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人にモノを教えるという事。そして習うと言う事・・ということで、この間こんな話が出た。上から見れば、こんな事まで聞かなければ出来ないのか・・という事があるらしい。けど・・私が思うのには、そんな取るに足りない事だからこそ、絶対に知っておいてもらわなければならない事・・ではないのか。そんな事も知らない・・では、世間に通じないのだから。用を言うのにも、つい出来る人に頼んでしまう・・とも言っていた。けど・・そんな事をしていたら、いつまで経っても人が育たない。習う・・というか、勉強する方にも考えなければならない事がある。答えばっかりを求めて、それにたどり着く課程を面倒くさいと考える人が多い。答えを言ってくれる人は親切。言ってくれない人は不親切・・だそうだ。例えば・・昔、中国に弓の名人が居た。そこへある日若者が弟子入りを申し出た。師匠は・・『では、先ず瞬きをしないようにしなさい』といった。けど、どうやってそその訓練をするかは教えない。次に、『ものが大きく見えるようになりなさい』という課題が出た。若者は・・思考錯誤の後、母親の機織り機の下に入り、織機が動く度に下に飛び出す針が、目に刺さる寸前のところで上を向いて、瞬きをしなくなるまで訓練した。初めは怖くて横を向き・・目を閉じてしまう。次の課題は、陽の差し込む窓に、蚤を髪の毛で括って吊るしそれを毎日見る訓練をした。最初は、眩しくて見えるものではないし、まして相手は只でさえ小さい蚤。そのうち睫毛に針が触れても瞬きをせず、蚤は車の輪ほどに見えるようになった。今の若者には、何かをするためにこういう工夫をするという気迫・・少ないように思う。そんなこと・・どうやれば出来るんですか・・っていう答えが返ってくる事の方が多いし、もしこんな方法を言っても、多分・・危ないとか、それは無理・・って答えが還ってくると思う。・・・ついに修行を許されて、これでもう自分も一人前・・もしかすると、師匠より上かも知れないと思うようなくらいの腕前になった。ある時・・野原を歩いていると、向こうから師匠が歩いてくるではないか・・。ここぞとばかりに若者は弓に矢を番え、師匠めがけて矢を放つ。師匠はこれに気付き、自分も矢を放ち、弟子の放った矢を空中で射落とした。若者は次々に矢を射る・・。師匠は悉く射落とす。けれども・・若者の方が、師匠より一本多かった。最後の矢が師匠めがけて飛んでくる・・。普通なら・・見をかわすか隠れると思う。けど・・この師匠は逃げなかった。とっさに生えているイバラの枝を折り、その枝で若者が放った矢を受け止めた。若者は、師匠のこの姿に自分の未熟さを知り・・平伏したと言う話しです。これは、私が小学校の時読んだ本の中にあった話しです。あの頃は・・名人ってすごい・・という事だけしか思わなかったですが、今思うと、この話の深さ・・底が見えません。人にものを教えるという事、それは、教えられるものの全てを見切り、決して逃げない、全てを受け止める覚悟っていうものが必要ではないのかな。教えられる方にも覚悟が必要だと思う。与えられた課題の意味。成し遂げるための方法を求め向き合うってこと。親子でも、師弟でも・・先輩後輩・・上司と部下・・・。今は、みんなが責任回避するのにやっきだし、人を蹴落とす事に努力を重ねる。こういう人間関係・・うまくいくはずが無い。受け止めるということ・・それが出来ないのなら、教える事も習う事もしてはならないのではないのかな。信じ合い受け止めあう。お互いが認め合い伸ばしあって、初めて前に進めると思っています。そんな事くらい・・は、言い換えれば逃げているのかも。またまたいつもの様に話がそれた・・ごめんなさい・・
2008.01.30
