいそうな群れにいつまことなる審判の手が伸びるのでしょうか日本人の女性の中には、こんな変なとこにいたなんていまわかったわという声も聞こえてきます。韓国には7000人の日本人がいるそうです。今この日本人を日本の組織と同じように動かせようという動きがあります。一時は韓国の組織の中で認められるようがんばりなさいといっていた人たちが、今は韓国人には任せられない、摂理を担う日本人が立ち上がってとまた末端の純粋な信者を食い物にしようとする動きが見えるのでうんざりです。韓国にいるって言うだけで大変なエネルギーがいるのに、そっとしておいてほしいものです。
November 21, 2008
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いよいよ私も形だけを繕って協会にいくのがいやになってきた。協会で、仲のいい夫婦ごっこをするのに嫌気が差し始めてきた。人間的には人のいい穏やかな教会長さんの説教が、悪いわけじゃない。傲慢でえらそうな、それでいて人のいいクォンサニムがきらいなわけでもない。礼拝といいながら、霊性というものを感じさせない神を冒涜する言葉一つ一つが私の心をいたくさせるのだ。神の心情を慰めると祈っているその場所で神が一番忌み嫌う行為をしているので、そのため怒りと哀しさではちきれそうになるからだ。そんな心を誰も知らない。韓国の協会の数は減っている。伝道はぜんぜん進んでいない。企業体は赤字だらけでリストラの嵐が吹き荒れている。韓国のクリスチャンからも相手にされていない。。それが統一教会の客観的に見た姿だ。なのになのに、そんな現実を見ないように目をふさいで耳をふさいでわが道を行く彼。原理に陶酔しているのでそれ以外の見方ができないでいる。離れた人はみな愛の減少感で離れるのであって、原理は完璧であると思い込んでいる。いつまでたっても平行線の話し合いは進まない。夫婦一緒に礼拝にいかないと恥ずかしいと理想の家庭を作るために精製を尽くしましょうという彼の言葉に納得して喜ぶことができない私。協会の正体を知ってしまったから、原理のうそに気がついてしまったから、文鮮明が何者であるか知ってしまったから、もうこれ以上、以前のような考え方で信仰生活をすることはできない。しかし私がそのことを伝えても受け入れることができない彼。大きな岩でも一滴の水で長くうたれつずけたらへこませることができ、そのうち穴になるように善良な彼の心に染み付いた原理をいつかふるい晴らせるときがくると信じたい。彼の目から見たら今の私の姿はクリスチャンにそそのかされた愚か者にしかうつっていないが,逃げることはできない。家出や離婚、自殺という方法は、周りのものにも荷物を背負わせてしまうだけ。何の解決にもならないことを私は過去に学んだ。強くなりたいと思う。現実に押しつぶされてしまわないように。
October 7, 2008
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ソウルはとてもいい天気が続いています。一週間後にはチュソクという3日間の名節があります。ご先祖様に感謝ささげるチェエサをします。日本では法事にあたりますが、今の私はこのような死者のための儀式は残された人のためにするものであって気休めに過ぎないと思います。何年いてもなじめない行事ですが嫁としてお料理作りに励みます。だんなの兄弟が多いので集まると30人、40人分のお食事を4人の嫁たちが分業してかたずけていきます。はじめは、シンク台もなにもないところで仕事をしていましたが慣れれば要領がついてくるものです。料理をするのも、かたずけるのも、暗い、土間のようなところで男は食べる人女は作る人時代錯誤もはなはだしい中で仕事を探して慣れていきました。日本では料理ひとつ作ったことのない私が、こんな環境に耐えることができたのは、ただ信仰によってここまで来たのだからどんなことがあっても家族の人たちに認められて氏族復帰の足がかりをしたいと思っていたからです。蕩減と言う考え方によって、こんな環境でさえ感謝していたのですから。蕩減が重ければ重いほど、早く復帰されるとか、自分の罪がきれいになるとか涙が多ければ多いほど神様の心情に近くなれるとでも言いましょうか。けれどそう思っている限りこの苦労からは抜け出ることのできない。これは決してトンネルの外に出ることができない呪縛であることに気がついてしまいました。永遠に涙と共に苦労をし続けねばならない。おわりのない苦労であることに。幸せになるためにこの道を選んだはずなのに、地上天国はおろか私の心の中にも天国を作れない教えに縛られる必要もないわけです。しなくてもいい苦労を神様のためにとささげた月日が惜しくて、その事実を認められないだけだときづいた時、われの返るのです。悲しいことに原理では夫婦はひとつと教えがあるにもかかわらず、われに変える時期は夫婦一緒ではないのです。片方は原理の間違いにきずき、片方は相変わらず熱心な信奉者である場合。片方はそれぞれの考え方を尊重しましょうと言うのに、現信者は夫婦一緒でなければ、私の責任分担が果たせないので死んでも原理を信じなければならないと縛ってくるのです。妻が教会から離れたのは私のせいといわんばかりに、ますます天聖経を熱心に読んだり祈りに熱を入れたりし始めるのです。私自身は自我に目覚めるとでも表現したらいいのでしょうか、本来の自分の姿の戻っても、そんな状態を今度はその私の姿をだんなさんはみとめられないわけです。長い時間同じ家の中にいてもお互いの心の中を打ち明けたり理解してこなかったからです。けんかでもして自分の主張をしたほうがもっと近くなれるのに夫婦喧嘩はよくないとか2世がちゃんと育たないとか、そんな呪縛にかかって、わたしは自分のことをいつも否定して自分のことを言うときは、何日も考えたり旦那の立場ばかり立てて私が我慢すれば家庭が円満だと思って静かに波風立てないで来たのです。韓国は日本よりももっと早く時間が進んでいるように思うことがあります。価値観の移り変わりがとても早いのです。男尊女卑の考え方は特に統一協信者の男性に色濃く刻まれています。時代の波に乗り切れないのが教会信者の特徴のようです。男性には都合のいい考え方なのです。わたしは、信仰によって私自身をすべてを否定し旦那の意のままに動いてきたので、彼は夫婦としての同等の人間関係の結ぶというより、上下関係で私を支配してきたのです。奥さんは自分とはぜんぜん違う個性や考え方を持っている人間だということを最近わかり始めたようです。旦那の前に従順と服従だけで過ごしてきた月日を私は今やっと取り戻し始めていると感じています。今まで、自分を人形みたいだとかロボットみたいだとか感じて自分が何を表現したいのかもわからない世界に住んでいたようです。自分が自分らしくふるまうこと。だんなに気に入ってもらう自分じゃなく、ありのままの自分を表現することからが大切だと思っています。祝福を壊してはいけないという前提では自己実現どころかいつも人の目を気にした自分しか作れないと思います。祝福を通した原罪の開放もなければ、個性の完成もありえません。人間のしがらみでがんじがらめなのは、祝福を受けた夫婦だけでなく、これから受けなければならないと準備している2世の祝福の子女たちもおなじだとおもいます。祝福の鎖を断ち切るために、私一人の犠牲で十分だと思います。もっと年をとる前に2人の関係に気がついてよかったと思います。これからその関係を立て直すために私の挑戦が続きます。
