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今日が仕事最終日。職場の近くに役場があるんだけど、朝、出勤したときにそこの駐車場の前を通ったら、見事に車がなくて、建物内が閑散としていて「年の瀬だなぁ」とようやく感じた。……年賀状まだだけど。役場に関しては、役場がらみの仕事があって、こっちは忙しい中、それをどうにかしてやりとげたっていうのに、向こうは休みに入ってるっていうのが、気持ち的に、何かなぁ……。って感じで。向こうもこちらの日程に合わせてくれたっていうのはわかるけど。国がからんでるから、そちらの日程になってしまうっていうのはわかるけど―。普通、一日、150件の処理があったら「今日は忙しかった」と、感じる。それを年の瀬だから、一日250件くらい件数があるだろうとわかっているときに、700件の処理を頼むなんて、ホント勘弁して~。結局、事務処理の軽減をいろいろ模索していたけれど、うまくいかなくて、手作業になってしまった。5時が就業終了なのに、7時30分までかかって作業して。(涙)今日はさすがにお客さんは少なかったけど、暇と言えるほどでもなかった。……つづってない伝票がたまりすぎ……(涙)
2005年12月30日
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駐車場が一杯で、止めるところを探してうろうろしてたら、開店後、20分後にお店に入って。その段階で1時間待ちだった。うーわーい。(涙)明日行くことにしたけど、よくよく考えたら、月曜日、とんでもなく忙しいはずなんで、明日もやめにすることに。ストパーをかけたのに、髪を耳にかけないように気をつけたりなんたり、忙しい中そんなんできるかい! ……と、後になって気づいて。ああ。もう年明けてからじゃないと行けないな。今日は予約してた、ケンタッキーのクリスマスバーレル(と言うのかな?)を取りに行って食べた。フライドチキン10ピース、サラダ5人分、チョコケーキ(5号ほどのが1ホール)、クリスマス皿つきで3950円。今年はクリスマスケーキを頼んでなかったんで、それですませた。ケーキは飾りのない、シンプルなチョコケーキだったけど、美味!!で大満足。私、一般的なクリスマスケーキより、これくらいで充分だ~。……と、言うより、こっちのほうがいいなぁ。ボーナスももらい、自分へのごほうびというのをあんまりしたことがないので、今年はちょっと高めの買ってみた。HDのプレイヤーを。ダビングするのが、もうめんどくさくてね~……。近くの電気店に高校時代のクラスメイトがいて、その子にいろいろ教わりながら、購入を決意。その子が「プレゼントできなくてごめんね~」などと言っていて「なんのこっちゃ」と思ってたら、「クリスマスプレゼント用にいかが?」みたいな広告が、製品の側にあったためだろうと、あとで気づいた。……考えもしてなかったんで、いろんな意味でビックリしたなぁ。
2005年12月24日
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さすが師走。忙しくてホント目が回る一日だった。お客さんの応対をしつつ処理しつつ、処理の間に来たお客さんを受けつつ、受けた順に処理しつつ。途中から、自分が何をしてるのか、わからなくなるのもこの時期の忙しさの特徴。とにかく、ミスがないように、伝票のチェックを入念にしていた。今も眠くて仕方ないけど、パソコンの中身を整理中で、その待ち時間に日記を書いている。今年も残すところあと一週間。ホント、一ヶ月がはやかったな。
2005年12月21日
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……と、言っても趣味の話。小説書き。何年もかかって書いちゃやめ、書いちゃやめ、してる作品の続きを書いている。資料探しがうまくいかなくて、何度も断念したものだけど、資料が欲しいところをムリヤリ切り抜けると、あとはスムーズに書きやすい。ボキャブラリー不足を悲しく感じながらだけれど。書きたい言葉が見つからなくて、状況や感情にしっくりくる言葉がなくて、ムリヤリ当てはめて、とにかく先に進めて修正でどうにかしようとしている。300枚の予定が、今300枚越してて、でもやっと三分の二消化したってところ。……いや、五分の三か。佳境を書きたくてうずうずしてる。佳境を書くために、書いているようなものだから。ああでも。ほんとにデスクトップが恋しい……。
