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[映像・砂浜を通って海に帰る小さな小川]この砂浜の両端にそれぞれ、きれいな冷たい小川が流れ出ている。こちらの小川の水は、砂浜に出ると、戸惑うように小さな浅い池になっている。この「池」の砂地の底からゆっくりと海に帰る。そして、月に数回、満月と新月の高い満ち潮に近づくと、海が縁から流れ込んで一体となる。ムーミンは、この「池」が午後に暖まるのを見計らって、石鹸持参で「お風呂」に入ったりした。アタクシは、いくら誰もいないからって屋外で全裸になんて、なれない。風が冷たすぎて、コンパスと同じく出番がなかったビキニで入ろうかなぁなどと思ってみたがやっぱりパス。ムーミンはずいぶん気持ちよさそうに水を浴びていたけれど。昨日母や祖母に旅行の写真を見てもらっていて、ムーミンの水浴びの話しをしたら、母が不思議な事を言った。「あーいいとこねぇ、でも日本でこんな海辺でキャンプなんかしたら潮水でベトベトになってだめよ、こっちは海の水がサラッとしてて潮くさくないしいいわねぇ、こんな風に清水で洗わなくてもサラサラだし。」え?まだ日本に住んでいた幼いころ、よく海につれていってもらったのを覚えている。何時間も何時間もならぶ「高速道路」の渋滞で、おしっこががまんできなくなって、開けた車のドアの間で母に支えてもらって恥ずかしかったけどしたことさえ覚えているし、十一の夏に数週間東京の郊外の親戚の家で過ごした時につれていってもらった海も鮮明に覚えている。でも「日本の海はくさい」とか「海水がベトベト」などとは覚えていない。そういえば、十一の夏に日本の海につれて行ってもらったとき、体が変に浮いたのを思い出した。そのころ水泳はずいぶんやっていたので泳ぎは得意だったが、浮いてみたとたん違和感があって妹と「変だねーっ」と叫びあったのを忘れていた。やはり塩分の濃さのちがいなのだろうか。もっとも塩分が濃いといわれる死海ではなんでもプカプカ浮くというが、試してみたいとは... あまり思わない。
2005.07.31
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[映像・不可欠な海図とチェリー・トマト]コンパスはあまり使わなくても、海図は絶対に必要。ここは砂浜、あそこは砂利の浜、ここは岩だらけ、この入江の入り口のここに海面に突き出さない岩があって危ない、ここは浅くて、あそこは深ーくて、ここは満ちるときに海流が8ノットと激しくて、と海図とにらめっこをしながらカヤックを漕ぐ。浅瀬の浅さから島々の山の高さまで、「トポグラフィーをよくここまで調べたものだ」と毎回感心する。トマトは、普通のトマトを持っていくとどうしてもつぶれたり、つぶれてしまわないように気をつかったりする。旅先で出会った老カヤッカーに教わって感謝しているのが、チェリー・トマトかグレープ・トマト。これを容器に入れていけば、つぶれる心配はないし、半分残ったりして困ることもない。それに、普通のトマトに比べ、いつまでもいつまでも新鮮さを保ってくれる。それに、かわいい。朴訥な海図を調べながら可愛らしいトマトを食べているムーミンも、またかわいかった。
2005.07.31
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子供がよくくっついてきてしまう。友達の子、親類の子、全く面識の無い子、子供がいるとなぜかアタクシだけ「たかられている」とみんな笑う。待ってました、とばかりアタクシの髪を何時間でも「結ってくれる(?)」子もいれば、母親には一度も絵を描いてプレゼントをしたことがないのになぜかアタクシにだけ何枚も何枚も自画像やらアタクシのポートレイトやら空想の怪獣やら描いてくれる子もいる。外出を拒否し、人見知りがきわめて激しい子が「[ムーミンとアタクシ]の家に泊まるぅ!」と泣いてだだをこねて、生涯初のお泊まりをしていったこともある。アタクシは、中身が幼いのだ。子供は敏感だからそれを悟りとる、そう思う。対等に遊んで、対等に話し合ってそばで聞いている親がびっくりぎょうてんするような言葉を発し、アタクシはいつも子供の観察力の豊かさに舌を巻く。C海域からの帰宅路にも楽しい出会いがあった。渡し船を待つ間、車をおりて待合室でブラブラしていた。ムーミンはなんか歴史と政治論の真面目な本、アタクシはカヤック遠征から陸にもどってからT村の小さな本屋で買ったばかりのハリー・ポッターの新しい本。それにひかれて、彼女はよってきた。お人形のようにかわいい、肩までの巻き毛の八才の子だった。「ねぇ、それハリー・ポッターの一番新しい本でしょ?全部読んじゃった?」- まだ、昨日買ったばっかりでまだ終わってないの。「へぇぇ、あたしもまだ終わってないの!でも最後にどうなるかもうお兄ちゃんに教えてもらって知ってるんだもんね。教えてあげようか?後どのくらいで終わり?」- 昨日の夜ずーっと読んだけど、まだ二十ページぐらいあるかな。すごいね、なにが起こるかもう知ってるんだね、でも教えないでね。読んでて面白いよねぇ。どこが一番お気に入り?「あたしね、ハーマイオニがドラーコをぶんなぐったとこがすごくよかった!」- え?それって三冊目じゃなかったっけ?「そう、でも女の子はいつもおとなしく我慢しなさいってみんな言うけど、女の子だっていじめられたら怒ったり、『女のくせにそんなの出来ない』なんて言われたら頭にきたりするよね、暴力はいけないけど、中は煮えてるのに顔は笑ってごまかすなんて、やだよね、あたしのママもさ、時々パパのことすっごく怒ってんのに顔は笑ってたりするんだよ、そんでパパは怒ってるのなんかぜんぜんしらなかったりして、怖いね。ね、ママ。」となりで笑って聞いていた母親は急に白黒する。渡り船の中でも、アタクシの膝にいきなりよじ登って一緒に声をだして読んでくれたし、お友達のお話しや、先生のお話しなどいっぱいしてくれた。「あなた、ママにはそんなお話し全然してくれないじゃない!」とか、「え?それっていつ?いつのこと?一緒にいたのはかだれとだれ?」とか、母親は目をむきっぱなしだったが、興味深く聞いていた。アタクシも疲れてグロッキーぎみだったのだが楽しく聞かせてもらった。ムーミンは疲れ果てて、小さないびきをかきながら仮眠していた。
2005.07.31
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[映像・かゆみ止めは二種類も持って出かける]アタクシは、蚊にとってもとっても悲惨なほど弱い。だから、キャンプでなくても、かゆみ止めを肌身放さず持ち歩いている。故祖父が毎年コチラに遊びに来ていたころは、いつも、たしかキンカンというとってもしみるかゆみ止めを日本から持って来てくれたものだった。茶色いガラスのびんで、ふたをとるとびんの口にスポンジが張ってあって、ツーンと鼻をつくアンモニア系の匂いがした。それを蚊にさされてかぶれたところに塗ると「いったあーいっ!!」のだが、よくきいた(気がする)。さがせば、このごろはコチラにもあるのかもしれない。ああ懐かしい。お爺ちゃん、毎年有難うございました。
2005.07.30
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[映像・また出番が無かったコンパス]一応、持って出るのだが、殆ど使わない。随分の本格派でなければ、カヤックで陸が見えない海を進むことはまずない。「シー・カヤック・ナビゲーション」「天気・風」「潮・海流」と「コンパス」、それぞれのレッスンでじっくり学んだが、それ以来コンパスだけは実際に出番がない。一度だけ、使えばよかったのに使わず、見当違いの島に船をつけてしまったことがある。去年だった。B列島はこまごまとしていて迷う人も多いと聞くが、そのいくつもある島のうち六箇所か七箇所ほどしかキャンプ用に使えないことになっていて、それらの他の島にはだれもよらない。アタクシ達がまちがえてよってしまったJ島は広く浅い入江が森の奥深くまで侵入し、底を埋め尽くす白いカキに緑色の海水が鮮やかに映っていた。秘密の森に迷いこんだようにしんしんと耳が痛くなるほど静か。最初は、「あーまちがっちゃった、これは違う所に来ちゃってめんどくさぁい」と二人とも思い、「迷ったのは誰のせいか」のトピックで冗談を連発していた。だが、ついでに探検するうちに二人ともささやき声でひそひそ話すようになり、いつのまにかその神秘的な静けさに圧迫されて口をつぐんで静かに、ゆっくりとパドルの音をもおさえるようにして進んだ。こもれびがきれいで、魚がカヤックの真下で群れていて、鹿が耳を立ててアタクシ達を見過ごした。後になって、「迷ってよかった!」と二人ともよろこび、「迷ったのは誰のおかげか」という討論がはじまった。五週間の休暇も、月曜で終わり。
2005.07.30
