2006年08月30日
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【つづき】
 前回に紹介した「フーレ理論」なのだが、大別すると3つのカテゴリーに分けられそうである。
1.「足の利点」
●足の広い面を使うので効率が良い
●手の3~4倍の圧力で筋肉をほぐすので効率が良い
●手や指の『点』での刺激ではなく『面』を使うので負担がかからない

2.「マッサージ療法一般の共通点」
●血流が良くなり代謝がUP
●リンパ液の流れがスムーズになる


●コリの部分だけでなく短時間で全身をほぐせる

3.「証明しがたい理由によるもの」
●関節の稼動範囲が広まり消費エネルギーの増加
●足の裏からは手の数倍『気』が出ている
●疲労物質の排出

 ちょっと見ただけでも、かなりのツッコミ所がある。フーレ学院独自の理由により、三つのカテゴリーに分かれているのだが、私が分けたカテゴリーの方が解りやすいだろう。

 ちなみに、フーレ学院の区別は1.結果が早く出る、2.痛みと揉み返しがない、3.ダイエット効果、である。どれがどれを説明しているのか、見当が付かないものが多い。


1.足の利点について

●手の3~4倍の圧力で筋肉をほぐすので効率が良い
●手や指の『点』での刺激ではなく『面』を使うので負担がかからない


 彼(彼女)たちの理論だと、指や掌は「点」で、足の裏と言う「面」で揉む事に利があると言う。
 確かに、私自身も腰の辺りや背中が酷く凝る事があり、手でグイグイ圧されるよりも、足で的確にツボを刺激された方が、スパッと響く場合はある。
 しかし、これは「的確に」ツボを圧された場合であり、一般的に手より足は不器用であり、指先ほどに爪先を使いこなすようになるまで、相当の訓練が必要であると思う。→だったら手で圧した方が早いんじゃないかしら?

場合によっては「指先」ですら「面」である。それほど、人体のツボ(反応点・治療点)と言うのは繊細なのである。 この事について反論のある者はいないだろう。あまつさえ 「掌が点だ」 などと言うのは暴論の類である。

 そして「手の3~4倍の圧力」と言うのも、俄には納得しかねる。
 瞬間的に蹴飛ばしたり、殴りつけたりする場合、攻撃側と被害者側には静止摩擦力があるため、あるいは地面からの反作用があるために、時に数百キロの力がかかる場合がある。しかし、マッサージや指圧の基本原則として、「漸増・漸減の原則」がある。
 人間が二本足で立つ以上、「本人の体重」以上の重さは、受療者に負荷されない筈である。(ただし、天井や手すりなどに手をかけて、その反作用を用いる場合はこの限りではない。)これは、手指による刺激でも同じである。3~4倍と言うのは何を指しているのであろうか。


 クドクドと論拠を述べてしまったが、とどのつまり、「術者が楽」だからなのでしょう。按摩術にも足で踏む技はありますが、あくまで「技の一つ」であり、「手当て」と言う程の行為に、わざわざ足を使う事も無いと思います。


2.「マッサージ療法一般の共通点」について
●血流が良くなり代謝がUP
●リンパ液の流れがスムーズになる

●心地よいリズムで全身を刺激する
●コリの部分だけでなく短時間で全身をほぐせる


 「マッサージ」とは起源は西洋であり、日本では「あんま・指圧」と区別しなくなってしまいましたが、プロの世界の常識として、マッサージは皮下にあるリンパ液の流れを重視した治療法であり、基本的にはオイルなどの「滑剤」を塗布して、素手で素肌に行う治療法であると言う定義があります。
 現在では「エステ」で行われているマッサージが、西洋的なマッサージの典型的スタイルであると言えます。※受療者は衣服を脱ぎ、オイルを塗り、素手で比較的軽い刺激で、浮腫などのリンパ液代謝障害を治療する。

 これは手だろうが足だろうが、効果として変わらないのである。「効果」と言う言い方は、代替医療の話をするときに表現があいまいで問題になるので「目的」と言い換えてもよい。血流やリンパの循環をさておくことはできないのである。

 施術において「リズム」だ「全身」だ、などと言うのは、それこそ治療家のスタイルの問題であり、リズミカルでなくても目的達成のためにはジンワリとした治療をしなければならない場合もあるし、局所の疾患もあれば全身の疾患もあるのだ。木を見て森を見ずと言うのも間違いであるが、森を見て木を見ない、あるいは一本の木の問題をすぐに森の環境問題とするのも、間違いである。

 木の問題なのか、環境の問題なのか。



3.「証明しがたい理由によるもの」
●関節の 稼動 範囲が広まり消費エネルギーの増加
●足の裏からは手の数倍『気』が出ている
●疲労物質の排出


 関節の稼働範囲と言うのは「可動域」の事であろう。 「稼働」ってなんだよ(笑)。 基礎的な医学用語ぐらいは、漢字FEPのユーザー辞書に入れておいても損はないと思う。

 関節の可動域が広がったからと言って、体のエネルギーの消費量がどうこうすると言う事はない。体内のエネルギーが、関節可動域の維持に使われると言う事は無いためである。

 また、足の裏からは、手の数倍、気が出ているのかどうかは、非常に疑わしい。まず、鋭い人(クイズ好きの人)ならば気がつくだろうが、手のから出る『気』とやらが「ゼロ」だとしたら、 ゼロに何を掛けても「ゼロ」 。数学的に間違ったことは言っていないと言うのが、フーレ・セラピーの言い分である。
 気と言うと、東洋医学の単語だが、何故おフランスの治療術で気の話が出るのかも、謎。ここまで来ればなんでもありである。 “波動”とか言い出さないだけ、マシ である。


 ちなみに、足の裏は「湧泉」と言うツボがあり、足之少陰腎経である。「腎」と言うのは東洋医学で特別な意味があり、生命力の根本だと言われている。また、陰の経絡は下から上に向かう。
 もしかしたら、 術者が患者の生命力を吸っているのかも知れない!(笑)
 これは足裏を揉む、足裏リフレクソロジーの真逆なのである。


 その証拠に、「 治療者 が健康になる」との触れ込みまである。↓↓

癒しの飽食:フーレ・セラピー




 それにしても、冒頭の「therapie」と言い、単純な間違いが多すぎる。
 “リフレ効果”とは多分「Reflexology(リフレクソロジー)」の様な効果があるよ、と言いたいのであろう。 患者さんを健康サンダル代わりにする神経 も信じがたいが、どうも「リフレックス=反射」(体全体の情報が、足裏に投影(反射)されると言う仮説)と、「リラックス」を故意に間違わせるような表現を、端々に見る。これはフーレ・セラピーに限ったワケではないのだが。



 このフーレ・アカデミーとやらは、どうも「英国式足裏マッサージ」で一世を風靡した、 癒し系産業の最終形態 である 「患者(治療費)→講習会(セミナー代金)→免許(発行代金)」 と言う、いわゆるディプロマ商法の何匹目かのドジョウを掬いたいらしいのである。

 当然、こんな短期間の講習で医療の国家資格を授与されるハズも無く、ディプロマは企業が発行した「貴い紙」でしかない。まったく、このフーレ・セラピーに通う者にとってはいい面の皮だといか言いようがない。


 また、googleで検索しても、foulee therapieがヒットしないと言う事が、この情報時代に嘘はつけないことを物語っている気がしてならない。



【参考】
フーレセラピー・アカデミー
http://www.foulee.co.jp/






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最終更新日  2006年08月30日 14時55分58秒
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