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被写体は同じものばかり。
2011/04/30
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キュウリグサ----------------------------------------------------------------草木も眠る丑三つ時,イッツ ショウタイム。目覚まし時計をセットしていたが,時計のアラームより先に目覚めてしまった。ショウタイムが終わったからゆっくり休もう。
2011/04/30
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2011/04/29
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昼食を摂ったら突然時差ぼけが起きた。久しぶりに居間で昼ご飯を食べた母親が,ショウタイムを終えベッドに入ったのを確認したら,そのまんま約3時間眠り込んでしまった。目が覚めたのは午後5時,「ア,ア,ア,アイヤ~,夕食の買い物に行かなければ。」誰かじゃないがビタミン剤が必要なようだ。
2011/04/29
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今日は姉が看ている時に大イベントがあった。自分としては下の世話も当然と思っているから,どうってこと無いが母親にしてみると薩摩女の昔気質からか申し訳ないと思っているのだろう。「子供6人全部面倒見てきたから,それを考えると恩返しだよ。」と言っても,「申し訳ない」を連発するだけだ。「申し訳ない」を言われるとこちらが涙が出てしまう。
2011/04/28
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今日は茶摘み。茶摘み,手伝い人のお茶と食事の準備,母親の介護しています。
2011/04/28
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今日はよく降りました。雫のところだけ見てね。
2011/04/27
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数世代前のパソコンの中身を、少し新しいPCケースに入れ替えてみた。古いパソコンだが、Windows7がこれまた古いSCSIボードを認識しないのでSCSI接続の周辺機器を使うためにはなくてはならないXpマシンだ。ところが以前は縦置きだった内蔵ハードディスクがこのケースでは横置きになりコネクターケーブルがケースより外にはみ出て、無理に押し込んでサイドパネルをはめるとケーブルの部分だけがボコッと膨らんでしまいまるで〇腸状態だ。元のケースは前面にUSB端子がないのでUSB機器が使いづらいし、困った器械だ。
2011/04/27
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雨に風,そして時折かみなりが・・・・。春の嵐です。この雨で,ナニワイバラも終わりでしょう。
2011/04/27
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今日も大イベントはなかった。4月24日夕方が最後だ。大イベントだのショウタイムだのと,まるでどこかのブログのようだ。それに画像が,ウンランだ。
2011/04/26
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部屋の中では育てられません。
2011/04/26
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昨年4月25日にアップしたけれど,今年もまたアップ そして葉桜のとき 作詞:山本恵三子 作曲:西脇久夫 編曲:立原摂子 唄 :ボニージャックス ほのかな紅に 身を染めて 二分咲き 五分咲き 七分咲き そのときどきに ときめきながら 今日はさかりの 花すがた 花びら色に ふたり染まって はしゃいで歩いて いたけれど 桜の道が 尽きるあたりが もう見えてきて ふいに遠のく 後ろ姿を みつめてた 昨日も今日も 降る雨が 季節を急かす みたいです 窓から見える 桜並木も いつか気付けば 花は葉に 降りつぐ雨に 濡れる葉桜 しずくを零して また濡れる あの日の道で 言ったさよなら 二度とは逢えぬ さよならですか さよならですか これきりの 心を濡らす 雨も止んだら 信じて生きよか 顔あげて 季節はめぐり また来る春に あの日の道で やさしい花に やさしい花に 逢えるかと いい歌です。