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[映像・彼方に見える小島の列島の間を縫って、ずっとずっとずっと進むと... 日本につけるはず]ムーミンはテントを一人で立てたがる。アタクシはその間に、そばにパラソル変わりのタープを張る。上の映像は三日目の砂浜で、流木の根を拝借。左のポールに見えるのは、タープのパドル用固定バッグをかぶった予備パドル。都会で育ったムーミンは、大人になるまでテントなどはったことがなかった。最初は、アタクシが威張って指示していた。「ちがうちがう、そのポールはこっち!」「それじゃフライが裏返し!」「そうそう、そこにクリップして、あーっ、ちがう!」今は一人で立てて、毎回その完遂感にしばらくひたっているようだ。その変わり、シーズン初はやっぱり立て方を忘れていて、「一人でやるっ」と宣言しては、「ねー、これがこうだよねぇ?」と聞きに来るところがかわいい。苦心して選んだのがこれ。最近はフライの色が変わった様だが、なにからなにまで注意深くデザインされつくされていて、立て安いし、中も前後ベスティビュールも十分に広いし、壁が直角に近いので天井が高く感じる。風通しがいくらでも調節できるので「朝起きたらテント内が結露でベチャベチャ」なんていうのは全くない。ただ、頑丈な四季テントなので夏用にはちょっと重い。映像は初日のいつもは「休憩の砂浜」と呼んでいるところに泊まった。この砂浜は奥行きが浅い。森ぎりぎりにテントを立てる。それでも満月の満ち潮だと、テントで寝ている足元まで波が届きそうになる。映像の下の方に見える海草が打ち上げられて乾燥している所が、満ち潮の残すライン。数年前、初めてここに泊まった時は、朝三時の満ち潮にひたされないか不安で、目覚まし時計をかけて起きた。すると、真っ暗な砂浜のはずが、野球のナイターの照明をあびている様に明るかった。テントの網戸から覗いてみると、満月二三晩過ぎの大きな月が波に月光の道を照らしていた。起きて、なんか得したねと、しばらく眺めていた。朝起きると、アタクシのこぶしより大きな巻き貝が七つ、プレゼントの様に砂浜にならんでいた。
2005.07.30
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[映像・アタクシ達の自慢のタンデム・カヤック]「カヤック」と言っても、ピンからキリまである。オリンピックの競技で使用する様な、すらりとえんぴつみたいに細くて不安定だけど速い船から、アタクシ達の達磨船の様な車一杯の荷物を積みこめてしまえる融通のきかないバケモノまで、いろいろある。「タンデム」とは「ダブル」とも言い、「二人乗り」だ。二人で漕ぐし、キールも長いので、普通の「シングル」より倍近く速いし、安定している。これほど大きなカヤックは珍しい。ガイド専門用に作られ、数年間大好評だったそうだが、ネッキー社が最近違う会社の手に渡った際に制作を停止したそうだ。ガイドはグループの体力のなさそうな人をタンデムの前席に乗せたり、グループの食料を全部積んだり、大型ストーブをのせたりするので大きなタンデム・カヤックを好む。荷造りがへたっぴーなアタクシ達も、「アウトフィッター」の真ん中のハッチの巨大さに魅せられてしまった。何年もレンタルで数種試してみて、これが一番気に入り、去年やっと買った。$5000で、決して安くはないのだが、レンタルが一日$85、となると八週間使えば$5000になる。センターハッチにお湯を溜めればお風呂に入れてしまう。小さなクーラーやすいかなども、簡単に持っていけるので、よくうらやましがられる。だが「アウトフィッター」はあまりにも大きいため、重いファイバーグラスではなく、軽くて強い防弾ケヴラー制を選んだ。でも、マンゴ・イエローのカヤックがほしかったのだが、アタクシ達がカヤック店に行ったのが(知らなかったのだが)「アウトフィッター」の制作停止後だったので、ワスレナグサ色の一艘しか残っていなかった。ムーミンが大きな緑の眼で、「あの、危機があったときに見つけ安さも考えて、マンゴ・イエローのが欲しかったんですけど」と瞬きすると、対応してくれていた店長は笑って数百ドルひいてくれた。本格派は「シングル」にしか乗らないのだろうが、アタクシ達は「タンデム」のみ。一度、J海峡でシングル二艘のレンタルにしてみた。休憩の時に並んで顔を見てスナックを食べられたのはよかったが、後は追いかけっこの様で、いつもの倍漕いだ訳だし、ちょっと疲れた。タンデムだと、漕ぎながら一緒に歌を歌ってみたり、「あ、あそこ、二時半の方角の岩に熊であります、熊目撃」と報告しあうにも楽だ。
2005.07.29
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[映像・初日の夕日]サーマレストのキャンプ・マトレスに座席コンバーターを取り付けると、りっぱなビーチ・チェアに即変身。バックパック・ハイキングだと荷物の重さに神経質になるが、カヤックではその心配は無い。だからムーミンのサーマレストはとぉっても贅沢してスーパー・デラックス・ロング、アタクシのはやっぱりちょっとだけ贅沢してロング。幅も違うが、厚さの違いがすごい。アタクシのはどうふくらませても3センチにならないが、ムーミンのはうまくやるとなんと厚さ5センチものマトレスになる。日本にもあるのだろうか。サーマレストはキャンプの時、寝袋の下にひいて寝る。軽くて、保温効果が高く、地面のゴチゴチから守ってくれるので、とても人気がある。荷造りも、空気を抜いてグルグルッと筒状に巻けば、コンパクトで軽い。初日は、いつもは「休憩の砂浜」と呼んでいる浜で泊まった。この写真を撮った数分後、それまで吹いていた風がぴたっと止んだ。嗚呼、黄昏の星が奇麗、と思いきや... ワァーンンンッとものすごい蚊の群れがたかって来て一瞬硬直した。ムーミンは急いでアタクシをテントに放り込んで、自分は外に残りあとかたずけをしてくれていた。アタクシは蚊に弱い。かぶれて化け物のようにはれたり、内出血してアザになってしまったり、自分で見ても悲惨な姿になる。この地域で砂浜でキャンプというと、まず蚊は出てこない。出てこられない、と言ったほうが正確かもしれない。絶えず潮風が吹いているので出てこれないのだ。なので、この蚊には閉口したが、アタクシはテントの網戸ごしに眼を丸くしていた。その夜は、ムーミンの素早い反応のおかげで二箇所くわれただけですんだが、アタクシをかばうように行動していたムーミンはなんと20箇所以上くわれてしまった。「ありがと、ごめんね」と謝りながら、かゆみ止めをいっぱい塗った。
2005.07.29
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[映像・この無人の砂浜で五泊キャンプ・二人だけの足跡]C海域・カヤック遠征 から、昨夜帰宅。毎年、映像の砂浜にカヤックをつけると、まず砂浜の足跡を調べる。狼、鹿、アライグマ、鷲... 鷲の足跡はまだ湿っている砂に奇麗についていて、ご丁寧に、飛び立つときにギュッと爪に力をこめた跡までくっきり残っていた。「こりゃ何だ?」とわからなかった、アライグマにしてはちょっと活発すぎる足跡は、次の日ラッコが出現し、やっと判明した。今年も熊の足跡は無く、ちょっと安心してテントを張った。アタクシ達は毎朝、他にだぁれもいない広い広い砂浜で、数歩先の海に向かって「海、おはよう!」と裸足で挨拶して、ちょっとワルツを踊ってから歯を磨いた。嬉しくて、ワルツのズンタッタ・ズンタッタが急にポルカのピョンピョン・ピョンピョンになってしまうこともある。アタクシ達の踊った足跡が朝一番の滑らかな砂浜に映えて、それも一々嬉しかった。天気予報がみごとに当たり、十二日間、毎日20度から22度ほどの晴天だった。毎日テントから転がり出ると、空は朝顔の様にみずみずしく深い青で、潮風は頬がピシッと引き締まるほど冷たくて、砂浜は小麦色にキラキラして、海は - 海は不確定でとどまらない碧緑で - C海域の潮風は冷蔵庫を開けたように冷たい。サンサンサンと降り注ぐ日差しなら短パンでもいいのだろうが、タープをパラソル変わりに張った日陰だと「肌寒い」を通り越して本格的に寒い。毎日長ズボン、長袖、帽子ですごし、アタクシは長袖を三枚重ね着をしていた。なのに、砂は正午にもなると陽に焼かれ、素足では歩けないほどアツアツになる。この「強い日差し、冷たい風」のコンビで、「暑い」と感じないうちにものすごい日焼けをしてしまったことがあるので、日陰でも日焼け止めを塗って過ごす。毎日、砂浜の日陰で、うっとりと(または、「ボーーーッ」と)打ち上げる波を眺めていた。
2005.07.29