September 8, 2008
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韓日日韓の祝福に関して、一般の協会員の認識はsakaさんと同じだと思う。かつて私も、有頂天になったものだ。そうやって乗せられてしまったことを、思い出させてくれました。このように国際祝福が、なにか世界平和に寄与するような間違った考え方をしている人が少なくない。協会員のなかでも、日日のカップルより国際祝福、特に韓国との祝福は、日日より格が高いように勘違いしている。国際交流と国際結婚は別々に語られなければならない問題ではないかと思う。6500双の前は、黒人との祝福を勧められたものだ。6000双の中でヨーロッパやアメリカ人と受けて日本以外の国に定着している人も多いはずですが、その家庭がどのように国際交流に役に立っているのか聞いたことがありません。彼女たちが今はどんな信仰を持って生活しているのか気になるところです。受ける前は蝶よ花よ、選ばれたの日本の代表だの調子のいいことばかり聞きましたが、それに伴う具体的な対策やサポートもなく、無責任な勧め方だったと思います。わたしは、祝福による国際結婚を反対します。具体的な生活と霊の問題をぐちゃぐちゃに話すので問題が見えないだけです。信仰という立場ではどんな難しさも感謝で超えていくのが正しい姿勢でしょう。けれど信仰では乗り切れない問題のすべてを、個人の責任分担で片付けけられてしまうのが原理です。外国に孤児のような立場でお嫁に行かなければならないのです。相手がどんな人でも受け入れなければならないと教え込まれているので断ることもできないのです。どんな相手でも愛さなければならないと信じているので学歴や年齢や趣味なども知らされないで、精神的におかしい人まで受け入れてしまったのです。これを日本の救いのためにメシアを明かしするために母の心情で我慢しなさいというのですね。真の家庭という基準を具体的に示さないので、真の家庭という言葉だけが宙に浮いているようです。6名以上の子供を生みなさいとか、男の子がいないと真の家庭になれないとか協会員のそれぞれの価値観が相手を裁く刃になってチョンピョンへと駆り立てるのです。日本人には霊的な価値を語り信仰暦のない夫たちを育てるのが日本人の妻の使命だと責任だけ与え、祝福を受けたあと生活の具体的な方法も教育もなく、外国で頼る人もなくお金もなくどうやって生きていけというのでしょうか。健康ならそれでも何とか道も見つけれるでしょう。ご主人さんに先に先立たれたり、事故で障害になったり、子供に障害があったり、祝福を受け、チョンピョンでお金を積んだりしても人生、一寸先何が起こるかわからないのです。真の家庭を作るために基本的な対策やサポートもなく奨励するのは無責任きまわりないやり方です。それでも国際祝福がすばらしいというなら、まず教祖の家庭から国際家庭を増やしてほしいものです。自分の子供たちはみごとに韓国人とだけしか祝福を受けていません。日本人の婿、嫁を迎えてこそ、言うことと行動が一致するといえるのではないでしょうか。国際祝福がすばらしいといいながら自分が、あるいは、自分の子供がそうしないならその人はうそを言っているのです。sakaさんもぜひおこさんを祝福させるときには韓国人のお嫁さんお婿さんをむかえて私のコメントに書いたように話してみてください。この価値観は日本人の協会員だけのものです。韓国の古参シックに韓国ブームは韓日祝福のおかげなんですよとか日本の蕩減が少なくなったのも韓日祝福のおかげなんですよといっても、ぴんと来ない人が大半です。
August 6, 2008
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統一教会の飛行機事故で400億ウォンのヘリコプターを使ってあの狭い韓国をいったりきたりしていた事実が公になってしまいましたが、協会員とそうじゃない人に視点が違うのが面白いです。一般の人は、豪華ヘリコプターにのって事故にあった人はいったいどこのどんなやつなのかという好奇心、統一協と知って、あぁやっぱりあそこの教祖はお金持ちね。うわさに聞いてたけどホントだったのね。もうすこしつっこんで、このお金はどこから来てるのかなっと聞いてほしかった。協会員は、こんなひどい事故で命があったなんて奇跡的だ。やっぱり神様が守っている。この人には何かがある。第一土地を投資するたびにあたっている。すごいこの人はメシアに違いないんだ。と思い込みに拍車をかける。元協会員は、一瞬先も見通せないのに、何を7代を見てマッチングだ。おおうそつきもっともらしい顔してうそつくなぁ、詐欺師ペテン師、はやくくたばっちまえと声なき声で叫んでみたいのでした。家計が苦しくて暑い中バス代を惜しんで歩いたり、子供の授業料を作るのに食べるものも食べないで親の愛を実践している協会員のかたがた。原理を信じている以上この借金地獄からは逃れる道がないことに早く気がついてください。私はひそかに、文さんがなくなったとき、どんな献金要請が来るかと心配しています。早く逃げないと骨までしゃぶられるぜ。
July 22, 2008
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日本を捨ててでも信仰を貫くことを選んで韓国人との祝福を受けた人たちのことを心配してくれて胸が熱くなるくらいうれしかったです。話題にもならないくらもちろん話題にしてほしくもないのですが、こんな立場で韓国に住んでいる日本人がいると記憶の隅っこにおいててくれるだけでもうれしいですね。そして今日は、韓国の社会情勢まで心配してくれた気持ちにこたえたくて日頃思っていたことをぶつけて見たくなりました。大統領が変わって、強引とも思われる方法で政治を進めてきた政権ですが、アメリカ牛肉の輸入問題で異常とも思われる集会を重ね韓国国内は物価高に土地の高騰不快指数が最高潮です。そこに、北朝鮮での射殺事件、50歳の女性が殺されたんですよ。旅行先で。一人の人の命が殺されたにしては、不思議なくらい静かです。政府の対応もあまく、正確な報道がどこまでされているのかわからないほど、熱くなりやすい韓国人が何か痛いものに触るようにシッーシッーしてる感じがして、ここは民主主義国なのかと叫びたいくらいです。そこに、竹島問題、なにこれは?国の情勢が危うくなるたびに、非難の的にたたされる日本。シナリオが読めてしまうほどなのでそのたびに、この国との本当の友好関係なんて無理じゃないかと思うばかりです。マスコミの情報操作は、公平に物事を見る目を養ってはくれません。日本との関係も口先ばかりで、こんなことが話題になるほどますます韓国から気持ちが遠ざかって行くのは仕方がないことでしょうか。救いに思うのは、一部の韓国人はそうじゃないということです。経済的に豊かな幼年時代を送り、祖父母が東大や京大で学んだことがあり、日本の教育者を尊敬している人もいるということです。親日という名前で愛国者じゃないと批判されていますが、植民地時代を韓国の近代化に力になったと評価し、いいことはいいことと認める姿勢もある人たちです。今回わたしが、驚いていることは、北朝鮮で旅行者が一人で浜辺に出て射殺された事件です。軽装な行動であったと思いますがそれに対するマスコミや政府の対応、改めて、ここは日本やアメリカのような自由民主主義に国とは差があるのだと思わずに入られませんでした。牛肉の問題よりももっと大切な人の命の問題なのにしらっとさめた反応なので命がこんなに軽いものなのかとがったりしたと同時に、陸続きの北を意識し、常識も何も通じないけれど同じ血を分けた民族として痛みを分け合おうとする矛盾した感情を感じました。北と手をつないで自由諸国を見下してやるという考えと、常識の通じない昔の兄弟を切り捨てて日本やアメリカと手をあわせようとする路線と、綱引きをやっているような現状でにっちもさっちもいかないようです。外国人にとっては住みにくい国だといわれますが、住めば都とよくいったもんです。どこの国にいってもこんなもんでしょう。今のその場所こそが、私の修行の場所と思えばいいわけです。雨露しのげる屋根のあるうちで大の字になってねれるところがある。エアコンのきいた部屋でビールで乾杯して一日の疲れをねぎらえる。幸せは、元さんにも現役さんにも誰にでも持っているものだと思いました。