2011/04/26
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雨に打たれてしょぼん,ストレスに弱い自分を見ているようだ,美しくて棘のないところもそっくりだな。言いたい放題言ったから,休もうかな。そうそう,なだそうそう。念のため言っておくが,モッコウバラといってもバラが木工やるわけではない。
2011/04/25
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管理画面では幽霊訪問だろうな。孫誕生記念キリ番、よめや近鉄むすめの生写真や投げチューはいりません。
2011/04/25
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これをご覧になるのは,なにかのエニシダ。
2011/04/25
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まるで舞踏会用の仮面のようです。
2011/04/25
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台所の棚の奥から懐かしいものが出てきた。妹が使っていたであろう弁当のおかず入れだ。
2011/04/24
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神父さん 毎朝,聖体を持って病室を回ってくださり,夕方は全部の入院患者の病室を回られるのが日課でした。夕方,私の病室に来られるときは,私が新聞を読んでいるときでした。(通信衛星で日本から送られてきた新聞が,オランダで印刷され,ヨーロッパ各国へ配送されて,ローマでは同じ日の夕方配達される。値段は1部5000リラ=約350円。安いか高いかは各自の判断にお任せします。)新聞をのぞき込まれたので,縦書きと横書きを教えると「非常に不思議な文字だ」というような顔をされました。4月11日夕方,「明日,日本に帰ります。」と言うと,自分のことのように喜んでくださり,12日朝,イタリアでの最後の聖体をいただいたとき,特別に祝福をいただきました。スリランカ出身のシスター日頃,日本ではテレビを見ない自分も,新番組が始まる4月上旬に入院していた為に,新聞の番組批評と,番組欄を見ていたときに部屋に入ってきて急に「オシン,オシン」と言い始めました。最初は何のことだろうと思っていたらスリランカにいたころ『おしん』を見たことがあるといわれて納得しました。私は『おしん』を見たことがないというと,「日本人にしては珍しい人。」と言いたげな顔をしました。病室の掃除婦のおばちゃん 3月20日に入院したとき病室は2階にあり,4月5日御復活の休暇で殆どの入院患者が家に帰り,帰れない患者が3階に集められるまで毎日顔を合わせたのが2階の掃除を担当していたイタリア人のおばちゃんでした。「ブォンジョルノ」の大きな声で病室に入ってくるなり,大きな声で歌ったり,鼻歌だったりとそのときの気分によって違いましたが,とにかく歌の好きなおばちゃんでした。ある日のこと,いつものように部屋に来て掃除を始めるのが早いか,歌い出すのが早いかといった感じで,始まりました。その歌も最初は何気なく聞いていたのですが,「あれっ,どこかで聞いたようなメロディだ。はて,何という曲だったかな?」と思っていましたが,さわりの部分に入ったときは,一緒に歌い出していました。なんと約30年前に日本でヒットした,メアリー・ホプキンの『悲しき天使:英題 Those were the days』だったのです。原曲はジプシーの『花の季節』という曲で東欧のジプシーの間で歌いつがれた歌でした。歌には無縁のような能面のように無表情な東洋人が,いきなり歌い出したものだから,おばちゃんは気をよくして,その日から急に打ち解けて,カンツォーネを色々歌ってくれました。ところが,私が知っているイタリア人と特定出来る歌手は,テノールのパヴァロッティとポピュラーのジリオラ・チンックエッティだけですが,私が知っている歌はないかと,掃除にやってくるたびに歌ってくれました。西アフリカの小さな島から来た看護婦:Ms.