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コチラでは十数分後の Harry Potter and the Half-Blood Prince の発売開始にそなえて大変にぎわっている。零時一分に売り出される本を待ち遠しく期待するファンが今朝からずっと並んでいる。ちょっと名のある大きな本屋等は12:01 から盛大なパーティーを開く。凄い人ごみで、本屋の前の道路を数百メートル締め切って歩行者天国になっている所もある。先程、花火まであがっていた。だが。賑わっていない地域もある。コチラの南部付近の恐ろしく原理主義なキリスト教の地域は、いい顔をしないそうだ。南部でアーバン・プランナーをしている親友がいるが、彼の情報によると本屋は困り果てているという。ハリー・ポッターの本をおかなければ莫大な収入を逃す事になるが、それをおけば反対に原理主義キリスト教群にボイコットをされて潰れるかもしれない。ハリー・ポッターの映画にしても似たような反応だそうだ。数年前、「こんな邪教的で邪悪な映画はみせない」と宣言する映画館もあった。アタクシは、分からない。なぜこう恐れるのか、なぜ地球は平べったいと信じたいのか、なぜ進化論を忌み嫌うのか。そのアーバン・プランナーの親友Cは進歩的な理論家で、南部のそういう傾向ががまんできない。「だって例えば、[アタクシ]と俺がこの州で結婚することさえ反混合法規で禁じられてんだぜ。ああ胸ク◯悪ぃ。」「でもそれってCが住んでる州だけじゃないでしょ、そのあたり三四州あるんじゃない?」「言わないでくれってば、落ち込むだろーが、俺ってここで一人っきりなんだぞ。」「あはは、ごめん。そうやって最近いつも愚痴ってるのってCらしくないじゃない、大丈夫?」「遊びに来てくれる?遊びに来てくれれば大丈夫。」「やーだね、三人に一人は拳銃隠し持ってる反混合法規が現行法なとこで白人のCと並んで歩いたらCの命いくつあっても足りないじゃない。」Cが幼いころ、ご両親は南部に住み、Cは英国の学校へ寄宿生として送られた。だから南部はCにとって古里の様であり、火星の砂漠の様でもある。理不尽な事ががまん出来ない彼は、アタクシからみたら英雄だ。自分から進んで、コチラで貧富差が一番激しい所へ住み、少しづつ社会と談話しながら前向きに進もうと試みている。遠い所に引っ越してしまって寂しいが、心の底から応援している、アタクシの兄のような親友だ。
2005.07.16
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遠征の用意などにおおわらわになっている時にかぎって、ムーミンは訳の解らない、いつもしない様な家事をする。思わず噴き出してしまう。またなぁにやってんの?今日は、何故か歩道から家の間の小さな小道をパワー・ワッシングしていた。怪猫まで不思議そうな顔をして「なぁにやってんの?」と聞きたそうだった。小道の脇に咲いているラベンダーが迷惑そうにしなっていた。延引の一種なのだろう、と本人も言う。アタクシもそのけがある。ご覧の通り、学習用とは言え、用意が整っていないのにココに書き込んでいたりする。そういえば大学時代、論文の〆切りがせまっていたころほどアタクシ達の冷蔵庫の中が奇麗に掃除されていたことはない。今は、冷蔵庫を磨くかわりにココに書いている。書いていると、日本語の学力がやっぱり少しづつ上がるのだろうか。分からない。いくら語学力がついてもこの文才の無さはなおらない。日本語の難しさ、英語で育った悲しさ。嗚呼。でも面白い単語の由来がまた今一つあった。小学館国語辞典によると、「おおわらわ【大童】」とは「かぶとをぬいではげしく戦い、髪がばらばらになったようすが、こどもの髪形に似ていることから」だそうだ。「おおわらわ」に戦争に関するエティモロジーがあるなんて、意外だ。ここで広辞苑もちゃんとひけば偉いんだけどな。きっとひかないだろうな。
2005.07.16
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アライグマや、ミンクなどしか出ない島は気楽にカヤック・キャンプに行ける。いたちや、鹿や、ラッコや、テンなどだけなら暗くなる前にカヤックのハッチに食料を格納して、蓋をしっかり閉めておけばいい。簡単だ。今月行ったC島など、すいかを丸々一つカヤックに積んで行った。(注:これはちょっと異常)だが、熊の出る地域ではそうはいかない。熊は、カヤックのハッチなどピーナツの殻の様に簡単に破く。カヤックに仕舞った食料を狙われ、夜中に船を粉々につぶされた人は稀ではない。熊の出る地域では、食料をまとめ、木につるす。それも、ただつるすだけでは足りない。地面から3.5メートル、上から届かないように枝から2メートル、横から届かないように幹から3メートル。うまくやらないと熊は防げてもアライグマにやられる。つるした後、「熊様、なにも隠していません、ご覧ください」とばかりにハッチを全開して寝る。そうしないと「何か入ってるかも」とせっかく空にしたカヤックを破られる(事があるそうだ)。C海域は熊がでる。気がちょっと引き締まる。コチラの熊は、半端ではない。人間と接触することはほぼ無いに近いが、ゼロではない。狼もクーガーも出るが、これらは殆ど気にかけない。ムーミンは鯨を楽しみにしている。アタクシは、クラゲの大群を楽しみにしている。明日に備えて用意しなくては。
2005.07.16
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少しの間弾かずにいたら、つまずくようになってしまっていた。鳴呼。ジョルジュ・サンドやアルフレッド・デュ・ムセの様にショパンを笑い飛ばせないアタクシ。そして遅れを埋めるより、とりわけ簡単な「子供の情景」(シューマン、Op. 15、『トロイメライ』など)を弾いて落ち込むのをふせいでいたアタクシ。「子供の情景」の様に明るそうでいて結構根が暗く、考えすぎてしまうアタクシ。「グランドピアノ買おうよ」と言われ続けているのにアタクシじゃグランドピアノが可哀想、と踏み切れないでいる。秋に、異国の都市に遊びに行った時、いつも泊まる小さくお洒落なホテルのとなりのピアノ店のショーウィンドーにとんでもないグランドがあった。スタインウェイのなんとアクリル製、ショッキング・オレンジとライム・グリーンの鍵盤。透明な蓋に知る人ぞ知るデール・チフーリィのアクリルの落書き。ほぇっ。思わず店に入ると店員の上品なスーツ姿のおじさんがなんとアタクシを覚えていてくれた。「ああ、いつか 9フィートのコンサートグランドで演奏してくれたお嬢さんじゃないですか。」一日に何名もあのコンサートグランドを弾いていたはずなのに、彼がなぜアタクシなんかを覚えていてくれたのは... 恥ずかしくて書けない。ドラマチックとも気違いじみたとも言えるショーウィンドーのグランドは、「チフーリィ限定版」だそうで、いくらだったかは忘れたが目玉が飛び出す様な額だったのは覚えている。だれか、あれを買った人がいるのだろうか。まさか、と思うが、やっぱりいるんだろうなぁ。それに、その上に、さらに曰く付きだった。アタクシのアイドル、ラン・ランがそれで演奏したと言うではないか。鳴呼、ラン・ランのあのくりくりっとした大きな明るい茶色い眼。一度しか会ったことがないのに、アタクシの方が遥かに年上なのに、あの眼の異様な輝きを思い出してときめいてしまう。あの眼光は、普通ではない。そういえば、ラン・ランが弾くと「子供の情景」の真の意味が初めて解るような気がする。アタクシは「天才」という言葉がきらいだが、ラン・ランは天才的、というしかない。今晩もため息。アタクシってミーハー(死語?)だったのかしら。
2005.07.15
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[観光局版元映像・16キロ続く砂浜]毎年欠かさず行くC海域。歩けど歩けどだぁれにも会わない白い砂浜、轟く磯波、緑がかった碧い海。今年はC海域の奥地にある海辺の温泉まで行く予定... だが、毎年同じ予定でも初晩の砂浜に着いてしまうと、「いいねぇ、明日の温泉なんかいいんじゃない?ここで五日過ごしちゃおう」と(結構)ものぐさなアタクシ達はカヤックを引き上げたままになってしまう。海に煌々と堕ちる夕日を眺めながら、冷めていく砂に座ってうっとりする。C海域で水面から原始林を見上げると、気が遠くなるほど大きな巨樹に必ず鷲がとまっている。原始林は樹が大きなだけではない。普通の森とは違う。何百年、何千年と立っている木々の間に広い空間がある。もこもこと深いコケが静かに生え、こもれびが美しく映え、鹿が角を気にせず悠々とひずめを進める。もののけ姫が出てきて当然の世界だ。古樹の間に生えていた木々が長い長い月日を生き、枯れて倒れたり、嵐で倒れたりして、そのコケの広間を作る。シダの間に育とうとする若い木はこもれびだけではたりぬ。原始林の巨樹の枝に生えるコケにしか卵を生まない鳥も、C海域にいる。何処もかしこも絶景なり。天気予報とにらめっこして、今年は土曜の朝から出発、7-10日遠征の予定が立った。コチラ時間で土曜、だから明後日だ。鳴呼、幸せ。