July 16, 2008
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先日、カンウォンドに行ってきました。ここは山があって高原地帯です。ソウルから車で2時間も飛ばせば、きれいなせせらぎと鳥の声がする谷間につきます。人や家や車がごちゃごちゃな都会に比べて、信じられないくらい人の手が入っていない、要するに未開の地、です。そこでひと時、何もかも忘れて自然にどっぷりつかることができるのです。そしてここでの楽しみはなんといっても人と人のおしゃべり。おいしい焼肉もかかせません。ふた家族か6人から8人一緒に出かけて、バンガローでの飲めや食えやのおおさわぎ。気のあう友達を持ってこそコリャライフを楽しめるというもの。コンドというところで、日常とは違ったところで男は男同士で、女は女同士で。話題はいろいろだけど、子供のこと教育のこと、だんなのこと家計のことあぁ私は、こんなところで気の会う日本人と夜を明かしておしゃべりしてみたいものだと思いましたわ。明るくなってから、押し花を趣味にしているという彼女と一緒に野生花を探しに行きました。ちょうど季節が花咲くころだったのか、意識してない時はぜんぜん見えなかったのに、あちこちで見つけて、多分とってはいけないのかもしれないけど根っこから持って帰ってきました。彼女は、車の中からもみつけて道から離れてどんどん中に入っていきました。カンウォンドの自然にちょっと癒されて帰りました。ソウルでは見られない山野草コンドレとかチナムルとかコンチとか、おいしかったなぁ。帰りの高速道路は 駐車場のようになってずいぶん時間がかかってしまいました。
May 7, 2008
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私が韓国語の聖書を読もうと思ったのは、もっと原理を理解するためでした。原理が成約のみ言葉だと信じていたので、基本に戻って聖書を読めば原理に対する葛藤がなくなりもっと深く信仰生活ができると思ったからです。原理にもキリスト教を中心に宗教が統一されると書いているし、心からイエス様を待っている信仰深いクリスチャンがお父様をメシアとして受け入れて世界中のの復帰がいっぺんに進むと信じていました。日本語の聖書も難しいのにあえて韓国語の聖書を読もうと思ったのは、韓国語が天国の言葉に近いと考えていたからです。時間はかかりましたが、読み比べるうちにひとつひとつの言葉がはっきり具体的に見え始めました。たとえば詩篇の121編にはあなたの命を守られるとありますが、韓国語ではあなたの魂をまもらるとあります。命という言葉を考えると肉の命を考えやすいですが、信仰という観点から見ると肉の命もあれば霊の命もあります。両方とも考えられます。そんな作業をとおして、立体的に聖書の言葉一言一言が私の心に染みとおってきました。聖書に人の戒めと神の戒めがあるといっています。マタイ15:8この民は口先で葉私を敬うがその心は私から遠く離れている。人間の戒めを教えとして教え無意味に私を拝んでいる。人間の戒めが無意味だと人間の戒めがどんなものか考えたことがありますか。マルコの福音書7:8あなた方は神の戒めを差し置いて人間の言い伝えを固執している。あなた方は自分たちの言い伝えを守るためによくも神の戒めを捨てたものだ。パリサイ人と律法学者にむかっていう言葉です。原理は人の戒めなのか、神の戒めなのかと考えた時人の戒めだと思いました。どちらも必要じゃないかと思いましたが、黙示録14:12神の戒めを守りイエスを信じる信仰を持ち続ける聖徒に忍耐がある。黙示録はよくわかりませんが聖書の結末はとにかく神の戒めを守るものだとわかります。聖書の内容もとくことなく成約だという理由はどこにあるのでしょう。メシアだという人の口から黙示録をといて欲しいものです。韓国の自称メシアさんたちは、第3次世界大戦が起こってとか物々しい終末論を展開しますが、変なものが多いです。聖書やイエスを飛ばして再臨のイエスを自称するのはおかしいと思いました。キリスト教なら聖書が基準になって証されてこそキリスト教といえるはずなのに今の統一教会には文鮮明の言葉が基準になっています。だから文鮮明教です。聖書とは関係ないので聖歌隊で賛美歌なんか歌わないでください。賛美歌にイエス様の名前の変わりにまことの父母なんて歌詞を摩り替えて歌わないでください。霊的無知とはまさにこのことです。毒酒を飲んで酔っぱらってしまっているのが統一教の群れだと思いました。酔っ払っているのでさめるまで放っておくしかありません。聖書にもかかわるなといっています。テモテ第1の手紙1:4作り話や果てしない系図などに気をとられることないように命じなさい。テトス3:9愚かな議論と系図と争いと律法についての論争を避けなさい。それらは無益かつ空虚なことである。
April 26, 2008
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最近、韓国の本部協会での礼拝は7番目の息子であるヒョンジンさんがまかされている。2世の間では人気があるし、期待も大きい。就任式には世の人たちにも認められるような統一教会を作っていきたいと、古参シックたちの感動を呼び起こし一部には2世の時代が来たと手放しで喜んでいる人もいる。先日、日曜日にヒョンジンさんが立つ礼拝に行ってきた。前列には、お兄さんたち、その婦人たち。ユニバーサルバレイのフンスクさんも見える。礼拝堂はここ狭しと人であふれている。いなかのがらがらの礼拝堂とはえらい違いだ。雰囲気もお互いに会釈しながらいい感じだ。礼拝も始まる前からヒョウジンさんは壇上に上がる前に主要古参シックたちに挨拶を握手を求めて歩き出した。チャンロニムは王子様に挨拶するようなうやうやしさだ。夫婦一緒に壇上に上がり、2人の仲よさそうな姿。ずっと手をつなぎ、奥さんの肩に手を置いて彼はたどたどしい韓国語だが、奥さんが時々手伝いながらその場を盛り上げていく。瞑想が始まった時はびっくりしてしまった。手を大きくかざしながら、わたしの前の人も横の人もなれたように目をつぶっていわれたとおりにやっている。私はこれが礼拝?ととまどってしまった。以前チョンピョンに行った時に感じたような違和感が私を包んだ。説教の前の歌は賛美歌だ。それもだんだんテンポが早くなって、明るく盛り上がっていく。歌っているのはたぶん日本人婦人たちだ。軽快なテンポにリズムに乗って体も動かしたくなった。説教のときも一緒に前に立ってお互いの目を合わせながら仲がいいことを見せるのは何か意味があるんでしょうか。と思うほど今までの礼拝とは違う姿でした。