ファティマ イタリアで生活しているだけあって,普通の会話はイタリア語だったが,私に話かけるときはきれいな英語で話しかけてきた。彼女は英語で話しながら,「日本語ではなんと言うか?」が口癖で,「おはようございます。」「こんにちは」「今晩は」「お休みなさい」「さようなら」をすぐに覚えてしまいました。 ある日,夕食の時に,いつものように「「Thank you」を日本語ではどのように言うか?」と聞いたので,「ありがとう。」と答えると,「まるで,リガトーニ(大きめのマカロニ:普通ペンネと呼ばれる)みたいだ。」と笑っていました。その夜,その日の最後のベッドメイキングに別の看護婦と二人で来て,終わったときに私が「グラッチェ」と言うと彼女は,大きな声で「マカロニ」と言ったので,最初は意味が分からずきょとんとしていたものの,勘違いに気づき笑い出したら,彼女も間違いに気づき二人して大笑い。もう一人の看護婦も理由を聞いてまたまた大笑いになってしまいました。 その後すぐ,御復活の休暇に入り,病室が3階に移ったために,彼女と会うこともありませんでしたが,帰国の前日,2階に挨拶に行ったときに別の看護婦が「ありがとう」と日本語で言ったところを見ると,”リガトーニ=マカロニ”発言はすぐに広まったようである。レントゲン室の人々 3月19日骨折をした近くの救急病院で一泊し,20日にローマの病院に転院したのは夕方になってからでした。痛みや疲労のために食事も喉を通らない状態の中で,久しぶりに食事にありつき食べていると,ストレッチャーを押してレントゲン室からお迎えが来ました。日本では考えられないことかもしれませんが(日本で入院経験がないので事実確認は出来ていない),無理矢理食事を中断してストレッチャーでレントゲン室に連れていかれ,撮影が始まりました。2,3枚撮影したところで腕の向きを変えて,再び撮影が始まろうとしました。そのとき,最初の現像が上がり,「Don't move」と言ったまま何か話が始まりました。私の方をチラチラ見ながら話は続き,骨折した箇所にひびくような姿勢のまま,放置され,少しでも動こうものなら「Don't move」を繰り返され,撮影が終わって病室に戻ったときは, 食事も冷えて 食欲もなくなっていまいました。この悲劇は1回だけでこりごりと思っていたら,翌21日は昼食の時間に,また起こりました。右大腿骨の付近の骨折が確認できず,CT撮影のため再びレントゲン室送りとなりました。イタリア人の性格でしょうか,ベッドメイキングの看護婦も同じように話に夢中になると仕事はそっちのけで大声を張り上げて話していました。しかし,「Don't move」にはまいりました。主治医のポスタキーニ先生 190センチはあろうかというような大男で,目つきも鋭くまるでマフィアの親分と言った感じの人でしたが,大学教授と自分の病院と私が入院した病院を掛け持っており,イタリアの整形外科の第一人者とのことでした。見た目には似合わないほど,親切で優しい先生で症状を教えてくれるときもジェスチャーを交えて医学用語を使わずに英語だけで説明してくださいました。3階の看護婦やシスターのこと 御復活の休暇に入ったときに2階から3階の病室に移された。3階に移った日のこと,一人の看護婦が「パードレ,パードレ」と言って部屋に入ってきました。悪い気はしませんが,「私は神父ではない。」というと,「神父ではない人が,どうして口ひげやあごひげを生やしているんだ?」と,私にして見れば訳の分からない質問をしてきました。復活祭の時に,見舞いに来てくれた他の修道会(病院を経営していない修道会)のシスターからも「パードレ」と言われ,フィリピンの少女を連れてきたシスターからはレデンプトリスト(レデンプトール会修道士)に間違われました。2月に韓国に行ったときも神父に間違われ,帰国後,鹿児島教区の評議会の席でも神父に間違われたくらいだから,いたしかたのないことかもしれません。カトリック中央協議会のローマ事務所のシスターと神父さん 3月22日他のメンバーが帰国してから,ローマに一人残りましたが,その後はローマの旅行会社の人,診察の時は通訳として立ち会ってくださいました。一番気を遣っていただいたのが,ローマ事務所に勤務していた宮崎カリタス会のシスターがたでした。殆ど毎日のように電話をしてくださり,寂しさを紛らわすことが出来ました。また日本語の聖書を貸してくださり,以前巡礼に行ったパウロの宣教を復習することもできました。枝の主日には,オリーブの枝をいただきました。(所変われば何とやらです。私たちはソテツを使っています。)