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スーパーで買い物をしていて・・入院中のある出来事を憶い出した。ある日・・どこのお嬢さんかと思うくらいに着飾った女の子が、親に連れられて見舞いに来た。親もかなり上等のものを着込んで、これ見よがしにあちこち歩き回っている。最初のうちは、『あのね・・あのね・・』とか『だからね・・』なんていう、私には到底口に出来そうもない言葉での、上品な会話が進んでいた。そのうち、食事の時間になって・・配膳。しばらくして、食事の様子を見ていた女の子・・。その女の子の口から、予想もつかない・・意外な言葉が飛び出した。『ねェ・・早くうちに帰ってママ(御飯)食おう』・・ですよ。雰囲気と、外見と・・言葉との不調和音というか・・ささくれだった部分が見えたような気がした。その瞬間、母親の顔が妙に引きつったのを覚えている。今思うと、なんか母親が可哀相・・というより滑稽だし、哀れなのは子供の方だと思う。見舞いに来るのに、お出かけ気分で着飾って・・子供までもそれに付き合わされて・・。挙句の果てに・・ママ食おう・・ですよ。どんなに着飾っても・・中身は家に居る時と同じで、それが当たり前だと思ってる。親は・・着飾る事より、もっと教えなければならない事があった筈なのに・・と思うし、こういう教育をされた子供は可哀相。これとは反対に、小さい子供を連れて見舞いに来た家族があった。子供は部屋の外で遊んでいたが、しばらくして同室の人にお菓子をもらった。子供は嬉しくて・・母親にそれを告げに行った。母親は・・くれた人に一礼して子供に向かって・・『ありがとうは・・』些細な事だけど、これが教育、これが躾というものだと思う。見ていて嬉しかったし、この子は幸せだな・・って思いもした。尤も、まだ・・ありがとうの意味も知らないだろうけど、先ずは形からでも教える事が必要だと思う。子供が何をしても・・なんにも言わない母親。それどころか、他人が注意でもしょうものなら目を剥いて怒りだす。前に、家庭教育について講演してくれる人居ないですか・・と聞かれた事がある。私は言いました『親を教育する事ですね』・・って。親が教育の仕方を知らないのに・・何を教えて良いのか知らないのに・・子供を教育できる筈ないんですよ。子供はしっかりと親を見ているんだから、教える・・というより自分を正し、行動して見せる事から始めないと・・と、思う。他人の子供にも同じです。子供は宝と言うのなら、皆で磨きあげないとね。
2008.01.20
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きょう・・リハビリ室の壁に掛けるのがまた一つ出来た。まだ気に入っている訳ではないが、とにかく花が飾りたいという思いから、気の向くままに飾っている。入院3ヶ月目から・・リハビリも兼ねてやり始めた。以前は売る事もあったし、作り方も教えてもいたけど、此処ではままならない。ワイヤーに模様を付け、いろんな形にして、それに花をあしらう。結構手間がかかるけど、見ている人が楽しんでくれるので、これも良いかな・・なんて。入院中は、作り過ぎて部屋が一杯になってしまって、廊下にも置く始末。他の階からも観に来てくれたり、院長さんには・・『全部の部屋に・・』なんて言われたこともあったけど、なかなか時間が足りなくて今に至ってる。お花のお部屋・・なんていう嬉しい名前まで貰って楽しかったですよ。花って・・なんなんですかね・・。白い壁に・・ぽつんと一輪あるだけでも和んでしまう。例えそれが造花でも何故か、心に空いた穴を埋めてくれる。高価な置物も良いかも知れない・・名の有る人の作品も良いかも知れない・・。けど、花はなんにも言わずそこに在るだけで、世界中のどんな人にも・・芸術の心得の無い人にも、子供にも、戦いの中に身を置く人にでも・・愛される。作りながら思うことは、心の片隅にでもいい・・ほんの一輪・・たった一輪の花を咲かせるだけでいい・・みんなが花を咲かせる気持ちになった時全ての人が愛し合う事の出来る世の中が来ると思う。騙しあい、いがみ合い、殺しあう・・鉄骨の世界、コンクリートの世界じゃダメなんですよ。花を咲かせる余地のある世界。それは、本来みんなが心の中に持ってるんですよ。私の言う事は・・奇麗事かも知れません。現実はそんなに甘くない・・そう言う人もいると思います。けど・・そう言う人にお聞きします。貴方は・・花を観てどう思います?憎いと思いますか?邪魔だと思いますか?もしそう思うのなら・・花に代わって言わせてもらいます・・それでも・・私は貴方を愛します・・と。