2005.07.15
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幽霊屋敷の洋館1、2、3生暖かい風が吹くとか、いやーな悪寒がして理由もなくガクガク恐くなるとか、一ヶ所だけ空間が凍り付くように冷たいとか、憎悪を込めた呪声が聞こえるとか、そういうのは(ココで読んで下さっている方に申し訳ない気がするが)一切ない。ドアノブが「カチャッ」と目の前で回って、ドアが「キー」と全開して、ちょっと間をおいて、「バタンッ」と閉まるのをしばらく二人で並んでみていたが、二人ともワクワクと嬉し楽しい気分だった。「アタクシ達、お化け屋敷買っちゃったのかなぁ。」「まっさかぁ。って言ってもこれってまずいかもしれない。」「アタクシ達って寝ぼけてる?こういうのって寝付くときに金縛りにあったとか、飛び起きたら首が浮かんでた、とか寝ぼけてる人にない?」「つねってあげようか?」「やだ。」といいながらムーミンをつねった。「イテテッ。こんにゃろめ。」そのまま、ドアをそっとしておき、顔を洗って歯を磨いて、一階に下りて紅茶をすすりながら荷物の整理にかかった。半信半疑のまま箱を開けたりステレオを組み立てたりしながら「どうしよう」と相談しあった。時々、「お化け対策」に真剣に取り組んでいることに、二人して噴き出して笑い転げてしまったりした。話し合う時点でもう一つおかしい事が判明した。アタクシは眼がパッチリ覚め、あーだこーだと考えている内にドアが「うるさい」と思い、最初はベッド上から体を起こしてその屋根裏部屋に続くドアが開いたり閉まっているのを眼に止めた。アタクシ達の寝室のドアもすでに開いていたことになる。それは、毎晩二回は起きて用を足すムーミンが開けて寝たものと思っていたが、彼はその晩熟睡して起きなかった、と言う。まるでだれかが「みて、みて」といっている様だ。他のドアは全部閉まったままだった。通常の出勤時間を過ぎると、ムーミンはアタクシ達に洋館を売った不動産屋に電話をかけた。他に色々取り引きを終えるための打ち合わせだったが、最後に何気なく、「ああ、前にここに住んでた人、不思議な現象がある、なんていってませんでしたか?ちょっと不思議なことがあるんですけど」と聞いてみた。「え?...『ははぁ、やっぱり出ましたか』ってちょっと無責任ですねえぇ、ハッハッハ」笑いながらしばらく話していた。アタクシは、「ぬあぁにぃぃ、『やっぱり出ましたか』だとぉ、あんなに何回も顔を合わせたのに一言も言わなかったじゃあないかぁぁ、もっと真剣にやれいぃ」と歌舞伎顔になっていた。ムーミンはアタクシ達の体験の詳細は伏せて、「見た人が?ハッハッハ、どんなのが出るんです?」と聞いていた。随分の数の目撃者がいるそうではないか。アタクシ達に売り譲った人達は(四五回会ったのだが)寝室を数名の留学生に貸したり、屋根裏部屋をちょっと豪華に改造してベッド・アンド・ブレクファストとして客を入れていたり、近くの病院の「付近で有料で泊まれる宿リスト」に登録して病院に通うためにこの町に来た患者やその親戚を泊めていたり、いつもギュウギュウ詰めの状態で住んでいた。その中で「見た人」というのは沢山いる、と聞いてちょっと悪い予感がしたが、二箇所に限られている、とも聞いた。その二箇所というのが、「一階のパウダー・ルームの前の旧女中用廊下」と「屋根裏部屋に続く階段の一番下あたり」だそうだ。あっそう。アタクシが今コンピュータに向かっている書斎から、座ったまま背を反り返すと見える、「屋根裏部屋に続く階段のドア」。これを聞いた後、ムーミンとアタクシはまた(結構気軽に... アタクシ達こそもっと真剣にやれいぃ、なのかもしれない)荷物を整理しながら相談した。ムーミンが手を止めた。「くだらないかもしれないけど、話をしてみない?」「え?」「『新しく越してきました、宜しくお願いします、僕達は、貴方がそこにいることを認知します、追い出すつもりはありません、皆で一緒に幸せに暮しましょう』みたいな話し。どう?ばかばかしい?」二階に上がってみると、ドアは開いたまま動いていなかった。開いたドアを通して、階段に向かって、アタクシ達は手を繋いで並んだ。「ちょっとばかばかしいかも」と思いながら、胸がドキドキした。ムーミンがいつもの穏やかな口調で話し出した。何処をみて話せばいいのか分からない。不合理な事をしているのでちょっと恥ずかしい。そのとたん、急に、アタクシの全身の鳥肌がズババババッと立った。髪の毛もザワザワ立つ。びっくりして、眼を丸くしてムーミンの顔をみた。ゆったりと話し続けているが、顔が硬直している。繋いだ手が急に汗べっとりになっている。よくみると腕に鳥肌が立っている。彼も、急に異常なものを感じているようだ。でもやはり「恐い」のではない。「ワクワク」が主だ。アタクシの顔をみて、「大丈夫?もうすぐ終わるから」と言って、言葉を続けた。最後に、「そして僕達になにかしてさしあげられることがあって、それがあんまり恐いことでさえなければ、どうにか教えて下されば可能な限り出来ることはします」と言ったとたんアタクシの鳥肌がぴたっと嘘のようにおさまった。それから数年たっているが、いったい何だったのか分からない。「して欲しい事」も伝わってこない。だが、それ以来ずっと静かだ、とも言えない。あれから二三回、その現象はまだ起きている。友達が泊まりに来ている時に限るのも不思議だが、毎回ではないので訳が分からない。- - -誰が何を見たか??幽霊目撃者1、2、3、4、5、6
2005.07.15
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深夜まで、さめざめ泣く秘書を少しでも慰めようと勤めたが、役に立った気がしない。彼女とアタクシは歳が同じくらい(彼女がちょっとだけ上)で、彼女ほど整然と、テキパキと手際よく仕事をする人はめったにいない。仕事上はアタクシの秘書だが、大切な仲間であり、親友でもある。この十年間、彼女なしではアタクシの仕事は成り立たなかったと言っても大袈裟ではない。信頼しきっている友であり、「部下」だとはとても思えない。とても仲がいい、と思いたい。最近、彼女は長年同棲していたパートナーと別居した。「別居した」でいいのだろうか。「別居し始めた」なのかもしれない。その前からも数年間、子供ができないことで随分悩んでいた。ほがらかな明るい性格の彼女が涙ぐんで状況を話してくれても、これだけは助太刀できない。アタクシは慰めきれない自分に周章し、一緒に悩んでもはじまらないと解っているのに一緒に悩む。平日の作業時間外でも、週末でも、時々涙声で電話がかかってくるようになった。「相談にのってもらいたいから来てくれない?」という電話だ。彼女は洋館から数分歩けばすぐのアパートに住んでいる。簡単な食事や庭のミント一束を手に、彼女のいつもピカピカで完璧に整頓されたアパートに行く。彼女のアパートは本当にため息が出るほどピッカピカに掃除が行き届いている。アタクシ達の埃だらけの洋館に遊びに来てよくジンマシンでが出ないものだ。彼女の仕事振りもピッカピカだ。アタクシが繰り出す莫大の数のファイルなどをバッチリ処理し、「ねえ、五年ほど前の厚生省のナントカ大臣だったころ、アレコレに関しての打ち合わせのファイル...」と言い終わる前にそのファイルがポンッと出てくる具合だ。それとも、「アレコレとアレレコレレとあるけど、両方?」とアタクシが忘れていたようなことまで覚えてくれている。今晩も、彼女のピッカピカのアパートで、持参のミントでフレッシュ・ミント・ティをいれた。それをすすりながら手を繋いで(本当に手を繋ぐ)彼女の泣き言を聞いていた。聞くしかできないのが残念だ。鳴呼、役に立てないのはつらい。こんなにいい人がこんなに嘆くのをみているのは、つらい。
2005.07.14