この枝は,2年間,家の祭壇に飾っていましたが,灰の水曜日に教会で灰に戻りました。。 また,西日本で春先に中国の黄砂が降るように,イタリアではアフリカ・サハラ砂漠の砂が降ることも教えてもらいました。 ローマ事務所の神父さんは,巡礼の黙想指導で不在でしたが,4月9日に帰ってきてすぐに,来られました。以前2回ほど一緒に巡礼に行ったことがあり,レデンプトール会東京準管区の神父さんで面識もあり一日千秋の思いで待っていました。 巡礼に行ったことで色々な人と出会い,骨折によってメンバーに心配をかけながらも入院によって新たな出会いが生まれ,心暖かい親切がよく解りました。一時期,杖をついて片足を引きずりながら歩いてみて,日本の社会の作りが,弱者に対して冷たいかを,わずかながら身をもって体験しました。
2011/04/24
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濃厚豊潤な香りのニオイバンマツリも咲き始めました。このクラクラするような香りも好きです。まるで下のフレグランスのようです。----------------------------------------------------------------ところで,とうとう昨夜10時過ぎにはダウン。午前0時過ぎにショウタイムを約束したものの,目が覚めたのは1時前でしたショウタイムを済ませて,パソコンに向かっています。これから眠れるかな?【27%OFF】ディオールプアゾン オードトワレEDT・SP 50ml【メール便不可】
2011/04/23
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明日は復活祭,出かけられないがゆで卵は作った。去年は卵を買って車に乗り込むとき落としてしまい卵焼きばかり食べていたな。今年は落とさなかったし,茹でるときも割れなかった。イタリアの卵型チョコレートが懐かしい。
2011/04/23
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ナニワイバラ
2011/04/23
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季節は移っているんですね。--------------------病院に行ってきた。カクカクシカジカと説明すると,「あっ介護のストレスで高くなっているのでしょう。一応測ってみましょうか」。と血圧計をあてると,135の95。いつもは白衣高血圧でグィーンと上がるのに今日は正常。一応,ほっとしたが顔は赤ら顔で「ぽっぽっぽっ,はとぽっぽ」
2011/04/22
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午前0時やっと開放,ストレスで血圧が上がっているようだ。
2011/04/22
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2011/04/21
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母親も最近は居直ってショウタイムは恥ずかしがらないようになった。またほんの数秒は自立できるようになったので寄りかからせて立たせたままパジャマの上げ下げをしてやれるまでに回復した。問題は,夜から朝にかけてのショウタイムの時間だ。夜の早い時間だと真夜中に起きなければならないし,午前0時頃だと朝まで心配は無いがこちらが起きているのが辛い。脳梗塞で寝たきりになるといけないから,水分を随分摂るようにさせているので辛いことではあるが致し方のないことだ。昨夜は11時が夜最後のショウタイムだったが,今夜は1時間遅らせてみた。これで朝1時間はゆっくり眠れるかな?6時に目覚ましはセットしているが夜中にカウベルがならないことを祈るだけだ。
2011/04/20
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これはピンクと言うより紫に近いかも。ATOKもMS-IMEも『紫蘭』を知らん。
2011/04/20
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またまた,ピンク
2011/04/20
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ファイト,自分!!