早々肝心の説教です。聖書をつかうのでもなく原理口論を使うのでもなく。全然関係のない自分の今までの宗教体験から知識から導き出された考えをこの壇上で話していました。自分を低くしてとか喜びを持つためにとか。司会者が、ヒョンジンさんを紹介する時にお父様の実体であられるとか何とかいいながら恭しくいうのにはまいった。お父様は生きているのに何で実体???????聖書には神は霊であるから、礼拝するものも霊とまことを持って礼拝するべきだとあります。これではどこかの学校の宗教の講義のようです。文の息子ということで、彼がやることはすべてo,kということなのでしょうか。第一メシアの息子には同じ権能があるなんて誰の考えなんでしょうか。神様とイエス様の霊が聖書のせの字も語れないでヒョンジンさんとその婦人にあるのでしょうか。神の霊がともにないその礼拝がどれほど恐ろしいものかここに来た人たちは誰もわかっていないようでした。聖いふりしても清くないものを清いとはいえません。原理に、はまっている人たちは、神の霊もサタンの霊も知らないのだと思いました。極めつけは、さいごにアンケートが回ってきたことです。礼拝でよかったのは何ですかとかこうしたらいいという意見はありませんかとか、今後の礼拝に参考にしますということです。礼拝は神にささげるものです。ここでは礼拝がささげられているのではなく、講義が行われていると思いました。神の霊がともにないので、霊の賜物もないし、感動がありません。現役さんにこの話をすると、私が心を閉ざしているからいいものもおかしく見えるのだと罵倒されてしまいました。明るくていい礼拝だったそうです。見方はそれぞれですね。
April 25, 2008
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まだ夜が空ける前に起きて、新聞配達をしていた時。眠い目をこすりながら自転車に乗って風を切りながら走っていきました。350部の新聞を後ろに乗せて、重くてハンドルがゆらゆらするけど一軒でも多くの人に見てもらいたいとたくさんつんで出かけていきました。韓国の地形は、なだらかな平野が続く日本と違って、ところどころに小高い丘があってそこにここ狭しと、上の方まで家がぎっしり並んでいます。そんな山の上のほうにこそいい人がいると、一軒も飛ばすことなく配達しました。ただお金をもらってするアルバイトじゃなくわたしたちがやっているのは御旨のためですから、それこそ心を込めて真心を込めて一生懸命でした。この配達を私は3年したんですが、当時10人ぐらいいたメンバーは30代でした。みんな体のどこかをいためていましたね。腰とか貧血症とかいろいろ病院にかかって家庭を出発するころは、ぼろぼろでした。この配達で、乱暴された人とか酔っ払った人に暴行された人とかがでました。それをどこにも訴える場所もなく、条件がなかったからと、ことをうやむやにしてしまうのは、日本統一教でも韓国統一教でも同じですね。さて配達している人はそんな危険に身をさらしているなんて考えてもいないうぶな人たちでしたからやれたんだと思います。日本の事情と韓国の事情を正確に教えてもらえなかったというべきでしょうか。韓国のいいことばかり耳に入ってきていましたから、客観的な情報はまずなかったですね。90年代に急速に韓国の社会が変わりました。それを目の当たりにして肌で韓国の社会の変化を受け止めました。風の冷たさが痛いと感じるほど寒い中を配達している時どれほど春が待ち遠しかったか知れません。韓国の春を告げるのは、もくれんの花です。日本にいるときはそんなに目立たなかった花ですが、ここでは真っ青な空に映し出すように咲く真っ白なもくれんがとてもすがすがしく、私の疲れた心を癒してくれました。さわやかなその姿は、凛として潔く何者にも汚されない強さを感じました。誰よりもはやくその花を見つけると、春が来たと一日中気分がよかったです。もうすぐもくれんが咲く季節です。私もこの花のように強くありたいと思いました。
March 14, 2008
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人は誰も、懐かしく思い出すふるさとがあるのではないでしょうか。私にとっては、どこまでも続く田んぼと春になると咲き乱れるれんげ。西の空に沈んでいく夕日と一番星。キャベツ畑でいつまでも見ていた青虫とちょうちょ。遠くに見える家から走り出してくるあの子の顔と笑い顔。ランドセルをカタカタ鳴らしながら走った道。かくれんぼして笑いながら遊んだ友達の家の前。そっと探して見つけたどんぐり。やっと成功した逆上がり。何度もこけながら練習した自転車。その空間、雰囲気、道、家 そして人も、もうどこにもいない。いつでもその場所に行けば、その人に会えば会えると思ったのに時間という乗り物に乗ってそれはもう私の心の中にしかないことを思い知る。その分もちろん私だって変わったのだ。外側だけちょっぴりあのときより太って顔にもしわができ、無邪気な女の子が妻になり母になったのだ。人が住む空間はこんなに変わってしまったのに、私の心はあのの時のまま。あそこにいけばあの道があってこういったらこの家があって、あの子がいてどこまでもそれは私の幻影だったと思い知る。本当に私は幸せな過去を過ごさせてもらったとふるさとの空に叫んだ。その幸せを誰かとそこで分け合いたいと思ったのに、今生きているこの時間を共有したいと思ったのにかなわない夢と化してしまった。あそこにいるときはわからなかった小さな幸せに満足しながらあるきたいとおもいました。横にいるこの人はいつまでも永遠に私と時をともにできる人ではないのだから、今ともにいる一人一人に感謝したくなりました。過去から現在そして未来を見つめる旅から
March 7, 2008
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京都の清水にいってきた。中学校の遠足以来だ。20年もこんなお寺を見ていないと、日本人のやるひとつ、ひとつのことが実に新鮮に感じられる。中に入って、ガラガラと音を出してお賽銭箱にご縁がありますようにとお金を投げる、手を2つたたいて、お辞儀して、手を合わせて家族の健康と幸せを祈る。私が小さい時から見てきた、日本人の姿だ。どこでも見える当たり前の風景だった。日本人は正月ごとにこれを繰り返し、神様にお祈りして一年の無事を祈りおみくじを引いて大吉なら喜び,凶なら何事も起こりませんようにと祈りながら木にくくりつけて、無事に過ごせることを信じる。こんな当たり前の風景が、見慣れない不思議な風景として写った。韓国にいるとよく聞く質問は季節の行事についてだ。その中でも正月について話すと聞かれるのは、じゃその神社に祭っているのは何ですかと。はじめは、私も大きな顔してもちろん神様ですよ。と答えながら次第にいやいやたしか神様じゃなくてあの北の天満宮と同じ菅原道真公とかいうう人だったと思い出したのだった。そう毎年わたしがお参りしていたのはご先祖様だったのだ。そう思うと日本人は亡くなったご先祖を大切にする心を小さい時から育てていたのだなと思ったのです。それと同時にそのかたがたを神様と同じように考えていたことに気がついたのです。先祖を敬う気持ちは大切ですが、人間は人間です。神様ではありません。そして死んで仏様になるとも聞いていますが、これも神様とは違うでしょう。創造主と被造物と考えたらわかりやすいかもしれません。さてキリスト教は創造主を信じる信仰です。ただ一人の、神です。神に対する認識がはっきりしないと神社の神様もキリスト教の神様も一緒に混同してしまいやすいのです。日本人が霊感商法にひっかかりやすいのも、小さい時から親の手に引かれて神社に行っているからだと思いました。日本人の信仰の中に先祖を大切に思う気持ちがあるからです。賽銭箱にお金を投げるのも、おみくじを買って占うのも額が小さくて問題にはなりませんがもとは霊感商法とおなじだと見るのはいいすぎでしょうか。韓国人は原理を聞いても家系図を気にしたり、つぼを買ってすくわれたと思う人はあまり見えません。チョンピョンに行く人もいればいかない人もいます。これを統一凶では信仰があるないと単純にかたずけてしまいますが、国民性の違いだと思いました。先祖供養をするしないも、それぞれの信仰しだいです。それをうそだと思うか詐欺だと思うかもそれぞれの信仰しだいです。
