全4件 (4件中 1-4件目)
1

(1)カマヤミニ。 お灸です。カマヤミニ120個入り温灸治療のプロもオススメ!!
2008年10月30日
コメント(0)
![]()
どうもいつもの頭痛と違う体調不良が・・・と思い、血圧を測定してみたら 160/100 ぎゃっ!!プチテングあなたの血圧は?第43回アンケート結果発表
2008年10月29日
コメント(0)
←前回「曾祖母が亡くなりまして」と日記に書いたところ、 今度は祖母が他界。 通夜は本日夜6時から地元の不動院にて。 ■曾祖母は老衰ですが、祖母は数年前から癌で徐々に体力が低下して行き、最後は赤血球が低下していくのを入院して輸血、と言うパターンを一年ほど続けていた状態です。 (とうぜん、こっちも自宅介護。) ■腎癌からの転移だったのですが、灸療法をメインに続けていたおかげで、疼痛も全くと言っていい程なく、アチコチに転移して医者をして「これで痛みがないと言うのが不思議」と言わしめたのは黄帝の威光もかくやと言ったところでしょうか。 末期に際して、病院で出されるサプリも多くなり、実際ここに漢方薬を追加するのは難しいな~と言うのが所感です。 在宅看護師?が突然リハビリのマネゴトや、マッサージのマネゴトを始めたときは家族一同呆然となって止めました。 (´д`)あれは寿命縮めたよなーー ▼やはり、「全ての状況に付加できる治療法」としての鍼灸はもっと注目されてよいと思いますよ。 ■実際、テニスボールほどの腫瘤が腹部に盛り上がっているほどでしたが、死の間際まで食事は普通に経口摂取でした。ただ、やはり量は徐々に少なくなっていきました。 肝臓もキレイだったそうです。 ■震災・大戦・二二六と激動の東京都下を生き抜き、千葉は市川に越してきた曾祖母・祖母の親娘でしたが、共に伴侶とは若いうちに死に別れ、夫婦か姉妹のような“一卵性親娘”と言われるほどのお二方でしたが、浮き世との別れも半月違いと言うこの顛末。 親戚の集まりの中で亀戸の十三間で“機銃掃射する米兵の顔が見えた”などと「戦中・戦後」の話を聞くのもこの葬式が最後かな、と思うと、昭和生まれのわたくしには感慨深いモノがある……ような気がしてくるから不思議です。
2008年10月29日
コメント(0)
![]()
■先日、曾祖母が亡くなりまして。 2-3年間の要介護状態と、2年半の介護入院の期間を経た他界、と言うカタチになりました。 ▼通算で5年強ほどの介護だったワケですが、家族のフタンと言うのもなかなかバカにならないのであります。 そこで、これから大多数の人が経験するであろう介護(もちろん「する」側デスよ?) に関して、ポイントを伝えたいと思います。 1.家族力が大事。 結局、民族の最小単位としての「家族」のパワーを集結させないと、マトモな介護はできません。 一部“長男の嫁”的な人にばかりフタンが行き勝ちなので、負担を多く受け持っている人の慰労が重要です。 同居の家族は「家族旅行」や「家族で外食」などとは無縁の生活を送り続けるハメになりますから。 2.遠くの親戚は全くアテにならない。 「親」だと言っても、そこはソレ、生きて生活していく人と、これからどうやったって死んじゃう人では、悲しいかな優先順位は明らか。遠くの親戚を呪う事になりがちですが、遠くの親戚は「他人」だと思っておいた方が気が楽です。 3.しかし情報経路は密に 実は「遠くの親戚」は、患者の容態がシリアスだと言う事を知らされていない場合があります。 大好きだった父母やおじいちゃんおばあちゃんの「死」とは、「死」と言う単語を見るのもイヤなものだし、「死後の段取り」なんて、出来れば口にするのも考えるのもイヤなものです。 実はこれが【無意識】に働いてしまって、電話口やお見舞いに来た親類縁者には「死が近づいている」「死への介護が必要である」「お別れするなら今スグ!」と言う状況をマスクしている可能性があります。 拙者の場合、『ターミナルケア』と言う本を、親戚の家族に一冊ずつ配りました。(暗に“もうヤバイんだぜ?”と言う意味をこめて)絵でみるターミナルケア ですから介護している同居の家族は「もう危ない」とか「いつ危篤でもおかしくない」と知っているけれど、別住まいの家族は「知らなかった」「言ってくれれば」と言う事態になったりしますので、要注意。 もしあなたが「遠くの親戚」ならば“担当医はどう言っているの?”と【ホントの所】を聞き出しておくべきでしょう。 4.兎角介護は金がかかる 同居家族の手間暇(家族力)が消費される介護ですが、家族の経済面もかなり負担になります。これはもうしょうがない。 ちょっと介護用の食事にする、サプリメント、ガソリン代、おむつ代、出先の外食・・・と気がつくとかなり金銭的な負担になっていたのします。 そこで、遠くの親戚から“お薬代”や“お見舞い”と言った実弾はかなり即効的に負担を軽減します。 拙宅では介護入院施設の空きが延々無かったため、介護入院自体にはそりゃもう恐ろしいぐらいのお金がかかっていました。 とまあ、こんな感じです。 今思いつくのは。 幸いなことに、曾祖母は病症に就く間際まで認知症もそれほど激しくなく、暴れたり騒いだりする事も少なかったです。 意識が無いながら念仏の代わりに1-100マデ延々数える(!)と言うほど明治生まれのマテリアルさを発揮したり、「ありがとうございます」とブツブツと延々呟くだけだったので、看護師ウケも悪くなかったのが救いでした。 さて、ケガの功名と言うか、得たモノがありました。先日までナメた口を利いていたふざけた弟(と言っても30近いんですが…)がいましたが、半年ほど前に「貴様の認識している家族の状況と、貴様自身の自覚を言ってみなさい」と冷静に怒り、その後ようやく大人になってくれた気がします。これが死んでいった曾祖母の「お土産」だったと思えば…。 『絵でみるターミナルケア―人生の最期を生き抜く人へのかぎりない援助』
2008年10月05日
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1