2011/04/19
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雨上がりに再登場,ナニワイバラ。
2011/04/19
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どんな色で咲こうと,フリージャ--------------------------------ショータイムを記録しておけばよかった。今朝は5時起きだったが,ショータイムはなかった。
2011/04/19
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燃えたらおかしいぞ。
2011/04/18
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肥料が発達して最近少なくなりました。
2011/04/18
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さあ今,未来へ飛んでいけ
2011/04/17
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庭に植わっているのに全く気付かなかったが,ナニワイバラが開いていた。アイリス,紫蘭もいつの間にか花を咲かせている。看病(介護)に追われて余裕がないのだろう。--------------------西洋医学の鎮痛剤と東洋医学のリンパ刺激(?)で,歩けはしないものの少しは動きが軽くなってきている。まだまだ立ち上がれないのでオシッコのときはベッドから抱きかかえて起し,ポータブルトイレに移さなければならない,これがまた難儀な作業だ。前は「すまないね,ごめんね」だったが,昨日からは抱え上げるたびに,お礼がでるようになった。それはそれはとても大きな 屁 でブーッ。音が大きいから,臭いのおまけがないのでまだましだ。
2011/04/17
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インターネット上にまだまだ善良なユーザーが多かった頃,メールアドレスを公開していても迷惑メールが届くことはほとんどなかった。最近は,メールアドレスを公開しようものなら迷惑メールの餌食になってしまう。その餌食になったのが,インターネットを始めた頃から使っているメールアドレスだ。財団法人日本データ通信協会は,『迷惑メール相談センター』なるものを作ってスパムメールや迷惑メール送信者摘発を行っていたが,メールヘッダーのコピーや本文のコピー,受信日時の報告など相談勝手が非常に面倒だった。久しぶりにここのホームページを覗いてみたらメールソフトのプラグインで迷惑メールを簡単に送れるようになっていた。外国のスパムメールはフリーソフトで削除しているが,国内発信のメールはそれが出来なかったので非常にありがたく使える。これからは,受信したらコントロールキーを押しながら迷惑メールを選択して,右クリックで『迷惑メール情報送信』で送れば,そのうちに迷惑メールも少なくなるだろうと甘い期待を抱いている。ただ,プラグインソフトはメールソフトによって異なるので自身のメールソフト,バージョンを確認する必要がある。迷惑メール相談センターは,画像をクリックするとホームページに飛んでいくアル。
2011/04/17
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お隣さんちに咲いていました。
2011/04/16
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あれっ?タイトルがおかしいぞ。正確には『猛獣発見』だったのに。どこかの飼い犬らしいが,可愛い顔しててすさまじいことをやるそうだ。得意技は糞弾をそこいらへんにふんだんにばらまき,おむつをはめようとすると,凶暴になり暴れまくって噛みつくらしい。
2011/04/16
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裏庭で新鮮な生肥えをロングホースで植物に与えていたら,青い小さな花を見つけた。生肥えがかかった部分を避けて顔を近づけてみるとキュウリグサだった。
2011/04/15
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昨日,小さな蕾でまだ開かないといっていたモッコウバラが今朝はちゃんと開いていました。今年も4月15日開花です。
2011/04/15
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緊張と疲労と睡眠不足で頭がボーッ,顔もボーッ,髭はボーボー。夕食後,薬を飲ませてベッドの横に座っていたら,ものすごい睡魔に襲われた。横になり三十分くらいだったが,夢の中で表計算を教えていた(勉強会の復習だ)。寝言を言いそうなのが自分でわかって目が覚めた。午前零時前,床についたが今度は寝付かれずまた起き出してしまった。また朝寝しそうで,今日の朝が怖い。
2011/04/15
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雲ひとつない青空の下,川辺には盛りを終えた菜の花とたんぽぽ,オオイヌノフグリがさいています。勉強会が始まる前,護岸工事が終わった堤防に行ってみました。
2011/04/14