March 6, 2008
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高い高いとか飛行機とか、私が小さい時やってやってとねだった遊びです。いつも仕事で疲れた父は、休みとなればテレビのある一番いい部屋で寝てばかり。ちょっとでもうるさくしようものなら、母からお目玉を食らって、部屋でおとなしく本でも読んでいなければなりませんでした。漢字といえば、読めない漢字知らない漢字がなく、調べてでも一生懸命教えてくれたっけ父の机は、勉強机。そこは私も勝手に座ってはいけないほど神聖な場所だった。難しそうな百科事典、辞書がならんで、父が学生時代学べなかった勉強を夜遅くまで座ってやっていたっけ。趣味に詩吟を習って、時々大声で練習してたけど上手だった。でも人間との付き合いはちょっと苦手だったよね。照れくさそうに言葉も少なかったけど、いつまでも少年みたいなことをいって、怒ったときはそれはもう、怖かった。父の機嫌をとるために時には息を潜めながらじっとしてたっけ家計の足しになるようにと、ばくちに手を出してずいぶんお母さんを悲しませたよね。あれって中毒だよね。やめようと思ってもやめられない。どこかに心の中にむなしさが漂っていたのかな。一時期、そんな父が嫌いで遠避けたりもしたけど、話するのが難しかったよね。照れくさいし、まじめなこと言葉にならなかったよ。私のうしろ姿の写真とりながら、これが最後なんやという。>>私には時間がまだまだあると思ってたから、何で最後なん???おまえのこと生涯見てくれるんか。付き合いもしてへんのにええんか。けどありがたいなあ。もし叩くようなやつやったら、我慢せんとすぐ帰って来い。デパートに行ってプレゼントを買ってくれた。お母ちゃんには内緒やと私の中では父の姿は、別れた時のそのままでぜんぜん年をとってない。声もそのまま覚えてる。私が生きてる限り、父の姿は生きてた時のそのままだ。
February 24, 2008
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献身を決意した娘には何を言っても無駄だった。お前が便所に嵌っていくゆめをみたんやぁ。どう考えても統一はあかんで。父の言葉は、私を思う気持ちであふれていたが、それも私を引き止めることはできなかった。父は霊界の仕組みも神も信じない人。何を話しても通じないと思った。原理を通してみると、親の心情というものを深く理解するようになる。親の事情を知って我が家の夫婦の関係、親子の関係の問題点を知った。その問題を解くためにも、私が神様の前に条件をたたせないとだめだと思った。お金で条件をたたせることもできるが、学生の私は体で、献身生活することで条件を立てようと思ったのだ。私の夢、私の願い、私の未来すべてをささげることが神様の願いだと教えられた。その中でも一番の条件は愛だと聞いた。愛は命よりも大切なもの。その愛を自分勝手に使わずにメシアにささげることが、何よりの条件だと。祝福とは形は結婚だが、原理の中でも核の中の核奥義だったのだ。メシアは7代以上の先祖をみて蕩減晴らすことができる相手を選ぶという。生まれれくる子供は蕩減のない子供だと。今から思うと嘘八百ならべた言葉にだまされたわけだが、当時は祝福を受けないと大変なことになると、私だけでなく亡くなったご先祖さまにも害が及ぶと思っていたので死よりも恐ろしい結果になると思っていました。それを真理として信じていたのですから、周りがなんといっても聞こえないのです。自分で自分を痛めつけながらも、私が苦労すればするほどそして感謝して超えれば超えるほど私を含む私の血統圏は,蕩減がなくなり家族もひいては日本が幸せになると信じてきたのです。こんな話を、私は親にはできませんでした。理解してもらえないと思ったからです。でも正しければいずれ、私がいわなくても社会が認め世の中が認めて親も理解してくれる日が来ることを信じました。私が原理を知って長い月日がたちました。日本と韓国の統一教を見ました。内部部が腐って,自浄する力もありません。組織があるところはある程度腐っているもんです教理も時間とともにかわっていきます。時の恩恵という言葉で真理といえるものを見つけることができません。根本から腐っていたことを認めざるを得なくなりました。その時の私の慟哭は今もつづいています。お父さんの死に目にもいけなくてごめんなさい。宇治金時のカキ氷を見るたびに思い出します。表現するのが下手でぶきっちょなおとうさん。14才でお母さんをなくして一人で自立するのはどんなにつらかったでしょうか。学歴がなくて会社で冷遇されてどんなに悔しかったか。それを埋めるために賭け事に手を出して、家族からもみんなからもわかってもらえなくて一人ぼっちだったお父さん。家族だから迷惑かけて、かけられても、分かり合えるのに自分ばかり責めていたでしょ。いつか会えるよね、といいながらお母さんの目ばかり気にしてとうとう会えないでいってしまったお父さん。看病もできなくてごめんね。すっ飛んでいくこともできなくてごめんね。もうおれあかんわ。泣き叫ぶような悲しそうな父の声が今も私の頭からこびりついて離れません。あの時、父はもうわかっていたのでしょう。あと余命幾ばくもないことを。なにかあるなと信じたくなくて、まさかまさかと思っていました。何ヶ月かあとに事実を知った時の哀しさ。誰も教えてくれなかったことに憤りと哀しさがこみ上げてどうすることもできませんでした。父が生きている時にあいたかった。会って、たくさんの思い出を作りたかったと思うのです。父のお墓の前で生きている時に何もできなかった自分を責めるのはもうこりごりだと思うのです。
February 23, 2008