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幽霊屋敷の洋館1、2、3閉めて寝たドア八つが、起きると開いていた... 訳ではない。戸は「八つ」ではなく、「八枚」なのではないのだろうか。英和辞書をひいてもわからない。アタクシはずーっと不眠症で高校や大学時代は毎晩四時間ほどしか寝ていなかった。「こういう体質なんだ、きっと」と諦めているような、喜んでいるようなものだった。深夜寝ているより(勉強とは全然関係ない)読書したり、異国の沢山の友達におしゃべりな手紙を書いたり、そうしていたほうがましに思えた。そのかわり、と言ってはおかしいが睡眠の密度が高い、というべきか、寝ている間何が起こっても、ゆすぶられても怒鳴られても眼が覚めなかった。「火事でも地震でも起きないんじゃないの」と母に呆れられた。だが、正義の味方ムーミンと出会ってからはなぜか人並みの睡眠時間を曝睡する様になった。困ったことに、ちゃんと睡眠時間をとるようになっても、相変わらず何が起きても眼が覚めない。頭がガンガン痛くなるほどの防犯アラームが部屋でなっても起きない。目覚まし時計なんて役に立ったことがない。そのアタクシが、洋館で初めての夜、クタクタで寝たのに朝の五時頃、急に「はっ」と、すっきり眼が覚めた。眼がぱっちり開いて、眠気など微塵もなかった。「ありゃ?ここは何処だろう?」「そうだ、やっと引っ越してきたんだっけ。うひょーっ箱の山。今日も大変...」そう瞬時思った。その時、すぐそばで、「カチャッ、キー、バタンッ」と音がした。「え?」その初めての晩、アタクシたちは二階の寝室の一つに寝た。ランディングに開く八つのドアの一つだ。その部屋が「広間」に似たランディングをはさんで向かい合っているのは、屋根裏部屋に続く階段の下段についているドア。はっきり見える。また、「キー」と全開して、二秒ほどおいて、「バタンッ」と威勢よくしまる。きっと、隙間風か風圧だろう、と最初は思った。ムーミンが屋根裏部屋の窓やスカイライトを開けて、そのまま寝ちゃったんだろう。随分すっきり眼が覚めちゃったけどまだ早いし、本でも読むかな?本なんか、見つかるかな?と早朝のアタクシにしては鮮鋭な思いをめぐらせていたそばからまた「カチャッ、キー、バタンッ」「カチャッ、キー、バタンッ」うるさいなぁ、まいったなぁ、これじゃ目敏いムーミンが起きちゃう、毎朝こうなんだったら錠でもつけなきゃ、でも留め具がちゃんとかっちり入ってないのかも、と起きて見て、ランディングを渉りかけたところで、「なんか変」と立ち止まった。数歩先のドアノブが回り、ドアが開いて...え?ドアノブが回る。最初の「カチャッ」という音はドアノブが回ってラッチが外れる音らしい。「恐い」などと少しも思わなかった。「ふぇー、うっそだー」とばかり眼を丸くしてしばらく観察までしてしまった。風などない様だ。一番気になったのが、ドアが一々全開していること、隙間風で少し開くのではなく、全開して、ちょっと間を置いて、「バタンッ」。全開しているドアを風圧で吸い閉めるのは可能なのだろうか。「これって恐いはず」と思ってみても全然恐くない。少し楽しくさえある。いつもは目敏く、わずかな物音にもすぐ眼を覚ますムーミンはよっぽど疲れているのだろう、まだいびきをかいている。起こすのはかわいそうだが、きっとムーミンも興味を持つだろう、と揺すり起こした。アタクシは嬉しそうに見えたそうだ。眠そうに、「あ、そんなに嬉しい?」と聞かれた。「引っ越してきて嬉しい?」の意味だったのだと思う。その最中も「カチャッ、キー、バタンッ」と続いていた。「何だあれ?」説明せず、「ちょっと見てみなよ」と自分で見てもらうことにした。しばらく見たり聞いたりしていたムーミンは、また、「何なんだよ、あれ?」とアタクシに聞いた。「ねえ、屋根裏部屋のスカイライトとか開けて寝た?」「昼間開けたけど夜はしっかり閉めた。全部。窓もスカイライトも。」「そうだよね。ムーミンってそうだもんね。」しばらく二人でならんで「カチャッ、キー、バタンッ」というドアを眺めていた。二人ともそれを触らなかった。「さっきから思ってるんだけど、これって恐いはずじゃない?」「そういえば、恐くない。何だか、嬉しい。」「あ!アタクシも!全然恐くないしちょっと嬉しい。」知人がこんな話しをしたら、アタクシはあたまから「ばっかなぁ」と取り合わないと思う。実際信じ難いことが自分に起こってみると、「ふーん...」と考え込んでしまう。
2005.07.14
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幽霊屋敷の洋館1、2、3アタクシ達の埃だらけの洋館は、幽霊が出る。「何を戯けた事を」と思われてしまう、それは分かっているので躊躇う、だが不思議な事が二回あった。アタクシは文学より理数系の事の方が得意だし、合理的に生きたいと思う。「魂」の存在を信じても「神」となると文学的な超自然の描写意外は苦手だ。だから、「幽霊」も信じ難い。数年前、洋館に一目惚れしてしまい、殆ど衝動買いの形で買ってしまった。自分達で呆れるほど大きく、住む市の歴史に残っている様な洋館なので、随分経済的に背伸びして、両親達の援助を有難く借りて、やっとこさ買った。アタクシ達には勿体ない屋敷だ。引っ越しは、骨董品で死ぬほど重いピアノや、他に大きな家具もあるため、運送屋に頼んだ。余談だが、古い欧州で作られたピアノは現代のように軽く強い鋼鉄がなかったので、内部がごってりと重い。大学時代、奨学金の余りとアルバイト代で買ったが、おばけ屋敷の洋館によくにあう。引っ越しが終わった洋館で初の晩、荷物をそんなに運んだわけではないのにクタクタだった。「四時間かかります」といわれた引っ越しが正午に始まり、零時ちかくまでつづいた。引っ越し屋のお兄さん方は、のろけているどころか汗だくで荷物を抱え、洋館とトラックの間を歩かないで小走りまでしている。それに、普通は二人しか派遣しないそうだが、頼んだ時点で「ピアノ」と聞いて、さすが慣れたものだ、「それは通常のピアノですか、それともアンティックですか」とちゃんと重さの違いを心得て聞いてきた。「アンティックです」と答えたら三人派遣してくれる予定を立ててくれた。「正午から四時間」と聞き、友達が引っ越しの終わっているはずの夕飯時にお寿司の出前を山ほど持って「引っ越しみまい」に来てくれた。終わっているはずの引っ越しはまだ激戦中。アタクシ達は「まだ終わりそうにないねえ、がんばってくれてるんだけどねえ」などと微笑しながらお寿司を美味しくいただいた。九時を回った頃、それまでプロの邪魔になってはいけないと控えていたアタクシ達は、ようやく「このままじゃ深夜までかかってしまう」ことに薄々気付いた。鈍感だ。ムーミン曰く、アタクシのおびただしい図書の詰まった箱数だけでも大変なのだ。見かねて、「お邪魔でも使って下さい」と、やっと荷物を運び始めた。お寿司を持って来てくれた仲間も一緒に運んでくれた。それがやっと終わり、引っ越し屋のお兄さん方のチップをはずみ、友人にお礼をいい、寝室の一つにようやくベッドを整えて倒れ込んだときには疲れていたのに眼が冴えていた。慣れない大きな洋館の初めての夜。静かな夜に、古家のあちこちから何かが軋む音が時々耳についた。屋根が冷えていく音や、板が夜の湿気を取り入れる音なのだろうが、116m2 の新築のコンドミニウム(日本ではマンションというのだろうか)から390m2 を超える古洋館に越してきたので、何だか二人とも嬉しかったけれど心細かった。そこで恐いもの知らずのアタクシが調子にのって言った。「ねえ、ランディングの戸を全部閉めて寝て、朝全部開いてたりしたら面白いと思わない?」ランディングとは日本語で何というのかさだかではないが階段の踊り場みたいな物、洋館の場合階段を上がりきったところの十八畳ほどの広間だ。長い「廊下」ではなく殆ど正方形の「広間」。洋館の二階のランディングに開く戸は(今また数えてみる)五つの寝室の戸それぞれ一つづつ、屋根裏部屋につづく階段の戸が一つ、そしてコチラにしては珍しく旧式に「トイレ室」と「バスルーム」に分かれているお手洗いの戸が二つ、計八つ。アタクシは思い立ったら最後、面白半分全部ドアをしっかりしめた。ムーミンはそれを見て笑っていたと思いきやいびきをたてていた。そしてアタクシも新居にわくわくしながら寝付いた。よい子は幽霊屋敷を衝動買いしてはいけません。
2005.07.13
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亡き彼は、だるまに願をかけていた。アタクシはだるまに願をかける事を知らなかった。「なぁに、それ?聞いたことないけど」と笑うアタクシに、当時十八の彼は真剣に教えてくれた。心気を澄まして願いを込め、だるまの片目を黒く塗るのだそうだ。そして、願いが叶った時、もう片方の眼を塗る。声をあげて笑ったのをアタクシは覚えている。「それで、何お願いしたわけ?」といくら聞いてもとうとう直接には教えてくれなかった。願い事を声に出してしまうと叶わない、そう言って。愚かなアタクシを命懸けで愛してくれた彼だ。アタクシの頼みならどんな無理難題もすんなり承知してくれた彼が、教えてくれといわれて断わったのはこれくらいだった。でもアタクシは少女心に少しシャクに触ってふくれた。でも、いくら無理往生しても、甘えてねだっても、最後まで明亮には教えてくれなかった。ただ、「いつか叶ったときには二人一緒のはずだから、叶ってすぐ教えてあげられるよ」とだけやっと教えてくれた。アタクシはどっきりして、急に恥ずかしくなってしまって、それ以上は問い詰めなかった。アタクシは十五か、十六だった。数年後、彼のお葬式の数ヵ月後、いつも口数が少なかった彼のお父様がぽつりぽつりとそのだるまのことを、途切れ途切れにつぶやいた。「I found a daruma in his room. With only one eye filled in. So I filled in the other one. For him. Whatever it was he'd wished for, his wish has come true - it's come true now. Whatever it was. We'll never know. We'll never know now. Will we?」そういい終わったお父様は涙をほろっと流した。そのだるまを亡き彼の部屋で見つけたけれど、片目しか塗っていなかった、いったいどんな願いをかけたのか知らないが、もう片方の眼も塗ってやった、彼の願いはもう叶ったはず、叶ったはずだから、でも何を願ったのだろう、私達はもう、永遠にわからずじまいだ、そうおっしゃた。アタクシは言葉に詰まった。胸が傷み、息をするのも辛かった。今思い起こしてみても胸がキリキリと傷む。その願いがもし、「アタクシが命の限り彼のことを毎日想い慕うこと」なら、叶っている。でも、違う気がする。「いつかどこかで一緒に暮らせること」なら、叶うのだろうか。誰にもしたことの無い話しである。そして、この様に毎日密かに亡き彼を想うアタクシを、ムーミンは知っている。そして、寛大に、包み込むように愛してくれている。