2008.01.18
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久しぶりに、夜の日野川を渡った。橋の名は万代橋。昔は木造で、足元は利道。所々あなが開いていて、そこから川の流れを眺めた記憶がある。今は鉄骨。隣には、歩行者専用のつり橋まで並んでいる。夜には・・オレンジ色の灯が燈り、何重にも重なった夜の帳を押し開ける。そこを渡り・・街灯の並ぶ道を走っていると・・いくつもの路地が目に入ってくる。しばらくぼんやりとその暗闇を眺めていて・・なにか物足りない事に気が付いた。寒い夜の風景・・。冷たい街灯の光・・。最近は、各家庭の玄関の明かりなんて、殆ど見た事が無い。それどころか・・窓からこぼれてくる暖かい明りも少なくなった。以前は夜ともなれば、どこの家からも温かな・・明るい光がこぼれていたんですよね。今は、そのわずかな・・隙間から漏れる光でさえも惜しむ時代になってしまった。それだけ、個々が区分され、灯かりさえも自分だけのもの・・一筋の光さえも漏らさない・・人には分け与えない・・。自分は自分、他人は他人。今の時代って、そういう考え方でないと生きていかれないのかも知れないけど、少し・・ほんの少しでも光が漏れれいれば、外を歩いている人はどれほど温かさを感じる事が出来るか・・計り知れないものを。光・・を例えにして今日感じた事を書いていて、ほんとに現代って温かさが少なくなったというか、周りの人に分け与えるっていう気持ちが少なくなった。一方では、物に埋もれんばかりに有り余り、他方では必要最低限も手にする事が出来ないでいる。多くとは言わない・・窓の隙間から漏れている光のように・・ほんの少しでも・・心を温められる分だけでも・・なんで分ける事ができないんだろう。省エネ、節約、倹約・・どれも立派な言葉です。しかし、それは何のためなのかと言いたくなる。人類だけ、裕福な人達だけが生き残るためのものなら・・そういう考え方をする人が多くいる限り、本当の温かさ・・無くなりますよ。今は正に氷河期・・それも、心という一番大切な部分の・・。
2008.01.16
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病院という所は、普通の人の生活思考と比べると、かなりのズレが在りますね。でも、その中で最大の問題は、怪我とか病気からくる不安だと思う。治るのだろうか・・で、それは何時。そして、どれだけ元に戻れるんだろう・・ってね。一人黙って四角い空を見て過ごす人。ベッドの上で限りなく落ち込む人・・・。リハビリもまともに手につかない人もいるし、特に女性は家の事とかも気になって、焦りまくってる人もいたりする。そんな中、入院してから退院するまで、私は一人の時間を過ごした事が殆ど無い。いつも誰かが傍に居て,いろんな事を話してくれる。家族の事とか、自分の病気の事。或いは揉め事から趣味の話しまで。だから・・同じ階の患者さん、看護士さんとか助手さんとかで知らない人は居なかったし、他の階の人ともかなり話し込んだ事がある。ある日・・5~6人の女性の患者さんと話し込んでいるうちに、『今、家の事がなんにも出来ないから、家族に迷惑かけてしまって・・』という話が出た。確かに男と違って、女性の家での仕事は膨大だと思う。家の中の事だけではない。町内の事・・それに無数の集金とか・・。そのうえ働いている人も多い。聞けば聞くほど心配するのも無理の無い話。心配・・これって身体に一番こたえるんですよね。