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普通に生活していた人が原理に深くかかわる動機はいろいろあると思いますが、私はまず好奇心でした。世の中の厳しさや哀しさもよくわからないくせにわかったような振りをして、世の中を批判し、この世の不正に対して憤り、もっとよりよくなる世界を夢み、大人から教えられた価値観からなにか新しいものを探している時、原理というものに出会いました。はじめは聖書を勉強しましょうといわれた時も、違和感がありましたが私の周りにはないものということで私の好奇心を揺さぶりました。何だか西洋文化の窓口みたいな気がして、キリスト教というもの、聖書というものに生まれて初めて接しました。周りの大人たちからは、宗教なんて深入りするものではないとか、弱い人間が一時的にすがるものだとかきかされていたので、哲学については本を読んだり、きいたりしていましたが学生時代に宗教について考えてみるのも必要なことだと思いました。人間についての人生についての深い洞察をしてみたかったのです。けれどそんなことを考えている人はまずいませんでした。友達も表面的な会話ばかりでただ楽しむことに夢中になっているように見えました。親もそんな私の欲求を満たしてくれませんでした。両親は現実の生活には無駄なことだと役に立たない話だと思っていました。そんなことを考えることがなんだかおかしい人のように思わされました。けれどただ単純に食べて寝て楽しむことはわたしには面白くないと思いました。友達といっしょに映画をみたりショッピングをしたりするのは、心から面白いと満足できませんでした。そんな私が贅沢だともいわれました。三浦綾子さんの塩狩峠やみちあるきを読んでは感動し原理にはまっていきました。霊界の存在も信じていたので、だんだん神を信じない人生は無駄なことのように思いました。霊界や神様がわからない両親や友達とも話が合わないし価値観が違っていると思うようになりました。原理でなければ人間の救いはないと思うようになっていきました。そして原理を知らない親を霊肉救うことができるのは私が通路になるしかないと思い始めたのです。献身の話が出た時私は無理だと思いました。親の激しい反対はわかりきっていたし、献身生活どれほど厳しいかよくわかっていたからです。でも甘っちょろい自分をそんな厳しい環境の中におくことを通してまあ修行のように考えていたんですね。もっと成長できるとか人間が大きくなるとか考えたんです。もう走り出してしまえば、つらいとか哀しいとかそんな感情もないんです。1ヶ月10000円のおこずかいも感謝です。漫画がみれなくったって音楽が聞けなくったって、実績を上げ、評価され神様が喜んでいると思えば喜びに変わってしまうんですから。今思えば、あんなに家族が反対しても原理を選んだのは自分の欲とか自分の事情とかそんなことよりも、家族が死んだ時、彼らが霊界に行ってとりなす人がいなかったらだめだと思ったんです。家族が永遠に地獄のそこで苦しむ姿を見るのはいやだ私一人でもメシアにつながって天国に行く道が開かれて欲しい切実にと思いました。原理では家族一緒に行く天国ですから。言葉で言っても今はわからなくても永遠といわれる霊界に行って私の功労が少しでも役に立ちたいと、霊界も神様もわからない家族を代表して茨の道を行こうと心に決めたのです。決して親が嫌いだからだとか馬鹿にしているからとか言うものではなかったのです。だれよりも家族を愛しているから、家族の永遠の世界まで心配するからあんな極端な行動がとれてしまうんです。そう思い込んでいるからマインドコントロールです。洗脳されていたのです。自分も知らないうちに。私がとった行動は家を捨てたと見えるかもしれませんが実は私にとってはみんなを、家族を生かすためだったのです。親を兄弟を絶望のかなたに追いやったかもしれませんが今わたしは、目が覚めたのだからあのころに戻って、なかよく関係を回復したいのです。傷を負ったのは私だけでなく私の周りに関係したすべての人が負ったのを知っています。でも一番深く負ったのは私自身なのです。それをわかって許して欲しいと思いました。
February 21, 2008
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あれよ、あれよというまに焼けてしまいました。そしてそれが終わったら、担当当局同志の責任のなすりあいですか。いつもパターンは同じだ。災害があってもそこから学ぶことを知らない。恥ずかしい限りだ。文化財の火災はこれが初めてじゃない。昨年も有名なお寺が焼けてしまって、みんなが残念に思ったはずなのに、この有様だ。あんなに一生懸命勉強しているにもかかわらず、机の上では。それを生かすことができない。いわれたことは、上手にこなしても自分の頭で考えて能率よく、作り出すことができない。失敗は失敗としてそれ自体は、恥ずかしいことじゃない。またやり直せばいいのだし、もっといいものが生み出すための教訓ににもなりえるのにそんなチャンスをいつも隠すのに精一杯で、根本を見直そうとしない。社会全体がそうだ。人間が成熟していかないと感じる。文化財が焼けているのに、消し方のマニュアルはなかったんかい。消し方の専門家はおらんかったんかい。な な なさけない、、、韓国の象徴が焼けてしまったと泣いている人も多かった。花を添える人もいた。ソウルの真ん中に堂々とたっていた南大門害までは無残な姿に変わってしまった。外国人の私でもこんなに胸が痛いのに、決して起こってはいけなかったことが起こってしまったと残念に思ったけど。文化に対する意識が低いのか、1週間もすると何事もなかったように感じている人が多いのは私の気のせいでしょうか。精神性の低さでしょうか。放火によって焼けたなんて、あんまり話題にしたくないのはわかるけど、このままだと第2第3の文化財や山火事また起こりそうな気がする。地震がいつ来るかって心配しなくてもいいかもしれないけど、ビルが橋がデパートが地下鉄がいつまた火事でいい加減な工事で崩れるかもしれないと非常口をいつも確認する癖がついてしまいました。
February 20, 2008
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主人の実家は、ソウルから車で10時間ぐらいかかるところだ。義理のお母さんが生きていたころは、1年に4,5回帰ったが、なくなられてからは、民族大移動といわれるこの期間をはずして帰るようになった。今回久しぶりにお正月にあわせてかえり韓国の正月らしい正月を満喫してきた。近代化されたとはいえ、暖かく素朴なそして穏やかなお正月だ。なくなった義理のお母さんのお姉さんの家にいって韓国風の挨拶をし、またおいやめいから、深々とお辞儀してもらいながらひとこといってもらってお年玉を渡して。私も年上らしく、子供を元気に育てなさいとか、夫婦仲良くしなさいとかいうのですが、照れくさかった。家庭という核家族だけではなく、親戚の間でも親しい情がながれ、秩序だっているこの関係は嫁という立場で韓国に入り、だんなの兄弟が仲がいいから感じられるのでしょう。少なくとも私は、日本では、親戚の人たちと親しく付き合ってこなかった。親戚のおばちゃんより隣にすむおやつをよくくれたおばちゃんのほうがなつかしい。家と個人の結びつきは、家庭環境に大きく左右されるのかもしれません。大人はおとならしく、おんなはおんならしく、居心地がいい反面、そんな規存の価値観でしか見れないから窮屈でもあるのだと思う。もちろん、韓国人はいや私のだんなは、この価値観がすべてだと思っている。原理を聞いて祝福を受けた韓国人は、輪をかけて頑固だ。男はこうであるべき、女はこうであるべき、父親とは、家庭とは、こうあるべきという形をはっきり持っている。ある年齢になったら結婚しなければならないし、結婚したら子供を持たなければならないし、男の子を育てなければならないし、子供はいい大学、世の中が一流と認める大学にいかなければならないし、広くてきれいな家にすまなくちゃならないし、それが誰もが願っている幸福だと。考え方に少し幅ができると、そうしなくても幸せになれることがわかると思う。結婚、してもしなくても幸せになることとは別問題です。子供を持つ持たない、男の子を産む産まない。大学にいくいかない。広い家に住むすまない幸せとはもっと主観的な私のものの見つめ方だと思うからです。結婚しなくても、子供がいなくても大学にいかなくても広い家にすまなくても幸せは作れるし感じれるものだと思います。原理にとらわれているといつまでも幸せを感じられません。いつも私の5%の責任分担が果たせないし,蕩減のため条件を立てていかなければなりません。罪にとらわれて、息ができないぐらいです。