2005.07.12
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[映像・自慢のタンデム・カヤックの舳先が覗く、C海域の景色]嗚呼、パドルを握って、海面から大空を見上げたい。日光を跳ね返すキラキラの飛沫を浴びて、縁がちょっと潮味のボトルからライムの破片入りの冷たい水を飲みたい。広大な空を見上げて、カモメが飛ぶ鷲に群れて追い払う姿を笑顔で応援したい。カモメは必死なのだから笑ってはいけないのだけれど、巣や雛をまもり、数倍大きな猛禽に勇敢に、力をあわせて向かっていく親のカモメ達の連帯感はみていて励みになる。そして、必死でギャーギャー喚きながらたかるカモメの少し先を悠々と不敵に、弧を描いて飛びながらも、少しづつ仕方なさそうに遠のいていく鷲。隙をみせず、猛々しく動揺せずも、ゆっくり勝ちを譲り彼方に飛んで行く。
2005.07.12
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その都市に住んではいないのに、ニュー・◯ーク・タイムズの日曜版を購読している。家でのんびりする日曜は、ベランダのこもれびのもと、カフェ・オ・レをすすりながらNYTの日曜版をゆったり読むに限る。もったいないがそれぞれ好みのセクションだけ読む。全部読んでいたらきりがない。が、二人して殆ど全部読み尽くす。(ムーミンは先程不動産のページを読みながら唸っていた。)ここまで書いたところで今日の読み散らかしたNYTSをかき集め、初めて秤にかけてみた。全体を纏める輪ゴム込みで 935グラム。今回は雑誌が一冊しか入っていないのでいつもより軽めに感じる。十年ほど前、「日曜NYTを一回発行するために14エーカーの森林を消費する」と読んでぞっとした。ムーミンの大好きな英国作家マーテイン・エーミスの本に、ある「売れない小説家R」と「売れっこの小説家G」が親友同士で、前者は親友のはずの後者に無制限な妬みの塊のライバル心を抱いて、どうにか「ギャフン」といわせようと全力を尽くす、という小説の件がある。(初版にエーミス先生にサインして頂き宝物になっている。)読んで数年になるが、たしか主人公の「R」は天才的と認められた初作後、ぱったり売れなくなる。妻のいやみに絶えながら小説の評論家として細々と貧しく暮らしている。「R」は旧学友の今はライバル「G」より成績がよく、自分の方が遥かに才能がある、と固く信じているが、その「G」が書く一般的な月並な本はなぜか飛ぶように売れ、いずれも世界的なベストセラーになる。その上「G」はさりげなくハンサムで、財閥の娘と結婚していて、アシスタントが何名もいて、旧学院を改造して優雅に暮らしている。「R」はこれががまんできない。だが親友顔をして祝福しているようにみせかけたい。そしてある意地悪を考え付く。ずっしり厚くて有名な「ロス・アンジェルス・タイムズ」の日曜版に、「これに貴方の興味をそそる記事が載ってます」という無名の書き添えを添えて送りつける、という案で、それを受け取って徹夜で冷や汗たらたら記事を探す「G」を思い浮かべほくそえむ。勿論、その日曜版を送る時点でふと、もしかして本当に8ページの「Gの小説スペシャル」なんて載っていたら計画だいなしなので、まず自分で気を張り、何時間もかけて全部眼を通してから送る。そして、数日間、「G」の様子をみる。眼の下に隈を作っていないか、急にげっそりやせていないか、観察する。「G」はいつもの高慢な態度でいっこうにそんな様子はない。「R」はしびれを切らして、「G」の机の隅においてあるそのLATの日曜版をさして、「これにもおまえの取材記事が載ってたりするわけ?」と何気なく聞いてみる。手に汗を握って。「G」は、ああ、でもたいしたことじゃなかったよ、とあっけなく答え、そのまま他の話題にうつる。「R」はどん底につき落とされた気持ちでいらいらをおさえきれない。いったい何が載っていたのか知りたい。でもその「G」の机のLATを、自分が送りつけたLATを借りる気ににはならない。しょうがなく、苦労に苦労を重ねてその同じ日曜版をやっと手に入れ、またまた眼を血走らせて「G」に関する記事を探す、という件。本当に、日曜版の分厚さには負ける。が、止められない。
2005.07.11
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時々、気付かぬうちにクラゲの大群集の真っただ中に入り込んでしまっている。カヤックが浮かぶ水面のすぐ下を何千何万もの半透明なクラゲがプワンプワン浮遊している。気付かずに漕いでいるとパドルの乱流にグルグルッと流してしまっていて、アタクシはびっくりして、思わず声を出してクラゲ達に誤る。クラゲは、びっくりしないのだろうか。そのままプワプワプワンとなにげなく浮遊していく。カヤックから見渡す限りクラゲの群れ。青い海に頭上の白頭鷲の鳴き声がこだまする。アタクシにはピーピキピキピロロ、と聞こえる。天下の猛禽にしてはちょっと気が抜けるほど可愛らしい声で鳴く。こういう時はパドルするを止め、海水の奥を覗いてしまう。ムーン・ジェリーは小さい。大きいもので大人の手の平くらいだ。そして小さいものは限りなく小さい。手の平大のクラゲ達はプワワーン、プワワーンとゆっくり脈を打つ。アタクシはその間をちょこまかと進む、アタクシの小指にかぶせたらぴったりの大きさのクラゲを眼で追う。このミニクラゲはプカプカプカプカと脈打ちがはやい。アタクシは、カヤックから鯨を探して水平線に眼をこらすより、クラゲの大群に出会う方が楽しく思う。クラゲの様に穏やかに心を構えたい。[photo courtesy medical university of south carolina]
2005.07.10
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土砂降りの中でシー・カヤッキングをするほど、アタクシ達はパドル狂ではない。残念ながら今日からのはずだったG島・V島グループ遠征はおあずけ。また明日、様子を見ることになった。明日の予報も怪しげ。6.7メートルのタンデム・カヤックをVWパ◯ットに乗せて、ちょっと待ち遠しく朝を待つ。
2005.07.09
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彼は、七夕が好きだった。星空が好きで、夜風の香りも好きで、なにより「年に一度でも、きっと会える」、その話の寂しげな結びにも希望を見い出し、アタクシの励ましのたねにまでしてくれた。命を懸けてアタクシを愛してくれた彼を、アタクシは困らせてばかりいた。そして彼は、年に一度も会えぬ人になってしまった。でも、アタクシの心は、待っている。今晩、アタクシは灯火を灯す。願いをこめて。
2005.07.08
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コチラでは今、七夕の夜。ココに投稿すると日本時間で表示されるので八日になってしまうが、コチラでは、まだ、祖母の誕生日。先ほど誕生会から帰宅した。家族中でバーベキューをして、笹の葉に短冊をかけて、切り紙の飾りを作って、子供がはしゃぐのを見て笑って、願い事をして、母は達筆な字で短歌をよんだりして、祖母はニコニコニコニコしっぱなしで、嬉しかった。祖母は、アタクシの作るクレム・キャラメルが(日本では、プリンというそうだが)好物で、今日は庭で摘んだミントをあしらい、今が食べどころのラズベリーとブルーベリーをそえた。小さな小さな祖母は、それを「今晩は特別よ」とニンマリ笑いながら、二つも食べた。アタクシは、ラッセル・スクウエアのお決まりだったベンチの事を、そのベンチの付近を忙しく行きかう人々のことを考えていた。今ごろ、あそこの薔薇はまだ奇麗に咲いていることだろう。幼いころから母に見習い、平和運動に参加している。時々空しく思う。焦る。アタクシが一人、いや、仲間と一緒にでも、いくら焦って、もどうにもならない。だが、アタクシ達が、皆でどうにかせねば、手を取り合って、話し合って、合理的な政治を助勢し、アタクシ達が、皆でどうにかする責任がある。世界を動かすのは貴方と、アタクシ達。
