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不思議な玉手箱

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2009.10.27
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カテゴリ: カテゴリ未分類
第三章はそれほど長くはありませんので主要なところだけ投稿して割愛しようと考えています。

武装解除の日が来た。以外にもはいって来たソ連兵は少年のような兵隊であった。私は銃と実砲五十発を出した。この分では確実に脱走できる。私は一人でもやってみせる。酒保倉庫を破り、甘味料、ウイスキー、勝どき飴、タバコ等を盗んだ。他の二人は満修復をどこからか手に入れてきた。それを詰め所の縁の下に隠しチャンスをうかがっていた。ソ連兵の動哨が二時間おきに回ることを知っていた。夜のことだった。・・・・・いよいよ実行する日。明るいうちに煉瓦塀の鉄条網は切っておいた。ソ連兵は気が付かず口笛を吹きながら着た頃は明け方の四時である。私たちは薄目を開けて見ていたら、チャント三人寝ているので安心していってしまった。
 二三十分くらい過ごしてから「ソレッ」と満州フクに着替えて、風呂敷で作った袋に入れてある私物を各自が担ぎ、私が先に煉瓦塀を越えた。まだ暗いし、下は草むらである。外の高さはわからない。塀にぶら下がり手を離した。下に空き缶らしきものがあった。ガラガラと大きな音がした。しまった。と思ったがその場に伏して様子を窺がった。後の二人が「オーイ、どうした。大丈夫か。」と、「私のいるの所へ早く降りろ。」と言ったら二人が重なるように落ちてきた。ソ連兵は気がつかなかったらしい。
 手探りで満人の家に行くときに左の足がどぶのような所に落ちた。驚いて手探りで木らしき物に掴り足を抜いた。ヅボッと言う音がして抜けた。後ろから来た二人が「臭いなぁ。」小さな声で言った。なるほど臭い満人たちの糞溜めだった。
満人の家から「シェア」と声がした。「ランチ。パソィメユ」と言ったら判ったようで裏に出てきた。「チャカ、シンジョ、チェンメン、カイメン」日本語のような中国語のような言葉だ。真剣である。ウイスキーの角瓶を出して「カイメン)と言った。「ミンパイ。ミンパイ」と路地の門を開けてくれた。言葉が通じた。この会話は満人が「誰か」と言ったので「乱暴しない。この品物をやるから、前の門を開けろ」と言ったつもりである。満人は了解して通してくれたのだ。通りに出てみた。まだ夜明け前で暗いが満人の「ターチョ」(荷車)が五六台来た。私が口に指を当て、シーッと言って荷車の後ろに一人ずつ入って車を押すふりして一緒に歩いた。私の足音が面白い。ピタン、ビシャ、パタン満陣たちもさぞや臭かっただろうと思いながら交差点を通った。ソ連兵の歩哨が口笛を吹き私たちには気が付かなかったようだ。・・・(途中、省略)・・・駅の近くで満鉄職員が三人来たので。空き地に連れ込み嚇かしたり、すかしたりして職員服を奪った。職員は「あなた方も日本人でしょう。どうしてこんな事をするのです。)と青くなって怒っていた。(お前たちは家に帰れば服もあるだろう。俺たちはこれから逃げるのだ。勘弁してくれよな。日本人同士だ。嚇してすまなかった。)と言いながら難民の中にもぐりこみ夕方まで待った。私はその時「騒ぐなょ騒げば殺さなければならぬ。)と言った言葉がいつまでも心に残っている。・・・・・(省略)・・・・・さまざま困難を機転を効かせて乗り越える件は大変面白いけれど割愛しています。まさに安宅関で演じた義経主従の物語のようであるがこれは不思議な玉手箱の感想である。・・・・結果的には大連に着くのですが、脱走を試みた二人はここで命を落とすことになる。鉄道に乗っている間の事故で・・・・。





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Last updated  2009.10.27 12:26:17
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