February 11, 2008
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私が少し、あつくなっていただけなのね。周りは意外と冷たい反応でした。長く韓国にいる日本人は、教会で一生懸命奉仕をしているとはいえ、中央の命令にはただ黙って従うのはちょっとむつかしいという人がほとんどだった。今までの経験から学んだ人は学んでいるんですね。かえって韓国人たちが、どうやって活動しようかと頭を抱えているよう。こうなると日本だけでなく韓国にも献金の要求は必須。双合七八禧年全国女性指導者特別教育2008年1月20日から1月21日チョンピョンで行われました。いつもと違うのは、徹底したガード。入り口には何人も兄ちゃんたちがいて、出入りするたびに鋭い目つきでじろじろ。まあ宗教と政治なんて微妙な関係ですからね韓国に来て間もない人たちは、摂理や御旨に熱い思いを寄せている人が多いので言われるままヨスの修練会やチョンピョンの修練会に参加する。いってないなんていうものなら、生活に疲れた基準の低い先輩家庭という烙印が押される。チョンピョンに集まる人はずいぶん減っていると感じた。アボジがこいって呼んだからぁとぞろぞろついてきた人たちもどんな御言葉があるか期待していた人も多かったはず。さてこの修練会は中身がなあんにもなかった。あれで走れというにはちょっと無理があるのではと思うほど何もなかった。にもかかわらず、前に出てきた幹部の口から出てくる言葉は、聖書のはなし。幹部と呼ばれる人たちの苦悩を見てしまった。新興宗教なら新興宗教らしく文が作ろうとする地上天国の話とか新文明のはなしとか、韓国の進むべき道とか、ビジョンを見せて欲しかった。信じるところに意味があるのだとか、お父様の支持に従うことが信仰なのだとか文の一言で、2500名もあつまるところがまだ余力がある証拠でしょうか。統一家の女性よデボラのように立ち上がりましょう。という言葉がむなしく聞こえましたけど一番秘密にしたいことは、文が家庭党を作ったのではないということ???家庭党と統一教は関係のない組織であること???日本人は選挙と関係なく真の家庭運動をすること???国が違ってもおんなじ組織のすることはどうしてここまで同じなのか。4月9日が選挙の日議員が選出されたらお父様の勝利圏を相続したっていうことになるだろうし、選出されなかったら信徒の責任分担が全うされなかったということで、重い罪を背負うことになるんでしょうか。メシヤは責任を問われることなんてないんですよね。自分が言い出しといて高みの見学なんてずるいずるいずるいずるいずるいずるい 統一教会のメシヤっていったい何様。あっ 人間的に考えちゃいけないんでしたっけ。
January 21, 2008
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今、韓国の教会全体が非常事態にはいったような感じです。ただし、ここはいつもこのように人を煽るのです。わたしたちは、天運が動いているとか、時がないとか、文のはなはだ大げさな言葉が、幹部といわれる方がたの口を通してさらに誇張されて伝えられていくのを長年の経験を通してさっするべきです。日本の献金摂理が下火になって、うまくいかなくなると、当然韓国にいるある程度生活している教会員たちにその火の粉が移るのではないかと思うのですがどうでしょうか。平穏にそれなりに生活している食口や、教会長を恐怖の穴に陥れるのは、メシアといわれる文の一言です。独裁なのでどんな事情も聞く耳のないこの人は、教会内では、天の事情もわからない堕落人間はただ従うだけなのです、といわせ、地の事情と天の事情の狭間にたって血の涙を流させるのです。ちゃんと従えば信仰的な人、従えない人は落伍者の捺印を押されててしまうのです。そう統一教会というところは、一生懸命信仰すればするほど、命を懸ければかけるほど暗く重く地獄の1丁目どころか2丁目3丁目まで行ってしまうところなのです。ワァ こわいですね。そしてそんな苦労を通して神様の心情に近ずいていけるのだと涙あふれるお祈りができてしまうので、いかにもわたしは神様にちかいのだと自己満足してしまう仕組みには驚かされます。この文が何気なく言った一言でいや考えで、今韓国の教会では4月の選挙に立つ人が240人が選ばれました。天の勇姿として。いや笑っちゃいけない。あくまで真剣そのものなのですから。今までのパターンからいうと一過性のイベントに終わるのは明らかですが、文が言ったことなので勝利しなければなりません。信仰があるといわれる韓国のシックや教会長さんたちがまな板の上にたたされました。今日は韓国にいる女性シックの召集がかかりました。チョンピョンに大集合です。今までになく、深刻です。またレポートしますね。こんな爆弾宣言をした後、文はのんきにハワイにいってしまいました。息子さんたちが出馬するっていうはどうでしょうか。
January 18, 2008
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原理を聞くとその教会だけで使っている、そこだけで通じる言葉がいくつかある。その言葉を使っている人は、おかしいとか感じていないのが一般的だ。伝道や万物復帰で実績がなかなか上がらない人をアベルは時に、<基準がない>という。前線に出れなくて寝込んでいる人をさして、時に<基準がない>という。それぞれの信仰を伝導した人数や万物復帰の額によって、<基準がない>というほうがおかしくないだろうか。伝道は本人の能力あるなしで、できるものじゃあない。一生懸命やっても成果が出ないこともある。すぐ出るかもしれないがすぐ出ないかもしれないし、たとえ出たとしてもあんたに基準云々言われる筋合いもない。誰が作った基準なのか、はなはだ人を見下した一言だといえる。そんな言葉をいう人が基準なしだと思いませんかと言い返せればいいのにまたいわれた人も、そうか私は基準がないのかと認めて条件を立てたりする。そんな人に限って、いくら条件をたてても、いつまでも<基準が低い>ので実績があがったりすることはない。いつまでも私は基準がないんですと自分に自分を呪縛にかけて苦しくなる。基準がないという人も基準がないといわれる人も、どちらもどこか狂っていると思いませんか。落ちたんです。原理から離れた人を言うときに教会内でささやかれる言葉ですね。落ちた。いやな響きです。ちなみに私のだんなは、お休みしているんですよとか冬眠しているんですよとか表現しますが、いつかまた帰ってくると信じていたいようです。どこから落ちたんでしょうか、使っている本人たちも意識せずに簡単に使いますが、これは原理以外の道は死以外の何者でもないと信じているがゆえに出る言葉です。原理に疑問を持ち始めたとき、落ちたといわれること、おもうことだけでも、いやぁなきもちになりました。カルトから目覚めた人、永い眠りから目が覚めた人と表現したいです。教会から遠ざかっいる人が、自分から落ちたんですと表現している以上、いつまでも苦しく人生の落伍者のように感じさせる言葉です。