2005.07.08
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親しみのあるあのロンドンの地下鉄が、血に染まっている。アタクシの愛するラッセル・スクゥエアの近くの道も血に染まっている。
2005.07.08
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年に一度はオウィディウスの「メタモルフォーシス」を読み返したい。アタクシが痛く気に入っているのが(と言ってもそう沢山あるものではないが)オクスフォード社のメルヴィル英訳。華麗な詩を訳すのだから、容易なことではない。メルヴィル氏の英訳はすんなり読め、それなりの美しい言葉遣いやリズムの取り方でやはり詩になっている。日訳で読んでみたことはない。大学時代にラテン語を少し噛り、一度だけ、一番好きなバウシスとフィレモンの件を旧ラテン語で読もうと試みた事がある。汗だくで取り組み、おぼろげに意味が伝わって来るような、そんな情けなく、ちょっと悔しい試行だった。バウシスとフィレモンの転身物語は、日本の民話によくある「お地蔵様の恩返し」の物語に似ている。ほとんどの変身者が麗しき美男美女や神々なのに対して、バウシスとフィレモンは「昔々、ある所に、信心深いおじいさんとおばあさんが居りましたとさ」という日本民話の典型そのままだ。ある日、旅人に化けた神々が訪れ、バウシスとフィレモンはそれを丁重にもてなす。自分達が食べるはずだった食事を分けあい、我が寝床を新しく改めてそこに旅人を寝かす。その褒美に、神々は二人の小さな家を神殿に変える。そして、願い事を叶えよう、と二人に微笑みかける。「願い事が叶う」という物語を読むと、自然に、自分だったら何を願うだろう、と考える。何を、願うのだろう。バウシスとフィレモンは、顔を見合わせ、恐る恐る答える。願わくば、長年幸せに暮らして来た場所でこの神殿に仕え、これからもつつましく暮らせる様、そして妻が夫の死を嘆き葬ることなく、夫も妻を墓に納めることのない様、そう願う。神々は二人の願いを叶える。それから何年もの間、二人は仲睦まじく神殿に仕えるが、ある日、何かを言おうとしたバウシスの顔が見る見る緑の葉に覆われていく。同時にバウシスも、フィレモンの顔が木の葉に隠れ出すのを見る。残された数秒の隙に二人は愛情の言葉を述べ、速やかに、二本並んだ樹に変身する。ムーミンもアタクシも、いつか揃って樹になりたい、そう願っている。
2005.07.07
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この辺はコヨテが出るので、飼い猫や小さな犬などがよくやられる。「うちのスモーキーちゃん見かけませんでしたか?」という様な手作りのポスターが電信柱から絶えない。ムーミンは新しいポスターが貼られる度、悲しそうな顔をする。コヨテは、狼より一回り小さく、大型シェパードと同じほどの大きさで、日が暮れると行動する。アタクシ達が住む町の、ちょっと大きな公園、と言ったらまず茂にコヨテが住んでいる。通常はゴミをあさったり、鼠やリスなどを主食にしているという。人間を恐れるのでほとんど危険性など気にかけない。ただ、二三年前、庭で一人で遊んでいた幼児がかまれ、ニュースで数日騒がれた事があるが、これは想像を絶する程な例外だそうだ。怪猫は、普通の猫の三回りほど大きく、コヨテの獲物としてはちょっと手強そうだが、ムーミンは必ず陽が落ちる前に家に呼び入れる。怪猫は、配達のお兄さんが思わず蒼白になって後退りするほど奇怪に大きい。キリリと引き締まった体型でもなく、そうポッチャリしている訳でもなく、「普通の猫」の形をしているのだが、全体的に大きい。身長がある。後脚で立つとキッチンのカウンターなど簡単に覗く。体重も十一キロを超える。甘えて、膝の上でゴロゴロゴロゴロ喉を鳴らして、その挙句昼寝などされてしまうと脚がしびれる。それに比べ、友人Bの華奢な猫は三キロない。最初は、こうではなかった。保護所から「大人の、なるべくお行儀のよさそうな猫」をもらいに行った。小猫のほうが一般に人気があるので、「小猫もいたのに大人の猫を引き取ってくれた人」として保護所員から大袈裟に歓迎された。貰ってきた時、怪猫は普通の範囲の6.5キロだった。顔が可愛らしく毛並みが良く、人なつっこい猫で、「選択正解!」と二人で(三匹で?)喜んだ。だが、怪猫はそれからも黙々と育った。成長しきっていなかったらしい。みるみる大きくなる。撫でながら、「おまえ、山猫の血が交ざってるんじゃないの?」と問いかける友人が数人いる。アタクシは、怪猫なら、コヨテくらい逆に噛るかもしれない、と密かに思っている。それとも、対決する前にコヨテの方が恐れおののき譲るかもしれない。
2005.07.07
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洋館の隣の家に住む子は、毎年本当にのんびりと夏を過ごす。妹は十四、兄は十五、楽しい盛りのはずだ。二人ともおとなしく、気立ての優しい素直でまっすぐな子で、仲がいい。その年頃だったアタクシは妹と取っ組み合いの喧嘩をしていた。この兄妹は、アタクシ達が長期留守にする時などおこずかい稼ぎに怪猫の世話をしてくれたりする。安心して任せられる。どうやらアタクシ達が宜しく頼んで出かけると、二人して洋館に臨時引っ越ししてくるようだ。ムーミンの大きなテレビで映画の有料チャンネルを深夜まで見るのが主な目的らしい。予定より早く帰ってきたりすると、二人の友達まで数人テレビの前に並んでおとなしく観ている。「寝室使ってね」と言い残しておいても必ずスリーピング・バッグ持参でテレビの置いてある部屋で寝る。前記の様に恥ずかしくも洋館は手入れが行き届いていないので、時々帰宅すると「ダイニング・ルーム、掃除機かけておきました」とか、「キッチンの床をちょっと拭いておきました」とか、とてもとても微笑ましい置き手紙がある。思わずおこずかいをはずんでしまうが、二人とも揃って「これでは多すぎます、困ります」と本当に困った顔をするのでそれが目的だとも思えない。でもやはり子供だから、せっかく奇麗にしてくれた所とは別な場所がポテトチップのくずだらけになっていた、という時もある。そういう所が可愛い。怪猫も、ズウタイが大きな割にはとっても寂しがり屋なので、二人がいてくれると嬉しいらしい。スリーピング・バッグで寝ていると、必ずどちらかにもぐりこんでしまうそうだ。
2005.07.07
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七夕は祖母の誕生日。祖母は、十七か十八になるまで、自分が養女だという事を知らずに育った。少女の頃おぼろげに聞いた「自分の家に養子がいるらしい」という噂話に、「あぁ、兄様は養子なのかしら」とちらりと考えてみる以上思いも及ばなかったほど大切に育てられたらしい。ある日祖母は彼女の祖母と些細なことで口論をし、「おまえは貰われっ子のくせに」と忽然言われ、あまりにもの衝撃に立ち尽くしたそうだ。アタクシも同じ様な年頃になるまで知らなかった。この話しを聞かされびっくりしたけれども、あのもの静かな祖母が口論をする姿を思い浮かべ同じほどびっくりした。そんな言われ方をした祖母も可哀想だが、思わず口に出してしまったと思える祖母の祖母もきっと言葉にならぬほど後悔をした事だろう。これは祖母の口からは決して聞いたことがない。若くして父を亡くし、戦争で兄を亡くし、体が不自由になった母を養いながら祖母は出版社に勤めた。終戦寸前、社長に薦められ、同社で勤める男性と結婚した。終戦数ヵ月後、東京の焼け野原でアタクシの母を生む。しばらくすると、その男性は失跡する。このことも祖母は一切話さない。彼女は静かながら芯が強い。出版社の同僚や社長に励まされ、どうにか乳児を抱えて生活をする。体の悪い曾祖母が毎日数回、脚を引きずり乳児を会社まで連れ行き、祖母はどうやら乳を与えながら歯を食いしばって生きたそうだ。戦後生き延びた女性は皆、言い表せぬほどの苦労を重ねたことだろう。夫がいない母親、父がいない子など、何万といたはずだ。頭が下がる。最近、妹が丸まる太った姪に乳をやっているのを微笑みながら眺めていた祖母が、ふと、こんな話をした。「戦争中はとにかく食べ物がなくて、それでも何か食べないことには乳が止まってしまうのでとても辛い思いをしたのよ、せめて水でも飲もうと思ってもそれも容易にない、そんな時にお向かいの家の、といっても皆焼かれてとたんの小屋みたいな所に住んでいたんだけど、お向かいの奥さんが難産で亡くなってしまって、可哀想に、昔はそういうときには重湯とかおじやとかを赤ちゃんにやったものだけどそれもなくて、だから(母の名)と両方にお乳を上げたのよ、大変だったわ、お向かいは配給の券をお礼にって下さったけれどお乳はずっと足りなかったわ、だからその分もたくさんお乳をやってあげてね。」母も聞いたことがなかったらしく、アタクシ達は皆目を丸くした。他に、どんな事をしゃべらずにいるのだろう。いつか話してくれる日が来るのだろうか。祖母の誕生日には、毎年、父が庭の奥に茂る竹を一本切る。皆でさわぎながら短冊や七夕飾りをつける。アタクシは願い事をする。愚犬は尻尾を千切れんばかりに振って喜ぶ。そして、お寿司をこれでもかっというほど食べる。コチラではお寿司が新鮮で安いそうだ。約7000円で八人が破裂するほど食べてもまだ余る。祖母は、帰り際になると寂しそうな顔を隠し切れない。