病気にしても怪我にしても、まず心穏やかに・・が一番の薬。だから、こう言ったんですよ。『心配しても、家族の人の仕事が減る理ではないでしょう。毎日心配ばかりしていると、食欲もなくなるし・・治りも遅くなりますよ。それに・・私と話してて楽しくないですか?退屈?』・・って。私は毎日冗談を交えながらみんなと話すのが好きなもので、病院なのにいつもにぎやかだったんですよ・・やかましいほどに。『ここに来て話す事は楽しい・・だからいつも来るんです』という答えが返ってきたので、『だったら、今は一生に一度の長期休暇と考えたら?上げ膳据え膳で全館空調完備。風呂も入れてくれるし健康管理もしてくれる。おまけに、毎日私の漫才も聞けるし・・。』って言ったら、笑ってくれました。こんな調子だから、仲間がだんだんと増えていって、他の階からも来た事がありました。心配しなければならない現状がいつまでも続くという事ではないし、まず考えなければならない事は・・心配しなければならない現状を出来るだけ早く切り抜ける事だと思う。そのためには・・治る・・という事だけを考えないとね。『年寄り死んでも村絶えん』という言葉を母がよく言ってたのを覚えてます。自分が・・という考え方は自分中心に物事を考えている証拠。確かに、残った者は困るけども・・それで死ぬ事なんてないですからね。人は入院したら、『さァ大変だ・・治らないかも知れない。死ぬかもしれない』そう思う。これっておかしい。入院出来たら、『これで一安心。後は任せておけば助かる・・』でないとね。自分のやるべき事は・・早く治る事にだけ集中すること。挫折した患者を治せる医者なんて・・世界の何所にも居ないのだから。
2008.01.14
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やっとパソコンの前に座れる日が来た。怪我から8ァ月。入院してから6ヶ月・・長かったですよ。まだまだ本調子ではないから、思ったとおりに書けなかったり・・表現に不自然、無理な場合があるかも知れません。いや・・あると思います。そんな時は思ったとおり、感じたとおりの指摘をもらえれば幸いです。前にも書いたかも知れませんが、人とか物とかとの出逢い・・。今回はその不思議さというか、必然的というか・・教えられたような気がします。長い年月・・人は生まれ・・そして生かされ・・いつか大地に還ります。その繰り返しの中で・・いろんな人と出逢い、学び合い愛し合います。同じ時期に生まれ、ある日・・ある時、同じ場所に集う・・。偶然・・という言い方をする人もいます。けど・・私はそう思わない。そういう考え方が出来ないんです。出逢い・・その確率は1/∞に等しい事なんですよ。私は、本当なら死ぬくらいの事故にあって、本当なら違う病院に運ばれたはずなのに・・。何故か此処に来て・・掛け替えの無い人達に出会いました。場所も・・時も・・少しのズレで逢う事が出来なかったであろう人達。人は・・生きていくうえで、それぞれが主役を演じます。私の人生の中では私が主役でも、出会ったそれぞれの人達の人生では、私は脇役。出逢って・・それぞれが主役、或いは脇役を演じる。何故その人と出逢ったのか・・。それは、その人でしか・・その人にしか演じきる事の出来ない役割があるように思います。それぞれの人生と言う舞台の上で、それぞれが自分にしか出来ない役を演じる・・。それが、それぞれに必要な出逢いだと思います。この私のブログに来てくれている人たちの人生と言う舞台の上で、私に出来る・・私にしか出来ない脇役を演じさせてもらえる事・・その場を与えてもらえた事・・感謝の気持ちで一杯です。これからも・・いろんな出逢いがあると思います。その時は・・力一杯頑張らせてもらいます。それから、入院中に心の拠り所となってくれた人・・ありがとう!必ず返します・・心をもって・・。
2008.01.12
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