教会から遠ざかっても落ちたとか基準がなかったとかそんな言葉を使っている限り原理から離れられないのが、人の心です。 原理用語から早く抜けないと、回復が遅くなります。教会ではいいことも言っていた、いい思い出もある。なつかしいそんな思いがある。でもあそこにいられなかったのは、自分のせいだと自分に基準がなかったからではないのです。<いい人であるほど自分を痛めつけます>チョンピョンに何回いきましたかとかヨスの修練会にいきましたかとか聞いてくる人がいる。いってないというとどうしていかないんですかと、たくさん行く人はそれだけその人が清いと思っているようだ。形しか見えない典型的なあほぅだ。敬礼すればするほど、献金すればするほど、犠牲を払えば払うほど神様の恵みがあるといい、そうだと思う人がいるから付け上がる人がいる。何回いったのが問題じゃなくてその中身がもっと大切ですよと教えるのが宗教ってものじゃないかと思うんですが。言葉って大切です。人を信仰という名目で裁いてさも苦労している犠牲になっていると見せ付ける人はその行動によって同じように裁かれるそうです。基準がないとか落ちたとか簡単に口にしている人、摂理の中心で傲慢になっているのは、これを読んでいるあなたかもしれませんよ。
January 16, 2008
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もう一年が過ぎてしまう。早いですね。今年は私にとって忘れることができないほど画期的なとしでした。なんといってもプログをはじめたこと。一人でくよくよ思い悩んでいたことを書くということを通してはっきり問題がわかったこと。潜在的に隠れていたことまで見えたこと。一人じゃなかったってことほんとうにほんとうにありがとうございました。そしてちゃんとまともに歩いているんだっていうことを再確認させてもらいました。お友達も増えました。内的な世界だけでなく、外的にも私の活動範囲が広がって、機会がいろいろ与えられました。教会以外にも自分の居場所があるっていうことは、大きな自信にもつながって、自分のいいたいことをちゃんといえるようになりました。言葉っていうのは生きています。いい言葉を投げかけるといいことがやってくるんですね。来年は、そんな人間関係をもっとひろげてがんばろうと思います。こちらの年末、お正月は静かなもんです。日本人は12月をひとつの締めくくりをしてをしてふりかえり反省します。それを新しい年の希望に作り変えていきます。これはとても美しい習慣だと思います。韓国ではこんな考え方がありません。よかったこと悪かったこと、こころのアルバムに丁寧に収めて新しい年を皆様迎えられますように。今年は紅白にあみんがでるそうですね。たのしみです。
December 28, 2007
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統一教会のやっていることは、幹部のせいでおかしいけれど、御父母様はメシアだと信じて疑わないようこさんとお会いした。彼女はYグループではなさそうだ。原理から心が離れてしまった私に胸を痛めているので、一度会おうという事になった。彼女は本当に私のために話してくれているという感じがしたのですがわたしにはこの部分がマインドコントールにかかっているんだと残念に思いました。マインドコントロールはたいてい本人にはわからない認められない部分です。この部分というのは。彼女の頭にあるメシアという単語です。聖域化されていて文鮮明を人間以上のものに作り変えているのでそれ以上の思考が止まってしまっているのを感じました。人間文鮮明の姿より神の代身者文鮮明堕落人間が理解しようとしてもできないのが神の摂理でありメシアのお姿私たちを救うために夜も昼も私たちのために祈りとりなしをしてくださっている方お父様の意に介さず馬鹿な幹部のせいで協会がむちゃくちゃだけれど意識のある人が力をあわせてすばらしい協会に作り上げていきましょう、ということなのですが原理がね、うそだらけなのにつくりなおすもなにも、早くなくなったほうが世の中のためになるんじゃないでしょうかといったわけなんですがこんな言葉は現役の信者さんにはひどいと聞こえるんでしょうね。文さんをメシアだと思っている限りこの協会は文さんがなくなってもつずくことでしょうね。憎まれても嫌われても原理口論を真理と信じる人がいる限りほそぼそながらもつずくのでしょうね。共産主義という考え方が今では机上の空論出しかないことは誰もが知っていることです。原理も実体がなければ真理ではないという事実をどれだけ理解しているでしょうか。まことの家庭という実態をどこにも見せれないのに、原理を通してどうやって完成するのか。3代待ってどんなまことの家庭ができるのか見てみたいです。その定義は?神様とひとつになるのに学歴や財産や経験や結婚しているしていない、子供がいるいない、男の子がいるいない全然関係がない項目です。神様が願う信仰をしているしてないでお金持ちになったりならなかったり、子供がいい大学に進学したりしなかったりこれも関係がない項目です。そしてどの方向を選んでも私にとって一番いい方向を導いてくれるのが神様のわざだと思います。いい人がたくさんいる統一教会の一人一人が自分の幸せのためにあきらめないで神様に出会って欲しいと思いました。
December 27, 2007
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今になって、原理がキリスト教とは似ても似つかないものであったとわかったわけですが伝道された当時は聖書をわたされ、勉強しましょといわれたのでキリスト教だと誰でも思うじゃないですか。やっぱり心のどこかに騙されたと思う部分もあるわけですね。いまさら、キリスト教は使命をを果たすことができなかったから、家庭連合の名前にかわったんです。といわれても中にいる人はこんがることばかりで、統一教会が家庭連合にかわって教理も次々変わって、じゃ私やめます。なんてほかの宗教信じてる人のようにあっさり乗り換えられないのがカルトらしいところです。家庭の完成というのが夫婦一緒に信仰していないと、家族みんな一緒に信仰していないといけないようです。3代みんな祝福受けて何の問題もなさそうに暮らしているのが完成、、、ですか?果たして、何家庭ぐらいいるのか調べてみたいものです。そしてそうできなければ、私の責任分担をまっとう出来なかったと自分にムチ打たなければならないのですね。チョンピョンで先祖開放できなかったからだと献金しますか。1世が祝福受けても蕩減はなくなっていないので、2世も祝福うけなければならないですか。先日地下鉄の中でカンパをしている日本人学生に会いました。かわいそうな子供たちのためにと叫んでいる。満員電車のなかで、万物復帰をしているソンムン大の学生発音を聞くとわかる。明らかに日本人だ。やりきれなかった。数は少なくなっていても、統一教が存在している限り、同じような犠牲者は続くのだと思うとかなしかった。腕をつかんで、こんなことやめなさいといっても聞くはずはない。私たちの苦労が、条件になって日本の救いに一躍買っているとか、先祖や子孫のために条件を立てているとか、思い込んでいる頭につける薬はない。自己犠牲のきわみだが、自分の信じている原理がどういうものか人生のターニングポイントにたって再考してみるのはどうだろうか。
December 22, 2007
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