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今年は寒いのかモッコウバラは蕾もできていない。--------------------今朝6時前,母親に持たせているカウベルが鳴った,オ〇〇コタイムだ。5時半ごろ目が覚めて「そろそろかな?」と思いながら寝入ってしまったようだ。かなり長い時間鳴らし続けていたのだろうベッドまで行ったときには泣き顔だった。呼び出しブザーをつけなければダメだな。それに目は覚めていても,筋肉は睡眠中のままで腰に少しだけ痛みが走ってしまった。これは母親にはいえない。
2011/04/14
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香りに酔うから酔仙。--------------------おやすみなさい。 Zzzz (_ _)
2011/04/13
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いつの間にか躑躅も開いていました。つつじ、漢字では躑躅読めても書けない漢字です。--------------------最近寝不足気味で、姉が看てくれている間にお昼寝しようとしても眠れません。おかげで頭もボーっ、顔もボーッ、船の汽笛もボーッです。
2011/04/13
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北風こそ吹き抜けませんが寒い朝で,霜注意報が発令されています。この時期,茶の葉は芽吹いていて霜が降りると霜枯れて茶摘みが出来なくなります。
2011/04/13
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母が動けなくなって12日目,小イベントはしょっちゅうあるもののおおきなものは4,5日目に一度あったきりでした。食べる量も少ないのですが,水分は脳梗塞防止の為に摂らせていました。今日は朝から「出そう,出そう」を繰り返していましたが,なかなか手こずって昼過ぎに無事に大イベントを催しました。夕方にはもう一度大イベント開催。母が言うには「子供を産むほうがらくだ!!」あれ,どこかの日記のようになってしました。失礼しました。
2011/04/12
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母親が動けなくなってベッドで横たわって一週間,いつ「マーキングさせてくれ」じゃなかった,これはあの人のことだった。「お〇。こ」と言うかわからないので,おむつをしてはいるものの誰かがそばにいなくてはならない。経験あるけどあのおむつが濡れるのきもちわるいんだよね。そこで始めたのがPCの詰め替えだ。先日詰め替えて余っているケースの再利用を考えた。あのケースには前後と上に三個のファンが付いているが,上部のファンを外せば少しは静かになるだろうと思って上部のファンを外した。次に現在我が家では一番古いパソコンを分解。このPCケースはWindows98時代のもので10年以上使っているものだ。当時としては先進的な設計でCDドライブや3.5インチ外部ドライブはドライバーレスで取り付けが出来るものだった。ただ,USB端子やオーディオ端子が前面にないので現在では使いづらいPCケースになってしまった。前回と同様に,古いケースからパーツをすべて取り外し,新しいケースに詰め込んだ。重いものから順番に載せ替えて,最後にハードディスクを載せて結線。ハードディスクは昔ながらのATA接続で,CDドライブもATA接続。一番難儀なのは,スイッチ,リセットスイッチ,電源LED,ハードディスクLEDなどフロントパネルのコネクターだ。10mmくらいの小さなパネルにたくさんの端子が並んでいて,それにプラスマイナスを間違わないように接続していかなければならない。全部の結線を終えて,電源オンでテストの決戦だ。今回は一発で正しく起動したはずだった。ところが,ハードディスクは動いていないのにハードディスクLEDは点きっぱなし,電源LEDはハードディスクの動きに合わせてチーカチカ。「ハハハ,バーカ,±は正しいがハードディスクと電源のLEDを間違えて接続してやんの。」と思わず苦笑い。少し新しいケースの騒音原因は上部のファンだったこれを外したら非常に静かになった。そしてスタートからマイコンピューターの画面を出してみた。「あらーっ?CDドライブが一つ足りない!!」上の画像で右上にちょこっと見えている二つの白い箱(これがDVDドライブとCDドライブ),上の方が認識されていなかった。ケーブルが悪くなっている可能性もあり,またやり替えなければならない。トホホ。
2011/04/11
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歩けなくなって9日目、整形外科に行ってから一週間が経った。湿布薬は残っているものの、痛み止めの薬が朝服用の分でなくなったので検診と薬もらいを考えて、どうしたいか母に尋ねた。返事は「行ってもいいが、とりあえず薬をもらってきてくれ。」右側の腰から下に痛みが走るらしく、車いすに座らせたままにはしておけない状態だ。そんな状況の患者も多いのか病院では1時間当たり二人から三人の予約制もとっていた。それを確認して帰宅して、母に尋ねると、「薬がもらえたなら、 もう病院には行かない。」父親も病院嫌いだったが、母親も病院嫌いだったとは。
2011/04/11
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キントト姫たちの背比べ
2011/04/11
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2011/04/11
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