2005年12月19日
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そう思うくらい、寒い一日だった。室内勤務なので、気温の差は関係ないけれど。帰るとき、山間の空は雪雲と思われる雲に覆われていた。この前も山に雪が降ったけれど、それと似た感じの雲なので間違いないだろう。数日前は航空祭があった。庭からブルーインパレスの演目を見るくらいで、ほかは特に興味はない。……というか、あの車の渋滞を知ってたら、行こうとする気力は萎えてしまう。渋滞に巻き込まれた母は、いつもは10分で行ける所が1時間ほどかかったといっていたからなぁ。時間帯で差が出るけれど、まあ、ひどい時間帯はそんな感じ。航空祭の日も寒かった。昨日は月一当番の日だったけど、それも寒くてキツかった~。
2005年12月12日
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また猫が増えた。もらった子猫が、遊び相手いなくてかわいそう……。との意見もあって、もう一匹増やした。7匹いた過去があれば、3匹くらいならねぇ。で、以前と同じトコにもらいにいった。気に入ったのが2匹いて、すごく迷った。しかも、どっちも、以前いた猫に似てるし……。迷ったすえ、メールのやりとりしながら、写メ送りなどしながら決めた。名前は「空」で読みは「クウ」。ホントは「陸(リク)」がよかったけど、反発食らってボツに。「じゃあ海(カイ)」「イヤ」「空(クウ)」「クウ?」「ソラと書いて読みはクウ」「……いいんじゃない?」と、勢いで決まってしまった。初め、変な顔をしていた家族も、今はなじんでいる。一文字か二文字のほうが呼びやすいし。でも私は「リク」がよかった。(涙)二匹のじゃれる様子に心和む日々。
2005年12月05日
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以前から市内に行こうと誘っても、断ってばかりだった母が、最近素直(?)になって、一緒に来てくれるようになった。出不精で、誘っても嫌がって断ってばかりの母。気分転換にいいだろうと思って誘うのだけれど、本人にとっては気分転換でなく、疲れるだけ。というその理由に、いまいち納得できなかった。そんなんだったけど、夏からいろいろあって(家族の入院等)、応じてくれるようになった。ドライブがてら、母からいろんな話を聞いた。聞いたはいいけど、初めて聞いたショックなこともあって、私は表面的には「ショックを受けた」と表情に出さなかったけれど「その話は弟と妹には絶対に言うな」と口どめをきつくしておいた。ショックな内容って言うのが、家族に関することだった。母は「私だから話した」って言ったけど、私の本心は「いや、それは私自身には絶対に言うべきことじゃないだろう?」と思う。他の家庭はどうなのかわからないけれど、両親は私の理解しがたい行動をとることが結構ある。古い話になるけれど。私と弟は二つの年の差。妹は私と六つの年の差。私が小学生の頃は、夏休みになると1泊か2泊の家族旅行を毎年していた。小学校にあがっていない妹も同伴したのだけれど、幼いから記憶がない。そのほかにも、私や弟たちは小学校に上がる前は、いろんなところにつれていってもらったそうだ。けれど、私には、小学生以前の記憶は、はっきりいってない。それなのに、両親は何かにつけて「お姉ちゃんやお兄ちゃんは小さい頃、いろんなところに連れていってもらった。妹はどこにもつれていってもらってない。妹はかわいそうなんだ。お姉ちゃんとお兄ちゃんは、いろいろ連れて行ってもらっただろう? だから我慢しなさい」などと、ケンカのときとか、そう言って諭された。そのころは、こっちは何もわからない子供だ。そんな風に言われたら「私たちは、いろんなところに連れて行ってもらったんだ。妹はつれていってもらってない。かわいそうなんだ」と思う。旅行に関しても同じだ。