2005.07.06
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ムール貝といえば、よくカヤックで出かける先の小島に目を剥くほど大きな物がびっしり生えている。貝は、「生えている」でいいのだろうか。ムール貝とバカ貝は同じ物なのだろうか。とにかく、白砂糖の様な砂浜にカヤックをつけると、そばの岩々一面に貝が黒光りしている。その一つ一つがアタクシの足より大きい。20+センチある。五つも焼いて食べれば満腹である。その砂浜から、太平洋をまっすぐ西へ向かって目をこらすと、日本が見えてきそうな気がする。昨日C島から帰ってきて、金曜にはG島とV島へ。今回は珍しく五人(カヤック三艘)、気の合う仲間とにぎやかに行く(計画。雨なら中止)。ムーミンとアタクシは、もう十年以上も毎日顔を合わせているのに、一日中向かい合っていても飽きることがない。仲間との旅は活気付いて楽しいけれど、やっぱりアタクシ達は二人っきりの旅のほうが安らいで嬉しいのかもしれない。いつか三人になったら、幼児を連れて行くような家族になるのだろうか。
2005.07.06
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ソフィア・トルストイが久しぶりの日記に示した言葉。「毎日が平安で幸せだったので書くことがなかった」と彼女は説明している。興味深い才筆な日記の印象的な一節に、ココもほとんど「白紙」な理由も重ねていいのだろうか。昨日、両親の庭で咲き乱れていた数種のアジサイを生けて見た。春の明るい空を思わせる花色、秋の濃い空の様な紺碧、水滴が輝いて思わずみとれた。その周りに紫がかった額アジサイをあしらうといっそう引き立って嬉しくなった。ここまで書いたところでムーミンからの電話:「それで、白ワインはあったの?」ムール・マリニエの材料を買い集め、帰宅路のムーミン。先ほど、アタクシに白ワインの在庫を調べるよう、電話をくれたのだ。ココの設定に夢中になってしまって忘れていた。ムーミンは料理が趣味。料理や家事はそっちのけで本にかじりついていたいアタクシにはとても有難い。手の込んだ献立が多いが、今日は比較的簡単なムールなのだそうだ。にんにく、シャロット、パセリ、庭で摘んだ一掴みのタイムが白ワインで香り高く煮立ったところにムール貝を(貝ごと)入れ、蓋をしてしばらく煮るだけ。焼きたてのフレンチ・バゲットを添える。コチラには「半焼き」のバゲットを冷凍して売っているプランジェリがある。冷凍されてカチンカチンのままオーブンに入れて十五分ほど焼くと、「焼きたてバゲット」ができあがり。便利なものだ。ちなみに、もっと嬉しいのが、「焼きたてホカホカのクロワッサン」。これも冷凍食品で、生のクロワッサンの生地を一応クロワッサン型にして、そのまま冷凍してある。前の晩にオーブン・シートに数個並べ、ラップをふんわりと乗せておくと、朝までにプクプクふくらんでいる。それをやはり十五分ほど焼くと、「焼きたてホカホカのクロワッサン」。週末のブランチに集まる時になどとても評判がいい。洋館中クロワッサンの焼けるいい匂でたまらない。喉がなる。何故めずらしく料理の話題になってしまっているのだろう。
2005.07.06
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アタクシ達の洋館は、自分達で呆れるほど大きすぎる。恥ずかしい限りだ。三階建てで、地下室も込めると390m2 を超えてしまう。計算してみると255畳だそうだ。寝室だけで七つある。コチラの家にしても異常だ。百年ほど前、木材財閥氏が建てた屋敷で、旧式なアーツ・アンド・クラフツ風な間取りや杉の腰張りに一目惚れしてしまった。ほとんど衝動買いの形で洋館を購求してしまった。手入れが行き届かない。昔は女中が住み込んで一日中掃除をしていても足りなかったのだから、あたりまえかもしれないが、気が引ける。時々、部屋がいつのまにか増えてしまっている夢を見る。特にエントランス・ホールが広く印象的で、友人のD曰く「初めてなのに実家に帰ってきた様な暖かな安心感があふれる」家だそうだ。そう思ってもらえると嬉しい。いつのまにか、友人達や家族が自然と集まる所になっている。それが、もっと嬉しい。でも本当にいつも埃だらけで可哀想だ。古い配管も時々怪しげな音を立てる。その代わり、コチラにしては珍しいほど庭が小さい。「庭はほとんど無い」と言ったほうが正確かもしれない。昔は馬小屋があった辺りは共有路地になっている。日本で生まれたけれどコチラで育ったので、小説などで主人公が「四畳半のアパート」などに住んでいると、ピンとこない。柳美里の本に「今度はふとんを敷いたら部屋一杯になる四畳半のアパートに住む」という件がありギョッとした覚えがある。- - -洋館の写真はこちら
2005.07.05
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長年憧れていたC島。小さな小さなC島。引き潮になると、隣のT島とP島に繋がってしまうC島。港から、漕いで二時間ちょっとのC島。二泊三日の短いキャンプだったけれど、気軽で楽しかった。満ち潮の時に到着したのは正解。引き潮の浅瀬に着いてしまっていたら荷物やカヤックを運ぶのに大変だったろう。キャンプ・ストーブを忘れたのは失敗。こんなの初めて。ムーミンはしばらく「僕のせい」としょんぼりしていたけれど、数日は困らないほど「料理不要」の食料を持って来ているのを確認して、またすぐ元気になった。初日、いつもの様にステーキを焼けなかったのが残念だったけれど。(カラカラに乾いているC島では焚火は禁物。)青鷺や白頭鷲がうるさいほど飛び交い、木陰に座って本を読んでいたら鹿の家族が現われた。鹿が字を読めたなら、アタクシが村上龍の単行本を握っているのがわかったはず。アタクシの顔を、屈託のない黒い瞳でじっと見た。手を延ばせば頭をなでられるほどそばで。その後、二人で砂浜をのんびり散歩していると、ラッコがのそのそのそっと出現。結構大きい。身長一メートルはある。背中が丸まって、目はクリクリッと好奇心たっぷりで、アタクシ達を横目でチロッと見た。人間が二人、五メートル先にいるっていうのに、のんきに砂浜にねそべってしまったラッコ。顔を見合わせて思わず噴き出してしまった。どきそうにない。だから、そっと目配せして、手をつないで逆戻り。海辺の青空。キャンプへ出かけるとき、好んで荷に詰めるのが日本語の単行本か、ペンギン・クラシック出版社の小さな本。そして年に一度ほどオクスフォード社のオウィディウスの「メタモルフォーシス」。著者のサイン入りの初版達はお留守番。
2005.07.04
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命を賭けて愛してくれた、今は亡き彼。その都市で一番高いビルの70階から咲きただれる花火を見下ろした、半生前の輝く夜。彼の限りなく優しい御両親と、愛くるしいほど可愛い妹と、並んでため息をつきながら見とれた花火。それまでの経験では花火は仰ぐように「見上げる」ものであり、その70階から遥か下に咲く不可思議で華やかな花火に最初は目眩がしそうで窓の枠に手をあてた。花火のさらに下に広がる町の灯りの絨毯。その都市は入り江と湖にはさまれ、その高層ビルは両方の水面から上がる花火を見下ろせるところにあった。嬉しくて、幸せで、もう次の日故郷へ帰らなければならないと思うと切なくて、涙が溜まってしまって困った。だれにも気がつかれないようにそっと、こぼれる前に涙を拭いた。そんなアタクシの手を握ってくれていた青年だった彼。花火はいつまでもいつまでも続いていた。そのままいつまでもいつまでも続いていればよかったのに。
2005.07.04
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