家族旅行は、私が中学生になると妹は小学2年生。私は部活の関係で家族旅行にいけない。毎日部活があるから。中学一年のとき、私は両親に何度か言った。「妹はあまり旅行に行ってないんだから、私にかまわずどこかに行ってきてよ」と。そのときの両親の返答は「費用がかかるから行かない」だった。結局、私が中学になってから、家族旅行はなくなった。それなのに、両親はことあるごとに、旅行も含めて「お姉ちゃんとお兄ちゃんは、いろんなところに連れていってもらってるんだから、我慢しなさい」などの諭しを続けた。正直、そのころから不思議だった。どうしてそれを妹もいる前で言うのか、と。その頃の私は、子供だから……と、いうか、今考えると、ホントばかだったと思う。大人の言うことは正しいと思い込んでいて、全部鵜呑みにしていた。そんな諭しが何年か続いたあとだった。ケンカのときに妹の口から「お姉ちゃんとお兄ちゃんはいいわ! 私はどこにも連れていってもらってないんだから!」そう、いうようになったのは。そう言われると、こっちは何も言えない。言葉につまると同時に、なんとも言えない違和感をぬぐえなかった。妹が「いい」ということ。私には「楽しかった」とか「いい思い出」とか、記憶にすらない。記憶に残っていれば、責められても違和感はなかったと思う。父と母がとりあげるのは、そんな2~3歳ころの出来事だ。そんなの、覚えているわけがない。私が高校生になったころに、ようやく感じていた違和感の理由に気づいた。まず、両親に関して。妹がかわいそうなのだということを、なぜ本人の前で言うのか。本人の気持ちを考えるなら、絶対、本人の前で言うべきじゃない。本人は知りもしない、生まれてもない前のことを、なぜわざわざ教えるんだ。これが一番、私が納得できなかったこと。両親にとっては、しつけとか、やりやすいかもしれないけれど、それを聞いた本人の気持ちを考えていない。「私はかわいそうなんだ」と知るはずもないことを、妹の意識に刷り込んだんだから。私が高校生のとき、妹が、私とケンカして、涙ながらに「お姉ちゃんはいいわ。旅行とかつれていってもらってるんだから。私はどこにもつれていってもらってない」と言って、さらに泣き出したとき、私は「ちょっと待って」とさすがに止めた。「中学のとき、私は言ったよ? 私の部活を気にせずに、○○を旅行に連れて行ってて。○○はあんまり旅行とか行ってないから、かわいそうだ。私は気にしないからって。それなのに、行かなかったの、お父さんとお母さんだよ」妹は目をぱちくりさせていた。「初めて聞いた」と。そりゃそうだ。私が言うのは初めてだから。てっきり、両親から聞いているものとばかり思っていた。今、思えば、妹を連れて外出しなかったのは、結局は両親。極論だけれど、この件に関しては、姉弟に責任転嫁された形だ。それは別にいいけれど、一番の問題は妹の前でしつこく何度も取りざたしたことだ。妹は「自分で感じた」と思ってるようだけど、誰かに教えられなきゃ、生まれる前のことなんて、知るわけないじゃない。このやりとりのあとも、両親のこんなクセが続いたので、あと、両親と衝突したとき、私はたまらず「どうして本人が知らなくてもいいことを言うの」と反発した。外出に関しては、両親が言わなければ、妹が知ることはなかった。その件でスネた意識をもつこともなかった。そう言っても、両親はわかっていないようだった。一から十まで筋道おって話して、ようやく理解した。両親は自分たちが刷り込んだと、思っていないようだった。それまで妹は、外出の件に関して、すねて口に何度も出していたのに、気づいてなかったんだ。母と外出して聞いた「ショックなこと」を、きつく口止めしたのは、そんな過去があったから。言われた相手の気持ちを考えないところがあるから。絶対、弟と妹には聞かせたくない。お墓まで、かかえて行ってください。お母さん。……でも、その該当者って、ホントは私なんだけど。自分でも思ったよりショック受けてないのが、自分でも不思議。……ああ、でも。ときどき、ふとした拍子に思い出して、一瞬、息がつまってしまう。……長い内容でスイマセン。
2005年12月03日
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